れもんちゃん日記IN INDIA

ここに書いたものはみんな旅行している最中に書いたもので、その時々の気分 でかなり文体が変わっていると思います。ただ出来事を羅列しただけの日もある し、空想の世界にいたときに書いた日もあります。さらに、不機嫌な時に書いた 日やウキウキした気分で書いた日もあるので、てんでんバラバラです。そしてか なり長いので最後の方は入力に疲れてクタクタになってしまいました。 結構マジメな内容なので読んでくださる人は心して読んでください。うふふ。 まず一緒に行ったフレンド達を紹介します。 ワカコ・・・我らが「お上品インド部隊」(私が勝手に名付けた)のリーダー。 唯一のインド経験者。一見タカビーに見えるけど実はかなりのお間抜けさん。常 識知らず。何でも値切ろうとし、その姿勢には鬼気迫るものを感じる。 まるた・・・行動派。いつも動いてる。休むということを知らない。言えば何で もやってくれる(悪いことも)素晴らしい人材。私が会社を創る時は必ず雇おう と思う。私とは一緒にガンジス川を泳いだ仲。 バン・・・工学部・建築科のヒーロー。3/16の朝日新聞にその名を轟かせ た。インドでも独りでチャンディガール(建築科ル・コルビジュが都市設計した 街)に行きお勉強する努力家。まじめ。 ひろしちゃん・・・おしゃべり坊や。酒好き。インドに行く前に酔っ払って自転 車に乗り歯を2本折ったツワモノ。彼のボディランゲージはスンゴク面白い。イ ンド人も大笑いしていた。 れもんちゃん・・・いわずと知れたスーパースター。むかうところ敵なし。荷物 を盗まれ頭にきてインド人200人をガンジス川に叩き込んだ(ウソ)。下痢ダ イエットに成功。現在も継続中。 さて、これから本編に入らせて頂きます。準備はいいかな? 2/26旅立ち 10:00成田空港第二ビル駅集合 私はNEX(成田エクスプレス)を利用した為、30分以上前に到着した。N EXと言えども私は立ち席で東京駅からずっと立ち続けていた。NEXは全席指 定なので立ち席も当然指定。私の席はトイレの横の一角。そこに黄色い線で描か れた足の形にピッタリと自分の足を合わせる。はみだすと超過料金を取られる (全部うそです。JRの皆さんごめんなさい)。空港内へはパスポートを提示し ないと入れないのでただひたすら改札の前でフレンドの来るのを待ち続けた。 改札から吐き出され空港の中に消えて行く人たちを見ているとみんな颯爽とし てイキイキしてみえる。きっと胸中はワクワクしてんだろうな。 9:45 ゆっこ登場 緊張しているのがまざまざとわかる。数分後ひじりちゃん登場。ゆっこ同様に 緊張している。にこやかな笑顔を作りつつも頬が引きつってるのがわかる。この 二人は偶然一緒の飛行機になった大学の同じクラブの仲間。二人とも酒好き。 10:00 ちょっと過ぎにバン&ワカコが見え、次々とチームメイトが登場。 全員揃ったところで空港内へ。成田空港は羽田と違って必要最小限のものだけ がそろっているというかんじ。店も少ない。でもその方が良いと思う。羽田は店 などが多くチョットやりすぎな気がしないでもない。あそこってデパートまで入 ってるんだから。スチュワーデスさんはやっぱりきれい。うらやましいな。 12:00 フライト 初めてのabroad。でもエア・インディアの機内はめちゃくちゃ狭い。座 席もチョー狭くて前の席にひざがぶつかってイタイイタイ。トイレも汚い。 すでにこの辺から怪しいインドの雰囲気を感じ始める。 機内食は当然のように「カレー」がでてきた。 スッゲー辛い!!ぷっひーってカンジ。思わず鼻からカレー出ちゃったわ。 ・・・うそよ、うそ。本気にしないでね。 19:00 バンコクに到着するとまるたをはさんで隣に日本の女子大生2名 (上智大2年・20歳)が座った。有能スパイ・まるたの後の報告によると奴等 は私の格好を見て(その日のファッションは上・純白のTシャツ、下・アデダス のスーパージャージというナイスコーディネイトだった)、「あの格好で成田ま で来たのかしら?」とほざきおった。そんなことも知らずに奴等とほほえましく 談笑した自分を死刑に処した。くやちー! ゆっこ&ひじりとはここでしばしのお別れ。二週間後にカルカッタで会う約束 をした。 