2004-12

Wed-1st-December-2004
 出勤前に郵便局に寄った。朝なのでまだ空いていたのだが、窓口で日本に荷物を送りたいと言うと、おばちゃん何やら本を調べだし…10分経過…20分経過…そのうち他の職員も集まってきて喧々諤々。こら!お前ら海外へ荷物送ったことねーのかよ!30分したところでようやく動きが。一度ゴミ箱に捨ててあったバーコードシールを荷物に貼っている。おい、大丈夫なんだろうな?!そして一言「IDある?」JICAと日本大使館から貰っているIDを見せたがパスポートじゃなきゃダメらしい。早く言ってよ。しかしJICAと日本大使館から貰っているIDというのは実に役に立たない。そんなこんなでもめていると奥の方から一人のおっちゃんが。
「俺の免許のID使えよ」このご意見すんなり通る。俺にはパスポートじゃなきゃダメと言っておきながら免許なら他人のIDでもOK?なんじゃそりゃ!っつっても今回は文句言わずにね。さて、このおっちゃん、どっかで見たことある。そう、以前車で家まで送ってくれた郵便局員スローリーじゃありませんか。すげー助かった。ありがとう。
 夜、モベイ在住のN島さんと夕食をご一緒する。空港そばのフィッシャーマンビレッジにあるレストラン。値段も手頃で魚介類が美味いらしい。以前中居さんと来たのだが休みだったので今回初めて。ほんとに波打ち際までテラスがあって、決してきれいでもおしゃれでもないがいい感じ。N島さんがフィッシュ、俺はコンク(貝)のバター焼き、テルミさんがシュリンプのバター焼き。これがJ$300、J$600、J$1000の順番なんですけど、えびいくら高いっつってもフィッシュの3倍はないよな…しかし全部美味かった(^^ゞ

Thu-2nd-December-2004
 最近考えているのは、「ややウケ」位のオリジナルのギャグ。「ばかウケ」になるとこの国は下ネタで十分だから面白くない。だがウケの程度は置いといて、このオリジナルと言うのが味噌。十中八九はずす。「今なんて言ったの」と聞き返されたり完全に意味がわからず流されるのがオチ。場が白けるほうがよほどいい。ということで、言う前には手に汗握ってます。それがいかんのかな、関係ないか、通じてないんだから(淋)

Fri-3rd-December-2004
 本当に大した仕事はしてないんだけど、なんでだろう、この「今日はしんどかったなー、一杯引っ掛けないことには帰れねーぞ」的な気だるさは。今日は箇条書きで失礼します。
出勤して、やり残していたWin98の再インストールを始める

広域研修の為のPCをダウンタウンのショップまで取りに行く。
PC×5、プリンタ×1、その他
PC一台はまだ間に合わず、午後取りに行くことに。

機器をオフィスに運び、片っ端から動作確認
CPのクレイグとデイミアンに手伝わせる。
デイミアンてきぱき、クレイグはディスプレイ逆差しで混乱…
先が思いやられる俺も混乱…
一台のPC、MBのマニュアルとドライバが無い。

いくら待ってもショップから「出来た!」のTELが無い
もう職場閉まっちゃうのでTELすると、あと30分で出来るから来いと。

ドライバーのロブに無理言って終業ギリにショップへ

1時間は経ってるのに、行ってみるとまだ組み立ててる
これからソフトインストールするんかい!
MBの件、探してくれと強く言ったら、「これ、同じのだから」
と、新品のMBのマニュアルとドライバをくれる。でもなんか
違うような感じ。担当のスタッフ、ノルディアは自身満々。

PCはあきらめて月曜にホテルに向かう途中Pickすることに。
待ち疲れてショップのソファに座ったら「ボリッ」
ポケットに差してたサングラスが真っ二つ(ToT)

オフィスに戻って来週持って行く物の整理
ノルディアから受け取ったマニュアルとドライバ、
やっぱ違うじゃねーかよ!

