週刊ディアス掲載作文・少年A自筆・酒鬼薔薇挑戦状比較

少年Xは少年Aか,少年Aは酒鬼薔薇か

2002/01/27 アップ04/08追記

『週刊ディアス』2002/1/31号表紙

週刊ディアス2002/01/31号の『スクープ!あの「酒鬼薔薇」が今春!極秘出所する!』と称する特集で,関東医療少年院に講師で出張した児童文学者・森忠明が「Aだと思った」少年(以下「少年X」)から入手した作文を一方的に暴露し,それにディアス編集部が「酒鬼薔薇の犯行声明文との漢字の書き癖が酷似している」等コメントしています。本当に「酷似している」のかどうか,ディアスがピックアップしている部分以外から相互比較しておきます。ただし問題の作文の全体イメージをここにアップすることはしません。どうしても見たい方は週刊ディアスのバックナンバーをどうぞ。
以下,少年Aの中学三年当時の作文「三年生になって」を(A),神戸新聞に送られた酒鬼薔薇名義の挑戦状を(B),週刊ディアス掲載の少年Xの作文を(C)とします。

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*4/08追記を追加。


1.少年Xは酒鬼薔薇なのか

1.1週刊ディアスが「酷似している」といっている文字

週刊ディアス2002/01/31号「筆跡比較」表

週刊ディアス当該記事に載っている文字の表。(B)と(C)を比較。「このときの文字は筆跡がばれないよう,わざと直線的に文字を書いていた。しかし漢字の癖などは右の作文に酷似していることが分かる」とコメントしている。

1.2.細部に注目すれば,上の文字は必ずしも似ていない

週刊ディアス「筆跡比較」表の相違点

ディアス編集部は「酷似」といってますが,文字の点,作り,はらい等に着目すれば小さくない相違点があることがわかります。図の赤い部分が異なる点。公正を期すため似ているところは青で描いた。(「頃」の字はあまりに崩れているので「頼」で代替した)
これら相違点はもともとカクマルが指摘していたポイントと一致するところが多いようです。

「いや,もっと全体のバランスに注目してくれ,似てるじゃないか」って?いやあ,それはもともと小さい枡目に書いてあったのをこうやってでかく拡大したものを見てるから,なんとなくそう見えるだけです。小さい枡目に楷書体で書くと,誰でも一定程度似てきてしまう。例えばこれは私の筆跡ですが(笑),

山下筆跡

これだって「筆跡がばれないよう,わざと直線的に書いていた。しかし漢字の癖などは酷似している」(`_´)とか言われちまわないとも限らない(笑)。ちょうど逮捕された容疑者の写真がおしなべてみんな凶悪な人相に見えてしまうように,こんなふうに拡大されて一文字一文字さらされると,何となく怪しげに見えるもんです。
なお筆跡の類似性,隠蔽の限界,といった問題については魚住氏の『現代筆跡学序論』(文春新書)が必読です。面白い話がいろいろ載ってます。(神戸事件言及箇所はこちら

1.3.上の表以外の文字の相互比較

週刊ディアス表以外の(B)(C)の相違点1

ディアス編集部の掲げている表以外の文字を並べてみた。必ずしも似ているとは言い難いだろう。

1.4.上の表以外の文字の相互比較2──顕著に造形が違うもの

週刊ディアス表以外のBCの相違点2

偏の「しんにゅう」,ひらがなの「な」「そ」については,単にばれないように工作したというだけでは説明しきれない,顕著な文字造形上の違いがあるように思われる。

1.5.上の表以外の文字の相互比較3──魚住和晃教授の指摘点から

週刊ディアス表以外のBCの相違点3

第二挑戦状送付直後に文字を見ていた神戸大学の魚住和晃教授は,産経新聞記事で「木へん」と「見る」の特徴を上げていた。この両ポイントを並べて比較。かなり違っているように見える。
つまるところ,(B)と(C)の比較では,以前(A)と(B)を比較したときの警察所見すなわち「同一人物の筆跡と判定することは困難である」という結論になるんじゃないかとおもいます。