エア・インディアのスチュワーデスは目つきの鋭い恐そうな顔をしたおばさん だった。ゴハンを残そうものなら眉間にフォークを突き刺されること間違いなし ってカンジ。 2/27 トリヴァンドラム この街はインドの最南端に近く(北緯9°ぐらい)、大学やいろいろな研究施 設がある。従ってインテリが多く乞食が少ない。比較的インドのネガティブな面 を見ることが少ないのでインド旅行のスタートを切るには最適の所である。 1:00 ボンベイ着 今日は空港の中のロビーで寝る。クーラーが効いててとっても快適。薄汚い喫 茶店の前のイスで眠る。喫茶店にいる欧米人やまわりのインド人の視線がチクチ ク痛いけど、それに耐えつつ夢の国へ。 6:30 目が覚めるとインド人が増殖してロビーはギュウギュウ詰めになって いた。 8:00 ボンベイ発 機内にはインド人しかいない。ボンベイまでは日本人や外国人が多かった。み んな同じ顔をしてみんなヒゲを生やしていた。ここで一句。 インド人 どうしてみんな おヒゲなの 見分けにくくて 困っちゃう 10:00 トリヴァンドラム着 飛行機を降りた瞬間、ムワーっと「南国の風」を感じた。嗚呼、とうとう来ち ゃったのか、インドに・・・。 インド式のトイレにファーストアタック。紙は一切使わずすべて水で流す。な かなか気持ち良い。 ロビーに出るとガラス越しに子羊(私たちのこと)を狙うインド人の無数の目 が妖しく光っていた。噂のリクシャーワーラー(リクシャーの運転手)の群れで ある。私たちは素早くそこを駆け抜け、一台のオートリクシャー(インド特有の 小型タクシー。構造はオートバイのシャシーとエンジンに鉄のボディを載せたも の。普通は3人乗ったらいっぱいになる)に乗り込んだ。5人で乗り込んだため めちゃくちゃ狭かったが、私は前の座席に座ったのでとても居心地が良かった。 運ちゃんにわたしはフランス人に間違えられた(ホントよ!)。 11:00トリヴァンドラム中央駅到着 駅前で記念撮影(ホントはダメ。法律で駅・電車・橋等は撮影禁止)。 近くの喫茶店で今後の行動計画をたてる。ここの店は縦長の円筒形で床自体が 螺旋状になっていて屋上まで階段を使わずに行ける。巨大な螺旋階段の階段にテ ーブルを置いてそこで食事ができる風にした感じ。うーん、うまく説明できない なあ、これでわかってもらえたかな? そこで初めてチャイ(インド風ミルクティー。ミルクティーに生姜を入れたも の)を飲む。インドに関して何の予備知識もないのでインド人がミルクティーを よく飲むとは知らなかった。それにかなり甘いのでインド人は辛いものしか口に しないと思っていたのでカルチャーショックを感じたわ。 その後宿を探しに町中を散策。 その日の天気は晴れ。うんざりするほど晴れ。お腹いっぱいなほど晴れ。 死ぬほど暑い。気温35℃。今の季節、インドは乾季で雨は全くといっていいほ ど降らない。その点で天気を気にしなくていいんだけど、ここまで暑いとねえ、 少しは雨が降ってもいいかなあ、と思っちゃう。 街の道路は全く舗装されていない。すべて土。牛が町中いっぱいいるので当然 ウンチも道端に地雷のようにいっぱい落ちてる。よけるのが大変なくらい。 宿はツーリスト用のホテルに決定。一泊50ルピー(約175円)。5人部 屋。トイレ(水が流れない)、シャワー(汚すぎて使わなかった)、トカゲ(壁 にへばりついてる)付き。窓ガラスが紫色なので昼間日光が差し込んでくると部 屋全体が紫になり異様な雰囲気につつまれる。朝は部屋の隣で宿のオヤジが大声 でうなり声をあげるので目覚し時計はいらない。うるさいったらありゃしない。 部屋の中は暑いので散歩に出かけた。 インドの道路はスンゴクうるさい。車がみなこれでもか、これでもかというぐ らいクラクションを鳴らすし、物売りが「ジャパニ、ジャパニ」といってたくさ ん寄ってくるし、少ないとはいえども乞食もたくさんよってくるしで、それだけ で疲れちゃった。 迷いに迷って「INDIAN AIRLINES」へ。後の行程で使うマドラス 〜バグドグラ(ダージリンの近くの空港)間の航空券を入手。 カウンターの人とワカコとの会話を聞いていると「こんなんでも通じるのか」 と妙に感心してしまう(ワカコさん、ごめんなさい)。 