2002年 シベリア横断旅行、フランスに着くまで

旅計画

2002,9,23 ウラジオストック行きの船
2002,8,26 ロシア・ウラジオストック
2002,8,27 シベリア鉄道最高!!
2002,8,28 シベリア鉄道・新しい友達
2002,8,29 シベリア鉄道での生活

2002,9,1 モスクワ ついにハプニング!
2002,9,2 モスクワ ホームステイ
2002,9,3 モスクワ観光
2002,9,4 祝・初国境陸路越え
2002,9,5 ポーランド・トルン
2002,9,6 ポーランド・ワルシャワ

2002,9,7 移動日
2002,9,8 ポーランド・アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所
2002,9,9 ポーランド・クラクフ
2002,9,10 スロヴァキア・レヴォチャへ!
2002,9,11 スロヴァキア・スピシュスキー城

2002,9,12 予定変更スロヴァキア・コシツェ・プレショフ

2002,9,13 ハンガリー・ホローケー
2002,9,14 ハンガリー・ホローケー
2002,9,15 ハンガリー・ブダペスト
2002,9,16 ブダペストからブラチスラヴァへ
2002,9,17 スロヴァキア・ブラチスラヴァ

2002,9,18 スロヴァキア・ブラチスラヴァ
2002,9,19 チェコ・チェスキークルムロフ
2002,9,20 チェコ・チェスキークルムロフ
2002,9,21 チェコ・チェスキーブデヨビツェ
2002,9,22 乗馬

2002.9.23 チェコ・プラハへ
2002,9,24 チェコ・プラハ

2002,9,25 トゥールーズへ


旅計画

国内
8月22日、地元駅より東海道線→中央線→太多線→高山本線で、富山へ。
お得意の青春18切符、鈍行で。
初めは、一人で行く予定だったのだけど、バイトの友達とその弟(バイトも同じ)が、見送りに途中まで来てくれることになりました。
今まで約4年半、続けてきたバイトの友達なので、別れが寂しくなるという問題点あり。
でも、送ってくれるなんて嬉すぎ〜、本当にありがとう!

富山では、現在アメリカ留学中の旅行仲間のおうちに泊まらせていただく予定。彼女は8月21日に日本に帰ってくる予定で、そんな状況なのに、お泊りに誘ってくれて、感謝してます!
彼女に会うのは1年ぶり!
去年彼女が留学に行く前に、私がフランス行く前に絶対会おうね、と約束していて、
それが実現するのです。うれしい。

富山の友達の家に、1泊させてもらったら、18:00のフェリー「ルーシー号」で日本脱出。

ロシア
8月25日、船に2泊してついにロシアに到着!
普通は、ロシア極東の中心地のウラジオストックに到着予定なのに、そこの港が工事中かなんだかで、今回はザルビノという町に到着。
そこから無料送迎バスで2時間で、ウラジオストックに。

【時の話題・8月23日〜28日、ウラジオに、ロシアのプーチン大統領が来て、その間に、北朝鮮の金正日総書記と会うらしい。それって、警備が厳しくなったり、ロシアの事だから電車が止まったりする可能性が・・・危険すぎる。】

ウラジオで1泊して、次の日、観光して、
8月26日、17:30「ロシア号」。ついにシベリア鉄道でロシア横断。
電車で、6泊して、モスクワへ。
シベリア鉄道は、4人で人部屋の2等車。
ここで、ロシア人との交流があるはず。
ロシア語会話片手に、がんばろう〜!
楽しみ〜!!

モスクワでは、2泊ホームステイ。
今まで3回、外国でホームステイをしてきたけど、その時はすべて受け入れ態勢ばっちりだったけど、今回は、どっちかというと間借りで、私の希望するような交流メインじゃないっぽい。
まぁ、それしか見つからなかったんだから仕方ないけど。
でも、がんばって仲良くなってこよう!!
ロシアの家庭料理と、ロシア人の日常生活を観察するのが、とても楽しみ。

9月3日モスクワからワルシャワ(ポーランド)へは、夜行電車で1泊。

■補足■
ロシアって、旅行者には優しくない国で、自由旅行はほぼできず、日本の旅行代理店を通して、泊まるホテルとか、移動手段を決めて、現地の旅行代理店にバウチャーを発行してもらって、そしてついにビザを手に入れる、って感じの旅行しかできないのです。(無理すればできるらしいけど。)
そういう訳で、ロシアの予定はもうばっちり決まってる。

東欧
ワルシャワ(ポーランド)着。
この後の予定で決まってるのは、
9月25日発、プラハ(チェコ)→トゥールーズ(フランス)のバスのみ。
車中で1泊。
トゥールーズには、なんとしてでも着かなくてはいけないので、高くついたけど、ネットで予約を取った。
というか、15日間有効のパスをネットで予約すると、自動的に一番最初のバスの予約ができるから、その後はパスを使わないのに予約してしまった〜。

