| Fri-1st-April-2005 AM ドミのADSL不調。あーせっかくPC持ってきたのに。 PM コーヒー豆の安い店を求めてタケちゃん、シンジ、タカコちゃんとキングストンを徘徊。しかし目的達成できず…グダグダ。夕方、ジュンタさんたちとカーニバルの衣装を取りに行く。21人分なのでちょっとした労働です。しかも俺のコスチュームだけ見つからなくてかなり時間がかかった。 夜中 カーニバルの前夜祭に参加。前夜祭と言ってもカーニバルは3日、何故か!それは前夜祭が朝まで続くからです。ステージがあってソカというジャンルの曲で盛り上がる。ペンキ(水性)かけというイベントも朝方にあり、相手かまわずペンキをかけまくる。日本じゃなかなかないイベントだよなー。朝方ドミに戻った時には体中ペンキに染まり、誰が誰だかわからんもの。 Sat-2nd-April-2005 AM 寝たのは朝方。当然爆睡 PM JOCVinジャマイカの英語版Webコンテンツ作成ミーティング 夜、去年帰国したMさんがカーニバル参加の為、来ジャマ。数人で夕食に出かける。デボンハウスって、アイスがおいしくて有名なんだけど、そこの敷地内のレストラン。美味かった。 Sun-3rd-April-2005 カーニバル!カーニバル! 去年はジャマイカに来たばっかりで参加できなかったが、今回ははしゃいだなー。 高い参加費なだけに飯も出るし、アルコールも飲み放題。11時くらいから行進が始まり、市内を踊り歩く。ジャマイカ特有のちょっと刺激的なダンスもテンションあがってくるとなんのその。ホントに終わりまで楽しめました。来年は帰国を控えてるから参加できるか微妙。これが最初で最後かもなぁ。 ![]() Mon-4th-April-2005 帰宅。俺達より一年先に来ていた隊員の帰国が迫っていて、ドミでお別れの握手。彼らとはこれで会うのが最後になる。ちょうど時期が一年違うので、いつも彼らの姿に自分をダブらせていた。来年は俺達の番だ。来年の今頃、荷物の整理をしながら俺は何を思うのだろうか? Tue-5th-April-2005 連休から始まってしばらく仕事から離れていた。テンションを仕事に戻すべく、支局内のPCや持込修理の対応にワサワサと動き回る。ワークショップも終わってからしばらく空いてしまったのでほったらかし。。。まずいなぁ、エンジンかけるぜぃ!!! Wed-6th-April-2005 ジャマイカ入りして今日でちょうど一年が経つ。わけもわからず降り立った空港で、これからどんな生活が待っているのか想像もつかなかったあの日が鮮明に思い出される。協力隊としての道のりは半分を終えたが、自分の中の何が変わっただろうか?正直わからない。帰国した隊員がこう言っていたのを思い出す。「帰国してからわかることって沢山あるよ」そうかもしれない。何故なら、旅行者でも学生でもなく、俺はここで“生活”しているのだから。(酔) Mon-12th-April-2005 しばらく何だか悶々とした日々を過ごし、日記も書かずにいた。日記って毎日つけると書くことが無くなってくるのは大人になっても変わらんのね。そもそもこのサイト設立当初から毎日つけるつもりはさらさら無かったこの日記、実に一年続きました。毎日いろんなことが起こっていたからなぁ。最近さしたることも無い日もあり、何かあると「お、これ日記に書けるぞ」といちいち考えてしまう自分もどうかと思って、一周年を機に、“書きたい時だけ書く”というスタンスに切り替えてみることにした。次回書くのはいつだっぺ? Wed-13th-April-2005 何ヶ月ぶりの出張修理だろう?と、ちょっとトキメキながら校長の迎えを待っていたのに、1時間経っても2時間経っても来ない。俺を拾ってから一緒に学校に向かう予定だったが、もう待てんと学校に電話してみると校長すでにいるし。 「ごめん(いや、正確にはその類の言葉は一切無かったが)完全に忘れちゃった!Oh,My God!」 Oh,My God!じゃねぇっつーの。こうして「もう二度と行ってやるもんか」と思う学校がまた一つ増えてしまった(悲) Thu-21th-April-2005 今日こそ本当に出張に行けた。以前行った事のある学校だったんだけど、ここはすごい!ドネーション(寄付)でDELLのWinXP最新マシンが10台くらい入っている。しかーも、無線LANまで組んである。