帰りがけ、再度ショップに行ってクレーム。
ノルディア一発でちゃんとしたの持ってきた。

やっと開放。隠れ家SMOKEY Joe's でレッドストライプを…うんめぇー!
飯も美味い!

ちょっと気分良く、マーケットでサングラスでも見ていこうかと、J$300を別ポケットに移す。
多分高いので値切るために「今日これだけしかないんだけど」作戦の支度

いつもはひたすら無視している「ヘイ、チン!」攻撃連発のオヤジの店に首を突っ込む。気に入ったのがあったので値段聞くとJ$600、ちょっと半値は無理かなと思ったけど所持金J$300作戦決行。
オヤジ「持ってけよ。しょーがねーな、500にしてやるから足りない分の200はあとでいいよ」
オヤジは「じゃ、300でいいよ」とは言わなかった。俺が甘かった。オヤジは俺が毎週のようにこの辺うろついてるのを知っている。そして、観光客ほど金は無いが、J$500くらい払えないわけではないことも知っている(多分)
結局もうJ$100値切って残りのJ$100を後で払うことに。そしてきっと俺は明日来て払う。だって店の前通る度に金払えと言われるの嫌だしいつの間にかJ$100→J$200になってそうだし。
このやり取り、600円か800円か言い値で買っても1200円かって世界なんだけど、そこは貧乏隊員ですから。
箇条書き日記、面白くなって長々と書いてしまった。お気付きとは思うが、会話式日記も本人が書いてて面白いので今後多様するかも。

Sat-4th-December-2004
午前中、遅延していた広域研修の担当プレゼンをまとめてメールする。遅れてすみません。
ダウンタウンでたらふくジャマ飯を食う。サングラス代残りのJ$100払う。
憶えてたか、ありがとよ!的なオヤジの握手に和む。
帰ると、女子生徒に呼び止められる。初登場アリシア。向こうは俺のこと知っているが俺は初対面。その辺のがきんちょがそのまま大きくなってバックジュースかじっているような姿に和む。しばし話す。
スニーカーを洗う。
明日のリベンジ、ライピー作りの為に豆を水に浸す。
そんな和んだ土曜日。

Sun-5th-December-2004
ライピーを作る。
やや味は薄いがライピーだ。
夕暮れを見ながら小一時間ほど外で黄昏る。
ふと、地元茨城にいるような錯覚を感じる。
そんな日曜の夕暮れ時。


Mon-6th-December-2004
 さて、明日から広域研修がスタート。今日は昼間から準備の一日。職場にあるPCを、会場であるホテルに運ぶ。研修の会場はモベイのリゾートホテル。しかもオールインクルーシブ!しかも4泊!研修といえどもちょっと気分はバカンス気味か?
 他のメンバーが到着する前に同僚とPCを運び終わる。そして俺は悠々とプールサイドでホロ酔う。程なくジャマイカの研修参加メンバー到着。昼食後、研修会場にてPCのセッティングやらテーブルの配置やらわらわらと準備に取り掛かる。早く終わりにして遊ぼうという企みは脆くも崩れ、たっぷり準備に時間を取られる。夕方から夜にかけて、セント・ルシア、ドミニカ、ベリーズの隊員とCPがジャマイカ到着。明日からの研修の成功を祈願して…やっぱり飲んじゃった(^^♪
 
Tue-7th-December-2004 広域研修初日
箇条書きにて。
自己紹介(各国の基本情報とICT事情の紹介)

ジャマイカ ITワークショップ事例紹介

グループに分かれて模擬ワークショップの打ち合わせ
…本当に箇条書きになっちまった。

Wed-8th-December-2004 広域研修二日目
箇条書きにて。
バスでホテル出発

モベイのHigh school視察

教育文化省モベイ支局(俺の職場)視察

ホテルに戻り模擬ワークショップの打ち合わせの続き。

夜は予約してあったイタリアンレストランで食事。しこたまワインをあける。
実はこれもオールインに含まれているのです。すごいねオールインて。
また箇条書きになっちまった。 
 