という事で、9月25日までに、プラハに着くように、その間は東欧放浪。

■行く予定■
クラクフ(ポーランド)、アウシュヴィッツ(ポーランド)、ブダペスト(ハンガリー)、ホッロークー(ハンガリー)、ブラチスラヴァ(スロヴァキア)、ウィーン(オーストリア)(順不同・笑)
あとは、国は増えさないけど、出会うはずであろう他の旅行者達のおすすめの街なども行ってみる予定。
でも、これだけで、いっぱい、いっぱいかなぁ。
【時の話題・プラハはすでに大洪水。ブラチスラヴァ・オーストリア、ハンガリーまで(私の行く国網羅しすぎ・・・)被害は広がるらしいけど、どうなってるんだろう〜、その頃は。そんな被害を受けている国に、のそのそ旅行に行くって、ありなのかしら。】

東欧って、結構未知。
とにかく街はきれいなイメージ。
物価は安いし、西欧よりも、治安はいいと聞くし、
かなり楽しみ〜、
初めて一人での旅行だし、
こんな何にも決まってなくてっていうのも、初めて。
移動はバスと電車を考えてるし、
泊まるところはユースを考えてるし、
いやいや、考えてるだけなのよねぇ、そういうのをやってみたいなぁ、とずっと思っていて、ついにできる〜!!
自分は、結構、計画高いから、こういう無計画なのは、ちょっと不安〜。
まぁ、何とかなって、プラハから無事にトゥールーズに着くことでしょう。
その時まで、さようなら。

2002,9,23
ウラジオストック行きの船


船は思ったより大きく、きれい。
カテゴリー4
は、日本人ばっかり。(計5人)
私は2人部屋を一人で占領!
広々くつろげました。
シャワーもトイレも机もついてるのです。

初日は眠くてずーっと寝てたら、夕食と次の日の昼食を逃しました。
食事時間は決まっていて、30分の間にとらなきゃいけず、たまに英語の放送が入らないので、食べ逃しそうになりました。

食事は、ロシア料理を網羅しててよかった!
後半は味にも慣れて、もりもりたべました。 

船では、カップルではない男女2人組と仲良くなりました。

ホテルも同じで、何となく旅行に対する感性も同じで、楽しかったし、心強かったです。

お世話になりました!!


2002,8,26
ロシア・ウラジオストック


ロシア、思ったより発達してる!
比べることもないけど、ギリシャ位?!

人が冷たいと言うけど、とても優しいおばちゃんとか、英語もホテルでも船でも、一部の人は通じる。
やっぱり英語は大事だと実感した。

物価は安いよ。
トマトが1キロ8円くらい。
菓子パンも1個12円くらい。
ということで、とても食豊かに過ごしてます。
乳製品がおいしい!
いくらを大奮発して400円くらいで買ったけど、やっぱりいくらには、ご飯だね。
ひとりだったし、残してしまいました。(ホテルに置き去り…)

街の感じはヨーロッパに近い。
ただ、社会主義時代を思わせる、冷たい感じのビルも多い。
でも、建物によっては、ヨーロッパ風??でとても温かいし、素敵。
道は、舗装されてるけど、ボコボコで、ウラジオストックは日本で言う神戸?のようで、坂道ばかっかり。
涼しいのに、街を歩くと汗をかく。

人の感じは、どこ行っても同じね。
家族連れ、カップル。
笑顔がないとか言うけど、そんなことないです。

夕方17時30分にシベリア鉄道に乗ります。

↑日本から輸入?された中古トラック。こんなのが町中うろついてました。
↑キオスク? ↑屋内市場
↑郵便局。殺風景。 ↑冷たい感じの建物


2002,8,27
シベリア鉄道最高!!


ついに、シベリア鉄道!!
ウラジオストックから乗った時は、4人の部屋に私しかいなくて寂しかったけど、少しして、3人乗ってきました。
軍系の医者をしているガロンヌさん(41歳・男)、今月、結婚したばかりの夫婦、ジェニア(23歳・女)、軍人・ローシャン(23歳・男)。
英語はほんのちょっとだけ、ジェニアが話せたけど、ほとんどロシア語しか、通じなくて、ちょっと大変。

ジェニアとローシャンは、新婚だけあって、ラブラブ。
狭い部屋の中で、いちゃついてました。
そういうわけで、ガロンヌさんと、よくお話をしました。
娘のようにかわいがってもらって、優しいおじさんでした。

何でも彼は、軍に関わっている間は、外国に行くことを法律で禁止されてると言ってました。
ロシアの、軍について思うことは沢山あります!
街には、よく軍服を来た人・警察(男性)がいるのに対し、街の店員さん、郵便局の人、車掌さんなど、ほとんど働いてる人は女性です。
たぶん、男性は軍隊に入る人が多いのではないかと思いました。