ついでに近くにあった街一番のホテル(ガイドブックにそう書いてあった)の 中にあるレストランでランチ。テーブルとイスがピンクなのが印象的。とてもゴ ージャスで高いと思ったけど日本円に直してみると5人で1500円しかかかっ ていないと思うと少しホッとした。チキンサンドとミネラルウォーターをオーダ ー。 その後美術館へ行ったが、既に閉館時間を過ぎていた。仕方なく私たちはプラ プラと近くの公園を歩いた。 急にまるたが「フレッシュジュースが飲みたい!」と言いだし、ワカコがその せいで赤痢になった経験から「フレッシュはやめなさい!」と阻止しようとした が喉の渇きに耐えられなくなり彼はジュース屋さん方面へ消えていった。 もどってきたまるたは苦虫をつぶしたような顔をして一言「まずかった」と言 った。その時ワカコの「ザマーミロ」という表情を私は見逃さなかった。・・・ コワイ女ね。 インドの熱い夕日を浴びながら、さらにふらふら歩いているとまるたが近くの 木に何やら小動物を発見した。 「あっ、ムササビだ」 「どこー、どこにいるのー?」 「あそこ、あそこー」 「えー、わかんなーい」 などという会話をしていると木の下にある小さいピンクの小屋から知性を体中か らギンギンに発散させたインド人男性2名がおもむろにでてきた。 「何見てんの?」とべっこうのメガネをかけた太っちょのおりこうA氏(名前を 聞くのを忘れた)がエレガントな微笑みをたたえ、インテリジェントな英語を駆 使して尋ねた。 「ムササビです」とまるたは日本語で答えた。 だが相手には当然通じなかった。ここでまるたは絵を描いて相手に見せたがまだ わからないらしい。 しばらくそんな問答が続けられた時、サッと木の上を小さいものが動くのを見 た。すかさず、もう一人の小柄で眼光鋭いおりこうB氏が 「SQUIRREL!」と叫んだ。 りすだった。よく見るとそこかしこにりすがいっぱいいるのに気が付いた。 そしてやっと話が通じたということもあって私たちは自己紹介をし、日印の交 流を深めた。彼らはエンジニアで、今この公園の食堂の調理室を造っていると教 えてくれた。良い人たちであった。インド人ってみんなこんなにいい人なのか な? 良い出会いの余韻に浸りながら私たちは宿へと戻った。 2/28 コヴァーナム・ビーチ ここは貧乏人でもお金持ちの気分を味わえるナイスなビーチ。 欧米人がやたらと多い。 6:00起床 宿のオヤジの叫び声で目が覚める。ヤツのハゲ頭をピシっと叩いたらどんなに 気持ちが良いだろう、と考えると興奮して手に汗握ってしまった。今日も昼間は 暑くなりそう。 6:30宿を出る 中央駅の裏側にバスターミナルがあり、そこから今日行く予定のコヴァーナ ム・ビーチへ。 バスターミナル周辺の町並みは西部劇に出てくるゴーストタウンのような趣 で、いつ決闘が始まってもおかしくない雰囲気。そこに停まっている無数のバス はこれでもか、これでもかというぐらいにボロボロで「こんなので走るのかな あ?」と思ってしまったのは私だけではあるまい。 実際にバスに乗り込む。 「うーむ、窓ガラスが一枚もない」・・・まあ、涼しくていいかな 「お、エアホンだ」・・・クラクションがわりにあれでプカプーカと鳴らすの か。「これが切符かあ」・・・2×3cmの大きさのわら半紙に読めないぐらい うっすらと字が書いてある。 7:00トリヴァンドラム出発 「このバス、ホントに動くのかなあ」と心配していたが一発でエンジンがかかり 出発進行!ガラスのはまっていない窓から吹き込んでくる風がとっても心地良 い。 インド人もなかなかやるもんね。 思った通り運転手はエアホンをプーカプーカ鳴らしている。あれで役に立つの かな、と思うぐらい小さい音だけど、今まであれで事故らなかったのだからまあ 由とした。 7:30コヴァーナム・ビーチ到着 あっという間についてしまったコヴァーナム・ビーチ。風が気持ち良くてうつ らうつらしている最中に着いてしまったのはちょっと残念。もう少し乗っていた かった。 バスを降りると宮殿みたいなホテルがデーンとあり、敷地の中ではゾウさんが 背中に薪をのせてノッシノッシと歩いていた。その美しい庭の片隅に10メート ル四方ぐらいの巨大なチェス盤があり、墓石みたいなコマがその上に整列してい た。 