| Mon-1st-August-2005 とりあえず朝から海に行く。なんと、驚くべきことに、こいつら3人ともカリブ海に浮かぶ島ジャマイカに来ながら水着の一つも持ってきていない!もうね、アホかと。日本での多忙な労働の日々は、スキューバで鍛えた海の男達?をこうも蝕んでいたとは。とにかくみんなで泳ぎ、(バーでビア飲んでた時間のほうが長いかもしれんけどね)かなり日焼けさせて帰宅。夜はお互いの近況など話しながら楽しい夜は更けていく・・・ Tue-2nd-August-2005 俺の職場を案内しながら、街をぶらぶらする。ここで事件発生。コバが携帯無くす。どうやら昼飯食ったところに置いてきて誰かに持っていかれたらしい。彼のは国際通話も可能な為、急遽解約。「おー最近の日本の携帯はスゲーなー」なんて見せてもらってたのに、今はどこかでジャマ人に同じこと言われているのかもしれません(-_-;) Wed-3rd-August-2005 今日は少し遠くに出かけてみた。ラム工場の見学をしてほろ酔い、Y.Sフォールという滝に行ってくつろぐ。ちょっと駆け足でまともに飯を食わなかったので、モベイに帰ってからちょっとリッチなジャマ飯?で最後の晩餐。 いやー、夜遊びも無く健全だ。夜はみんな疲れて10時頃寝てしまうから朝起きるのは早いし。あー、停電&断水もチョコチョコあったからそれでも疲れるわなぁ。 Thu-4th-August-2005 いやはやほんとにあっという間だったよ。友人達が日本に帰りました。本当に、仕事も忙しいだろうに遠いジャマイカまできてくれて感謝している。ありがとよ。日本に帰ったらゆっくり飲みたいもんだ。あと、写真CDに焼いて送るの忘れんなよ。 Fri-5th-August-2005 デイミアンとその仲間達と一緒にダンズ・リバーと言う滝のぼりスポットに遊びにいく。ここはジャマイカでも有名な観光スポットで、多くの観光客、また現地の人も遊びに来る。デイミアンはもう6回も来ているらしい。滝といっても高いところからザーザー流れ落ちているあれではなく、登れる程度の岩場を水が流れているのだが、それでも水量が多いこの時期はちょっとしたアクティブ感が味わえる。現地でサクちゃん、シンジも合流。滝はかなり楽しかったのだが、一昨日から体調不良、風邪っぽい。半分寝てた。その間、サク、シンジはデイミアンの友達の女の子達とはしゃいでいた。かなり、はしゃいでいた。ここは人によって面白いかそうでないか意見が分かれていたところ。俺は十分楽しめたしもう一度来てもいいと思う。面白くないと言っていた奴は・・・一緒に行ったメンバーのせいじゃないっすか?(^_^;) さて、来週はいよいよ米に出発だぁー。この週末にじっくり準備をしよう。あ、風邪も治そう。 Mon-8th-August-2005 いよいよ任国外旅行です。U.S.Aです。因みに特に合わせたわけではないんだが今日は僕の誕生日です。 入国審査の窓口では、だるそうな係員が、 係員「生年月日は?」 俺「えーっと、1974年の8月・・・」 係員「今日だね、おめでとう!」 俺「はい、そうです、ありがとう」 なんてやり取りですっかり気をよくしたスタートであった・・・ やっぱまとめて2週間分の日記は書けんなぁ、小学校の8月31日の辛さを思い出す。ので、総括って感じでいっとこう。 改めてMon-8th/21st-August-2005(任国外旅行編) 丸2週間USにいた訳なんだけども、メインの滞在はグランドキャニオンとL.A。本当にアメリカは人種の坩堝と言われるだけあって、さまざまな人たちがおりました。滞在中は意外とスペイン語を耳にすることが多かった。さて、以下トピックごとに日記ともエッセイともつかないものを書いておきたいと思います。 モンテゴベイ空港 朝7時の出発便が2時間遅れで出鼻くじかれる。ところが、持ち物検査を通りすぎると、そこは異空間。