1月31日(水)晴れ
今朝は早めにうちを出て笠岡で行なわれるお年寄りの囲碁将棋大会に出かけた。
例によって場所のよくわからない私は仕事の前に寄った萌でお茶を飲んでいたばあさまたちに「老人福祉センターどこですか」と尋ねたら、みんなして教えてくれたので、礼を言ってさっそく会場に向った。
とはいっても囲碁も将棋も一日仕事だから朝行っても対戦中の写真しか撮れないのだが、まあそれでも充分記事はできると思って、何枚か写真を撮って午前中に仕事を終えた。
試合の結果は夕方FAXで送ってもらうことにした。
それで今日は映画の安いだったというのを思い出して急いで神辺のフジグランに向った。

「幸せのちから」
アメリカンドリームと一口で言うが、実際にアメリカで成功することがどんなに大変かあの国で生きたことのある人間にしかわからないだろう。
そういう言葉が生まれるくらい夢でも見ていなければとうてい生きて行けない国だということなんじゃないだろうか。
そこには日本とか問題にならないくらい歴然とした貧富の差が存在する。
しかし、アメリカという国はそういう過酷なほどの生活の格差を生んでいる町でもあるが、その一方で貧しい人たちにはたぶん日本なんかよりずっと多くの救いの手を差し伸べる慈善の国でもある。それも神の名のもとに。
でも、実際神様だって始めから不平等だ。
この映画を見ているとあの国のそういった光と影が垣間見えて興味深い。
しかし、アメリカで貧乏人が成功するというのはこんなに苦労するものなのか、というのが正直な感想だ。
ウィル・スミス演じるセールスマンのクリス・ガードナー(実在の人物らしい)はバカ高い骨の密度を検査する機械を大量に仕入れて一攫千金をもくろむがそれが外れてまったく売れず生活は困窮する。
家賃も払えず、奥さんとは諍いばかり。生活はどん底に陥り、いよいよ行き詰った奥さんはひとり家を出て行き、彼と息子もアパートを追い出されるハメに。
そんなどん底の生活の中で証券会社の養成コースに通えることになったのだが、研修後に正社員になれるのは20人中たったひとりというかなりの狭き門だ。
それでもクリスはもうそれ以外に貧乏から抜け出すチャンスはないと覚悟を決める。
そこで奥さんに逃げられ、子どもともども寝るところもない、金もない、あるのは売れ残った機械だけ、そんな男の哀しくも逞しい苦労物語が始まる。
そんな絶望的な状況の中で死に物狂いで頑張る彼の姿に、子どもという守るべきものがある人間というのはどんなことでも乗り越えられるんだな、とあらためて感じた。
あの息子がいなかったら彼もここまで頑張ったりしなかっただろう。なにしろ車に撥ねられてもそのまま仕事へ向ったりするのだ。
それにこの映画を見ているとわずか1ドルとか数セントの重みというのがずっしりと心にしみる。
本当にお金がないというのは哀しいもんだ。
そして、映画を見ながら思ったことはどんな国に生まれたって結局努力しない者には未来はないということだ。
そんなことを考えていたら、やっぱりまっすぐ家に帰ることはできなくなって、そのまま午前中に終わったはずの笠岡の仕事先にまた舞い戻って、優勝者が揃ったところで最後の一枚を撮った。
その瞬間初めて仕事が終わったという満足感が沸いてきた。
ほんとに今日はこの映画に自分の人生の甘さをまた思い知らされたし、大事なことを教えられた気がする。
☆3つ半。泣けた
今日は今年最初のご挨拶もかねて、子ども劇場笠岡センターにも立ち寄って、リーダーのUさんとまた色んな話をした。
今度やる映画会で上映する映画を何にしようかと迷っている彼女は私にも何かいいのある?と聞いてくださったのだが、最近韓国ドラマばかり見ているもんですぐには日本の映画が浮かばない。
子ども劇場で以前上映した「誰も知らない」はかなりの評判を呼んだようだ。
私も見に行かせていただいたが、まことに痛い映画だった。
それにしても、とにかく旬の映画で、なおかつロードショーではなかなか見られない邦画を探すのはなかなか難しい。
それで家に帰ってからちょっと自分なりに調べていくつか候補を書いて送った。
「めぐみ−引き裂かれた家族の30年」「ユメ十夜」「バッテリー」「幸福な食卓」「ヘレンケラーを知っていますか」
主に保護者対象の映画で、教育的見地からいうとこんな感じかな〜。
1月30日(火)晴れ
今朝はメイメイと駅家に新しくできたカフェでお茶を飲みながらまた映画、韓国ドラマ、仕事、喫茶店や旅の話で盛り上がった。
そのあと、情報誌を見てちょっと興味がわいた「フランク・ロイド・ライトと武田五一展」を見に、福山美術館へ行ってみた。
私はこの武田五一という人は知らないのだが、フランク・ロイド・ライトというのは帝国ホテルを設計した建築家だというのを以前TVで見たことがある。
今日見たのは100年以上も前に彼の創った設計図や模型、帝国ホテルで実際に使われていた椅子やテーブルなどで、それはそれですごかったのだが、私が一番惹かれたのはそんなものよりも彼の残したコレクションのほうだった。
ライトという人はシカゴ万博で日本の文化と出会い、その後来日してかなりの数の浮世絵を収集し、それはのちに彼の手がけた日本家屋の透視図などにも影響を与えているといわれている。
その浮世絵というのは歌川広重などの昔美術の本で見たような日本を代表する作家のものだ。
私はそういう本物の浮世絵は初めて見たのだが、あの時代にしかない深みのある陰影に富んだ色彩というか、じっと見ていると時代が一気に逆行して、やじさんきたさんじゃないが、東海道を蓑傘さして旅をしているような気分になった。
その雨の描写たるや目を見張る。版画で雨とか描いたのをあまり見たことがないせいか、あまりの斬新さ(ほんとは古いものだが)にかなりのインパクトを受けた。
美術館の中がそこだけ燦然と光っていた。
広重の浮世絵そっくりな絵をゴッホが描いているのを見てびっくり。
http://www3.ocn.ne.jp/~kaiga/hanga_goho.htm
昼過ぎに家に帰るとはや原稿が届いていたので、今週もまた最終チェックをする。
そして、夕方までになんとかチェックを済ませ、今週も新聞発行とあいなった。
まあ、毎回毎回新聞ができるまでは色々あるが、とにかく面倒なことはガガガっとすぐ忘れて次の仕事に向かうのが私のやり方だ。そうやって20年間仕事ではできるだけストレス溜めないようにやってきた。
夜になって近所のビデオ屋に出かけたら四コマ漫画担当のIさんがいたので、今度「LOST2」はいつレンタル開始になるのか尋ねたら、来月9日ということだった。
それを聞いてほくそえむ私・・。
でも、最初のシーズンからもうだいぶ経ってしまったから、ちょっとテンション落ちるよなあ。ほんとはもっと早く見たかったなあ。
「好かない相手をどう扱うかにその人の本性が出る」−BY「ミッションインポッシブル3」
1月29日(月)晴れ
今日は天気はよかったのだが、コラムを書いてなかったので昼から家にこもって黙々と原稿を仕上げた。
この前ばあちゃんが「うちに来たお客さんがレイチェルのありょう(あれ)を褒みょーたぞ」というので、何??と聞いたら「あの〜あれじゃ、え〜と、コ、コアラじゃ!」というので、思わず「ばあちゃん、それはコアラじゃなくてコラムじゃろ。コアラは動物園におるやつじゃ」と突っ込みを入れたら、バハハ、そうかあ〜と笑っていた。
その瞬間私の中の「ばあちゃんのいいまつがい」のコーナーにまたひとついいまつがいが増えた。
夕方やっとコラムを書き終わったので、パン屋でおやつを買って来てそれをムシャムシャ食べながら新しいTVで借りてきた「1%の奇跡」を見た。
少々時代錯誤のようなドラマだが、カン・ドンウォンが出ているのでこの際内容はどうでもいい。

「1%の奇跡」
夜になって昼間届いたTVで見るにはやっぱりこの映画しかないでしょう、と思って、「ブレードランナー」のDVDを持ってきた。
私はこの映画のビデオも持っているのだが、さすがに年月とともに画質は褪せて元の映像からはちょっと遠いものになってしまっているが、さすがDVDはその点まったく違う。
私はこの映画のDVDを買ったときにそのあまりの美しさにため息とともに涙が溢れたものだ。
そして、今日改めてこの映画を見ているとそばで亭主も「映画館みたいななあ」といかにも満足げだ。
実際こういう映画ほど大きい画面で見るとまったく迫力が違う。
しかし、DVDの発明によらずとも何十年経ってもたぶんこの作品だけは色褪せないと思う。これまで見た映画の中でも最高峰だと確信している。

「ブレードランナー」
いつ見ても超緻密な映像に圧倒される
実は私のハンドルネームのレイチェルはこの映画に出てくる絶世の美女の名前(ショーン・ヤング)からとったものだ。
映画を見た方がたには私のどこがレイチェルやねん!と突っ込みを入れられそうな勢いだが、まあその辺はご愛嬌ということで勘弁してもらおう。
真夜中みんなが寝静まってからひとりビデオの「ムーランルージュ」を見れば、また至福のときがやって来る。
ユアン・マクレガーの張りのある力強い歌声にはいつもしびれる。
エルトン・ジョンの「ユアソング」なんか完全もと歌より彼のほうが上をいっている感じだ。
この映画を見ているとき私はいつも現実を離れて非日常の世界でひとり旅をしているような気分になる。
その浮遊感がたまらない。
その瞬間・・私は生きててよかった状態になる。
映画というものにめぐり合えただけで人生はどんなに幸せなものになったかわからない。
私はいつもこの映画を見ながらこんなひとときがずっと続けばいいな、となぜか妙にせつな的な気分になる。
この映画のニコール・キッドマンは最高に奇麗で可愛い。

「ムーラン・ルージュ」
「この世の最高の幸せは誰かを愛して、その人からも愛されること」
この映画の名文句を今回のコラムでも使わせてもらった。
1月28日(日)晴れ寒い
今朝はばあちゃんの友達のSちゃんが遊びに来たので、うちの家族4人と彼女と5人で小さな車にぎゅーぎゅー詰めになって福山方面へ向った。
途中ばあちゃんとSちゃんを神辺で降ろして私ら3人は一路LOTZを目指す。
久々に行ってみるとLOTZの店内はまた様変わりしているようだったが、買い物とかは全然興味のない我が家のメンバーはすぐさま本屋とイベント会場へ向う。
韓流スター写真展をやっているフロアーは予想どおり女の人でいっぱいだが、中にはカップルもけっこういて、みんなソン・スンホンの等身大パネルとか「冬ソナ」の雪だるまとかと一緒に写真を夢中で撮り合っている。
流れているのはドラマのテーマばかり。それを聞きながらどでかい写真に囲まれて歩いているとドラマのシーンが否が応でも甦るというもんだ。
「夏の香り」ではドラマのシーンごとにセリフもパネルで展示してあり、その中のいくつかは私も覚えていた。
それにしても、今回はどうみてもユン・ソクホ監督の四季シリーズの作品ばかり。
当然イ・ビョンホンもカン・ドンウォンもクォン・サンウもいないのだった。

まあ、一応TVで放送した作品ばかり選んであるんだろうからそれもいたしかたないが、できればもうちょっとたくさんのドラマの写真を見たかった。
そのあとはキャスパに向いかけて、途中にあるCACTUSジーンズの店(元ミスド隣)に立ち寄った。
実はそこは私の従兄が店長をやっている店なのだった。
久しぶりに会った従兄は最初私が誰だかわからなかったみたいだが、そのうち私だとわかると懐かしい笑顔を見せてくれた。
小さい頃、おばあちゃんの田舎に行ってはそばに住んでいた従姉兄たちと遊んだものだ。
今日会ったTちゃんという従兄は小さい頃はなんとも思わなかったが、年をとってなんとなく私と顔が似てきたような気がする。血というのはやっぱり恐ろしいもんだ。
それから最近できたレストランに行ってみたのだが、ここはもうふたつくらい(もうひとつではない)だったので(たぶんあと3ヶ月でなくなると思う)、ランチを食べて早々においとました。
その後もなんだかんだと本屋とかを回って、最後にMAXに寄ってTVを見ていたら、最近のTVというのはこんなに奇麗なのか、とその大きさと鮮明さと安さ(その上カードを作れば5%引き)に感動して、思わず液晶TVを買ってしまった。
今年1年は大きい買い物は控えようと思っていたのもつかの間であった。
やっぱり29型から14型というのはきつい。
映画を見るのもTVを見るのも思いのほか疲れる。
とかなんとかいいわけばかりを言っているが、結局私はTVっ子ということだ。
明日からまたバラ色のTV人生が始まる。
1月27日(土)晴れ
今週も週末に向うほど忙しい。
今朝は市内のイベントで取材をしていたら、知り合いのKさんと久々に会ったので写真を撮ってあげたらお礼にとお茶とケーキをご馳走してくださった。
とにかく最近はこの町でも知り合いがふえて、どこに行っても必ず声をかけられる。今日はI放送のアナウンサーの女性にもこんにちは〜と笑顔で声をかけていただいたので一瞬びっくりした。
だいたい私は仕事をしている時はほかのことにまったく気が回らないので、突然知り合いに声をかけられても対応できないことが多い。
今朝、ニュースを見ていたら交通事故対策の特集をやっていて、その中で事故に合いやすい子どもの特性というのを説明していたのだが、それには「ひとつのことに集中したらほかのことに注意を向けることができない」のが子どもだと書いてあった。それを見てまるっきし私のことじゃないかと思った。
昼はまた神辺の徳永に行ったら、マスターが今度売り出す予定の福山特産のくわいを使ったおこわのおにぎりを作ってくれたのでさっそくいただいたら柔らかくて美味しかった。
普段くわいとか正月くらいしか食べないがこういうふうにすると食べられるもんだ。このくわいを使ったおにぎりは特許をとったんだそうで、徳永が製造元になって近々お土産として販売される予定らしい。

