これも、シナリオセンターで書いた課題の200字原稿用紙20枚の作品。書いたのは1996年の冬。
今までのっけたシナリオ作品のなかでは、一番古い作品。テーマは『死』。
《人物》
井上道雄(65)元教師
木村聡子(40)教師。道雄の長女
太田綾子(35)主婦。道雄の次女
太田千里(6)綾子の娘
田子裕美(18)高校生。道雄の元教え子
井上フクエ(61)故人
女A
女B
○井上家全景
古い邸宅。
庭には黒白のリボンのついた残骸。
○同・前
井上道雄・フクエ・聡子・綾子の表札。
忌中の張り紙がまだ残っている。
玄関先に犬小屋。眠っている柴犬(タロウ)。
○同・茶の間
小さな祭壇に井上フクエ(61)の写真。
祭壇の前でたばこを吸う井上道雄(65)。
○同・台所
木村聡子(40)が、洗い物をしている。
お盆を持って入ってくる大田綾子(35)。
聡子「どう、片付きそう?」
綾子「うん、何とか。こんなにミカンやら残っちゃってどうする。姉さん、持ってく?」
聡子「何よ。あんた帰る気?」
綾子「うちの子、今日熱出ちゃったのよ」
聡子「私も、今日こそは学年末テスト作んないと間に合わないし・・・」
聡子と綾子、茶の間の道雄を覗き込み、
綾子「お母さんも、酷よ。タロウの散歩に行ったっきり、心臓発作で帰らないなんて。あんなに元気だったのに」
聡子「お父さん、気が抜けてぼけたりしないといいんだけど・・・」
心配そうに顔を見合わせる聡子と綾子。
○同・玄関前(夜)
犬のタロウがしっぽを振って吠える。
聡子と綾子が荷物を持って出てくる。
玄関口に立つ道雄。
聡子「じゃ、お父さん。また来るから」
道雄「もういいから。バス来る時間だろ」
綾子「お父さん、しっかりね!」
聡子と綾子が出て行くのを道雄、見送る。
突然静かになる。
道雄「まったく娘なんて何人持っても嫁に取られりゃ同じこと」
タロウ、ワンと吠える。
道雄「ああ、お前がいたな、タロウ。お前の名前を表札に書いて、聡子と綾子とあいつの名前は消してしまおうか」
道雄、表札に向かう。表札を見、
道雄「・・・やっぱり、やめるか・・・」
道雄、恋しそうに表札をなでる。
○ダンスホール・中
華やかな服装をした中高年者達10数名が、社交ダンスを踊っている。
綾子と道雄、その様子を隅で見ている。
綾子「ね、お父さん、素敵でしょ。家の近所の自転車屋さん、80近いっていうのにぴんぴんしてんのよ。秘訣はダンスだって。人間、色気が無くちゃ駄目ってことよ。ね!」
道雄「うむ・・・」
綾子「じゃ、私、幼稚園のお迎えがあるから」
綾子、道雄の背をたたいて出て行く。
道雄、ダンスの輪の中に飛び入りし、女Aとワルツを踊る。踊りながら、
女A「まあ、嬉しいわ。うちのサークルは男性不足なんですのよ」
道雄「はあ・・・そうですか」
女A「昔は何のお仕事をされていたんですの?」
道雄「教師を」
女A「まあ!これから先生ってお呼びしてもよろしいかしら。ダンスもお上手ですし」
道雄「女房の相手をさせられてましたから」
女A「あら、奥様とご一緒だったんですの」
道雄「いえ・・・。女房は、死にました」
女Aの顔が、ぱっと色めきたつ。
○同・廊下
たばこを吸っている道雄。
喫煙所の向かいに女子更衣室があり、ダンスサークルの女性達の話し声が聞こえる。
女Bの声「楽しいわあ。皆さんとダンス!」
女Aの声「これも亭主が早く死んでくれたおかげよねえ。これからが青春だわ」
女Bの声「ほーんと、極楽、極楽」
女全員の笑い声。
道雄、たばこを消し、去って行く。
○井上家・全景
○同・玄関・中
入ってくる道雄。にぎやかな笑い声に気づく。
○同・和室
たんすの引き出し、押し入れの収納ボックス、開けるだけ開けて、座敷中広げられた和服、洋服。それらを整理している聡子と綾子。そのわきで退屈そうにしている太田千里(6)。
千里「あ、おじいちゃん!」
部屋に入ってくる道雄に駆け寄る千里。