2.少年Xは少年Aなのか

少年Xが酒鬼薔薇なのかっていうのと,少年Xは少年Aなのかっていう二段階ありますから話がややっこしいんですが,少年Xは間違いなく少年Aだという確証は実は何一つないんですね。単に森氏が「そうだと思った」というだけの話で,少年院側は否定している。これで「独占スクープ・酒鬼薔薇の小説入手」とやってしまうのが,いやはや凄いもんだね。
だいたいこちらでもちらっと書いたんですが,少年Aであろうがなかろうが,少年院から出所直前の少年の筆跡をこうやってメディアにのせて公衆にばらまちゃったら大変な迷惑でしょう。少年の社会復帰を妨害するつもりなのか,少年A誤認騒動をあっちこっちで惹起したいのか(特徴ない字だよこれ,これと筆跡が似た19歳なんて全国に何千人いるのか(´_`))。

2.1ひらがなの「れ」「を」が意外に似ている?

ひらがな「れ」「を」比較

ところがですね,(A)と(C)を比較すると,ひらがなの「れ」「を」が顕著に似ているんですね,実は。これは偶然似たというレベルだろうかって思っちゃうんです。
それから,神戸事件の時に(B)でめだって特徴的といわれていた,ひらがなの「め」「の」「る」,これもこうやって(B)を飛び越して比較してみると似てるなという気もしてくるんですけど。

ひらがな「め」「の」「る」比較

ただし,これも上で書いたように,一文字一文字クローズアップで見てるからそう見えるというだけなのかもしれません。だいたい少し遠目で全体を見てみると,筆跡全体の「端正さ」が違いますね。(C)のほうがていねい。

遠目で見た比較

なぜていねいに見えるかって言うと,ある種毛筆体的な筆使いがあるんですね(C)には。かなり書き慣れてるという感じ。
もちろん(A)と(C)のあいだには,五年の年齢差がある。(A)で稚拙な字を書いていた少年が,五年たって年長になると(C)のようになるか?どうでしょうか。だいたい少年Aはそんなに字を書く機会をあたえられてないんじゃないかと思うんですが。それで(C)のように進化するでしょうか。
もっともそんなことを言うなら,(B)と(C)のあいだにも五年の年齢差があるがあるわけで,要するに同時期に書かれた文章を相互比較しているわけじゃないですからね。五年の年齢差というのは大きい。断定的なことは何も言えなくなっちゃうんじゃないかと思います。

なお,上の(B)の「め」「の」「る」とかいう字,勿論作ったものなんだろうけれども,だけれどもこれらの字は文中に大量に出てきて,それが判で押したように同じ字体が保たれてる。作った字体でここまで同じ形を保ち続けられるかというとちょっと疑問で,魚住氏は産経新聞記事では「犯人は驚くほどていねいに字を書いており、筆跡を隠すつもりもないようだ」と断定しておりますね。


3.つまるところ少年Xは少年Aなの?結論は?

3.1.作文「小説」の内容及び文体

(C)の作文はもともと外部の雑誌に投稿することを前提にして書かれた「小説もどき」のようですが,この「小説もどき」の内容からは直接神戸事件をうかがわせるものは読み取れない。「淡い恋心」のようなものはうかがえますが。あえて読んでみせる心理学者でもいたら,それは牽強付会というほかはないと思います。
もう一つの違いは「気力」の差というか,「力」の差。(B)のほうはとにかく一度見たら忘れられない強烈な印象度ですね,強い筆圧で野太く書ききっている。(A)とか(C)とかは繊弱で印象が薄い。それと(B)には「透明な存在」「人の痛みのみがボクの痛みを和らげる」「ボクにはひとりの人間を二度殺す能力が備わっている」等々の有名になった名せりふがある。そういう強烈なコピーを書く能力は(A)や(C)には感じられない。
文体の特徴はどうか。(C)の作文を見てすぐに気がつく特徴といえば,(1)難しい漢字をやたらに使おうとしているということと,(2)しかし簡単な漢字で間違えてるところですね。これは(B)にも認められるところでもある。さてこれをどう考えるか。
一部の「文章心理学者」なんかはここをクローズアップして「それみろ,これは少年が酒鬼薔薇である証拠だ」と言いだすかも分からない。難しい漢字を覚えてる点については例の「直感像素因者」説を上げるかもしれませんね,「文字を図形として覚えてる」とかなんとかいって。実際(C)を見ると,これをもし辞書を引いてなくて書いたとしたら大したもんだなという漢字がありますからね。「凭れかかる」「幽かな」とかね。
ただしその直感像素因者論にはちょっと問題があって,(B)には単に誤字というだけではなくて,(3)「普通ではありえないような奇妙な字形の誤り」があるという特徴があるんです(これは(C)にはない)。産経記事も指摘しています。こんな奇妙な漢字は印刷物にはない。だからそういう字形を「図像として」覚えるということはありそうもない。これは「直感像素因者」説の欠陥です。
もちろんそういう誤字は捜査を混乱させるためわざと間違えて書いてるんだという説明はあるわけですが。それにしても奇妙に過ぎます。だから「これは犯人が日本語を知らないからだ」なんて論もでてくる余地もあります。
むしろここでは,誤字の原因が何かということよりは,その奇妙な誤字も含めて(B)の「角張った文字」が「パソコンのディスプレイに出るスクリーンフォントに似通っている」という革マルや産経記事の指摘が重要なのではないかと思います。つまりこの書き手は,この角張った文字を「パソコンのディスプレイを見ながら」(印刷されたきれいな文字ではなく)書いてるらしいということ(奇妙な誤字はむしろミスタイプと理解するわけですね)。となると犯人は当然パソコンを持ってなきゃいけない。しかし少年Aはパソコンを持ってなかった。これは,ひとつ疑問点として上げられると思います。