「くわい入りおこわおにぎり」
そのあとも神辺でゆっくり遊びたいところだったが、今日は娘が帰って来るというのでいつもより早く家に帰ることにした。
夜4人家族が久々に揃うと、娘がちょっと早いけど、と言ってばあちゃんに誕生日のプレゼントのカーディガンを渡すと、ばあちゃんはありがとありがとと何度も言いながら嬉しそうにすぐそれに手を通した。
服を着てからも、ええ色じゃのう、と娘や私に声をかける。
それを見ながらほんとに孫というのはばあちゃんにとって無条件で可愛いもんなんだな、と思う。
娘と孫じゃあ、その温度差は歴然としている。
私とかも何度か誕生日に服をプレゼントしたことがあるが、そんなふうに喜んでもらえたことは一度もない。あるときなんか、誕生日の翌朝、あげた服がゴミ箱のそばに投げられていた、ということもあった。
まあ、服に限らず何をしてあげても彼女のほんとに喜ぶ顔というのはこれまで見たことがない。
私はもう何十年もばあちゃんを喜ばせることがどんなに大変なことか、を思い知らされてきた。
しかし、娘はいつもなんなくそれをやってのける。
その存在は圧倒的だ。
私はばあちゃんの嬉しそうな顔を微笑ましく見つめながらも、「愛情はいつだって不平等なもんだ」と心の奥で密かにつぶやいていた。
娘が今夜ビデオが見たいと言い出したので夜遅くにビデオ屋に連れていったら彼女は「雪に願うこと」という佐藤浩市の出ている映画を借りた。それで家に帰るやいなや大急ぎでお風呂に入って、すぐさまそのビデオを夢中になって見ている。
私はジョニー・デップの新作を借りてきたのだが、どうやら今日は見られそうにない。
それに明日は福山のLOTZでやっている「韓流スター写真展」(29日まで)を見に行くのでますます見られるかどうかわからない。
1月26日(金)曇り時々晴れ夜雨
今日はめちゃくちゃ忙しい一日だった。
朝いちで笠岡に出かけてお寺の消防訓練の取材を申し込んでから、少し時間があったので、そばの大判焼の店に行ったのはいいが、戻ってみるとすでに放水は始まろうとしている。
急いでカメラを構える私のところに笠岡支局のSさんが来てくださったので、今年最初のご挨拶。
またまた記事がカブるなあと思いながらも、もうすでに署長さんとかにインタビュー済みなので、いまさらやめるわけにもいかない。
もうこうなったら腹をくくるべ、と決めて寺の境内を走り回って写真を撮る。
しかし、どうも薄暗くていい写真が撮れない。
ストロボを使おうにも塔が遠すぎる。
それでもなんとか角度を変えて何枚か記事にできそうな写真を撮って早々に現場をあとにする。

「遍照寺多宝塔」
国の重要文化財・笠岡駅前ワシンそば
そのあとはほんとは予定していた取材先は2ヶ所だったのだが、さっき行った大判焼の店が今日取材OKといってくださったので、そっちも今日取材することに。
田口さんというその店は創業60年(!)とかで笠岡で一番古い大判焼の店だ。あんこもすべて手作りです、と話してくださった3代目のご主人も温厚そうで楽しい人だった。今日はたくさんお土産までいただいたので、帰ってからさっそくばあちゃんにやったら、美味しかった〜といつも何を食べても褒めない彼女が珍しく絶賛していた。

あずき、クリーム、白あんどれも100円(あずきは私が食べてしまいましたあ)
「田口商店」
笠岡市中央町
(県道井原笠岡線を笠岡方面へトマト銀行左折後直進)
その田口商店で別の取材がまたひとつ増えたので、結局そこを出たのは昼過ぎになってしまった。
その後、急いで予定していた2ヶ所の取材先に行って、やっと今日の仕事は終わってホッとしたのも束の間、帰ってから4つ(!)も原稿を書かないといけないと思った瞬間に眩暈がしてくる。
しかし、仕事を次の日に残すとますます大変になるからそうもいっていられない。
それにしてもお腹が空き過ぎてうちへ帰るまでもたないので、帰り道にあるフルート(笠岡インターそば)に寄ってランチをいただくことにした。
ここのオーナーにこの前美星のレストランで会った時に、彼女が毎週私のコラムを楽しみにしてくださっているのを知って、ぜひ一度お店に伺いたいと思っていたのだ。
今日いただいたコロッケと肉ダンゴのAランチはボリュムたっぷりでお腹いっぱいになって大満足だった。オーナーに取材の旨を伝えて店をあとにした。
家に帰ってから、半日あるからのんびりやろうと決めて4時間かかってやっと全部の記事を完成させた。
すでに目はしょぼしょぼ体もいつになくくたくただが、まだご飯を作る仕事が残っている。でも、こういう時冬場が助かるのは鍋料理という手があるからだ。
それで今日はすぐ準備のできるうどんすきにしといた。
娘がいなくなってから鍋料理をするのも前よりはうんと少なくなってしまったから手抜き料理とはいえ(これは内緒)、亭主は喜ぶに違いない。
今日メイメイからメールが来て韓国ドラマにまったく縁のなかった彼女もついに「オールイン」にハマってしまったようで、これで同じ韓流仲間と私はほくそえんでいる。
あのドラマを見てハマらん人の気がしれん、と私なんぞは思ってしまう。
韓国ドラマもただのドロドロの恋愛ものなら敬遠する人も多いかもしれないが、あのドラマはギャンブルに命をかける男のすさまじいまでの半生を描いたものなので、同じドロドロでも全然違う。
メイメイならきっと夢中になるだろうと思っていたが、韓国の映画やドラマはよく見る人かまったく見ない人か両極端に分かれてしまうことがほとんどで、彼女はそのまったく見ない人のひとりだったので、なかなかその未知の扉を開けるまでには年月がかかったようだった。
冬ソナのイメージが強いから韓国ドラマというと全部同じように思われる人も多いかもしれないが、傾向は似たものが多いとはいえ、今の日本ではまず作れないような重量感のある人生を描いたドラマが多いのも確かだ。
まだこれまで一本も見ていないという人はもののためしと思ってぜひ一度観て欲しいと思う。
私のオススメドラマは「オールイン」「ホテリアー」「威風堂々の彼女」」「秋の童話」(後半ちょっとしつこいけど)、「夏の香り」「新貴公子」(「カン・ドンウオンの「マジック」をまだ見ていない)。
娘は当然「宮廷女官チャングムの誓い」とか「チェオクの剣」を入れるだろうが、いかんせん私は見ていない。
基本的に現代の恋愛もんしか興味ないもんで・・。
1月25日(木)晴れ
夕べ読んだ本の中の一節「愚痴とかを交えなければ人生を語るのは簡単だ」(しかし、実際は愚痴と後悔抜きでは人生は語れず、勢い話はどんどん長くなる)。
「人生で大切なのは正しい質問を、正しい時に、正しい相手に向って問いかけること」(でもこれがなかなか言えないんよなあ)。
今日はこの前メイメイに教えてもらったカフェに出かけたのだが、外観は可愛いしセンスもよさそうだったが、入ってみたらどうももうひとつだったので、お茶だけ飲んで帰った。
でも、たぶん女性(特に中年)にはウケる店だろうなあ、という気がした。実際お客さんはけっこう来ていた(店主の知り合いらしいおばさんだらけ)。
家に帰ってまた取材のための情報収集。いまやうちにいてもいくらでも情報には全然困らないのでほんとにいい時代になったと思う。
それにしても今年の冬は暖かい。私のような寒がりでもまだ楽勝で動ける。
夕方ダウンジャケットをはおって近所のコンビニに情報誌を買いに行った。
私は月に何種類もの情報誌や新聞や経済誌などに目を通すが、そうやって新しい情報に触れる時が実は私にとってはいつも至福の瞬間なのだった。
私は双子座だからでもないだろうが、常に変化を求める性格だ。それに、いわゆるミーハーで新しいものにたいする興味が尽きない。
それは年齢を重ねても全然変わらない。
そういう自分の性格がいったいどこで出来上がったんだろうと時々思うことがある。
私は小学生のころ、学校でも勉強が特別できるでもなし、性格も内弁慶でいいとこなしだったし、家に帰っても両親は仕事ばかりで全然話相手になってくれなかったもんで、どちらかというと地味で暗い子供時代を過ごしていた。
しかし、唯一私が生き生きと過ごせる場所がひとつだけあって、それは近所の小川だった。
私は春が来て水が温むようになると毎年のように川遊びをしていた。
そういう時一度幼なじみのMちゃんを誘ったことがあるのだが、彼女のお父さんに「女の子が川とか行くもんじゃない」とか言われて、私は結局一人で家の裏道を駆け抜けて土手へ向うのだった。
川は毎回私をいろんな顔で迎えてくれたがいつもそこには不思議な安心感があった。学校や家では自分の居場所がなかった私も、ふるさとの自然の中では「自分」でいることができた。
私は毎日真っ黒になって、川底の小魚やエビ(昔は水が奇麗だったからこんなもんもいた)や通称四つ目(今やもう絶滅したらしい)やドジョウなんかを夢中で捕まえていた。
冷たい水の中に手をそっと入れて底の石をはぐっていくと色んな生きものがひゅうっと飛び出してくる。しかし、それらは素早いので、最初はなかなか捕まえられないが、川の流れにだんだん目が慣れてくると、うまく網で掬い取ることができるようになる。
私は両手を伸ばして川底の石をそおっと持ち上げる時のあのなんともいえないワクワクした気持ちを今でも覚えている。
石ははぐってみるまで下に何が隠れているかわからないから、ちょっとどきどきする。
でもそれは不安感より期待感のほうがはるかに大きい。私はその時、未知のものを見たいという強烈な欲求を感じている。
実際、自然ほど新しい発見と驚きに満ちているものはなかったように思う。
そしてあれから40年・・私は今でも新しい店や新しい人間に出会う時、いつもあの時感じたようなドキドキ感を感じる。
どんな店なのか、どんな人なのか、出会いはいつも新鮮で私をときめかせる。
それは自然との出会いに感じたような未知のものへの探究心というか、憧れが私にそんな気持ちを抱かせるのかもしれない。
こんなミーハーな母に娘は時々呆れているが、私はたまにはそういう自分を持て余すものの、けっこう面白い人生やってるんじゃないかと思っている。
いくつになっても少女の頃のワクワク感というのを持ち続けられるというのはある意味幸せなことじゃなかろうか(回りは大変だろうけど)。
1月24日(水)曇り時々晴れ
今日は昼はコンというレストランに出かけてランチをいただきながら、奥さんのKさんと色んな話をして楽しかった。
彼女は長野からお嫁に来ているそうで、やっぱりもともとこの町に住んでいる人とはなんとなく違う。
幼いお子さん二人の子育てをしながら旦那様の仕事も毎日サポートしている彼女はほんとにバイタリティに溢れている。
今日初めていただいたランチも優しい味付けですごく美味しかった。最後はデザートまでご馳走になってほんとにありがとうございました。
「リストランテ・カフェ・ド・コン」R313を井原方面へNTT交差点を右折セブンイレブン前
そのあと、この前Mちゃんにもらった蔵のロールケーキがどうしてもまた食べたくなって、買いに出かけたのだが、あいにく定休日だった。
西江原まで行ったのでそのまままた美星に上がってレストランに行ったら、今日はマスターの双子のお子さんが来ていて腕白ぶりを発揮していた。
しかし、双子を育てるというのは並大抵の苦労ではないだろうと娘をひとりしか育ててない私なんかは思ってしまう。
徳永のマスターのところも双子のお子さんがいて、小さい頃は一人ずつ背中におんぶして仕事をしていたと話していた。
一卵性とか二卵性とかで違うのかもしれないが、うちの親戚の双子の兄弟は性格が全然違うようにみえる。
今日そのことをマスタ−に話したらやっぱり彼の息子達も好みとかがかなり違うと話していた。
以前TVで「5つ子」の成長記録みたいな番組をやっていたが、5つ子というのは面白いくらいケンカというのをしないんだそうだ。
5人もいれば暗黙のうちにその中で社会というのが出来上がるのかもしれない。
しかし、双子もすごいが5人なんていうとまことに想像を絶する。
そういえばあの山下さんちの5つ子ちゃんはどうなったんだろう。
みのもんたは朝も昼もTVに出ずっぱりなのに、今日は夜まで生放送に出ている。
「朝ズバッ!」ではよく立ったまま居眠りばかりしているが、今夜はさすがに生の特番ということで寝てもいられないようだ。
しかし、ゲストで出ているハマコーとかのやり取りを聞いていると、やはりたけしならこんな時にあのハマコーのアクの強いキャラを生かしてうまくジョークに繋げて番組の空気を面白い方向へ持っていけるのになあ、とつい思ってしまう。
そこへいくとみのもんたはああいうアクの強いタイプが苦手なようで、生番組だと余計その場その場でうまく対処できないからいつもハマコーが出ると番組がしらけてしまう。
みのもんたは毒舌で売っているが、どうもいつも感情論でものを言っているような気がするし、政治経済の面でも知識が浅いし、一貫性がないので、たけしみたいに機転のきいたアドリブをきかすことはとうてい無理だと思う。
しかし、いまや日本で一番TVによく出ている人気司会者であるからして、もう彼のやりたい放題である。
前も書いたが、たぶんみのもんたはいい加減だからウケてるんだろう。TBSの番組でも日テレの「おもいッきりTV」の宣伝ばかりしている。
それにしても私の予想では彼はあと半年もしないうちに過労でぶっ倒れると思う。
この前週休3日だという島田紳助も「みのもんたとか見ててアホちゃうか、思いますねん」と言っていた。
今日、美星の星の郷レストランのマスターに私のHPのタイトルの「Valparaiso」の意味を聞かれた。
なんでもその店を訪れた外人さんがそれを見て「これは大学の名前だ」と言ったとか。
実はあれはSTINGの曲のタイトルなので、彼と二人、もう外人さんたらいい加減なことばっかり〜と笑ったのだが、家に帰ってネットで調べてみたらほんとにそういう大学があったので、びっくりした。
そのValparaisoというのは南米のチリにある港町なのだが、たぶんそこにある大学も同じ名前なんだろう。
しかし、その外人さんはものすごい物知りではなかろうか。
それにしてももっと驚いたのはネットで「Valparaiso」を調べると、私のHPが最初に出てくることだ。
もしかしてこの変った地名は有名になるやも知れぬ、とひとり勝手に喜んでいる。
この「Valparaiso」という曲は「白い嵐」という映画のテーマにもなっているが、私は映画を超えるほどの力を持った曲だと思う。この世のあらゆる生と死はいつも最後に海に還っていくというような深いメッセージ性を感じる。
その曲を聞くたびに私はいつもなんとなく生きていることも死ぬことも全部受け入れられるような気がしてくる。
そして、いつ聞いても涙があふれてくる。
何ものか大きな物に守られているような温かい気持ちになる。
STINGの曲はいまや私の宗教であり、生きる道しるべだと思う。
1月23日(火)晴れ
今朝は久々に神辺の徳永に行ってまたマスターと色んな話をした。
マスターは昨日ひとりで映画館に行って何を見ようかと迷ったあげく、結局「武士の一分」を見たんだそうだ。
見ようとした映画の中には「愛の流刑地」も入っていたらしいが、あの映画を男一人で見るのはなかなか勇気のいることと思われる。
私が行った時も客は女の人ばっかりだったし、カップルで行っている男性とかはいても、男一人というのはまずいなかったと思う。
でも、マスターはラストが気になるみたいだし、たぶん今度ひとりでまた見に行くんだろうなあ。
それで夜帰って一人でウハウハするんだろうなあ。
最近、色んな店で、仕事関係とかで会っている男女が話しているのを聞いているとよく思うことがある。
それは若い女性というのは他の男性にたいして(特に相手の男性に少なからず好意を持っている場合)はたから見ていると面白いくらい「女」を売っているということだ。
その声のトーンやどこか媚を含んだ言い回しというのは結婚前の女性の意識の中ではちゃんと計算されているものじゃないかと思ったりする。
それはもう本能に近いものだ。
しかし、私なんかから見るとそういう女の男をひきつけるためのやり方というのは見え見えで、ああ、こういうところに男は騙されるんだなあ、と思わず笑えてくる。
ほんとに仕事や自分自身に自信のある女性はそういう女としての部分をかえって削ぎ落としているもんじゃないかという気がする。
しかし、男性と一緒に仕事をする場合、結局は最後は男性の「好み」がものをいう、というか、女として好かれたもんの勝ちということを女たちはどこかでちゃんとわかっているのかもしれない。
実際、上司だって人間だから好き嫌いの感情で部下の仕事ぶりを評価している場合が往々にしてある。
私も昔色んな男性の上司のもとで働いたが、いくら仕事で頑張っても最終的にはそういう感情的なことに左右されることが大きかったので、頑張れば頑張るほど最後は上司に疎まれてしまうということもあった。
私が出会った多くの男性の上司というのはたいてい仕事をやりすぎる女が嫌いなようだった。
男はしっかり会社や店のために頑張ってくれる女性を求めてはいるが、その気持ちとは裏腹に女のできすぎたのも嫌だという保守的な部分も持っているような気がする。
事実、昔いた職場でも仕事ではちょっと抜けたところはあってもお喋りで可愛いタイプの女が重宝されたりするということがよくあった。
実際、女の場合仕事だけできてもあんまりいいことはないというのが現実かもしれない。
日本はまだまだそういうところで遅れをとっていると思うが、私はそういう上司のやり方を嘆くより、女だからとかどうこうなんていうことを言わせないくらいの仕事をすればいいんだとよく思う。
そう思えば昔の私はまだまだどこか中途半端だった。上司に有無を言わせないくらいの出すぎた杭になるべきだった。
この町でも女の人が何か目立つことをやると皆色んなことを言うが、そんな人たちには好きなように言わせておけばいいんだと思う。
だいたい何もやらない人間に限って人が新しいことをやろうとすると難癖をつけたがるもんだ。
でもそれを気にしてしまって新しいことをやろうとしている人が躊躇してしまう場合もある。
この前会った女性もそういう話をしていたから、そんな人たちは放っておいて、どんどんやればいい、出すぎた杭になればいいんです!と話したら、なんだか元気が出た、と言ってくれた。
実際女の足を引っ張っるのも女ならそういうものをなくしていけるのも女じゃなかろうか。
夕方また今週号の新聞の原稿が届いたので、急いで目を通して内容の最終チェックをする。
実は取材よりもこの最終チェックというのに一番神経を使う。
それで今日も原稿の訂正をして、なんとか今週号の新聞発行にこぎつけた。
気がつけばすでに外は真っ暗。今日も一日終わった。
夜知り合いの女性からメールが来たので読んでみるとどうやら保育園へ行きたくないと言う子どもさんに手を焼いているらしい。
それを聞いて実は私も登園拒否をやって結局保育園には行ってない、ということを書いて送ったら「さすがレイチェルさん」と言われたが、それって褒められることなんだろうか。
実際、子どもにとって集団というのは親が思うほど居心地のいいもんでもないと思う。
それでも私は保育園は行かなかったものの、幼稚園はすんなり行ったようだ。たぶん妹が生まれたこともあっていおちおち親に甘えてもいられなかったんだろう。
しかし、実のところ幼稚園も小学校も中学校も高校も最後に行った短大も学校という所はほんとは私にとってはそれほど面白い場所ではなかった。
十代は特に内気な面ばかりが出て、他人と付き合うのがほんとに苦手だったし、自分を出すことにものすごい抵抗があった。
そういう人間にとっては集団の中で生活するというのはほんとにストレスがたまることだった。
だから、私は早く学校を出て社会に出たいとそればかりを思っていた。
事実、働き出してからの私はそれなりに大変なこともあったももの、大きな何かからは解放されたような気分になったのを覚えている。
実際親のすねをかじっている間はほんとの自由なんかないもんだ。
1月22日(月)晴れ時々曇り
夕暮れ、いつものように運動公園のそばの坂道を車で走りぬけながら、好きな音楽に耳を傾ければ、私の人生もなかなかいいんでないの、と妙にじーんとしてくる。
一歩外へ出れば行きたい場所もたくさんあるし、そこに行くための自由な時間もある。
好きな音楽や映画や本や、人生を楽しめる道具はたくさんあるし、話したい人たちがどこの町にもいる。
一人で動くことを恐れなければ世界はずっと広くなる。
誰かと何かをすることももちろん楽しいが、一人で動くことはまた別の楽しみがある。
それで、今日はその楽しみのひとつであるカメラを持って鞆まで出かけたのだが、途中から雲行きが怪しくなってきたので、通りの店を2軒を回っただけで、蝋梅の写真はまた今度撮りに行くことにした。
今日最初に立ち寄った田渕屋ではママさんが粋な和服姿で迎えてくれたので、「素敵ねえ」と思わず叫んでしまった。
彼女は小柄で女性らしい優しい雰囲気があるので着物がとてもよく似合う。
この前中国新聞にお店のことが載ったので、その日はけっこうお客さんが来たんだそうだ。
そのあとは最近できたばかりの「さと野」という和雑貨の店に行ってみたのだが、小物がほんとに可愛いし、オーナーの里野さんも笑顔が素敵ですこぶる感じがいい。
また鞆にいい店ができたなあと思って私も嬉しくなった。
ほんとにオススメのお店だ