2002,8,28
シベリア鉄道・新しい友達


シベリア鉄道の旅・3日目を迎えようとした今日、他の部屋の友達が出来ました。
12歳の男の子と、その家族で、男の子は、ジョンと言います。
彼とお母さんがちょっと英語が出来て、色々話しました。

とくに、印象的なのは、50音を教えたことです。
すごい理解が早くて、あ行、か行、さ行…という仕組みを教えるのが難しかったけど、分かるようになって、なんか面白かったです。


2002,8,29
シベリア鉄道での生活


●食事●
持ち込んだり、駅に20分位停車する事が1日2・3回あって、その時に買ったりしました。
でも、大体は、部屋の人が「食事にしましょう!」と誘ってくれて一緒に食べました。

食べるものは、パンに缶詰の魚、チーズ、いくら、缶詰のガチョウのレバーなどを塗ったり、インスタントラーメンだったり、駅のホーム内でおばちゃんが売ってる、ピロシキや、チキン、魚の燻製など。
それに、いつも紅茶かコーヒー。
(お茶は電車でいつでも貰える。)
いつも、食べすぎでした。

↑一時停車中のホームでピロシキなどを売るおばさん ↑いくらをパンと一緒に食べるガロンヌさん
↑家庭料理?おいしそう〜! ↑魚(マス?)の燻製。手で食べてました。紅茶と魚という組み合わせ!
↑一時停車駅の常設キオスク。ジュースやスナック有り。 ↑乳製品?味わってみたけど、私の口には合いませんでした。


●部屋●
ベッドは予想以上に広くて、座席に布団みたいなのを敷いてました。
6泊したけど、全然疲れないし、普通に寝られて、快適でした。
部屋では、本を読んだり、クロスワードをやったり、チェスをやったり、トランプをやったり、昼寝をしたりと、思い思いにしてました。


●トイレ●
トイレは車両に2つあって、朝は混みます。
というのは、トイレと洗面台が一緒になっていて、そのトイレの中で、歯磨きはもちろん、食事に使った食器も洗うから、結構混雑です。
(トイレの水で食器を洗うのは、いかがなものかと思ったけど。)
ちなみに、シャワーは、一応あって、私は、使わなかったけど、洗面台についてるような髪を洗うタイプのものみたいで、降りる日になると、シャワー浴びますか??と、車掌さんに聞かれるみたいでした。


●廊下●
廊下が結構広くて、そこにも椅子が付いてるので、みんな景色を見たりしてました。
だから、降りる駅が近づくとおしゃれをし始めその変容振りには、びっくり!!

↑車掌さん(おばさん)が、掃除機で掃除に来てくれます。 ↑時計と時刻表。
ロシアは広くて走りながら時間変更線?を越していく。
なので、現地時間とモスクワ時間だかが書いてあった。
でも、この時刻表通りにはもちろん走ってませんでした!
←車両に1つある給湯器?ここでお湯を自由にもらえます。


2002,9,1
モスクワ ついにハプニング!


9月1日はちょうどモスクワのアニバーサリーなようで、街は通行止めだったりして、お祭り騒ぎでした。

ロシアでは、滞在する外国人は通常それぞれの町で外国人登録をしなきゃいけないので、モスクワでは、ホームステイなので、駅まで迎えに来てもらった、旅行会社のロシア人に登録を頼みました。
しかし、理由はよくわからないけど、「出来ない」と言われました。
ガイドブックには登録しないと出国時問題になると書いてあるし、だからといって、旅行会社の人は、出来ないって言うし、本当に困ったので、日本大使館に電話してみて、大使館の人が色々確認してくれて、何でも、ウラジオストックで全日分の登録をしてしまっていたらしく、問題ないとの事でした。
よく分からないけど、一応問題解決しました

2002,9,2
モスクワ ホームステイ


モスクワでは、ホームステイで、おうちはクレムリンのすぐ近く=モスクワの一番中心!で便利でした。
家族はすごく素敵なお父さんとお母さんと23歳のペルー大使館に勤める男の子でした。

お母さんと男の子が英語をすごく上手く話すので、意思疎通は上手く出来ました。
間借っぽいのを想像していたのに、すごくよくしてくれて、一緒に街に出かけたりしてくれました。
今は、お家に居ないけど、もう一人お兄さんがいて、日本語も話せるし、日本文化を勉強してたらしく、家族のみんなも興味があるようで、家には緑茶もあったし、日本の本もあったし、なので私のことも良く理解してくれました。

本当によいお家にステイできたなと思います。

↑私の為に箸まで用意してくれました!
↑レトロな感じの台所・食器。すべてがかわいい〜。


2002,9,3
モスクワ観光


モスクワではクレムリン・赤の広場・などなどを見学。
そういえば、観光ってあまり海外旅行ではしてないので変な感じ。
大体は、観光名所は一応見てあとはスーパーとか本屋とか見て楽しむのが私の旅行。

クレムリンでは、イコン画に感動!!
教会中壁も天井もすべてイコン画!!
すごかった〜!

