| 1st-April-2006「帰るぜぇ」 ドミに残っていたメンバーに見送られてモンテゴベイへの帰路につく。協力隊にきてから、こういう別れが非常に照れくさく感じている自分に気付く。確実に上手いことは言えない。「じゃ、また!」「元気で!」ってもっと気の利いたこと言えないのか俺は。 車窓に流れるジャマイカの風景が、いつもと全く違って見えた。上手く言えないが、海はいつもより青く、花はいつもより鮮明に、人はいつもよりやさしく、そんなふうに見えた。そこにある全てのものから「ご苦労様」と言われているようで、満たされたようでもあり、また一方で寂しさを感じたのも確かだ。写真を撮ろうとしたが、止めた。俺の瞳に焼き付ければそれでいいと思ったからだ。 家に着いて、いらなくなった荷物を持って世話になったフェイおばさんのところに挨拶に行った。ひとしきり話をしてから帰ろうとすると、飯を食っていけという。俺は以前そうしたように、キッチンの椅子に座り、飯をご馳走になった。フェイは俺の隣に座って何かをメモしていた。買っている鳥達が卵を産んだ時に記録しているんだそうだが、未だに孵ったことはないらしい・・・。帰りにシェリーズバーに寄って最後のレッドストライプを飲んだ。明日空港まで送ってくれるタクシードライバーのジミーも来て、3人で話しながら飲んだ。全てはいつもの夕方の風景。ただ俺が明日ジャマイカを去るということだけが違う。それでいい。最後はいつものように、がいい。 断水のオマケ付き。ここ数ヶ月止まったことがないのに、何も帰国の前日に断水することねぇーだろ!そう、全ての時間がいつものように流れている。こうして綴っている間にも、外では学生達の声が聞こえ、いつものやかましい地域のブラスバンドの練習も聞こえ始めた。俺は明日起きて、街に行ったり職場で仕事したりをまたするんではなかろうかという錯覚に陥るくらい、変わらない時間が流れている。ジャマイカ滞在一日を切ってさえ、俺はそんなことを考えている。 2nd-April-2006「薄情な男、ジャマイカを去る」 今は4/6inメキシコ。やっとまともに電源の取れるホテルに辿り着いたのでこうして思い出しながら書いております。遡ること4日・・・ 早朝5時、冷蔵庫に最後まで残っていたにんにくの醤油漬けをポリポリかじりながらブルマンコーヒーをすする。もうすぐジミーが迎えにくる。俺が最後にジャマイカで会ったのはこのジミーかぁ。ちっと冴えないけど、いいじいさんなんだな。孫達もみんな独り立ちしていて、今は気ままにタクシー稼業。最近車を買い換えて仕事にも性が出てる(と俺は思っている)。飛行機などの、どうしても時間に遅れられないようなときは、二の手、三の手を考えておかなきゃならないのがこのジャマイカ。でもジミーじいさんは時間どおり迎えに来た。空港までの道すがら、2年間暮らしたモベイをじっくり眺めた。不思議と何も感じなかった。 出発時間が迫っていたが、どうしても最後にジャマ飯を食いたいと思い、空港内のレストランに駆け込んだ。カラルー&ソルトフィッシュとフェスティバルを不味いジャマイカのインスタントコーヒーで流し込んだ。ほっと一息つた時、俺の乗った飛行機はもう離陸していた。慌てて窓を覗いたが、あっという間にジャマイカは雲の下、後方に遠ざかっていった。去年アメリカに行った時には上空からもっとじっくりジャマイカを見られたような気がしたんだが。そんでもって、何にも感じない。おかしい。もっと込み上げるものがあっていいはずだ。そう思ってCDプレーヤーのヘッドホンを掛け、聞きなれたレゲエを流した。ダメだ、ただの音楽だ。そんな自分が少し腹立たしいし、やりきれない。何なんだ。 と、メキシコシティに到着。怒涛のメキシコ、いきなりLost Baggage ただ、ジャマイカにいたせいでトラブルに慣れてしまったか、かえってホテルまで運ぶ手間が省けるくらいにしか考えてない俺。 3rd-April-2006「ムィ ビェン」 スペイン語圏はスゴイ。全く英語が通じない。ドミから拝借してきた10年前のメキシコガイドブックは本当に俺を助けてくれるのか?最後が慌しいかったので、実はこのメキシコの旅、とりあえず行く街と宿を決めただけで、何するか全く決めていない。