「さと野」
鞆町鞆(田渕屋の前をまっすぐ山のほうへ)
084−982ー4368
木曜休み
夕方家に帰ってからは大急ぎで今日返す予定のビデオを見る。
昨日全部見ようと思っていたのだが、結局コラムに時間をとられて見られなかったのだ。

「ミッションインポッシブル3」
以前見た「ラストサムライ」は映画自体はたいしたことないと思ったのだが、強烈なインパクトのあった渡辺謙が一躍脚光を浴びた。
主役のトム・クルーズを食ってしまったといわれたくらいだが、私はあの映画を見て、やっぱりトム・クルーズはすごい、さすがハリウッドの大スターの貫禄十分だなあと思ったものだ。
渡辺謙が殺陣が上手いのはある意味当たり前かもしれないが、トム・クルーズはたぶんあの映画で初めて刀を使う訓練をしたんだろう。
彼の俊敏な動きを見ながらスターであり続けるための陰の努力と映画にかける情熱みたいなものをあたらめて感じた。
実際彼はほんとに映画に人生をかけているんだろうとこの映画を見てますますそう思った。
だいたいあんな大スターでありながらこんな下手をしたら死ぬかもしれないような危険極まりない役をよく引き受けたもんだと思う。ジャッキー・チェンなんかもロケで何度も死にかけたそうだが、この映画でのトム・クルーズもほんとにジャッキーも真っ青になりそうなシーンを一人でこなしている。
ビルからビルへ飛び移るのなんかほんとスパイダーマンもどきである。
そして、この映画の一番の魅力はもちろん彼の体を張ったアクションもそうだが、なんといってもスピード感と緻密な計算による完ぺきなミッション遂行にある。
どんな危機に陥っても瞬時にして様々な方法を算出し、あらゆるテクノロジーを駆使して任務を全うするイーサン・ハント(トム・クルーズ)とその仲間たち。
それはもう完ぺきなまでにスマートなんである。(色んな国に行くたびに違う言語を喋るのには恐れ入った)。
今回敵方のボス役をやっているのは「カポーティ」でアカデミー賞の主演男優賞を獲ったフィリップ・シーモア・ホフマン。彼は以前オカマ役をやっているのを見てほんとに上手い俳優だと思ったが、今回は例の渋い声で冷血な役柄をうまくこなしていた。
しかし、お金をかければいい映画が作れるもんでもないが、この映画はかけたお金以上に俳優が命がけで面白い映画を作っていると思った。
それにしても映画館に行かなかったのが悔やまれる。うちの14型のTVでもこんなに面白いんだから、映画館で見たら凄かったろうなあ。
トム・クルーズは走るんも早いで〜
☆4つ。
1月21日(日)曇り寒い
窓に映ったどんよりとした冬空を見て、ほんとに昨日旅行に行ってよかったな、と朝思った。
自由業はこういうところが便利なもんだ。
もう今さら時間に縛られるような仕事はできないだろうなとも思う。
それでも日曜日とて朝はのんびりはしていられない。
こっちがご飯を食べる前からばあちゃんはすでにスタンバイOKで遊びに行く気満々だ。
なんとも忙しいことだが、気の短い彼女は私がご飯を食べるのも待てないのでしかたない。
それでまた神辺で彼女を下ろしてそのまま私は朝ごはんを食べに行く。
今日行ったのはミントジャムスという喫茶店だが、ここはよくBGMにユーミンがかかっている。いつもたいていお客さんが多いから、みんな余り気に止めていないかもしれないが、そこの店の年季の入った大きなスピーカーはJBLといって有名なメーカーのものだ。
以前知り合いだった高校の先生も同じメーカーのスピーカーを持っていたが、彼は給料をはたいて買ったその高級なスピーカーで工藤静香を聞いていた。
話は脱線したが、その店ではモーニングも何種類もあって私が今日食べたのはパンの他にうどんとかおにぎりまでついてて500円と、ほんとに安いし美味しい。
やっぱりここのモーニングは人気のようで今日も座るところがないくらいだった。
この前、モーニングを生まれて初めて残した、と日記に書いたら萌のママさんにそれはどこなあ〜?教えて〜!と言われてちょっと慌てた。そんなひどい店のことは言えんよなあ。
しかし、モーニングは一応モーニングサービスというくらいだから、お客さんにサービスで出しているのものなので、店の儲けには直接繋がらないかもしれないが、実はこれがなかなかあなどれんのである。
日曜日はアイロンの日、みたいな感じで夕方はずっとアイロンがけをしている。
とにかく亭主の一週間分の制服とシャツをそろえておけば明日からまた朝安心というわけだ。
午後から「神話」と「M:I:V」をちょっとずつ見た。
やっぱり「M:I:V」は途中で意識不明になってしまった。このシリーズの最初のやつを見に行ったときも映画館で爆睡してしまって気がついたらトム・クルーズが宙吊りになっていたという笑えない思い出がある。よっぽど縁がない映画なんだろう。
それでTVをまたBGM代わりにつけていたら、「人間見た目が9割」の著者が出ていたのか、女性と男性の嘘のつき方の違いとかを話していた。
その話によると嘘がばれそうなとき女は攻撃的になり、男は防御にまわるんだそうだ。
というわけで怪しいなと思って問い詰めたときに視線をそらして言い訳をするのが男らしい。
だからじっと目を見られると男性は女性に心の中を見抜かれてしまうというのだ。
その点女はたいていの場面で強気である。
だいたい相手に何か言われても絶対自分は悪くないと思っているのが女だし(私のことかも)とにかく反省しないし(私のことかも)、どんな時でも自分を正当化する(私のことかも)ことに長けている。
それゆえ、男より長生きするんだとよく思う。
午前中に娘からメールが来て「今総社駅だけど、これから高梁に行こうか岡山に行こうか迷ってるんよ」とか言ってきた。それで、高梁駅の周りって何かない?と聞いてきたのだが、急に言われても頼久寺くらいしか思いつかない。
それを聞いて寺かよ、なんかほかにないのか、観光地は。と我儘なことを言ってきたので、なんもないよ、と返事を書いた。
じゃあ、岡山で買い物でもすればという私の意見を結局聞かずに彼女はその後ほんとの高梁へ行ったらしい。
あとでどこへ行ったん?と聞いたらデパートで買い物したという。高梁にデパートってあったっけ、と頭をひねったが、どこにあったか、全然思い出せない。
まあ、それにしても24歳の女の子がこんな天気の悪い日に一人で高梁行くっていうのも渋すぎる。
まあ、どこでもいい日曜日に外に出るのはいいことだ。
彼女に限らず外に出て行く人間が私は好きだ(レイチェルの勝手な言い分)。
もう信じられない!!!そのまんま東を選んだのはどこのどいつだあああああ〜
1月20日(土)晴れ
いいひ〜たび〜だち〜♪ということで今日は青春18きっぷの最後の一枚を使ってまた西へと旅にでた。
しかしながら、冬場はどうも出足が遅れるのは毎度のことながら、今日も今日とてまた快速電車に間に合わない。しかたないから鈍行で尾道まで行って、そこで下車して、次の快速までちょいと時間を潰すことにした。
それで立ち寄ったのが、HPに載せさせていただいている「芙美子」というお店なのだが、またまたママさんとふたり尾道の話題が尽きなくて、気がつけば電車の時間はとっくに過ぎている。
ま、これも毎度のことなのでなんともない。旅にはハプニングがつきものだ(?!)。
それにしても今日はそのお店でお土産までいただいてしまった。
それで家に帰って箱を開けてみたらこれがすごい代物で、「芙美子饅頭」というくらいだから尾道色たっぷりでなんと表面にいりこが乗っかっている。
食べようすると海の香りがぷわわわ〜んとする饅頭なのだ!!

「芙美子饅頭」
ママさんにありがとうございましたっとお礼を言ってやっと今日のメインの旅に出る私・・。
宮島口まではこの前も行ったから楽勝だったのだが、なんせその次の駅からはこれまで乗ったことのない路線なので、ちょっとこころもとない気はしたものの、海が見えてくるとしだいに「思えば遠くへ来たもんだ」と旅の情緒が沸いてくる。
いよいよ岩国が近付いたと思った時に大きなカーブを描いた海岸線の向こうにものすごい数の石油コンビナートの煙突が見え始める。
以前車で2号線を走ったときもあの煙突からモウモウと上がる煙を見てあんな工業地帯のすぐそばに人間が暮らしているんだよなあ、となんだか息苦しいような気分になったものだ。
その時、岩国という町イコールスモッグというイメージが強烈に私の胸に焼きついたのを覚えている。
今日もその立ち並ぶ煙突を見ながら、私の中でしばらくあの工業地帯と錦帯橋とかが結びつかなかった。
でも、実際どちらも存在しているのが岩国という街だ。
駅に降り立って時間がないのですぐさま錦帯橋行きのバスに乗ることにする。しかし、お腹が減った。早くどこでもいいから食べるところに行きたい。
すると、すぐそばにタクシー乗り場があって、錦帯橋まで片道1440円と書いてある。でも、ここまで18きっぷで来てそんなもんにお金使っては意味がない。
面白いのは岩国出身の漫画家の弘兼憲史さんにちなんで「島耕作バス」というのが走っていることで、その車内も漫画でいっぱいだった。

「島耕作バス」
やっと錦帯橋口にたどり着いたのはいいが、あんまりお腹が空いて歩けないので、橋のそばをちょっと歩いたところにあるレトロな食事処に入った。
聞けば、なんでも100年くらい前の建物なんだそうで、トイレに続く中庭に鳥居まであるのは驚いた。
岩国といえばどこでも押し寿司のようで(宮島は穴子めしだった)ここでも名物にうまいものなし、という言葉がいっしゅん頭をよぎったものの、まあ、ここまで来たんだから食べてみるべ、と思ってその店のお寿司をいただいたら、これはほんとに美味しかった。
それに、岩国はなんでもレンコンの産地だそうで(9個穴が開いているらしい)、料理にもレンコン蕎麦みたいなのもついているし、とにかくレンコンづくしだった。

「菓子工房 緑の里」
岩国市岩国1丁目
(バス乗り場から錦帯橋の入り口の前を通って左折)
お腹も膨れたところでやっと橋を渡ることにする。
しかしながら錦帯橋という橋は上がったり下がったりもなかなか大変だが、木の階段が細かく作ってあるのでかえって歩きにくいし、途中で転げそうな勢いだ。
もうしかたないから途中からは何段かいっぺんに飛ばし飛ばし歩いた。
途中は写真を撮ろうにも前が何も見えない。