本屋では、安くてびっくり。
ハードカバーの本も、辞書も200円くらい。

ロシア人は、外国文学が好きらしいからか??
物価が安いとも言うのだけどね。

モスクワのマックは、安くなかった。
食パンが20円位、菓子パンが10円の世界で、マックはフィレオフィッシュもビッグマックも均一で大体150円。
セットなんて、350円位!
高ーい。
多分ロシア人にとってマックは安くないのに、店内は大混雑でした。

モスクワの町並みは、趣があって、きれいです。
大きいようでちょっと裏道に入れば静かな街です。

結構お気に入り!

↑街でよく見かける警察。(軍人さんもよく見ました。) ↑イコン画
↑中心地の地下道で演奏している人達。 ↑赤の広場。左にあるのはグム百貨店。奥にあるのはワシリー寺院。
↑殺風景なビル。 ↑街の様子。


2002,9,4
祝・初国境陸路越え


夜行電車でモスクワから、ワラシャワへ…
よくよく考えてみると、陸路で国境越えるのは初めて!
うれし〜!

電車では、船・シベリア鉄道でも一緒だった、大学4年生の2人組と再び一緒でした。
彼らの旅行もすさまじい。
一人は、英語ぺらぺらで、うらやましかった。

陸路は、手続きが面倒なイメージがあったのだけど、すんなり、でも警察らしきおじさんや、お姉さんは怖かった!

ワルシャワでは、泊まらず、バスでトルンという街に行きました。


2002,9,5
ポーランド・トルン


トルンでは、ユースに泊まりました。
(大抵は、ユース・ゲストハウスに泊まる予定。)
学生寮の一部らしく、何となくガラが悪くて怖い。
ドミトリーで6人部屋だったけど、何とその日は、私一人…
広々してたけど、ちょっと寂しい…

トルンは、ユネスコの世界遺産に指定されている街で、とてもきれい!!
でも、バックパックを背負って半日街を回って疲れました。

この日は、ポーランド人の優しさに触れた日でもあります。
まず、トルンの駅で、ワルシャワまでの電車の切符を買おうとしてたのだけど、駅では英語が通じないという噂どおり、通じず…
でも、駅のおばさんが、いい人で、何とかお互いが分かるように一生懸命、諦めずに、笑顔で教えてくれました!!
そして、ちゃんと切符を買うことが出来ました。
次にワルシャワの駅で、乗換えだったのだけど、よくわからず、ウロウロしてると、ポーランド人の大学生が、「Can I help you?」と言ってくれて、一緒にチケットを買ったり乗り場まで連れて行ってくれたりしました。
とても嬉しい出来事でした!
ありがとう!!

↑一人で泊まった広ーい、学生寮ユース。
↑何だか分からないけど、かわいかったので!
↑トルンの駅 ↑トルン駅構内


2002,9,6
ポーランド・ワルシャワ


8時から17時まで、歩きっぱなし!!
モスクワ、トルン、ワルシャワと歩き続け、今後も歩く予定ばっかり!
きっと、私の足は強くなるでしょう!

ワルシャワで思った事、やっぱり私は大きい町が好きかな。
うるさいのは苦手なんだけど、やっぱり刺激がある。
人も、いっぱいいるし、お店もいっぱいあるし…

でも、ちょっと裏道に入れば私だけのお気に入り的?静かないい場所がある。
そのギャップが好き。

ワルシャワも素敵。
でも、ほとんどが復元されたもの。
ナチスに80%以上は破壊されてしまったらしい…
そう思うと、きれいとばかりも言ってられない。


↑大きい街のユースらしいつくり。
↑道端にぽつんと出来上がっていく市。
↑ポーランド風餃子 ↑あるお店の工芸品。とても愛らしい。


2002,9,7
移動日


今日はワルシャワからクラクフ(ポーランド)へ!!!
バスで約8時間!!
もうすぐ乗ります。
行ってきます!!


