玉川温泉湯治記 2002年6月26日〜7月4日

6月26日(水) 天気:快晴 
【同年代Cancer Friend】
AM、会社(10年来お世話になった上司が転勤)に挨拶。メール返信などしていたら出発がお昼になる。朝から鼻詰まりで少々熱っぽい。今日は出発が遅かったので北上江釣子から自動車道に乗る。夕方5時過ぎ玉川温泉着。自炊部受付で受付けを済ませる。「今日は遅いから来ねど思ったぁ」ともう馴染みになった従業員にからかわれる。布団や野菜ジュース材料やらたくさんの荷物を降ろし、今日まで自炊部相部屋で湯治しているaja(hiro改めryusei改め:そうです、沖縄の彼です!)を訪ねる。6日振りの再会である。長身で坊主で茶髪の彼からいつもの優しそうな笑顔が覗く。彼と初めて会ったのは2週間前、玉川で2週間揉まれた?彼は心身共にとても逞しく変貌していた。玉川の素晴らしさを存分に吸収し満足感すら伝わってくる。
夜はジュン(ひさゆき君☆バスドリル)と3人ですり鉢で岩盤浴。同年代の癌少年3人は星空の下、病気のことに留まらず、仕事のこと、人生のこと、女の子のこと(やっぱりこれが一番盛り上がる?)・・・酒も入っていないのに大いに盛り上がり、『5年後ajaの故郷沖縄で泡盛を飲もう!!』という誓いを立てた。勿論、皆癌を克服し超バリバリのオヤジになってるけどね(^^;)

6月27日(木) 天気:快晴
【また絶景ポイントへ@3回目】
朝、源泉前を散歩中素敵な情報を得た。(これは内緒です。気になるでしょ〜でも内緒なのだ〜)
自炊部調理場で野菜ジュースの仕込をしていたら、肺癌を克服した超大先輩T氏が岩盤に行く途中水を汲みに来た。前回湯治でも2度挨拶程度しか交わしておらず、色々お話し伺いたいのだが運もなく、タイミングも悪く・・・有名なお人だけに自分から病気のことや湯治のことを相談するのも悪い気がして今日も結局挨拶だけ。「また来てたのかぁ」と・・・でも超大先輩に顔覚えられただけでもいいや!

お昼はジュン、aja、同室の千葉のK氏と4人で玉川一望出来る絶景スポットへ。僕は3回目だが彼らは初体験、感動仕切っていた。前回さちさん(SACHI ROOM)達も凄く感動してたあの絶景スポットだ。(今回は写真撮影はジュンとajaにお任せ:見たい方はこちらを見て!)
何度来ても何度見ても気持ちイイ!!最高だ!!病気にならなければ今頃仕事仕事でこんな感激もせずに年とっていったんだろうなぁ。そう思うと僕もなかなか幸せ者だなぁと思う。PM5時、田沢湖駅行きの最終バスにajaが乗り込む。別れ際ガッチリと握手を交わし9月の再会を誓った。

6月28日(金) 天気:快晴
【医者の言う余命なんか糞くらえ同志 トム&ジュン】
このタイトル、どこかで聞いたことない?似てない?!あのネコとネズミのあれに・・(寒)
トムとは私tomのことで、ジュンとはご存知◆◆バスドリル◆◆のジュンである。彼とは3月の湯治のとき、僕の最終日に初めて出会った。今に思えばあの出会いも運命的な、決して偶然ではなく必然的に、会うべくして神に巡り会わされたのだろう。僕は治療(西洋医学)をしても根治は望めず、「5年先は考えないでくれ」と医者に言われている。そして彼もまた西洋医学に「余命1年」と言われた男だ。ある意味医者に死刑宣告を受けた者同士なのだが、そんなことはお互い糞としか思っていない。僕もジュンも食事療法を徹底し、玉川湯治を含めた自然療法で癌の自然退縮、自然消失を目標にしている言わば同志である。
彼はこれから先1年間、田沢湖にアパート(かなり広い部屋数で別名【ペンション・ジュン】という)を借り、父親と一緒に湯治をしようと頑張っている。可愛い愛する彼女のために・・・
医者から見離された状況、今後の闘病の考え方・・年齢までも一緒だ。これからお互いこの玉川という戦場での癌と闘う、言わば戦友でもある。お互い1年後には笑い、3年後には吉牛の大盛りを食べて、5年後には沖縄に行こう!!
今僕はあるイメージを高めているところだ。そう、以前1日だけで挫折した尿療法。区切りのいい7月1日から実践しようと今、おしっこに対するイメージを一新させようと努力している。今日ジュンも道連れにした。いい機会だ。アイツがやっているのなら・・・そう思えばお互い頑張れるし。おしっこまで飲めば絶対治るって思えるんだ。とにかくやらにゃあかん。飲まにゃぁあかん。。。