それで橋よりも目の前のキラキラ光っている川の流れのほうに目を向けて写真を撮ることにする。

やっとのこと渡りきったので、すぐさま川原におりた。

「錦帯橋」
メイメイにメールで聞いたら、橋を渡ったところに古い町並みがあるとのことだったのだが、今日の私はちょっと行きたい店があったので、そっちを優先することにした。
結局その店は一応見つけるには見つけたのだが、チーズケーキはとても美味しかったものの、ネットで見たのとは店のイメージが違っていたので、写真も撮らずに帰った。
まあ、なんでもそうだが、百聞は一見にしかず。喫茶店は結局のところ人間がやるもんであった。
もうちょっと橋のまわりで写真とか撮りたいところだったが、なんせ出足が悪かったので、のんびりもしていられない。帰りもまた2時間半近くかかるのだ。
たいていなら日帰り旅行は日の明るいうちに帰るのが私のモットーであるのに、今日なんか福山に着くころには真っ暗になってしまいそうだ。
今回は少々忙しい旅だったが、それでも色んな町で一人旅をしていると今の日本が垣間見える気がする。
特に電車でお国言葉でおばちゃんたちが喋っている内容なんか聞いてると面白い。
今日もあるおばちゃんが「女の子には大学までやる必要はないんよな。へたに勉強させたら小理屈を言うようになる。どうせ女は結婚して子どもを生むのに学問はいらんじゃろう」とかなんとか一生懸命連れのおばちゃんに話していた。
電車では色々な人がそれぞれの生活をそのまま車内に持ち込んでくることもある。
特に最近の電車というと、バリバリにお洒落した若い女の子から紳士づらしたおじさんにいたるまで携帯のマナーがひどいし、二人掛けの席でも自分の荷物を隣に置いて誰も座らせないようにするし、子供は野放しでどんなに騒いでもそばにいる親も全然叱らないし、ほんとにやりたい放題だ。
そういう子供たちは学校でもおんなじように歩き回って騒いでいるんだろうと想像がつく。
私はその手のガキどもができるだけ同じ車両にいないことを祈っているのだが、今日もやっぱりいたので、すぐさま車両を代わった。
大人が我慢を強いられているこの国はいったいどこへ向っているんだろうとますます思う今日このごろ。
しかしながら日本がどんな国になろうと私の旅はまだまだ続く。
1月19日(金)晴れ
今日は一日井原と笠岡を駆け回って3つ取材を済ませた。
途中じいさまばあさまたちがゲートボールをしているのに遭遇したので、また新聞をせっせと配ったらみんな大喜びで見てくださった。これで読者が増えればいうことない。
笠岡の新しくできたレストランで取材が終わったのが夕方4時過ぎ。そのまままた萌でお茶を飲む。
ママさんは笠岡とライブハウスの主みたいな人だから情報網もすごい。
今日も夢中になって色んな話をしていたら、あっという間に日は暮れてしまった。早く帰らねばご飯を作る暇がなくなる。
しかし、週末に向かうほどめいっぱい頑張ることになるのも毎度のことだが、今週もなんとか終わった。
それにしても夕べは急に娘が泊まりに来て、というので無謀にもスッピンのまま夜10時に総社に行って彼女のマンションで一泊したのでアサガエリなんぞということになって、それゆえますますハードな一日になった。
昨日娘のアパートに着いてから寝る前に彼女が言うには、最近隣の部屋の住人が夜中に彼女を連れ込んでいるんだか、なんだかへんな物音がして寝られない、とのことなので、私も妙に気になって、なんだか熟睡できなかったのか夜中に目が覚めてしまった。
暗がりの中で、携帯を手繰り寄せて見れば午前3時と表示している。
まだ真夜中じゃあ、と思いながら、うとうととまた寝かけたら、なにやら急にギーシギーシという気持ち悪い音が部屋中に響き始めた。
その瞬間、な、なんだろう、娘が言ってた変な音ってこのことかなあ、カップルでいったいどんな変態めいたことやってんだろう、とものすごく胸がざわついて、心臓がバコバコしてきて、もう完全寝られない。
しかし、私の不安をよそにその音はそのあともとぎれとぎれだが、1時間近くずっと続いた。
その得たいの知れない音に神経を尖らせながらもその正体を知る術もなく、私はいつしか眠りに落ちてしまう。
すると、しばらく時間が経ったのか、そのうちまた同じ音が浅い眠りに浸入してきて、私は再び目を覚ました。
今度もまた部屋中にギルギルギシギシと不快な音が響き渡っている。
それにしても隣とは一応厚い壁があるはずなのに、なんでこんなによく聞こえるんだろう、としだいに冷静さを取り戻した私はその瞬間あることに気づいてはっとする。
も、もしかして、これってまさか娘のは、ぎ、し、り??????!!!!
そう思ったとたんヒュルヒュルと肩の力が抜けていく。
そ、それにしてはひどい!!!もうこれは歯ぎしりとも言えないひどさだ。
ほんと犯罪に近い。彼女をたたき起こして口に詰め物でもしたいくらいだ。
しかし、気持ちよく寝ている人間にそれもできないので、もうこのまま布団をかぶって防御するしかない。
結局そのすごい歯ぎしりのおかげで私は昨日はほとんど寝られずに朝を迎えて、仕事があるためすぐさま家へ帰ったのだが、一日頭は朦朧としていた。
しかし、いびきも大変だろうが、歯ぎしりもどうにもならない。
まあ、いまのところ彼氏がいないからいいようなもんだが、母としては彼女のそういうところもまるごと愛してくれる男が現れるのを待ち望むのみである。
この前借りた韓国ドラマの「ごめん、愛してる」は1話は後半早送りしながらでも辛抱してみたが、2話になってますますつまらなくなったので、どうにももう我慢できなくなって見るのをやめてしまった。
同じようにして借りたドランクドラゴンの塚地の出ている「間宮兄弟」も30分ほど見たところでこと切れた。
もっと面白いビデオはないもんか。
そのうち娘からメールが来て「私の歯ぎしりのこと書いたな〜面白いけど恥ずかしいぞ〜」とか言ってきたので、すまんすまんと言いながらもこれもモノ書きのサガさ〜家族は耐えてくれ〜とどこか飄々としたもんだ。
10年ほど前私が文章を書き始めた頃、なかなか思うような文章が書けない時など友人に色んな相談をしていたのだが、その時彼女に「レイチェル、ほんとにものを書く人間になりたいんだったら、身内の恥だろうがなんだろうが、何でも書くんよ!」と叱咤されたのを覚えている。
私はそれを聞いて、そうかあ、書きたいことを躊躇しちゃだめなんだ、書きたいように書けばいいんだ、と変に安心したもんだ。
ということで、それ以来うちの家族はしょっちゅうコラムのネタにされて、その都度少々嫌な思いもさせてしまったと思う。
それでも、最近こんなことがあった。ばあちゃんが店で私のコラムをお客さんに見せながら「これ娘が書いとるんよ、うちのことも何でも書くから、わたしらも何回も書かれたわ」なんてことをけっこうまんざらでもなさそうに話しているのだ。
うちの中にものを書く人間がいるというのは家族にとってはある意味災難なことだが、だんだんとそれに慣らされて、いつしかそれをどこかで楽しんでいたりする。
それもこれも家族が私が面白いものを書きたいと思っていることをわかってくれているからだと思うし、書く人間としての私を認めてくれているからだと思う。
それをいいことに相変らず家族を格好のネタにしてしまう私も容赦ないのだが、まあ、いいものを書くことで許してもらうよりほかない。
1月18日(木)晴れ
今日は朝いちで矢掛に向ったのはいいが、うちを出て裏道を走り始めたとたんにものすごい霧で、前がなんも見えない。
しかたなくライトをつけて走るが一寸先は闇ならぬ霧、状態が矢掛に着いても当分続いた。
遠くの山もけむって全然見えない。
こんな日にイベントをほんとにやってるんかいな、と不安になりながら本陣を目指すが、やっぱり通りではなにもやってない。
霧で中止なんじゃろか、と思いながらもちょっと町内をうろうろして、またもとの商店街に出ようとすると途中でなにやらイベントをやってそうな気配がある。
情報では「市」は本陣前で開かれるとあったのにまったく思ったところとは違うでないの。
まあそれでもここまで来たのが無駄にならなくてよかったと思って、さっそく取材を申しこんだ。
それでその市(大名市というらしい)の発起人のSさんと色んな話をした。
矢掛が大好きだという彼女はほんとに(矢掛は)いいところもいっぱいあるので、もっとみんなにそれを知ってもらって、元気な町にしたいとおっしゃる。その熱い思いがこちらまで伝わってきて応援したくなった。
ブース出店(古着・野菜・日用品・花・果物・雑貨)は誰でもOKなので、希望者はどんどん参加してください。
連絡先 0866−83−0222(柴田さん)0865−44−7517(小林さん)

「やかげ大名市」
岡山県小田郡矢掛町・矢掛本陣前の美術館通り
毎月8のつく日
取材が終わってからまた美星に行ってみようと思ってめったに通らない矢掛から美星に上がる道を通ったら、途中、「白糸の滝」とかいう看板が見えたので、興味をそそられて車を降りた。
その滝の名前は以前聞いたことがあるような気がするが、実際に見たのは今日が初めてだった。
そばの葉っぱの落ちた木々に囲まれるようにして密やかに存在するその小さな滝は奇麗な水がさらさらと流れ落ちていて、川の水と合流するあたりからはその水の流れも急に勢いを増している。

「白糸の滝」
(矢掛町から成羽方面へ向う途中三山方向へ左折)
デジカメで撮ったその写真を美星の星の郷レストランのマスターに見てもらいながら、今日もあれこれ彼と話してお茶をごちそうになってまた山を下っていった。
美星もまだまだ知らない場所がたくさんあるもんだ。

「ダンサーの純情」
この映画の主役のムン・グ二ョンという女優は韓国国民の妹と言われるくらいの人気者なんだそうで、なるほど映画を見てみるとほんとに愛らしい。
純情無垢の田舎娘がダンスの猛特訓を受けて大人の女性として成長していくというストーリーはお決まりという感じだが、その女優の可愛さとダンスの素晴らしさがこの平凡といえば平凡な映画をいい映画にしている。
しかし、ほんの3ヶ月ほど練習しただけであんなにダンスが上手くなるもんかねえ、というギモンが沸いてくる・・それはまあいいとして、前半ヨンセ(パク・コニョン)というプロのダンサーに彼女がほとんどやったことのないダンスを習っている時は二人がしだいに親密になっていくワクワク感があってよかったのだが、後半になると一気にストーリーが臭くなるのはいかがなもんか。
それにしても韓国のドラマや映画では男女がいくら親密になりかけても決して一線を越えないというのが定番だが、この映画もやっぱりそうで、どうもそのあたりが不自然というか、違和感を感じてしまう。
世の中の男と女がそんなに奇麗ごとだけで済むわけない、と私なんかは思ってしまう(このたびはちょいと熱くなっている)。
いったい韓国の純愛路線というのはいつまで続くんだろうという感じだ。
まあ、こういう映画が観客を250万人も動員したというのも韓国ならではだろう。
それでもなんだかんだいってもダンスシーンはほんとよかった。彼女は踊っている時はまるで別人で妙な色気がある。
☆3つ。
以前買ったコーヒーメーカーは二人ぶん一度にできるのはいいのだが、どうも量が物足りないと亭主が言いだしたので、娘にそれをやることにしてまた新しいのを通販で注文した。
それが今日届いたので、さっそく作ってみるとやっぱりたくさんいっぺんにできるし保温もきくから(普通きくもんだけど)大変嬉しい。
しかし面白いくらい安い。

「ベルーナ・コーヒーメーカー980円」(送料別)
1月17日(水)小雨後曇り
以前ある50代半ばのバツイチの男性に最近メル友と不倫して結局離婚した女友達がいるんだ、という話をしていたら、彼は即座に「不倫はいけんで〜。ありゃあ、やるもんじゃない。ええことなんもないで」というので、おやっと思ったら、なんのことはない自分も過去に不倫経験があって、その時の苦い思い出が彼にそんなことを言わせたのだった。
「もう彼女と一緒におっても時間が気になって気になって、はよう(早く)うちに帰りとうていけんかった」なんてことまで言っている。
私はそれを聞きながら、彼は彼女と付き合っている瞬間も本気になれないような男だから結局奥さんにも捨てられたんだな、と思ったのを覚えている。
それに相手が誰であれ、自分の過去の恋愛を否定するような男も嫌だなという気がした。
今日見た「愛の流刑地」では逆に不倫の相手に心底溺れ、その果てに究極の道を選択してしまう女性の話だ。
主演は私の好きな寺島しのぶ。決して美人ではないが、彼女の中には女の情念を感じるし、激しさと弱さの両方のサガが宿っているような気がする。
しっかし、普段はたいてい誰かがお菓子の袋をガサゴソいわせたり、おばさんたちが余計なお喋りをしてうるさい映画館が今日の映画はのっけから水を打ったように静まり返っており、咳払いひとつしない。
なにしろ映画が始まるや否や過激なベッドシーンである。隣で見ている女性が思わず生唾を飲み込むのが聞こえた。
こ、こんなに緊張感のある映画が最近あっただろうか。こんな映画を友達以上恋人未満の男女が見たら、ぜったい帰りはまっすぐ帰れんじゃろうという勢いだ。
そんな話を興奮した勢いで帰りに立ち寄った喫茶店で話していたら、ママさんはほんとに今夜男性とその映画を見に行く予定らしくて、そんな映画なん!!?どうしょう〜!と大笑いしながらもその瞳にはなんとなく女の部分を覗かせていた。
・・ともかくそういうわけで(どういうわけだ)、全編通して濡れ場オンパレード渡辺淳一ワールド全開という感じだった。
しかし、あの作家は浴衣とか喪服とか、とにかく和服を着ている女性を脱がせるのがほんと好きらしい。
それにしても一歩間違えばただのエロ映画になるところを純文学路線のまま上質な恋愛映画まで押し上げるのもなかなか監督の手腕が問われるところだろうが、そういう意味では寺島しのぶという人はもともとが梨園のお嬢様だからどんな役をやっても不潔感というのがないのがいい。
相手役のトヨエツも今回は珍しくよかった。たぶん強烈なキャラクターじゃなくて普通の役だったからかもしれない。
しかし、官能の果てに相手に殺されてもいいと思えるほどの恋愛は究極というか、それだけ聞くとほんとにドラマティックだが、どうもそこには人間的な弱さと自己陶酔が見え隠れする。
人生の中にはほんとにその相手と結ばれている瞬間、ほんとにそれ以上ないような恍惚感と悦びを感じることはあるかもしれないが、しかし、そういう時にもし私が感じるとしたら「死」よりもむしろ女に生まれたことの「生」の喜びじゃないかと思う。
しかし、渡辺淳一の中では不倫している男女が向う果ては「死」なんだろう。死は確かにこの映画でもいろんなことを美化し、正当化させる力を持つ。
でも、なんとなく私としてはそのあたりはちょっと違和感を感じた。
それでもこういう映画を見に行くのは久々なので、普段眠っていた(眠りっぱなしの)女の部分が刺激されて、ちょっとは色気が出たかもしれない。
平井堅の歌うテーマがドロドロの不倫劇のラストをまたドロドロにする〜。
☆3つ半(おまけ)。

「愛の流刑地」
夜は阪神淡路大震災のニュースを泣き泣き見ながら、昼間Mちゃんという83歳のおじいさんが持って来てくれた蔵というケーキ屋のロールケーキをほお張っている。
夕方彼にお礼の電話を入れたら、「ええんよ、ええんよ、レイチェルちゃんを愛しとるけえなあ」と言ってくれたので、「私も愛してるよ」と即座に応えればまさにラブラブ状態である。
Mちゃんはほんとに温かい人だ。寂しさを知っているから優しい。
彼にはずっと長生きして欲しいと思う。 まあ「もうダメじゃ、今年はぽっくりいくで〜」てなことをもう10年くらい言っててずっと元気なんだから、全然大丈夫だと思うけど・・。
まことに人間生きてるだけでじゅうぶんだ。
それはそうと蔵のロールケーキは美味しすぎる〜!!

