トマト女さん(ひとり芝居)

1997年5月31日アートイベントclosstalk・1997年7月伝説の17番劇場「モノクロモノローグU」にて自演


買い物篭を抱えた女が、バルコニーに駆け込んでくる。女は、妊婦である。

マキコはん、マキコはん、ピース。見てはります、見てはります、見てはります? 見てはった。ああよかった。
今日はマキコはんタイムから3分遅刻や。すいまへん。待ちはりましたでしょう。
ほら、あっこのマルユー行ってましてん。
5時からタイムサービスやるんですわ。
マキコはんから見れば、あほらしい思わはるでしょうけど、うちの主人の少ない稼ぎ大きく生かすんには、足使うしかあらへんのですわ。
たくあん10円安いと、5キロ先まで足伸ばす。これが専業主婦の基本です。

ほんまに今日は安かったんですわ。見て見て。タマゴ1パック98円。ちょっとタマゴは小ぶりやけど、割ってしもたらわからへん。立派な1個と数えます。それからトマト。トマトは滋養に富んだ大事な野菜です。

女、トマトを食べる。

あー、食べてしもた。食べてしもた。
私、実は今、食べ物見たらなんでも食べたくて食べたくて仕方ないんですわ。机でも椅子でもかじりたくなりますねん。やっぱり2人分の栄養分が必要なんやね。
もう一人の私が、私のぬいぐるみの中に隠れているみたいや。
おかげで体重も10キロも増えてお腹もパンパンパンパンパンや。
でも、トマトはええねんて。
お医者の先生が言うてはったもん。
妊婦の急激な体重増加が引き起こす妊娠中毒症も、トマト食べたら大丈夫でしょうおっしゃりましてん。

あー、あっこのマンションから双眼鏡構えているマキコはんが見える。
私、目はええねん。6.0のケニア人並や。バカの大足、目はよろしいいまっしゃろ。うふ、うふふふふ。

そういえば、マキコはん。マキコはん、こないだ子ども堕ろしはったんでしょう。大変やったね。辛かったでしょう。でも、仕方あらへんもんね。不倫の子やから。

それにしても、産婦人科の診察台って何ですのん。
あんなんポルノ小説だけの世界かて思てましたわ。
私いつも検診受けるの恥ずかしいて、イヤでイヤでたまりませんねん。
それにいざ出産ていう時も、大股広げるんか思うとげっそりしますわ。

何でも、ドラマみたいにはいかへんもんなんですね。

マキコはんがめでたくご出産しはる時はいろいろ経験の上やから、感動する余裕あるかもしれませんけど、私はただ恐いんですわ。こんな膨らんだもんが外に出てくるなんて気色悪。こんな私って、女失格やろか。どう思わはります?

10年。
この子作るのにかかりましてん。
それまで主人とは毎夜毎夜の運動会。まむしにしじみエキスに、ローヤルゼリー飲んで頑張りましてん。
でも、なかなかほしい時はでけへんもんですわ。
主人は長男でっしゃろ。だから、お母はんが早く早くてせかすんですわ。嫁としては針のムシロです。
赤ちゃんは愛の結晶っていいはるでしょう、。待ちくたびれてだんだんに、お互いの愛が足りへんやないかと思うようになりましてん。
さびしかったですわ。
でも、暗闇の中でも手伸ばせば、目鼻口なんでもわかるようになったら、もう男女の秘め事は終わりです。私たち空気になってしもたんですわ。
もう終わりかなと思たらこの子でしょう。世の中どうなるかわからへんもんです。子作りに愛なんて関係ないんやね、きっと。

でも、これは神様の思し召しやて思うんです。子はかすがいていいはるでしょう。神様が私たち夫婦にこれからも仲良うやっていきなさいっていう証なんだと思います。主人も最近は帰りが早くなって、調子はどやねんなんて優しいこといってくれるようになったんです。私、今、幸せですわ。

マキコはん、私に手紙くれはりましたでしょう。
「トシオさんは誠実で優しい人です」切々とあの人への愛情を訴えてくれはったでしょう。私、感動しましてん。私、あの人のこと「あんた」としか呼んでへんかったんですわ。あんたとトシオさんでは、えらい違いです。あんたていえば金無し品無し精力無しの三無し男やけど、トシオさんていえば優しくて誠実なナイスガイや。私にあの人のええとこ思い出さしてくれはったんはマキコさんです。ありがとう。マキコはんみたいなピチピチの美人にほれられるようなら、まだまだ主人もいけるんやと私自信になりましてん。

ほんまマキコはんは若くてうらやましい。
私は人生あがりです。もうあの人についていって、この子育ててくしか生きる道あらへんもん。

私、マルコーでっしゃろ。この歳でデビューだレビューだするんは勇気いりますねんで。
ほら、公園デビュー。母としての第一の関門ですわ。ここらのお母はんがたみんなヤンママやないですか。私にはしゃべってる言葉ラップにしか聞こえへん。ノリが違います。タテノリです。私のようなヨコノリやあらへん。1,2,3でなくてワン、ツー、スリーですわ。

今日はいい天気気持ちいー。イエー。スベリ台でもすべりましょ。スベベベスベベベスベベベベ。

こんな感じです。
「いい天気ですね。スベー、ボテ」ゆう私とは大違いですわ。このスベベベスベベベ小刻みなんがポイントなんですわ。
モモエとアムロの違いです。
あああ。私ユーウツやな。
マキコはんにはこんな悩み、分からへんよね。

どんな小さなことかて何やら気になるんですわ。
子どもの幸せは私の幸せ、あの人の幸せやと考えたら、考えても考えても止まりません。
今になってみれば、こんなふうにして私も育ててもらったんやなって思います。
お母はんに感謝せなあきまへん。今から天国のお母はんに手合わせよ思います。
はい、なんまんだ。なんまんだ。