【心の師匠 T氏】
僕には心の師匠と仰いでいる方がいる。以前日記でも紹介したが玉川湯治の大先輩T氏である。実は彼とは一度も面識がないのだ。3月の湯治でT氏の壮絶な湯治の話しは聞いていた。かなり卓越した理論、そして信念で癌をほぼ克服した方である。5月にはそのT氏から突然のメール!!びっくリした。マジで驚いたー。偶然『ピノコの部屋』を御覧になってメールくれたそうだ。以後、何度となく玉川湯治の極意、心の持ち方、食事療法、尿療法への気持ちの持っていき方等等、多岐に渡りアドバイス頂いている。
そして今日、宅急便で荷物が届いた。送り主を見るとT氏だ。中にはT氏推薦の2冊の本と本のコピー。何と万歩計まで入っている。本の表紙にはT氏からの激励とも受け取れるコメントが記されている。T氏との出会いは、偶然ではなく必然的だったのである。そう、僕が癌を克服するために・・・
T氏の恩に報いるためにも、絶対克服しなければいけない。Tさん、本当に有り難うございます。そして万歩計で世界一周を果したとき、僕の癌は完全消失しているイメージ、僕も強く感じました。

【頑張れ、chikaちゃん!!】
今日はピノコファミリーの末娘、chikaちゃんの手術日。
chikaちゃんとは去年の6月、『ピノコの部屋』の訪問者が1日10人(その殆んどが自分)程度の頃からお付き合いさせて頂いている。25歳とまだ若く、妹みたいな存在。去年暮れには同時期入院でお互い病室メールし合い励ましあったりもし、先月は遠く玉川温泉でのオフ会まで参加し元気な姿を見せてくれていた。そんな彼女の今日は手術当日です。ここは携帯の電波も届かないから励ましのメールも届きはしない。だったら強く念じれば、強く祈ればきっと何かが伝わる筈だ。僕は決めた。あの痛く辛い源泉に自己最長時間入浴しながら、彼女の手術の成功と今後の経過良好をお祈りしようと!心身共に1日も早い回復をお祈りする。頑張れ〜!

6月29日(土) 天気:晴れ

【別れと再会そして新たな出会い・・】
ここ玉川で長期湯治をしていると、必ず体験する出来事がある。一つは新たな出会い、別れ・・・そしてお互い元気であることを身をもって証明できる機会、そう再会である。今日は5〜6月と大変お世話になったDさんが帰る日である。この32年間でDさん程朗らかで明るく、そして周囲への気配り目配り声配りが出来る方は見たことがなかった。本当に素晴らしい人。今度は9月、10月に再会できる。次の再会もまた玉川湯治の楽しみの一つでもあるのだ。みんな元気に、今よりも元気な姿で会えることが何よりも嬉しいし、自分にとっても励みになるのだ。

昼前、岩盤で岩手のK氏と知り合う。K氏は癌ではないが肝臓が悪く、食事療法や色々な薬草をミックスさせ煎じたり、また自己流ではあるが気功やヨガとかもやっていらっしゃる方だ。1時間ほど話し込み、K氏のそのスタイル、人間性にすっかり惚れ込んでしまう。今後のお付き合い、またの再会をを約束する。K氏は日帰りだったので昼過ぎに帰っていった。

午後は、去年11月に岩盤で偶然隣り合わせ、それまで新玉か車中泊専門だった僕の湯治を、玉川自炊部に導いてくれた岩手のNさんが訪ねてきた。見た目では去年と変らずお元気そうである。でもご本人はあっちこっち痛い と言っていた。先日は岡山までピーチさんを見舞いに行かれたそうだ。ピーチさんの病状が心配だ。ピーチさ〜ん、もし見ていたら元気な声聞かせて下さ〜い!!

【満天のお星様の下で】
夜はジュンと新玉川で会食。肉はもう食べたいとは思わないのだが、こういう場では魚料理にはつい手が出てしまう。でも久々に食べる魚は美味い!!そう思えること自体、きっと身体にはいいのだろう。そう思うことにした。まだtom式食事療法は完全に確立していない。8割というところだろうか。一つだけ心に決めていること。それは、何を食べるときでも感謝の念を忘れないこと。そして何を食べるときも薬になると、白血球を高めて癌を攻撃するんだとイメージすることだけは忘れないようにしよう!
ジュンの部屋で一休み後、すり鉢&大噴前で岩盤浴。ジュンは途中で帰ったが僕は満天の星空の下でオールナイト岩盤!今夜は最高にキレイ。流れ星も数え切れない。人工衛星だって見えるんだ!!