Thu-9th-December-2004 広域研修最終日
箇条書きにて。
米田JICA-USA事務所長講話

各グループの発表と模擬ワークショップ

テニスの伊達公子さんが我々の広域研修を見に来てくれる。土曜日に行われるキッズテニスのために来ジャマされたのである。(因みに伊達さんとサッカーの北澤さんはJICAのオフィシャルサポーターである)夜は一緒に食事。すごい勢いでしゃべって笑いまくるジャマイカン達に圧倒されて少々困り気味。
   

Fri-10th-December-2004
 あっという間に広域研修が終わった。本日は片付け。俺はPCを職場に運んでそのまま帰宅し、明日のキッズテニスサポートのために上京。テニスどぶリーグ準優勝の僕でも一応サポートで参加することになっているのである。明日が楽しみだ。

Sat-11th-December-2004
 本日はキッズテニスです。天気は良過ぎでかなり暑い。隊員のほとんどが今日はヘルプで参加している。子供たちは午前午後合わせて100人以上は来ただろうか?スミトにとっては隊員活動最大の山場であろう。
伊達公子さんはほんとに自然に我々にも接してくれて、とってもいい感じの方です。何より笑顔が素敵!夜、伊達さんを交えて食事会。
 夜中、QUADというクラブに行く(あー、イントネーションに注意してね、若者が行くほうね。)最初は恥ずかしくてゴニョゴニョ体動かしてんだけど、酔いと慣れとでエキサイトしてくる。ジャマイカンたちも乗りがいいし。
  
↑主役取られた      ↑サイン貰った!    ↑伊達さんとジャマKids

Sun-12th-December-2004
ねむい…夜遊びが堪えている。しかし眠い目をこすりこすり、寝ているみんなを横目に帰路に着く。夜、タケちゃんとよっシーが泊まりに来た。いろいろ話して、やっぱり今夜も寝不足だ…。

Mon-13th-December-2004
 いやー、ねむい、ねむい。クレイグが終始俺の部屋でPC分解したり掃除してるから居眠りするわけにもいかないし。今日のレクチャーはOSのインストール。デイミアンは飲み込みも早いし講師冥利に尽きるような鋭い質問もしてくる。一方クレイグは…「お前はPCをゲームとDVDとしてしか使ってねーだろ!?」的たどたどしさです。これも育て甲斐があるというものかいな。

Tue-14th-December-2004
 いよいよ職場の自分のPCが調子悪い。HDDにきている。騙し騙し使っているがいつ逝ってしまってもおかしくない。職場で買ってもらうしかない、しかしコリーちゃんにもなんだか言い辛くて…だってまだHDD待ちしてるPCが2台もあるから。いや、いかん俺は
コンピュータテクニシャンだ!仕事をこなす上でも自分のPCが不具合無く動くというのは必須条件である。強気でいくんだ、たとえコリーちゃんが縦も横も俺より大きくても一歩も引くわけにはいかん。しかし今日はいないから言えないなぁ… 

Wed-15th-December-2004
 最近「名刺あったらよかったのに」という機会が重なったこともあり、名刺を作ってみた。実は赴任早々自分で作ろうとソフトとか素材は用意していたのだがカラープリンタがなかなか使えないという理由で投げていたのだ。ファーマシーで厚手の紙をGETし、最近帰国した田代姉さんから頂いたプリンタで早速印刷。なかなかいい出来じゃないですか。しかし当然8名刺/枚なのでカットは自分の手。めんどくさい。明日出張だから早速配ってみよう。差し出しながらお辞儀するなきっと。
←表 ←裏

