7月3日(金)曇り
今日夕方スーパーで買い物をしていたら、聞きなれた曲が店内に流れていた。
斉藤和義の歌う「歌うたいのバラッド」(http://www.youtube.com/watch?v=FIWp0L2lnls&feature=related)だ。
KUNIさん(http://ameblo.jp/kuniverse/)がライブでこの曲を歌っていたのを聞いて、いい曲だなあ、と思っていたのだが、歌手本人が歌っているのは聞いたことがなかった。
本人の歌を聞く前にKUNIさんの歌ばかり聞いているので、今日本人の歌を聞いても、なんか私の中ではどっちが本家かわからなくなってくる。
特にサビのところの声の伸びはKUNIさんのほうがいいんじゃないかと思ったりした。
この曲はミスチルの桜井さんのBankBandがカバーして一躍有名になったらしい。
桜井さんの歌うのも聞いてみたが、彼が人の作った歌を歌うとけっこう平凡なのに驚いた(http://www.youtube.com/watch?v=J2tDmD5F1qQ)。
普通に上手いけど、なんか物足りない。いつもの不安定さが恋しい。
やっぱり、何歌ってんだか聞き取れないくらい、一つの音符に無理やり言葉を詰め込んだみたいな歌が彼らしいようだ。
この前、知り合いのカオリンに会ったときに結婚についての話をしたのだが、その時私は「今すぐ会わなくていい相手というのは一生会わなくてもいい相手だ」という話をした。
だいたい今すぐ会う必要のない人間と恋なんかできるんだろうか。
昔、同級生のYちゃんという女の子がこれまた同級生のTクンという男の子と付き合っていたときに、たまたま彼女のうちを訪れた私は「Tクンとええ線いっとるらしいなあ。結婚も近いんじゃろ」とかなんとか言ってひやかしたのだが、彼女はいたってクール、まあ、腐れ縁みたいなもんじゃわ、と淡々と話す。
そんなこと言ってもけっこうアツアツなんだろうと思って、デートばっかりしてるんじゃろう、と聞くと、一週間に一回ほどだという。
もう結婚も間近らしいのに、そんなに会わなくていいのか、と私は思ったのだが、その頃22、3才だった彼女は「あんまり頻繁に会ようたら、結婚して飽きるじゃろ」と結婚前からすでに人生悟ったみたいなものの言い方をしたので、私はいつも一緒にいたいわけじゃない人間と結婚してなにが楽しいんだろう、と思ったものだ。
もちろん、結婚して長い月日を一緒に暮らせば二人の関係は必然的に変わるだろう。
でも、独身の時に理性を超えてひたむきに誰かを好きにならなくて、いったいいつ人を好きになるんじゃ、と思う。
だいたいそういう相手とめぐり合えること自体奇跡じゃないかと私はこの頃思うことがある。
たったひとりの人とめぐり合うこと、それは砂浜でダイヤモンドを見つけるようなもんだ、と私はよく娘に話す。
それは途方のない作業のようだが決して見つからないわけじゃない、要はタイミングだ。
そして、見事見つけたら波にさらわれないよう掴んで絶対離さない。
とにかくダイヤだと思ったら躊躇しないことが大事だ。
村上春樹の短編に「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」というのがある。
注☆ここから先は小説の内容に関するネタバレがあるので、本を読んでない方は飛ばしてください。
その中に出てくる「悲しい話」。
昔々、孤独で平凡な男の子と女の子がいて、どちらもこの世のどこかに100パーセントの相手がいると信じている。
ある日、二人はばったりとめぐり合い、夢のような時間を過ごすことになる。
でも、その時ふたりの心にわずかな疑念がわく。こんなに簡単に夢が実現していいもんだろうか。
そこで、少年は提案する。もし僕たちがほんとに100パーセントの恋人同士なら必ずまたどこかで会えるはずだ。この次めぐり合ってやっぱり100パーセントだったら結婚しよう。
そして、ふたりは別れるのだが、その後、運命のいたずらでふたりとも悪性のインフルエンザにかかって記憶喪失になってしまう。
しかし、ふたりは努力して社会復帰を果たし、何度かの恋愛(それは75パーセントや85パーセントの恋愛らしい)も経験する。
そして、二人が出会ってから14年経って、偶然再会するのだが、記憶のかすかな光が二人の心を一瞬照らすものの、それはあまりに弱くて彼らはそのまま言葉もなくすれ違ってしまう。
若い時に感じたほんのわずかな疑念。
それが一生に一度めぐり合えるかどうかという100パーセントの相手を永遠に失わせてしまった、という話だ。
信じるものは救われる、理性を超えた情熱だけが恋を成就させる、ということだろうか。
7月2日(木)曇り
昨日、免許の講習で出てきた言葉「ハインリッヒの法則」。
これは重大な災害の起こる背景には軽傷の事故(つまり前触れみたいなもんだ)が何度か起こっている、ということを数字であらわしたものだ。
その数字は1:29:300、つまり1件の重大な事故の起こる背景には29件の軽症事故と300件のヒヤリとかはっとするできごとがあるというわけだ。
ハインリッヒという昔のアメリカ人がそれを発表したんだそうだが、なんで今日その法則を思い出したかというと、今朝、我が家が火事になりかけたからだ。
原因はばあちゃんが台所のガスを切るのを忘れて、店で電話をしていたせいだ。
私が昼前にうちに帰ってきて、なんか焦げ臭いなあと思いながら、店を通過して(その間もばあちゃんは電話に夢中だった)、玄関を上って居間に入ったところで煙で前が見えなくなった。
台所を見れば、真っ黒に焦げた鍋からはもうもうと煙が上っている。
そりゃあもう目を開けていられないほどのすごさだ。
慌ててガスを止めて部屋中の窓を開けて換気をする。
ばあちゃんも何事かと居間に入ってきて、ものすごい状況を見て、あ然、ぼー然である。
「美味しい魚を煮よう思うて・・」と繰り返す彼女はこれまでも何度かガスを切るのを忘れて、そのたびにその美味しいものは見るも無残な姿に形を変えている。
その都度、店に出るときはガスを切るように言っているのだが、私 の言うことをまともに聞いたことのない彼女はその後も繰り返しガスの切り忘れをやらかした。
しかし、今日はさすがの私も言い訳ばかりする彼女に「ばあちゃん、ほんとに悪い癖じゃわ、前から言ってるじゃろう。店に出る時はガスを切らんといけんよ。私が帰って来たからいいようなもんの、そのままにしてたら火事になっとるよ」と厳重に注意をした。
しかし、私が注意するのをよそに、彼女の心はすでに真っ黒になった鍋へと向っていた。
煙のもうもうと立ち込める台所に入って彼女は鍋を磨き始める。
しかし、もうそれはどう見ても使い物になりそうにない。
そうこうするうちに近所の奥さんが何ごとかとうちにやってきた。
すると、ばあちゃんは真っ黒の鍋をほっといて玄関先でその奥さんと話し始める。
私は煙だらけの居間に立ち尽くすのみである。
しばらくして、やっと部屋に戻ってきたばあちゃんがいうには「今、Oさんが報知器をつけとかんけえいけんのじゃ、言うちゃった。あれさえつけとけば、すぐわかるんじゃ」と市からもらって投げっぱなしにしている報知器を見ながら半ば私を責めるように言うので「ばあちゃん、そんなもんつけるより、火を消せば済むことじゃろう。それに店に出てたら報知器鳴ってもわかるわけないわ(実際、彼女は最近少し耳が遠い)」とあきれて言う。
昔、ああいえばジョウユウというおかしな言葉が流行ったが、ばあちゃんもこれまで一度も素直に私の言うことを聞いたことがない。
たぶん、うちが丸焼けになっても私に謝ったりなんかしないだろう。
ばあちゃんの正義は死ぬまでばあちゃんだけのもので、ハインリッヒもなんも関係ないんである。
それはそれですごい人間だと今日あらためて思った。
何をやってもどんな時でも自分は絶対悪くないという志向性。
ごめんなさいのない人生くらい強いものはない。
JR西日本が福知山線脱線事故を契機に取り組み始めた安全運行のための「効果的なほめ方・叱り方に関する研究」が興味深い。
あの事故以来JR西日本は上司と部下の関係性が安全意識に影響を及ぼす可能性があるとして色んな研究を重ねているのだ。
それによると、部下と上司の意識のギャップが浮き彫りになったという。
部下は(つまり運転士)は、「自分がほめられたいことが、上司からほめられていない」と感じており、また、上司が思っているほど、ほめられたと実感していないんだそうだ。
つまり、上司は部下の気持ちにまで配慮した褒め方をしていないということらしい。
ただ褒めればいいということではないんである。
それで面白いのは関係の良くない上司からほめられても、むしろ「やる気が失せる」と部下が回答していることだ。
まあ、普段あまりよく思われているとは思えない相手から褒められてもあんまり嬉しくないのは確かだ。
それにしても、人を褒める、というのはなんと難しいことだろう。
相手の日常の仕事振りをいつもちゃんと気にかけて見ている必要がある。
つまりは部下の性格やその人が普段やっていることに注意を払っているかどうかが大きな鍵となりそうだ。
そして、タイミングをちゃんと心得て、ここぞというときに褒める。
そういうふうに、上司がほめどころをキチンとほめると、部下のモチベーションは向上し、責任感が増すという。
たった一言の的を得た褒め言葉が社員の士気にかなりの影響力を持つことだってある。
あなどれない「褒める」ということ。
それはほかの人間関係にも言えそうだ。
尾道へ通い始めてすでに一年近くが経とうとしている。
BOXショップの役に立っているかどうかは心もとないものがあるが、それでも尾道へ通うことは私がここ10年の間で唯一自分から起こした行動だった(これだけ動き回っていてもそれはほとんど遊びで動いているうちに入らないんである)。
尾道の「芙美子」のママさんはどんなに店が大変なときでも、値段なんか関係なく私に好きなものを食べろと気を使ってくれる。
この世知辛い世の中でなかなかそんなことを言ってくれる人はいない。
その心遣いが本当にありがたいと思う。
私も昔カレー屋をやっていたときにパートを雇っていたことがあった。
まだ結婚したばかりというその女性は23,4歳だったか。
私も30前だったから、少し年の離れた妹みたいな感じで毎日一緒に楽しく働いていた。
彼女は昼間のほんの3、4時間だけのパートだったのだが、性格が素直で真面目、おまけに力持ちだったので、重いたまねぎなんか通りの市場から2階にある店まで背負って持って帰ってくれていた。
私はこんないい人が来てくれてほんとによかった、と思ったものの、実のところ、店はパートを雇えるほどの状態ではなく、給料を払うのもけっこう大変だった。
それでも店はひとりでやるには広いし、仕込みもけっこうあったので、無理をしてでも彼女には来てもらいたかった。
それになにより彼女の働きぶりを見たら、店が儲からないから安い給料で我慢してもらう、ということができなかった。
それで、私はその当時の相場より多めの給料を毎月彼女に渡していた。
店の経営は火の車だったが、彼女の労働はそれくらいのお金をもらえるに値するものだと思ったからだ。
彼女もそう儲かってもいないはずの店から高い給料をもらえることに最初驚いていたようだが、店の実情を想像して旦那さんと一緒になって心から感謝してくれて、そのあと、もっと一生懸命働いてくれるようになった。
人間お金やものだけじゃない、と言う人がいるが、一生懸命働いてくれる従業員を見たら、自然となにか形としてその人に感謝したくなるもんじゃないかと私はよく思う。
お金がないからと、目先のことばかり考えて、骨身を惜しまず働いてくれる人にちゃんと給料を渡せないようなら、私はもう店なんか辞めようと思っていた。
結局、店はそれから1年ほどで閉めることになってしまったが、今でもあの店で経験した様々なできごとは私の人生の指針みたいなものになっていると思う。
それはいい時じゃなく、悪い時、大変なときにその人間の真価が問われるということだ。
どんな時でも前だけ向いて弱音を吐かない「芙美子」のママさんに私はまたそのことを思い出させてもらった気がする。
ノリさん最高じゃあ。やっぱ器用なもんだ。


マイケル追悼PV完全版
「とんねるずみなさんのおかげでした」
7月1日(水)雨にも負けず風にも負けず
自業自得の免許講習。
開始15分前に警察署の講習会場へ行ってみれば、すでに10人くらいの人が席についていて、オーバーヘッドプロジェクタから正面のスクリーンに講義内容の一部が投影されていた。
それを見て、前の講習がまだ終わってないのか、と思ったのだが、もしかして、と思って、ちょっと中を覗いてみたら、入り口横にちゃんと受付の女性が座っている。
そこは紛れもなく私がこれから講習を受ける場所だった。
しかし、皆様、なんて早い。それに準備の早いこと。
いったいいつからスクリーンに講義内容は映し出されているんだろう。
その後、約1時間と20分(最後の10分は免許証受け渡し時間)、すぐ前の席の男性は23回も大あくびをやりながら、私は100mを10秒で走ったときの時速がなんで36キロになるのかを考え続け(教官は問題と答えを言われただけで、計算の仕方を説明されなかった)、結局、その男性は居眠りを始め、私は計算のやり方のわからないまま講習は終わった。
免許証を受け取りながらも、絶対家に帰ってちゃんと解いてやる、とひとり妙な覚悟を決めて、警察署をあとにした。
それにしても、講習を受けるたびに思うのは、普通に規則を守って運転していれば、こんな面倒な講習とか受けなくても済むはずなんだから、これからは心を入れ替えてゴールドカードをもらえるよう気をつけて運転しよう、ということなのだが、すぐそれを忘れてまた車をぶっ飛ばしてしまうのも毎度のことで、もうこれもサガとしか言いようがない。
まあ、とにかく免許証をもらえてよかったよかった(一緒に講習を受けた皆さまもおそらくほっとされたことだろう)。
警察署を出てから急に土砂降りの雨が降り出して、今日はカレー大丈夫かなあ、と思いながら里庄町役場に向ったら、嬉しいことに雨でもちゃんと天竺さんは来られていた。
列に並んでいた男性に挨拶をされたので、驚いて顔を見たらなんとS新聞の記者さんだった。
ま、まさか私の日記を見て来られたんじゃあ、と一瞬思ったのだが、偶然、偶然、と気持ちを落ち着かせる。
カレーは家に帰って食べようと思っていたのだが、あまりにお腹がすいてしまったので(警察の講習で余分なエネルギーを使った)、帰るまでにコンビニの駐車場で食べてしまった。
久々に食べるチキンカレーはもう最高に美味しくて、ちょっと多いかなと思ったご飯も全部平らげてしまった。
天竺さんのカレーはまさに正しい辛さだ。
こういう美味しいカレーはなかなか食べられない。
ルーをちょっとだけ残しといて、また晩にも食べるとしよう。
6月30日(火)雨だけど尾道は熱い
土砂降りの雨の中、前を行くトラックが放水車みたいに山道に水を撒き散らしていく。
おかげで後ろを走る私は目の前が霧のように真っ白になって何も見えない。
降るといえばとことん降る。
自然というのはなかなかほどほど、というふうにはいかないもんだ。
今日も尾道から帰って原稿チェックにおわれたのだが、亭主が珍しく残業をしてくれたおかげで、久々に夕方、バタバタしなくてすんだ。
わたくしとしては景気が盛り返して、彼が毎日残業してくれることを願うばかりである。
今日は尾道の「芙美子」のママさんと雨の中、おだ画廊でやっている杭谷一東(くえたにいっとう)さんの個展を見に行った。
ママさんも私も下駄に足袋ソックスというすごいスタイルである。
画廊とか普段仕事以外でほとんど行くことがないから、ちょっと緊張して入り口のドアを開けたら、地元のTV局が取材に来ているらしく、カメラマンがスタンバッていた。
そばで60代半ばくらいの男性がお客さんらしき女性になにやら説明している。
も、もしかして、こ、この方が、く、杭谷一東さん!!!!???
ほんと〜!!うっそ〜!!ありえん!ありえん!とママさんも私も俄かにテンションが上る。
まるっきし、団体旅行のおのぼりさん状態の私は興奮して、必死でカバンの中の名刺を探す。
ママさんは名刺がないない、と焦っていたが、そのいでたちだけで名刺はいらないくらいのインパクトがあると思われる。

それにしても、杭谷さんの作品をこれだけたくさん実際に見るのは初めてだったのだが、芸術にはまるで疎い私でさえ、そのすごさに体が震えた。


特に私が心を奪われたのはこの作品で、隅のほうに静かに座っている男女は夫婦なんだそうだ。

長い人生をともに歩んだふたりが一緒に腰かけて、しばらくのんびりと休んで、また同じ人生を歩き出す、そんな作品だと説明してくださった。
その話を聞きながら、思わず胸が熱くなった。
この前読んだ、瀬戸内寂聴さんの本の中にあった「夫婦が生涯添い遂げることは一生をかけるに値する大事業」という言葉(メモるのを忘れたが、確かそういう内容だったと思う)を思い出した。
見えにくいのだが、左端には小さな猫がいる。
杭谷さんは「猫は中庸だから」とおっしゃっていたが、杭谷さんが言われると、中庸、という言葉がどこか哲学的な意味を持つ言葉のように思えた。
ここで偶然お会いした「Jisso」(福山市春日町)のKさんとNさんがこの後、「芙美子」にも来てくださって、色んなお話ができて楽しかった。
尾道に来るとほんとに思いもかけない出会いがあるよなあ、と今日も思った。


杭谷一東 ローマ展覧会記念「彼方より」
〜おだ画廊〜
尾道市東御所町(尾道駅から海岸通り方向へ)
TEL 0848−23−6006
あと、色とりどりの七夕の飾りつけの終わった商店街では今日、尾道大の学生さんたちが大学の勉強の一環らしくビデオ撮影をしていた。

画家のTさん作の放浪記の看板も完成していた。毎度のことながらまことに仕事がスピーディである。

明日は天竺加哩厨房のカレーを買いにお昼、里庄町役場に行く予定。
6月29日(月)雨時々曇り
昨日の私の雨乞い気分が空に通じたのか、今日は朝から雨になった。
まだ本降りとはいえないが、少しは田んぼも潤うことだろう。
今朝はまたメイメイのところに寄ったあと、最近できたらしい(今日店の人に聞いたらもう3ヶ月も前にオープンしたそうだ)駅家のパン屋さんに行ってみた。
メイメイにだいたいの場所を聞いて行ったので、その店はすぐわかった。
中に入るとジャズが流れていて、今風のお洒落なパン屋さんだ(こういうパン屋がなんでうちのほうにもできんのか)。
値段もリーズナブルだし、どれも美味しそうだった。


「Boulangerie Sogii(ソギー)」
福山市駅家町大字倉光
(R486を府中方面へ
ユニクロ先信号右折駅家小学校前)
電話:084-976-0987
営業時間:7:00〜19:00
定休日:水曜日
社会人になって突如、コスメガールと呼びたいくらい女に目覚めた我が家の娘に教えてやろうと思って、昨日「エチカの鏡」に出ていたミスユニバース・ジャパンのプロデューサーのイネス・リグロンさんの「美の魔法」の7つの言葉を書き留めておいた(私も女だから関係ないわけじゃないが・・)。
このイネス・リグロンという人は日本人ではじめてミスユニバースに輝いた森理世さんらを育てたというすごい人だ。
彼女はユニバースジャパンのプロデューサーとなって10年で日本人女性をトップの座にのぼらせた。
そんな彼女は最初、日本の女性を見てがっくりきたんだそうだが、その中に手を口に当てて笑う、というのがあった。
私はそれを聞いたときに、世界で認められるミスになるのならいざ知らず、それは日本の女性の奥ゆかしさというか長い歴史の中で伝わってきたひとつの文化じゃないかと思ったので、別に全部が全部欧米に習うことはないんじゃないかという気がした。
まあ、それはともかく「美の魔法」をつらつら書いてみる。
1.あなたのチャームポイントを書いてご覧なさい。
2.あなたを褒めてくれる人はいる?
3.実用性だけの下着は捨ててしまいなさい。
4.似合う似合わないを決めるのはあなたではない。
5.ハイヒールを怖がらないで。
6.裸になって鏡に姿を映して。
7.今日、一生に一度、出会えるかどうかの男性が待っているかも。
実用性以外の下着というのはいったいどんなもんじゃろか、と思ったときに、10年前くらいまでばあちゃんがはいていた夜の蝶みたいな真紫のシースルー下着を思い出した。
あと、裸になって鏡に姿を映す、というのは翌朝寝覚めが悪そうなんでできそうにないし、今日、一生に一度・・というのもかえって、そんな男性が現れたら仕事もなんもかんもできなくなるだろうから、まずいといえばまずい。
亭主が私を褒めるのはほとんど強制だから、ほんとに褒めてくれる別の誰かを探さないといけない。
ハイヒールも結婚式か葬式くらいしかまず履くことはないので、どうも現実味に乏しい。
できるなら、50代の美の魔法を作って欲しい、と思った私なのだった。

イネス・リグロン
明日は昼前に尾道に行く予定。明日から始まる「おだ画廊」(尾道市東御所町)での杭谷一東さんの個展を見たいもんだ。
6月28日(日)雨が降らない
田植えの終わった田んぼに張られた水が干上がりそうな天気が続いている。
それでも水量の多い高梁川では若者が裸でジェットスキーを楽しむ。
こんな日に吉備路を歩けば、サンダルを履いた足先までが熱い。
目指す向日葵畑が陽炎の向こうに揺れる。
やっとたどり着いたら、どの向日葵も太陽のほうを向く元気もなく、半分はすでに屍となり、ただうな垂れていた。
みんな、みんな水を欲しがっている。
でも、雨はやっぱり今日も降らないのだ。
それでも、私は今日も太陽の下にいて、大好きな車を見たり、汗だらだらでかき氷を食べたりしているのだった。




吉備路もてなしの館
岡山県総社市宿(国分寺前)
TEL:0866(94)1048
午前10時〜午後5時(4月以降は午後6時まで)営業、無休
http://www13.ocn.ne.jp/~motenasi/
今日は鴨方と金光に新聞を配達するついでに、来月型染め作家のMさんと徒然堂のKさんが展示会をやる予定の倉敷の「ranaq」(ラナキュ)という店に行ってみた。
倉敷イオンから近いのだが、住宅地の中にあるので最初ちょっと探した。でも、なんとかたどり着けた。
店構えがちょっとレトロな感じもしたので、店主の方に聞いたらそこはS新聞の販売所だったんだそうだ。
そうこうするうちに偶然、版画holicのHさんが店に来られてびっくり。
なんか、備後だけじゃなく、倉敷もどこに行っても知り合いに会うようになってしまった。
これも遊びまわっているせいだろう。
それにしても、癒し系のキャラとお見受けした店主の女性のイメージそのままの洗練された個性的な雑貨は見ているだけで幸せな気分になる。
特にバッグはヨーロッパの生地を使って作ってあるものもあって、どれも私の趣味にぴったりだった。
ここはお茶も飲めるのでカフェ好きの私としてはたいへんありがたい。
今日、もう下見を済ませたので、来月の「マッチと手ぬぐい展」はもうばっちりというもんだ。