6月30日(日) 天気:快晴  28000歩

【焼山初登山 後生掛温泉〜玉川温泉縦走】
今日も快晴、こういう日は紫外線も強烈だし日中の岩盤浴は極力さけている。去年から焼山登山を夢に描いていた。後生掛からのコースで約3時間半で縦走できるそうだ。僕の若さと体力、絶好調の体調を考えれば問題ないとは思うのだが、単独登頂は熊が恐く、いつも見送ってた。ajaが9月に来たら登ろうぜと約束したが、でも秋まで待てない。ラジオつけながら歩けば熊避けになるし、出くわしたらそれもまた運命だ。ごちゃごちゃ考えるよりもとにかくこの聖なる玉川を生み出した偉大な山、『焼山』を拝みたくて、僕は10時21分発の八幡平行きのバスに乗り込んでいた。(玉川温泉〜後生掛温泉¥710、八幡平までは¥970)

 
 


念願の焼山登山、登山口入り口は後生掛温泉の大浴場の傍を通って行くので少々分かりづらい。
国見台(後生掛〜2.2km、名残峠へ2.4km)を約45分で通過、振り返って見ると遠く大沼やスタート地点の後生掛温泉が遥か下方に見える。大きな岩がゴロゴロした道無き道を簸たすら歩く。晴天が続いていたため、足場が良かったのが救いだ。
 


途中根曲がり竹の子が道端にたくさんあり、思わず夢中で竹の子取り・・・
(玉川付近ではもう時期が過ぎているが山頂に近くなると標高が高いのでまだまだ食べ頃だった)
途中うぐいすやカッコウなど様々な野鳥達、イワカガミなどの高山植物の歓迎を受けながら山頂を目指す。
  


スタートから約70分(後生掛温泉〜3.1km)でようやく第一関門の毛せん峠に着く。
ここからの景色は最高である。遠く玉川ダムまで見えるのだ!!素晴らしいの一言しかでない。
毛せん峠で昼食を取り、最終目的である名残峠を目指す。(玄米おにぎり&岩盤蒸かしじゃがいも)
   

   


鬼ヶ城というゴツゴツした岩から沼を見ることができる。この沼からは牛蛙が煩いくらいだった。
 


13時半、後生掛温泉出発から約3時間(途中40分ほど休憩や写真撮影)。
ようやく名残峠に到着。右手には玉川の湯の川と似た色の噴気孔の湯沼がある。いつも遥か下から眺めていた焼山山頂(名残峠)である。
 


遥か下方には新玉川橋、手前には玉川温泉建物が見える。ズーム目いっぱいしてるのでデカク見えるが本当はもう少しは小さく遠くに見える。これぞ玉川を征服したぞ!!という感激がある。気持ちいい、爽快だ!!
みんなあそこで命掛けてやってるんだよな。本当にここは素晴らしい。みんな良くなぁ〜れ〜P(^^)Q
右の写真は名残峠からの山道(とても滑り易い道でロープにつかまって降りた)
 


下りはぶなの原生林の中を降りる。
 

熊が恐くてつい急ぎ足になってしまった。普通3時間半位で縦走するルートを2時間途10分で歩いた。
下り途中笹薮がガサガサ動いた。人の気配はしなかった。熊と出くわしたら走って逃げたりするのはご法度だが、やはり恐くて思いっきり走って逃げてしまう。熊の姿を確認した訳ではないけど、あれは絶対熊だと今でも思っている。コワッ!折角熊避けにと左手に持って歩いたラジオは、途中で水溜りに落として壊してしまい使い物にならず・・・次回からはリュックに鈴を付け万全の熊対策をして、のんびりと歩きたいものである。
今回は比較的楽な後生掛コースを選んだが、次回は玉川温泉から後生掛を目指すコースを歩こうと思う。


7月1日(月) 天気:くもり  6949歩
【尿療法始める】
おしっこは汚物ではないんだ。血液が濾過された命の水なんだ!
書物を読み頭では理解しているのだが、なかなか行動に移せなかった飲尿療法。イメージを高めつついよいよ今日から始めることにした。
心の師匠T氏から尿療法の本をお借りし、また実践に向けての激励の言葉・・・
「お金はいらない、いるのは気合いだけ」
そう、最後は生きるも死ぬも気合いだけだよな。便所は臭い(竹の子の便所は特に)ので表の空気の美味しい所で紙コップに採取し飲むことにした。飲む前に深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。イメージは家族のことだ。自分が癌に負けてしまったら妻や子供は・・・?彼らを絶望の淵に立たせる訳にはいかぬのだと!!
100cc(紙コップ8分目)を思い切って二口で一気に飲む。ちょっぴりしょっぱい。生温い海水みたい?
飲んだ後、やはりおしっこの匂いがする。おしっこを飲んだんだという嫌悪感からついリバース。情けない、本当に情けない。嫌悪感と情けなさで涙が出そうになる。が・・・自分を責めるのは止そう!まずは初日、飲んだ自分の勇気を称えよう。ジュンも今日から試してみたらしい。僕が誘っておいて止めるのも格好悪いし、頑張らねば!

