それは突然だった。

「相沢君、明日暇?」

帰りのHRが終わり、すぐ部活に出かけた名雪に対し、ゆっくりと帰り支度(といっても鞄に詰める物なんぞなにもないが)

を終えて、教室から出ようとした時だった

いつもさっさと教室から出て行く香里が、今日はなぜかゆっくりとしていた。

「お、香里どうしたのか?」

香里は祐一に話し掛けるタイミングをやっと掴んだのである。

「だから・・・明日の日曜はなにか用事ある?」

典型的なデートの誘い方だった。

まさか香里が!?

いや、もしかしたら栞との付き合い方について言われるのかも。

そ、それともまさか・・・栞が香里に喋ったのか。

ありうる、ありうるぞ!「お姉ちゃん、私、この前祐一さんと・・・しちゃった」

「わわわわわわわ!ま、待て香里!落ち着け!」

祐一は鞄を抱えてあとずさった。

「落ち着いた方がいいのはあなたの方じゃない?・・・なにを勘違いしてるんだか・・・」

「ん?違うのか?俺と栞が・・・」

「栞がどうしたの?」

手を組んで一歩近づく香里。

「いやっなんでもないぞ!・・・で、つまり香里が俺にデートの申し込みを・・・」

「なにいいいぃっ!美坂が相沢にデートおぉっ!」

二人の会話に聞き耳を立てていたクラスメイトが大声を上げた。

クラスメイトの半分以上がすでにいなかったことが幸いだった。もちろん北川も。

「とりあえず場所を変えましょう」

「おっ!二人が逃げるぞ!」

「ずるいぞ相沢お前には水瀬や中庭の子や・・・俺にも分けろっ!」

男子は叫び、女子はひそひそと話した。

はあ・・・なんでこうなっちゃたんだろ。

二人は中庭に出た。

あの時真っ白に埋め尽くされていた中庭も、今では茶色い地肌を現している。

息を整えると、祐一は切り出した。

「で、デートじゃなければなんなんだ?」

「・・・映画のチケットがあるの」

「それをデートって言うんだろうが」

「本当は栞があなたを誘う予定だったのよ」

「栞が?」

「ええ、でもあの子、また体調崩しちゃって・・・だから「もったいないからお姉ちゃんが祐一さんと行って」って」

「そういうことだったのか」

「まったく、クラスのみんなにも変な誤解されちゃったし・・・」

その割には、香里は特に嫌がっているような素振りは見受けられなかった。

「俺は構わないが・・・」

香里がそういう事情があったとしても俺を映画に誘うなど珍しい気がした。

「そうじゃあ決定ね・・・明日駅前で会いましょう」

「あ、香里・・・」

香里は身を翻してさっさと行ってしまった。

「・・・香里はなにか隠そうとしていなかったか・・・?」

直感的に祐一は思った。

祐一から離れると、香里は足を止めて溜め息を吐いた。

相沢君と一緒にいると、たまに心を読まれる。

「べ、別に読まれて悪いことなんてないじゃない・・・」

口でそう言ってみても、心の中は違うことを言っていた。

「なによ・・・私はただ、栞に言われたから仕方なく・・・」

私らしくない。そう思った。

相沢君が来ないうちに帰ろう。

 

相沢君は転校生としてこの学校にやってきた。

私の親友の名雪の従兄妹で、名雪は楽しそうに彼のことを言った。

もしかしたら名雪も相沢君のことが好きなのかもしれない。

・・・・・・忘れましょう、その事は。

相沢君は栞と出会った。

そして、二人は中庭で一緒にいることが多くなった。

私は・・・どうすることもなかった。

相沢君はそんな私の心を見抜いた。

そして、私の心をさらけ出した時も、相沢君は・・・。

いやそれは当たり前かもしれない。

彼はとても優しいから。

彼があまりにも優しいからこそ、私は自分の内に押し留めていたものを出せた。

誰だって・・・彼はとても・・・よく思えるわ。

私がこんな・・・こんな感情を感じるのは当然なのよ。

でも相沢君とあの子が幸せになるのが一番なのよ!

それなのに・・・私はどうして・・・。

どうして・・・。

香里はその言葉をださまいとぐっと唇を噛んだ。

 