「ranaq」(ラナキュ)
倉敷市八王子町
(R60を倉敷イオン方面へ。イオン入り口信号を左折後
梶谷薬局の信号を左折、途中看板あり)
TEL 086−422−8899
営業時間 12:00〜19:00
第1、3日曜・月曜休み
「ranaq」のあとにBOOK OFFに寄ったら、隣の和食のお店の前で売っているコロッケが美味しそうだったので、買ってすぐ食べてみたら、コロッケには珍しいレンコンが入っていた。
ホクホクのコロッケを食べながら、レイチェルの暑い夏は今日も続いていく。
6月27日(土)晴れのちどんどん曇る
今日は朝から蒸し暑くてまさにアイスクリーム日和(?!)だなあと思って、この前から行こうと思ってなかなか行けなかった府中の「金光味噌」に出かけた。
天気と味噌がどういう関係があるのか、と思われそうだが、最近その店では味噌を使ったアイスクリームを作っているのだ。
しかし、噂ではかなりわかりにくい場所とのこと。
それでも、レイチェルに行けない店などありましぇん、とばかり今日も府中をぐるぐる回って、道行く人に尋ね尋ね、見事その店にたどり着いた。
アイスは2種類あったので、どちらもゲット!
なにしろアイスクリームなもんで、帰るまでに食べないと溶けてしまうと思い、運転しながら食べることにした。
50女がアイスクリーム片手に運転している様もあんまり絵にならんがしょうがない。
最初は味噌とアイスクリームってどうだろう、と思ってたが、一口食べるとほんのり味噌の風味が口の中に広がって、初めての味ながらこれが美味しいんである。
味噌を加えることによって味にまろやかさが出るみたいだし(しかし、このアイスは味噌の分量をかなり研究されたことだろう)、からだにもよさそうだ。
これはヒットじゃなかろうか(ちなみに家に帰って食べたジェラートのほうはもっと美味しかった)。
それと、その金光味噌の隣の古民家のお好み焼き屋さんにも興味をそそられた。今度ぜひ行ってみよう。
今日、府中へ行く前に神辺のハローズ(R486沿い)の駐車場でフリマをやっているのに気がついて、ちょっと寄ってみたのだが、なんとそこにはフリマ商人のNさん夫妻がいた。
Nさん夫妻の並べている骨董品は相変わらずマニアが見たらヨダレもんというものばかりで、今日は偶然そこにおられた神辺美術協会の理事をされている鶴舟さんも紹介していただいて、また新しい縁が広がりそうだった。

奥に見えるのはなんと計算機

Nさんのところで買ったヒマラヤ岩塩
夕方は市内2箇所で土曜夜市があったので、先に高屋駅に出かけて取材をして、その後井原駅で茶そばの早食いトライアルの取材をした。
井原駅に到着するとすでにI放送のFさんがスタンバッている。
彼も時々、私の日記を読んでくれてるそうで(それも携帯で)、レイチェルの日記はなんせ長いし〜、読むの大変だし〜、もうすでに今日書いてるし〜、と面白いことばっかし言われて、取材前に大笑いしてしまって仕事どころじゃなくなった。

それにしても、いつもは暗すぎて写真が撮れない早食い競争も彼がライトを照らしてくれたおかげでうまいこと写真が撮れた。ありがとさんです。また会ったらもっと大きく載せるからね〜(いらんてか)。
6月26日(金)晴れ
彼、マイケル・ジャクソンが生きていたときは「マイケルがまだ人間だったころ・・」とか、悪口を書いたりもしていたが、こうも早く逝かれてしまっては、もう悪口を書く気にもなれない。
朝、起きぬけにマイケル急死の一報をTVで聞いたとき、いったいどこのマイケルやねん、と一瞬、寝ぼけた頭で考えたほどだ。
その後、「とくダネ!」で小倉さんが最初は信じられなかったけど、マイケルの過去の映像を見ているうちに、だんだん寂しくなってきた、と言っていたのを聞いて、私もちょっと泣きそうになった。
世紀のスーパースターマイケル・ジャクソン。
誤解を恐れずにいえば、彼の才能も短命も彼が黒人であるがゆえにもたらされたものじゃないかと思う。
それもアメリカという国じゃないと生まれなかったスーパースターという気がする。
彼の得た莫大な富も名声も結局、彼を幸福にはしなかった。
あれだけの才能を持つマイケルでさえ、黒人であることのコンプレックスから解き放たれることはなかったように思う。
マイケルのPVやライブ映像を見ながら、これで彼は永遠のヒーローになったな、とふと思った。
あのまま整形でぐじゃぐじゃになった顔で仮に70、80まで年老いて行ったとしたら、ここまで世界は悲しまなかっただろう。

27年前、マイケルの「スリラー」を初めて聞いたときのことを私は今も忘れない。
最初、それまで聞いていたポップスとあまりに違っていたので、これはなんじゃらほい、とすごく違和感を感じて、ちょっとだけ聞いてすぐCDを止めてしまった。
それで、もう普通なら聞かないところだが、せっかく買ったんだから、やっぱりもうちょっと聞いてみようかな、と思ってあらためて聞いてみると、それまでまったくわからなかった外国語が突然理解できたみたいに、全身に電流が走って、ざざざ〜!っと鳥肌が立った。
こんなすごい音楽今まで聞いたことない、とそれからの私は毎日そのCDを聞き、長い長いPVを見続けた。
彼はもちろん天賦の才能を持って生まれたんだろうが、ジャクソン5を離れてひとりになってからの彼のPVなんかを見ると、わりと歌や踊りが地味である。
それからすると、クインシー・ジョーンズというプロデューサーとの出会いが彼に大きな変化をもたらしたという気がする。
今夜は彼のアルバムをひっぱし出してひとり追悼しよう。
キング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソン・・あなたはほんとにすごかったよ。今でもブルブルくるよ〜
http://www.youtube.com/watch?v=lfQhdBpCFCA&feature=channel
そんなわけで、今朝は気持ちの収集がつかないまま福山に出かけた。
途中おたがいさま横丁のSさんに偶然会ったので、お茶に誘ったら来てくださったので、知り合いのTさんと3人でまたわいわいと備後の話で盛り上がった。
最近、会う人会う人みんなに「1Q84」の話をしてしまう私は、今日もあの小説について熱く語ってしまったのだが、福大まで心理学の講義を聞きに行っているくらいの勉強家のTさんは私の話をとても興味深く聞いてくれたので、嬉しかった。
やっぱりおなじ言葉で話せる人に出会うと感情を言葉にする作業がほんとにスムーズに進むし、なにしろ自分が肯定されていく気がする。
仕事の前の数時間だったが、私にとってすごく有意義なものになった。
昼からは近所のたい焼き屋の「スマイル」(井原町・R313を北へ ハローズの信号を右折)に出かけて、かき氷の取材をした。
これはたいへん珍しいヤーコンハッサク氷だが、上に載っているせんべいもかなりのインパクトがある。

上にかけてあるのもヤーコンとアタゴナシのジャムシロップなので、すっきりしていて、後味がいい。
私はかき氷は大好きなんで、今日もぺロリと平らげたら、次にもっとすごいのが出てきた。

これはいったいどうやって食べるんじゃい、と今日商品の陳列に来られていた井原線まちおこしネットのOさんと笑いあって、一緒にこのビッグなかき氷を食べることにした。
しかし、食べても食べてもなくならない。
おまけにスプーンも入らないくらい固めてあるので、かじらないと食べられない。
こぼさないように食べるのも大変だ。
Oさんはさすが男性だけに、ガブリとかじりまくってどんどん食べている。
私もかき氷は好きだが、2杯目はさすがに苦しい。
3分の2を食べたところで息絶えた。
でも、これで230円ってほんと安いと思った。
お腹が一杯のはずなのに、帰りにまたたい焼きを買って帰った。
6月25日(木)晴れ
たぶん、東国原県知事はざまーみろ、とほくそえんでいることだろう。
ほんまに自民党もなめられたもんだ。
しかし、人間、調子に乗りすぎると、大きな落とし穴にはまることがある。
今日はオフだし、天気も上々だし、こういう日は町へと繰り出さずにいられない。
あちこちうろうろした後、お昼過ぎに「NICO CAFE」(神辺町・R182沿い)でティータイムを取ることにした。
メニューを見たら、珍しい「焼きバナナ」があったのでそれを注文したら、ほんとに真っ黒に焼けたバナナが出てきた。
まさか、皮は食べんよね、と思いながら、フォークとナイフで賢いサルになった気分でバナナの皮を剥ぐって中身を切り分け、その1個を口に入れる。
すると・・あまーい!
それに、焼いてあるからあったかいし、ちょっと酸味もあってすごく美味しい。
初めて食べたけど、これはあり!だと思った。

今日、近所のKさんという50代の女性がうちにやってきて、最近、おじいさんが認知症になってしまって、夜、町を徘徊するようになったので、夜中にお宅の前をうろうろしたりするかもしれないが、よろしくお願いします、と言って帰られたという。
そういやあ、この前、うちの壁をどんどん叩く音がしたと思うたんじゃ、とつかさずばあちゃんが言う。
彼女は昔から音に関してものすごく神経質だから、ちょっとしたことでも目を覚ますが、私なんかは家の前の道を夜中に救急車が10台くらい通ってもわからないような人間なので、壁なんか少々叩かれてもわかるわけがない。
それにしても、おじいさんが徘徊するようになったためにその人のうちでは家族が夜中交代で寝て、世話をしているんだそうだ。
それはそれで大変だなあ、と思う。
うちなんかそんなことになったらきっと寝てしまうよなあ、とばあちゃんがいなくなってから亭主と言い合う。
薄情な娘と暮らすばあちゃんの老後は暗いもんがある。
同居している30代半ばの独身の息子から月々10万円も生活費をもらっていると60代の母親が言っていた。「そんなにもらっていたら息子さん、結婚しないほうがいいねえ」と言ったら「そうよ、結婚したらお嫁さんが全部お金を握ってしまうから、私らには全然入ってこない」と笑っていた。
借りていた「MAROON5」のCDを返すときに間違って「BOYZUMEN」のCDを入れて返してしまったようで、今日気がついたら、「MAROON5」のCDだけが手元に残ってて、返し忘れたと思って、昼間、汗だくでジャケットを探しまくった。私みたいな間抜けな客もいるんだから、TSUTAYAもちゃんと調べてよね。
東方神起のジェジュンは京本政樹に似ている。
娘が夜メールしてきて「オペラ座の怪人」に泣けたといってきた。CDまた貸してねと言われたが、棚に山積みにしている何百枚ものCDを思い出して、しばらく時間をくれと言っといた。
夫婦が長持ちするには寝室を別にするほうがいいんだそうだ。特に別室のほうが女性はよく眠れて、ストレスが少ないらしい。
人の悪口ばかり言っている人というのは不思議とその悪口が本人の耳に入らないもんだ。案外、そういう人間は口外しない人をちゃんと選んでいるのかもしれない。人を見る目はあるようだ。
「アメトーーク」は前はすごく面白かったけど、最近そうでもなくなった。
オペラ歌手のポール・ポッツさんの歯が綺麗になっていた。一夜にしてスターになった彼だが、オーディション番組に出たときのようなインパクトはもうなかった。
50代後半の女性が「毎日、充実しているからもういつ死んでもいい」と話していた。その人はこの町で皆のためにボランティア活動をし続けている。私もほんの少し前までは今日死んでも悔いはない、と毎日思っていたが、この頃、まだなにもやっていない気がして死ねない気分になっている。
口の悪い人ほど長生きしている。
下積みが長すぎる。
痩せたねえ、というのは太ったねえ、と言うのとおなじくらい禁句だと思う。
年を取っても素直な人は素敵だ。
明日は朝のうちは福山の「ぽーこあぽーこ」(本通り北入り口そば)に行く予定。
6月24日(水)晴れ
カレーの移動販売で人気の天竺加哩厨房さん(http://tenjikuhawa.hp.infoseek.co.jp/)から「岡山GOGOグルメ隊」を送っていただいた。
この中にしっかり天竺さんも載っていた。すごいことだ。

今日はこの前取材した喫茶店で昼ごはんを食べようと、ばあちゃんを誘って出かけた。
その店はランチはカレーがメインなので、ばあちゃんはビーフカレーを頼んだのだが、うちにいるときとおんなじようにスプーンをガチャガチャさせて食べるもんで、ばあちゃん、音が大きいよ〜、と注意しながらカレーの写真を撮るのもなかなか忙しい。
まるっきし、どっちが親かわからない。
まあ、以前一緒に行った福山のキャッスルホテルのレストランでのスプーンの音に比べれば、まだ今日は可愛いほうだった。
彼女は昔からお洒落だし、普段から身だしなみも清潔感が一番、みたいな感じですごく気を使っているのだが、こと食べることにたいしてはほんとに頓着がない。
そのアンバランスなところがいかにもばあちゃんなのだが、衣食住の「衣」しか興味がない、というのもほんとに変わっている。
食に関してはその偏りぶりも相当なものだが(だいたい長年、毎日毎日うどんばっかり食べている)、それでもすこぶる元気なんだから不思議というよりほかない。
以前、そのことを彼女に言ったら、「病気になるよりえかろうが」と言われた。
昔からジョークがまったく通じない、というのも相変わらずである。
夜、RSKの「VOICE21」を見ていたら、玉島の「ぱんご〜の」が登場したので、慌てて写真を撮った。
最近、私がリンクさせていただいているお店やアーティストがどんどん有名になっていくのでほんとに嬉しい。
「ぱんご〜の」のランチはまだ食べたことがないが、今日TVで見たら、すごく美味しそうだった。
エンドロールとともに流れる「Thank You For The Music 」を泣き泣き聞きながら、音楽が私にもたらしてくれたかけがえのない人生のことを思う。
そして・・そうよ!そうよ!音楽のない人生って考えられない!とその歌の歌詞に心から頷きたくなる。
それはどんなに暗い夜も私の心に一筋の明かりを灯してくれた。
それをあらためて思い出させてくれる素晴らしい映画だ。
そして、こういう映画を見てると、絶対死ぬまで、人生を楽しまなくちゃ、とつくづく思う。
しっかし、なんでもやれるメリル・ストリープ。
恐れ入りました!!!
彼女がもう若くもなく、贅肉もたっぷりついたいいおばさんで、ミュージカル女優でもなんでもないのにかなりハードな歌や踊りをやってのける、というのがこの映画のいいところで、その大女優の心意気というか、根性には参りましたというほかない(普通なら悲壮感が漂うところ、彼女のあまりの潔さに年齢とか体型とかいうものはぶっ飛ぶんである)。
ほんまにすごい女優だ。
ほかの二人のおばさん(クリスティーン・バランスキーとジュリー・ウォルターズ)も天晴れ!
そして、なんと言っても、この映画で一番素晴らしいのは、ABBA(アバ)の曲の数々だ。
そのどれもが珠玉の名曲といえるものばかり。
70年代から80年代にかけて吹きまくっていた風を呼び覚ます。
音楽がその時代の中に大きな刻印を残していくといういい例だ。
何十年経っても、その曲を聞けばありありとその時代の空気を思い出せる。
ギリシャの真っ青な海で歌い、踊る主人公たちと一緒に心弾ませながら、いつしか私の体もヒュルヒュルとあの時代へとタイムスリップしていく。
ほんとに楽しい映画だ。
なんも考えず、無条件で楽しい映画というのはこういうのをいうんだろう。
そして、こういう映画は明日へのエネルギーを与えてくれる。
私も今宵叫ぼう、音楽よ!ありがとう!!
http://www.youtube.com/watch?v=WauFkb4jmCI

「マンマ・ミーア!」
☆4つ。
6月23日(火)晴れ時々曇り
火曜日はやっぱし楽勝では終わらなかった。
夜、ライブから浮かれ気分でうちに戻って、原稿の山が届いているのを見て、我に返った私は(それまで忘れてしまっているというのも呆れるが)、ご飯を食べる間もなくチェックに追われる。
それでも、今日なんか、帰りにどっかに寄って帰ろうかしらん、と思っていたくらいなんで、よくまっすぐ帰ってきたよなあ、と自分で自分に感心する。
やはり、忘れているようで仕事のことがどこか頭にあったのかもしれない。
ただ今午後10時。まあ、とにかく今週も原稿チェックは終わった。
なんとか本紙もミニ新聞も記事ができそうだ。
今夜は福山の「ピトン」(曙町/R182を南へ しまなみ信用金庫の信号を右折)で初めてジャズのライブをやるというのでメイメイと出かけたのだが、行ってみてびっくり、以前「ラピス」(笠岡駅前)で会ったAKIさんがそこにいた。
なんと今日のゲストは彼女らしい。ギターは「NICO CAFE」のマスターだというのは知っていたが、ボーカルは誰だかわからなかった。
私なんぞが言うのもおこがましいが、AKIさんは「ラピス」で会ったときにすでにプロの雰囲気が漂っていた。
今夜もセクシーなロングドレスで素敵なボサノバを聞かせてくれた。

「NICO CAFE」のマスターのギターの腕前はそうとうなものだと以前から噂に聞いていたが、やはりこちらもプロ級だった。

ボロカメラの上にストロボなしよ、とピトンの店長さんに言われ、手持ちで撮ったもんだから、ブレブレなのが玉に瑕だが、今夜はご容赦願いたい。
ラストまであと30ページというあたりで心臓の鼓動はどんどん速まり、不安や期待、様々に絡み合った感情で頬がしだいに紅潮してくるのがわかった。
そして、最後の10ページくらいからはもう、とめどなく涙が溢れて止まらない。
いったいなにが私をそこまで感動させるのか自分でも説明がつかないのだが(実際、小説の中の一節にも「説明されなければわからないことは説明されてもわからないこと」と書いてあった)、この小説の中の言葉の数々は私の中の一番魂に近い場所に静かに、そして劇的に降りてきた。
こんなすごい小説、一生のうちに何度読めるかわからない。
なんか大きな仕事を終えたような虚脱感さえ感じる。
当分、夜空の月を見てはこの小説のことを思い出すんだろう。
今夜は長い間背負っていたつきものが落ちた気分で深い深い眠りにつける気がする。

6月22日(月)曇りのち晴れ
妻子持ちの40歳の男が不倫相手の28歳の女性に暴行を加えて汚水タンクの中に投げ込んで殺したというニュース。
アナウンサーが「警察ではふたりになんらかのトラブルがなかったかどうか調べている」と言っているのを聞いた私は「トラブルがあったから殺したに決まっとるじゃろ〜」と思わず突っ込みを入れる。
こういうとき、ちゃんと同意表明しとかないと後々面倒なことになる、と長年の学習でわかっている亭主は「そうよなあ」と間を置かず言葉を入れる。
しかし、どんなに憎い相手でもなかなか汚水タンクの中に投げ込もうという発想は出てこないんじゃないかと思う《今日店に来ていた84歳のMちゃんは「犬や猫でもそがん中にいりょうとは(入れようとは)思わんで」と言っていた》。
それまでにも女性はその男性からかなりの暴力を受けていたようだが、それでもそんな男と付き合って最後は糞尿にまみれて死ななければならなかった人生は哀れというべきか。
そして、どういうもんか、そういうひどいことをやらかす男は子煩悩で地元のリーダー的存在だったりする。
一方で理想的なお父さんをやりながら、一方で悪の限りを尽くす。
それも最近よくあるパターンだ。
人間ずっといいお父さん、いい夫をやってられない。
そんなことを考えながら、梅雨空のもと、今日もメイメイに会う。
この前、携帯を持ったことによって携帯を持たなかったころよりもっと孤独を感じるようになった現代人のことを書いた。
最近、喫茶店に行くと、自分の身近で起こった出来事というか、それに付随する自分の感情をほんとにとり止めもなく話す人によく出会う。
それは他人にはまったく興味のない話である場合(というか、まったくわからない話)が多いのだが、そんなことは意に介さず、そういう人たちはこの世が終わるまで話し続けるんじゃないかと思えるような勢いで喋り続ける。
今日会った団塊の世代と思しき男性もパチンコにいくら持っていっていくら勝って、それで何を買って、友人の誰々はいくら負けて、という話を延々しゃべり続けていた。
そのまま、黙って聞いていたら、夕方まででも続きそうだったので、早々に店を出たのだが、店を出てから私の頭を過ぎったのは「言葉を持ったことで人間は持つ前より孤独になったんじゃないか」ということだ。
太古の昔、言葉のない世界では意思伝達はたぶんボディランゲージや絵なんかで行われていたんだろう。
外敵から身を守るためにも相手の伝えようとしていることを即座に理解することは絶対的に必要なものだったろうから、きっと言葉はなくても原始人の相手の意思を理解する能力は現代人よりずっと優れていたんじゃないかと想像する。
そこは以心伝心というか、あえて言葉にしなくてもわかる世界だ。
しかし、幸か不幸か、人間は言葉を持ってしまった。
以来、どんなこともしゃべらずにはいられない、という事態に陥った(それが相手に通じようが通じまいが)。
実際、人間は喋りたいもんだ、と私はよく思う。
それは男だって女だって同じことだ。
男だって、毎日のしょうもない瑣末なできごとをほんとは誰かに聞いて欲しくてしょうがないのだ。
しかし、うちの中にお父さんの話を聞いてくれる人はどこにもいない。
子どもはお母さん、お母さんは女友達、というふうに話ができる相手がいるが、いかんせんお父さんには話を聞いてくれる人がいない。
それも会社を退職したあとパチンコくらいしか趣味のないお父さんの話はほんとにつまらないので、家族どころか誰も話し相手になってくれない。
でも、お父さんだって喋りたいんである。
それなのに、哀しいかな、今日もお父さんの言葉は誰の耳にも届かず、空しく宙を舞うばかりだった。
言葉を持っているだけでは会話はできない。
なにしろ会話というのは相手があることだ。
今日会ったおじさんも誰が聞いても面白くないような話を黙って聞いてもらいたいのなら、もっとお金のかかる店に行かなければならない。
きょうびの喫茶店、珈琲一杯じゃあ、そこまでのサービスは受けられない。
明日は昼前に尾道行く予定。夕方からは福山の「ピトン」(曙店)でやるジャズライブに行きまする。何着て行こうかなあ。
6月21日(日)曇り
夕べは総社の娘のところに泊ったので、朝はいつもよりのんびり起き出して、岡山のCafeZの「ゆるゆる雑貨展」を見に行った。
CafeZのブログを見て、そのあまりの可愛さにどうしても本物を見たくなったのだ。
この夢あふれる作品を作っているのはビュートリスデザインルームという福山の水呑町の会社だと知ってまたびっくり。
ここの会社は洋服とかもキルトっぽい素材を使ったセンスのいいものを作っている。
福山もまだまだ知らないアーティストたちがたくさんいるもんだ。
その後はお決まりの奉還町をそぞろ歩き(とはいっても日曜日は休んでいる店が多いが)、お昼は「pieno」でリゾットを食べて(写真撮るのを忘れた)、それから「文化屋雑貨店」や「映画の冒険」、韓流雑貨店の「アジアンパラダイスマーケット」なんかを覗いた。


それから今日、もう一箇所行きたかった店がここ、京橋にあるムースカフェだ。
そこはこの前、TVで紹介された店だが、特に私が興味を惹かれたのはそこで出している「名犬ラッシー」という飲み物だった。
そのネーミングもさることながら、店内もどこかウエスタンなイメージ漂うレトロでユニークな空間だ。
実は私も昔カレー屋をやっていたときに、ラッシーというヨーグルトの甘酸っぱい飲み物を出していたのだが、今日飲んだ名犬ラッシーはラッシーには珍しくフルーティーな味わいで、夏場ぴったりの爽やかな一品だった。
旭川に面した京橋地区も風情のあるところだった。店がもっと増えればいいのにと思う。
6月20日(土)晴れのち曇り 蒸し暑い
今日もほんとは2つ行事があったのだが、夕方から総社に行く予定なので、昼間はのんびりすることにした。
今週はちょっと記事が足りないが、まあ来週頑張るとしよう。
それで、朝のうちは笠岡の取材先に新聞を持って行って、ついでに福山をうろうろした。
車で町を走っているとよくわかるのだが、最近、備後の店はほんとに衰退が激しい。
喫茶店も例外ではなく私のHPに載せていた店も何軒もなくなった。
これも時代の流れだろうが、縁のあった店がなくなるというのは寂しいもんだ。
それと、今日も思ったが、蔵王は行くたびに店が出来ている。
最近できたらしい洋服屋にも行ってみたが、オープンに10分ほど早すぎたようで、スタッフにちょっと待ってくださいと言われた。
けれども、仕事以外で待つ、ということが耐えられない私はじゃあ、またね、と手を振ってその店と別れた。
たった10分のことで、当分行けそうにない店もある。