3.2.(A)と(B)に共通の特徴と言われていたものが(C)では消えていることについて,どう理解すべきか

事件当時,(A)と(B)の類似性で一番喧伝されていたのは,「は」「ま」「な」等のひらがなの丸くなってる部分が非常に小さくて角張ってるということでした。他の部分があまり似ていなくても,これがあるために当時は(A)と(B)は似てるとさかんにテレビでも取り上げられてました。ところが(C)を見るとその特徴がまったく見られない。普通に丸くなってる。これをどう理解すべきか。

「は」「ま」「な」比較

ありそうな可能性としては,

(ii)の可能性も多いにありそうに見えるんですが,ただし,この場合は上に述べた文体の癖,(1)難しい漢字をやたらに使おうとしている,(2)しかし簡単な漢字で間違えてる, というこの特徴が直ってないってことと整合しなくなってくる。つまり矯正しようとするならば,単に筆跡だけじゃなくて文体も意識して変えようとするだろうということですね。
もしかしたら,森氏にだけは「カミングアウト」をしようとして,「昔の酒鬼薔薇文体」で書いて見せた?さあどうでしょう,もしそうだとすると,今度は上で述べた,この「小説もどき」の内容からは直接神戸事件をうかがわせるものは読み取れないということと整合しなくなってくるんじゃないですか。もうすこし内容面でも「ほのめかし」があってもよさそうなものでしょう。
むしろこんな可能性を考えておいたほうがいいのかもしれない。

という可能性。いや,ありだと思いますね。たとえばこのディアスの記事の中で法務教官が「神戸の事件のあの少年も含まれています」とかいいますね。こんなこと伝えるだろうか。絶対秘匿しなければならない情報なのに。それでいて後から作文返せだの何だの文句付けると。少年院側の行動が分裂しているようにもみえてしまうんですが,なんか不自然ですから。この森氏のプロフィールを見ても,いっかにも神戸の少年Aに関心を持ちそうであるし,わざわざそういう人を呼んでくるっていうのがくさいようにも思えるし。(記事で思い出しましたが,このディアスの記事の中で「キルケゴール君」こと少年Xの身長が182センチの森氏とあまり変わらないと書かれているのも気になります。逮捕当時の少年Aは160センチちょっとで背が低かったと言われてました。もちろんこの時期の少年は短期間で急速に背が伸びるものですけど,それにしてもこんなに伸びるものかしら)
しかし,そんな謀略論的な可能性まで考えとかなきゃならないのか。ならないと思いますね。なぜならば,ここのところのマスコミの報道を見ているかぎり,どうみても計画的な「リーク」がなされているように思えてならないからです。本来少年Aの出所情報なんて言うのは,およそマスコミに対しては最も秘匿度の高い情報であるはずなんです。それが,このところ断続的にではあるけれどもいくつものメディアに「独占スクープ」と称して少年出所情報や,少年院内の少年情報が流れてる。こういう時が情報操作が行われてる一番危ない徴候だと思います。メディアや「関係者」は巧みに誘導されてるのではないか。
ということで,この森記事の「少年X」については,きちんとしたジャーナリズムであるならば少年Aとは別人である可能性が十分にあるとの注意を付けるのが当然と考えます。もし皆さんが「きちんとしたジャーナリズム」と考えているところでこのディアス記事を安易に信じ込んで「少年Aのいま」などと語っているのを見つけられたら,ぜひこのページを紹介して教育してやってください。(きちんとしたジャーナリズムって,例えばここに署名している人たちはみんなそうだよね(`´))

