2005-2

Tue-1st-February-2005
 修理の検査機として使っている自分のPCをメンテナンスした。HDDは騙し騙し使っていたものがいよいよ動かなくなったのであまっていたものと交換。データだけ移行して日本語版WindowsXPを導入。英語版でも不自由は無いんだが、やっぱり細かい設定を確認するときは日本語版での比較がいる。
 修理も無くて暇そうにしていたクレイグに聞いてみた。日本で聞いたらちょっと失礼な質問か?
「エクセルとかワードで表や文書作ったことある?」
「ちょっとだけ・・・」自信無さげに。
ワークショップの資料も作ってもらいたいと思っている俺は少し不安だった。ということで簡単な表と文書渡して同じもの作ってくれという宿題を出しました。さーて、どうなるか。。。
 夕方、用があってフェイんとこに寄った。相変わらず夕飯ご馳走になったが、ミーティングがあるとかで食ってる俺をおいて「帰る時鍵閉めてって」とか言って出かけちゃった。他人の家で一人食事をする俺、、、皿洗って鍵閉めて。いやぁ、んでもお客扱いしないところがいいんだよね(^^ゞ

Wed-2nd-February-2005
 2ヶ月ぶりの上京。すし詰めのミニバスに悪路を5時間の行程も最近じゃ慣れたのか、半分は爆睡、半分は車窓を流れる景色に目をやりながら尻の痛み以外の苦痛を感じることなく過ごす・・・今回の上京目的は健康診断、隊員総会、新人歓迎会の3つ。隊員で構成する組織の中に委員会というものがある。企画・安全・隊員連絡所・福祉の4つがあり、全隊員はどれかに所属してその役割をこなす。日本の友人に話したら「なんか学校みたいだな」と笑われたことがある(^^ゞ今回の総会と新歓は俺が所属する企画委員会が仕切っていて、ここまでの準備も大変だったのだが、本番事がうまく運べばいいなーと思いながらドミに着いてからも準備に勤しむ。

Thu-3rd-February-2005
 さて、半年ぶりの健康診断。体調万全で向かう。今回は再検査無しで通りますようにと祈りながら。
体重は半年前の診断と変わりなく、しかし協力隊に関わる前よりは5kgほど増えているので少し絞らねばならん。夕方数人で打ちっぱなしに行く。ゴルフをする隊員は皆無に近いのだが、こうして何人かでいくと楽しいものである。

Fri-4th-February-2005
 午前中は隊員総会。各委員会やサークルの報告とメンバー決め、ドミのADSLの管理の仕方、隊員生活費についてなど、普段では話し合えないことをこの隊員全員が集まる場で話し合った。午後は安全対策協議会。日本からの調査団の方々の話があり、生活に慣れて最近緩みがちになっていた危機管理に対する意識を再度確認できたと思う。そして夕方から我々企画委員は明日の新歓の準備に取りかかた。通例新歓は夕方ドミに集まって、企画委員が料理や進行を担当して飲みながらワイワイやるのが常であるが、今回は趣向を変えようということで、離島ライム・キーで行うことにした。50名近いメンバーを取りまとめしかも料理も準備して離島で敢行は初の試み。当然我々企画委員の準備もかなりの量だ。前日になってハプニングも続出した(チャーターしたクルーザーのエンジンが壊れた!断水で料理の準備ができない!)んだけど、ジャマイカだからねー、なんとか乗り切って後は明日晴れるのを祈るのみ。しかし夜中まで明日の料理の仕込みしたのは堪えた。もうしばらく鶏肉は捌きたくない。
ホテルにて 全体写真

Sat-5th-February-2005
 いよいよやってきました新歓。快晴!久々の箇条書き風でいくか。
9:00 参加者41名、ドミからミニバス2台に分乗し、膨大な荷物を積んで出発。新人二人が遅れるハプニングもあったが無事出発。車中では自己紹介などで盛り上がる。

10:00 港町ポート・ロイヤルからクルーザーに乗ってライム・キーへ。クルーザー乗ったのなんか初めてじゃないか?かなり快適。みんなもテンション高かったと思う。ベタだがやっぱりやっちゃった「タイタニック」のまね。