何ですかこの免税店一帯の煌びやかさは!所狭しとこれまで同じモベイでは目にしたことも無いような時計やサングラス、香水などが並べられたショーウィンドウ。時計を見ていると「あれ、なんかこのショーウィンドウ曇るなぁ」そう、俺の荒い鼻息です。そんなにかじり付くくらい見入ってしまっていた。俺は空港に入った時点で軽いカルチャーショックを受けていた。買いこそしなかったが、忘れかけていた日本での物欲をくすぐるには十分過ぎたよ。まだ自分の住む街も出てないっつーの。 グランドキャニオン さて、長い行程を経てやっとここに辿り着く。着いたのは午後4時を回っていたので、早速予約しておいた公園内のロッジにチェックイン。旅の疲れもあって、夕飯とビール一本で即寝る。 翌日、まだ暗いうちに起床。目的はもちろんグランドキャニオン(以下G.C)から昇る朝日を拝むことである。昨夜早々に寝たおかげで疲れも十分取れていた。公園内には無料で周回しているバスがあり、それで観覧ポイントに向かう。日の出の時間が近付くにつれ、観光客も集まって来た。辺りも薄っすらと明るくなりだし、雄大な姿を朝朝もやの中から現し始める岩肌・・・っと、そこで俺の防寒着を彩り始めるシミたち。おいおい、雨降ってきたよ、冗談だろ、ここまで来て!時間はちょうど日の出予定時刻、雨脚はだんだん強まり、霧は濃くなる一方。他の客達はぽろぽろと諦めて帰り始め、残ったのは俺の他一家族だけ。それでも1時間ほど粘ってたんだが、寒さと虚しさに耐え切れず宿に戻る。あぁ、自分の雨男の性を呪う。何が一番悔しいって、寒くて思わずこうつぶやいてしまったことです「ジ、ジャマイカ帰りたい・・・」 部屋に戻って暖かい風呂に入り、チェックアウトまで不貞寝。午後にようやく天気も回復し出したのでさっそく観覧ポイントを回る。いやー、やっぱりすごい。すごいよ。自然公園マニアになりそうだよ。果てしなく続く荒涼の大地、深い谷底にはその絶景を作り上げたコロラド河が赤い流れを見せている。来る前は、黄昏好きの僕としては「きっと雄大な自然を前に、俺はいろんなことを思うんだろうなぁ、下手したら涙なんか流しちゃうかもしれない。」なんて考えていたんだ。でもね、いざ目の当たりにすると、なんのこたぁーない、もう呆然と眺めることしか俺にはできなかった。ただただすごいと、ただただデカイと。頭の中は「無」が去来しておった。 この日はG.Cに沈む夕日も見る予定でいたのだが、結局天気の回復もそこそこで、断念。何度も言うようだが黄昏好きの僕としてはめちゃくちゃ楽しみにしてたのに朝陽も夕陽も見れなかった。ぐそぉ〜!! ![]() グレイハウンド アメリカで長距離列車といえば「アムトラック」で、長距離バスではこいつ、略して「グレハン」です。その名の通り「グレイ」の「ハウンド」ドックがトレードマーク。L.AとG.Cの往復にこれを使った訳だが、今思うとなかなかこれが面白かった。実際は冷や汗かく事も多かったんだけど。バスターミナルは、あんまり雰囲気が良くないわけよ。どっちかって言うとお金持ちさんは使わない乗り物だから、出稼ぎの人とかバックパッカーとか庶民が多い。出発時間もしょっちゅう遅れたりして結構イラついている人も多いし。俺の便も30分から2時間遅れもあったな。ま、それはご愛嬌なんだけど、G.Cからの帰りの便でのハプニングは参った。出発してからなんかバスの調子が悪いっぽい。普通バスの中は上着切るほどエアコンが効いてるのに、ふと目覚ましたら寝汗かいてる。エアコンが壊れたらしい。これ、地獄。だってでかいバスだから窓は開く機能が無い。2時間も乗っていたらみんなもうぐったり。文句言いながらもなんとか乗り換え地点のラスベガスの明かりが見え始めた頃、信号で止まったきりバス動かなくなる。ってほんとに最初はアメリカンジョークかと、漫画の世界かとも思ってみたんだけど事実動いてない。