| 3rd-February-2006「レッスン♪レッスン♪」 去年の暮れから企画していた「PCメンテナンス個別レッスン」がやっと実施の運びとなった。企画の意図としては、「自分で教えたい!」ってのがあって、ワークショップは現地のスタッフと協同で行って、こっちは俺が個人的に1,2名の参加者へ教えていこうかと。今日の参加者は幼稚園の先生2名。幼稚園だけど、へたな小学校なんかよりはちゃんとPCを使って子供たちにその楽しさを教えている。PCの構造から始まって簡単なトラブルシューティングまで、2時間という限られた時間だけど人数が少ない分、じっくりできたと思う。来週のレッスンも受けたいとご好評頂いたので、今度はソフトウェアについて行う予定。もっと早くこの企画思いついて実行できればよかったなぁと思うのであります。 ![]() 6th-February-2006「楽すぃ〜」 最近ジャマイカのガキどもがかわいくて仕方ない。自分じゃ子供嫌いだと思ってたんだけど、日本の子供たちもこんなんだっけか?先生にでもならないとさ、子供たちと接する機会がほんと無いなと思う。日本の少子化もそんなところで感じる。こっちにいるとどこに行っても子供らを見ない日は無い。まー憎ったらしいのもいるけど。先日、出張修理に行ってPCを直していたら、中学生の小生意気な野郎たちがやってきて、御多分に漏れず俺をからかい始めた。あんまりそのラボが汚かったもんで「ここはお前らの教室だろ?手伝え!そこの箒でゴミはいとけ。」どーせやらないだろうと思って言ったんだが、なんと、机までどかしてちゃんと掃除やった。思わず「お前ら、いい奴だな」俺、日本語で言ってた。 11th-February-2006「のっぴきならない風邪っぴき」 あ゛ー辛かった今週。少し暖かくなってきたなぁーなんて油断したら風邪にやられた。週の前半は鼻水、後半はのどの痛みとせき、熱は測らなかったけど、毎晩汗かいてた。ジャマイカは湿気もあるし気温も高いから酷くはならんだろうと(今までもすぐ直ってたし)タカくくってたらな。そんな時に限ってスケジュールは目一杯なんだこれ。トイレットぺーパー片手に学校行って修理、個人レッスンの準備、ミーティングの準備。具合悪いのに仕事していると、サラリーマン時代を思い出します・・・ ちょっと脱線して、この体調悪いのに無理して仕事するってので少し思うところがあります。これはいけないことだよねぇ。なんつっても体が基本だから。壊したら元も子もない。いい仕事もできない。それはわかっているんです。ただ一方でね、ちょっと大げさだけど、仕事に命懸けてるんです、というより、そういうふうに仕事したいんです。だから、休む時には休むけど、やらなきゃいけない時は「意地でも」やらなきゃいけないと思うわけです。だいぶ大げさだけど、それでぶっ倒れるとしても、やらなきゃいけない時がある、いや、あると思ってしまうんだなぁ。そんな戦士たちの為に、リポD、じゃなく、日頃の健康管理に命懸けましょう。とりあえず、、、禁煙しましょうかねぇ・・・ 15th-February-2006「今更だけど・・・」 以前PCの修理に行ったときに、学校の先生から「授業で日本について話してくれないか」という依頼を受けていた。やっと日程の調整もついて先日その学校に再度訪問してきました。Grade6だから小6ってとこかな。日本で訓練受けていた頃にはこういう「日本紹介」みたいなことも練習してたんだけど、まさか2年後にやらされるとは。。。50人くらいの生徒から日本について質問を受けるという形で進んでいっって、あっという間に時間が過ぎてしまった。文化、宗教、食べ物と質問は多岐に渡り、答えるのに苦労したのは言うまでも無い。やっぱり宗教について聞かれるのか一番困るかなぁ。国旗について聞かれた時、日の丸弁当の話をしたんだけど、咄嗟に「梅干し」の説明が出てこなくて、思わず「チェリーです」と言ってしまいました。国の木が桜であることを話した後だったので、「なるほどー」ってみんな盛り上がってしまって、「嘘です」って言えなかったのねぇ。日本の皆様ごめんなさい。今度是非お試し下さい。とにかく楽しい時間だった。最後はサイン会。っても俺のサインじゃないよ。しょっちゅう頼まれるのが「僕(私)の名前を漢字で書いてー」ってあれ。頼むからこれでタトゥーは入れてくれるなよと祈りながら、できるだけきれいな漢字を使うように努力してはいる。でもさぁ、「ジャミーラ」ちゃんてどう書くよ?「邪美羅」?妖艶に美しく育ってほしぃっすぅ。 ![]() ![]() ![]() 16th-February-2006「仕事のはなし」 去年の末から、これまで持込修理や出張修理依頼の無かった学校(つまりこれまで接点の無かった学校)を選んでこちらから訪問するようにしている。これは、「PCちゃんと稼動してんのかな?修理とかどうしてんだろ?」という単純な疑問のもと、僕が始めた活動の一つである。依頼も無いのにこちらから押しかける立場上、交通費こっち持ちでタクシー等使って行くことを職場に提案したんだが、いろんな経緯で学校側に迎えに来てもらう形で週2校訪問している。行くと何かしら作業はあるのだが、大したものでもない(そりゃそうだわな、修理依頼して来ないんだから)。しかし、迎えにまで来てもらってちゃっかり毎回昼飯をご馳走になる俺。最近は恐縮してジュースくらいは自分で買うようにしている。でも大体は歓迎してくれるかな。実情は、「今のところはなんとか稼動している」といったところ。