「MONSTER」
蔵王スイミングスクールそば
その後はバーゲンをやっている遊器ギャラリーと曙のキングファミリーに寄った。ほんとは「Jisso」(蔵王イズミから春日方面へ)でお茶でも飲もうかと思ったが、あいにく昼が来てしまったので、家に帰った。
というわけで今日は夕方から総社のきび工房「結」(ゆい)http://kibikobo.com/のキャンドルナイトイベントに出かけるので、日記は明日まで書けません。あしからず。
夕方から出かけた「結」でのキャンドルナイトのイベントはほんとに楽しかった。
以前「CAFE Z」でお会いした徒然堂(とぜんどう)の神崎さんや牛窓から来られたという逍遙窯(しょうようがま)の小川一朗真・おがわ檀(まゆみ)さんご夫婦、今度KUNIさんとのコラボも楽しみな和楽の神代(かみよ)和博さん、そのほか、様々な分野で活躍されている方々とキャンドルの灯りのもとにつどい、笑い合い、しっとりと歌を聞く。
見ず知らずの人間同士を温かく包んでくれる、こういう空間はほんとに貴重だと思う。
オーナーのMさんの人徳のたまものだろういう気がした。
総社にはいい店があるなあ。
6月19日(金)晴れ
今日、午後から出かけた「ふくふく」(福山本通り)での能面の作品展は心惹かれるものがあった。
私の住んでいる地域は神楽とかが盛んだから神楽のお面は何度も見ているが、能面というのは普段ほとんど目にすることがない。
人間見た目が9割とかいうが、実際、顔は特に人に与える印象が強い。
男女の能面はちょっと見るとどれも面長でよく似た感じに見えるが、よく見ると全然違う。
目の表情、えくぼのあるなしや顔色の違い、口の開き方でもずいぶん顔の持つイメージは変わってくる。
それを今日来られていた谷本守之先生にお聞きしたら、同じ面を彫っても作り手によってもずいぶん違う、とおっしゃっていた。
今日はいろんな面が並んでいたが、その中で特に異質な感じに見えたのが、弱法師(よろぼし)というお面だ。

先生にそのお面のことを尋ねたら、それは今だと差別用語になるからはっきり言えないが、物貰いの子どもなんだそうだ。
どちらかというと華やかな面が多い中で髪型といい閉じた目といいその面だけどこかみすぼらしい感じがすると思ったら、やっぱりどこか不幸を背負った子どもだった。
なんでも、父親が人になにか言われてその子のことを誤解して、うちから追い出したんだそうだ。
私がそれは男の子ですか?と聞いたら、そうだ、と言われた。
どの時代でも父親と息子には確執がつきものだ。
その面の髪の毛の乱れは貧しさの表れらしい。
あと、私が一番惹かれたのは「蝉丸」というお面だった。
一見女性に見えるこの面も実は男で、盲目ゆえに目を閉じているんだそうだ。
それでも、その顔の凛々しさといい穏やかさといい、私の理想の顔に近い、と思っていたら、なんでもその蝉丸はもとはお公家様ということで高貴な身分の人らしい。
やはり生まれ持った品や知性というのはどんな境遇になっても変わらないんである(それもなんだか怖い)。

そんなこんなで谷本先生に能の時代背景や面打について伺っていたら、面白くてあっという間に時間が過ぎてしまった。
歴史にも芸術にも笑えるくらい疎い私だが、たぶん、能面が人間の顔だから今回、興味が沸いたんだろう。
しかし、能面というのもほんとに幽玄で優美で奥深い。


「第四回 能面アート展」
〜谷本守之と生徒作品展〜」
アートショップ「ふくふく」(福山本通り)
6月22日まで
能面を見て気分が高揚したあとは、おたがいさま横丁のみえぽんや本出版でお世話になったカオリンに会った。
みえぽんには枇杷までもらってほんとにありがたかった。

それで今日は3人で私の一番興味があるところの男と女、結婚、商売、物作りなんかについて熱く意見を交わした。
ふたりもそうだが、私のまわりの女性たちはみんなばりばり活動しているし、とにかく生きることに熱い。
ほんとは今日夕方から仕事だったのだが、それをすっかり忘れて何時間もしゃべりまくってしまい、例によって帰ってからあたふたした私だった。
これから仕事ほんまに行けるんかいな。
一生は短い。一日は長い。
今夜も仕事を終えて山越えしてうちに帰る途中、一日の長さをしみじみ噛み締めた。
まさに今日の私はあの「24」さながらに、一日フル稼働である。
あのドラマを見ているときに、人間やる気になったら一日であれだけのことができるもんだ、とよく思ったもんだが、それにしても私の場合、毎日毎日あちこち動き回っているといっても生産性のない場合が多い。
今夜のキャンドルナイトにはまた知り合いのM先生やKUNIさんがライブ出演していたのだが、なにしろろうそくの灯りだけで夜を過ごそうっていうイベントなもんで、演奏している人たちの顔もまともに見えないくらいの暗さで、私のボロカメラでは全然光が届かない。
それでひとりだけ前へ前へと出て行くのだが、これもなかなか勇気がいる。
それにしても久々に会ったピアノのM先生とは誕生日も年もおなじという似たもの同士なもんで、今日もポンポン会話がはずむ。
いつ会ってもピュアでお洒落で、大人のプライドを持った彼女は魅力的だ。
今日、彼女を見ていて誰かに似てるなあと思ったら米倉涼子だった。そのことを言うと、やっぱり色んな人によくそう言われるらしかった。

KUNIさんは珍しく平井堅の歌を歌っていた。

小学校の校庭は優しいキャンドルの灯りに包まれた。


「2009夏至 キャンドルナイト&スライドショーin笠岡」
6月18日(木)晴れ 汗だく
暑い一日だった。
本紙の記事の取材でお邪魔した近所のSさん宅。
写真を撮るのに作業場の台の上に板を立てかけたりして俄かスタジオを作ってくださったのはいいが、作業場自体が蒸し風呂のように暑くて汗が流れ落ちる。
それでも奥さんも一緒になって懸命にいい写真が撮れるようにと協力してくださるので、いまさら家の中で撮りたい、とも言えず、角度を変えながら何枚か撮ったが、やっぱり作業場、後で見るとバックに邪魔なものがいっぱい入っている。
たった一枚の写真がどーして撮れんのか、と思うが、慣れない写真撮影にお疲れのSさんにもう一回撮らしてくださいとも言えず、結局、家に帰って無理やりトリミングしてなんとか一枚仕上げた。
元大工のSさんはその腕を生かして今素晴らしいお盆を作っておられるが、長年職人として働いていた人がみんな彼のように仕事で培った技術を生かして趣味を楽しんでいるとは限らない。
こうした優れた職人技はひとつの文化だと私は思うのだが、いかんせん、Sさんもそうだが、今の世の中、後継者となる人間がいない。
今日、Sさんの巧みな技に感心しながら、こうした文化がどこかで残っていくことを願った。
下は網代(あじろ)と言われる昔の天井に見られるような模様を利用したお盆。

そんなこんなで今朝は2つも取材をして、昼過ぎまで原稿書きに追われたので、夕方までちょっと休憩しようとBGM代わりに映画を流していたのはいいが、見始めたらけっこう面白かったので、結局全部見てしまった。

「ブーリン家の姉妹」
これは実話をもとにした映画だそうで、本当にエリザベス一世の母親の話だとしたら、イギリスも王室を存続させるためにドロドロの愛憎劇を繰り返したんだろうなあ、と思えてくる。
世継ぎに恵まれない王様が愛人に子どもを産ませるというのはまるで大奥さながらだが、こういう映画を見ていると昔の女性というのはほんとに子どもを産む道具としてしか存在していなかったように思える。
自分の意思で好きな人と結婚して、その人の子どもを産めるということはなんでもないことのようで、決して当たり前のことじゃないんだと映画を見ていてあらためて思った。
イギリスでもそうだが、この国だって女たちが自由を手にするまでには数え切れないほどの血の涙が流されたことだろう。
それにしても、時代に翻弄されたとはいえ、二人の姉妹(アンとメアリー)の運命はあまりに過酷だ。
しかし、いつの時代もそうだが、姉のほうは頭は切れるが狡猾で野心家。でも、いざとなったら精神的に脆い。妹は謙虚で優しく、おとなしそうに見えて実は芯が強い、という図式は変わらないようで、長女の私としてはこの逆はありえんのか、と今回も思った。
それでも、映画では長女のナタリー・ポートマンと次女のスカーレット・ヨハンソンはそれぞれのキャラクターを上手く演じていたと思う。
嫉妬や野望を乗り越え、最後は自分の意思で幸せを掴む女が勝つ。
☆3つ半。
いまだに読み続けている「1Q84」の影響で、ここんところ毎朝亭主に、拳銃を使った自殺の方法だとか平家物語だとか2つの月の話だとか、猫の町の話だとかを夢中になって話す私だが、そんなまったく脈絡のなさそうな話をなぜか彼は面白がって聞いている。
読み始めて半月、この長編小説もいよいよ佳境に入り、SFサスペンスの要素をたぶんに含んだストーリーでありながら、毎回痛いほどのリアルさを私に突きつけてくる。
そして、人と繋がることの難しさをあらためて考えさせられる。
この小説の青豆という女性もそうだが、大人になってから心から信頼できるたったひとりの女友だちを見つけることがいかに難しいか。
こんな話がある。
私が時々出かける喫茶店のスタッフのKちゃんは私の顔を見ると、待ってましたとばかりテーブルのところに飛んで来て、ほんとに楽しそうにいろんな話をしてくれるので、私もけっこう好かれてるのかな、と心のどこかで喜んでいた。
しかし、ある日、彼女と店の外であったとき、彼女は自分にとってとても大事な女性と一緒だったようで、私にはまったく目もくれなかった。
その後、店に行ったときはまたなにもなかったように、私に話しかけてきたが、もうひとりのスタッフが店長となにか親しげに話を始めたとたん、私との話を中断して、すぐさま彼らのほうへ向い、皆の話に加わった。
そういうことが続いてから私は彼女という人がちょっとわかった気がした。
彼女は都合のいいときだけ、私を求めてくるのだ。
私は別にその若いKちゃんという女の子を責めているわけではない。
女の人は往々にしてこういうことをたやすくやってのける、ということだ。
そして、私は若い時からこんなふうにいつも女たちの選に漏れてきた。
どうも昔から私は甘くみられるタイプらしい。
だからかどうか、女ともだちには裏切られることが多かった。
でも、今ではめったにそんな昔のことを思い出すことはない。
そんなことは吹っ飛ぶくらいここ20年、いろんなことがあった。
世の中というものはよくしたもので、信頼できる人間より、嫌な思いをさせられる人間のほうが圧倒的に多いのだが、それでもその数少ない信頼できる人間に出会うことで、嫌な人間の記憶は次第に薄れていく。
しかし、その信頼できる人間は年をとるほど見つけるのは難しい。
たぶん、人生長くやって、お互い色んなものを身につけすぎているからかもしれない。
でも、難しいとわかっていても希望がないわけじゃない。
この先、女の人に何度がっくりさせられても、私はまた立ち上がってその希望を見つけに行くんだろうと思う。
明日は朝用事があるんで、尾道行けません。午後からは福山駅方面へ行く予定。
6月17日(水)晴れ 雨降らない
今朝は笠岡のバードカービング(鳥の木彫り)の工房にお邪魔するつもりで家を出たのだが、ネットで調べてもわからなかったような場所だけあって、途中からどっちの方向へ行けばいいのかさっぱりわからなくなり、お助けくだされ、と中央販売所に駆け込むことになる。
それで、お茶を飲み飲みママさんと一緒に笠岡市の地図と格闘すること20分あまりでやっとだいたいの場所がわかった。
それでも、結局まっすぐそこにはたどり着かなくて、途中で人に聞きながらやっとのことでそれらしい建物の前に到着し、バードカービングと初めてのご対面となる。
しかし、その細密な作品には感心するばかりだ。

工房「郭公(かっこう)」
笠岡市関戸
TEL 0865−65−0258(藤井さん宅)
6月16日(火)晴れ夕立あり
今日も尾道の熱い一日は過ぎていく。
朝いちで「芙美子」に来てくれたメイメイと話したのが、「空想」と「想像」の違いについてだ。
今朝、A新聞に作家の大江健三郎さんがコラムにその言葉について書いていた。
それによると、「想像」は「根拠」に基づいてなされること、ということだった。
その話に興味を持ってくれたメイメイは「じゃあ、『妄想』はなんに基づいてるんかなあ」と言ったので、私は思いつくまま、「欲望」と答えた。
それを聞いたメイメイも言った私もおんなじことを考えたのか、ケラケラ笑ってしまう。
彼女といると、こんなふうに会話がどんどん広がっていくのが楽しい。
しかし、「想像」には根拠が必要、というのは目からうろこだ。想像だけでものを言ってはいけない、というのはこのことか。
メイメイと入れ替わるようにして今日はおたがいさま横丁のみえぽんも来てくれたので、お昼また近所の「月波食堂」でランチを食べた。
今日はサバの煮付け。こういうシンプルな昼ごはんがいい。

その後はすぐそばにある「paraiso」(ハライソ)でティータイムとなった。
そこは前に一度お邪魔したことはあるが、珈琲を飲むのは初めてだった。
薄暗い店内に並んだ古着といい、客席からカウンターまでの階段といい、独特の雰囲気のある店だ。
BGMは大橋トリオのような気がしたが、違ってるかもしれない。
店を出たあと、みえぽんは駅のそばのれいこう堂へ原発のビデオを見に行った。
限定カフェが終わったあとも相変わらず精力的だ。
彼女なしには備後の活性化イベントは語れない、と今日も思った。
それと今日またポン菓子を買いに行ったのが商店街の「かめだ」。
レジのところにすごく綺麗な飴のセットがあったが、私は飴は食べないもんで、写真だけ撮らせてもらった。
6月15日(月)晴れ
車の窓を全開にして日曜日でもないのに「MAROON5」の「SUNDAY MORNING」を大音量で聞けば、今朝、銀行でばあさまがATMを独り占めして散々待たされたことも、工事中のR313で渋滞に巻き込まれたことも、メールした相手からひと月返事が来ないことも、Everything’s gonna be alright !初夏の青い空と一緒にどこかへ飛んでいく。
私はこんな時、いつも音楽の持つ力を感じる。
私のコラムが読者の方々にとっていつかそんな音楽のような存在になれば、それが一番の幸せだ。
それでというわけではないが、今回はかなり感情移入してコラムを書いたもんで、書きながら自分がちょっとうるうるしてしまった。
それというのも、朝、この前国際的なピアノコンクールで優勝した辻井伸行さんがテレビで演奏しているのを聴いたからだ。
その時、私はふと亡くなった父のことを思い出していた。
私の父も幼いときに小児麻痺にかかってずっと片足が不自由で、亡くなるその日まで松葉杖をついていた。
私が小学生のころのことだ。クラスの男の子が学校の帰りがけ、突然私に「○○(私の名前)のお父さんは足が悪いんじゃのう、いけんのう」と言ったことがあった。
私は彼にそんなことを言われるまで、父を障害者だと意識したことがほとんどなかったので、一瞬、その「いけん」ことの意味がわからなかった。
その同級生は障害を持っている父も障害者を親に持つ私も当然不幸だろう、と言いたかったのだろうが、世の中にそんな考え方をする人がいるということを初めて知った私はその時、少なからずショックを受けたのを覚えている。
実際、私の父は障害を持っていることをまわりに感じさせないくらい多くの友人に恵まれていたし、朝から晩まで懸命に仕事をする一方で、カメラやハム(無線)や車、旅行などを楽しみ、短命だったが生涯人生を謳歌したように思う。
それでも世間はハンデを持っている人をやたらと不幸にしたがる。
私もいまだに父の話をいろんな人にされるが、皆がするのはたいてい彼の足の話ばかりだ。
父がどんな幸せな人生を送ったとしても、そこにはいつも不自由な足=不幸がついてまわるかのようだ。
障害のあるなしに関わらず、人の幸せはその人自身のこころが決めることで、他人が決めることじゃない、と私はよく思う。
私から見ると、気がつかないところで偏見や差別の言葉を口にしている人たちのほうがよっぽど不幸に思えることがある(そういえば、辻井さんにたいして「もし一日目が見えるとしたら・?」と心無い質問をした記者もいた)。
今日、メイメイが誕生日プレゼントだと言って、手作りのちっちゃなバッグのストラップをくれた。
最近、ますます女の子が喜ぶようなもんにうつつを抜かしている私は嬉しくなって帰ってからすぐ携帯につけた。
メイメイありがとさん。

ブルームーンのノエルさんが「さようなら」の語源について書いているのを見て、以前私もその言葉についてコラムに書いたことを思い出した。
その内容というのはこうだ。知り合いのアメリカ人の男性が日本に来る前に日本語の挨拶を練習していたが、実際、日本で暮らしてみると、日本人は普段「さようなら」という言葉はあまり使わないことがわかった。
彼がいうには日本人にとって「さようなら」は特別な意味を持つ言葉だそうで、私はそれを聞いて初めてその言葉が持つ意味を考えた。
そういえば、私たちは誰かと別れるとき、その言葉をあまり使わない。
じゃ、またね、ぐらいですませてしまう。
「さようなら」なんていうと、ほんとにもう永遠の別れのようだ。
そんなふうに、大人になるほど「さようなら」という言葉は不思議な重みを持ってくる。
そういえば、私も二度と行かない店の店主や二度と会う気のない人には別れ際、さようなら、と言ったことがある。
やはり、この言葉は決定的な別れを意味するようだ(私もそう言われたら覚悟しよう)。
それと、これもコラムで書いたのだが、「ありがとう」の語源について。
「ありがとう」はもともと「有り難い」という言葉から来ていて、有ることが難しい、つまり望んでも有ることが極めて稀なことという意味らしい。なんでも奇跡に近いことの意味なんだそうだ。
私たちは人になにかしてもらったら、普通ありがとうというが、それはあなたは奇跡に近いことをしてくれた、ほんとに稀に見る素晴らしいことだ、と言っていることになるのだ。
だから、ありがとうはなんでもない言葉のようで、決してあなどれない言葉だ。
たったひとことだが、しばしばその言葉が大きな意味を持つことがある。
明日はまた尾道のBOXショップに昼前に行く予定。
6月14日(日)晴れ
今日もはよからばあちゃんは写真を撮りに行こうと普門寺(岡山県真庭市)のあじさい情報を電話で確かめている。
その寺は去年、雨上がりを狙ってあじさいの写真を撮りに行ったのはいいが、坂道ですってんころりんと転んで、腰を強打、以来何ヶ月も病院通いをしたというのをすでに忘れているかのようだ。
また去年の二の舞にならなきゃいいがなあ、と居間から聞くとはなしに電話でのやりとりを聞いていたが、どうやらまだ普門寺のあじさいは咲いてないようだ。
でも、今日は完全お出かけモードになっている彼女はそれを聞いても全然諦めないで、それなら吉野山(神辺町)にでも行こうか、とすでに準備を始めている。
あそこは頂上付近の木を切ってしまっているから山の上から見える景色が変わってしまったので、私としてはちょっと不満だとばあちゃんに言うと、彼女はまったくそんなこと気にせず、とっとと知り合いと車で出かけてしまう。
そんなこんなで、彼女が朝からあじさい、あじさいと何度も言うもんだから、こっちもなんだかあじさいを撮りに行かなきゃなあ、という気分になってしまって、しばらく行ってない府中の神宮寺に行ってみることにした。
R486を左に曲がって芦田川に架かる橋を渡っていると、すでにたくさんの「あじさい祭り」ののぼりが立っている。
けっこう大勢来てるのかもなあ、と思ったら案の定、駐車場はいっぱいで別の場所に移動するように言われる。
しかし、あじさいの花を撮影するにはちょいと暑すぎるようだ。
今年は雨が少ないからあじさいも元気がなくて、ほとんどしょぼくれていた。
それでも、ところどころに綺麗に咲いているのもあったのでそれを写真に撮った。


とはいえ、私が見たところ、今日来ていた観光客のほとんどは実はあじさいとかあんまり興味がなさそうだった。
皆の興味はもっぱら写真撮影会のモデルのほうに向いていた。

中にはもう勢い余って地面に倒れこみ、きわどい角度から写真を撮る若いカメラマンもいた。

モデルはもうひとりいて、その子はあじさいの花に顔を近づけているところを皆が一斉に写真に撮っていた。
カメラを持ったおじさんたちが「花にキスして、キスして」と注文をつけながら「わしにもして欲しいけどそれは無理じゃろなあ」と本音を漏らすと、まわりから笑い声が上った。
モデル撮影会というのもなんか若くて可愛い女の子が欲求不満の男達の餌食になるイベント、に近いものがある、となんとなく思った。

あじさいよりモデル撮影会のほうが絵になるよなあ、と思いながらも一応寺の奥のほうまで歩いていくと竹林の下で咲くあじさいに出会った。

「神宮寺」
府中市栗柄町
(R486を府中方面へ「つるや」の信号を左折後、川を渡る)
あじさい祭りは28日(日)まで
あじさい寺でちょっと歩いたので、お腹が空いてしまった私は旧486に和食の店があったことを思い出して、そこに入ってみた。
ランチが二種類あったので、週替わりランチを頼んだら、食べきれないくらいたくさんのおかずがついてきて嬉しかった。
これで1000円で最後にアイスクリームまでつく。
魚料理がどれも美味しいし、とにかくお腹がいっぱいになるのがいい。
地味な店だが、なかなかの穴場だと思った。


「ほん和家」(ほんわか)
府中市鵜飼町(旧486沿い、高木駅そば)
TEL 0847-46-2108
お腹がいっぱいとはいえ、甘いものはべつ腹のようで、帰り、先週、すでにチェック済みのたいやき屋に寄った。
最近備後地区には相次いでたいやき屋ができているが、この木村屋のたいやきはまだ食べたことがない。なんでも羽根つきとか。
見た目、四角いたいやきというのもなんか珍しいなあ、と思いながらパクリと食べてみると、あずきのなんとまろやかなこと。
さすが北海道あずき100%が宣伝文句だけあって、つぶつぶ感といい、自然な甘みといい、ほんとに美味しいあんこだ。皮もぱりぱりでいい。
これまでたいやきといえば、岡山の問屋町の「たい夢」が一番と思っていたが、強敵現る、という感じだ。


「木村屋のたいやき」
R486を府中方面へ ハローズ南駅家店
誕生月のレンタルサービス(DVDとCDの準新作・旧作一本100円)期間が今日で終わるので、夕方急いでまたTSUTAYAに出かけた。
Satoさんから情報をいただいた韓国ドラマの「情熱」もしっかりレンタル。
それと洋画を2本と韓国映画1本、「MAROON5」のCDを一枚、あと、DVDレンタルになったら絶対借りようと思っていた「トウキョウソナタ」を借りた。新作だけど早く見たいからしょうがない。