当然まるたはそのコマを勝手に動かして喜んでいた。私も一緒に遊んだわ。 目の保養をし終えた私たちは宮殿ホテルの脇の賑やかな下り坂を下り、コヴァ ーナム・ビーチへ。 なんかとってもきれいな海岸でビックリ!まさに「リゾート」という言葉がよ く似合う所ね。 貫けるように青く晴れ上がった空、燦燦と輝く太陽、エメラルドグリーンに澄 んだ海、ゴミ一つ落ちていない純白の砂浜(湘南海岸とは大違いよ!) ・・・おお、ジーザス、あんたはイカしてるぜ、べいべ。 ここになら住んでもいいなと思った。 すぐ宿探し。客引きに引かれるままに行った宿に決定。 できたばかりで何もかもがピカピカの平屋建ての白いホテル。海岸へ歩いて1 0秒。ワカコのアグレッシブな値切り攻撃で一泊100ルピー(一人あたり。約 350円)になった。 室内もとてもきれいで一ヶ月ぐらいここに滞在してもいいかな、と思った。 ランチを食べるために海岸が見渡せるレストランに直行。 カフェテラス式のレストランで、一人一つのテーブルがすべて海に向かって置 かれ、カラフルなパラソルが強い日差しから守ってくれる。 別に空腹なわけでもないので軽くオムレツと7UPを頼んでボーっと海を眺め ていた。 「嗚呼、このまま天に召されてもいいな」と本気で思った。 2時間ほどそこで海を眺めていると、当然のように駅弁屋さんのようなスタイ ルで商品をたくさん持った物売りがたくさんやってくる。 「えー、タバコいらんかねぇ」 「えー、腰巻きいらんかねぇ」 「えー、サリーいらんかねぇ」などなど。 売り子はほとんどがティーンエイジの少年で、みんな素晴らしい営業努力をし ている。それを見ていて4月から社会人になる私は心の中で「おまえらには負け ん」と叫んだのである。 私は柄が気に入ったのでお魚の絵が大きく書いてある白黒のツートンのと緑鮮 やかな布を買った。 ひろしちゃんは速攻で買ったばかりの腰巻きを巻いて踊ってた。まわりの欧米 人はみんな笑ってたけど。 何もしないうちに夕方になった。ディナーにサメを食べた。パサパサしてあん まりおいしくない。無難にカレーを食べればよかった。 それからしばらくペプシを飲みながらアラビア海に沈む夕日を眺めていた。 3/1 カニャークマリ インド最南端の街。インド洋とアラビア海とベンガル湾が交わる所。海での沐 浴が有名。 7:00起床 朝食はオムレツ。味は普通。ワカコは隣でカラスにボンベイロール(甘ったる い揚げパン)を奪われる。ちょうど店の人がいる前でだったので取られた分はタ ダになった。 「インドのカラスはアグレッシヴだなあ」と思った。インド人と同じく強引で ある。 9:00コヴァーナム・ビーチ出発 30分ぐらい前についたのでバス停でおしゃべりをしていると一人の日本人男 性がやってきた。 「カニャークマリですか?」彼は尋ねてきた。 「はい、そうです。」 「じゃあ、一緒ですね」 「そうですね」 「それはよかった」 という海外で日本人に会った時のもっともベーシックパターンの言葉を交わした 後、お互いのプロフィールを語りあった。 彼は拓殖大学2年生で春休みを利用して東南アジアからインドまで独りで放浪 の旅を続けてきたとのこと。ルックスといい多くを語りたがらない所といいデュ ーク東郷によく似ている。 今度のバスは妙にキンキンキラキラで昔懐かしの「トラック野郎」チックな風 情である。 これから4時間のバスである。 最初のうちはガラガラだったが段々と人が乗ってきて最後にはギュウギュウで 息もできないほどになってしまった。 私は乗っている間ずっと窓からヒジを出していたので右手だけ思いっきり日焼 けしていた。気付いた時はもう真っ赤になっていた(私は色白なので日焼けして も黒くはならず赤くなるだけなの)。右手と左手の色が全く違うのでカッコ悪い わ。 13:00 カニャークマリ到着 閑散として殺風景な雰囲気をもつ街。 海に入って沐浴する所らしく、街全体が「聖地」って感じでかしこまってる雰 囲気があるなあ。バスを降りた瞬間からホテルの客引きがつきまとうので大木金 太郎(知ってる?)級のメガトン頭突きをお見舞いしてやった。 繁華街に出てみる。門前仲町や浅草みたいな門前町である。 