4.蛇足……第二挑戦状の性格について疑わしいこと

最後に付け加えておきますが,(B)の第二挑戦状の文字の「は」「ま」「な」だけが(A)に似ているという問題には,この第二挑戦状なるものの性格についていくらかの疑問を与えるものだという点を指摘しときます。
「は」「ま」「な」だけが似てるというのは,(B)を少年Aが書いたとしても,Aとは別人が書いたとしても,どちらでも不自然なところが出てくるわけですね。
少年Aが書いたとしたら,自分の筆跡の最も目だつ特徴のある文字についてなぜ隠蔽しようとしないのかというのが不自然になる。ほかの字はあれだけ莫大な労力をはらって作っているのに。だいたい「は」の横にわざわざ不自然な点まで打っていて,あれじゃあ「は」に注目してくださいって言ってるようなものだ(笑)。
また,別人だとしたら,「は」「ま」「な」だけたまたま似るっていうのもおかしい。
というわけで,ではどう考えたらいいのかというと,もしかしたらこれは少年Aを陥れることを始めから考えて作られた文書なのかもしれない。そのために一部の文字をわざと少年Aに似せてるのかもしれない。そういうことまで疑っておいたほうがいいかもしれません。あの少年Aは級友や学校関係者の間では後ろ指さされる存在だったみたいですから。彼を陥れようと画策している奴がいてもおかしくはないですね。あの挑戦状の狙いはいろいろあって,第一の狙いはもちろん自己顕示欲の満足なんでしょうけれど,こういった狙いもあるかもしれません。
それから,犯人=(B)の作者と安易に思わないほうがいいかもしれない。だいたい物証によって間違いなく犯人自身が投函していると証明されたわけじゃないわけですから。例えば被害者の血痕がついてたとかいう物証があるわけじゃない。最初の挑戦状の正確な文言が記してあったというだけですから。正確な文言を知りえた人物なら書けるかもしれない。「正確な文言を知り」うるのかって?そりゃあありうるでしょう,報道関係者,警察関係者,あるいはそういうところに「スパイ網」を張り巡らしている某組織とか。いろいろありえます。
こういう怪事件の場合には,くれぐれも表面上飛びかってる報道を鵜呑みにしないで,確実に分かってることと疑わしいことをきちんと選り分けて考えていくことが必要ということです。




【4/8追記】その後,2002/1/27に東京・労働スクエアホールで行われた「再審への道を切り開こう」集会において,単行本『真相』の出版に「深く関わった」岡田宏氏が以下のように言及されていたそうです。警察・検察の不正を告発する会のパンフレット『告発』第21号より転載(『告発』を入手するには,郵便振替00130-2-143617告発を支援する会にカンパ一口千円を振り込んで,振り込み用紙に「『告発』21号を送ってください」と記すと送ってくれます。同号には他に河野義行氏などの集会参加者の興味深い発言が載っています)。
下記を見れば分かるように,少年Xは少年Aであるということを前提にした発言ですが,現在の少年の心境を推察したものとして注目に値すると思いますので紹介します。おっと,ロバート・レスラーについても言及されているぞ:-p
なお,『ディアス』は休刊とのこと。苦笑。


(以下『告発』第21号11ページより引用)

次は神戸事件の疑惑を追及しその真相に迫った本、『真相』(安倍治夫弁護士監修、早稲田出版)の出版に深く関わった岡田宏さんの発言です。岡田さんは、『真相』をぜひ多くの人たちに広げてくださいとよびかけてから、次のように述べました。