道雄「なんだおまえ達来てたのか」
綾子「お父さん、どうだった社交ダンス?」
聡子「何よ、あんたそんなところに連れてったの」
綾子「ねえ、見て見てお父さん。お母さんたらこんないい着物隠してたのよ!私、貰ってもいいでしょう」
聡子「あ、それは私が・・・」
綾子「姉さん、さっきと話ちがう」
道雄「いい、いい。勝手にやれ。私には分からないから・・・」
道雄、千里を連れて部屋を出て行く。
綾子「お父さん、どこ行くの」
道雄「タロウの散歩だ」
○道
千里の手をひき、タロウの散歩をする道雄。
道雄「まったく、女は強い」
千里「お父さんも、前そう言ってたよ」
道雄「そうか、そうだなあ」
タロウ、嬉しそうに道雄を引っ張って歩く。
○井上家・茶の間(夜)
しんとした部屋でたばこを吸う道雄。じっとしている。
たばこの火が道雄の指先まで来ているのに気づかない。
道雄「あちち!」
道雄、あわててたばこを灰皿に。ため息をつく。
道雄、テレビをつけてみる。
テレビ番組は「熟年離婚・あなたは大丈夫?」
テレビのアナウンサー「今、定年退職後の夫婦がこれから二人で過ごそうという時に離婚する、熟年離婚が急増しています。夫のあなたが退職なら妻の私も退職させて欲しい、そういう女性が増えているそうです」
テレビの評論家「今までメシ・フロ・ネルの三語で威張っていた男性に耐えられないわけです」
フクエの笑っている遺影を見る道雄。
道雄「今ごろお前も清々しているのか?」
柱時計が1回鳴り、道雄、時間を見る。
時計は7時半。
道雄「まだ寝る時間じゃないのか・・・」
道雄、大あくびをする。
道雄「明日、自殺でもするか」
○踏み切り(朝)
電車が通過しているのを見ている道雄。
踏み切りが開き、人々と車が吐き出される。
道雄「母さん、俺も定年だ」
道雄は踏み切りの前で立ったままである。
踏み切りの鐘が鳴りだす。
決意の表情の道雄。一歩踏み出す。
声「あ、みっちゃん!」
声に道雄振り向くと、制服姿の田子裕美(18)が立っている。
裕美「みっちゃん・・・、じゃなくて井上先生、お久しぶりです。お元気ですか」
道雄「ええと、君は・・・」
裕美「ああ!踏み切りしまっちゃう。また遅刻!!」
裕美、下りかけている踏み切りをくぐり、走って行く。
道雄「こ、こら!駄目だ!田子君!」
裕美「先生、また今度!」
道雄「田子君、田子君!」
電車が通過し、裕美が渡りきったのかどうか見えない。
道雄「死んじゃ、死んじゃ駄目だ田子君!!」
走る電車。
電車、通過しきり、踏み切りが開く。
裕美の姿は、もう、ない。
○道(朝)
踏み切りの向こうにある道沿いの学校のチャイムが鳴る。
○踏み切り(朝)
立ちすくんでいた道雄、
道雄「まったく・・・困ったもんだ!」
道雄、苦笑がやがてすがすがしい笑いになり、ひとしきり笑い終えると、やっと踏み切りを渡る。
○井上家・前(朝)
タロウがしっぽを振って吠える。
道雄が帰ってくる。
戸が開き、聡子と綾子が顔を出す。
聡子「お父さん、どこ行ってたの?」
道雄「何だ、また着物か」
綾子「お父さん、大変なもの出てきたの。お母さんの遺言!」
○同・茶の間(朝)
ちゃぶ台を囲む道雄、聡子、綾子。
聡子、遺言と書いて折りたたんだ紙を道雄に渡す。
聡子「こないだ貰った着物に紛れてて・・・」
道雄、紙を開き、読む。
道雄「遺言・・・。今度の本家の法事には3万包む。守さんのところが入院したらお見舞い5000円。4月は入学祝い・・・。うむ?なんだこれは」
綾子「これがお母さんの遺言なの!」
聡子「やだ、この紙、広告の裏紙じゃない」
綾子「これじゃおつかいメモ」
感極まって泣き出す聡子と綾子。
道雄「まったく、これだからやってられん」
道雄、席を立つ。
綾子「お母さんったら、もう・・・」
聡子「お父さん、きっとまたタロウと散歩ね」
外から、タロウの元気な鳴き声が聞こえてくる。
さいごまでよんでくださって、ありがとうございます