当然ラボ管理者がいないけどどうやって維持すんだろうか?次々と壊れていって…あーもったいない。結局予算が無くて業者にも頼めないし管理者も不在でそうなるのがジャマイカの小学校のパターン。ま、それどうにかする為に俺たちが来ているんだけどな。 日本と違ってPCの導入は各学校次第。高校以上はPCの授業があるから国から予算が出るけど小中学校はそうはいかない。団体や卒業生からのドネーションや、学校でイベントなんかして収入を得てPCを持つのが普通。だから校長やスタッフの力量 次第で今日の学校のように沢山PCがある学校もあれば、たった1台のPC壊れちゃってどうしようみたいな学校もある。義務教育とはいえ、生徒にとったら設備の整った学校にいけるかどうかはもう運ですなぁ。 救いは、どこ行っても子供達はキャーキャーワーワー元気に走り回ってます。お前達、今授業中じゃないのか?(^^ゞ Mon-25th-April-2005 昼にピースコーのエドと飯を食った。ちゃんと聞き取れる自信も無いのにジャマイカの教育の話を振ってしまった。ま、もちろん彼が一方的に話していて俺はおそらく半分も理解できてなかっただろう。彼は教育機関で活動しているわけではないがしっかりした自分の意見を持っていて(多分…)「とにかく面白い本があるから呼んでみろ」と言われて薦められたのは「GOING HOME TO TEACH」という本。飯が終わってファーマシーをぶらついていたら見つけることができた。何でもジャマイカ出身の筆者がアメリカの大学を卒業して、ジャマイカに戻って教師をするという内容なのだが、多分そこで巻き起こる出来事が書かれているのだろう。2,000円もするから買えないし、店員の目を盗んで立ち読みできたのはそこまで。面白そうなので、暇な昼休みに読みに来よう(^^ゞ 仕事が終わってから、エドの誘いでピースコーたちがビーチでフリスビーをしているのに参加させてもらうことになった。実はこれ、以前モベイにいた隊員の中居さんに誘われたことがあったのだが、行けずじまいだった。一年後にこんな形で参加することになるとは。フリスビーといえば、犬に取りに行かせるもんだと思っていた俺は、数十分後、ドクターズケイブビーチで“犬”になっていた。いやーちゃんとゲームがあんだね、あれにも。4×4のチームに分かれてフリスビーをパスしながら相手陣地にトライするって感じ。それでなくても運動不足、しかも足を取られる砂の上で、はっきり言って俺はダメダメジャパニーズ全快で転げまわっていた。情けないかな久しぶりに「酸素が欲しい」と思った。しかし慣れているからか彼らはタフだった。敵の女の子に「彼に気を付けて!」なんて言われても、いやいや、俺もう一歩も動けないから、ゼィゼィ。いい汗通り越して嫌な汗まで出てきてるし。その後海に飛び込んだのは最高だったけどね。毎週やっているらしく、きれいな英語の勉強と運動にはGOODだが、ちときついなぁ…いやいや、ここはがんばって通うべきか? 突然話は変わるけど、最近ジャマイカ人がとっても嫌いです。そう思わせる特別な事件があったわけでもないんだけど、からかわれるのも日常茶飯事だし。でも日々ものすごく腹が立っているし、誰かと話してもかなりぶっきらぼうな返答をしてしまう。一日罵声しか発しなかった日もあるかも。あんまり酷いので、ビーチからの帰りに歩きながらいろいろ考えてみた。そしたら、悲しい原因が思い当たった。突き詰めると、要はジャマイカ人に腹が立っているのではなく、彼らとの間に壁を感じてしまう、彼らを上手く理解できない自分に腹が立っているんではなかろうかと。「異文化理解」訓練もしてきたし大丈夫だと思っていたものが、任期の半分を過ぎてガラガラと崩れていくような気がした。彼らと同じ思考にはなれないしなる必要も無いのだけれど、それを理解するのはとても大切なことだ。そうすればこんなに腹も立たないのだろうか。あと一年で俺はそれができるか? 多分このままこの腹立たしさをごまかしながら理解した“ふり”をして上手くやることは、できるんです。30年自分と付き合ってきて、社会経験もあるし、その自信はある。でもカッコつけるようだがそれはしたくない。自分の夢にごまかしはなしだろ。で、結論は、腹が立つなら立つでそんな自分を放っておこうと思う。ベストな方法ではないかもしれないが、行き着く先になんか見えるような気がするんだよなぁ。 |
![]()