「トウキョウソナタ」
約2時間、途中、まったく中だるみすることなく、淡々と進む映像を食い入るように見つめた。
実際、ほんとによく出来た映画だ。
2008年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を獲得したというこの映画は今のこの国の現状を鋭く抉り出している。
家族はみんなそれぞれの役割を果たすことにくたくたになっており、どの人間も行き詰っている。
父親(香川照之)は健康機器のメーカーで総務課長をやっていたが、ある日突然リストラにあい、家族に内緒でハローワークに通う日々を送る。
そして、父親の苦労をよそに、思春期の子どもを抱えたうちの中でも様々な問題が一気に噴出する。
百年に一度という大不況の中で、普通の家族の普通の暮らしがどんどん崩壊していく。
どこかコメディっぽい要素もあるが、これは決して笑えない映画だ。
誰かが「最高の恐怖映画だ」とコメントを載せていたが、ほんとにそのとおりかもしれない。
それくらい主人公それぞれの感情にリアリティがある。
あと、いつも思うが香川照之という役者はほんとになにをやってもうまい。
仕事をなくし、男としてのプライドを根こそぎずたずたにされていく父親の悲哀を見事に演じている。
母親役のキョンキョンも感情を抑えた無機質な演技が悪くはなかったのだが、なにしろダイコンなので、どの場面でも声の抑揚が変わらないのは相変わらずで、他の役者がみんな上手いもんで、ちょっと足を引っ張った感じもした。
まあ、それでもワルの場面は私生活を地で行く感じでなかなかよかった。
これはいったい家族崩壊の映画なのか、それとも家族再生の映画なのか。
その答えはラストにある気がした。
黒沢清監督あっぱれ。
☆4つ。
6月13日(土)曇り 蒸し暑い
今朝は井原市の大江町の久楽舎(くらや)というギャラリーに行って取材をして、そのあとは福山の春日町にこの春オープンした「Jisso」というギャラリーにお邪魔した。
そこは前和雑貨の店だったように思うのだが、今回のお店は洗練された都会的な雰囲気漂うギャラリーだった。
Jissoは「実相」のことで、変わらない法則、唯一絶対の存在、という意味なんだそうだ。
私がそのギャラリーに行ってみようと思ったのは国際的な彫刻家である杭谷一東(くえたにいっとう)さんの作品が展示してあると聞いたからだった。
杭谷さんといえば、あの瀬戸田の耕三寺にある「未来心の丘」での灼熱地獄を思い出す。
焼け付くような陽射しの中、キリストさながらにあの大理石の階段を一歩一歩苦しみぬいて上った真夏の一日を今でも忘れない。
それでも、今日見た杭谷さんの作品は小品のせいかイメージがだいぶ違って見えた。

そこには新市町出身の広田稔さんという画家の絵や府中市在住の備前焼の赤毛敏男さんの作品もあった。


広田さんの作品集も見せていただいたが、私は不思議とその画家の作品は色のついたものよりドローイングのほうに興味が沸いた。
そうこうするうちに画家の広田さんの先生という方が店にお見えになって、色んなお話をさせていただいて、また新しい縁が広がったように思った。
その先生は村上厚雄さんという方で今度「SPACE461」(芦田町)で個展をされるらしい。
映画や本、音楽にも造詣が深い方で、映画では「さらば愛しき女よ」に出ていたシャーロット・ランプリングを絶賛されていた。
私はその女優に憧れているので、彼女の話が聞けてすごく嬉しかった。
なかなか福山では珍しいアカデミックな空気の漂うギャラリーだ。
珈琲も飲めるし、今度またぜひお邪魔したいと思う。
ライブのあと火照った体を冷まそうと車の窓を全開にして山道を越えれば、梅雨時の生ぬるい風がいっそう体温を上げていく。
前を走るブレーキランプのひとつ欠けた白いセダンは酔っ払っているのか、センターラインを何度も超えては軌道修正して、いつか空のかなたまで走って行きそうだ。
誰だって酔っ払いたい夜がある。
私もこんな夜はお酒を飲みたいと痛切に思う。
けれど、こんな山道に50女ひとりで飲みに行けるバーなどどこにもない。
それじゃあうちで一杯やろうか、と行きつけのコンビニに寄ってお兄ちゃんとまた雑談しながら、珍しくチューハイなんぞを買って帰る。
うちではお酒はまず飲まない私だが、こんな夜はしょうがない。
店を出て空を見上げれば、今日は月は出ていない。
最近「1Q84」の読みすぎで月ばかり気になる。
もしかして、今日なんか2つくらい浮かんでいるんじゃないかと目を凝らしてしまう。
でも、空にはなんにも出ていない。
それでも町は煌々と明るいのだ。
夜道を駐車場へ向いながら今夜聞いた「CHANGE THE WORLD」をぼそぼそ口ずさむ。
もし・・世界を変えられるのなら・・私も誰かの宇宙の一筋の光になりたい。
今夜の「ラピス」(笠岡駅前)のライブはほんとに最高だった。
とにかく応援で来られていた三原軍団のノリは素晴らしい!歌へのエネルギーに満ち溢れていた。
途中からもう私も叫びすぎと拍手しすぎで喉も手のひらもイカれてしまうほどだったが、ライブの醍醐味を久々に味わった。
まさに歌わにゃそんそんという感じだ。
Satoさんの歌は初めて聞いたが、彼女のキャラクターのよさがそのまま出ている素敵なライブだった。
ハスキーボイスがしっとりとしたバラードにとてもよく似合っていた。
特に昔聞いた覚えのあるきくち寛(「きくちかん」ではなく「きくちひろし」)というシンガーソングライターの歌がいいなと思った。

後半出演されたダイスという熟年コンビの歌がまたすごくて、のっけからアリスなんぞをやられてしまって、完全ツボにハマった私はそのあともクラプトンに忌野清志郎に吼えまくる。

やっぱりこの年代は年季が違う。
最後、興奮した私は彼らのところに飛んでいって名刺を渡した。
そのあとはなんと飛び入りで我らがKUNIさんも登場。
三原軍団も唸る堂々とした歌いっぷりだった。
彼のこの一年の躍進はめざましいものがある、としみじみ思った。
19日(金)のキャンドルナイト(笠岡小学校)でのライブも応援しに行くつもりだ。

今夜はまだその後も飛び入りが続いて、リサちゃんとお父さんの父娘ライブもあった。
備後にもいくらでも歌うたいがいるんである。
皆さん、ほんとに楽しい夜をありがとう!!

6月12日(金)晴れ
今日は珍しくばあちゃんが夕ご飯を作ってくれるというので、尾道からのんびり寄り道をしながら帰ったのだが、帰ったらすぐ仕事の雑用に追われてPCのある居間とファックスのある店を行ったりきたり忙しい。
なかなか週末は休めない。
その間亭主は「ニョッキン7」を見てへらへら笑っている。
今日のゲストは里田まいだが、番組の中で「瀬戸大橋と備前焼で有名な県は?」と聞かれた彼女は即座に「滋賀県」と答えていた。
出演しているのがOHK(岡山放送)の番組だというのに、さすが彼女のおバカぶりはハンパじゃない。
今日の尾道はTOMONOさんとハンバーグとアイスクリームの一日だった。
BOXショップのほうには画家のTさんが調達してきたという棚が登場していて、ますます店らしくなっていた。
これで商品もずいぶん見やすくなると思う。

お昼は「芙美子」そばのうずしお小路の「月波食堂」に出かけてハンバーグランチを食べた。
ここはカウンターだけの小さなお店だが昔の隣組みたいな懐かしい感じもいいし、なにしろ全部手作りというのがいい。

TOMONOさんと韓国ドラマの話で盛り上がっていたら、隣でご飯を食べていた女性が面白いですねえ、と興味を持ってくださったので、嬉しくなってすぐ名刺を渡した。
こうやってじわじわと韓流仲間を増やしていく私・・。
そのあとは海岸通りの有名店「からさわ」に行ってアイスクリームを食べた。
今日TOMONOさんに何も始められないのは何もやめないからかもしれない、という話をした。
寂しいおじさんはだれかれなしに話しかける。
私は誰よりも嫉妬深いと思う。
「1Q84」は怖い小説だ。特に女の私にとって。
最近、許容量の広さイコール交友関係の広さと思う。
バナナばかり毎日食べる。
84歳の寡のおじいさんがわしゃあ、女のことばあ考ようるから長生きできるんで、と言っていた。
以前、亭主に私はどんな奥さん?と聞いたら、わがままでエッチと言われた。それを聞いて最高の賛辞と思った。
仕事も遊びも情報が命。
どこに行っても忙しそうですねえ、と言われるが、実は全然忙しくない。だいたい忙しい忙しいと言っている人ほどたいした仕事してないような気がする。なぜならそれは数年前の私だからだ。
BOXショップで服を3枚も買ってくださったお客さんが「今日は髪の毛を染めようと思っていたのにお金がなくなってしまった」と生え際が2センチくらい白髪になった頭で苦笑いをしていた。それを見て、私なら毛染めなんか数百円でできるのにと思った。自分で出来ることにお金を払う気はしない。
電話は苦手、会うほうがずっといい。
中年男性にはちょっと間をおいて返信のメールを打つ。私はメールを打つのが速いので、妙なストレスを感じる、と前言われたからだ。
忘れ物や言い間違いには深層心理が隠されているんだそうだ。私は財布や携帯をしょちゅう色んなところに忘れる。どっちもうっちゃりたいものなんだろう、きっと。
女がひとりバーとかで酒を飲んでサマになるというのはなかなか難しいことじゃないかと思う。私も以前はよくひとりでカウンターに座って飲んでいた。ひとりで飲むときの緊張感が好きだったからだ。誰かと飲みに行くと、この緊張感がまったくなくなって度々醜態をさらけ出すことになる(いまだもって同じ店に二度と行けない)。
今夜、TVで京都の伏見稲荷の鳥居を見てその数に仰天して、行ってみたいなあ、と切に思った。
明日は朝は井原の「久楽舎」(くらや・掲示板参照)で取材して、夕方はラピスのライブに行く予定。
6月11日(木)晴れ
今日はなんだか知らないが、忙しいというよりあたふたした一日だった。
原稿も昼過ぎから書き始めたので、夕方までバタバタと時間に追われた。
それでも原稿を書きながら今日取材させていただいた金光のおかげ餅を頬張れば、栗入りのあんこが口の中に広がって疲れも取れる。



休憩所「庵(いおり)」
浅口市金光町(金光教本部そば商店街)
(R2を岡山方面へ トンネル手前に「金光教」の看板あり)
火曜日休み
TEL・FAX 0865−42−6522
(電話・ファックスの注文もOK)
それと今日は娘と一緒に注文した500色の色えんぴつのうちの最初の25本が届いた。

見れば見るほど驚異の色鉛筆だ。
オレンジ系だけでこんなにあるとは・・・(汗)
名前も洒落ていて「聖夜のキャンドルライト」とか「夏祭りのほおずき」とか「にんじんのグラッセ」とかけっこう絵心をそそる。
それにしても、娘に薦められて通販で買うことになったこの途方もない数の色鉛筆(2人で買えば月々1800円が1000円になるらしい)。
今回のように同じような色ばかり25色も届くんではなにかを描くにしても何ヶ月もかかりそうだが、たぶん全部揃ったら圧巻だろうと思われる。
私は生まれてこのかた絵とか一度も描いたことはないが、もしかしてある日突然描き始めるやもしれぬ。
というのも、以前お会いした石井悦夫さんという水墨画の大先生が「人間は文字を書くずっと前から絵を描いていた。きっとそのDNAは受け継がれているから、誰でも絵は描ける」とおっしゃっていたからだ。
その先生は全然絵なんか描いたことがないのに60歳を過ぎて突然水墨画を始めて、その才能を一気に開花させた方だ。
今では中国人が彼のもとに教えを請うために訪ねてくるという。
その先生の絵を見たとき、私は水墨画というもののイメージを覆された。
それは生まれて初めて見る水墨画だった。
絵にたいする色んな既成観念がないところから始められたせいだろうか。
ほんとに彼の水墨画はほかの誰とも違うし、まさに世界レベルだと思った(「ギャラリーひらた」作品展http://www.kcv.ne.jp/~gyarary5/saikin/isiietuo20/isiietuo20.htm)
もしかしたら・・私だって・・500色もあれば・・いつか描き始めるかもしれない・・
いまや社会現象ともなっている村上春樹の「1Q84」。今日やっと上巻を全部読み終えた。
今日読んだ中に「lunatic」という英単語が出てきた。
これは常軌を逸したとか狂気の、とかいう意味の単語だが、なんでもlunaというのは月のことで(そういえば、LUNA SEAとかいうバンドいたなあ)、つまり月の光で頭がおかしくなることらしい。
満月の夜には殺人事件が起きやすいというのを前なにかで読んだことがあるが、そんなふうに月の光に惑わされて犯罪を起こしたと認められたら、昔のイギリスでは罪が軽くなったんだそうだ。
それくらい月には特別の力があると信じられていたんである。
ちなみに次の満月は7月7日・・七夕だ。
織姫と彦星がますます恋狂いする夜になりそうだ。
明日は色んな人が来てくれそうなので、尾道の「BOXショップ」(本通り商店街入り口)には必ず行きます。
6月10日(水)雨のち曇り
天気は悪いし、午前中の取材はドタキャンになるし、で今日はもう韓国ドラマでも見てのんびり過ごすかな、と思っていたのだが、やっぱり午前中は原稿のチェックにおわれてそれどころじゃない。
昼前にやっと今週号の新聞が完成して事務のTさんとふたり肩をなでおろす。
毎週毎週ほんまにお手数かけます。
水曜の朝にしては珍しく頭を使ったので、お腹がかなり空いてしまい、ご飯を食べなきゃやってられない、と台所に飛び込んだのはいいが、ばあちゃんが残っていたご飯を全部食べてしまっていて炊飯器には一粒の米もない。
しかたなく、近所の店に出かけたら、知り合いのKさんに久しぶりに会ったので、お店とかの情報交換をする。
彼女は詩吟とか料理とか趣味も多彩だが、今は点字とパソコンをやっているんだそうだ。
そういえば、娘も以前点字をやっていたような・・
しかし、毎度のことだが、Kさんをはじめ、中年女性のバイタリティには恐れ入る。
家に帰って早めにご飯を作って、夕方近くになってやっと落ち着いてビデオを見られると思ったら、例によって残業ゼロの亭主が早々と帰ってきてしまい、あえなく中断となる。
今の会社はうちからから歩いて3分という好立地にあったために選んだが、不況になってからはこの距離がほんとに恨めしい今日この頃である。
途中、パチンコするでもない、本屋に寄るでもない、寿司屋で一杯やってくるでもない亭主は今日も最短時間で家に帰ってくるまことにレイチェル泣かせの男である。
それでもそんなことはおかまいなしに、毎日笑顔でうちに戻ってくる。
彼にとってはうちより居心地のいいところはないらしい。
ほんまに珍しい人間だ。
まったく「家」が趣味の男と結婚すると私のような遊び人の女房はたいへんなこっちゃ。
昨日、借りてきた2つの韓国ドラマがどちらもあんまり面白くなさそうだったので(韓国ドラマは1話目のはじめ10分くらいで面白いかどうか決まる)、「ヘキサゴン」の特番を見ていたら、最後に歌のオーディションがどうとか言っていた。
おんなじように亭主もそれを聞き逃さなかったらしく、すぐさま携帯でそのサイトを探して私にこれじゃこれじゃ、と喜んで見せにくる。
それにはちっちゃな字で応募要綱とかが書いてある。
http://www.hexagonstar2009.tv/
どうやら年齢とか性別とかは不問らしい。
それを見て、親ばかの私はすぐ娘に「Cちゃん、『ヘキサゴン』が歌手を募集してるから応募しなされ」とメールを送る。
すると、娘からは「お母ちゃん、私そこまでうまくないんだけど(笑い顔の絵文字)」と書いたメールが届く。
それでも引かない私は「いやいや応募しなされ。デモテープいるらしい」と送ると彼女からは「ぎょえー(びっくり仰天の絵文字)」との返事。
我が家の娘は大学を出るまでは家族の前でまず歌とか歌うことはなかったが、社会人になってから突然「ひとカラ(ひとりカラオケのこと)」にハマって、最近も休みにちょくちょくカラオケBOXに行っては声が枯れるまで歌うようになった。
それで、去年あたり彼女と一緒にカラオケに行った私は娘の歌うのを聞いて、彼女の声が宇多田ヒカルに似てることに初めて気づいた。
それまで全然わからなかったのだが、歌っているときの彼女は普段の声とは違ってすごく個性的というか変わっている。
それに、とにかく月に何度かは歌わずにはいられない、というくらい歌うことに情熱を持っている。
そんなに好きならひとりカラオケばっかりももったいないと思って、今日オーディションへの応募を薦めたわけだ。
まあ、それもこれも親ばかということだが、娘はたぶん乗ってこないだろう(当たり前かもしれないけど)。
もしかして面白いことになるかもしれないのになあ。
6月9日(火)ずっと曇り
今日は朝のうち市内で仕事をして、そのあとまだエネルギーが残っていたので、倉敷に出来た新しい店に行ってみた。
そこはフランスが大好きという女性建築士さんが元病院だったところに開いたお店で、建物のレトロな感じが雑貨ととてもよく合っていてセンスもよかった。
特に絵本とか見ているだけで楽しい。
階段に本を並べるとか私なんかちょっと思いつかない。
その店のすぐ隣に感じのいいカフェがあったので、そこにも入った。
そこなんか歩かないと絶対わからなかった店だ。
やっぱり倉敷は美観地区だけうろうろしてたんじゃあダメなんである。
その「フューチャーヒャクカフェ」という店の名前を見たときにどっかで聞いたことあるよなあ、と思ったら、この前お邪魔した「CAFE×ATELIER Z」のHPのリンク先を辿っていった時に見かけたお店だった。
そこは元ジーンズのお店だったそうで、うちっぱなしの天井がいい雰囲気を出していた。
マスターはかなりの情報ツウで、色んな店のことを教えていただいてありがたかった。
珈琲ゼリーもすごく美味しかった。またこのあたりに来た時はぜひお邪魔したいと思う。



「F100カフェ」(フューチャーヒャクカフェ)
倉敷市鶴形三原マンション一階(松田病院そば)
TEL 086−423−1011
OPEN 9:00〜21:00
6月8日(月)晴れ
今日夕方、原稿を書きながらBGM代わりに聞いていたNHKの番組の中で、言葉についてどこかの大学の先生が爆笑問題と話をしていた(しかし、太田は言葉の専門家を前にしてよくあれだけしたり顔で言いたい放題言えるもんだと感心する)。
その話の中で興味を持ったのは言葉が発達するにはよそよそしさが必要だという話だ。
その先生は奥さんとともに、アフリカの奥地で原住民たちと一緒に暮らしたことがあるらしいのだが、日本語を話す相手が奥さん以外まったくいない環境というのは最初のうちこそちゃんとした会話が成り立っていたものの、途中からはほとんど何も話すことがなくなったんだと言っていた。
彼いわく、馴れ合いの関係の中では言葉は退化していくんだそうだ。
ほんと夫婦なんかまさにそのいい例じゃないかと思う。
まだ付き合い始めのカップルなんかまだよそよそしさというものがあるせいだろうか、お互いのことを知るためにほんとによくしゃべる。
それが何十年も一緒にいると緊張感というものが薄れて、それも子どもとかが大きくなってしまうとなおさら言葉をあまり必要としなくなる関係になってしまう。
じゃあ、思うに熟年になっても話の尽きない夫婦というのはどこかよそよそしさを残しているんだろうか。
それも、いいような悪いような・・
それにしても、長年夫婦をやっているから相手の色んなことがわかったような気になってあえて言葉にしないでいると、言葉そのものより、パートナーとの関係が退化していっているような気もしないではない。
普段は何も言わなくても、ここぞというときその退化する夫婦関係を繋ぎとめる言葉を持っている人は絶対それが切り札になると思う。
亭主にもよく言っておこう。
今日は完全オフ気分だったもんで、朝から全身和で決めて、メイメイとお茶を飲み飲み色んな話で盛り上がっていた。
午後からも時間はたっぷりあるから、コラムも家に帰ってのんびり書くか、とか思っていたところへ、突然取材依頼が〜!!。
私はこういう場合、まったく頭が切り替わらない。
だってだって村の夏祭りに出かけるようないでたちで仕事できるわけないっしょ〜。
それで慌ててうちに戻って服を着替えて、笠岡の山の中に出かける。
途中、ふとコラムのことが頭を過ぎったものの、まあ、書けなきゃ書けないときのことだと腹を決める。
そのお宅は昔ボーイフレンドとたぶん500回以上(なにしろ一年365日デートしていた)は通ったと思われる道のそばにあったのだが、その頃はまったく視界に入っていなかった。
まあ、夜ばっかりデートしていたから風景なんか見えるわけない。
ていうか、恋人といる時に風景なんか全然見てるわけない。
とか、どーでもいいことを考えながら、なんとか家を見つけて取材とあいなった。
しかし、人間というのはいくつになっても誰かに自分のことを認めて欲しい、みんなに注目されたい、という欲求を持ち続けているものだと今日も思った。
それにしても、家族の誰かが一生懸命取り組んでいる趣味とか活動とかというものに、他の家族がまったく興味を持っていない、ということが最近よくある。
私が見たところ、ほとんどの中高年の男性は奥さんになんの興味ももたれていないようだ。
男性というのはいくつになっても生活とはまったく関係のないものに情熱を燃やすところがあるが、年を取るほど現実的になる一方の女の人から見ると、それはまったく意味のないものに映るらしい。
今日も一生懸命話をしてくださるおじいさんの嬉しそうな顔を見ながら、一緒に喜んでくれる家族の存在があったら、もっと彼の人生は幸せなものになっただろうとふと思う。
それでも、求めても与えられないものを嘆くより、ほかの場所で存在価値を見出すことも大事だ。
長年、地域の世話役なんかやっているお年寄りとか見ているとそんなことをよく思う。
なにしろ、人間いくつになっても、誰かに必要とされていると思えなければ生きていけない。
そして、それが家族ならほんとに幸せなことだと思う。
夜、テレ朝の「報道ステーション」で辻井伸行さんという全盲のピアニストがバン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝したというニュースを見て涙が出た。

それにしても、司会の古舘さんが国際電話で優勝の喜びを語る辻井さんに「辻井さんにとって一番楽しいことと、一番辛いことはなんですか?」という質問をしたのにはちょっと違和感を覚えた。
私が穿った見方をしているのかもしれないが、健常者の人がもし同じように優勝した場合でも彼は「一番辛いことはなんですか?」なんていう質問をするんだろうかと思った。
目が見えないという障害を持って生まれて辛いことがないわけない、という勝手な憶測のもとに発せられた質問じゃないかと思う。
そこには健常者の思い上がりが見え隠れする。
こういうとき、普通なら一番楽しいことを聞いても一番辛いこと、なんていう質問はしないだろうし、聞くにしても辛いという言葉は使わない気がする。
古館さんは前々から失言が多いと思っていたが、今日も何気なく話す言葉の中にデリカシーのなさが垣間見えた気がした。
まあ、そんなこと思ったのは私だけかもしれないが・・
6月7日(日)晴れ
いったいどこから湧き出てくるんだ、と思うくらいどんどん車が増え続ける。
ETCをつけて初めて乗る高速。
朝早く笠岡駅で娘を拾って、そのまま笠岡インターに向い、西へ向ったのはいいが、思ったより車が少なかったので楽勝と思ったのも束の間、三原を過ぎたあたりからお盆休みのような混み方になってきて、遅い車を追い越すのもままならない。
さすがこの時期高速乗らなきゃいつ乗るの、という感じだ。
それでもなんとか1時間ほどで西条に着いて、その後は広大を目指す。
今日は娘が韓国語検定の5級と4級を受けるのだ。
しかし、広大に着いたのはいいがあまりの広さに試験会場を探すのに一苦労である。
私は昔、岡大にも行ったことがあるが、全然規模が違う。
車かバイクがなければ学内の移動だけで一日終わるだろうと思った。
午前の試験が終わった娘と一緒に昼ごはんを食べに大学のそばの「コットンクラブ」に出かけた。
そのレストランは昨日ネットでいろいろ食べるところを調べていた時にたまたま見つけたところだ。
中は撮らなかったが、ウエスタン調のすごく面白い店で、インテリアも凝っていて、3階まであった。
ランチも800円代とたいへんリーズナブルだった。
午後からの試験に備えて娘を早めに大学に連れて行き、そのあとは西条の酒蔵通りを車でうろうろした。
今日はまだ珈琲を飲んでいないなあ、と思って、前に一度行ったことのある「酒泉館」でお茶休憩とする。
水がいいのか珈琲も美味しかったし、そこの藍染工房もなかなかのものだった。
そのあとは、広大に行く途中にある鏡山公園に寄って移動販売のジェラートを食べながら、しばし新緑の中を歩く。
ここは桜の木が多そうだから、春もきっといいだろなあ、と思いながら公園内のベンチでぼんやりと時を過ごす。
少年らは池で釣りをしていたが、入れ食いというか釣り針を落とすとすぐ釣れるみたいだった。
休みに釣りばっかりやってる男の子っていいよなあ、とその光景をしばらく見ていた。


