まん丸お月様
 

半月の夜のことでした・・・。
誰もが寝静まった真夜中の頃、スギゾーさんは早足で街角を歩いていました。
「あ〜あ、今日もこんな時間かぁ・・・。」
左手の時計を見ながら、かるく口の中で舌打ちをします。
毎日毎日、スギゾーさんはお日様を見る時間に家には帰れません。
会社は家からずっと遠くて・・・。
最終電車を吐き出されるように追い立てられて、暗い夜道を帰るのです。
 
ポツポツと建ち並んだ家の間を抜けると、
月明かり照らされた空間が目に入りました。
まだ新しい住人が住み着かない空き地は、銀色に輝くススキ野原。
スギゾーさんを誘うように手招きをしました。
 
「いつの間にか、秋が来たんだなぁ〜。」
 
空き地の片隅に腰をかけて、スギゾーさんは夜空を見上げました。
雲一つない空に、子供が握ったおにぎりのような半月。
ポッカリとが浮かんでいました。
月を見上げる事なんていつぶりでしょう?
首が痛くなるほど見つめていました。
「さてと、帰るとするか。」
カバンを拾い上げポンポンと底を叩きます。
すると・・・。
 
「あ〜、忙しい忙しい・・・。」
 
誰かが小さな声で話しています。
スギゾーさんは慌ててキョロキョロ辺りを見回しますが、相変わらずススキの穂が揺れているだけでした。
空耳だったのでしょうか?
首を傾げながらスギゾーさんは空き地をあとにしました。
 
 
そして次の日も、スギゾーさんは月明かりに照らされる空き地を訪ねました。
柔らかい枯れ草の上に腰を下ろすと、じっと耳をすませました。
「あ〜、忙しい忙しい・・・。」
「ホントにもう、コレじゃあ間に合わないわ・・」
 
今夜もまた、不思議な声が聞こえてきました。
昨日よりも少しだけハッキリと・・・。
もっと聞こうとスギゾーさんは声のする方向に身体を向けますが、いったいどこから聞こえてくるのかさっぱり分からないのです。
小さな声の主は、スギゾーさんよりも遅くまで仕事をしているようです。
 
「いったいどこの誰なんだろうな?
 こんなに遅くまで仕事をしてるなんて。・・・」
 
見回せどもススキの群生以外、何も見えません。
今夜もスギゾーさんは首を傾げて帰りました。

 
 
それからしばらく、スギゾーさんは不思議な声を聞くことはありませんでした。
次の日から雨模様になったので、スギゾーさんは空き地に立ち寄ることなくまっすぐに家に帰りました。
 
 
そして雨の上がった日の夜のことです。
今日は仕事はお休みです。
スギゾーさんはいつもより早い時間に空き地に出かけてみました。
夕焼けの向こうに、大きな丸い月がゆっくりと顔を出しました。
するとまた・・・。
 
「もしもし、準備は良いですか??」
「はいはい!こっちは準備完了ですよ。」
 
いつもの声が聞こえてきました。
スギゾーさんは思わず立ち上がって、辺りを見回しました。
ススキが穂を白く染めて、まるで動物のしっぽのようです。
その中をかいくぐるようにスギゾーさんは歩き回ります。
でも、誰もいないのです。
「誰なんだぁ〜〜?」
くたびれてゴロリと枯れかけた草の上に寝転がります。
スギゾーさんの目の中に、まん丸なお月様が飛び込んできました。
そして・・・、お月様の中で飛び跳ねている2匹のウサギの姿も・・・。
「あっ!?」
スギゾーさんの目の前に、2匹のウサギはねじりはちまき姿で現れました。
どこからかプーンとお米を蒸す甘い匂いが漂ってきます。
 
「さぁ、はじめよう!」
2匹のウサギは手際よく臼に餅米をうつすと、ぺったんぺったんと餅つきを始めました。見る間に臼の中は真っ白いお餅があふれてきます。
1匹がくるりとつき上がったお餅を運びあげて、手際よく小さくちぎっていきます。
そしてまた、餅つきが始まります。
 
スギゾーさんはぼんやりとその光景を見ていました。
「満月にウサギがお餅をつく・・・。
 子供の頃にお婆ちゃんからよく聞いたなぁ・・・。 」
 
山のようにつきたての餅が出来上がりました。
2匹のウサギは満足そうに微笑むと、足をトントンと踏みならしました。
すると、どこからやってきたのでしょう?
沢山のウサギが、耳の間にお餅をのせて運んでいます。
アッという間にお餅の山はなくなってしまいました。
 
最後にひとつだけ、お餅が残りました。
 
ウサギたちはスギゾーさんに手招きをしました。
「えっ??」
ビックリして起きあがると、そこはいつの間にかウサギたちがいる月の上。
ススキの茂る空き地は、足下に遠く見えていました。
見渡すと銀色に輝いている広場の真ん中に、大きな臼と杵。
まだ釜戸の上では真っ白い湯気が立ち上っていました。
 
「ようこそ、いらっしゃいました」
2匹のウサギはぴょこんとお辞儀をしました。
あわててスギゾーさんも、ペコンとお辞儀をします。
 
「いつも気にしていただいて、ありがとうございます。」
「おかげさまで、無事に大仕事が片づきました。」
 
「大仕事って・・・?」
 
「月に住むウサギは、満月の夜にお餅をつく当番があるのです。」
「今夜は私たちが初めてこの仕事をすることになっていました。」

耳をゆらゆらさせながら、2匹のウサギは話します。
 
「でも、うまくできるのか心配で・・・。」
「毎日ここで練習をしていたんです。」
 
「あ〜、それがあのときの声なのか。」

スギゾーさんが聞いた小さな声の主は、このウサギたちだったのです。

「今日は大成功でした、お餅もうまくつけました!」

鼻をモゴモゴ動かしながら、2匹のウサギは得意そうな笑顔を見せます。

「それで、お礼といっては失礼ですが、
私たちがついた初めてのお餅を食べていただけませんか??」
 
差し出されたお餅は、ふっくらとして、つやつや光っています。
スギゾーさんは思わず手がでてしまいました。
「喜んでいただきます」
パクリ!!
甘いような懐かしいような香りが鼻を抜けていきます。
子供の頃に、家族揃ってお餅をついた記憶がよみがえってきます。
スギゾーさんを囲んで、みんな笑っている。
胸がいっぱいになって、鼻の奥がツーンと痛くなりました。
ゴシゴシ、慌てて服の袖口で目をこすりました。
 
「あれ?」
気がつけばスギゾーさんは空き地の真ん中で1人立っていました。
舌の奥には、まだ甘い感触が残っていました。
 
「たまには家に電話でもしてみるか?」
 
降り仰ぐと、ピカリと光ったまん丸お月様。
頷いたように見えました。
 
おしまい


  
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