お母はんには悪いことばっかしてしもた。
お母はんはお父ちゃんなしでは何もでけへんただの奥さんで、ご飯作って掃除して、繕いものしてれば日が暮れるようなヒトで。
私それが歯がゆうて、私はお母はんのようにはならへんわ!なんてどなって暴れましてん。
お父ちゃんが遊び人でねえ。外に女作ってるの知ってるのに、お母はんはただ力なく笑ってるんですわ。
もう歳だし、何もでけへんしなんてことばっか言いはるお母はんがいやでいやでねえ。私、我慢でけはんかったんですわ。
でも、今、この身になってみると、お母はんの無力はすばらしかったんだと思います。
だって、無力なものを平気で痛めつけるほどヒトは勇気がないからです。
お母はんがお父ちゃんのこと怒られへんかったから、お父ちゃんはお母はんを捨てられなかったんでしょう。
おかげで私も無事に大きくなりました。

そういうイミでは、私は今、花の妊婦なので、魅力たっぷりです。
お腹の中に、まさしく無力な生き物つめてんねんから無力王の王座決定でっしゃろ。
無力なものはそのかわり、あつらえられた幸せを心から喜ばねばなりません。
幸せ、幸せ、幸せよー。幸せ音頭を踊らねばなりません。

踊りつかれたころには、私はもうおばあさんでっしゃろ。
おばあさんになったら、すぐ死んでしまいます。と、いうことは、もう私は死んだんと同じなんやね。私は生ける屍や。うふ、うふふふふ。

女、トマトを食べる。

私、今、朝に昼に晩におやつに、トマトトマトトマト食べているでしょう。
なんか私臭うんですわ。
それがトマトのへた、100万個集めたような臭いやねん。
ほら、夏休みの自由研究。クワガタの観察日記つけるため、ねだって買ってもらった昆虫箱。プラスチックのまあるい覗き窓ついてる。
あの、蓋あけた時の、むわーんていうあの腐ったような青臭い臭い。そんな臭いが、髪の毛から皮膚から、爪の先からするんです。

みゆきちゃん、いうんです。
私の赤ちゃん。
女の子だってもう分かってるんですわ。指がちゃあんと5本ある元気な子です。病院で見せてもらったんですわ。名前はあの人がつけました。
クローンて知ってはります?
こないだクローン人間作たらいかんてテレビでいうてはりました。未来映画みたいな時代の到来です。
せや、きっとみゆきちゃんは私のクローンなんですわ。
私知ってるんや。私はクローン製造機なんやて。

あと何十年かしたら、私と同じ顔したみゆきちゃんが、ルンルンいいながらバルコニーで洗濯物干すんですわ。私のお母はんもそうやっていたように。
洗濯物干す女の姿がどんなに時代が変わっても永遠に不滅です。
もちろん干される洗濯物は有無をいわせぬ純白です。
だって主婦は汚れたものは嫌いやから。
ワイシャツにべったりついた愛人の真っ赤な口紅をゴシゴシこすってきれいにするのが主婦の快感や。
だって洗濯物は頑張れば頑張っただけきれいになって、絶対裏切らへんもん。
こんなことでしか努力の成果あらわせない主婦はかっこわるいなあ。
バリバリ働くマキコはんみたいなこと、私でけへんから。
マキコはんみたいに、ロマンスあふれるドラマチックな毎日過ごされへんから、仕方ないねん。

あー、こないいっぱい喋ったら、お腹すいたわ。

女、トマトを食べる、と、

食べはります、トマト?

マキコはんも、お腹すいたでしょう。

仕事帰って真っ先に、私の事見張ってるんやもん。
どうです、トマト。
いつもつまらへんでしょう。晩ご飯。
ひとりだけの食事にリキ入れられるんは、一生独身でいたほうがええ男だけですわ。
女は誰かのためでなければ料理手かけません。
だって女は誰かのために、誰かを愛して生きるために、生まれ出てきたもんなんやから。

マキコはんは、ひとりでさびしいな。

一緒に食べましょう。
そうしましょう。
投げますよ。上手に受け止めてくださいねー!

そーれ!

女、トマトを投げる。つぶれるトマト。

あー・・・・・。落ちてしもた。
そやな。
私の腕力じゃ、トマトあっこまで飛ばへんな。

女、落ちたトマトを覗き込む。

あああ、ぐじゃぐじゃやー。気色悪。
なんでこんなんぐじゃぐじゃになるんやろ。
何で・・・・・?
せや、それは水分ばっかしやからや。
せやせや。
人間のからだと一緒や。私の体のなかみもおんなじや。

待って!マキコはん!
もっと私を観察してえな。
マキコはんが毎日うちを覗くようになってから、そんなんまるでヒルメロみたいな事件やから、平凡な私にはものめずらしゅうて嬉しゅうて、生活に張りが出たな思てましてんで。
なんや、私も覗かれるほどの大物やったんやって。私にもドラマな一瞬あるんやなって。

私は、トマト食べて繁殖するクワガタと一緒やね。
だからマキコはんに見てもらはると、じんじん生きる気すんねん。

もっと見てや!
私見てれば、きっとマキコはんにもええことあるで。
だって私は幸福な妊婦やもん。
幸せのおすそわけやー。

マキコはんも幸せになるでー。
幸せになるで、幸せになるで。

な、幸せやろ。

女、微笑んでいる。外は真っ赤な夕焼け。

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何とか、トマト女さんを成仏させてあげたいんですよねえ。きいてくれはります?