昼食を食べようと思いレストランを探してみるが、ゼンゼンない。やっと探し 出した店で「トマトフライ」をオーダー。「トマトのから揚げかな?」と思いつ つ、出てきたのは単なる「超激辛カレー」だった。「こんなもん食えるかあ!」 とテーブルをひっくり返しそうになったが、同時に「インド人はよく毎日こんな 辛いものだけを食べて生きてられるなあ」と思わず感心してしまった。 結局食べきると身体壊しそうな気がしたので半分も食べないで「辛いものフェ チ」ひろしちゃんにあげてしまった。 その時ふと「甘党の私でもインドにあと3週間もいられるのかしら?」という 不安が脳裏をかすめた。 腹ごなしに「ガーンディー記念堂」へ。 2ルピーで履き物を受付に預け、中に入る。 記念堂の中は3階までブチ貫きで天井はプラネタリウムのようにおわんを被せ た半円形である。 そこに警官の制服を着た胡散臭さを体中から発散させているオヤジがにこやか な笑顔を無理矢理作って立っていた。そして丁寧にここの説明をしてくれた。 私は素直に彼を警官だと思って説明を拝聴していたが、ワカコはそのオヤジを 見た瞬間「後でカネをせびるガイドだ」と言った。私はオヤジに胡散臭さを感じ つつも「まさか警官がカネ取らないだろう」と思いながらそいつの説明をウンウ ン言いながら聞いていた。 だが、説明も終盤になると彼は「気持ちでいいからカネをくれ」ときた。嗚 呼、やはりカネかぁ、と失望してしまった。 「インド商人魂もいいけど、善意も見せて欲しいなあ」と思うのは無菌状態で 生活してる日本人の「甘さ」なんだろうな、きっと。 3/2 マドラスへの道 5:30 起床 カニャークマリ唯一の目玉、海の沐浴場で朝日を見るために今日は早起き。 そこに行ってみると、どこからわいて出たんだろう?と思うほど人がいっぱい いた。 ぶるぶるぶると奮い立つように真紅の太陽は出てきた。なかなか感動的な一瞬 であった。 だがとても眠く私は一刻も早くホテルに戻って夢の続きが見たかったのでその 感動的な一瞬もちょっと薄らいで感じたのかもしれなかった。 ほんとは涙が出るほどスゴイ感動があったのかもしれない。 11:00 再起床 二回目の目覚めはとってもさわやか。十分寝たってかんじ。私が寝ている間、 ひろしちゃんは遠くにある白い尖塔の洒落た教会に行っていたそうだ。 13:00 バスターミナル 3時発のマドラス行きのバスに乗るために2時間前からスタンバっていた。 今いるカニャークマリからマドラスまで720km。東京〜広島間の距離を一 気に駆け抜ける。 インドの地図の中で見る720kmはほんのわずかな距離にしか見えないが、 日本地図の中の720kmはもう端から端までって感じでいかにインドが大きい かってことをまざまざと感じた。 15:00 カニャークマリ発 前回と同じ「トラック野郎」タイプのハデなバスに乗り込む。隣の席には汗を かき、はあはあいっていかにも苦しそうなコカイン中毒者のような若者が座っ た。もう彼はいかにも苦しそうなのである。だが、すぐ寝てしまったので一安 心。 楽しいバス旅行になりそうな予感をはら孕みつつ、バスは動き出した。 窓から見える景色は農村地帯あり、雑然とした市街地あり、遥かなる田園地帯 ありとさまざまな「顔」を見せてくれる。 隣に座っているコカイン中毒の頭の重さを肩に感じながら眠りに着いた。 3/3マドラス 大都会。インドに降り立って初めての都会だったがすんなりと入り込めた。 インドの場合、人間の発散するパワーが大きいので大都市も地方の小都市も全 く同じ印象を受ける。日本のように各地方の大都市を観光名所などで特色付ける ことはインドでは無意味なことなのかもしれない。 8:00マドラス到着 広大な大都市と牛のウンチという極端なコントラストが目に鮮やか。さすがイ ンドってカンジ。 オートリクシャーで街の中心部へ行く。相変わらず暑い。この暑さによって街 のいたるとこに落ちている牛のウンチがイイカンジで発酵し、ほろ苦くもかぐわ しいインドテイストな香りを辺りに充満させている。私の高いお鼻が曲がりそ う。 宿を探す。ガイドブックに載っていた「BROAD LANDS」というホテル へ。ここは欧米人に人気の宿とかで、欧米カブレのワカコ一押しのホテルであ る。 