準備してったカレーやスープも好評。焼き鳥も美味い。島では自由時間にして、おのおの泳いだり食ったりロブスター採ったりバレーしたりと楽しむ。あっという間の数時間。毎回ね、新歓と言いながらも結局みんなが楽しむ場なんだよね(^^ゞ
今回は海があったから泳ぐ人はアルコール禁止で、少なめのビールも余ったくらい。事故やトラブルも無く
最後まで楽しい新歓だったと思う。大成功!っつうことで我々企画委員も満足。やってよかったと思った。
これもみんなが協力してくれたおかげだな。
ご飯ごと炊飯器上陸(^^ゞ 離島ライム・キー クルーザー がんばった!企画委員メンバー


Sun-6th-February-2005
 帰還日。あー久しぶりにキンパレに寄った。

Mon-7th-February-2005
 クレイグがwordの宿題をやってきた。良くできました!だった。だいぶ四苦八苦したらしいけど。excelもがんばってくれ。でもね、その後「このフロッピのデータが消せないんだよ〜」って持ってきたFDにはプロテクトがかかっていただけだった・・・
がんばってくれ!
 また支局の車が修理に出て、帰りタクシー拾おうとしたら一台の車が止まった。俺は知らなかったけど、カレッジの先生で乗せてもらった。やっぱ狭いし道も少ないから誰かしら知っている人が通るんだな。

Tue-8th-February-2005
 個人的に修理してあげてたジャマイカ在住N島さんのPCがやっと復活。メモリ、HDD、CD-RWをチューンナップしてお返し。お礼に週末飯をご馳走になることになった。ラッキー!

Wed-9th-February-2005
 本日、数少ない休日のうちのひとつ、アッシュ・ウェンズディで休み。海行こうかなーなんて思いつつも掃除したりしてたら陽が陰ってきたのでやめた。でもちょっと買出しにダウンタウンに出たらいい天気なんだなこれが。

Thu-10th-February-2005
 とうとう身近でガンショットがあった。昨夜、寮を下ってすぐの交差点のところで、浮浪者が打たれたらしい。警官や軍隊が持つ銃は見慣れたが、幸いにもジャマイカに来て銃声を聞いたり目撃したことのなかった自分は、ここにきて改めてその危険さを肌で感ぜずにはいられなくなった。現場はよくタクシーを拾うところである。標的にはならなくても流れ弾に当たる事だってある。かと言って部屋にばかりいるわけにはいかないので、要は「よく注意しながら・・・」である。

Fri-11th-February-2005
 昼間、やっとコリーちゃんを捕まえてワークショップの件について話した。と言ってもまずは僕の作った資料の英語チェックからで、3回も書き直してやっと合格。駒ヶ根の訓練所時代を思い出した(ーー;)その資料を基に来週Mr.ラドック含めみんなで話し合う予定。 仕事の後、N島さんちにPCの件で立ち寄り、夕飯に出かける。ちょっと街から離れたシーフードレストランだったんだけど、車があるってすばらしい。ところが、なんとN島さんイン・ロック!スペアキーは家だし家のキーは車中だしって最悪。ジャマイカ人も何人か来てくれてあーでもないこーでもないとやっているうちになんだか車が少しづつ壊れていくような・・・しまいにゃマシェット(ジャマイカ人がよく使うナタを大きくしたような短刀)持ち出したんで「いやいやそれはちょっと・・・」制する。
 小一時間くらい経過して針金でごちゃごちゃやってたらやっとオープン!救われた、帰れる。気分直しにモベイのファミレス「ペリカン」でお茶して帰る。スペアキーは持ち歩きましょう。じゃないとスペアじゃないから。関係無いけど「携帯電話は持ち歩こう、じゃないとただの電話だから。」って以前言われたのを思い出した。

