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1.1997年6月28日少年逮捕を伝える兵庫県警緊急記者会見:NHK臨時ニュースより(Realビデオramファイル1182kb)


1997年6月28日午後9時35分,神戸須磨署にて行われた兵庫県警山下征士捜査1課長による緊急記者会見。当日のNHK臨時ニュースより。産経Webの該当記事はこちら。
これだけの重大な記者会見としてはあっという間に終了。逃げるようにさっさと立ち去る山下課長(笑)。注目点は,「午後7時5分」逮捕と言っているところと,「凶器はナイフ」(実際の供述では金ノコ)と言っているところ,そしてナイフの刃渡りを聞かれて「わかりません」と答えているところ。
この会見について,熊谷英彦『神戸事件を読む』では,
凶器と特定したはずのナイフの、その刃渡りがわからないとはお笑い種だが、実際に会見場では、そのとき失笑が漏れたという。いいかげんなのは刃渡りだけではない。会見では、逮捕までの経緯を、自供を得たのち家宅捜索で凶器を発見して逮捕したといっているが、A少年の両親の手記(『「少年A」この子を生んで……』)によると、家宅捜索を始めたのは逮捕の直前の《6時50分頃》であり、それが終わったのは《深夜12時をすぎてから》だという。つまり記者会見当時、まだ家宅捜索は継続中であり、捜査一課長の発言はまったくのデタラメなのだ。それでは刃渡りなどわかるはずがない。しかも凶器のはずのナイフは、このあと、いつのまにか訂正されて金ノコに変わってくるのである。当局自身は、口では「丁寧な綿密な捜査」をしてきたというが、その言い分とは裏腹に、いかに杜撰きわまりない対応をしてきたか、この会見からもうかがえる。
と述べている。また,噂の真相1998年8月号“検事調書流出で判明した「酒鬼薔薇」逮捕の大疑惑 ”によれば,この6月28日付けという検事調書があるそうで,《すでに犯行の概略があますことなく書かれている》《殺害の状況もこの時点で詳細に掲載されている》とのこと。《この日、少年Aは午前8時前にはじめて任意同行で兵庫県警本部に赴き、同日の午後7時5分に逮捕されている。7時以降の取調べはできないことになっているから、この間、わずか10時間ちょっと。14歳の少年からこんな短時間のうちに、こんな淀みのない供述を引き出せるものなのだろうか。刑事事件に詳しい弁護士はこう指摘する。「警察・検察は最初から筋書きを作っていたんでしょう。その筋書きに合わせて、強引に少年に同意させ、調書にしたこれを読む限りそうとしか考えられません」》
2.神戸新聞社に送られた酒鬼薔薇の「挑戦状」画像(テレビ画像を拡大・JPEGイメージ)
以前は神戸新聞社サイトに神戸事件特集ページが設けられていて,そこにこの挑戦状の鮮明な写真も掲載されていたのですが,現在は無くなってしまいました。また,事件後繁茂した酒鬼薔薇サイトの中にはこの画像を載せていた所もあったようですが,最近はさっぱり見かけません。そこでやむをえません,私のところで載せましょう(´_`)
2002/01/24改訂:産経新聞ニュースサービス刊行の『命の重さ取材して 神戸・児童連続殺傷事件』1997より拝借した画像のイメージです。画像をクリック。



第2挑戦状イメージ2



3.『Focus』に送られてきた「バモイドオキ神」ノートと少年Aの自筆作文(『Focus』1998/3/11号・JPEGイメージ)


何者かが雑誌『Focus』編集部に1998/2/21に送り付けてきたものを同誌が公開したもの。「送り主も,その意図も不明」と同誌は述べている。初めて「バモイドオキ神ノート」の手書きイメージが明らかになったのと,初めて少年の中学三年時の自筆が明かされた。筆跡問題の重要性に鑑みて公開させていただきます。許せA君,君のためだ(´_`)
なお上の「第2挑戦状イメージ1」と比較しやすいように文字の大きさがほぼ同じになるように拡大してあります。
3.1.革マル派『解放』が指摘する少年A自筆と「犯行声明」の筆跡の違い
革マル派は,機関紙『解放』誌上において,97年6月ごろより「神戸事件は権力の謀略である」との視点のもと,少年Aの冤罪説を展開,その謀略論はともかく,警察発表の矛盾を抉った数々の指摘が世論を震撼せしめたことは周知の通りです。
この少年の自筆原稿についても,『FOCUS』誌掲載直後の『解放』1510号及び1511号の「シリーズ『A少年供述調書のインチキ性を暴く』」第3回と第4回で「見よ,筆跡の違いは歴然!」として大々的にその相違点をえぐり出しています。他のマスコミ各紙がしり込みする中,まったく独走状態の独自性と言ってよいでしょう。ここでは両号より指摘のポイントを抽出させてもらいました。【革マルさんにはおことわりしていません…ま,いいっすよね,そのへんお互い様だから(笑)】
4.少年Aの小学校時代の級友の発言(1997年9月14日放送・TBS『報道特集』:QTムービーその1・888kb その2・1220kb その3・900kb その4・756kb)
1997年9月14日放送のTBS『報道特集』の神戸事件特集。大阪MBSの取材。少年Aの小中学校の級友から話を拾っている。この時期は,神戸家裁審判の第1回と第2回のあいだで,少年の犯行動機についての報道が「学校への恨み」から「祖母の死から人の死に興味を持ち…」に変化していった時期に当たる。
このころ,マスコミと地元の生徒の間では,流言蜚語を売ったり,格好のアルバムを高額で売りつけたりといった退廃的なことがあったらしいが,この番組に出てきた子たちは比較的誠実に語っている。その中でも,特に注目に値するのは「小学校時代の旧友」というこの少女。他の級友がマスコミにペースを合わせてか,「中学校二年ごろから少年Aが粗暴になっていった」というニュアンスで語ってるのに対し,この少女だけは「いいやつだった」「学校でいじめられたりいじめたりということはなかった」「おばあちゃんが死んだからといって変化があったわけではない」と,決然とマスコミ報道を否定する。この時期にこういうことを言うのは実に勇気のある発言だと思います。












5.少年Aの年賀状(1997年9月14日放送・TBS『報道特集』)



上の番組で放映された,少年Aの中学2年と3年の時の年賀状。2年のときは普通の年賀状だったのに,3年になると変な絵を描いてくるようになったと紹介された。けど,大事なのはむしろ字でしょうが(´_`)許せA君,君のために紹介するぞ。
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