Thu-16th-December-2004

 午前中、先日の広域研修で行ったSt.James High schoolに行く。先日修理を頼まれていたのでお礼も兼ねて。あいにく先生方はミーティングで校長にも会えなかった。4台チェック。ハード障害は無かったので今日は持ち帰り無し。あ、名刺出すの忘れた。
 午後は職場に戻る。レクチャーの日でもないのに我が教え子達は二人して競うようにPCと格闘している。実に頼もしい。早くも学校の故障機の修理をやらせているのだが、トラブルシューティングをするにはまだ早いようでいちいちサポートしなくてはならず、その間にも職場のPCがどーの、校長から電話がどーの、ウイルスがどーのとバタバタした一日だった。

Fri-17th-December-2004
 早ぇー、早すぎるぜ一週間。修理とレクチャーでバタバタの日々、ワークショップ、ワークショップと言葉ばかり先行して何も取り掛かれていない。まー、なんにしても物事始めるの時間がかかる俺だから気にしちゃいないが。でも気にしたほうがいいぞ俺、時間は待っちゃくれない。
 新たな昼飯場を開拓。隣にあるモンテゴベイコミュニティーカレッジのいわゆる学食。今日は試験期間の金曜日で生徒が少ない為、大好きなライピーは無かったが普段はメニューも豊富そう。オーダーして待っていると、中から見覚えのある顔、ゼリーシャ(注7/28)です。食堂のスタッフだったのか。しかも俺んちの大学の生徒(夜間)でもあるらしい。あー初めて会ったときはほとんど会話聞き取れてなかったから(ーー;)名前覚えてたら喜んでいた。顔は忘れてたんだけど…

Sat-18th-December-2004
 夕方16-1のノビさんが来モベイ。ダウンタウンで夕食を取ってからうちへ来て飲む。途中からテルミさんも加わってノビワールドな夜は更けていった。

Sun-19th-December-2004
 モベイに来たからには!ということでドクターズケイブビーチにご招待。天気はそこそこ。午後曇りがちなので早めに退散。周辺をフラフラ。マルガリータビラで飲んでからお約束のキンパレへ。何はともあれお腹はいっぱい。

Mon-20th-December-2004
 今週末はMr.ウイリアムの家でクリスマスパーティーなんだそうな。

Tue-21th-December-2004
 夜、タケちゃんが泊まりに来た。なんでもネグリルでダイビングの免許を取るらしい。初日の今日はダイビングにいたく感動したらしく興奮気味に話してた。俺も一応ライセンスは持っているが人生でまだ2回しか潜ったことが無い。でも帰国までにはここでアドバンスのライセンスを取って帰ろうと思う。

Wed-22th-December-2004
 タケちゃんそのままうちの職場見学に来たのはいいが、テルミさんのノートPCトラブルにはまってダイビング講習行けず、モベイ残留。夕方テルミさんも含めて3人でドクターズケイブビーチに行く。相変わらずすごい観光客です。夕飯はタケちゃんと二人で家でハヤシライスを作る。簡単だし美味い。すべてはルーのなせる業。
 

Thu-23th-December-2004

 支局内も休みを取っているメンバーが増えてきて静かだ。修理もここ数日は少ないので午後は日本へ出すはがきを作成した。

Fri-24th-December-2004
 何故だ?何故家にいる?イヴなのに…。クリスマスパーティーはどうした?言いだしっぺのMiss.ビンズ
は「みんな家に帰っちゃったのよねぇ…誰か待ってみる?」
もういいよ〜だっ。因みに明日からクリスマス3連休です。

Sat-25th-December-2004
 淳太氏がモベイに遊びに来た。夜の街はクリスマスで大変な賑わいだ。道路にはクリスマスプレゼント用のおもちゃを売る露店でごった返している。ちょっと日本のお祭りを思い出した。

Sun-26th-December-2004
 昼間海に行った。今回はドクターズケイブビーチじゃなくその辺の海。普段一人では荷物が心配で泳げない。街に近いせいもあり透明度も低い。珊瑚も無い、魚も見えない。しかし、地元のガキどもは元気に遊んでいる。太陽で海がキラキラ光ってその光の中ではしゃぐ子供たち、なんか映画のワンシーンのようでちょっと感動した。夜はまたクラブへと。。

