| 引き裂いて。 噛み砕いて。 握りつぶして。 壊して、殺して、喰らって。 ぬるりと纏う血に嗤って。 吼える。 満ちる瞬間は訪れない。 胸に開いた虚にどれだけの魂を封じようとも。 光を弾いていた黄金の髪は、どろりとした暗赤色。 死穢を、己が屠った魂を端から封じ込んだ躰は、土気色。 それでも、止めることが出来ない。 止めることなど、思いもつかない。 足りない。 足りない。 |
| 殺神 | |
ぶうんと振り抜く剛剣は、既に雷光を帯びていない。 神性などとうに失ったと、自嘲するこころなど残っていない。 一匹のバケモノは、ただ目に付く全てを屠る。 以前は、何かを探してこうしていたような気がする。 だが、それももう思い出させない。 男は神だった。 大地を守護する四神が一、青龍。 東方と春を司り、雷光を使役する。 神「だった」。 時の朱雀の謀、此方と彼方を繋ぐ「地獄門」を開き、這いだしてきたバケモノ共に驕り高ぶった人間を一掃させ、改めて神の手による清らかな統治で世界を治めよう。 明らかに病んだ計画。 自らが善と疑わない狂人のそれ。 自らが神であると驕った故のそれは、同じ「神」によって破壊される。 朱雀は自分の手で彼方と此方を混ぜるために、様々な札を各地に巻いてきた。 破壊を殺戮を死を招き、地獄門を顕現させるために。 絶望しか見えない汚れた世界を一刻も早く壊し、新たな世界をうち立てるために。 その札の一枚は、青龍へ割り振られた。 正しくは「青龍を宿す巫覡」へ。 仕組まれたと言うにはお粗末に過ぎる、偶然性の高いそれに巫覡は乗った。 孤児である(それは巫覡が「青龍」を宿しているため)自分を育ててくれた師、共に育った兄姉。 巫覡を取り巻く最小単位の、それしか知らない幸福を取り戻すために。どんな形であろうとも。 自らが青龍を宿しているとは露知らぬまま。 青龍を宿しているが故、師に拾われたとは知らぬまま。 ただただ、失われた破片を集めてもう一度幸せの形を取り戻すために。 そしてそれは為しえなかった。 幸福の女神は指先を掠め走り去り、代わりに死神が全ての命を刈り取り、巫覡の元には何一つ残らなかった。 否、残されたものは僅かにふたつあった。 兄に殺された姉の亡骸と、命数尽きた死骸を自らの飼い犬に喰われていた兄。 巫覡のこころは死に、青龍だけが残された。 巫覡と混じり合うことなく、世界を哀れむこころなどない、ただただ虚だけを抱えた青龍が。 足りない。 足りない。 巫覡を殺す札を切った朱雀を殺し。 地獄門を開き。 這い入るバケモノ共も、怯え惑う人間共も、区別なく目に付いた全てを屠り殺し。 「足りねェよォう」 胸の虚を埋めるため、種類の別無く魂を封じていく。 その度に、神性を汚す死穢を取り込みながら。 足りない。 足りない。 「哀れな…」 したり顔で現れた黄龍も殺した。 それは、誰かではあったらしい。 誰か―――――巫覡が探していた欠片のひとつ。 だが、そんなことはもう解らなくなっていた。 解らなくなっていたし、どうでも良かった。 青龍にとっては。 ただ殺す。 殺して喰らう。 胸の虚に封じて、死穢とする。 神も人もバケモノも。 全てはただの死穢。 混ぜ合わされたそれらは、青龍に怨嗟の声を上げ、内側からその身を裂こうとするが、そんなことはどうでも良かった。 青龍にとっては。 足りない。 足りない。 殺す。 殺す。 満たされない餓えを満たすため、殺す。 目に付いた全ては壊し屠る。 何故かはわからない。 ただ、そうするためにそうする。 殺すために殺す。 封じるために封じる。 穢れるために穢れる。 神性を失って尚。 悪辣な一匹のバケモノに堕ちて尚。 「足りねェ…足ァりねぇよォォォう」 何が足りないのか、否、本当に足りていないのか。 死穢を、発狂しても尚取り込み続けた青龍には、もうそれすら解らない。 ただ。 「足りない」と。 唯一残された言葉を吐き、吼え。 たったひとつだけ残された本能に従い、殺す。 どれだけ殺せば満たされるのか。 殺すこと自体が、満たすことに通じるのか。 それさえわからないまま。 餓えたバケモノは、目に付くすべて屠る。 人獣妖何の区別なく。 目の前で動くすべてを。 屠る。 屠り続ける。 以前、神であったバケモノは。 屠る。 |
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E. |