「鏡山公園」
東広島市鏡山二丁目
国道2号から「ブールバール」に下り、広島大学に向かって左側。
6月6日(土)夏がまた来た
小説の読みすぎで頭が別の世界に行ってしまっているが、仕事はしないわけにはいかない。
なにしろ週末はイベントも多いし、今週は特にウイークデーに遊びすぎている。
それで、朝のうち笠岡で3つ、フルスピードで取材をやった。
とにかく午前中に仕事を全部済ませたい。
ということで、今日もなんとか昼前に仕事が終わったので、そのあとは車を飛ばして福山の緑町公園でやっているフリマに出かけた。

しかし、夏場のフリマはやるほうも買うほうも体力勝負である。
今日は午後から行ったせいもあって、もうみんなだいぶくたばっていた。
それでも、私は夏の子なので、これくらいの暑さはなんのその、汗かきかき古着の山から掘り出し物を見つけるのに躍起である。
見れば、もう店じまいを始めている店も多く、最後は投売りというか、OLIVE des OLIVEの濃いグリーンのカーディガンが一枚100円といわれ、思わず買います買います、と叫んだ私だった。
これだからフリマはやめられない。


フリマに夢中になっていてご飯を食べるのを忘れていた私はバラの写真を撮っているうちに我にかえって、急いで駅前まで向う。
最近時々お邪魔する「ブラボー」(天満屋隣)で今日もランチをいただくことにする。
そこは昔、パスタで有名な店だったが、今は霞町で20年店をやっていたご夫婦が洋食屋さんをやっている。
1年くらい前、あまりにお腹が空いて倒れそうだったので、たまたま入ったのだが、店名だけ見たら絶対入らなかった店だと思う。
今日、聞いたら前そこにあった店が「ブラボー」という名前だったらしく、そのままそれを使っているんだそうだが、店の名前を変えたらまだまだ流行る店だと思う。
でも、そんなことは余計なお世話なので、今日もそれについては何も言わずに帰った。
マスターの作る料理(レトルトなしの全部手作りのような気がする)はどれも美味しいし、奥さんの温かい笑顔にもほっとする。
こういう昔ながらの洋食屋さんはあるようでなかなかない。
福山駅周辺では貴重な店だと思う。

「ブラボー」
天満屋そば靴屋の2階
今日、「ブラボー」で遅い昼ご飯を食べていたときのこと、奥の4人掛けのテーブルに座っていた60才くらいのひとり暮らしの匂いのする女性がずっとずっと携帯で誰かと話をしていた。
その女性はたぶんご飯を食べている間もそして食べ終わってからもずっと携帯を離さず、誰かとしゃべり続けているんだろう。
その話はどうやらしょうもない世間話のようだったが、相手が言葉をはさむ暇もないくらい一方的で、もしかしてほんとは電話の向こうには誰もいないんじゃないかと妙な想像をしてしまう。
最近たまにこういう人を見かけるが、ほんとに世界一寂しそうに見える。
歩きながら喋っている人もよくいるが、そういう人を見るたびにたぶん友達がひとりもいないんだろうなあ、と思ったりする。
携帯といういつでもどこでも誰かとダイレクトに会話できるツールを持ったことで、携帯のなかった時代よりもっと孤独感を味わうことになる、とは誰が思っただろう。
電話をかけたり、メールをしたりする相手が大勢いることがイコール友達が大勢いることにならないと私はよく思う。
ほんとの友達はたまにしか電話やメールをしなくてもちゃんとどこかで繋がっている人のことじゃないかと思う。
それに孤独をちゃんと引き受ける覚悟をしている人というのは携帯の番号やアドレスの数がその人間を計るものさしじゃないと知っている気がする。
そんなことをぼんやり考えていたら、しゃべり続けていたその女性はやっと話が終わったのか、「じゃあ、またな。今度会おうな。」と言って電話を切った。
それを聞いた私は、やれやれ、隣に座っている若い女の子もよく我慢しているもんだと苦笑いをする。
そして、次の瞬間、絶対あのおばさんまた誰かに電話するぞ、とひとり確信に近い思いで食後の珈琲をすする。
しかし、私の想像に反してしばし店内は静寂に包まれる。
なんだ、さすがに今日はもうやめたのかな、と思った瞬間、奥のほうでまた「もしもし・・」という声が・・
やっぱり・・
そのとき、私の頭には電話をしていないと死んでしまうおばさん、という言葉がふとよぎった。
しかし、彼女は相変わらず喋り続けている。
空には一片の雲もない初夏の昼下がり・・
それでもやっぱり暗雲はそこかしこについて回る。
地上にしかない底知れぬ暗雲が・・
ついにおばさんの隣の女の子が席を立った。
そうそうあなたはまだ太陽を怖がってはいけない。
6月5日(金)曇り
遊び過ぎの誕生日。
結局、うちに全然帰る暇がなかったので、日記も書けなかった。
昼間は鞆にも久々に出かけて田淵屋さんや茜屋さんにもお邪魔して、わいわいと楽しい一日は過ぎて行った。
田淵屋のママさんはケーキまでご馳走してくださって、ほんとに嬉しい誕生日になった。
彼女はいつ会っても可愛い人だなと思う。それに温かい。
古民家に置かれた雑貨も彼女のセンスが行き届いていて、お茶を飲んでいてもほんとに落ち着ける。


茜屋さんでは鞆が舞台といわれる映画「崖の上のポニョ」にちなんだステンドグラスのポニョがすごく可愛かったので、思わず買って帰った。

午前中は府中のギャラリー游風ら里にお邪魔して奇抜なデザインの灯りの下、恥ずかしながら52歳の自分も入れて記念写真を撮った。

今日は一日取材と新聞配り、原稿チェックで終わった。
夕方からちょっと一息ついてまた村上春樹の「1Q84」を読む。
「海辺のカフカ」の時もそうだったが、村上春樹の本はここぞというときに私の前に現れる、と今回も思った。
今、上巻の3分の2あたりまで進んだところだが、今日もBGM代わりにつけていたTVの音がまったく耳に入らないくらい熱中して読んでいた。
こういうのめりこむ、という感覚はほんとに久しぶりだ。
今日は特に途中、私の琴線に触れる台詞があって、目の奥にあるダムが決壊したみたいに涙がこぼれた。
彼の小説を読むたびに、人生にOKサインを出してもらっているような気がする。
それにしても、村上春樹の本は難しい、というふうにいう人も多いのだが、今回も「1Q84」を読みながら、ますます彼のは理解する小説じゃなく、感じる小説だという思いを強くした。
そして、彼の語るパラレルワールドの中に今夜も私は入り込み、人間の中に潜む普遍的な闇を垣間見る。
それはそうと村上春樹原作の「ノルウェイの森」が映画化されるらしいが(松山ケンイチと菊池凛子≪微妙・・≫主演)でどんなもんじゃろか〜。しかし、なんでいまごろ「ノルウェイの森」なんだろう。
6月3日(水)曇り時々雨
天気は悪いが福山の本通りでのほほんカフェオープンということで朝から出かけた。
今回は本庄町在住の檜山文さんの可愛い水彩画とかフェアトレード商品、左ききの配達リフォームのANOさんの作品とかが展示してあった。
またしばらく本通りが活気付きそうだ。
久々にお会いしたSさんにも珈琲を飲みながら、政治経済、備後の歴史や文化について色々お話を聞くことができて楽しかった。
やっぱり大きい商売をされていた方というのは視点が全然違うのだった。




それにしても、今日も私はひとりだけ60年代風のファッションで完全浮き上がっているといえば浮き上がっている格好で、のほほんカフェを出てからお堅い「源氏物語」の講座(国際聚蔵館)へと出かけたもんだから、和のお洒落着で品よく決めておられるご婦人方の中ではまるっきし白鳥の中に紛れ込んだ醜いアヒルの子である。
それでも、まあ、学校じゃないんだから格好はなんでもええじゃろう、と勝手に判断して、ひとり全身パステルカラーで平安時代の男女の色恋に思いを馳せる。
それにしても、午後からの講座はとてつもなく眠い・・
高校時代、古文とか漢文の授業で居眠りばっかりしていたのをつい思い出してしまう。
それでも、今日も(起きている間に聞いた)落健一先生の話は興味深いものが多かった。
中でも万葉集の中の有名な歌「春過ぎて 夏来たるらし 白妙(しろたえ)の 衣干したり 天(あめ)の香具山(かぐやま)」の季語は実は夏じゃない、という話はなるほどなあ、と思った。
先生がおっしゃるには香具山というのは天から降りてきた山といわれるくらい神聖な山だから、洗濯物なんか干すわけない。これは作者の持統天皇の想像力で書かれたもので、実際の季節は冬じゃないかということだった。どうも白妙の衣というのは雪のことらしい。
雪の積もった香具山を見て、白い洗濯物を干したようだ、と歌ったものなんだそうだ。
そんなこと学校では教わらなかった気がする。
そのまま夏の風景を歌ったものと思っていたら大間違いなのだった。
なかなか万葉集も奥が深いのだった。
あと今日は「鞆」の由来を聞いてこれも目からうろこだった。
来月はもっとちゃんと前の晩に寝てから講義に出席しようと思う。
今朝、TVを見ていたら、村上春樹の「1Q84」が爆発的な売れ行きで、上巻の売り切れが相次いでいると言っていた。
それを聞いて、そばにいたばあちゃんに「この前、C(娘のこと)が送ってくれた本、もう手に入らんくらい売れとるんよ」と話したら、「そがん、売れとるんならぼっけえ儲かるのう」というので、また金の話かい、と辟易して、「ばあちゃん、その作家はもうすでに大金持ちだから別にお金のために書かんでもええんよ」と言ったら、「○ー子(私のこと)も小説を書きゃあええんじゃ。儲かるけえ」と言い出したので「まだ作家でもないわ」と苦笑いをしたのだが、彼女は時としてそういうふうに才能のない娘になにげに圧力をかけてくるんである。
実際、お金にならない仕事をいくらやっても意味がない、儲からない仕事は仕事じゃない、というのがばあちゃんの考えであり、そういう意味からいくと、わざわざお金にならないことばかりやっている私は彼女とは正反対の人生をやっていることになる。
そういうふうにいつも彼女は私にとってのいい反面教師であり、社会や世間にたいする反骨精神を養ってくれるものであり、周りはどうでも私はどう生きるのか、ということを深く考えさせてくれる人生の見本と思う。
親は社会、とはほんとによく言ったものだ。
それにしても、彼女に言われるまでもなく私もほんとにそろそろ書く時期が来ているように思う。
昨日、いつものように松永の「サボ」でお茶を飲んでいたら、新聞に吉本隆明が太宰について語っているコラムに目が留まった。
その中で、太宰が学生達になんで作家になったんですか?と聞かれて「なにをやってもダメだったから」と答えたというのが載っていて、それを聞いた学生のひとりが「じゃあ、僕は作家にぴったりだ。なにしろダメなことばかりだから」と言ったらしい。
すると、太宰はそれを聞いて「何を言ってるんだ、君はまだ何もやってないじゃないか」と切り返したという。
吉本さんいわく、太宰はすでにもう色んなことをやり終えてしまってから作家になった、ということだった。
それを読んでいるうちに、私もまだその学生と同じようになんもやってないことに思い至る。
なんもやってない人間がまず書くことを選ぶというのもおこがましいかもしれない。
それでも、ここ10年ずっと、一生に一度でいいから、これぞというものを一本書いて死ねたらいいな、と心ひそかに思っている私なのだった。
夜、電話をしてきた娘が誕生日おめでとうと言ってくれる。
でも、誕生日は明日だ。
例によって用意周到の彼女は私の誕生日も一日前倒しで祝ってくれるんである。
ついでに今日はニラレバ炒めの作り方を教えてくれというが、オイスターソースもない彼女のところではなかなか難しいものがある。
それと、娘はこの前受けた韓国語の検定で2級に受かったと喜んでいた。
来週の日曜日にも広大に検定を受けに行くが、それはこの前のより簡単なんだそうで、たぶん楽勝だと言っていた。
まあ、なんにせよ勉強したいことがあるというのは幸せなことなんじゃないかと思った。
私も「源氏物語」を早いとこちゃんと読んで、なんとかみんながやっているところまで追いつきたいと思う。
6月2日(火)晴れ
今朝は珍しくばあちゃんがモーニングを食べに行こうというので、近くの喫茶店に出かけた。
ふたりともトーストモーニングを注文した後で、ここぞとばかり彼女が私の誕生日を祝って小遣いをくれる。
52歳になるこの年まで毎年私の誕生日に小遣いをくれるばあちゃんもほんとに甘いと思うが、それが親の愛情だと思っている彼女の思いを酌んで、ありがたくいただいておく。
ばあちゃんも今年74歳になったが、私の年からいうと、けっこう若いと思う。
今日も彼女と話をしていてあらためて思ったのは、人間、長生きするためには後悔や反省をしないことが肝心、ということだった。
たぶん、彼女はこの先も私なんかよりずっと逞しく生きて行くんだろうと思った。
画家のTさんや雑貨屋のHさん、常連のKさん、その他もろもろの尾道人たちと語り、また観光客らと芙美子像のそばで一緒に写真におさまりながら今日も尾道の一日は過ぎていく。
昼からは、この前オープンしたばかりの「尾道ええもんや」(十四日元町)にも行ってみた。

そこは明治時代の商家を改装して、尾道の特産品を売っているお店だ。
その隣に手作り雑貨の店もできていた。
それにしても、GWが過ぎてから商店街はほんとに閑散としている。
そのせいか、どこの店に入っても活気がない。
店を開けていても人が来ないからやる気がなくなる、やる気のない店にお客さんは来ないからますます流行らなくなる。これを悪循環といわずしてなんといおう。
商店街に活気を呼び戻すために、なにか大きな打開策がないもんだろうか、と今日も出来の悪い頭を絞った私だった。
明日は朝、福山の本通りの「ふくふく」にお邪魔する予定。のほほんカフェで懐かしい仲間に会いまする。
6月1日(月)晴れ
今日ちょっとメイメイとも話したのだが、最近、私の中では非日常の世界のほうがどうもまっとうに思えることが多くなっている。
私にとって非日常というのは本を読んでいるときだったり、映画や絵を見ているときだったり、旅をしている時だったりする。
不思議とそういう世界に身を置いているときの私のほうが日常の中にいる私よりなんというか、正しい気がしてくるんである。
私は日頃から仕事のストレスはとにかく最小限に抑えたいと思ってるのだが、それでも気がつけばわけのわからないストレスはついてまわるし、長年ひとつのことをやっていると、確かに要領はよくなるが、その中でどこか大事なものが削られていく感は拭えない。
なぜかというと、その要領がよくなる、という中にはどこか小賢しくてふてぶてしい、実際タフだが、人間としてどうよ、という自分が見え隠れしているからだ。
その人間としてどうよ、というある種の自己嫌悪みたいなものが、映画や小説の世界にいるときの自分にはない。
映画を見て何を感じようとどんな考え方を持とうと、私の心はどこまでも自由だ。
その世界のなかにいる時の私は私以外の何者でもない気がする。
日常の、特に仕事をしている間はそういう無防備な精神状態でいることは少ない。
それに、仕事をするからには、私という人間にも一応社会的な役割というものがある。
その役割を外した世界に浸る時、私はやっと私に戻り、心の平安を得ることができる。
私はたぶん、そういう日常と非日常を行ったりきたりしているうちに、精神的なバランスを取っているんだろう。
それにしても、最近読み始めた村上春樹の「1Q84」はしばしば非日常の世界のほうに私を繋ぎとめてしまう。
というわけで、今日も、私はその本を読みながら、エロいおばさんになって主人公の青豆と同じようにホテルのバーで今宵の獲物となる男を待っているんである。
5月31日(日)晴れ夕方雨
分け入っても分け入っても青い山・・

日本じゅう、どんな山奥にも家があり、人がいて、米を作っている。
それはもう何千年も前から脈々と続けられてきた生きるための営みだ。
水を張った棚田に植えられたばかりの青い苗が山から吹く初夏の風を受けて同じ方向に揺れている。
私はそれを見ながら、静かに目を閉じて苗とおなじ風を瞼に受ける。
目を開けると、下のイベント会場で誰かが歌う陽水の曲が周りの山々にこだましている。
「も〜う ほしはかえろうとしてる〜かえれないふたりをのこ〜して・・」
それを聞いているうちに、一瞬、緑の山々が夜更けの都会の町並みに変わる。
そして・・歌声が途切れると山は初夏の色を取り戻す。



岡山県久米郡美咲町大垪和西の棚田
日本の棚田百選に選ばれている
今日出かけた美咲町の棚田まつりは遠かった〜。
総社からR429に乗って道路が花でいっぱいの吉備高原町を走っているときはまだ調子がよかったが、そのうちどんどん道は狭くなり、行けども行けども棚田にたどり着かない。
やっとそれらしき場所に着いたと思ったら、そこからまた会場まで坂道を歩かないといけない。

それでも、こんな山奥までけっこう車が来ているのにも驚いた。
祭りでは手打ちそばや餅を販売していたが、なにしろ並ばないと食べられないし、そばとかせっかく手に入れてもちょっと量が少なくて、あんまりお腹のたしにはならなかった。
フォークライブには大西てつじさんやグッディーズとかが参加していたが、皆さん、遠いところまですごいなあと思った。


5月30日(土)晴れのち曇り
朝取材でお邪魔した笠岡のSさん宅はとても素敵だった。
玄関先ではピンクのバラがお出迎え、広々とした洋間に所狭しとならべられたステンドグラスやサンドブラストの数々。
やっぱり何事も器が先だなあ、とあらためて思った私だった。
お洒落な趣味を持っている方は生活自体もお洒落なのだった。



「glass mama 作品展」
笠岡市西大島新田
(R2を東進。福通の信号を右折後、寄島方向へ約5分走ると右手に看板あり)
TEL 0865-67-7373
明日まで
笠岡で2つ取材を済ませて、今度は倉敷へと向った。
先週、耳ツボエステの「和み」のAさんに紹介していただいたうどん屋さんを目指す。
そこはセルフうどんのお店で、うどんのほかにも天ぷらやおにぎりとかいろいろ食べられるのも嬉しい。


「くうかい倉敷店」
倉敷市大島(R162を岡山方面へ
「蔵の湯」先。TOYOTAそば)
086-421-7908
今日は暑かったので、ぶっかけうどんの冷たいのを食べたら、めちゃくちゃコシがあって美味しかった。
これだけのうどんを低価格で提供されているのはすごいと思う。
食べている間にもお客さんがどんどんやって来ていた。
それにしても、1時にお邪魔する約束が、途中、お腹がかなり空いてしまったので、ちょっと早めに行ってしまって、すみません。
またぜひお邪魔しますね。
倉敷に来たついでに新しくできたカフェにも行ってみた。
今、流行のオオバコカフェというやつだが、この店はほんとに広い。
入り口からスタッフのいる場所までも遠いもんで、店に入ってもしばし取り残された感があるが、別に接客が悪いというわけではない。
コーヒーもケーキも時間をかけていいものを出そうという雰囲気が伝わってきて好感を持った。
特にケーキの盛り付けはほんとに綺麗で、クリームもまろやかですごく美味しかった。
これは絶対流行るだろうと確信して帰った。


Cafe Dining 「PACO」
岡山県倉敷市新田
(倉敷の駅前大通りを南へ
サブリーナタウン「イズミ」の信号を左折。笹沖バイパス沿い
086-427-7117
営業時間 11:00〜翌3:00
無休
5月29日(金)曇り時々晴れ
今日は朝、市役所のMちゃんにモデルになってもらって取材を済ませたあと、また尾道に向った。
すっきりしない天気が続いているが、私は絶好調。誕生日が近くなるほどテンションが上るのも毎年のことだ。
BOXショップに雑貨を置いていただいているこまゴマ屋さんがお嬢さんと一緒に可愛いバッグを持って来てくださったので、思わず写真を撮った。

喫茶「芙美子」ではただ今「芙美子フェア」を開催中だが、今日店の入り口に画家のTさんの書いたへたウマの域を完全超えた垂幕が張りつけてあった。
色んな意味でインパクトのある書だと思う。

昼からはちょっと商店街をぶらぶらして「レンタルスペースおのおの」でやっている「江戸読本の世界」という展示会に行ってみた。
読本というのは庶民が貸し本屋とかで借りていた挿絵つきの貴重な読み物のことらしい。
それにしても、どれもものすごく綺麗な状態で残っているのに驚いた。

今のアニメとか真っ青の描写力である。

それと、今日はあちこちから本のプレゼントがあってすごく嬉しかった。
メイメイからもらったのは谷崎潤一郎訳の「源氏物語」。

昭和34年に発行された貴重なものだ。
こういう本を持っていると、ほんとに古典を勉強したいという気になってくる。
前から思っていたが、メイメイは何でも持ってるすごい人だ。
あと、家に帰ったら娘からは誕生日のプレゼントにと今話題沸騰の村上春樹の新刊が届いていた。

長編というのは知っていたが、上下2巻あるのは知らなかった。
当分また村上ワールドにはまりまくるんだろう、きっと。(「海辺のカフカ」なんか抱いて寝たいくらいだった)
娘にも感謝感謝。
5月28日(木)曇りのち雨
今日も天気は悪いが、また福山をうろうろする。
途中、カフェ「nanairo」(三吉町百均そば)に寄ったら、「shimgraphica 動物展」をやっていた。
お洒落な布を使って作られた動物たちがこの店にとてもよく似合う。