2002,9,8
ポーランド・アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所


この旅で絶対外せない場所、アウシュビッツに行ってきました。
いっぱい証拠を目の前に見たけれど、たった60年前の事だなんて、信じられない。
ナチス、彼らは狂っていると思う。
でも、今の世界で彼らのようになる人がいないわけでもないと思う。
人間の弱い部分だと思う。
こんな悲しい過去があるのに今でも戦争をしているし、憎みあっている人々がいる。
結局は、変わってない。
歴史から、学ぶことはきっといっぱいあると思う。
私も、もうちょっと詳しく知ってそんな事が2度と起こらないようにしていきたい。



2002,9,9
ポーランド・クラクフ


クラクフのユース!
ベッドがとても狭い。
寝袋がぎりぎり入るくらい。
でも、安いし(約600円)、そこそこ清潔。
ここに3泊。
この日はルームメイトの韓国の女の人と他の日本人とで、ハンガリーワインを飲みました。
韓国の人が、とてもフレンドリーで素敵!!
お仕事(ナース)をお休みして、今は旅行しているんだって。
もちろん会話は、英語で、もうモスクワ以来、ずーっと頭の中が英語、英語。
フランス行く前に、フランス語を忘れそう…(すぐ戻るだろうけど…)

↑ポーランド人のおじさんが行くようセルフサービスの食堂にて。
↑ポーランドの愉快なふたつの道路標識!


2002,9,10
スロヴァキア・レヴォチャへ!


ついに、ポーランドとお別れして、スロヴァキアのレヴォチャに行きます。
朝5時50分の電車で再び陸路で国境越え…どきどき。

ポーランドの印象をまとめると…
街には公園や木など緑が都会でも沢山あるし、お家にもお花がいっぱい植えてあるし、そういう意味では、とてもきれい。(ゴミとかは落ちてるけど)

ポーランドの人は、冷たい人は相当?冷たいけど、優しい人は、本当に優しい〜!
嬉しいこともいっぱいありました。

ポーランドありがとう、さようなら〜!

スロヴァキアまでの電車…
なぜか、途中で一駅分、乗客みんなバスで移動。
土砂崩れでもあったのか?

スロヴァキア国境では、ソロヴァキアの入国管理の警察に、からかわれました。
1年位前までは、スロヴァキアに入るには、ビザが必要だったからだと思うのだけど、「ロシア、フランス…etc、のビザはあるけど、スロヴァキアは??」と言われ、「No」と答えると、「OK」と笑顔で返されました。
一瞬、ビザが本当に必要なのかと思ってドキッとした。

スロヴァキアに入って最初の駅で、クラクフのユースで知り合った大学生の男の子と偶然会ったので、一緒に、私の目的地レヴォチャを観光しました。

この旅、初の日本人と一緒に観光で、複数旅のよさを思い出しました。
やっぱり、1人だと視点が1つしかなくて、偏ってしまうけど、2人で見ると、その人の視点からもその国を見ることが出来て、新たな発見がある。
普段は、入らないような小さい博物館に入ったりして、小さな町の博物館で、貸切でそういう新たな旅の仕方も面白かったし、彼とはちょっと感覚が似てて、彼も、スーパー好きらしく、大きいスーパーがあったので、お互い沢山買い込みました。


↑ポーランドからスロヴァキアへ向かう電車 ↑レヴォチャは小さい街で、ユースがないので、ダブルの部屋を一人で占領。


2002,9,11
スロヴァキア・スピシュスキー城


この日は、朝から寒かった!!
白い息も出てた…
朝はまずホテルから2キロ先の丘の上にある教会に行ってきました。
地図には載っていなくて、ただ丘の上に教会が見えるという状況だったので、井戸端会議中のおばちゃんに聞いてみたら、一緒に途中まで来てくれて、(おばちゃんの家への通り道だったみたい)やっぱり、スロヴァキアの人は優しい!!
教会に登るまでの道とか、並木道?で、とても素敵だったし、教会からの眺めも小さい街を一望できてきれいだったし、そして誰一人そこにはいないし、何だかいい気分でした。

その後、バスで20分の世界遺産のスピシュスキー城に行きました。
結構期待してたけど、期待通り!!
城といっても廃墟なんだけど、私はきれいな城よりも趣があってこういうほうが好き!
ここで昨日一緒に行動した男の子に会える予定だったんだけど、会えず、ちょっと残念…


2002,9,12
予定変更 スロヴァキア・コシツェ・プレショフ


今日、朝5時40分のバスに乗って、駅まで行きそこから、ブダペストへの電車に乗る予定だったのに…
電車時刻は知らないけど、1日3本あるって聞いてたからきっと朝・昼・夕方でしょう…と思っていたのが甘かった。
朝2本夕方1本で、せっかく朝早く行ったもにもかかわらず、朝の2本はすでに出発していた!!

そういうわけで、夕方の便にしようと思ったけど、そうすると夜について危険なので、作戦を立て今日はこの街コシツェを観光してから近くの町プレショフに移動して泊まり、明日の朝の電車で行くことにしました。

スロヴァキアは気に入っていてで、もう1泊したいな、とも思っていたので、まぁいいでしょう!!