今後修理が出てくる可能性は非常に高い。 そんな中、先日俺らIT隊員のまとめ役でもあるちょっと特殊な立場の隊員が帰国前に我々の職場を訪問してくれた。そこで支局長始めマネージャー達とミーティングする機会を得たのだが、ジャマイカ側からちょっと嬉しい流れがあることを聞いた。各支局に今後メンテナンス専門のスタッフを置く計画があるらしい。ちょっとここで説明しておくと、協力隊の配属先には基本的に、カウンターパート(以下CP)と呼ばれる、隊員が技術を移転する対象となる現地のスタッフがいる・・・ことになっている。しかし、ジャマイカのPCメンテナンスで各支局に派遣された我々にはCPがいなかった。勢いマンパワーとしてひたすらPCを修理するという活動に俺たちは疑問を抱き、それじゃぁワークショップで先生達に直接修理技術を移転しようと奔走しているわけだ。何が嬉しいのかというと、ジャマイカ側の意識の変化である。俺はこれまでのJICAや職場への報告書の中でも、マンパワーなら意味が無い、後任は要請しないということを強調してきた。今回の打ち合わせで俺が一番危惧していたのは、「Tomoが帰った後はまた新しい隊員派遣してくれるんでしょ?」という、「金がかからないボランティアだから利用しよう」的な意見が出ることだった。しかし、今回彼らの口から出たのは、実際に修理の重要性を自分たちの問題として認識して行動に移そうという意思だった。俺らが真面目にやってきた活動が、とても重要だから自分たちでやらなければならないと思ってもらえたということだ。そこが嬉しい。俺たちが、ボランティアだからといって適当にやっていたのではそうは思ってもらえなかったのではないか。ま、俺らの活動をことさら偉そうに言うつもりはないし、果たしてこれが実現するかも怪しいけれども、帰国も迫ったこのときにこういう話を聞けたことは、隊員冥利に尽きるというものです。 何とか冥利に尽きるって経験ね、とても大事だと思う。以前日本で仕事してた時にも「営業冥利に尽きるなぁ」ってことが何回かあって、すごく嬉しかったし、自分のしていることは無駄じゃないんだって支えになったし自信にもなった。そうそうあるもんじゃないけどさ、一回でも感じると、いざというときの踏ん張りが違ってくる。日本に帰ってからもそういう経験したいなぁ。ちょっと長々と真面目な話しちゃいました。あ、ゴルフね、たまにナイスショットするとゴルフ冥利につきるんだよ。オヤジと言われてもやめらんねーな。帰国したら打ちっ放し行こーっと♪ 18th-February-2006「ナインマイル」 週末もあと7回しかないので、行きたいところは行っておこうと思う。本日は、ワンちゃんとシンジに同行いただいてボブ・マーリーの生家&墓があるナインマイルに行ってきた。山の中の田舎にあるのだが、そこだけはやっぱり観光の為に整備されていて綺麗だった。久しぶりにこてこてジャマイカじゃなくて観光地ジャマイカを味わえて、これはこれで良かったかな。ってそうそう、中ね。ボブが使っていた部屋(狭い)、当時使われていたカマド、ボブがよくその上で歌ったり枕代わりに昼寝をしていたという岩(写真中央)、そして彼の死後、墓と共に寄贈されたという小さな小さなチャペル風の建物(写真右)、建物内の大理石の中に今も彼は眠る(中は撮影禁止だった)。ラスタである彼は生前、死んだらエチオピアに帰りたいと言っていたらしい。数年後、遺骨の一部がかの地へ移されると聞いたのは本当だろうか。生まれも育ちもジャマイカ、それでもラスタファリズムの聖地とされるザイオン、エチオピアに帰りたいと思った彼の気持ちは、俺にはわからん。日本人の歴史は日本で作られてきた。ジャマイカ人の歴史は、奴隷という名のもと、アフリカからジャマイカに移った。歴史が違う、人種が違う、宗教が違う。僕らの理解をはるかに超えたものが彼らの中にあるのかもしれない。そう感じることも度々あります。もちろん、時代も違って、現代はボーダレス・グローバル化の傾向ではあるが、異文化理解とは言うほど容易いものではなかったような気がしてなりません。2年が過ぎようとする今でもネ。んなことを考えながら見学していたわけではなく、単純に見てた(笑) 帰りの乗合タクシーは相変わらずすし詰め。僕は2,3才くらいの小さな女の子を膝の上に乗っけてあげました。そのうち俺の指を握ったり叩いたりしてきて、つくづくかわいーなぁと思ってしまうわけだけど、隣に乗ってたワンちゃんが「あれ、子供嫌いじゃなかった?今お父さんの顔になってるけど。」多分お父さんの顔になってたんでしょう。いや、むしろ、むしろこの子のお父さんであると錯覚していたのかもしれません・・・って。俺のジャマイカでの生活は、この子供たち無しでは語れないかもなぁ。一喜一憂させられちゃぁ、何かと救われていたのは俺のほうかも。帰国したら友人の子供に会いに行くか。 ![]() 27th-February-2006「帰国準備」 追い込まれると力を発揮できない俺としては、ちょこちょこ、ちょこちょこと帰国準備を進めている。とはいっても、身の回りの不要(かつ日本で必要)なものを日本に送ったり、お土産を物色して歩いたり行っておきたいところに行くようにする程度のことだが。荷物を確認してると、少なくとも人間が2年間生活するのに必要なものとはこんなもんかと、その少なさに驚かされる。どこでも生きていけそうなきがする。 |
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