まわりのスポンジが全然違う
「蔵」(井原市西江原町・R486を東進・井原警察署の次の信号を左折後交差点を右折旧道の終点付近)のロールケーキ
1月16日(火)曇り午後から雨
今朝は市内のある喫茶店に初めて行ってモーニングを頼んだのだが、これまで見たことのないようなひどいモーニングだったので(どんなモーニングなんじゃ)、どうしても食べられなくて半分残した。モーニングを残したのは生まれて初めてだった。まだまだ凄い店はあるもんだ。
やはり何十年この町に住んでいて一度も行かない店というのはそれだけの訳があるということだ。
今週号のコラムは一応書いたものの、どうもあとで考えるとよくないなあ、と思って一度そう思うとどうしても書き替えたくなって、朝のうち2時間ほどかかってなんとか頑張って別のコラムを書いた。
またまたギリギリセーフだが、自分の納得いかないものを載せるわけにはいかないので、たまにはこういうふうに時間がなくても書かざるを得ないこともある。
まあ、これでなんとか今週も新聞ができそうだ。
それにしても天気が悪すぎるので、ちょっと笠岡に行こうかな、と思っていたのだが、元気が出ないのでやめた。
映画も見たいのがあるのだが、コラムを書いていて朝いちのモーニングショー(1200円)を見損ねたので、もうレイトショーしか安いのはない。
見たい映画というのは恥ずかしながら「愛の流刑地」だ。
今巷ではその映画を「愛ルケ」というらしい(なんでも縮めりゃあいいってもんでもないだろう)
なんでもその映画では濃厚なラブシーンがあるらしいので、女性がほかの男性客がいると恥ずかしいとかいって、この前女性限定で上映会をやったんだそうだ。そんなに恥ずかしいなら見なきゃいいのに、なんともわがままなもんである。それを許してしまう映画館も女性に甘いこと甘いこと。
わたくしとてその映画の濡れ場ももちろん興味はあるのだが、やはり寺島しのぶの出ている映画は見てみたいという気持ちのほうが強い。とにかくトヨエツのダイコンぶりは我慢して(見る前からわかる)、彼女の演技に注目したいと思う。
日記にも何度も書いたが、彼女の「ヴァイブレータ」は最高だし、「赤目四十八瀧心中未遂」もよかった。なぜか彼女の表情には生きていく切なさというか、哀愁を感じる。
夕方になってまた今週号の原稿が届く。
そうこうするうちに娘からもメールが来るので、(彼女は毎週日・火が休み)、毎度のことながら火曜日夕方母は忙しいことである。
さっき見始めたばかりのドラマ「ごめん、愛してる」は当然ここで休止、内容はまださっぱりわからない。
しかし、娘に聞けばそのドラマに出ているソ・ジソプはなかなかよいとのこと。
私も前からこのドラマは見たいと思っていたのだが、このあたりのビデオ屋にはないので、今日は昼間わざわざ神辺のTSUTAYAまで借りにいった。
しかし、娘はいいというが、ソ・ジソプはハンサムとは決していいがたいが、いったいどうして人気があるんだろう。まあ、ドラマを見てみればわかるかな。

「ごめん、愛してる」
まあ、ともかく今週号も新聞できたぞ〜事務のTさんもお疲れさん。
1月15日(月)晴れ
そしてまた月曜日。
今日は午前中にお坊さんがやってこられるというので、夕べは寝るまで部屋の片付けをやって、おまけに洗濯物まで干していたので、今朝は楽勝だった。
毎年何度かやって来るお坊さんの日はこんなふうにいつも大変なことだ。普段からマメに奇麗にしておけば問題ないのだが、なんせうちにいる時間が短すぎる(言い訳にならない)。
それで午後からは忘れたフリをしていたコラムにとりかかるのだが、書き出したらそれ以外のことが考えられない私は、お昼ご飯を食べに会社から戻ってきた亭主がそばにいるのも忘れて原稿書きに没頭。気がつけば、彼はひとりせっせと珈琲とたてて飲んでいる。
とにかく月曜日は昔のTVCMじゃないが、自分でバンバンしてちょうだい、という感じだ。
午後2時半、やっとコラムが書けたので、一息入れながら井笠の情報収集をする。
年末に頑張って取材をやったせいか、今年になってからは記事のストックがだいぶあったのでしばらくのんびりしてても大丈夫だよなあ、と呑気に構えていたら、あれよあれよという間に記事はなくなって、もう今週分でおおかた尽きてしまう。
ぐぐぐ・・またしばらくせっせと記事集めに奔走せねばならぬ。
やっぱりずっと楽なことばかりも続かないのが人生だ。
この前買ってきた東野圭吾の「手紙」を夢中で読んでいたら、気がつかないうちにはや夕方になった。
のっけからこの小説には泣かされそうだなあ、という予感が胸をよぎる。映画化もされたくらいだから、きっと面白いんだろうが、たぶん小説を読んだら映画は見ないかもしれない。
今でこそメール全盛だが、昔は電話か手紙しか遠く離れた相手に気持ちを伝える手段はなかった。
私は昔から筆不精なので、あまり熱心に手紙とかも書いたことはないが、東京に住んでいる頃、ばあちゃんからはたまに手紙が届くことがあった。
彼女もめったに手紙など書いたことはなかったと思うが、その決して上手くはない小学生が書いたような幼い文字と文章に私はしばしば泣かされたのを覚えている。
その文面というのはこんな感じだ。「おかあちゃんは毎日いっしょうけんめい働いています。レイチェルにお金を送るのが生きがいです」。
その生きがいの娘はその頃毎日学校へも行かずに遊び呆けていたのであるが、ばあちゃんからの手紙が届くたびに、私は生まれて初めて彼女の深い愛情を感じていた。
そんなに自分が大事に思われているとは高校を出るまで思ったことがなかった。
ばあちゃんはどんな時でも子どもより仕事を優先してきたし、幼い頃の私は子守りばあさんに預けられていて、小学校に上がってからは伯母さんに食事とかの面倒をみてもらっていたから、親との縁が薄く、ばあちゃんに甘えた記憶もなかったからだ。
しかし、ばあちゃんは私が田舎から出て東京で一人暮らしを始めたとたんすごく優しいいい母親になった。
私はあの頃くらい彼女の愛情を感じたことはない。
たぶんわたしら親子の関係はあのときが一番よかったんじゃないかと思えるくらいだ。
それゆえか私は不思議と田舎にますます帰ろうとは思わなくなった。親にちゃんと愛されているという確信があれば子どもはどこででもひとりでやっていけるもんだ。
かえって田舎に住んでいたときのほうが私はばあちゃんの愛情に飢えていたと思う。
ある意味親子は離れて暮らすことで初めていい関係になれるのかもしれない。
しかし、私は結局またこの町に戻ってきて、ばあちゃんと生きる人生を選んだ。
そして、あれから30年・・ばあちゃんの手紙を読みながら涙を流した日々はもう遠い。
安倍首相の奥さんの昭恵さんが書いているブログが話題になっているとかでみてみた。
芸能人と一緒に過ごすクリスマスとか庶民とはかけ離れたセレブな生活を書いているとかでブーイングが起きたらしいが、一国の首相の奥さんが一般人とおんなじような生活しているわけないじゃろう。
ゴールデングローブ賞の助演女優賞に日本の菊池凛子という女優がノミネートされたらしいが、彼女が以前キムタクが突然狼男に変身するPCのCMに出ていたというのを知ってびっくりした。
今の彼女とはまったく別人のように見えたからだ。
今回の映画でも聾唖者の役をやっているらしいし、監督を唸らせたほどの天才肌の女優らしい。
アメリカでは目だってなんぼ、ということで髪の毛もものすごい金髪で普段のメイクもファッションショーに出ているモデルみたいに派手派手で強烈なインパクトがある。ほんと彼女はタダモノじゃないと思う。
その映画「BABEL」もぜひ見てみたいし、アカデミー賞にでもノミネートされるようなことになったらますますすごいことなので、今からほんとに楽しみだ。
菊池凛子のHP

1月14日(日)晴れ 暖かい
今日は娘が昼ごはんをご馳走してくれるというので、ホイホイと喜び勇んでまた朝から総社に出かけていった。
総社に着いて娘を車に乗せてから、いつものように山越えをして倉敷へ。
まだお昼には早かったので、神社にでも行こうということになって、これまで何度も初詣に行ったことのある阿智神社へと向う。
年頃の娘に今年はいいことがたくさんあるようにと手を合わせて、貝で作った縁結びのお守りを買ってやった。
それにしても今日は春のような暖かさで、石段を下りながら倉敷の古い町並みを眺めれば、ほんわかと優しい気持ちになる。
寒い冬の間のほんの束の間の温かさだろうが、久々に外で思い切り背を伸ばして歩いた。

菅原神社には合格祈願のダルマが

「阿智神社」
倉敷商店街を美観地区方向へ途中石段上る
歩いているとお腹が空いてきたので、そのあとすぐに駅の下にあるホテルに向う。

「倉敷ホテル」
そこはバイキングが人気だというので一度行ってみたかったのだ(最近バイキング大好きの私)。
ホテルのバイキングはちょっと入るときに敷居の高い感じもしたが、入ってみるとなかなか感じがよくて、料理もチキンロール、コロッケ、シチュー、ピラフなど全部で10種類以上あって、最後はデザートと飲み物、頼めばぜんざいまでついて値段も1200円とリーズナブルだ。
客がアメリカの高校のカフェテリアみたいに並んで順番に目の前にある好きな料理を取っていくのもいい。
こういう時は食い意地の張った我が家のメンバーはもうこれでもかと皿に山盛りついできて食べること食べること。
痩せの大食いの娘も皿いっぱいの料理をぺろりと平らげ「はああ〜お腹一杯〜もうなんも食べれん〜」と至福の表情だ。
それを見て私も嬉しくなる。家族が美味しいものをお腹いっぱい食べてる瞬間が私は好きだ。元気の源はなんといっても「食」だと思う。
色々たいへんなこともあるだろうけど、また明日からTちゃん(娘の名前)も頑張って働いてくれ〜と心の中でそっとつぶやいた。
しかし、倉敷駅は三越が撤退してからどうも寂しい雰囲気が漂っている。駅ビルの中にあるブティックとかも日曜日だというのにお客はまばらだった。娘がいうには靴屋も閉店したんだそうだ。はやく大型店舗が入らないとさびれる一方だなあ。
今日倉敷駅ビルの本屋で「華麗なる一族」の文庫本を手にとってはみたが、上中下と3巻もあるので、その長さにちょっとめげた。なにしろ今も手元に3冊新刊を抱えている。
そこで今日から始まったTBSのドラマのほうだが、あれほどの華麗なるセットを作っていながら相変らずキムタクのヘアスタイルは現代のままで、眉毛も細い。
どこが昭和40年代の男やねん、と娘からもメールでツッコミが入る。
この重厚なドラマに果たしてキムタクが主役でよかったのか、他に誰かいなかったのか!!
しっかし、西田敏行が出てきたとたんに「白い巨塔」みたいになった。
1月13日(土)晴れ
今朝は地元の美容院の取材。明るくてはつらつとしたお嫁さんはなんとその店の3代目ということだった。
先代はあぐりの時代からやっていた髪結いさんで、当時この町にいた芸者さんたちの髪の髪を結うのに引っ張りだこだったそうだ。なんでも草分けというのがあるもんだが、そんなに古い美容院がこの町にあるというのは知らなかった。
昼からばあちゃんは親戚の葬式に行ってしまい、やりたくない店番をまたしないといけない。
そういう時に限ってお客さんはやってくるので、そのたびにオタオタして真冬だというのに汗が出る。
夕方になってやっとばあちゃんが帰って来たときには普段出ない疲れがどっと出て、そのまま昼寝に突入してしまう。
なんでもそうだが、代役というのはプレッシャーとストレスにさらされる。
土曜日は夕方ともなるとまた遊びの虫が疼き出す。
そこでまた神辺で遊んでそのあと久しぶりに御領の山小屋ラーメンに行って今年初めてラーメンを食べた。
ほんとはあと半年くらいラーメンは欲しくなかったくらいだったのだが、喉元過ぎればでまた食べたくなったのだ。
2、3か月以上会わない間にマスターはまたちょっとふっくらしていたが、そのことは禁句だと思って言わなかった。
新年号に笠岡の山小屋ラーメンを載せていたので、その新聞をマスターに見せたら笠岡店のマスターは蔵王店で一緒に修行した仲とかで、彼もライバル意識がムラムラとわいてきたのか、「うちも今度載せてくださいよ〜」と何度も言われてしまう。
でも、もう2回ほど載せたのになあ。と思ったものの、せっかくそう言ってくれたのにむげに断ることもできないので、また今度機会があったら載せてあげようと思った。
そのあと今日は今年初めてSMILEに出かけて新年のご挨拶をしてそのあとマスターとまた色んな情報交換をした。
今日店に来ていた女の子は近いうちにドバイに行くんだと話していたが、ドバイってどこやねん、と地理にも疎い私は頭の中で世界地図を広げてもその国の場所がわからない。
「インドの近くみたいですよ」とマスターが教えてくれたのだが、それでもどんな国なんだかまったく想像がつかない。
その女の子は以前はイギリスでホームステイをしていたそうで、主に食事の話とかしていたが、STINGの国に行ったという人にはどうしてもジェラシーを感じてしまう。
それでも今夜はまた色んな世代の人とグローバルな話ができて楽しかった。でも、毎度のことながら喋り出すとキリがないので、今日は閉店になる前に早々においとました。
明日は娘が昼ごはんをご馳走してくれるというのでまた総社に行く予定。
1月12日(金)曇り
今日は朝のうちは新聞を配って歩いてそのあとはこの前から行きたいと思っていた最近できたという自家焙煎珈琲豆の店に出かけた。
その店はなんで知ったかというと笠岡のブルーマウンテンさんのHPの日記にしばしば登場していたからだ。
店の前まで行くとすでに芳ばしいコーヒー豆の匂いが通りまで香っている。珈琲の焙煎をしてもらう間いろいろ話をしたら、ブルマンで焙煎の修行をして独立したというその店のオーナーはなんと井原出身だった。
そのあと、今日買って帰るコーヒーをちょっと試飲してみたが、焙煎したてのコーヒーというのはほんとに美味しい。うちはいつもはスーパーの安いレギュラー珈琲を飲んでいるのだが、まるで違うもんであった。今日からちょっとリッチな気分になれそうだ。
それはそうとまたここでもWINKさんに遭遇。今日は仕事じゃないですから、と念を押してそうそうに店を出た私だった。