ありえねぇ!エンコしちゃってる。迎えのバスを要請したらしいがいつ来るかわからないとのこと。出発もざらに2時間遅れるくらいだからね、待ってみる気にもならない。他の乗客は向かえ呼んだりおろおろしたり。さーてどうすっかと考えていると、後ろから話しかけられる「大変なことになっちゃいましたね(日本語)」お、日本人?そう、日本人です。実はグランドキャニオンでバス待ちしてた時点で気にはなっていたのだが、いかんせん人見知りの俺は声を掛けられずにいたのです。 バスの発着所がそう遠くないとは思っていたので、二人でタクシーを拾おうということになって、そうこうしているうちに中国人の女の子二人も一緒になって(こういう時って集まってしまうもんなんだね、何かアジアの血を感じたねぇ)4人で何とかタクシーを捕まえてラスベガスの発着所に無事到着。そこでお別れして僕はL.Aに戻ったのであります。随分疲れたんだけど、今思うとこのバスの旅、面白かったね。機会があれば今度は列車の旅もしてみたいわ。BGMは「世界の車窓から」。 ![]() レゲエ なんでここでレゲエかと言いうと、CD一枚持っていったんだけど、随分これに心癒されまして。実は海外を一人で旅するのは初めてで、英語は何とかなるにしてもやっぱり不安は多かったわけで、正直ドギマギしてしまう場面も多々あったのである。そんな時、陽気で(と言うよりも「アホ」に近い?)リズミカルなレゲエを聴いていると、「まーなんとかなるもんだよ」「そんなん心配しなくても大丈夫だって、おめぇ」みたいな気分になれたわけであります。多分、日本に帰ってからもこれ、とても救われるんじゃなかろうかとも思うのです。 コリアンタウン L.Aでは取っていたホテルがコリアンタウンの中にあって、回りはハングルの看板が目立っていた。そしたら当然韓国料理食べたくなるじゃない。ジャマイカに中華は多いが韓国料理はお目にかかれないから。早速「歩き方」に出ていた店に行ったんだけど、もう最高!キムチ万歳!今まで気付かなかったけど、日本にいた頃は実は中華よりも韓国の味のほうが身近にあったんだなって。だって何かと言えば焼肉食いに行くでしょ?日本で俺の冷蔵庫からキムチが消えたことは無かったし、豚キムチチャーハンは密かな18番調理であった(誰にも披露したことはないが)。と言うわけで、着いた夜からこよなく満たされたのでした。 ![]() リトル東京 言わずと知れたL.Aの日本人街。特にここが目的ではなかったんだけど、安宿探してたらここになった。日本語の看板が並び、ラーメン屋も繁盛していた。でも現地の方には申し訳ないが、なんかどこも似非日本っぽくて最初は嫌だった、最初は・・・。しかし時間もあって近辺をぶらつくうちに、やっぱハマっていた。だって紀伊国屋があるんですよ。まず手にしたのは「週間フラ○デー」いやいや、ちゃんと仕事用にパソコンの本も購入したけど。日本の商品を扱うスーパーもある。レジのおばさん日本人っぽかったんだけど、一応がんばって英語で通したのね。「日本人の旅行者で英語わかんないから日本人街に泊まった」と思われたくない一心でね(^_^;)向こうも英語話してたし。で、店出ようとして扉の前行ったらそこ入り口専用で、すかさず後ろから声がしたわけ。「出口は隣の扉使ってくださーい(日本語)」あ、俺バリバリ日本語わかる=英語が拙い日本人だってバレてる(ToT) ええ、答えましたとも大きな声で。「はぁーい!」ってね(もちろん日本語) 普通L.Aなんか行ったら夜だって遊ぶところ沢山あるわけよ。でも俺何してたか?早々にホテルに戻り、ポッチっとTVをつければ「NHK」、買い込んだ「キリンビール」片手にお惣菜「幕の内弁当」をついばむ、これ至福の時!万歳日本!後はバスタブにたっぷり張ったお湯につかって広いベットでグッスリ。異国アメリカに来たということも忘れ、すっかり日本を満喫している俺である。 