建物は全体的に水色に塗られ、家具や小物はパステルピンクで統一。中庭は楽 しい会話ができるようにテーブルが置かれ、世界各国の人と友達になることがで きる。まるでおとぎの国へ来たような雰囲気である。 部屋の中は20畳ぐらいで天井がやたらと高く、巨大な羽の扇風機がブンブン と唸りをあげて回転している。 11:00現代美術館へ 10数時間もバスに揺られたせいか、部屋に通されソファに座り一息つくとも う何もやる気が起こらなくなってしまった。このまま寝てしまいたいと思った。 しかしながら、皆「観光へ行こう」などと言いはじめたので、私は、同じくか ったるそうな顔をしているまるたと一緒に2人で現代美術館でゆっくりしよう、 ということになり、みんなとは別行動をとることにした。 他の3人(ワカコ、バン、ひろしちゃん)は観光局のやってる市内バスツアー に参加するとかで、「まだバスに乗りたいか!」と怒鳴ってしまいそうになる自 分を抑え、彼らと別れを告げ、平静を装って私たちは美術館へとオートリクシャ ーを走らせた。 5人で行動するのとは違って2人だとすごくフットワークが軽いのに驚く。リ クシャーの中も広く感じるし、街の景色も違って見える。 「私はどちらかっていうと個人行動の好きな人間なのかもしれないな」と思 い、思わずニヒルな笑みをこぼしてしまったわ。 現代美術館はまあ、休むところにはいいかな、ってカンジの退屈な内容だっ た。その隣にある博物館の方が面白かった。シヴァとかヴィシュヌとかいろいろ なインドの神様の石像が所狭しと展示してあって、全く飽きなかった。 中でもスゴイと思ったのは精密に彫り込まれた扉の枠で、「ここまでやるか」 というほどこまーかく彫刻されていた。 ここの博物館はその他に恐竜の骨があったり、動物の剥製があったりと何の脈 絡もない内容ではあるが、そんなところに私はインドの混沌とした懐の深さを感 じてしまったのである。 3/4マドラス観光&ゴーイングカルカッタ 5:30大音響で鳴り響く野太い男性のディストーションヴォイスで眠りを破ら れた。しかし、佐高信の本を読みはじめた瞬間、眠りに落ちた。 8:00起床 朝から暑い。チャイをオーダー。さらに暑くなった。失敗。排便に行く。イン ドに来てから回数がやたらと増えた。にもかかわらず、硬度は10でダイヤモン ド並の硬さなので「穴」の方が耐えられずに下血の毎日を送っている。 9:00チェックアウト 宿のボーイ(12歳ぐらい。ここのオーナーのせがれって感じ。いかにもぼん ぼん風)がなかなかフレンドリーでひろしちゃんと交流を深めていた。宿の前ま で送ってくれた。彼はインド人には珍しく太っちょだが流暢なイングリッシュを 話す。ヤツは将来大物になるであろう。 10:00パルタサラティ寺院 チェックアウトした後、私たちはマドラスの貧民街を通りパルタサラティ寺院 へ。ここは一言、たいしたことはない。2ルピーで靴を預けて中に入るのだが私 たちは2ルピーを払いたくなかったのでみんなでワカコのビニール袋にサンダル をぶちこんで無料でこの寺院を観光した。中はシヴァの石像が並んでいるだけで 全く面白くない。時間のムダであった。 その後マリーナビーチ沿いの道を北上し水族館へ。ここのビーチは死ぬほど広 大な児童公園で、ポツリポツリとすべり台やシーソーやブランコなどがあり、す べてを遊びつくすには甚大なパワーが必要である。 この水族館は門構えがこじんまりして室内も狭く、水槽も小さくて魚も小さ い。何もかもが小さい水族館である。基本的には淡水魚で、その90%は「金 魚」である。 従ってここは金魚マニアには応えられないうまみがあるが一般人は決して行く 必要はない、と断言できる。 次にマドラス大学へ。かなり広いがかなりキタナイ。しかしながら千葉大学に はない「風格」がある。 学内食堂へ直行。メニューはサモサ(春巻きを正四面体にしたもの)のみで飲 み物にチャイとミリンダをオーダー。 1時間ぐらい校舎内の渡り廊下でボーっとしていた。退屈のあまり、バンが独 りで街へ繰り出した。残った者はさらにしばらくしてからのそのそと動きはじめ た。 マドラスも死ぬほど暑い。日射病寸前のレッドゾーンギリギリで歩いていると いった感じである。 