夜、家に電話したら高校時代の友人から電話があったらしい。「入院しているって聞いたけど・・・」という留守電に入っていたみたい。僕の病気のことは一部の友人しか知らない。誰から聞いたのだろう。少しショックだ。心配されるのは嬉しいけれど同情はされたくない。陰噂話されるのもご免だ。だから今までは極秘にしてきた。家族のこともあるし・・・でも気にしたって仕方ないものな。今はとにかく治すことに全力投球なのだ。ミクロなこと気にしてたら癌なんて倒せない。

7月2日(火) 天気:雨  8728歩−17.5km
【尿療法2日目】
今日は今回湯治で初めての雨模様だったが、朝の一番搾り「尿療法」は決意通り実践した。雨の中表に出て飲む。昨日は戻してしまったので今日は絶対戻さないことを目標に挑んだ。そのため、咽喉に免疫機能のレセプターがあり、うがいや水飲みは効果半減するからやらない方がよいのだが、慣れるまでは何でもありにしようと思う。飲んだ後、水をがぶ飲みしたものの、昨日とは比べようにならない程嫌悪感が少ない。これなら明日からもいけそうだ。もう治るイメージしかわかない。何だか「僕はおしっこを飲んでいるんだぞ!これだけやってるんだから癌なんてちょろいもん。」そう思うとすごい気分がいい。落ち着く。体調も尚一層良く感じるから不思議なものだ。

7月3日(水) 天気:雨 
【湯治の話し】
今回の湯治記は、全然湯治の話しを書いていなかったぁ。今日も雨模様で、朝晴れ間をみて大噴前で岩盤浴。源泉入浴も順調にこなしている。赤いブツブツも今回は3日目くらいからかなり出始めて、今がピークかな。かなり凄い、痛い。今回は敢えて目標時間を設定しないことにした。時間を設定すると達成できなかったとき、自分を責めてしまうから・・・たとえ満足行かなくても、全て順調に進んでいると自分に言い聞かせている。

7月4日(木) 天気:快晴
【偶然ではない、必然だ。運命を感じずにはいられない!】
今日は最終日である。明け方まで降っていた雨も朝にはすっかり上がる。今日は千葉のKさんが帰る日。朝バスを見送ってから大噴前で岩盤浴。岩盤浴には順番などちょっとしたルールみたいなのがある。大噴前もそうだ。通路に木作りの長椅子があるのだが、その辺で自分の順番を待つのが暗黙のルール?!僕の隣が3分ほど空いているのに待っている数名は何故だか入ろうとしない。そこに、前出の超大先輩T氏が「ここ空いてるよな」と入ってきた。そしたら何分も入ろうとしなかったオバサン達が「そこ順番なんだよ!」と抗議してきた。T氏は「だったら何で直ぐ入らないんだ!!」と猛攻撃!その通りである。またしてもT氏と話す機会が遠ざかる。T氏は端の方でやっていたが、気がついたら居なくなっていた。

岩盤を終え、沢の脇の駐車場から車を動かそうとしたら、何と左後輪タイヤがパンクしているではないか。元々かなり磨耗していて、そろそろ変え時かなと思っていただけに、走行中でなかったことが不幸中の幸いであった。取り敢えずスペアタイヤに履き替える。車を旅館前の駐車場に移動し、荷物を積み込む。そして新玉にいるジュンを訪ねたが既にチェックアウト後でいなかった。実はこのタイヤパンク、タイヤ交換、ジュン不在が運命のときのプロローグだったのである。何と、新玉からの帰り道、自炊部前で風呂上りのT氏とバッタリ会ったのである。
tom「もう帰るんですか?」
T氏「俺今日で帰るから。次は8月、10月、12月だ。」
tom「病院とかあるんで僕も今日帰るんですよ。また10日から来ますけど・・」
そんな会話を一言二言した後、T氏が「どこ悪いんだ」と聞いてきた。「肺に転移して・・・」
「なんだ、俺と同じじゃないか!」
ここには書き切れないほどの有効なアドバイスを頂いた。
自ら癌を克服され大先輩の説得力ある生の言葉。T氏のこれまで8年間の湯治方法やら、癌友の話しなど短い時間ではあったが聞くことができた。また一つ僕はレベルが上がったような気がする。

夜は、パンクもしたことだし、ゆっくり帰ろうと思い急遽夕方出発することにした。夕食はペンション・ジュンでシェフオーナーが持て成してくれた。玄米菜食の美味しいメーニュー。ジュンパパ、ご馳走様でした!!