「私は、いま道が開かれようとしている再審の闘いが、必ず近いうちに勝つということを今ほど確信しているときはありません。それはなぜかと申しますと、最近出ました『ディアス』という雑誌にA少年の作文が載っているんですね。A少年は間もなく出所する、すでに関東医療少年院からどこかの中等少年院に移されたということが、いま一斉に言われています。間もなく出所する。そういうキャンペーンの中で少年の作文が発表されたわけです。
これを見でまず最初に私が注目したのは、『オキテだらけの挑戦』というタイトルがついていることです。これは一体例を意味するんでしょう。A少年は掟にがんじがらめになりながらも、少しずつ真実を言おうという意志を持ち始めているんではないでしょうか。『突如脳裏によみがえった昔の記憶』というのがあります。『俺の人生このままでいいのか』というのもあります。そして『心のままに記してみたくなった』と結んでいます。
また、童話作家の森忠明という方が関東医療少年院の講師として招かれて行った際に、『透明な存在』について話をすると、A少年は、『「アッ」とひるんだような表情を浮がべ身をひねらせた。初めて動揺を見せた瞬間だった。まるで何か嫌なものでも思いだしたかのように』と書いてあります。森さんはA少年が自分のかつての犯行を思い出したのだと解釈しているようですが、私たちは違う。警察・検察の偽計によって編されて自白させられた、あのつらさを彼は思いだした。私はそう思うんです。だから少年が出てくれば彼は必ずや真実のためにロを開く、そういう確信を非常に強くもったわけです。
もちろん、一方ではひどいキャンペーンがなされています。出てきた少年を抹殺することを予告するかのような不気味な文章をあの高山文彦が書いているんです。ですから私たちは、彼を守るためにも再審の声を大きくあげて、その声で彼を包まなければならないと思います。そしてA少年に会って必ずや真実を語ってもらう、そういう時がもうすぐそこまで来ているように私は思います。今は暗闇にみえますけれども、夜明け前だと私は思うんです。
さらに、私はA少年の冤罪を晴らすだけではなく、誰がこの国家犯罪を仕組み実行したのかということも、明らかにしていきたいと思うんです。この点について、私は三つの事実を明らかにしたい。ひとつは、あの神戸事件の捜査に当たった特命班というものの実態が、今日明らかになりつつあります。特命班というものが密かに配置され、プロファイリングの報告書を作成しているのですが、そこに名を連ねている犯罪病理学者など専門家六人の中に、元米国中央情報局職員もいたということが明らかになっています。二つ目には、事件直後のまだ神戸新聞杜に犯行声明が届く前に、犯人像をピタリと的中した人物がいる。このことが明らかになっています。この人物とは米国の犯罪捜査官のロバート・レスラーです。この人物が事件にどうつきまとっているかについては、ぜひ『真相』をごらんください。
さらに三つ目には、昨年の六月に『自衛隊「影の部隊」』という本が発行されました。その中に、青桐会という部隊が自衛隊の中にあり、数々の謀略のために轟いていたということが暴露されています。筆者は、元自衛隊陸将補の山本という人物です。私はこの筆者に会おうとしました。ところが、本が出版された直後に変死してしまっていたのです。ブッシュ政権の登場とともに発表されたいわゆる『アーミテージ=ナイ報告』において、『米日諜報機関の再編成』が謳われました。そしてそれ以降、米日諜報機関内の新勢力が旧勢力の所業を次々に暴露するという事態が生まれています。かの『キツネ目』の小説家がスパイであったことが暴露されたのもその一つです。そして『凶悪犯』とされたA少年の、当初言われていたよりはあまりにも早い出所の動きの背後にも、こうした事態が横たわっているに違いないのです。
それはともあれ、今から五年前の神戸事件発生の時に、神戸事件を曖昧にしたら日本国民は暗い森に誘われてしまうということを、私たちは言ってきました。今、それが現実のものとなっています。アメリカの最も野蛮な国家テロリズムに日本が参戦し、これにマスコミも学者も反対を唱えない。こういう時代になっています。しかし私たちは良心の灯を燃やして、この暗闇の中を、自分の道を探して歩いていく必要があるだろうと思います。暗い闇はもうすぐ夜の明けそめることを示していると思います。みなさん、勝利を信じてがんばりましょう。」

私たちの運動に希望を与えると同時に、神戸事件の底に潜むどす黒い部分について考えることをもよびかけた岡田さんの発言に、多くの人がしっかりとうなずきながら拍手を送りました。(以上引用おわり)


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