Mon-27th-December-2004
 淳太氏帰郷。一日中雲っている。んー曇っている。 

Tue-28th-December-2004
 久しぶり出張。ってか今月初。明日と勘違いしていた俺、校長が迎えに来て初めて気がつく。最近ジャマイカ人より適当。No Problem!が口癖(^^ゞ
 日本からの電話でスマトラ島沖地震のことを知る。被害は相当なもののようだ。JICA関係者の安否は確認できているらしいが、現地で被害に遭われた方々には心より冥福を祈る。因みにジャマイカの新聞では津波は「Tsunami」として表記されている。こんなところにも日本語がねぇ。

Wed-29th-December-2004
 月末レポートを仕上げる。なんだかんだ言っても毎月同じくらいの修理数はこなしていることに気付く。支局内のトラブルも相変わらずある。できるだけ自分で解決してもらうように促してはいるが。
 昼飯、KFCで偶然スミト、あきちゃん、あやさんのキングストントリオに会う。(すごい偶然)ネグリルでダイビングのライセンス取ってきたらしい。地方でめったに見ないこのトリオにこんなところで会うなんて…なんかいいことあるかも…

Thu-30th-December-2004
 自分の20代を振り返る時に必ず流れてくるのはMr.Childrenの曲の数々である。今日も何気に何曲か聴いているうちに回想している自分がいた。学生時代や社会人になってからの東京での独り暮らし。どこかで自分の生き方を責めながらそれでも目の前の現実に一杯一杯になっていた自分。20代も終わるころやっと吹っ切れて協力隊参加を決めた。そんなに無心で追っかけていたわけではないが実は昔からの夢だった。今それが叶って夢の中にいる。満たされた心境と共存する一抹の寂しさ。営業マンをしていた頃、物を売るという一連のプロセスの中で充実していたのは見積りを出してから発注をもらう間である。ある意味一番緊張している。発注書をもらった瞬間、嬉しさとともに押し寄せる寂しさ。終わってしまったのである。後の入金確認まではお決まりの仕事。また一から商談を探さなくてはならない。なんとなく今のそれに似ているような…。どこかで枯渇していないとダメなんだな、きっと。そのときはそんなこと考える余裕は無いんだけど、満たされるとそれを楽しめるほど精神が肥えていない自分が騒ぎ出す。こういうのをあまのじゃくと呼ぶのだろうか?
 と、そんなことを考えながら態勢を整えるのが自分のいつものスタイルなんです。二歩下がんないと三歩進めないというか(笑)だから俺はこれを書き終わった瞬間から自分の今やるべきことをまた始めます。

Fri-31st-December-2004
 今日は大晦日だよ。マンデビルにいる淳太氏からの誘いを断り地元モベイで年越しすることに決めた俺。雨が降っていたんだが出かけてみた。妄想の中では、ダウンタウンに行ったら大勢の人が集まっていて23時59分30秒辺りから一斉にカウントダウン…3、2、1、
はっぴーにゅーいやー!!見ず知らずの隣の人とも抱き合いながら新年を祝う、やっぱジャマイカだし!みたいな。しかし、なーんてこたーない、いつものダウンタウン。人は普段より多かったけど。ホテルエリアは観光客とか若者でごった返していた。でもね、いつもの店もパーティーで入場料が高くて協力隊身分の俺には入れないのです。結局ビール一本でホロ酔った俺はKFCへ。店内のラジオ放送で2005年が訪れたことを確認。実はここ2・3日、一日中雨が降っているというまるで梅雨を思わせるような悪天候。去年は地震とかハリケーンとか年末の津波とか、自分の知りえる範囲でも天災が多かった。そんな2004年を洗い流す涙雨なのかと思ったら、「もう少し降っててもいいぜ」なんて、相変わらず黄昏気味の俺が夜空を見上げてましたわ。


← LAST MONTH                     NEXT MONTH →
Home