「BAISTER」(バイスター)
福山市木之庄町(久松台入り口)
TEL 084−926−0770
ここは注文があってから焙煎してくれるので、前もって電話で注文しておくほうが便利だ。
☆ブレンド100g 500円〜
☆ストレート100g500円(コロンビア、メキシコなど)〜1700円(ブルーマウンテンNO1セントトーマス)
そうこうしているうちにメイメイからメールが来てお茶でも飲もうと言ってきたので、ホイホイとまた神辺に戻る。
今日はビッグローズ前のNIKI(ここは私にとって長い間鬼門だった)というケーキ屋で苺ショートケーキを食べながらあれこれお互いの近況を話したのだが、気がつけばすでにあたりは真っ暗、お客さんは私らの他には誰もいなかった。
結局2時間以上しゃべくっていたのだった。
しっかし、今日の話は濃かった〜。小説にでもしたいくらいの内容だった。でも、どうみても日記に書ける内容とは思えない。事実は小説(日記)より奇なりとはこのことだ。
そのうちほんとに二人とも帰らないといけない時間になったので、お店のスタッフに恐縮しながらそれでも楽しいことは止められないと二人笑って店を出た。
また一年、いい時もそうでない時も彼女と会って色んな話ができたらいいなと思った。
1月11日(木)晴れ
今日は朝いちでまず矢掛駅に行って井原線のイベントの取材を済ませて(猪鍋を食べさせられそうになるがなんとか逃げ切る)、その足で今度は井原駅に戻ってまた取材。
しかし、今日はどこに行ってもプレスやTV局がわんさか来ている。
井原駅でI放送のFさんに久々に会ったので、一応新年のご挨拶をすると荏原(井原市)のネタないですか?ときた。
I放送が知らないニュースを私が知るわけないっしょ〜とふざけて言うと、いつも荏原だけがニュース集らないんですよね、とちょっと困ったふうなので、そうかあ、I放送でも見つからない荏原とはすごいところじゃ、と興味をそそられてちょっと探してみるか、という気になった。
そのあとは支局のOさんにも遭遇したので、ここでも新年のご挨拶。どうやら今回は記事がカブってしまうようだが、まあそういうこともあるわな。そのぶん私は写真をたくさん載せるから許してもらおう。
そのあと高屋駅にも行ってみたのだが、今年はイベントをやっていなかった、よく確かめずに行くからこういうことになる。まあ、毎度のことだから全然こたえない。そのあとすぐまた井原駅に引き返した。
井原駅で再び駆け回ってなんとか写真が撮れたので、なんとか昼前に取材は終った。
今日は今年初めて公の場所での取材なので、自分でもすごくよく仕事をしているみたいに思えた(それはしばしば錯覚の場合が多い)。
そのあとは神辺のTSUTAYAに行って久々に小説を3冊買って、それから美星に新聞を届けに上がった。
星の郷レストランでマスターやお客さんたちと新年号に載せたラーメンの話で盛り上がる。またここでも歩く広告塔の私はせっせと皆様に名刺を配る。今日会った男性はうちの新聞をとらんといけんなあ、と言ってくださった。もしそうしていただけるならほんとに嬉しいなあ。
その後家へ帰って記事を書いてご飯のしたくをしてまた夕方から仕事。
夜帰る途中でMEDIAに寄ってまたDVDを3枚ほど借りた。
今日昼に行った店で隣の席に中年の女性らしき(テーブルとテーブルの間には衝立があって見えない)3人組がいたのだが、その中の一人がものすごい勢いで自分の身内の話をしていた。
自分の親戚にこんな扱いを受けたとか、こんなトラブルがあったとか、そういうものすごいプライベートな話を一人が喋っている間、あとの二人はふ〜ん、はあ〜、ほう〜とこれまたものすごく熱心に聞いてその都度その話し手の肩を持つようなコメントを間に入れるのだが、それが延々と続くのだ。
他人の見も知らない身内の話になぜにそんなに一生懸命になれるのか、私はそれもすごいと思うが、そういう女性たちはなんだかんだいってもストレスをそういうところで発散しているから今はやりの身内の殺傷事件とかは起こさないんじゃないかと思ったりする。
それにしても女3人という図は私の中ではどうもあまりいいイメージがない。
なぜかというと私は昔から女友達2人と外に出ると必ずといっていいほど寂しい思いをするからだ。
レストランとかに入っても3人というと必ず席に着く時2対1にならざるをえないのだが、私が見たところ、その時女の人というのは優先順位を瞬時に決定するように思える。
これまでの経験からいくとどんなに親しくしている友人でも、もうひとり女の人が入るととたんに向こう側に座るので、結局私はいつもひとりで座ることになる。
そういったことに神経質になるのもおかしいのかもしれないが、世の中には女が3人いたら必ず一人で座らされる人間というのがいるのだ。
それはどういうタイプかというと、つまり私のような人間だ。
まあ、そうはいっても女ばかり3人いて、私以外の人が一人で座らないといけないことになってもそれはそれで気の毒だから、誰かがその役を引き受けないといけないんだとしたら、私がそうしてあげようと思う。
しかし、実際私以外が一人で座ることはほとんどないと思うからそんな心配はいらないけど・・。
ほんとに女友達といるといろいろ思うことがある。
とにかくそういうわけで3という数字はあんまり好きになれない。
1月10日(水)曇り
キネマ旬報の今年の映画のベストテンが決まったようだ。
邦画はびっくりやったねしずちゃん「フラガール」が一位!!
【日本】(1)フラガール(2)ゆれる(3)雪に願うこと(4)紙屋悦子の青春(5)武士の一分(6)嫌われ松子の一生(7)博士の愛した数式(8)明日の記憶(9)かもめ食堂(10)カミュなんて知らない
【外国】(1)父親たちの星条旗(2)硫黄島からの手紙(3)グエムル−漢江(ハンガン)の怪物−(4)ブロークバック・マウンテン(5)麦の穂をゆらす風(6)太陽(7)カポーティ(8)グッドナイト&グッドラック(8)クラッシュ(10)マッチポイント
しっかし、「クラッシュ」が「ブロークバック・マウンテン」より順位が下というのは信じられない。「カポーティ」のビデオは一体どこにあるんだ、見たいなあ。
「嫌われ松子の一生」は何度か手に取りかけたがやめた。どうも原作とだいぶ違うような気がする。
今朝原稿の直しが間に合ったのをいいことに、また安心してあちこちうろうろしてしまう。
裏道を通って神辺に行く途中で友達から電話がかかったのでなんだろうと思ったら、なんでも彼女の娘さんの結婚話が持ち上がっているらしいのだが、ご主人が突然反対だと言い出して困っているらしい。
彼女が「レイチェルちゃんじゃったらどうする?娘さんがどんな結婚相手を紹介しても許す?」と聞いてきたので、私は「娘が選んだ人なら誰でも反対なんかせんよ」と言った。
すると「そうじゃろう、それがお父さんたら、いつもは私の方が娘にいろいろ言うとまあええが、とか言ってものすごく甘いのに、このたび娘の相手が長男で結婚したら親と同居するとか聞いたらもうとたんに大反対とか言いだすんよ、びっくりしたわ。そんなに娘のことを本気で思っているとは思わんかった」と一気に喋る。
それを聞いた私は「父親にとっては娘というのは特別なんよ、どんなお父さんでも娘がどこの馬の骨ともわからない男に盗られると思ったらどんな理由つけてでも反対したくなるわ」と話した。
「そんなもんかなあ」と彼女は不思議がっている。
「そんなお父さんがいてかえって娘さんは幸せじゃわ」と私が言うと「でも、主人は娘は結婚しても絶対失敗して子どもは相手にとられて戻ってくるに決まっとるとかそんなことまで言って、もう何が何でも反対するとか言うんよ」と彼女も間に入って困り果てている。
「でも、娘さんがお父さんの言うことを聞いて結婚をあきらめるくらいだったらそんな結婚最初からやめといたほうがいいと思うよ」と私はちょっとシビアかな、と思ったが言いたいことを言った。
実際親がやめとけ、と言って諦められるような相手なら大したことないと私は思う。
それに、もし娘さんがお父さんの言うことを聞いて結婚を諦めたら、たぶん彼女はきっとそのことを人生のどこかの場面で必ず後悔し、父親を恨むだろう。
それに友人には言わなかったが万が一失敗しても自分で選んだ人生なら誰にも文句も言えないし、納得がいくもんだ。
しかし、いまどき年頃の女の子のほうが打算的に結婚を考えて始めから立場の楽な相手を選ぶとかいうのはわかるが、親のほうが長男だとか次男だとか同居するからどうとかそんなことで反対するのは珍しい。
まあ、娘さんがどういう選択をするのかわからないが、たいてい親が熱くなって反対すればするほど逆効果で油に火を注ぐようなもんだから、今までの例からいくとほとんどの場合その娘さんはその相手と結婚してしまうということになっている。
そんなふうにどこの父親というのも愚かなもんだが、それでも娘のためにと愚かな闘いをする父親がいる家というのはなんとなく幸せのような気がする。
1月9日(火)晴れ
いよいよ今日から仕事始めということで、笠岡を半日走り回った。
まあ、今日は一応軽い足慣らしという感じだ。
萌にも立ち寄って新年の挨拶をしたら、ママさんが「前より若返ったよ、ちびまる子よりええよ」と言ってくれたので気をよくした私は朝から張りきって駅前の新しい店に行ってオーナーに取材の申し込みをする。
そのあと美術展の取材に行ったら、年末にクリスマスパーティでお会いした画家のUさんの絵もあったので、嬉しくなってまたせっせと写真を撮った。

「紫陽花」
この絵はチャリティのために出品されたようだが、普段の彼の超写実的な絵とはまた雰囲気がだいぶ違って新鮮な感じがした。
そのあとは市内のラーメン屋をまわって新聞を配る。しかし、途中新聞が足りなくなってしまい、どうしようかと思案に暮れる。
それで、もしかしたら笠岡の販売所に残っているかもしれないと思って行ってみたら案の定あったのでさっそくわけてもらうことにした。
その時、販売所のスタッフに「いつも精力的に動かれてますねえ」と言われ、実は今年は今日からやっと動き出したんです、と言うと笑われた。
それから最後のラーメン屋さんに行ったら「うちが新聞に載っていたと色んな人が言ってくれた」と喜んでくださっていたので、よかったなあと思った。
しかしながら今回5軒のラーメン屋さんを載せたが、考えてみるとみんなライバルといえばライバルである。
できるだけ偏らない記事にしようとつとめたが、どの店も皆さん喜んでいただけたんだろうか、とちょっと不安になった。
昼過ぎまで原稿書きに精を出して、そのあと今週号の記事の再チェック。
そうこうするうちに日は暮れて、何気にTVを見ると新しい韓国ドラマをやっている。
どこかで見た顔だなあ、と思って主役の女優を見ていたらあの自殺したイ・ウンジュだとわかった。
彼女は「ブラザーフッド」で初めて見て、そのあと「バンジージャンプする」でも見たような気がするのだが、そんなに美人でもないのに、なんで人気女優になれたんだろうと思ったのを覚えている。

相手役の俳優(イ・ソジン)はもっとさえんなあと思っていたのだが、ネットで見たらなんと「チェオクの剣」に出ていて、娘に聞いたら、彼女のお気に入りの俳優なんだとか。

ううっしかし、あの顔でスターというのもどうも解せないなあ。役柄によってかっこよく見えるということなんだろうか。
まあそれでもドラマは面白そうだから見てみるか。なんせ「オールイン」で燃え尽きた私はビデオ屋に行って何を見てももう熱くなれないのだった。
夕方原稿の最終チェックにちょいと手間取ったが、なんとか今週も新聞は完成した。事務のTさんもお疲れさんです。ほんとに彼女と二人でこの5年間頑張って新聞を作ってきたような気がする。
毎週、週明けに新聞が完成して一週間がやっと終わる感じがする。
私の仕事が終わるやいなや、ばあちゃんがご飯でも食べに行こうというので、近くの回転寿司に出かけたら、知り合いのMさんが外人さんと寿司を食べていた。
私も昔知り合いのアメリカ人のリクエストに応えて回転寿司を食べにいったことがある。その時の彼のもうひとつ行きたい場所はなんとパチンコ屋だったので、そこへも一緒に行った。
たぶんアメリカにはパチンコ屋とかないんだろう、彼は初体験の遊びにかなり興奮していた。しかし、日本では外人はめったにパチンコとかやらないので、相当目立っていたのを覚えている。
そういえばヴィム・ベンダース監督の「東京画」やソフィア・コッポラ監督の映画「ロスト・イン・トランスレーション」にも東京が出てくるが、どちらにも必ずパチンコ屋が登場する。
外国人にとってはパチンコという遊びはいかにも日本的で興味をそそられるギャンブルなのかもしれない。
夜遅くなってもう一度原稿を読み直しているうちに文脈のおかしい箇所に気づいてしまって、寝るに寝られず悶々とする。
もう新聞は印刷し終わっているかもしれない、という不安が頭をよぎる。
まあ、運がよければ明日の朝まだ間に合うかもしれない。
はあ〜さんざんチェックしたつもりでもどうしても見落としがある。
まだまだ修行が足りないなあ。
1月8日(月祝)晴れ風強し
休みもとうとう終わってしまうので、最後にもう一軒尾道の中屋菓寮という所に行くことにした。
そこは和菓子屋さんらしいが、最近リニューアルされたとかで、そのオープン記念で宮谷順子さんという画家の個展をやっているのだった。
それはいいのだが、例によってよく場所を確かめずに行ったので、商店街を歩きながら人に尋ねることになる。
すると簡単に店は見つかったので、ついでにWENGENという店が最近こっちに引っ越して来ませんでしたか?と聞いてみたのだが、それは誰も知らなかった。WENGENさんはいったいどこに引っ越したんだろう。
しかし、店の名前も覚えてなかったのにその和菓子屋にはよく行けたもんだ。
2階へ続くちょっと急な階段を上がるとそこは細長くておもしろい空間が広がっていて、高い天井と木枠をはめこんだ大きな窓に思わず目を見張る。
そして、今日初めて見た宮谷さんという画家の絵は強烈なインパクトがあって、そのユニークな空間とそれらの絵は不思議と調和していた。
とくに印象的だったのは、尾道を描いた絵で、夕暮れ(?)の港をバックに手前に渋い色合いの菊の花がアップで描いてあるもので、港と菊という組み合わせがとても新鮮というか、尾道ならではの絵のような気がした。
珈琲を飲んでいると空が見える大きな窓から冬の薄日が差し込んできて金色の中に日本人形が浮かび上がってなんともいえない雰囲気をかもし出していた。

「中屋菓寮」
尾道市久保(R2長江口信号そば)個展は15日まで
そのあとはメイメイもブログに載せていた天寧寺に行ってみた。そこは以前なんかの花を撮影に来たような気がするのだが、思い出せなかった(あとでHPを見てみたら牡丹だった)。http://www.city.onomichi.hiroshima.jp/kanko/data_ono/t_teinenji.html。
そこから三重塔までの石段を上りかけたが、やはり坂道は苦手なので、途中で引き返した。実は以前私は小説でその三重塔のことを書いたことがある。