Sat-12th-February-2005
 久しぶりにモベイの海へ行った。めずらしく波が立っていていつもあるチューブの浮島も引き上げられていたが、砂浜は日光浴をする観光客であふれていた。潜ってみたら砂が舞い上がっていてなにも見えん。諦めてビーチで読書。ドミから借りてきた文庫本を読む。「ヒトの見方」ってタイトルで選んだんだけど、解剖学とか形態学とか医学系のことが延々と書いてあって、さっぱりわからん。
マウスには胆嚢があるけどラットには無いそうだ。多分自分は一生知らなくてもよさげな情報が盛り沢山。あっという間に眠りに落ちて、ひどくかっこ悪いサングラス焼け・・・。
 夕方、新隊員のマリちゃんが遊びに来て、一緒にフェイおばさんちに行く。テルミさんが夕食を準備してくれたのでみんなで夕食。おばさんと、同居人のMr.ムーディは日本食の味付けも気に入ってくれたらしい。今回、いつもお世話になっているおばさんに俺はプレゼントを持って行った。プレゼント下手という言葉があるならまさに俺のことで、人に何かをさりげなくあげることができない。いろいろ考えた挙句に結局やめてしまったりひどい時にはそのまま忘れてしまったり・・・。今回日本の風鈴をあげたらおばさん子供みたいに喜んでくれて、心底ほっとした。


Sun-13th-February-2005

 またまた海へ。明日モベイで仕事があるというタカコちゃんも合流。海は穏やかになっていたが少し寒い。昨日泳いだこともあり俺は泳がずに寝ていた。寝そべって片手で頭を支え、いわゆるテレビ見るスタイルでうつらうつらしていたら、お父さんみたいだと笑われた。まーねー、自分でも若々しい!とは思わないが、最近この手の突っ込みに笑って応えられない俺がいるのだよ(ーー;) 近くで中華を食べて帰った。しばらくサボっていたストレッチと腹筋を汗ばむ程にしてみた。

Mon-14th-February-2005
 ダウンタウンでエイズに関するイベントがあった。テルミさんたちもひとつブースを受け持っているらしく、見学に行った。が、昼前だというのにテントも何も出てなくて待ち状態。差し入れだけして職場に向かう。
 やっとワークショップについてのミーティングに漕ぎつけた。Mr.ラドック、クレイグ、デイミアン。コリーちゃんは遅刻したので後で説明。開催を来月に設定し、概略について話し合う。自分がやるのは内容の企画だけで、他の部分はできるだけ彼らに任せることにした。積極性が感じられていい打ち合わせだったと思う。ただ、黄色に映る支局のプロジェクタを何とかして欲しいと持ちかけたらコリーちゃんは渋い顔してた。バレンタインあげられないけどよろしくー。因みにジャマイカのバレンタインは男子→女子にプレゼントすんだねー。女子が稼ぎ手のこの国だから、この日くらいは男子からってことなのかねぇ。

Tue-15th-February-2005
「ジャマイカ人は親切である」
さて、今回はこの命題に沿って話を進めていきたいと思う。そもそも何故そんなことを考えるかというと、ネットの某サイトで「ちょっといい話」特集みたいなものを見たことから端を発する。なるほど確かに心温まる話がたくさん書かれていた。しかし、ちょっと見方を変えるとそれらは当たり前のことなのではないかと思うような気がしたのである。というのも、その場の状況や背景はいろいろあれど、行為としては困っている人にちょっと手を差しのべてあげたということでまとめられるからである。それを親切と定義することはできよう。親切とは何か?広辞苑によると、「人情が厚いこと。思いやりがあり、配慮のゆきとどいていること」とある。まージャマイカ人を見ている限りそんなたいそうなことを考えてしているようには見えない。子供が歩いていたらちょっと車に乗せて送ってやる、荷物を積むのを手伝ってあげる、席を譲ってあげる。気持ちより先に体が動く。普段は我々をからかっていたりする輩ですらそれをする。電車でお年寄りに席を譲る時ですらドキドキしてしまうなんてことはないのである。とすれば、親切をたいそうなものだと捉えがちな我々からしてみれば「ジャマイカ人は親切」である。が、ジャマイカ人は「親切である」なんて思っていない。他人との関係が希薄になりつつある日本において、確かにそれが身軽に感じる時はあるが、暑っ苦しいジャマイカでの「意識のない親切」に時々救われるような気もするのである。
 1年近く住んでみて、「ほほ〜ぅ」と感心したことが沢山あったのでちょっと書いてみた。ま、嫌なことも沢山あるんだけどね(^^ゞ

