革マル派機関誌『解放』1997年12月1日号に掲載された,「奇怪な類似!?」と称する一文。以下のように,まことに驚くべきことが指摘されています(単行本解放社『神戸事件の謎』P92〜97に転載されています)。よくこんなことに気づくものだと唖然としてしまいます(^_^;。ここで『プレデター2』の画像を引用したいところですが,「芸術作品」ですからさすがに露骨にパクるわけにもいかず(^_^;。DVDが発売されていますのでお確かめください。同映画のビデオ日本語字幕版から,「該当部分は字幕ではどう訳されているか」のみ画像で示しておきます。画像がマスクでピーされてるのは「著作権への配慮」であります。お見苦しいところご了承ください。
『解放』1997.12.1より
奇怪な類似!?
いつの世も……、同じ事の繰り返しである。
止めようのないものはとめられぬし、殺せようのないものは殺せない。
時にはそれが、自分の中に住んでいることもある……
「魔物」である。
これは神戸市須磨区の連続児童殺傷事件の犯人とされ、医療少年院送致の保護処分となった少年Aが、四月はじめごろに一連の犯行にいたる心の葛藤をつづったものだと称されている「懲役13年」という「作文」の冒頭の一節である。
この冒頭の一節と瓜ふたつの言葉が、(一九九七年)十一月二十二日夜のフジテレビ系の民放で放映されたアメリカ映画のワンシーンに流れた。
Always the same.
いつの世も、同じ繰り返しだ。
He is not stopping what can't be stopped.
止めようのないものは止められぬし、
No killing what can't be killed.
殺しようのないものは殺せない。
He is demon.
魔物だ。
この映画は、九〇年にアメリカで制作され、日本では九一年の正月映画として封切られた『プレデター2』と題するものである。
物語は、他の天体から地球へ来たエイリアンが、一九九七年夏のロサンゼルスに現れ、警官隊と銃撃戦をくりひろげるギャング団をエイリアンが皆殺しにするところからはじまる。
特殊な装置を身につけて透明になり、人間にはその正体が見えないエイリアンは、武器を持つ者であれば、ギャングであろうが警官であろうが無差別に人間を襲う。そして殺害した人間の首を切断したり皮を剥いだり、さらには遺体を逆さ吊りにするという蛮行をくりかえす。
ロサンゼルス市警の主人公の黒人刑事が、同僚を次々とエイリアンに殺されながらも、ひとりでこのエイリアンにたちむかう。
他方、このエイリアンの、人間の目には“透明な存在”に見える技術を秘かに手に入れようと、エイリアンを冷凍にして生捕るために、警察の捜査に規制を加え排除しようとするFBIの特別捜査官。だがFBIは捕獲作戦に失敗し、隊員は皆殺しになってしまう。
主人公の刑事は幾度もの窮地を切り抜け、ついにエイリアンを宇宙船に進いつめ、そこでエイリアンを打ち倒す。
(*日本語字幕版ビデオでは,「いつも同じことが起こる」「霊の動きは止められないし,殺すこともできない」「魔物だよ」となってました……山下注)
これだけなら、この映画はSF仕立ての安っぽいアクション物のたんなる娯楽映画にすぎないであろう。
くだんの「懲役13年」の冒頭の一節と同じ言葉は、人間の目では見ることのできない“透明な存在”であるエイリアンの正体を探るために、暗黒街の路地裏を訪れた主人公に向かって、ジャマイカの魔薬教団の魔術師が語った謎めいた言葉の一節である。
エイリアンを「魔物だ」と教えた魔術師は、刑事の立ち去った直後に、みずから「魔物」と規定したエイリアンに首をチョン切られて殺される。
「魔物」は魔術師の首をぶら下げて自分の棲み家に持ち帰り、血をすすって髑髏の飾りものに加工し祭壇に飾るのである。
「止めようのないものはとめられぬ」──「懲役13年」の冒頭と同じ言葉を語った魔術師が、姿の見えないエイリアンに首を切断され、その頭部が加工されるというシーンは、神戸事件の犯行との類似性を感じさせる。
もちろん、「懲役13年」には、この『プレデター2』のセリフにはない「時にはそれが、自分の中に住んでいることもある」という一句が加わっている。すなわち、『プレデター2』における「魔物」は外なるエイリアンにすぎないが、「懲役13年」の筆者は“内なる魔物”を論じているのであって、これは映画のセリフの延長線上では出てこない、ということにこそ注目すべきなのである。
それだけではない。物語の舞台設定が、一九九〇年に制作された映画であるにもかかわらず、なぜか「一九九七年夏」。そして、なぜかロサンゼルスの街に現れた「透明な存在」としてたち現れたエイリアン。そして、液体窒素でエイリアンを冷凍にしようとするFBI。
たしかに、この映画の道具立ては、神戸事件そのものと極めて類似している。
殺害された小学生の首が切断されたり、この頭部が傷をつけられたり。また殺害された小学生の遺体を切断するために、一度冷凍にしたであろうということをわれわれが推論したこととも、極めて類似しているといわなければならない。
一九九七年の「懲役13年」の冒頭の一節と、一九九〇年に作られた映画の中で「一九九七年」に魔術師が語る言葉が基本的に同じなのは、はたして偶然の一致なのだろうか!
「一九九七年」のロサンゼルスの街角として映し出されるスプレーペインティングは、神戸事件の直前に日本の全国で頻発した列車や鉄道施設への組織的な落書きを彷佛とさせる。
そして、暴走する地下鉄の列車内で、乗客が次々とエイリアンに襲われ逃げまどう映像は、地下鉄サリン事件を想起させる。
かの「懲役13年」には、『プレデター2』のセリフと基本的に同じでありながら「時にはそれが、自分の中に住んでいることもある」という一句がつけ加えられていることはすでに見たとおりであるが、この「懲役13年」にはニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』からの「引用」もあると言われている(実は『善悪の彼岸』からの引用)。
「魔物(自分)と闘う者は、その過程で自分自身も魔物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞき込むとき、その深淵もこちらを見つめているのである。」
しかし、この「引用」もまた、たんにニーチェの言葉からの引用ではない。それは、元FBI特別捜査官ロバート・K・レスラーの著書『FBI心理分析官』(原題『怪物と戦う者』)の扉に掲げられた、レスラー本人の座右の銘でもあるニーチェの言葉の改作だということである。
レスラーの著書の扉では、「怪物」となっている部分を「魔物」と訳し、かつ「(自分)」と挿入し、改作して「引用」したのが「懲役13年」なのである。
神戸事件の発生直後に来日し、「日本の犯罪捜査は二十年遅れだ。アメリカでは、すでに七〇年代から、こうした異常な殺人事件の捜査の手法を確立している」と称していたのがこのレスラーであった。少年Aが神戸事件の容疑者として逮捕された際には、自分の「プロファイリング」による犯人像が的中したと自画自賛していたのも、このレスラーである。
松本サリン事件、地下鉄サリン事件、あるいは細菌テロの疑いのある大腸菌O-157事件などのたびごとに、足しげく来日しているこのレスラーの影で、CIAが暗躍していることはまちがいない。
- その他に判明している「懲役13年」の元ネタ
- ロバート・レスラー著『FBI心理分析官』早川書房刊邦訳本より扉,ニーチェの引用
- ロバート・D・ヘア著『診断名サイコパス』より扉,マーチの引用
- ダンテ『神曲』〈地獄篇〉集英社版・寿岳文章訳より第一歌冒頭部
- ロバート・D・ヘア著『診断名サイコパス』より扉,マーチの引用