「天寧寺」(R2長江口から北へ)
天寧寺の急な石段を下りていって高架の下へ入りかけると、ふいに目の前を電車がすごい勢いで通り過ぎ、その瞬間強い風が巻き起こる。
その光景を見ながら私は尾道を舞台にした名作「東京物語」を思い出した。
あの映画でも尾道のまちを列車が走り抜けるシーンが印象的だった。
月9の「東京タワー」の最後だけをチラチラ見ながら、私自身がこの町から東京へ旅立った日のことを思い出した。
30年も前にこんな田舎町から花の東京へ行くことはまわりの親や親戚にとっては外国へ行くくらいの感覚だったと思う。
そのせいでもないだろうが、新幹線のホームには親族など10人以上が見送りに来てくれた。
まるで田舎からプロになりたくて上京する演歌歌手のごとくだ。
親戚のTちゃんは出発間際に手紙を手渡してくれたし、とにかく電車に乗り込むまでなんだかんだと大勢の人が私の回りを取り囲んでいた。
そして・・いよいよ新幹線がホームに滑り込んできて、私は皆と離れて一人電車に乗り込む。
窓際の席に座って後を振り向くと、ホームには父が呆然と立ちすくんでおり、笑うでもない、泣くでもない、複雑な表情でこちらを見ていた。
そのうち電車が動き出すと、母や妹、親戚達は笑顔で手を振りながら口々に窓越しに何か喋っているようだったが、その中で父だけは相変らずずっと無表情でひとり黙って佇んでいた。
その瞬間私は昔見た「巨人の星」ならこういうシーンで父一徹はVサインをして息子の飛雄馬を送り出すのにな、とへんなことを考えた(見た人しかわからない)。
しかし、現実はアニメとは違って、父は最後まで結局何も言わず、Vサインも見せてくれなかった。
商売人ゆえに普段外では雄弁だが、家の中ではシャイで口下手な父は肝心な時にも娘に何も言えないのだった。
それでもなぜだろう、数少ない父との思い出の中でもあの日ことだけは今でもはっきりと思い出せる。
そして旅立つ娘に何も語らなかった、何も語れなった父の不器用な愛情をいとおしく思うのである。
自民党はいったい何考えてんだろう。安倍首相の支持率が低迷の一途をたどっているからって、信じられないことに小泉さんを再登板させようなんてことを言っているらしい。
そんなこと言ってるからますます人気が落ちるのさ〜。
1月7日(日)朝のうち雪のち晴れ
とうとうわたくしの冬眠の季節がやって来た。
朝起きたら、うちの前の道路は一面雪景色だ。おかげで交通量は普段よりずっと少なくていいが、こちらもどこにも行けないし、行く気にもならない。
あとから起き出してきたばあちゃんも「今日はどっこも行けんど」と念を押すのだが、ほんとはどこかに行きたかったとでもいうようなそぶりだ。

そうこうするうちに高梁に住んでいる友人のBちゃんから写メールが来たので見てみれば「大雪だ〜大雪だ〜」と騒いでいる。
高梁という所は洪水やら大雪やら、ほんとに年中自然の脅威にさらされている町だ。
昼前に藤沢周平の「邪剣竜尾返し」を読んで、なかなかその作家は硬派の時代小説ばかり書いているのかと思ったら、けっこう内容は艶っぽいじゃないか、と、新しい発見をしたような気分になった。
今日読んだ小説には若い剣豪と人妻が寺の夜籠りに紛れて甘美な一夜を過ごすというくだりがある。
霊験あらたかというその寺で祈祷をしてもらうために年に何度か人々が泊り込みをするのだが、夜は見知らぬ男女入り乱れての雑魚寝をするので、暗がりの中でだんだん皆その気になるらしい。
雑魚寝というと私が思い出す映画のシーンがある。それは私が大好きなロミ・シュナイダーという女優の出ている「離愁」という映画だ。

「離愁」
大戦下、戦火を逃れるために同じ列車に乗り込んだ男女(女はユダヤ人)がギュウギュウ詰めの車内で雑魚寝状態でその場限りの関係を持つのだが、あんなに緊迫感があって切実なラブシーンはあまりないと思う。
生きるか死ぬかのギリギリなところで行なわれるセックスというのは悲壮感よりもなぜか人間の根源的な性の美しさを際立たせる。
私は何十年も前にあの映画を見たのだが、その衝撃はいまも胸に鮮やかに残っており、アンナ役をやっていたロミ・シュナイダーみたいな大人の女性になりたいなあ、と強く思ったのを覚えている。
雑魚寝という言葉の響きはあまり色気があるもんでもないが、私とて実際雑魚寝したら、きっと忘れかけてたモヤモヤしたおんなの気分が復活するんじゃないかと思われる(ほんまかいな)。
日曜日一歩も外に出ないというのはある意味画期的ではあるが、それはもう半分死んでいるのと同然なので、このままではほんとに腐ってしまうと思い夕方珍しくコラムを書いた。
死ぬほど退屈じゃないとコラムを書かないというのもなんとも情けないことだ。
それでもってこれで明日一日まだ遊べるわい、と気をよくして夜はやっぱり外に出てしまう。
それで今日は初めて駅家の阿藻珍味に行ってみた。
焼き鳥とか天ぷらとかもろもろを食べたあと、シメに珍しく鯛茶漬けを食べてみたら、これがけっこう鯛の風味がきいていて美味しかった。

「阿藻珍味」
福山市駅家町(駅家ハローズの信号右折)
遊び呆けた正月ももうそろそろ終わりだなあ。
1月6日(土)晴れのち曇り夕方から雨
今朝は去年取材でお邪魔した「ガラスの林檎」という喫茶店に行ってモーニングを食べた。
そのお店には取材のときもほんとによくしていただいた上に、元旦には年賀状までいただいた。
今日も店に入るやいなやマスターやママさんが代わる代わる挨拶に出てきてくださった。
ほんとにこちらが恐縮してしまうほどいい方々ばかりだ。
窓際の席に座ると薄日の差す小田川堤が一望できる。
川原の草木は冬枯れていて少し寒々しいが、それでも目の前に広がる風景は確かにふるさとのものだ。
私は少女のころ夏は毎日のようにあの川で遊んでいた。

「ガラスの林檎」
井原市木之子町
(R486を東進青木の信号を右折後橋を渡って左折)
こんなふうにコラムを通して読者の方々と見えないところで繋がっていることを思うとなんとも不思議な気持ちがした。
朝のうちはまだ少しは晴れていたと思っていたのに、昼前からどんどん天気が悪くなってきたし、部屋もしんしんと冷えてきた。
天気予報ではこの連休は大荒れの天気らしい。
まだまだわたくしは休み気分でいるのだが、なにしろ寒いと動きが悪いので、今日は一日おとなしくうちにいることにする。
それでこの前映画で見た「武士の一分」の原作の「盲目剣谺返し(もうもくけんこだまがえし)」がたまたまうちにあったので、それを読んだ。
原作は映画の後半部分から始まっており、前半の毒見をする場面はほとんどあとから脚色したものだとわかった。
それでもセリフとかはほとんど原作に忠実だった。
しかしかなら原作は短篇ということもあって盛り上がりは少なく、面白いことに映画のほうがずっとよかった。
それはやはり山田洋次監督の手腕によるところが大きいという気がした。
あんな短い小説の中から江戸時代の藩内の閉塞感や、日本的な情緒をかもし出し、迫力ある殺陣のシーンを撮っているのははさすがだと思った。
ラストも映画のほうがずっと感動的だった。原作より映画のほうがいいというのはほんとに珍しい。徳平役の笹野高史、奥さんの加世役の壇れいなど役者の技量によるところも大きかったと思う。

「隠し剣 秋風抄〜藤沢周平」
ところで山田監督の次回作は34年ぶりに吉永小百合(61)とタッグを組む「母(かあ)べえ」(08年公開予定)らしいが、吉永小百合主演というだけでちょいと萎える。
このたびの映画でもキムタクを使っていたし、興行成績を上げたいのはわかるが、別に主役にアイドルや往年の大スターをもってくる必要があるのかどうか。
どちらも悪くはないが、演技が型にはまっているし、ある意味色がつきすぎている。特に吉永小百合は優等生過ぎる。彼女は「鶴」が一番よかった。
関係ないが、その映画の話より香川県の直島に「007」のロケを誘致する話のほうがずっと興味がある。
なんでも原作本の中に実際に直島が登場しているんだそうで、今ベネッセを中心に署名活動中とか。
新入社員として毎日一生懸命頑張っている娘が職場で気を回して店の常連のお客さんに個人的に年賀状を出したのはいいが、個人情報の流出だとかいってクレームがきたらしい。
まあいち社員が顧客に個人的にはあまり年賀状は出さんわなあ、と私がメールを送ると、「早く言ってよ」と怒られた。
それでも中には喜んでくれたお客さんもいたらしく年賀状の返事までくれた人もいたそうだから、まあ悪いことばかりでもなかったようだ。
最近はほんとにどこに行っても個人情報保護とかで私の仕事なんかも面倒なことに何度も遭遇した。
以前小学生の写真を撮ろう思って学校に電話をしたら、一人ずつ保護者の了解を得ないと・・とかブツブツ言われてあからさまに迷惑がられたこともある。
最近はみんなそういうことに神経質になりすぎていて、かえって生きにくい世の中になってる感じさえする。
まあ、個人情報を悪質に利用する人がいるのも事実だが、あまりにそういうことばかりに振り回されるのもいかがなもんだろうか。
今年3月オープンの安藤忠雄さん設計の「21_21 DESIGN SIGHT」(ツーワン・ツーワン デザインサイト)に行きたいっ!
1月5日(金)曇り
そろそろ仕事モードに頭を切り替えないといけないのは山々だが、今年はまったくそういう気分にならないので(もしかしてずっとならなかったらどうしよう)、今日も朝用事を済ませてからまた徳永(R486ハート前)にお茶を飲みにいった。
年末にマスターがわざわざ年越しうどんをうちまで届けてくれたので、そのお礼もかねて新年のご挨拶に行ったというわけだ。
今日はマスターと珍しく男と女の話に花を咲かせて、朝からちょいと艶っぽいことであった。
私とかが言うのもおこがましいが、マスターは頭の回転がよくて感覚も若いので、そういう話をしてもすごく面白い。
普通団塊の世代の男性とそういう話はあまりしない私だが、マスターとは気軽に色んな話ができる。
今度彼はゴスペラーズのコンサートに娘さんと一緒に行くらしいが、そういうところもなかなかあなどれないのである。
しかしながら、私はいったいいつになったら仕事を始めるんだろう、というか、その前にいつコラムを書くんだろう。
今朝起きた時から気がついてはいたのだが、忘れたフリをしていたことがある。
それは・・うちのTVが13年目にしてとうとうぶっ壊れたことだ。
私は普段TVはBGM代わりにつけているので、じゃあ、別段なくてもOKかというとこれがものすご〜く寂しい。
こうして私も知らず知らずのうちにTVに依存していることを知る。
思い返せば「ひょっこりひょうたん島」を初めてカラーで見たときの興奮から40有余年、TVとともに泣き笑いしながら昭和、平成と時代を駆け抜けてきたんである。
たかがTV、されどTVとはこのことだ。
我が家のぶっ壊れたTVは画面は調子よく出るものの音がまったくでないという状況なので、いまや無音の映像が流れるばかりだ。
こうなったら2階のボロTVを1階に運ぶしかないが、それも面倒なわたしら夫婦は定年後の老夫婦のごとくにこたつに入ってぼんやりと夕暮れを待つのみだ。
遠くでカラスの鳴く声が聞こえる。でも・・こういう時こそ自然の声に耳を傾けるいいチャンスだ・・とは決して思わない。
こんなコンクリートに囲まれた騒音だらけの劣悪な環境でいまさら自然の音を恋しがるでもない。わたしらはやっぱり町っ子なのだ。
ぐぐぐぐ・・・テ、テレビが見たいよう〜!!!!!
そして夕方・・昼寝から目覚めてもやっぱり映らないTVにとうとう業を煮やした亭主は上の階から別のTVを持って下り始めた。
それで二人してヒイヒイ言いながら居間のバカになったTVを移動する。
そのあと別のTVの接続は亭主に任せて私は夕ご飯の支度にとりかかっていたら、しばらくして「ち、ちっちゃい〜!!!」という亭主の叫び声が聞こえてきた。
その声になんだなんだ、と居間のほうをのぞくと確かに・・ち、小さい。
まあ、今まで29インチで見ていたのが急に14インチになったんだから、全然違うのはいたしかたない。
それでもこれで十分BGM代わりにはなるというもんだ。ビデオもコードを繋ぎ替えたら見られるみたいだし、当分はこれで我慢するべ〜、ということになった。
しかし、その14インチのTVは実は去年中古で2台12000円(!)で買ったうちの一台(もう一台はTVビデオ)だが、今まで見ていたTVよりずっと画面が明るくて奇麗なのはいったいどーゆーもんだろう。

小さいながらもやはりTVはTVだった。
今夜は毎年正月はこれだけは見るという番組「さんま玉緒のお年玉 あんたの夢をかなえたろかSP」をまた泣き笑いしながら見ている。
私がなんでこの番組が好きかというと、夢中になって自分の夢を語っている時の人間というのは実にいい顔をしているからだ。
それに幸運にもその夢が叶ったときに見せる至福の表情というのもすごく素敵だ。
今夜は特に自分達がいろいろお世話になった担任の先生のために屋外で寒さに震えながら餃子を1万個も作った女子高生たちに感動した。
今の学校にもこんないい先生や生徒がいるんだとなんだか新鮮な驚きがあった。
でも、私がほんとに叶えてあげたかったのはあるおじいさんの夢で、そのおじいさんは愛しているおばあさんのために何でもしてあげたい、お金があったら、アポロ13号にでも乗せて宇宙旅行させてやりたい、と本気で言っていた。
私は何もしてもらわなくてもそんなことを言ってくれるパートナーがそばにいてくれるだけでそのおばあさんは世界一の幸せモノだという気がした。
そのおじいさんの夢は残念ながら叶わなかったが、私はその夢を聞いただけで涙が出た。
しっかし、毎年のコトながらいい番組だなあ。
それはそうとさんまは年末の石原真理絵の暴露本で名前があがっていたせいか、だいぶやつれているように見えた。あの本にはさんまのほかにも郷ひろみや時任三郎、中井貴一、田原俊彦とかそうそうたるメンバーの名前が載っていたらしい。
最近お金を払っても「ありがとうございました」も言わない商店や行政機関やもと行政機関(名前を出したいくらいだ)が多すぎるので、私はそのたびに腹が立ってくる。
そういうところへしかたなく行ってお金を払わないといけないときは私はわざとこちらから大きな声で「ありがとうございました!」と言うことにしている。
お客のほうが礼を言うので慌てて「ありがとうございました」という職員もいるが、中にはそれでも何も言わないところもある。
私は普段はほとんど病院とかに行かないのでよくは知らないが、今日お金を払いに行った病院では窓口の男性はお大事になさってください、と言っただけで当たり前のように何千円かのお金を受け取った。
病院だって商売だろうと私は言いたい。
会計をやっている人間はお金の感覚というのがマヒしているんじゃなかろうか。悪いところを診てやったんだから当たり前と思っているんだとしたら大間違いだと思う。
そのお金で自分達は給料をもらっているという感覚がまるでない。
そのほかに面白いのはコンビニの若い店員だ。
最近の店員はお客さんからお金を受け取って、品物を渡しても何も言わないことが多いのだが、客がレジを離れて出口に向っている途中にその後姿に向って何を言ってんだかわからないくらいの早口で「ありがとうございました」とか言うのだ。
なんで目の前にいる時に言わずにわざと背中に向っていうのか、わけがわからないが、私はそういう場面に何度も遭遇した。
そんなに「ありがとうございました」というのが面倒なのか、という感じだ。
そういうわけで私は外に出るとしばしば嫌なおばさんに変身するのだが、嫌なおばさんでけっこう、と今日も開き直って、病院でも2回も「ありがとうございました!!」と言ったのだが、今回もまったく相手には通じなかった。
まあ、どっちみちあの病院には死にかけてももう絶対行かないからいいけど・・。
1月4日(木)曇り時々晴れ 寒い
正月も4日になってやっと初詣に出かけることになったのだが、なんせ寒いのに弱いので朝またちょいと出遅れてしまって福山に着いたらもう10時前だった。
まあこれも時間に追われない旅のよさだと今回ものんびり構えて、予定していた電車の次に来た鈍行に乗り込む。
もう何回も青春18きっぷは使ったので、最近は旅にも慣れたもんだ。2時間くらい鈍行電車に乗るくらいなんでもなくなった。
それでこのたびはそのきっぷを使って初めて西へ向うことにする。
今までは全部東へ向う旅ばかりだったが、こうして西へ鈍行で向うほうがずいぶん気楽というか、時間も早く経つような気がするのはどうしてだろう。
関西方面への電車は駅と駅の間が長すぎるし、山の中ばかりを走るので、どうも気分的に盛り上がらないし、乗り換えのたびに客が増えて座るのが大変だしで、あまり旅の余裕はないが、西への電車は旅らしいというか席も空いていて楽勝でいける。
それで今日は行きの2時間ほどはすぐ経ってしまった。
そして、降り立ったのは宮島口という駅だ。
同じ駅で電車を降りた大勢の人たちはぞろぞろと皆おんなじ方向へ向っていくので、その後をとにかくついていけばなんとかなるさ、と地下道を通り、道路を横切るとうまいことフェリー乗り場に到着した。
しかし、フェリーは定員150人と書いてあったが、ゆうに200人は乗っているように思われた。大丈夫なんじゃろか。
それにしても、さすが世界遺産に選ばれただけあって、安芸の宮島は大人気だ。
そして、島に降り立ったとたん目に飛び込んできたのが、鹿!鹿!鹿!