Wed-16th-February-2005
 本日は教育省の大臣の来訪日。日本で言えば文部科学大臣。支局の全員が集まってさすがのジャマイカ人もお偉いさんの話を静かに聞いていた。俺は写真を撮っていた。挨拶くらいできたらとおもっていたが、全くそんな余裕は無かった。
 昼にウエスタン・ミラーという地方紙を買って見ていたら、バーのママ、シェリーが出ていた。今週から始まる演劇の記事だった。おーすごいじゃん、しっかり女優してんじゃん!チケットの売れ行きも上々らしく、今週末見に行くのが楽しみだ。多分内容わからないと思ってあらかじめ本人にストーリーは聞いちゃったけど。

Thu-17th-February-2005
差し伸べられた細い手
助けようとしてきみは助けられる
その手に
求めてやまぬひたむきな心
教えようとしてきみは学ぶ
その心に

凍りついた山々の頂きを照らす朝日
重なり合う砂丘の柔らかい肩に昇る朝日
市場のざわめきをつらぬく朝日
それらは同じひとつの太陽
だからきみはふるさとにいる
そこでも

底なしの深い目がきみを見つめる
その目にあなたは読むだろう
太古からのもつれあう土地の物語
きみは何度も問いつめる
きみ自身を
地球のために

そして夜人々とともにきみは踊る
きみは歌う
今日を生きる歓びを
若さがきみの力
きみの希望
そして私たちみんなの

若さゆえありあまるきみだから
目に見えるものを与えることは出来る
だが目に見えぬものは
ただ受け取るだけ
それが何よりも大切なみやげ
きみの明日

青年海外協力隊40周年記念〜谷川俊太郎「若さゆえ」より

Fri-18th-February-2005
 一週間が経つのは早い、もう週末だ。今夜はフェイおばさんちでディナー。いつもご馳走になっているので今回は俺が料理を作ることにした。仕事の後おばさんと待ち合わせしてマーケットで食材を調達していったん家に帰る。さてここからがてんてこ舞いで、メニューは唐揚げとパスタにしたんだが6人分を一人で準備するのは結構大変。しかも料理に自身は無い(^^ゞ 何がめんどくさいって、当然唐揚げ用の鶏肉なんてないからぶつ切りを買ってきてさばかなきゃならん。揚げ物もここでやるのは初めてだし、かなりの時間食っておばさんちに料理持って行ったのは20時過ぎ。あれ?寝てる!?ま、ともかく準備して無事夕食にありついた。遅い夕食にもかかわらず全部平らげてくれた。自分で作って言うのもなんだが、唐揚げ美味かった。何だか運動会のお昼の弁当を思い出したね。
 日本から電話があり、同い年の従姉妹が結婚することになったらしい。帰れなくてごめん。でも遠いジャマイカから祝福します。
Congratulation!そしてジャマイカに来て11ヶ月、いくつの結婚話を聞いたろうか?転職したり子供が生まれたり、みんなそれぞれ、人生を謳歌しているようで、何よりっす。遠いジャマイカから声援送ります。All the best!


Sat-19th-February-2005
 さーて、待ちに待った?シェリーが出る演劇鑑賞の日。田舎の劇場だが、ちゃんと座席もあり「シアター」って感じ。20時開演。チケットは完売って聞いたけど問題なく入れた。いや、半分も埋まってなかったなぁ・・・タイトル「Undercover Lover」レイプ事件の犯人と間違われて被害者の恋人が捕まってしまう、しかしその裏には警察内部の陰謀が・・・って書くとかなりシリアスっぽいけど、いや、ストーリーはそうなんだが実は喜劇で、回りのジャマイカ人は爆笑爆笑。ほとんどパトワ語で聞き取れなかったがそれでも面白かった。普段はバーでタバコふかしてるシェリーも舞台上ではいい味だしてたね。
  