↑カラフルなかわいい建物、綺麗なお花の並ぶコシツェ。ステキ〜!!
↑コシツェに似た雰囲気のプレショフ。 ↑プレショフでもダブルの部屋を占領。


2002,9,13
ハンガリー・ホローケー


午前5時01分の電車でハンガリー・ブダペストへ。
なのに、この旅初の雨。
幸い、ブダペストは曇りだったけど。
南に来たはずなのに気温が15℃と表示されてました。
さむい〜!!
ブダペストからバスで、そのままホローケーという村に。
伝統的な家で、伝統的な生活をしているという。
小さすぎて危うく乗り過ごすところでした。
しかも、泊まり先を紹介してくれるはずのツーリストインフォメーションが閉まっていて、どうしようかと、村を歩いて、英語の通じない村のおばあちゃんに助けを求めました。
なんとか、分かってくれたみたいで、ナント!ホームステイが決定しました。
元々は、ツーリストインフォメーションを通じてステイ先を決めるみたいだけど、予想外の私の好きなホームステイでとてもよかった!!

2002,9,14
ハンガリー・ホローケー


ステイ先は、80歳のおばあちゃん。
言葉は通じないけど、日本の写真を見せたり、一緒にご飯を食べたり、優しいおばあちゃんでとても楽しかった!
村では民族衣装を着たおばちゃん達が踊ったり、歌ったり(ちょっと観光地化されてる)。
気になるのは、この村の高齢化…

↑ステイ先のおばあちゃんと。 ↑夕食。卵とスープ。テーブルクロスの模様がステキ!
↑最後の食事に出してもらったけれど、
甘さが微妙で食べきれませんでした。おばあちゃんごめんなさい。
↑それぞれの家に違った模様の穴≠ェ!


2002,9,15
ハンガリー・ブダペスト


ブダペストでは、日本人だけが泊まる日本人宿にお世話になりました。
(ガイドブックには載っていないのに、有名で満員!)
そこが自分の雰囲気にあっていず…
ブダペスト自体も雰囲気がそんなに気に入らなかったので、1拍減らすことに。

ブダペストの王宮でちょうどワインのフェスティバルをやっていて、飲みたかったハンガリーのワイントカイワイン≠飲みました!!
貴腐ワインとは、腐って特別なカビが出来たブドウで作ったワインらしく、とても甘い。
種類も色々あって、全部そのぶどうで作ったものをASZU≠ニいい、その中の等級が3から6まであって、(数が多いほうが高級)5のASZUワインを飲みました。
高級だったけど、本当に甘くて!!!感動!!!
その後、同じトカイワインでも、ASZUではない新しい安いワインを飲んだけど、同じ種類とは思えないほど甘くない…
最初にこっちを飲んでたら、トカイワインはおいしくないと思っていたよ。
ワインの奥深さをちょっと感じました。

↑ブダペストの台所?屋内の常設市場。 ↑ワインフェスティバルの様子?


2002,9,16
ブダペストからブラチスラヴァへ


午後12時25分の電車で移動だったので、朝からハンガリー名物・温泉に行こうとしていたのに…(ハンガリーの目玉!!)
当てにしていた温泉は2004年8月にリニューアルオープン。
その近くのもう一つの温泉も何かトラブルがあったらしく、お休み。
他にも、温泉はあったけど、遠かったり、この日は男性のみの日だったりで…温泉は諦めました!!

ハンガリーが発祥の地といわれているケーキドボストルテ(DOBOS TORTE)≠食べた!
学校で作ったのと同じだった感激〜〜!!

そう、ハンガリー・スロヴァキア間は国境で、電車を降りて、徒歩で国境越えをしてみました。(初!初!)
何となく感激!
しかも、うわさ通り、電車代が浮いた!
直通で行くと約1700円なのに、乗り換えると合わせて400円位!
すごい〜!
でも、この国境越えのせいで大変なことになったのです!
電車はブラチスラヴァに21時21に着く予定で、念の為駅近くのホテルを予約しておいたのに…
私の乗った電車がブラチスラヴァの中央駅でなく、一駅手前の小さい駅に到着したのです…
でも、とりあえず15分位歩きました。(徒歩5分と聞いていたのに!)
さすがにおかしいと思い、ガソリンスタンドのおじさんに聞くと、駅を間違えていたことが判明。
バスに乗って行けると言われ、無賃乗車でバスに乗る。
しかし、終点が中央の駅だと思っていたのに、通り過ぎてしまったらしく、バスの運転手さんに助けられ、再びバスに乗ってやっと中央駅に着く。
そこでも人に聞いて、ホテルを場所を教えてもらう。
その道のりの途中で、予約していたのでホテルの人が心配して探しに来てくれていたみたいでした。
この夜に、会った人たちは、みんな優しく、またスロヴァキア好きになりました。
みんなありがとう!!
そして、とても不安だったよ〜〜!!!