途中、レストランに寄りちゃんとした昼食を摂る。ココナッツライスを食ら う。まずくもうまくもない。ココナッツの皮の裏面についた白い柔らかい部分を こそげ落とし、ライスとグリーンピースやグリーンチリなどと混ぜて炒めたもの である。 ひろしちゃんはガードライス(Gurdrice)をオーダーして た。 これは、言うなればおかゆのヨーグルトヴァージョンで、米をヨーグルトで煮 込んで仕上げた強烈なシロモノなので、味わって食べるには甘酸っぱく腐ったよ うなえげつない味がするので、彼は一気に食い攻めてFINISHした。 15:00観光局近くのタクシー乗り場でバンと合流。ここからマドラス空港ま で30分の道のり。タクシーの車種はインドが誇る国産車「アンバサダー」で色 は白。 私はこの「アンバサダー」、とても気に入ってしまった。全体的にはずんぐり と重厚なつくりでダイハツミゼットの四輪ヴァージョンといった趣だが、細部の ボディラインが車フェチの心をくすぐるのである。ボンネットの前部がロゴマー クをはさみ左右に一つづつイイ感じでへこみ、このへこみの曲線がゆるやかにフ ェンダーにつながり後部のテイルライトまで続き、全体的に流動的な形を創り出 しているのである。個人的には白よりも黒の方が攻撃的で良い、と思う。 車内のインテリアが運転手の好みのせいか白と黒のマーブル柄でなかなかオシ ャレって感じ。カーオーディオから、いかにもヒットを狙って作られたようなイ ンドの歌謡曲が大音響で鳴り響く。だがこのサウンドが窓の外のマドラスの景色 と絶妙なマッチングで、自分が「今、インドにいるんだぁ」と感じずにはいられ なかった。窓から吹き込む風が気持ち良く、このまま日本まで乗って帰ってもい い、と思った。 15:30マドラス空港到着 なんかパッとしない雰囲気の空港である。以前行った与那国島の空港のような チンケな感じ。 ここでもウンチを一発キメた。便器は様式ではあるが便座が高く、うまくふん ばることができない。しかしながら持ち前のガッツで無事産み終わることに成 功。 18:15航空会社の方針か何か知らないが離陸時間ギリギリまで機内には入れ ずロビーでやきもきしていたが5分前に無事搭乗完了。 今回は「インディアン・エアーラインズ」という国内線であるが、国際線の 「エアーインディア」同様、素晴らしく狭かった。 前の座席がリクライニングすると後の座席は息もできないほどである。 欧米人もたくさん乗っていることだしもっとスペースを広くしてもいいのに、 と思うのは自分勝手であろうか?いや、断固広くすべきである! 機内食は鶏のから揚げと相変わらずのカレーとつくねみたいなのに、パン、サ ラダ、ヨーグルト(くさった臭い)、水というラインナップである。 鶏のから揚げはとてもデリシャスだったがその他は普通で、サラダのドレッシ ングが酢酸のにおいがしたのはキツかった。うーん、たまらんちってか・ん・ じ。 20:30 カルカッタ・ダムダム空港到着 今回のカルカッタはダージリンに行くためのトランジット(空港内で宿泊し、 そのまま他の飛行機に乗る)なので外へは出ない。これも空港内にある宿泊施設 (だだっ広いドミトリー)で書いている。空港からは夜であるせいか街の雰囲気 は全くわからない。わからないまま明日の9:00にはここを飛び立つのであ る。今いるドミトリーはベッド数20、約128坪の広大な部屋である。 ベッドはすべてうまり、私たち以外はすべて胡散臭いインド人である。備え付 けのテレビを大音響で見ている奴もいればガラパン一枚で高いびきをかいている 奴もいる。 襲われたらどうしよう、と思いつつ夢の国へ。 3/5ダージリン 紅茶が取れるのでチョー有名な街。インド北東部、西ベンガル州北部。ヒマラ ヤ山麓の保養都市。ヒマラヤの高峰に臨む風光明媚な保養地として知られる。 ここに来た理由はヒマラヤ山脈をトレッキングするということなのだがノリ気 なのはリーダー・ワカコだけで、他のメンバーはイマイチ気分がノっていない。 7:45 起床 ダムダム空港のドミトリーにはヒドイ目にあった。暑いのはともかく、「蚊」 がとてつもなく多い。あまりにもかゆいので手を見てみるとボコボコに腫れあげ るほど噛まれていた。