Sun-20th-February-2005
 先日マーケットで買った、カラルーというジャマイカではメジャーな葉野菜。自分で食いきれるか?というほどあったので、カラルーづくしにしてみた。カラルーのパスタ、カラルーの味噌汁、カラルーの胡麻和え。失敗無し味良し。最近俺料理の腕上がったかぁ?それとも味覚が落ちたか?
 夜、近所のレストランのおばちゃんが(この人もフェイって言う名前)結婚一周年記念でパーティーをやるというので顔を出した。子供を抱いていたのであなたの子かと聞いたら孫だという。で、娘さんも紹介された。本人もいつものようにせっせと働いてるし、パーティーというよりは、みんな集まって騒いでるって感じだったけど。花火したりゲームしたり、面白おかしく夜は更けていく・・・。


Mon-21st-February-2005
 あ゛〜やっぱり、2月は早いと思ってたらもう終盤だっぺよ〜。今日はキングストンからシニア隊員の石毛さんを迎えての第2回ワークショップミーティング。Mr.ラドック、コリーちゃん、クレイグ、デイミアンとワークショップスタッフ勢揃いで打ち合わせた。石毛さんにはサーティフィケイトの件やその他助言頂いた。俺の拙い英語のフォローをしてもらった感もある(^^ゞ
 今回自分は裏方に徹しようと思っている。というかそれですらジャマイカ人の彼らに任せてしまおうかと。ワークショップの段取りというよりは任せ方の段取りに余念が無い俺である。「メンテナンスワークショップやるのにTomoはいらない」と言われるのが目標である。やることといったら音頭取りと、一応コンピュータテクニシャンなのでコンテンツ作成、そしてクレイグとデイミアンが参加者のフォローを出来るように指導すること。彼らも力はついていると思うが経験不足の為にまだ不安があるようだ。PCの分解組み立てをおさらいしたいと言ってくる彼らには本当に隊員冥利に尽きるというものだ。早速明日は本番で使うPCを使って実習をしようと思う。
 俺の前任者はワークショップを行わなかった。その代わり修理、出張、広報活動に徹した。そういう地盤があってこそ俺は多くの人に会い、多くの経験が出来ているのだと思う。自分は次のステップに進まなくてはならん。隊員としての活動が繋がっているんだなぁと最近感じている。今回のワークショップも彼が作った資料を使わせてもらおうと思う。

Tue-22nd-February-2005
 昼間、JICA事務所の現地スタッフであるローナさんがJICAジャマイカニュースレターに載せる為の我々の活動写真を撮りに来た。夕方から近くのホテルでAlumniの地方ミーティングがあるというので参加してみることにした。Alumniとは「同窓会」の意で、JICAの人材育成プロジェクトで日本で、研修を受けたことのあるジャマイカ人で構成されている組織である。定期的に開催されているようで、報告会や活動の発表も首都で開催されている。今回ちょっと感心したのは、会議室でジャマイカと日本の国旗が掲げられ、話の中で「Japan」「JICA」も頻繁に出てくるのに日本人は我々以外いないということ。普段は見えにくいが、日本の国際協力も歴史が出来て浸透しているんだねー。ちなみにAlumniはジャマイカだけでなく世界中にある。いろいろ話もできたしとても有意義だった。ピースコー(海外ボランティアの先駆けであるアメリカ版協力隊)も一人見学に来ていて、話したら近くの水道会社で活動しているらしい。俺がたまに食堂に食べに行っているところだ。彼の英語はきれいだと思う。しかし
ジャマイカ人の英語より聞き取れない!のは気のせいではない…次回飯を食うことを約束しつつ。

Wed-23rd-February-2005
 午後、クレイグとデイミアンと3人で、ワークショップで実際に使うPCを持ち込んで解体組み立ての練習をした。実作業では2人とも問題なくこなすことができている。しかし今回はそれをする参加者に対して指導するという立場にある。今日はその辺を考えて、注意しなければいけないこと、実際に前回のワークショップで僕が気付いたことなどを中心に話した。そんなこんなであっという間に終業時間。二人から「今度はOSのインストールをしてみよう!」と。おおーっ、やる気満々じゃないの! 