↑ハンガリー名物?ドボストルテ!! ↑ハンガリーからスロヴァキアへ向かう、落書き沢山の汚い電車。
↑ハンガリー・コマロム ↑スロヴァキア・コマルノ
↑上の看板・スロヴァキア語コマルノ。下の看板・ハンガリー語コマロム。 ↑国境の川と、二つの国をつなぐつなぐ橋。


2002,9,17

スロヴァキア・ブラチスラヴァ


ここで1泊だけ泊まったホテル…本当に素敵でした!!
今までは600円から1500円位のところに泊まってきたのに、ここは約3000円で高いんだけど、その分広いし、テレビもあるし、浴槽・トイレ付きだし。
でもそんなことより何より、建物が素敵〜!!
だから、選んだのだけど、私の好きなフンデルトバッサーの建てた建物にすごく似ていてカラフルでなんというか、建物自体がモニュメントのようなのです。
内装も同じ感じで、カラフルそこらじゅうに遊びがあって、泊まってるだけで楽しかった!

この日は、ウィーン菓子の老舗のカフェでケーキを食べました。
ケーキが150円位と、ここの物価にしては高いけれど、この旅で一番おいしいケーキでした。(といってもいまいちだけど…)


↑噂のホテル・派手! ↑噂のホテル室内編。


2002,9,18
スロヴァキア・ブラチスラヴァ


この街には、ギャラリーがいっぱいあるみたいで、ひとりとても素敵な芸術家を発見しました。
たぶん、あまり有名じゃないと思われるのですが・・・
Martin LettrichとMilan Rasla です。
この2人の展示があって、色使いとか、雰囲気とか、私のつぼを突いてきた!
本当に感動した!!
素敵です!

スロヴァキアでは、よくスーパーで食べ物を買っていたけど、その中でおいしかったもの達…
●プチダノンを飲み物にしたようなヨーグルト飲料(500ml 約50円)
●スーパーや肉屋さんにサラダがよく売っているんだけれど、どこにでも必ずある、定番らしきサラダ・"Parizsky Salat"
たぶん、訳すとパリ風サラダ?ハムとグリンピースと玉ねぎなどなどが、入っていて、マヨネーズで和えてある。

明日はバスで、チェコのチェスキークルムロフという街に向かいます。


↑ブラチスラヴァ中心と川を挟んで向こう側にある殺風景な団地郡。 ↑川を挟んだ中心地側。
↑窓がかわいくデコレートされてます。 ↑お気に入りギャラリーのすぐ近くにあった、
お気に入り雑貨屋さんの雨戸の装飾が気に入ったので!


2002,9,19
チェコ・チェスキークルムロフ


この日は、ずーっと移動。
バスで。
隣に座ったスロヴァキアのお姉さん、いい人でよかった!
よくよく考えれば、バスでの国境越えも初だね!!
この国境越えで出国も入国もスタンプが押してもらえず気になる…
大丈夫なのかしら?
確かにスロヴァキアとチェコは元々1つの国だったし。
そういうのいらないのか?
出国の時問題にならないのかちょっと不安。

元々一つの国だったので似てるところ沢山だけど、チェコの方が民主化、発展しているようで、整備具合とか、システム的にとか、馴染みやすいし、(物価だけは馴染めない!!)それに、やっぱり町並みは私のつぼを突く美しさ!!

滞在のホテルで日本人の方とお話。
4ヶ月も旅をしていて、アジアとか回って来た方で、やっぱり私もまだまだ行きたい国が沢山!!と思った。
その方は、公園とか町整備といった環境系≠フ仕事をしている方で、旅の視点もそういうところがあって、新たな見方を知れたし、歴史にも詳しくて、色々お話を聞かせていただきました。

この宿、ネットフリーだし、部屋も清潔で、きれいだし、居心地いいです!!

↑チェスキークルムロフの居心地の良いゲストハウス。


2002,9,20
チェコ・チェスキークルムロフ


せっかく素敵な街なのに、日中は雨、、、。
ここは世界遺産の街で、夏の洪水ではかなりの被害に遭ったようだけど、今は復
旧してます。
小さい街なので、雨が降る前に、地図に載ってないその辺の路地をお散歩し、雨
が降ってきたので美術館へ。
現代美術が好きで、その言葉だけでついふらっと入ってしまうけれど、今回は
HITしなかった、残念。
また晴れてきたので、今からおでかけです。


↓本当に綺麗な風景たち。


2002,9,21
チェコ・ブデヨビツェ


おおおおー!ここのパソコン(CESKY KRUMLOV の 宿)、日本語が、打てる!!!!
何て感動的!!
今日は、Ceske Budejovice まで、バスで行きました。
ここは、あの有名な、バドワイザーの、生まれた土地です。(元祖がこっちで、アメリカのが、こっちに由来している、らしい)
街並みは、私好みの、カラフルな可愛らしいもの。
塔からの、景色がすてきでした。

その街からの、帰りのバスターミナルで、同じ、CESKY KRUMLOV に、向かう日本人の女の方と、お話。
彼女も、私と同じ宿に、泊まる予定という事で、一緒に行き、同じ部屋。
なので、さみしかった5人部屋が(2泊は1人だった)、ちょっと、にぎやかになりそう!!