詳しく言うなら鹿とフン!!!
とにかく鹿のまわりは小さな黒豆のようなフンでいっぱいだ。
そのフンを踏まないようにして厳島神社までの通りを歩く。
途中お腹が空いたので、何か食べようと思ったのだが、とにかく宮島といえばあなご飯というわけで、どこもかしこもたらこ〜たらこ〜ならぬ、あなご〜あなご〜の大合唱だが、これが驚くほど高い!!!中には2000円というど拍子な値段(こちらの方言でとんでもないという意味)がついている店もあった。
それって福山とかで食べるうなぎより高いじゃないの!!!
まっこと金粉でも入ったあなごなのか!これはある種の陰謀ではなかろうか!と半ば腹を立てながらも、こうあなごあなごと攻め立てられては、食べないわけにもいかないので、一番安い店を選んで(このへんが貧乏症なところだ)穴子とじ丼を食べた(それでも1100円!)。

そのあとは海からの冷たい風に肩を丸めながら歩き続けてやっと厳島神社にたどり着く。
何十年ぶりかで見る海の中にすっくと立つ大鳥居に不思議な感動を覚えた。いったいどうやってあの鳥居は作ったんだろう。潮が満ちているときは作れないんじゃなかろうか。満ち潮のときは船で材料を運んだんだろうか。

しかし、かえってこういう名勝と呼ばれる場所ほど写真は撮るのが難しいもんだ。
途中おみくじをひいたら「吉」とでた。ほどほどの運のよさだ。
奥の方にある寺の脇で珍しい猿回しをやっていたのでちょっとのぞいてみた。サルは首に紐を結わえられたまま、今さっき客が投げ入れたらしいたくさんの100円玉を一生懸命箱の中に入れていた。
全部拾い終わると足を組んでどんなもんじゃい、とひょいと座りこんだサルを見てみんなが笑った。そばにいた調教師はゆっくりとサルにえさをやって、そのあとふっとため息をついてから、「みんな猿回し見たい?じゃあやるけど100円とか200円、見た方のお気持ちでお金を頂戴しているんですよ。それでもよかったらやりますがどうですか?」と話し始めたので、それを聞いた私はちょっと興ざめしてしまった。
芸をし終わったあとでよろしかったら100円でも投げてやってください、といえばずっと気分よく見物できたのに、と残念だった。サルは宙返りをしたり輪くぐりをしたりとかなりの芸達者だったので、最初にお金のことを言わなくても客はちゃんと小銭を投げ入れただろう。それにお金を投げる投げないは客が決めることだ。

なんか哀愁の漂う猿回しだった
そのあとは色んな場所で参拝した。(とにかくあちこちに賽銭箱がある)。

「不動明王」
さて、このたびの初詣を宮島にしたのはもうひとつ目的があった。
それは最近宮島にできたというカフェに行くことだ。
ドリンクを注文すると宮島ではもみじ饅頭が出てくる

「町かど」
広島県廿日市市宮島町(商店街の郵便局から山手側に上がる)
TEL 0829-44-0271
ここはすでに様々なメディアが取材に来た店らしく、その江戸時代の面影を残す高い天井といい、ただものじゃないアンティークの箪笥といい、そこかしこにオーナーのセンスが行き届いていた。
なんでもオーナーの祖先は造船業をされていたとかで、その建物自体も隣の公民館より大きいというほどのすごさで、由緒ある名家のようにお見受けした。
宮島にもいい店ができたもんだ。
その後、また大勢の参拝客とギューギュー詰めのフェリーに乗りこみ、正月の宮島をあとにした。
遠ざかる大鳥居を見ながら今度この島に来られるのはいったいいつだろうという思いがふっと浮かんできた。
旅は瞳の奥にいくつもの出会いと映像を残しながら、いつも終わりを迎える。
そして、また来た時と同じように鈍行電車に揺られてふるさとに戻っていく。
たぶんこんなふうに帰る場所があるから、私はまた旅に出るんだろうと思う。
1月3日(水)晴れ夕方曇り
今日はそろそろ初詣に行こうと思っていたのに、娘が夕べよく眠れなかったとかで、朝全然起きないので、しかたないからもうはそっちは明日行くことにしてまずは亭主の実家に年始に行くことにした。
一応嫁のつとめも果たさねばならぬ。
今日は珍しく姪っ子たちも東京から帰省していて、T家もいつになく華やかな雰囲気だった。うちもそうだが、若い子がいるといないではうちの中が全然違う。
義母も写真が趣味なので、いつもこれまで彼女やほかの写真仲間の撮った作品についてあれこれ話をするのだが、今日もけっこうその話で盛り上がった。義母も写真の話となると楽しそうだった。
帰り道、用事で福山に行っていた義姉の車と偶然すれ違って、その時お土産だといってミスドのドーナツを山ほどくれたので、ありがたくいただいて、それを車の中でバカスカ食べながら岡山に向った。
やるべきことをやったら遊びに行くに決まっている。
初詣はオジャンになったが、正月は他にイベントはいくらでもある。
しかし、予想はしていたが、今日は岡山方面は最上稲荷に行く車でものすごい渋滞で総社あたりからまったく車が動かない
いったいどこまでこの渋滞は続いているのかと思って見てみたら神社の鳥居は何キロもはるか彼方に見えた。あれじゃあ夕方までかかってもつかんじゃろう。皆さんご苦労なこっちゃというほかない。
我が家はそんな悠長なことはやってられないので、総社から岡山まで高速を使ったら、あの渋滞は何だったんだろうという感じでひとっ飛びで、後楽園に行けた。
しかしながら今日はさすがに川原は車がいっぱいで、だいぶ離れたところに行かないと車が停められないので、そこから歩くとなると後楽園の入り口はかなり遠い。
おまけに川沿いの道はけっこう寒い。
それでもなんとか後楽園の中に入ったら落ち着いたので、ちょっと一息つこうと園内の茶店でぜんざいをいただく。
そのあと芝生の周りを歩いていたらなんとももっちに遭遇したので、また例によって追っかけて写真を撮る。
<今日はポーズまで決めてくれた
そして、待つこと40分・・。
予定通り午後2時きっかりにお待ちかねの丹頂鶴が登場〜!!
その大スターの威風堂々とした姿に、通路を埋め尽くしていた何百という人々が皆一斉にカメラを構える。
その中を2羽の鶴は完全VIP状態で芝生を全部占領して悠々と歩いていく。

私はその光景になんだか笑えてきてしまう。
今日ばかりは鶴様がスターで人間は付録といった感じでちょっと滑稽だ。
騒いでいる人間を尻目に鶴たちはその日の気分で好きな場所にどんどん移動していき、そのたびに人々は一喜一憂する。
そして、ついに・・私たちの目の前に来た時、2羽の鶴は重量感のある羽を大きく伸ばしてバタバタ〜と風を起こしながら青空めがけて飛んでいった。

そして、そのまま低く旋回しながらふたたび別の芝生に降り立つと、まわりの群集から一斉に拍手が巻き起こる。
私もそれを見てよくやった〜!と思い切り手をたたく。
こんな大事な晴れ舞台に見事な芸を見せてくれてありがとう、という感じだった。
しかし、同じ鳥でも鶴が飛ぶとどうしてこんなに感動するんだろう。
ほんとに美しい正月の舞だった。
そのあとは最近できたばかりの「お宝発見岡山店」に行ってみたら・・これがもうすごい。
USEDの古着、CD、DVD、コミック、バッグ、靴、小物、あとアクセサリーに雑貨、釣り道具までなんでもある。
それにものすごく広いのでどこに何があるかわからないくらいだ。
特に古着は300円くらいからあるのだが、私は去年もう古着はある程度卒業してしまったので、ちょっと触手は動いたのだが、結局見てるだけ〜で店をグルグルまわって終わった。
娘は喜んでCDと服を買って帰った。


「お宝発見岡山店」(R30沿い・青江交差点を南へ)
1月2日(火)雨のち曇り
正月2日目、少しテンションが上がってきたので、フジグランに今年お初の映画を見にいった。
メイメイ大絶賛の「犬神家の一族」。私はもしかして横溝正史の作品をちゃんと見るのは初めてじゃなかろうか。

「犬神家の一族」
30年前に公開された市川崑監督の同名映画のリメイク版ということだが、なにしろ最初の映画も見ていないので、昔よりいいのか悪いのかわからない。
原作も読んでいないので金田一探偵がどういうキャラクターなのかわからないが、たぶん刑事コロンボみたいに風采があがらないイメージで、いつも飄々としているが、実は頭が素晴らしくキレるという感じだろうか。
しかし、金田一役の石坂浩二はちょっとそういうキャラを演じるには真面目すぎるというか奇麗過ぎる感じもした(フケはすごいのだがあんまり笑えない)。もっと飄々とした雰囲気があってもよかったような・・。
文句ばっかり言っているが、それでもけっこう面白かったのは確かだ。
松坂慶子も萬田久子もかなりのダイコンなのでちょっと不安だったが、この映画は無難にこなしていたし、松子役の富司純子は線が細いながらもかなり頑張っている感じがした。でも、深田恭子はいらんと思った。
途中スケキヨ(あの白マスクの不気味な男)とスケトモとスケタケの3人の名前が似ているので、ちょいと頭が混乱したが、最後になんとか解決した。でも、親戚みんな名前にスケがつくのも変じゃない〜?!
まあ、とはいえ展開はスピーディで予期せぬ結末も面白かった。でもやっぱり最初の「犬神家・・」を見てみたい気がする。
☆3つ。
年末ほんとにたいへんなことがあったのに、まるで夢の中で起こった出来事のようにだんだん現実味が薄れていく。
これを精神的にタフというべきか、それともほんとにたいしたことでもなかったんだろうか。
今はまだわからない。
とにかく私は心労のあまりまた痩せるかと思いきや今日体重を計ったら1キロ太ったみたいだし、家族もみんな何事もなかったように笑ってTVを見ている。
人生というのはどん底の悲劇に見えるものほど実は喜劇の要素を含んでいるのかもしれない。
まあ、それもまた平穏な毎日に戻ったから言えることだ。
しっかし、私の人生ってまだまだ波乱がありそうだなあ。
今夜は娘と恋愛談義というか恋のあれこれを話していたのだが、その中で私が彼女に話したかったことは「自分が好きになった相手にもおなじように好きになってもらえるのはほんとにめったにないこと、奇跡に近いこと」ということだ。
だからほんものといえる男性はそんなに簡単には現れない。
特に今の時代簡単に手にはいる恋愛もどきと呼べるものはそこいらじゅうに横行している。
携帯やPCは確かに便利なものだが、反対にそういうツールが本質を見えにくくし、簡単に第三者と交信ができるために目の前の相手を軽視しがちだ。
そういう時代にこの人、と思える人を見つけることは実はそういうものが何もなかった昔よりずっとたいへんな作業のように思える。
娘もこれから色んなことがあるだろうが、私としては不器用でも人をまっすぐ好きになれる女性であって欲しいと切に願っている。
そうすればいつか必ず彼女の気持ちを受け止めてくれるほんものの男が現れるだろう。
それまでは仕事のできる大人の女性になれるよう自分を磨いて欲しいし、それ以上に恋愛にもタフな女になって欲しいと願っている。
「恋というのは一人でもちゃんと生きていける人にある日偶然訪れるもの・・」
そして・・私は今夜娘にこうも言いたかった。
「あなたの人生はまだ始まったばかりよ」
1月1日(元旦)晴れ後曇り
こんなに気分の落ち込んだまま迎えた正月も初めてだ。
やはり年末のアクシデントがいまだに尾を引いており、年があらたまったとはいえ、特別明るい気分にもならないし、なにをする気も起きない。
まあこれから年賀状でも見て心機一転してまた本来の元気さを取り戻したいと思う。
そんでもって今年からもっと自分のための人生を考えようと思う。
昼前にやっとばあちゃんが起き出してきてみんなで年賀状に目を通して、そのあと亭主と娘はフジグランの初売りに出かけた。
残ったばあちゃんと話をしていると正月はますます暗い。
TVでは一日じゅうお笑いをやっているが、一組ごとの持ち時間が短すぎて笑いのツボになかなかハマれない。
そのうちだんだん眠気がわいてきたと思う間もなく大音量で聞いていたTVの音も意識の彼方に遠ざかっていく・・。
そして、気がつけばはや夕方、ばあちゃんはすでにどこかに行ってしまっている
結局一日なにもしないで過ぎた。
夜になって気分転換に近所のビデオ屋に行ったら四コマ漫画担当のIさんが正月からがんばって働いていた。
「のだめ・・」のサントラを借りたかったが、他の人に借りられていた、残念。メイメイの大好きな「犬神家の一族」(彼女はこの映画のセリフを全部覚えていると言っていた)もなかった。
それでこの前見られなかった「ミュンヘン」を借りた。というのも「007カジノロワイヤル」の主役ダニエル・クレイグが出ているからだ。
やっぱりビデオ屋に行くとちょっと元気が出たような気がする。