廻りのインド人が気にならなくなるほどである。眠れない ので部屋の中にあるイスに座って3:00まで空想の世界で遊んでいた(ただぼ ーっとしてただけ)。 9:30 カルカッタ出発 噂にはとんでもない街といわれるインド第二の大都市・カルカッタとのしばし のお別れ。一週間後に再び舞い戻ってくる予定。 10:30 バグドグラ到着 飛行機が着陸したとたんに便意を催した。一番でトイレに駆け込む。 なんか違う空港に行くたんびにウンチしてるみたい。 ここバグドグラは地図にも載っていない空港だけの小さな町。 ここの空港はインド国内であるにもかかわらずパスポートを提示しなければな らない。国境の近くのせいか厳重なチェックがなされるのである。 タクシーに乗り込む。タクシーと言ってもマドラスで乗ったアンバサダーみた いなしっかりした奴ではなく、軽バンで5人も乗ったら動かないんじゃないかと 心配してしまうようなマシンである。ダージリンまで90km、このタクシーに お世話になる。 ダージリンまでの三時間、みんなでしりとり歌合戦をやっていた。やはり歌は 私が一番うまいみたい。みんなまだまだ青いな、ってカンジ。 バグドグラに着いた時もカルカッタに比べてかなり涼しかったが、道を行くに したがって高度が上がり、しまいには息が白くなるほどであった。 車窓から見る景色はまるで南アルプスに来てしまったかのような錯覚に陥って しまった。 14:00ダージリン到着 ダージリンは想像をはるかに超える所だった。まるでネパールに来てしまった かのようであった(実際に近いんだけど)。街行く人は皆日本人(のよう)だっ た。 なんか山深い温泉町に来た感じである。マドラスとダージリンが同じ国にある のが信じられないほど気候や雰囲気や人間が違う。物売りもほとんど近寄ってこ ないし、顔の造りが同じなので日本人である私たちでも簡単に溶け込めてしま う。 街の中心地にはいろいろな店があり、おもちゃ屋まである。気温は8℃でとて も過ごしやすい。 まずとってもゴージャスな店構えのレストランに入る。 「JADE CHIKEN SOUP」と「SLICED PORK SOUP」と「HOT LEMON TEA」をオーダ ー。 「JADE CHIKEN SOUP」は鶏肉入り卵スープでむちゃくちゃおいしかった。 「SLICED PORK SOUP」は単なる酢豚にお湯をかけたものでちっともおいしくな く、「HOT LEMON TEA」はダージリンの名を汚すようなまずさだった。味を誤魔 化すためにミルクを入れてみるとレモンのせいで固まってしまった。 それから観光局へ行ってトレッキングの情報(気候、天気など)を収集。そこ の係のおっさん達は仕事中なのにゲームをやっていた。 その後宿探し。「ALICE VILL」というホテルに泊る。 ここはかなり豪華でなんと部屋に「テレビ」がついていて衛星放送が見られ る。今もビリーアイドルがテレビの中でシャウトしている。まさかこんな山奥で ハードロックが聴けるとは思わなかった。 宿が見付かったので明日のトレッキングのために防寒着を買いに行く。私は黒 タイツと200ルピー(700円)のセーターを購入。この街の店は6時になる とほとんど閉まってしまうので急いで買い物を済ませた。 一旦宿に戻ってからディナーを食べにレストランへ行く。バンとひろしちゃん は「ビールが飲みたい」といい、どこかへ消えていったので残された3人でごく 普通のレストランに行った。 「CHIKEN CUTLET」をオーダー。黒いわらじみたいなうすっぺらい ハンバーグが出てきた。味はただからいだけでパサパサしてあんまりおいしくは なかった。 隣のテーブルには女子高生4人組が楽しそうにおしゃべりをしていた。日本の 女子高生と全く同じである。制服も同じだし笑い声も同じである。 対照的に、私たちは眉間にしわを寄せて「人生」と「将来」についてヒソヒソ と熱く語り合った。まるたと私は「会社を作って一旗揚げるぜ!」という結論に 達したが、ワカコはSEになって細々と無難な人生を送るのだそうだ。ま、人そ れぞれだからいいんだけれど。
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