その後、CESKY KRUMLOV を、散策していると、日本人の男性に、話し掛けられ、私の持つささやかな情報を、お話。彼は、社会人で、9日間の旅行。会社には、泊まるホテルやその電話番号まで、提出しなきゃいけないとの事。社会人って、大変だと思う・・・。

そういう感じです。今日は、日本人とお話、いっぱいした日。
今も、日本語打ってるしね!
明日、本当は、プラハに、行く予定でしたが、同じ部屋方も、プラハに行くという事で、同じ日程にすべく、もう1泊、増やしました。
この宿も、街も、気に入っているしね。
明日は、何しようかなぁ。

↑教会前の広場にあった小さい地元の市場

2002,9,22
乗馬


約1000円で、乗馬が1時間、ということで、挑戦!
初めてなのに、前後にベテランの先生?がいるだけで、一人で馬に乗る。
度胸のない私は、どきどき。
でも、馬が、すごく、利口。
ちゃんと、私が何もしなくても、前の馬についていってくれる。
ずーっと、ゆっくり、草原や、林の中を走る。
風景も、乗り心地も最高!!!!
途中、2・3分、速く走ったりして。
それは、さすがに振り落とされそうで、恐かった。
でも、楽しかった。
いい経験をしました。

でも、お尻が、床ずれみたいになって、痛いよーーー!

2002,9,23
チェコ・プラハへ


朝6:30のバスで、プラハへ。
旧市街などをみる。
名物の仕掛け時計の正時のからくりが、???という感じ。
でも、時計自体は素敵。

久しぶりに、日本人と一緒に行動。
一人とは、違った楽しさがある。
旅のお話もたくさん聞けて!!
どんどん、行きたい国が増えていく!!
私には、時間が足りない。

この日記で、やっぱり大きい街が、好き。
と、書いたけど、そうじゃないみたい事が、どんどん判明。
この日記に私が書きたいような事が、思いつかない。
なんというか、たんなる観光以外に、何も無い。
発展してるからと思う。
ちょっと、物足りない。


↑プラハ名物・しかけ時計。 ↑プラハのゲストハウス。人気のようだったけど
ダニ大量発生事件があったとか…

2002,9,24
チェコ・プラハ


プラハ観光メインの日。
プラハ城に、行きました。
大聖堂が、大迫力。
ノートルダムっぽかった。
プラハと、ブダペストが似てるって聞いてたけど、
本当に、似てる。
プラハの方が、こぎれいで、私の好み。
プラハは、予想より、大都会。
西欧化されてる、っていうか。
英語も通じやすいし、街も綺麗だし、システムとかも、きっとそう。

洪水の傷痕が、川沿いには残っていました。

↑大洪水の跡が残る。 ↑近代化の証?デポジット制の」ビンの回収所がスーパーに!


2002,9,25
トゥールーズへ


今日は、1日、雨降りの模様。
ついに、チェコでは、晴れっていう日はなく・・・・
16:30のバス(大型・快適・トイレ付きのEUROLINES)で、TOULOUSE へ。
明日の18:00に到着予定。
楽しみ。
こっちは、セーターにジャケットを着るくらい寒いけど、TOULOUSEは、暖かそう!!

今回の旅で、また、色々な国に行きたくなりました。
やっぱり、西欧は、もういかなくてもいいけど、バルカンとか、バルト3国とか、アジアとか。
未知な方に行きたい!
西欧だと、きっと、街は綺麗だろうけど、発達しすぎてて、現地の人と、話さなくても旅行できるけど、それって、つまらないし。
今回は、ロシアとスロヴァキアが、お気に入りでした。
また行きたい!!
ロシアで学んだ事。
ロシアでは、英語がほぼ通じなかったけど、
やっぱり、お互い、言葉が通じないと、分かっているから、なんとかして、相手を理解しようという気持ちが、お互いあるから、いいコミュニケーションが、とれるんだな、と。
でも、それは、言葉が通じる時も、そうなのであって、
そういう気持ちを、いつでも持っていたいと、思いました。

これから、フランス。
旅とは、違うと思うし、ここからが、本番といえば、本番。
がんばるぞ!

旅で、お世話になった、たくさんのひと。
本当にありがとうございます!!!!!!!!!