彼はいつだって、誰にだって優しい、優しすぎるわ。

次の日、駅まで香里の姿を見つけた祐一は手を振った。

「早いわね」

「遅れたらこっぴどく怒られそうだからな」

「あら、私はそんな心の狭い女じゃないわよ。私ってそんな目で見られてたのね」

「わかってるさ・・・俺たちはな」

俺“たち”ね・・・。

「そう、じゃあそれ以外には見られてるのかしら?」

「ま、ちょっと香里は高嶺の花って感じがするもんな」

「私が?冗談でしょ」

「だって学年主席だしな」

「学年主席だけでそういう風な目で見られなんてごめんだわ」

「香里の良さちゃんとわかってるやつはいるだろ。名雪とか・・・北川もな」

「そうね・・・ありがとう」

「いや、話を振ったのは俺だったな、悪い」

祐一は軽く頭を下げた。

こういうところが、人気を呼ぶのだ。

「気にしてないわ、行きましょう」

「そうだな」

それから映画館の中に入る間、普段と変わらない会話をした。名雪や、栞のこと・・・。

彼と話せる共通の話題なんてそれぐらいしかなかった。

「恋愛ものか・・・栞が好きそうだな」

「そうね・・・栞が代わりに来てくれればよかったのに」

「栞の代わりに来たんだろ」

私はふっと笑った。

「その通りね」

突然祐一は、改まった口調でいった。

「香里・・・なんか、悩みでもあるのか?」

私はドキリとした。

いけない、また心を読まれてしまった。

「悩みは・・・誰にだってあるでしょう?」

「そうだけど・・・悩みは解消した方がいいだろ?」

つい私は相沢君を睨みつけてしまった。

悩みの原因はあなたなのよ。

「すまん・・・でしゃばっちまったな」

「あ、ごめんなさい、気にしないで・・・」

嫌な空気の中で、映画は始まった。

内容はよくある話だ。

お互いに恋愛意識を持つ若い男女がいて、数々の障害に一度は破れて別れ、そしてまた再会するお話。

栞は泣いて感動するかもしれないが、私はそうは思わない。

こんな話、あまりにもありがちで、非現実的で、馬鹿馬鹿しい。

そんなことを思う自分が嫌だ。

私もあの子のように素直に感じ取れればいいのに。

あの子はありがちだからこそ夢を見れていいと言うが、あの子の方がよっぽどドラマのような生き方をしている。

さしずめ私はシンデレラの意地悪な姉ね。

香里は祐一の顔を見た。祐一の顔がシーンの変更に合わせて違う色に染まる。

「相沢君はこういうの好きなの?」

祐一の顔が香里に向いた。

「そうだな・・・前はそれほどでもなかったけど、今は別に・・・悪くもない」

「ふうん・・・そう・・・」

「栞のせいだな、栞がこういうのが好きだからな・・・香里はどうなんだ?」

「私・・・そうね、私は嫌いよ」

「そうか、香里らしいな」

私は視線を落とした。

そう、これが私らしい。

「香里・・・?」

「そうよ、こんなつまらない映画なんてクソ喰らえだわ・・・そうよ、そうなのよ・・・私は、私は!」

あの子のように、なりたかった。

私はとてつもなく嫌な女だった。

目の奥がジンとなって涙が止めどなく溢れてきた。

「か、香里?」

相沢君が突然泣き出した私に慌てた。

「なんでもないわ!目にごみが入っただけよ!」

香里は涙声で言った。

「あのさ・・・こんなこと言うのはよくないんだけど・・・「お姉ちゃんは私の憧れ」って栞がいつも言っているんだよ、だからさ、

しっかり・・・してくんないとな。ほんとはしっかりしろなんて言うべきじゃないけど」

「お姉ちゃんはね、私の憧れなの」

栞の声が聞こえた。

「・・・ありがと、相沢君・・・栞」

私は涙を拭った。

映画館を出ると、夕日が眩しかった。

「香里・・・一人で抱えきれなくなったら、遠慮なく言ってくれよ、そのために俺たちがいるんだから」

「・・・ええ、お願いするわ」

きっと、その日が来ることはないでしょうけど。

「・・・あいつもな」

祐一はこちらに向かって走ってくる人影を確認して言った。

「あいつ・・・わかっているかもしれないが、香里のことをちゃんと心配して、思ってるぞ」

「彼が、そうなの?」

「ああ・・・香里はどうなんだ?」

「そうね・・・」

「お〜い相沢〜、どうしたんだ用って・・・香里も一緒なのか」

「北川、あとは任せた。上手くやれよ」

「あとは任せた、っておい!」

「じゃあな香里、考えてやってくれよ」

祐一は困惑する北川と、香里を残して片手を上げて去っていった。

「・・・考えておくわ」

小さくなった祐一の背中に、香里は言った。

「なにを考えておくんだ?」

「秘密よ」

「おいおい、俺にも教えてくれよ」

北川君が幼く見えた。

「もう少し、時間が経ったらね」

「ずりいなあ、相沢と美坂だけかよ」

「いいえ、私だけよ」

「美坂だけ?」

「さ、行きましょうか」

「え、どこへ?」

「テストよ」

「テスト?」

北川は終始顔に?マークを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

香里が祐一に恋をする事は結構ありがちだと思うのですが・・・いかかでしょう?

好きに想う人が自分の妹に付き合っている事や、妹に対するコンプレックスなどを書いてみたいな〜とやってみましたが・・・。

大人の恋って雰囲気も出そうとしたんですがねぇ・・・。

 

最後の方の祐一の台詞「〜ちゃんと心配して、思ってるぞ」は本当は「想ってるぞ」が正しいのですが、香里もわかっているようです。

そして北川が恋人に昇格することはあるのでしょうか?

・・・たぶんパシリか尻に敷かれるな。可哀想に。

ま、暗めにした割には最後がよくてそんな悪くもないかな?

でも祐一、香里の気持ちに気づかなかったしね〜。

と言いつつも実は気づいているかも、祐一お得意の読心術で。

だから尚更どうすることもできず、「しっかりしてくれ」と言ったのかもね〜。

詳しい事は作者もわからん。どっちにとっても構わない。

 

にしても結構香里さんもいいよね。