「百万円と苦虫女」
この映画の鈴子(蒼井優)はどこか自分に似ている。
普段は一匹狼みたいな感じで流されるままに人生やっているようで、気がついたら、いつの間にか思いもよらない人間と関わっていて、面倒なことに巻き込まれていたり、わけのわからないことに気を揉むことになっている。
この映画の主人公の鈴子もとにかく平穏に暮らしたい一心で他人に言いたいことも言わず、なんでも受け入れていたら、ひどい裏切りにあって、ついには刑務所に入ることになる。
出所した彼女は、家にも居辛くなり、ひとりアルバイトをしながら各地を転々とし、根無し草のような暮らしをすることに・・。
それも、100万溜まったらその土地を出て行く、というやり方だ。
しかし、どこに行っても人間とのかかわりはついて回る。
なにしろ、彼女は可愛いし、余分なことを喋らないから、男たちが放っておかない。
手先が器用な彼女はどこに行っても重宝がられ、周りの人たちに一目置かれるようになる。
それでも、彼女の探し求める場所はどこにもない。
自分らしさってなんだろう。仕事って何なんだろう。勇気って何だろう。真面目でいい人ほど生きにくい今の世の中って・・
そんなことを考えさせられたいい映画だった。
この映画では蒼井優の飄々とした演技が一番の魅力になっている。
以前から思っていたが、その存在自体がそのまま絵になる稀有な女優だ。
彼女の性格の不器用さにも好感を持った。
こんな生きにくい世の中でもやっぱり人は誰かを信じなければ生きていけない。
ラスト、中島(森山未來)クンとのまさに「未来」に期待したくなった(ちょっとほろっときた)。
☆3つ半。
5月27日(水)曇り
空から地上を目がけて降りしきる雨・・
その雨を受けながら交差する色鮮やかな傘の数々・・
あるときは対角線を描くように・・あるときは横一列に並んでまっすぐに・・
通りには数え切れないほどの傘が行き交うが、二度と同じ傘にめぐり合うことはない。
それは人生と同じ。一度手放した大事なものは雨に打たれてもう二度と戻らない。
映画の冒頭、あのあまりにも有名な傘のシーンでミシェル・ルグランの哀愁をおびたテーマが流れたとたん、はや涙が溢れて止まらない。
初めてスクリーンで見る「シェルブールの雨傘」はもう言葉にならないくらい美しい映画だった。
パステルカラーで彩られた傘屋の店内、フランス人形のように愛らしいカトリーヌ・ドヌーブ、計算されつくした画面構成とまったく無駄のないカットにもうため息が出るばかりである。
どのシーンも一片の絵画のように美しく、それが主人公たちの悲しみをいっそう引き立たせる。
恋がもたらす至福のひととき・・その後で訪れる不安や絶望、そして、希望をこれほど見事に描いた映画はないと思う。
実際、歌いながら複雑な感情を表現しないといけない主人公たちの苦労も相当なものだっただろう。
しかし、前も書いたが、どうして女は待てないのか・・
それでも、今日あたらめてこの映画を見て、ひしひしとジェヌヴィエーヴ(カトリーヌ・ドヌーブ)の気持ちがわかる気がした。
人生には一番大事なものを手放しても生きることを選ぶ時がある。
シネマ尾道さん、ほんとにいい映画をありがとう!!!生きててよかった。
☆5つ。


「シェルブールの雨傘」
映画の興奮もさめらやぬまま、ちょっとママさんの顔を見て帰ろうと思って「芙美子」に寄ったら、店内では芙美子フェアをやっていて、色んな写真を展示してあった。
林芙美子は笠置シズ子とも交流があったようで、歌も好きでよく歌っていたようだ。


第3回芙美子フェア 6月28日(日)まで
ココロエ詩人のTOKOさんがブログにヒョンビンのことを書いてくれていたので、つい嬉しくなって今日の表紙に彼の写真を持ってきてしまった。
私が見たところ、韓国ドラマに関しては、見る人はずっと見ているし、見ない人はまったく見ない、というふうに、そのどちらかにはっきりわかれているように思える。
見ない人は最初から全然見ないという場合がほとんどだ。
まあ、ちょっと前まで韓国のドラマは日本では全然見られなかったから、韓流ファンといえば、たいてい「冬ソナ」にハマって、それ以後、色々見始めたんじゃなかろうか。
「冬ソナ」にしてもメロドラマ的なドロドロしたイメージが先行しているせいか、見る前から嫌悪感を持つ人も少なくなかった。
私もあのドラマは話題になる何年も前に知り合いから話を聞いていたが、その時は韓国ドラマ〜?!という感じでまったく興味がなかった。
しかし、百聞は一見にしかず。
あれほどのブームを巻き起こすドラマだけあって、やはりそこには見るものを夢中にさせる魅力的な台詞がそこかしこに散りばめられていたんである。
今の日本のドラマを見ても、忘れられない台詞というのはなかなかないが、韓国ドラマはなんといっても台詞がいい。
そして、俳優もすごく演技が上手い。
特にいつも感心するのは「泣き」の演技だ。
よく一瞬であれだけホロホロ泣けるもんだと思う。
韓国じゃあ、即泣けないと俳優になれないんじゃないかと思うくらいだ。
それに、日本じゃあまりないことだが、やたらと男が泣く。
泣かない男は情が薄い、とでも言いたげだ。
そういえば、日本でも最近は若い男がすぐ泣くんだそうだ。
この前も知り合いの女の子がまさかと思うことで男友達に泣かれてあ然としたと言っていた。
あまりに繊細でついていけない、と彼女。
なんか私がいじめっ子みたいじゃない、と笑っていた。
私も話を聞いて、泣くなよ、そのくらいで・・と言いたくなった。
でも、ほんとは彼女がひどい女なんだろか。
それにしても・・ヤワすぎる・・
泣かれるよりちゃんと言葉で闘える男のほうがずっといい、と思う。
5月26日(火)晴れ
今日は午後からの取材なので、またまた時間を持て余してしまって、どうしようかなあ、と思ってたときにたまたま免許の更新時期だったというのを思い出して、何年かに一度しか行かない警察署へ出かけた。
毎度のことだが、今回もゴールドカードは幻に終わり、更新のためのお金のほかに講習手数料も払うことになる。
まったくもって無駄が歩いているような人生である。
まあ、それでも事故だけはもう30年近くやってないから(その前の何年かはめちゃくちゃ)、命だけはかろうじて助かっているが、とにかく何十年運転していても相変わらず運転は下手なうえに荒っぽいときているから、たいてい更新までに何度かはお巡りさんに手間をかけさせることになる。
最近ではやっとちょっと賢くなってまともにシートベルトをつけるようになったが、以前はそれもやらないもんだから、そんなアホな違反で点数がなくなりかけたこともあり、もうほんとにヤバイときはおまわりさんに号泣して許してもらったこともある。
なんでそんな無理してやっかいなことばかりわざとやっているのかというと、たぶんバカなんだろうと思う。
今日は同じように免許の更新に来たらしい女性が私の前でお金を払っていて、手数料を払おうとした時に安全協会かなんかの寄付のことを言われたのだが、彼女はもうギリギリしかお金を持っていなかったらしくて、かなり焦った様子で何度も受付の女性に「義務ではないんですよね」と念を押していた。
それで、受付に「いいえ、義務ではないです。ご協力をいただける方にお願いしております」と繰り返し説明されると、やっと安心したのか手数料だけ払ってビデオ鑑賞の場所へと向っていった。
それを見ていた私も払わないのありなんだ、と勝手に判断して、あたしも払えません〜みたいな感じで前の人に便乗するかたちで手数料だけ払って帰った。
家に帰って亭主にそのことを言ったら、思ったとおり彼はちゃんと協会費を払っていた。
私はやっぱし非国民やろか〜
夕べ、半分居眠りしながら見た映画(よく我慢してみたと思う)。
まあ、北野監督くらいになると、もう受けようが受けまいが、自分が好きな映画撮れるからいいよな、と思わないでもない。

「アキレスと亀」
以前、監督が「誰でもピカソ」で「ピカソみたいな人の絵がきちんと評価されるということは、そこに芸術を理解できる文化があるということだ」というようなことを話していたのだが、この映画を見ていてそのことを思い出した。
たとえば、映画の中で語られるのが、アフリカの貧しい国で食べ物と芸術作品を並べてあったら、絶対食べ物を取るだろうという話だ。
いったいその絵の価値というものはどこで誰によって決められるのか、たとえば、この映画の主人公真知寿(マチス)の場合はいつか誰かに理解されるんだろうか。
裕福な家庭に育った真知寿(吉岡澪皇)は幼いころから絵を描くのが好きで、それもいつもどんな時でも絵ばかり描き続けるので、学校でも近所でも完全浮き上がっていた。
それでも、お坊ちゃまゆえ、周りにもちやほやされ、本人も画家になることを夢見るようになる。
しかし、絵だけを描いていればよかった幸せな毎日は父親の死で一変し、彼はその後、怒涛の人生を送ることになる。
それでも、彼は大人になっても幸子(樋口可奈子)と結婚しても夢を諦めなかった。
もともと絵を専門的に勉強したわけでもなかった彼は人の評価にすぐ惑わされ、そのうち、哲学を持たない彼の絵は混乱を極め、創作活動はますますエスカレートして行く。
そんな中でもただひとり妻の幸子だけは彼の理解者なのだが、大人になった真知寿をビートたけしが演じ始めたとたん、映画はまるで違ったものになり、樋口可奈子の飄々とした演技も全然生かされず、ちぐはぐな夫婦は浮き上がるばかりである。
子役がそれなりに雰囲気を出していたのを監督自らが完全ぶっ壊してしまった。
なにもかも壊しながらも二人の世界だけで芸術は存在しているのだが、それがパロディともシリアスともいえない中途半端な脚本ゆえに、感情移入できない。
後でネットで見たら劇中の絵はすべて北野監督が描いたものだとあった。
予感はしていたが、やっぱり・・。
ほかの人の感想の中にどうせなら日比野さんとかジミー大西とかの作品を入れたら面白かったのに、というのもあったが、私としては絵云々というより、この映画は監督が出演する時点でダメだったような気がする。
まあ、こういう映画を大枚かけて作れるんだから監督というのは幸せな仕事よなあとつくづく思った。
☆3つ。
昼から取材で出かけた井原の「土手」(http://www.kcat.zaq.ne.jp/cento-piatti/dote.html)は素晴らしいお店だった。
元大阪ヒルトンホテルで副総料理長までつとめておられた山足シェフの料理にたいする情熱はなみなみならぬものがあり、こんな田舎町ではまずお目にかかれない一流の料理人の哲学に触れた思いだった。
なんといってもお店で出されている野菜の種類がハンパじゃない。
その数、約120種類。それも、一年365日雨の日も風の日もたゆまず、店のそばの四百坪という広大な畑で野菜たちと格闘しておられる。
ご自身も言っておられたが、日本一の野菜作りシェフだろうと私も思う。
やっぱり一流と言われる人はどこで仕事をしても見ている方向が違うし、やられていることが全然違う。
私は今日くらいその店で食事をしていないことが残念だったことはない。
久しぶりにお目にかかった写真家のNORiさん( http://honeygo.jugem.cc/) も相変わらずそこで栽培される野菜と同じようにほんとに瑞々しくて綺麗だった。さすがミス尾道。才色兼備とは彼女のことだ。
本紙に載せる予定なので、あえてお二人の顔が写っていない写真を載せた。

5月25日(月)晴れ
仕事をするにはもったいないような五月晴れ。
それでも今週は週明けから神島(笠岡市)まで行かねばならない。
というのも、そのニュースを今週のミニ新聞に載せたいからだ。
私の担当しているミニ新聞は週に一度しか発行されないので、期間限定のニュースはなかなか載せにくいのだが、今回は今日取材すればなんとか今週号に間に合いそうなので、特別取材を急いだ。
神島はお遍路めぐりでも有名だが、春の外浦の山桜もなかなか見事らしい。
今回はその山桜の写真展にお邪魔した。

外浦の山桜写真展〜神島外公民館〜
(R2を東進。富岡交差点を右折後、神島大橋を渡って外浦方面へ)
帰りにあちこち新聞を配って歩くついでに、鴨方の新しくできたケーキ屋さんに寄ってみたら、今日は仕込み中で休みだったので、一応取材のアポだけとって帰った。
今度行ったときには絶対ケーキを買って帰ろう。どんなケーキがあるか楽しみ。

「Ciel」
岡山県浅口市鴨方町小坂東
(鴨方ICから県道を笠岡方面へ行く途中
かもがわ水車の前)
TEL 0865−44−0304
月曜休み
営業時間 9:00〜20:00
静かな中に深い余韻を残す映画だった。
淡々とした映像のそこかしこに家族一ひとりひとりの微妙な感情が見え隠れする。
何も起こらない夏休み・・海のそばにあるおばあちゃんちでの数日を映し撮っただけの映画だが、実はそんな平凡な時間の中にこそ人生が見えることがある。
そして、この映画を見て思ったのは、その人間の痛みや悲しみを家族とはいえ、いったいどれだけ汲み取ることができるだろうということだ。

「歩いても歩いても」
この映画が公開される時に主役をやっている樹木希林が「素晴らしい映画です」と大絶賛していたのを今日思い出して、この映画の素晴らしさというのはとりもなおさず彼女の演技のことじゃないかと思った。
実のところ、彼女抜きにはこの映画はここまで上質の映画にならなかっただろう。
樹木希林という人は一見この国のどこにでもいそうな母親を自然体で演じながらも、見るものに日常の中に潜む狂気や毒を強烈に感じさせる。
この映画を見ながら、途中私は何度も昔見た「阿修羅のごとく」というTVドラマを思い出した。
いつの時代にも女の微笑みの中には凄まじい感情が隠されている。
そして、この映画では母親(樹木希林)の作るおふくろの味こそが「家」の原点であり、家族の帰る場所となっているように見える。
まな板の上で刻まれていく野菜たち、天ぷら鍋の中でぱちぱちはねるトウモロコシ、包丁で細かく削がれていく人参、台所から生まれる様々な音はそのまま家や家族の歴史に繋がって行く。
家族の記憶の中で「食」というものが大きな位置を占める、ということをあらためて思った。
私はそういう当たり前の家族の風景にたまらなく憧れる。
そして、「食」で繋がっている家族というのにも強く惹かれる。
それは私が大人になるまでほとんど経験できなかったことだ。
久しぶりに再会した家族はその母親の手料理を味わいながら、生まれ育った家で記憶の断片を繋ぎ合わせて行く。
この映画を見ながら、私もたぶん母の思いを知っていながら、きっと生きてる間は彼女になにもしてやれないんだろうと思った。
それでも、やっぱり私は自分の人生やるしかないんだろう・・。
☆4つ(おまけ)。
5月24日(日)曇りのち雨
少しくらい天気が悪かろうが、今日もレイチェルの遊びの時間は続く。
今日は知り合いの型染め作家のMさんたちが岡山のギャラリーカフェで展示会をやっているというので、また朝から元気よく出かけた。
そこは初めてお邪魔したお店だったのだが、大通りから少し入ったところにある閑静な住宅街にあって、広々としたカフェスペースも私好みで一度で気に入った。
一見穴場的な店だが、きっと知る人ぞ知るギャラリーなんだろう、今日もオープンしてすぐお客さんがどんどんやって来ていた。
この前、私がつれづれ日記に今日ここに来ることを書いていたもんだから、今日、Mさんはわざわざ早めに店に来てくれたみたいで、ほんとに嬉しかった。
このたび、出品されているアーティストはそうそうたる方たちばかりで、かなりレベルの高い展示会だった。
初めてお会いした消しゴム版画のHさんや羊毛のKさんもすごく素敵で、こういうセンスのいい人たちと会うと私の中の細胞もにわかに活気づく気がした。
糸を紡ぐKさんもまことに絵になるのだった。

Mさんの型染め作品も相変わらず素朴な中に彼女だけの世界が凝縮されていて、不思議と作品と彼女のイメージが一体化してくる。

Kさんの作るフェルトのオンリーワンバッグにも目がくぎ付けの私だった(実はバッグフリークの私)。

カフェの珈琲も美味しかったし、すごく居心地のいい店だった。またぜひお邪魔したいと思う。
ギャラリーをあとにしてお昼ご飯を食べようと久しぶりに表町あたりを歩いていたら、オランダ通りでユニークな店構えの店があったので入ってみたら、中は完全昭和レトロだった。
お昼はハンバーグが4種類くらいあって、デミタスソースのを頼んだら、なかなかシンプルな味わいでよかった。


「ハンバーグ109」(いちれいきゅう)
岡山市表町(オランダ通り)
TEL 086−222−5585
火曜日休み
ご飯を食べた後行った表町の古着屋さんはまたまた私好みのアメリカの60年、70年代風の古着や雑貨がいっぱいあって見ているだけで嬉しくなった。
最近の私はこういう感じのファッションに燃えているんである。
しかし、いつもながら岡山まで行くとほんとに色んな店があるし、若い子たちのファッションもなんでもあり、というか人口が多いぶんやっぱり備後よりは個性的で自由な感じがする。
ちなみに私の今日のテーマカラーはブルーだったので、毎度のことながら怖いもんなしで、全身ブルーで決めてみたのだが、岡山みたいな大きな町だとこれくらいやってもたいして目立たないのだった(本人が思っているだけかも・・)。
予告編を見たときからぜひ見たいと思っていたこの映画、予想通り抱腹絶倒だった。

「デトロイト・メタル・シティ」
よいなあ〜松山ケンイチ!
こういうエキセントリックな役は今の若手俳優じゃあ、もう彼か阿部サダヲくらいしか思いつかない。
平凡な青年が悪魔メークで大変身というやつだ。
こういう映画を見ていると、私の中にもある変身願望がむくむくと頭をもたげてくる。
一度きりの人生、私も彼みたいに普段の自分とはまるっきり違う自分を演じられる場所があったら面白いだろうなあ、と本気で思った。
大人気のコミックが原作になっているというこの映画のストーリーは・・
音楽をやりたいと九州の田舎町から上京したどうみてもオカマタイプの根岸崇一(松山ケンイチ)は甘〜いポップミュージックで人々に夢を与えたいと思っていたが、気づいた時には泣く子も黙るメタルバンドのボーカルになってしまっていた。
自分の意思とは違うところでバンドはカリスマ的な人気を得るようになり、彼は自分の中の二面性に戸惑いながらもデスレコーズの女社長(松雪泰子)に喝を入れられながら(彼女のドスのきいた演技は最高)、ステージに立ち続ける。
ところが、ある日偶然、大学時代の憧れの君・由利(加藤ローサ)に会ったことから彼の混乱の毎日が始まる。
好きな彼女に悪魔の申し子みたいなバンドのボーカルをやっているなんて言えない彼はなんとかそれをごまかすのに必死だ。
このあたり、普段のおとなしいイメージとのギャップが最高に面白い。
それにしても、映画は前半、かなり飛ばしたせいか、後半ちょいと息切れしてしまったようだった。
始めのころのテンションでずっとやってくれたら絶対星4つつけただろうと思う。
まあ、それでもしばらく聞かなかった爆音のごとく鳴り響くハードロックが日曜の夜をけっこう熱くしてくれた。
松山ケンイチはオカマだろうとメタルバンドのボーカルだろうと、Lだろうと(この場合関係ない)なんでもやれる役者だ。
☆3つ半。
5月23日(土)晴れ
夏のレイチェルはたらたら汗を流す・・
夏のレイチェルは太陽の下を歩く・・
色鮮やかな蝶がまるで舞台の小道具のように目の前をふらりふらりと舞っている。
頂上までの道は思ったより急で、一瞬、空に向って歩いているような錯覚に陥る。
途中、夏色に衣替えした紅葉が逆光に映えて美しく光っている。

汗が額を流れるころ、やっと目の前に海が見えた。

いったい標高何百メートルあるんだろう、初めて上った筆影山の頂上からは瀬戸の島々が遠く霞んで見えた。
展望台まで行ったら、しっかり観光客がタクシーでやって来ていた。ここまで車でこれるんかい!!
運転手の説明に興奮しているその中年女性のグループのすぐそばまで行って海を眺めた(なんせそこが一番見晴らしがいいからしょうがない)。

「筆影山」
広島県三原市須波町
(R2を三原方面へ 途中R184に乗り竹原方面へ行く途中 看板あり)
実は筆影山に行く前にあるカフェに行ってみたのだが、ロケーションだけは抜群の店だった。
まあ、どんな店も行ってみないとわからないからなあ。

朝のうち、ふくやま手しごと市に行ったら、あっちもこっちも知り合いだらけで、可愛い雑貨やアクセサリーもいっぱいあって楽しかった。
元気屋さん目をつぶったのしか写真なくてごめんちゃい。





「ふくやま手しごと市」
福山宮通り周辺 明日まで
5月22日(金)曇りのち晴れ
夕暮れ・・尾道からの帰り道、泣きそうなのをぐっと我慢しているような空を見上げながら山道を下れば、シンニード・オコナーの搾り出すような歌声が流れてくる。
15日間と7時間・・恋人と別れてからの時間を しっかり頭の中で計算している歌詞で始まるやりきれないバラード・・
恋人と別れて自由にはなったものの、結局、15日と7時間、何をやっても憂鬱な気分から抜け出せない。
あまりの辛さに医者に相談したら、なんでもいい楽しいことをやれといわれる。
ほんまにバカな医者だ。恋人にかなうものなんかあるわけない・・
その歌詞をつらつら聴いているうちに、失恋から立ち直るには付き合った年数とおなじだけ時間がかかる、と誰かが言っていたのを思い出す。
愛を語り合った年月とおなじだけ、立ち直るのに時間がかかるというのもなんか切ない。
一日一日、記憶の澱を浄化していくんだろう、きっと。
そして・・忘れ去られることが怖くなくなったとき、恋は思い出に変わる。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=rO8JWbG6bVw
今日は尾道に行ったら、ぜひ行きたいと思っていたパン屋に行ってみた。
昨日のC新聞に載っていた「ネコノテパン工場」だ。
ママさんにだいたいの場所を教えてもらったので、「芙美子」を出て商店街をとことこ歩いて2号線に出て、陸橋を渡っていたら、ちょうど上りの電車がやってくるところだったので少し待って写真を撮った。

途中、光明寺を通ったら、寺の人らしい男性がものすごい松の手入れをしていた。なんでも樹齢400年の「蟠龍の松(ばんりゅうのまつ)」というらしい。

老木ながらその生命力はすさまじく、接木をしながらどんどん大きくなったんだそうだ。

「光明寺」
尾道市東土堂
(R2のもみじ銀行のところの陸橋を渡る)
光明寺を抜けて石段を上ったところにやっと目的のパン屋を見つけた。

「ネコノテパン工場」
尾道市東土堂
火曜日休み
050(5532)4716。
うっかりすると見過ごしてしまいそうな小さなパン屋だが、古い民家を改装しているらしく、なかなか風情がある。
店の前には女性がひとり並んでいたので、けっこう混んでるのかな、と思っていたら、なんと、一歩店に入ったら、もうそれ以上動けない狭さなのだった。
ひとりでいっぱいの店・・
パンが置いてあるスペースは1メートル四方もないくらい。
す、すごいパン屋だ。
あ然としているうちに突然、木枠で出来た窓みたいなところから店主が顔を覗かせ、パンはトレイに載せてください、とおっしゃるので、は、はい、と言いながら、焼きたてのパンをトレイに載せる。
選び終わったらベルを押すと、また店主が窓から顔を出して、会計をしてくれる。
見れば、この店は9割が工房で残りの1割が店舗スペースとなっているようだ。
それでも帰ってママさんたちとさっそく試食してみたら、食パンは焼きたてのふわふわ、ほかのパンも弾力があって、美味しかった。
値段もリーズナブルだし、坂道をふうふう言いながら上っても、決して損はない店だ。