Thu-24th-February-2005
 仕事に行く前に郵便局に寄った。小さな封筒J$180(約360円)大きな封筒J$80(約160円) はぁ?!何で?いつものごとく食って掛かった。何かと理不尽なことが多いジャマイカ。職員や店員もかなり適当、陳列されている同じ商品も列が違うと値段が違う(笑)し、「今無いよ」と言われた商品はその後自分でもう一度探すことにしている。これが結構見つかる。今回は要するに、小さいのはレギュラー料金で大きいのは小包扱いにしてくれたということだった。ジャマイカに来て確実に怒りっぽくなった。平和ボケしてる俺にはちょうどいいか。

Fri-25th-February-2005
 職場にはしょっちゅう学生が実習に来ている。職員にくっ付いて仕事を手伝ったりしている。いい経験だなと思う。先日、パトリシーがやってきて、隣のカレッジに通っている自分の弟を俺のところで実習させて欲しいと言ってきた。いい経験だと思…ってるのに自分に付くとなると面倒くさい(ーー;) しばらく修理も無いからやらせることないし、ワークショップの準備は同僚にやってもらいたいし。と言うことで2、3日
ほったらかしにしていたんだが、今日また言われたので来週コリーちゃんと相談しなくては。

Sat-26th-February-2005
 ワークショップの流れをじっくり検討したい&金欠気味の今週末は自宅に引きこもることを決意。起きてしっかり食事を取り、どーれ仕事始めるかと思うと何かと身の回りのことに気が付き始まれない。そろそろブランケットをしまおうと洗濯してみたり、先日自分で切った髪がちょっと乱れてると思って調髪してみたり…。結局集中したのは夜になってからだった。受験生の頃から成長していないこういう部分には毎度毎度反省している。

Sun-27th-February-2005
 昼間フェイから夕飯を食べに来いと電話があった。引きこもっていてもこういう時にはホイホイ出て行く俺である。行ってみると本人はまた葬式に出ていて不在だったのだが、しばらくビールを飲みながら待っていると、帰ってきた。でもここの人たちは毎週葬式に出てんじゃないかって言うくらい葬式が多い。同じ教会の誰かorその身内が亡くなる度に出ているのだから無理も無い。実は無くなった人の弟を俺は知っている。先日その弟と話した。「俺が声掛けたとき逃げていったの憶えているか?」その一言で俺は思い出した。あー、あの時の!(※5/13参照)今思えば何も逃げること無かったなーと思うんだが、その頃はその辺のジャマイカ人が怖くてなぁ、いきなり身包み剥がされると思ってたから。フェイにその話をすると、自分も外国に行った時はそうだと言っていた。でも人に聞くのと自分で感じるのは違うとも言っていた。まさにおっしゃる通り。外国について、感覚や想像で話されたことは当てにならん。事実ですら自分が直面したら全く違うことがある。
 今回夕飯はケーキまで作ってあって、またまた満腹である。

Mon-28th-February-2005
 昼間職場でMrs.ブレアの送別会があった。彼女は、ここのダイレクターMr.ゴスリが休暇中の為、代理で来ていてくれた人なのだが、何せMr.ゴスリが3ヶ月もバケーションをとっているので、すっかり送別会っぽくなってしまっている。因みに職場では連休とか一週間程度の休みは無いが、休む時には数ヶ月単位でガッツリ休む皆様である。日本で連休だと仕事に戻るのが嫌だが、ここまで長いと早く仕事をしたくなるんじゃないかと思う。
 その後でワークショップのテキストの英語チェックをコリーちゃんに頼む。来たばかりの頃より赤ペンチェックが減っているような気もする。意図したわけではないが、引用した英文の後に自分で補足した部分があった。
コリーちゃん「この文章あなたが書いたの?」
俺「半分引用で自分で補足した部分もあるけど、間違ってる?」
コリーちゃん「間違ってないんだけど…」
やっぱり俺が書いた英文はわかるらしい。しかもどこかおかしいらしい。というか、我々が習う英語は丁寧すぎるらしい。これはちゃんと話そうとした時の会話でも言われる。あるいは、片言過ぎて乱雑か(^^ゞどちらかだ。ちょうどいい英語はいつ身に着くことやら…精進精進。



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