スペイン語なんてPor favor(Please)しか知らねぇ_| ̄|○ とにかく街を歩きまくった。一日歩いてなんとなく慣れてきた。スペイン語にじゃなくて、意思疎通ができないという事態に(泣) ![]() 4th-April-2006「充実充実」 やっぱメキシコといえば遺跡だろ!ということで、メキシコシティから一時間弱のティオティワカンというところに向かう。昨日情報収集したかいがあり、地下鉄とバスを駆使してスムーズに到着。あーサボテン発見。やっとメキシコって感じ。シティは都会過ぎた。2時間ほどピラミッドや遺跡群を見学。飽きた。実はあまり遺跡には興味が無かったりして。 帰りの地下鉄で路線地図を見ていると、不思議な文字を発見。「Jamaica」駅!しかも太字!行くしかねぇ!吸い寄せられるようにJamaica駅に着くと、大音量のレゲエ、ラスタマン達がガンジャをプカリ、「ヤーマン、メヒコ、ノープロブレム!」 って、んなわきゃない。 フラフラ歩いてみたが、駅名以外、ジャマイカの片鱗は何も無い。きっと何かあるんだろうが、聞くに聞けないスペイン語、ちくしょう。 ![]() 5th-April-2006「移動日」 本日はメキシコシティからバスで5時間ほどのグァナファトという街に向かう。去年の12月くらいに帰路変更旅行でどこへ行くか悩んでいた時、ガイドブックに出ていたこの町の風景写真がとても気に入ったので、メキシコに行くことにした訳なのだ。アメリカへ行った時もそうだが、長距離バスはいい。いろいろな風景が見られるし、なんとなくだが、生活する人々の息遣いが伝わってくる。ここ水道あるのか、あの子供どこまで帰るんだ?民家遠いぞ、じいさんあそこで何してんだろ?そんなこと考えてると、飽きません。 ![]() 6th-April-2006「癒し系グァナファト」 コロニアルであったこの街は世界文化遺産に指定されている。石畳の続く独特の景観は、いくら歩いても飽きなかった。結局一日かけて街を一周した。 ![]() 8,9th-April-2006「サンフランシスコ」 不運と言わずして何と言おうか、シスコに着いてロストバゲージagain。2回のフライトで2回ともはねぇだろ、いくらなんでも酷い。しかも航空会社の対応があまり良くなく、俺のへそは曲がりっぱなし。ちょこっと買い物する目的で立寄ったんだけどね。確かに洋服などを買うにはいいが、一人で歩くとなんだか寂しくなってしまうくらい家族連れやカップルでにぎわっている。 ![]() 11th-April-2006「いよいよ日本」 実はね、あんまり印象が無いんです。なんだかフワァ〜っと降り立ってしまいまして、ここは本当に日本なのか?と。まぁ、そりゃ日本ですわなぁ。早速東京で携帯電話をGETして、フラフラ歩いてみたけど、何だか初めて田舎から東京に出てきた時のような感じでえらく疲れるし、よく人にぶつかるし、ああ、日本に帰ってきちゃったのかぁって感じ。 20th-April-2006「もう飽きた」 まだ帰国して一週間ちょっとだけど、自由ももう飽きた。やはり仕事か何かして縛られていないと落ち着かないらしい。挨拶回りや友人と会うのも結局週末だしね。自由に使える車も無いし、本当に暇です。あ、暇はジャマイカで慣れているか。。 やっぱり流れている時間の早さが何となく違うんだな。何にもしなくても自然に流れていくわけよジャマイカでの時間は。でも日本だと何にもしないで流れていく時間ってのは不自然に感じてしまうんだ。あー、自分の中で整理をつけるためにいずれ少々長い文章を書かねばなるまい。書くと結構気持ちがスッキリするんだよな。これ昔からの俺のやり方である。HPに出せるかどうかは分かりませんがね。 この2年間をただのいい思い出にしてしまうのは惜しい。でもジャマイカに戻ろうとか国際協力の道に進むつもりは無い。自分の中でこの経験をどう位置付けていけばよいのかとても悩んでいます。それと平行して、社会復帰もしなければならない。これから真剣に取り組まなければならないことは、自分の中で山積みになっていることを感じます。 |
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