5月21日(木)曇り
朝、市民会館の前でもなにやら派手なセレモニーが行われている様子を横目で見ながら、ティータイムなくしては仕事のできないわたくしはマイペースでお茶を飲み続ける。
しかし、今日は他紙の記者やらローカルTV局やら総動員でそのイベントの取材に来ているようだったが、普段ももっと市の施設をどんどん利用して色んなイベントをやればいいのにと思った。
笠岡とかに行くといつも市民会館はなんらかの団体や業者が利用しているから、人の出入りも多くて活気がある。
わが市のHPなんか見てもほとんど行事の予定が入ってないのを見るにつけ、ほんとに寂しい町だなあ、といつも思う。
この町の人が元気になるのは選挙のときだけだ。
朝のうちに別の取材を済ませてから、芳井町の特産品直売所へ新聞を持っていったついでに店長のTさんや近所のお年寄りの方たちとお茶を飲みながら情報交換。
70才くらいのばあさまに名前を名乗ると、うちの家族や親戚のことを私よりよく知っておられた。
田舎はこういう毎日身元調査やってるみたいにやたらと他人の素性に詳しいばあさまが時々いる。
田舎には刺激というものがあまりにないから、勢い他人が一番の興味の対象になる。
帰りがけ、Tさんが大粒のイチゴをお土産でくださったので、毎日食べてもいいくらいイチゴの大好きな私はすごく嬉しかった。


「芳井町特産品直売所」
芳井町R313沿い・小学校の先
それと今日は頼んでおいた「源氏物語読本」が届いたので、コンビニに取りに行った。
月に一度の源氏物語の講座ではこの本をコピーしてくれたものを使って勉強しているのだが、やっぱりやるからにはちゃんと本を持っていないとなあ、と思って今回思い切って買うことにしたのだ。
これでやっと勉強しやすくなるというもんだ。

「源氏物語読本」
新型インフルエンザで日本中がパニクっている。
今日も昼間TVを見ていたら、ワイドショーで新型インフルエンザ相談室みたいなことをやっていて、視聴者のいろんな質問に感染病の専門家が答えていたのだが、かなりの混乱ぶりがみてとれた。
特に小さい子どもを持つお母さんからの質問が多くて、外に洗濯物を干してもいいのか、とか、窓を開けてもいいのか、とかよく考えたら全然問題なさそうなことを聞いていた。
まあ、インフルエンザにかかっている人がよそんちの洗濯物にツバでもはきかけて歩いているんなら別だが・・
それから、赤ちゃんはマスクもうがいもできないんですがどうしたらいいですか?という質問もあって、専門家は、そうですねえ、困りますよねえ、と同意しながら、最後には、もうどうしても心配なら赤ちゃんを外に出すな、と言っていた。
それもかなり不健康な感じもした。
あと、うちでは犬や猫を飼っているんですが、うつりませんか?という質問もあったのだが、それに専門家が答えて、「猫や犬にはうつりませんが、ブタにはうつりますから、ペットでブタを飼っている方は注意してください、と大真面目な顔で話すのを聞いて思わず噴出してしまった。
あと、ネットでみたら1957年以前に生まれた人には今回のウイルスに免疫がある!?、なんていう報道もあった。
会社から帰ってきた亭主にそのことを話すと「ギリギリじゃなあ」と苦笑いしていた。
5月20日(水)晴れ〜
インフルエンザが怖くて遊べるか〜ってなもんで、今日も朝から福山、府中を走り回った。
車屋にも出かけて予約しておいたETCをつけてもらって、やっと我が家も高速1000均の仲間入りである。
それにしても、車屋の整備士と呼ばれる人たちはなんでああ商売っけがないのか。
今日も「いらっしゃいませ」もなく「こちらへ」と言われたきり、余分な説明が一切ないので、一体どのくらい待たされるのかわからず、ひとり待合室で悶々とした。
いくら営業社員が感じよくても整備士が愛想なしでは修理に出したくなくなるというもんだ。
とかなんとかひとりブツブツ思っていたら、請求書を持って待合室にやって来た若い整備士の男性がちゃんと丁寧に説明とかしてくれたので、なんだ感じのいい若い(ここがポイント)整備士もいるんだ、と思って、別に買う気もないのにうちの車にはDVDプレーヤーをどこに置いたらいいか、とかあれこれ相談を持ちかける。
毎度のことながらまことに調子がいいんである。
ということで、小さな黒い物体を取り付けた我が家の新しい車は高速乗っていったいどこへ向うことやら・・
その後もちょっと福山をうろうろしている間に、TSUTAYAで発売したばかりの大橋トリオのアルバムを見つけてしまったので、ちょっと迷ったものの、やっぱり我慢できずに買ってしまった。(アルバムはいつものことながら買うのによいしょ、という感じだ)。

「大橋トリオ」
聞いてみると、思ったとおりいいので、今度娘にもダビングしてやろうと思った。
昼からはメイメイたちが参加しているバジル倶楽部がやっている和雑貨展を見に、府中へ向った。
今日はメンバーが着物で勢ぞろいすると聞いていたので、頼りないのだが、一応カメラマンで出かけたというわけだ。
今日初めて知ったのだが、メイメイは着物の着付けの資格をちゃんと持っているんだそうで、知らないところで粋なこと身につけてるなあ、と新しい発見をした思いだった。
今日はヨミウリ府中と朝日新聞サービスアンカーの記者の方々が取材に来られていた。
なんか自分とおんなじような仕事をされている人たちを客観的にみるというのも変な感じだった。





あと、府中に行ったついでに恋しきに行きかけたのだが、車がいっぱいで入れなかったので、そばにある凛というギャラリーに行ってみたら、知り合いの型染め作家のMさんの作品を販売していたので、びっくりした。
最初会ったときから素晴らしいセンスの持ち主と思っていたが、ますます活躍の幅を広げてるんだなあ、と今日も嬉しくなった。
今度の日曜日に彼女も出品している岡山のAtoZ展(掲示板参照)に行く予定。


「RIN(凛)」
石岡家具プロデュースの雑貨屋さん 府中恋しきそば
最近、家族のことをテーマにしたTV番組や新聞記事をよく目にする。
この前、NHKを見ていたら、霊長類学者の山極寿一(やまぎわじゅいち)さんという最近では珍しい野性味のあるかっこいい大学教授が出ていて、平田オリザと対談をしていた。

彼は類人猿であるゴリラをずっと研究している学者だが、その番組の中でゴリラの中に人間社会の起源がある、という話をしていた。
メスのゴリラというのは年頃になるとわざわざ居心地のいい親元を離れるんだそうだ。
それはニホンザルとかにはない習性で、そこに人間の進化の過程が垣間見える、ということだった。
家族と離れたメスのゴリラは子どもを育てるために、外的から身を守ってくれるオスとくっつかざるを得なくなる。
オスはほかの動物からメスや子どもを守って、初めて父親になるんだそうだ。
つまりはゴリラの世界では家族を守れないオスはオスとしての意味がないんである。
男は守るものができて初めて男になる、みたいな話だ。
その話の中で山極さんが言っていたのは、家族というのはそういうふうに人類が進化の過程で否応なくそれぞれの役割を果たさざるを得なくなって初めてできたものじゃないか、ということだった。
類人猿の時代から人間は役割というものを意識しているというのが興味深い。
あと、その役割という話の中で平田オリザが「今の子供たちはままごと遊びをしてもお母さん役になりたがらない」ということを面白く言っていて、じゃあ、なんの役が一番人気かというと、なんとそれは「ペット」なんだそうだ。
一番ラクそうに見えるかららしい。
お母さん役とかがなり手がいないのはあんまり人生楽しそうに見えないからだろうか。
そして、山極さんの話で最も印象に残ったのは、家族という存在は絶対的なもので、それはいつでも戻っていけるもの、ということだった。
どんなに遠く離れてもいつでも戻れる場所・・それが家族ということだった。
だから子どもは安心して群れを出て行けるんだろう。
それと今朝A新聞の桜庭一樹のコラムの中に家族のことが書いてあって、その中に「人が他人を信頼するということは命を預けること」と綴ってあった。
私はそれを読みながら、それこそ、ゴリラのメスがオスに命を預けて子どもを育てることじゃなかろうかと思った。
そういえば、以前、作家の柳美里が「なんで家族のことばかり書くんですか」と聞かれて、「家族は社会だからです」と答えていた。
実際、いまの社会の様々な問題は家族の問題とかなり密接にリンクしていると思えなくもない。
5月19日(火)暑くなってきたから元気
今朝、義母に用事があって、亭主の実家を訪ねたもんで、話のついでに「お義母さん、マスクもう買った?」と聞いたら「なんでマスクがいるん?」と逆に聞き返されてあ然ぼー然。
「で、でもお義母さん、神戸や大阪ですごい勢いで広がってるから、いまに岡山県にも入ってくるよ」と言うと、「まあ、こんな田舎にきやせんわ」と一笑に付されてしまった。
ま、まいりました・・
お義母さんは国民の9割がウイルスにやられても、なんともないかもしれない、と密かに思いながらまた今日も尾道に向った私だった。
朝は肌寒いくらいの曇天だったが、尾道に着く頃にはしだいに気温も上って、暑くないと生きた心地のしない私としてはたいへんありがたい一日となった。
今日は「BOXSHOP」にメイメイ御一行も来てくれて、みんなでインフルエンザの話題やら雑貨の話やらで盛り上がった。
昼は久々に「みやち」のラーメンを食べに行ったのだが、今日は平日とあって珍しく2人しか並んでなかったので(いつも行列がすごくて食べられない)、少し待てば食べられそうだったので、3番目に並んだ。
ここは十人も入れば一杯の小さな店で、客は狭い店内でみんな壁に向って黙々と中華そばをすするのだが、それでも不思議と閉塞感は感じないのだった。
以前、初めてここに来た時に、そのあっさりとした優しい味付けのラーメンを食べながら、私はなんだかものすごく懐かしい気持ちになって、思わず涙腺が緩んだのを覚えている。
たぶん、お店を切りもりしている店主の温かさや店の歴史が私を泣かせたんだろう。
今日も入れ替わり立ち代りお客さんはやって来ていたが、繁盛店にありがちな気ぜわしい感じは全然ない。
奥さんらしき女性の「ゆっくり食べていってくださいねえ」のひとことに甘えてしみじみ昔懐かしラーメンを味わった私だった。


「みやち」
尾道市土堂(商店街入り口から東へ5分歩く)
TEL 0848-25-3550
あと、今日「芙美子」のママさんが最近手に入れたという林芙美子の英語版「浮雲」を見せてくれたのだが、エキゾチックな表紙がすごく素敵だった。

「FLOATING CLOUDS」(浮き雲)
夜、TVの「開運なんでも鑑定団」を半分流しながら見ていたのだが、何番目かで登場したある版画を見て、突如思考のスイッチが入った。
その版画の柔らかい色彩もすごくいいのだが、私が惹かれたのは版画に添えられた詩のほうだ。

「初夏の風」〜川上澄生〜
かぜとなりたや
はつなつのかぜとなりたや
かのひとのまへにはだかり
かのひとのうしろよりふく
はつなつの はつなつの
かぜとなりたや
「初夏」を「しょか」ではなくあえて「はつなつ」と読むところがなんとも美しい。
心を密かに寄せる彼女のワンピースの裾をはためかせる初夏の風・・そんな風に私はなりたい・・なんてなんと切ない男ごころよ。
まえにはだかり・・うしろよりふく・・けっして言葉にはできないが、心の中には嵐が吹き荒れ、熱い独占欲が渦を巻いている。
夏の前ぶれを思わせる少し熱を孕んだ風にわが身を投影している。
そして、この詩には、初夏の風のようにまだどこか青っぽい匂いも残されている。
こういう作品を目にするとどきどきする。
なんでもあの棟方志功はこの作品を見て、版画家になる決心をしたんだそうだ。
5月18日(月)五月晴れ〜
傘がない、ならぬ、マスクがない〜!!!
夕方、亭主がちょいとがっくりきた感じで家に戻ってきたと思ったら「『ZAGZAG』に行ったついでにマスクを買おうと思ったら、もう一枚もないんじゃ」とひとこと。
こんな事態になるとはなあ、一個くらい買っとけばよかった、とため息まじりにいう彼を横目に見ながら、しょうがないなあ、じゃあ、ちょっくら散歩がてら市内のドラッグストアを回ってみてやるか、と出かけたのはいいが、どっこもかしこもマスクは売り切れ〜!!!
こりゃもう新型インフルエンザにかかるのを覚悟せんといけんわなあ、と亭主に腹を決めるように言う。
それを聞いて心配性の彼はさっそく娘に「どこにもマスクがないよ〜」とメールを打ち始めた。
打ち終えた後も「あ〜恐ろしい」とすぐにでも感染するかのように不安がっている。
私としては急にこんな事態になって、週末に予定していた旅行をキャンセルせざるを得なくなったことのほうがショックだ。
以前、誰かが言っていたが、今回の新型ウイルスが実際この国に入って来た場合、国民の4割が感染するとのことだった。
さて、私は残りの6割に運良く入れるかどうか。
マスクもない我が家では運がいいとか悪いとか以前の問題と思われる。
「怒りを抑える最良の方法は・・・肉体をコントロールすること・・」
心拍数が上ると緑色の怪物ハルクに変身してしまうブルース博士は逃亡中のブラジルで精神修養を重ねている。
実はすごい短気の私は武術の先生らしき男が「怒りを抑える最良の方法は・・」と話し始めたとたん、思わず聞き耳を立てた。

「インクレディブル・ハルク」
軍の科学実験で大量の放射能を浴びたブルース博士(エドワード・ノートン)はその副作用でとんでもない肉体の持ち主になってしまう。
彼の怒りや恐怖の感情が高まって心拍数が上ると、緑色の巨人ハルクにへんしーんするのだ。
その怪力たるやすさまじく、馬鹿でかいからだでもスパイダーマンみたいに縦横無尽に町を駆け抜ける。
もうど・う・に・も・と・ま・ら・ない〜んである(またまた古い)。
そんな彼の怪力を軍事に利用しようとしているのがロス将軍(ウィリアム・ハート・・最初誰かわからなかった)で、彼を生け捕りにしようとあらゆる武器を使って追い詰める。
一見するとちょっとヤワな感じもするエドワード・ノートンだが、その繊細なイメージと化け物のようなハルクとのギャップがこの映画の場合、なかなか面白い。
とにかく興奮したらいけないので、彼女(リヴ・タイラー)といいことするのも我慢我慢というところが切ないんである。
ハリウッド映画らしく、もうお金にものを言わせてなんでもかんでもぶっ壊す映画だが、こういう映画はもうあんまり考えないで、タダ楽しんで見ればいいんだと思う。
実際、なんも考えずに見れば、けっこう興奮する映画だ。
早く人間になりたい・・エドワード・ノートンの演技もちょっと哀愁がかってよろしい。
「トランスポーター」の監督だけあって、テンポもいい。
☆3つ半。
5月17日(日)曇り時々雨
こんな天気の、それも日曜日でも仕事をせねばならんこともある。
取材先が菅原神社だったので、ついでに雨に濡れてほとんど終わりかけていたカキツバタを撮って帰った。

「菅原神社」
笠岡市吉浜
(県道井原笠岡線を笠岡方面へ
追分の信号を右折後、トンネルを過ぎて7、8分・途中看板あり)
この前会った50代の女性が「レイチェルさんだけに教えるんだけど・・」とかなりもったいぶった感じで、「うちの主人の知り合いが厚生省に勤めてるんだけど、新型インフルエンザが近々そうとうな広がりを見せるのは間違いないから、今のうちに大事な4つのことを頭に入れときなさい、と教えてくれたんよね」とかなり深刻な顔で話してくれた。
普段からそういうことにまるで危機感のない私はちょっと神経質な彼女の話を適当に流していた。
確か、マスクだとかビタミン剤だとかの常備の話だったと思ったのだが、結局、全部を思い出せないまま、神戸や大阪でウイルスが広がってしまったというニュースをあらら、困ったなあ、という思いで見ることになる。
岡山県の片田舎までウイルスが蔓延してくるのがいったいいつになるのか定かでないが(もう実はとっくに入ってきているのかもしれないが)、そろそろマスクくらい買っておかないといけないかもしれないなあ、と今日初めて思った。
しかし、これじゃあ、当分神戸にも行けないよなあ。
5月16日(土)曇り時々雨
この前から読んでいる村上龍の「無趣味のすすめ」の中に「真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。つまり、それらはわたしたちの『仕事』の中にしかない」と書いてあった。
彼はその真の達成感や充実感は「趣味」の中にはない、というようなことも書いていた。
私は今日も一日ゼイゼイ言いながら仕事をやり終えたあと、その言葉を思い出す。
そして、ほんまに多大なコストとリスクと危機感のないところにやりがいのある仕事なんてあるわけない、と思う(特に最近、人と会うたびに投資(コスト)なくして成功なし、と思うこと多し)。
本紙の原稿を書くのはいつだってたいへんだが、私にとってはだからこその達成感や開放感があるんだろうと思う。
それに、私の記事をきちんと評価してくれる上司を持ったことは幸せだ。
私は人に期待されたらそれに懸命にこたえようとする性格のようだ、と今回あらためて思った(長いこと誰にも期待されてないからなおさら)。
今日は取材の合間に笠岡の西大島に住む韓国ドラマファンのおばあさんのところに行って布ぞうりを仕入れてきた。
彼女が趣味で作っているぞうりはカラフルで配色のセンスもいいので、前から仕入れの交渉をしていたのだが、今回姪っ子さんの勧めもあって、これから先、作る励みにもなるからと承諾してくださったのだった。
彼女は私が去年出したコラム集も欲しいと言ってくださったので、今回笠岡販売所に残っていた一冊を持って行った。
コラムはミニ新聞に10年間連載してるんです、と言ったら驚いておられたが、昨日TVでやっていた森光子の下積み人生(41歳までずっと脇役)の長さを思えば、10年やそこら下積みとも言えないよなあ、と思った私だった。

朝取材が終わってからそのまま笠岡に行って、新聞を配って歩いて、その後どこでご飯を食べようかな、とうろうろしていたらいつの間にか鴨方まで来てしまったので、久々にビストロヴォナ村でランチを食べた。
そこは5年くらい前に行ったような気がするのだが、いつ前を通っても駐車場は車でいっぱいの人気店だ。
今日のランチは鮭の燻製のようだったが、そういう料理はこのへんではたいへん珍しいと思った。


「ビストロヴォナ村」
浅口市鴨方町小坂東(鴨方ICを下りて県道を笠岡方面へ行く途中)
TEL 0865−44−0141
まあ、それでも今日はうろうろしたので鴨方に新しくオープンするケーキ屋と笠岡にできたたこ焼き屋を見つけたので、それなりの収穫があった。
5月15日(金)晴れ
わわわわ〜おのみちは〜きょうも〜はれえだ〜あったああ〜(古すぎる)
ということで、今日もなんだかんだと移動距離の多い一日だった。
朝のうちは以前も取材でお世話になった耳ツボダイエットの「和み」に出かけて最近販売を始められたというヘルシードーナツの取材。
あっさりとして明るい院長のAさんが今日もお茶をご馳走してくださったので、取材のあとでまた1時間も歓談。
彼女は私の話に大笑いしてくださるので、こちらもすぐ調子に乗ってなんぼでも喋ってしまう。
タフで仕事に燃えているAさんも素敵なのだった。

ビューティサロン「和み」
井原市上出部町(県道井原笠岡線・井原消防所そば)
ドーナツ販売は金曜のみ
土日は大江町のリフレッシュ公園で販売中
取材のあとは大急ぎで尾道へ。
「芙美子」に行ったら画家のTさんがHPに絵を載せたお礼と花束をプレゼントしてくれたので、びっくりした。
「Tさんいまに全国区じゃな」と言うと毎度のごとく大黒さまのような顔でニコニコしていた。
ママさんがおやつタイムにご馳走してくれたパフェは驚きのボリュームだったのだが、結局ぺロリと食べてしまった。ご馳走さまでしたあ。

夕方、シネマ尾道に「シェルブールの雨傘」の前売り券を買いに行ったら、チケット売り場にカラフルな傘が並べてあった。
5月14日(木)晴れ
今日は朝のうちは神辺の「糸工場」へ行って取材。
店長のIさんと初めてゆっくりお話をさせてもらったのだが、編み物というジャンルだけにこだわらず、糸の持つ様々な可能性を引き出すことに情熱を持っておられるように見えて、素敵だなと思った。
私なんぞがこんなことを言うのも失礼だが、彼女のように頭の回転がよくて、わかる人に話をするのはほんとに気持ちがいいのだった。
今日は仕事なのにちょっとおしゃべりしすぎた感もあったが、とても有意義な時間が持ててこちらも色んな面で触発された。
やっぱり会話はリズムだな、とあらためて思った私だった。
夕方、3年ぶりくらいで偶然知り合いの女性に会って少し話をしたのだが、彼女の話す内容が3年前とまったくおなじだったので、時々横を向いて苦笑いをしてしまった。
人間というのは一生をかけてまるでひとつの行(ぎょう)のようにその人にとって最も大事ないくつかの記憶に執着し続けるものなのかもしれない。
そこから前に進むのも人生だが、もしかしたら過去の中にしかその人の人生がないってこともある。
今日会った60代の女性にとっては3年前にも見せてくれた写真の中に人生があるのかもしれないし、田舎町にありがちな親戚関係、祖先、お墓、家族、嫁姑の関係、息子の学歴、の中に自分の人生にとって不可欠でもっとも関心のある事柄が含まれているのかもしれない。
とにかく、私を含めて、人はなにかに囚われている。
「陰陽師」の映画の中ではその一番小さい単位を「名前」だと言っていた。
そんなことを考えながら、ふと思い出したのが、昼間本通りの「ふくふく」で見た藤原啓史さんの彫刻だ。
その個展には「!」が自己を前へと押し出すメッセージのように思える「THIS IS HIRO!」というタイトルがついている。
聞けば、そのHIROこそ彼自身なのだった。
作品の中には藤原さんの中の「少年」が刻み込まれている。
まだ何者でもなかった時代。疑う余地なく何かに守られていた時代。自然と確かに一体になれた時代・・・それはまるで回顧録をめくるように今は大人になってしまった青年の心を包み込む。
HIROの瞳はただただ自分自身を見ている。