牛丼 L.Aで食ったよ。今じゃ日本でも食えないこいつを!美味かったよ。味噌汁とかのサブメニューは全く無かった。かろうじて唐辛子と生姜はあったので山のようにかけて食ったよ。たまねぎはやや硬かったけど、「つゆだく」は通じなかったけど、あの味はここLos Angelesで生きていた。 総括 こう見てくると、「遊んできただけじゃん」的な場面が多いのも否めなくはないがしかし、ここに記してない部分も含めてしっかり先進国アメリカ、異文化アメリカ、多民族国家アメリカ、もういっちょ、母なる大地アメリカを心と体で感じてきている、そう信じて已まない2005年の夏。 ![]() これから・・・ この旅を今後の活動にどう生かすか、これから考えます・・・もう後は、ジャマイカですから。ジャマイカ人に、なりきりますから。 Sun-28th-August-2005 一通のメールが届いていた。大学時代の後輩からで、この前ジャマイカ来た友達から聞いてはいたが、子供が生まれましたという報告だった。添付された写真には生まれたばかりの赤ちゃんを抱く後輩と奥さんが写ってた。とてもいい写真だった。「幸せそう」という表現では収まりきらない、何か清涼感と生きる力みたいなものが伝わってくるんだな。最近よく感じるのは、人からもらうパワーみたいなもの。その人ががんばっていたり幸せだったり、逆に大変だったりする場面から、何か力をもらうんです。俺はメールの返事に「おめでとう」というメッセージを書きながら、心の中で「ありがとう」とつぶやいていた。 Wed-31st-August-2005 「浮き足立つ」 今日からちょっとサブタイトルをつけてみたりして。まぁ聞いて下さい。俺は自己反省をこよなく愛してしまう男である。もはや自分にダメだしするのが趣味であるといっても過言ではない。そんな俺は最近格好の獲物を見付けた。実は、アメリカから帰ってきて以来ずっと気持ちを占領しているものがおる。そう、「帰国」の二文字である。まぁ、残り7ヶ月ともなれば帰国した後の自分の身の振り方を多少なりとも考えておくことは当然だと思うだろうが、僕の場合は少し違う。「帰国してからのこと」ではなく「帰国する時のこと」を、暇さえあれば(=常時)連想してしまうのである。それは多分、先日の旅行でアメリカ行きの飛行機からジャマイカを見下ろした時にこみ上げてきたあのもの悲しさに起因している。「最後はどんな風にジャマイカを去ろう」「お土産何買って行こう」「ジャマイカで世話になった人には日本の土産を置いていこう、何がいいかなぁ」といった具合である。言ってもまだ7ヶ月もあんのよ。俺の考えてることまだまだ先でもいいわけよ。っていうかもっと他に考えなくちゃならないこと沢山あるわけよ。先にも言った帰国してからの身の振り方、いえいえ、その前にここでの活動をより良いものにするためにもっと動かなくては。しかしワークショップも来月末に延期となり、日々の修理もここんところ冷え込み気味。俺の修理が功を奏して、故障も減ってきたかと、いやそんなはずはない、まだまだ行ってない学校だって沢山ある。そんなことを思って全校にアンケートなんかしたりもしています。 とにかくね、今地に足が着いてない。「帰国」を頭から振り切れ!お前慣れるまでに一年近くかかって、その後まだ半年も経っとらんじゃないか!今から浮き足立ったらジャマイカのこと考えてる時間がほとんどないじゃないか!と喝を入れておいてね、今週末は衆議院選の在外投票に行ってきますよ。ネットでマニフェストもしっかり読んでしまったしね。 それはそれ、これはこれ、ここで自分に気合を入れるべく言っておこう。「俺は後7ヶ月、ジャマイカの発展の為に国際協力に全力を尽くす青年海外協力隊員である」うぉっし! 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