彫刻・平面図「藤原啓史展」
福山本通りアートショップ「ふくふく」
18日(月)まで
私の中のHIROとはいったいどこにいるんだろう。

5月13日(水)晴れ〜
芦田川沿いを新しい車でぶっとばせば、人の背ほども伸びた水辺の夏草が水面に揺れて、また今年も私の大好きな季節が到来したことを告げる。
スピーカーから聞こえてくるのは懐かしのエアロスミスの「I DON'T WANT TO MISS A THING」。
http://www.youtube.com/watch?v=0sbQ0hqH9ZU
愛する人を思うと一瞬の眠りさえ苦しいーそんな恋の狂おしさ、切なさがたまらない至極のバラードだ。
映画「アルマゲドン」はたいしたことなかったが、この曲は映画よりはるかに私の記憶に残った。
そんなことを思いながら、今日も私は人と会う。
朝、福山に用事で出かけて、昼はどこで食べようかとうろうろしていたら、偶然、最近できたらしいバイキングの店を見つけたので入ってみた。
一見、今どきのカフェのようだが、店に入るとすぐレジがあって、お金を払うとトレイと皿を渡され、カウンターの上に並べられた20種類くらいのヘルシーなおかずから好きなものを選んで行く。
料理は肉や魚の揚げ物からムニエル風のもの、豆料理やスパゲッティ、サラダなど、けっこうバラエティに富んでいて、アフターでアイスクリームや珈琲もついて1000円という低価格。
そのせいか、女性たちのグループが次々にやって来ていた。
私は珍しい高菜ご飯をいただいた。一人しかいない男性スタッフも感じよかった。

cafe&deli「5cafe」
TEL 084−922−8090
ランチタイム(1000円) 11:30〜15:00
ディナータイム(1200円) 15:00〜22:00
駅前大通りを南へ 中銀の先のかまどや隣(Pなし)。
最近、気になっているミュージシャンというのが、ひとりなのに「大橋トリオ」という変なキャッチコピーで売り出し中の大橋トリオだ。
小さい時からピアノを習い、大学でも本格的に音楽を勉強しているだけあって、彼の歌は、最近の才能はなくてもデビューしたもん勝ちみたいなミュージシャンとは一線を引いている気がした。
なにしろ聞いていて不思議な安心感がある。
いますぐ大ブレイクする、というんじゃなくても、じわじわとファンを広げて行く音楽のように思えた。
今日は珍しく音楽の話題ばかりになってしまった。
今夜、NHKの「SONGS」に尾崎亜美が出ていたので、いつもニュースしか見ない時間帯なのにも関わらず、今日は特別、とそっちを見た。
彼女は色んな人に楽曲を提供しているが、その中で私にとって何十年も変わらず燦然と輝いているのはなんといっても「オリビアを聴きながら」だ。
でも、私の中ではこの曲はすでに尾崎亜美の元を離れ、杏里のものになってしまっている。
それも昔の杏里のCDで聞く「オリビア・・」が一番好きだ。
年齢を重ねることで声も成熟していろんな意味で若い頃とは違った味が出てくる、というのはあるかもしれないが、この曲に限っていうと、私にとっては杏里のどこか青っぽさを残した声が絶対必要だ。
若さゆえの不器用さで別れた二人。それでも恋が終わったあと、いまだ未練タラタラで夜中に電話してくる男にたいして、女のほうはすでにジャスミンティーを飲み飲み少しずつ悲しみから立ち直り、壊れた恋をどこかクールに分析している。
疲れ果てたあなた、私の幻を愛したの・・
幻を愛した、と言われてはもう身も蓋もないんである。
いまだ過去の恋を引きずりながらも、心のどこかではこの女性は相手の男性を斬り捨てている。
やはり歌の世界でも男は過去に生き、女は未来に生きる、なのだった。
ネットで調べても昔のプロモがなかったので、ライブ版を載せた。
http://www.youtube.com/watch?v=SFHxw8zn-LI&feature=related
明日は朝いちで神辺町の「糸工場」さんへ取材に行って、そのあと福山本通りのギャラリー「ふくふく」(レイチェル、お呼びがあればどこへでも出かけます)に行く予定。
5月12日(火)晴れ
今日は朝いちで井原市内に去年できた小規模デイサービスの事業所に取材に出かけた。
そこはこの前、偶然道端にちっちゃな看板が出ているのを見つけて、そのままそこに行って取材の許可をいただいたといういわくつきの事業所だ。
空き家になっていた普通の民家を使っているので、なんか親戚の家にちょっと遊びに行くような雰囲気で朝、次々にお年寄り達がやってこられる。
代表のIさんと色々お話をしている時に彼女が「お年寄りの方々をケアするだけじゃなく、自分たちのほうも日々、お年寄りに元気をもらっている。おたがいさまの気持ちです」と言われたのを聞いて、私は「おたがいさま横丁」のことをつい思い出した。
見ていると彼女はほんとに明るくハツラツとしていて、やって来られたお年寄り皆に声をかけている。
スタッフと交代しながら週に2日は休みをとっているそうだが、休みでもやっぱり一日のうちの数時間は事業所に顔を出すんだそうで、自分の選んだ仕事にたいする強い思いを感じてうらやましくなった。
やっぱり自分の仕事に情熱を持っている人は素敵なのだった。

指定通所介護事業所「まごころ」
井原市高屋町
(R313の高屋の信号を北へ。経ヶ丸方向へ行く途中川沿いに看板あり)
TEL 0866−67−9211
その後、もうひとつ取材に行く前に岩盤浴の「和み」(井原市・県道井原笠岡線沿い・井原消防署そば)に寄ったら、最近販売を始められたというドーナツをご馳走してくださった。
なんでも、最近は焼きドーナツの器具なんかもちゃんと売っているんだそうだ。
小さくて可愛いドーナツがたくさん入って150円というのも破格だと思った。
金曜日の朝、本格的に取材する予定。
昼過ぎまでうちでちょっとのんびりしていたらNHKの「スタジオパーク」に大森南朋(なお)が出ていたので、しばしそれに注目した。
私は彼を「ヴァイブレータ」という映画で見た瞬間から絶対売れる、と確信したのだが、ほんとにその後ちょくちょくTVドラマに出るようになって、一昨年NHKの「ハゲタカ」に出て一気にブレイクした。
私は「ハゲタカ」はほんのちょっとしか見ていないのだが、かなりクールな役どころのように思えた。
私としては最初見た「ヴァイブレータ」での彼の印象があまりに強烈だったので、やっぱり今でもあの役柄の彼にほれ込んでいる。
「ヴェイブレータ」のなかで見せた彼の優しさは痛いくらい私の中の「女」に沁みた。
病んだ心を抱えた玲(寺島しのぶ)の弱さ脆さをどこまでもいとおしく思い、それを受け止めようとする彼の姿にいったいどれくらいの女性たちがあんな男が欲しい!と叫んだことだろう。
彼があまりにも自然体で演技していたので、ほんとにああいう優しい男なのかもしれないと錯覚したのは私だけではないと思う。
今日、今やNHKの連ドラの主役にまで上り詰めた彼を見ながら(今度「ハゲタカ」の映画版にも出るらしい)、やっぱし、あたしの見る目に間違いはなかったわい、とひとりほくそえんだ私であった。

「ヴェイブレータ」
☆4つあげてもいい
5月11日(月)晴れ
今日は昼から仕事だったので、朝のうちはメイメイのガレージセールを覗きに万能倉商店街へと向った。
今度から道沿いでやると聞いていたのだが、どうやら陽射しが強すぎて断念したらしく、前とおなじように家の裏で行われることになったとか。
今日は旅行カバンのいいのが300円という破格で出ていたので、さっそくいただいて帰った。

なお、このガレージセールは月曜日と金曜日に開かれている。


「猫のひたいガレージセール」
福山市御幸町
(R182を北進、コットンの信号を左折後約1キロ・万能倉≪まなぐら≫商店街入り口)
昼からはやっとこさ今週号のコラムを書いて、そのあとは夕方までかかって春物と夏物の洋服の入れ替えをやった。
私はほかのことは全部ズボラだが、服の整理だけはなぜかマメである。
だいたい毎日服をとっかえひっかえしているのも変化なくしては生きていけない体(!?)だからだ。
今日メイメイが言っていたのだが、彼女も今度のバジル倶楽部の作品展では着物なんぞを着て、非日常を味わうんだそうだ。
年を重ねてくると、洋服ひとつにしても周りを見て、体型を考慮して、年齢を考えて、というふうに、自分で衣の世界を狭めてしまって、本来の着る悦び、からどんどん離れてしまうことはあるんじゃないかと思う。
世間と関係なく、自分の着たいと思うものを着る、という行為は私にとっては新しいなにかを生み出す活力源になる。
そういうわけで、今日も夏物の派手派手シャツやスカートを見ながら、ひとりほくそえむ私・・。
今年の夏も仕事は地味なモノトーン、オフは信号3色でいきまっしょい!

5月10日(日)晴れ やっと夏らしくなってきた
今日は楽しい楽しい児島古着屋、雑貨屋めぐりツアー〜!
なにしろ最近、児島にはお洒落な店がいっぱいできているもんで、前々から行きたいと思っていたのだ。
それにしても、児島の店はあちこちに点在しているから、市内をぐるぐる回らないと色んな店に行けない。
最初、「てんてまり+O茶茶」という有名店に行ったら、12時オープンだというので、先に古着屋のほうに行こうと思ったのだが、道がわかりにくくてけっこううろうろした。
それでもなんとか店を発見して入ってみれば、わたくし好みの70年代風の古着が所狭しと並べてあって、もうその瞬間、目がキラキラしてくる。
店長さんはなぜか駅家の古着屋さんと知り合いで私の情報をゲットしていたのには驚いたが、彼も私と一緒で派手な色の服がめちゃくちゃ好きでそれが講じて店まで開いたというのを聞いて、そういうのいいなあと思った。
古着が好きでたまらない!という熱意の伝わってくる店が私は好きだ。
古着屋を後にして今度は最初、場所をチェックしておいた「てんてまり+O茶茶」に向う。
車で7,8分ほどでたどり着いたその店でまず目を引くのが店先に置いてある超ユニークな車だ。

これは期待できるなあ、と中に入ってみると、やっぱり可愛い雑貨や食器、今流行りのリネンの洋服なんかが倉庫みたいな空間に山のようにある。
カフェもあったのだが、食事はできないみたいだったので、お腹の空いてしまった私は今度はぜひお茶しに来ようと思った。
お洒落な古着屋と雑貨屋を回って、大満足だったが、なにしろ腹が減っては戦ができないもんで、児島から王子が岳方面へと向った。
途中から、右手に海が広がって、遠くには瀬戸大橋が霞んで見える。
道沿いにはホテルなんかいろいろもあるから、どこか食事ができるところがあるだろうとキョロキョロしていたら、国民宿舎の隣に雰囲気のよさそうな和食の店があったので海岸沿いに車を止めて、急な坂道を登った(実は車で上まであがれた)。

店に入ってみると、嬉しいことにそこは海を見ながらテラスでご飯が食べられるみたいだったので、喜んでそっちへ向う。
今日はいっぺんに夏が来たような陽気だったが、それでも木陰になっているテラスに座っていると、海風は心地よく頬をなでていく。
遠くではジェットスキーが真っ青な海に白い波飛沫を残しながら疾走して行く。

風はまだ爽やかながら、からだの芯のほうでは夏特有の熱っぽさが放射されずに溜まって行く。
こういうひとときは思考能力が限りなくゼロに近い。ぼんやりするとほんとに眠ってしまいそうだ。



「山桜桃」(ゆすら)
倉敷市児島唐琴町
(国道430号線沿い 王子が岳国民宿舎隣)
TEL 086−477−4133
定休日 月曜日と第4日曜日
営業時間 11:00〜18:00
その店のそばには古着屋で情報をもらったギャラリーがある。
裏の入り口から入るのだが、これが文化祭のお化け屋敷みたいな感じで、ちょっとドキドキもんなのだった。
暗闇の中に怪しく光る電気椅子のそばを通り抜けると一気に視界が開けて、オリジナリティ溢れる雑貨や洋服、バッグの並んだ店に突入する。
5月9日(土)晴れ
汗をかきかき笠岡を走り回った一日は、気がつけば、KUNIさんの伸びやかな歌声とともに暮れていった。

ほんとに仕事というのは徒労の連続だが、そこを外しては上へと昇れないのである。
なぜって、その一見徒労に見える行為は「誠意」に繋がる唯一の道だということを、長年の経験で私はなんとなくわかっているからだ。
そして、そこにしか私の仕事の未来もないように思える。
走っても走ってもたどり着かない目的地。途中、さすがにちょっと疲れてきて、休憩を入れるために立ち寄ったのが、西大島のSさんというおばあさんのお宅だ。
そこは一度取材でお邪魔したのだが、彼女が大の韓国ドラマ好きということで、話がすごく盛り上がって、その後も電話をいただいたりして、嬉しい縁が続いている。
今日も彼女とこれまた韓国ドラマ大好きという姪御さんと一緒になんだかんだと話をすれば、「冬ソナ」に始まって、「チュモン、ホジュン、ヒョンビン、イ・ヨンエ、ソン・スンホン、イジェマ、魔王、復活、ユン・ソクホ監督、春のワルツ・・」などなど韓国ドラマを見たことない人が聞いたらまったく理解できない単語の数々が飛び交う。
Sさんのすごいところは日本人には大変覚えにくい韓国の俳優の名前をほとんど覚えているところだ。
彼女はソ・ジソプが好きだと目をキラキラさせておっしゃる。

「ごめん、愛してる」
私はあの切れ長すぎる目がちょいと好みではないのだが、けなしては悪いと思って「人気ありますよねえ」と褒めといたのだが、私がクォン・サンウもいい、と言うと「あたしゃ、あの顔は嫌いじゃ」とバッサリ。
まことにはっきりしておられる。
そんなこんなでまたまた大盛り上がりだったもんで、姪御さんもすごく喜んでくださって、またぜひお話しましょうということになった。
5月8日(金)晴れ
今日も大賑わいで尾道の一日は過ぎて行く。
夕方近くになって、知り合いのMちゃんご夫婦もわざわざ「芙美子」に訪ねてきてくれて、色んな情報交換で盛り上がる。
BOXSHOPもまた新しいチュニックが入って、店頭が華やかになった。

5月7日(木)曇り時々雨
人生というのはうまくいかないことや思い通りにならないことばかりだが、それでもそういうことを帳消しにすることもやっぱりちゃんと用意されている、と今日も思った。
今年もちょっと早めに届いた娘からの母の日のカーネーション。
離れて暮らす彼女からの贈り物はいつもながらに私を泣かせる。
彼女の年齢の頃、私自身は母の愛情を渇望するばかりの日々を送ったことを思い出す。
実際、母は喜び下手というか、母の日になにをしてあげても素直に喜んでくれたことはなかった。
そういう親に育ったせいか、自分が親になったときには子どもとは絶対いい関係を作りたいとそれだけを思ってきた。
いろんなことを環境とか境遇のせいにするのは簡単だが、もしかしたら、負の経験をバネにして自分の子どもとは新しい関係を築けるかもしれない。
自分の人生を呪うより、自分にとっての生き甲斐や喜びをどこかで見つけていこうという気持ちがあれば必ず希望はあると思う。
この前、通常の10倍の速さで老いていくプロジェリアという難病で亡くなったカナダのアシュリーという17歳の女の子の特集をTVで見たときに、彼女の生きる姿勢にも感動したが、同じ病気を持つ彼女のボーイフレンドのジョン君の言葉に私は心を打たれた。
彼はこう語った。
人生はどう生きるかなんだ
長さは重要じゃない
こんな病気で僕って何てかわいそうと思いながら、一生悲しいパーティーを続けるのか
それとも前へ進み、人生を意味あるものにするか
僕は自分の命を最大限に生きたい
私はこの中で特に「一生悲しいパーティーを続けるのか」という言葉に強い衝撃を受けた。
生まれた時から短命が運命づけられている人生を受け入れて生きていかなければならない彼のような病気の人は否応なく毎日「死」を意識すると同時に日々、どう生きるかを深く考えている。
そういう意味では70年も80年も生きると思っている私達とは生まれながらにして一秒一秒生きることの重みが全然違う。
短い人生を自分がどう生きるかを物心のついた頃から考えているのだから、15歳くらいですでに精神的には熟年の哲学者のように老成しているのかもしれない。
彼の言うように、一生悲しいパーティーを続ける人も多いだろうが、そこから這い上がって意味のある人生に向って歩こうとするのもやはり人生だろうと思う。
私ごときの人生が彼の人生と比べられるようなものでもないが、それでも、どんな人生でもいいことばかりあるわけじゃない、というのは私にもわかる。
それでも、人生はやっぱり自分のもので、自分を変えることでしか変わっていかないし(周りが変わるのを待っていたら人生終わってしまう)、やっぱりそこにしか未来はないような気がする。
今日、娘がくれたカーネーションは私にはその未来のためのひとつの希望のように思えた。

今日はあるお寺の新聞の取材で82歳のおじいさんのお宅を訪ねた。
行く前からそのおじいさんが重い腎臓病を患っていて、週3回も透析を受けに病院に通っているというのを聞いていたので、そういう病気の人にいったいどんな質問をすればいいんだろうと少々不安な気持ちだった。
それでも行かなきゃ記事が書けない、と雨の中出かけたものの、やっぱり彼の口から出る言葉は暗いものばかり。
そりゃそうだろう、週の半分近く病院に拘束され、食べるものも味気のないものばかり。お茶なんか口を濡らす程度。少し動けば疲れてしまうからなにもできない。
透析をして生き長らえることはできてもただ生きているというだけの過酷な毎日だ。
それでも、物書きの悲しいサガで、どんな暗い話題でもそこになにかひとつの「希望」を織り込みたくなる。
つまりドラマだ。
それで、おじいさんになにか楽しみはないですか?と尋ねてしまう。
生きているだけで精一杯の人に楽しみなんかあるわけない、と心のどこかでわかっているのに、酷な質問をしてしまうのである。
すると、やっぱりおじいさんは何の楽しみもやりたいこともないという。
それでは記事にならない、と思いながらも、私はそのうち楽しくなくても未来なんかなくても生きていかなければならないのが人生かもしれない、ということに思い至る。
ではどうしてそんなにしてまで生きるのかと問われれば、生かされているうちは死ねない、と答えるだけだ。
そのおじいさんは20歳の時に子どものいない伯父さん夫婦の養子になった。
でも、20歳っていったらまだ親元にいたい頃ですよね。寂しくなかったですか?と私が聞くと、彼は「それは生まれたときから決まっていたことじゃから」と淡々と答えた。
彼は養子になる前から伯父さんのうちと自宅を行ったりきたりしていたんだそうだ。
そのうち、お兄さんがお嫁さんをもらうことになって、若い彼は早々に両親のもとを離れることになった。
始め、その時のことをなんでもないことのように話していた彼だったが、突然、その目に大粒の涙が溢れた。
60年も前の辛さ、寂しさを決して彼は忘れていなかったのである。
しわくちゃの口元を歪ませながら、その時の切実な思いを私に訴えようとする。
そのうち、彼は涙をぬぐいながら「子どものおらん親のところへ子どもをやるもんじゃない」と声を搾り出すように言った。
自分の人生を生きることが難しかった時代、そのおじいさんはそうやって自分の運命を受け入れて60年もその家で暮らしたのである。
大工だった彼はもとの古い家を建て替え立派な家にした。
今はそこに77歳の奥さんと一緒に暮らす。
それにしても、辛いのは50年以上懸命に働いて子どもを育てて、やっとのんびりできると思った矢先、大病に見舞われたことだ。
誰にとっても生きることは大変なことだが、人生というのはかくも過酷なものか、と私は彼の柔和な顔を見ながらふと思う。
そして、もう生きているだけで十分じゃないかと思う。
希望なんかなくても、楽しいことなんかなくても、だた生きていればそれだけでいいじゃないか、と。
結局、今回のコラムには「希望」とか「生き甲斐」という言葉は使わなかった。
人生にはドラマなんか必要ないときもある。
5月6日(水)晴れ時々曇り
袋小路に紛れ込んだかのように行く手をシャッターの壁に阻まれて、それを避けながらやっと外に出れば、春の宵の生暖かい風が一瞬、頬をなでて行く。
その瞬間、ふっと後ろに誰かいるような気がして振り向くが、駐車場を照らす外灯がほのかに見えるだけで、やっぱりあたりには誰もいない。
そりゃないよね、とひとり呟きながら、足早に車に乗り込む。
やっぱり・・バンパイアはそうそういやしない・・

「トワイライト〜初恋〜」
全世界で4200万部も売れたというステファニー・メイヤーのベストセラー小説が原作ということで、公開前からかなり評判になっていたこの映画。
人間の生き血を吸い続ける不死のバンパイアとどこか影のある女子高生との禁断の恋愛物語、とそれだけ聞いてもなんかそそられてしまって、不覚にも夜、車を飛ばして神辺まで出かけてしまった。
GWの最終日、それも夜一回しかやらないこの映画を見ているのは若いカップルや女の子のグループばかり。
のっけからちょいと場違いのようではあったが、この年になるとなんも怖いもんはないんである。
若い子が見る映画を見てなにが悪い!と半ば開き直りでどっぷりと椅子に腰掛ける。
・・・・・・・・・・・・・・
母親の再婚を機に父親の元で暮らすことになったベラ(キャサリン・ハードウィック)は転校先の高校で謎の美少年エドワード(どう見ても少年には見えないが)に出会い、不思議な魅力をたたえた彼に興味を持つ。
彼のほうも彼女を見たとたん、強烈なシンパシーを感じてしまうのだが、好きだけど近づいたら君の血を吸っちゃう〜!ってなもんで、エドワード(ロバート・パティンソン)は身もだえする。
でも、結局、惹かれ合う気持ちを押さえることができなくて、彼は命がけで彼女を愛そうと決心する。
このあたりから「スーパーマン」もどきのシーンが満載。
なにしろ彼は敏捷で怪力、とにかくバンパイアなんでなんでもできる。
大自然の中をビュンビュン飛び回って彼女とアツアツの時間を過ごす。
しかし・・その幸せも長くは続かずその後二人には大変な試練が待ち受けている。
それにしても、当たり前かもしれないが、バンパイアは白〜い。
四角張った顔のロバート・パティンソンはぱっと見、スマップの香取クンの十八番のマツケンを草なぎクンがやってるみたいな勢いである。
謎めいた美少年、にしてはエラが張りすぎている、と最初から突っ込みを入れたくなる私・・。
でも、相手役のキャサリン・ハードウィックはなかなか可愛い子だったし、ヒロインとして適役だったと思う。
それにしても、命懸けで彼女を守る、というセリフの割にはあんまりリアリティが伝わってこないのはどーしたもんか。
この前の「BAD LOVE」の方が臭くても切実だったぞ(韓流と比べるのもなんだが)。
最初、彼女と出会うシーンも原作ならもうちょっとドラマティックなんじゃないかと勝手に推測した。
これが世界で社会現象にまでなっている映画というのもちょいと首を傾げたくなる部分も・・。
やっぱり宣伝文句に載せられた私がお調子者ってことなんだろか。
まあ、それでも久々にこういう若い恋人たちの出てくる映画を見て、ちょいと浮かれ気分でGWの締めくくり、ということに(無理やり)しておこう。
☆3つ。
5月5日(火)曇り
ほんまもんの遊び人はGWなんかに遊ばないんよ、と貧乏人の遠吠えにも似た呟きが聞こえる今日この頃。
結局、今年のGWは近場でうろちょろして終わった。
そこで、今日は何ヶ月かぶりに出た「プリズン・ブレイク」のシーズン5を借りてきて昼間じゅう見ていた。

このシリーズもとうとうファイナルを迎えたが、シーズン2以降はおんなじようなことばっかりやっていたもんで、結局、視聴率低迷を理由に打ち切りとなったらしい。
それでも、ウェントワース・ミラーというかっこいい俳優の存在を世界中に知らしめたという点では意味があるドラマだったが、彼はいったいこのドラマの後、どういう方向に進んで行くんだろう、と思わないでもない。
シーズン4からかなり時間が経ってしまっているので、このシーズン5ももう最初のあたりはストーリーが上手く頭の中でかみ合わなくて、いったいあの人誰?どーしてここにいるの?と疑問符ばかりがわいてきた。
まあ、もうここまできたら、シーズン5はオマケみたいなもんだわさ、と思って少々わからないことがあっても、流しながら見ていたら、そのうちだんだん面白くなってきて、2話からは思わず身を乗り出して見入ってしまった。
実際、このドラマはシーズン1は最高に面白くて、ほんとはあそこでもう終わってもよかったのに、だらだらと続いてしまって、最初のテンションがどんどん下がってしまった。
なにしろ、2以降は振り出しに戻るような内容ばかりだったので、どうせなら、シーズンごとに完結すればよかったのにと今日思ったりした。
それでもまだこのドラマはいいが、「LOST」なんか混迷を極めており、もう一回前のシーズンを見ないとどうなったのか全然思い出せないくらいだ。
アメリカのドラマも面白いのだが、だいたいシーズン1で終わらないし、ちょっと人気が出ると、ずるずると引っ張っていつ終わるのかわからないところがどうも商業主義一辺倒のような気がしてくるんである。
韓国ドラマみたいに何話までと決まっていれば、最後まで力抜かずに見れるのにと思う。
5月4日(月)うす曇り
はあ〜今日は最高によかったあ〜
さすが倉敷、文化レベルが全然違うわ。
特に江戸の情緒を残す曲芸師の熟練された技はもうあまりの感動にちょっとうるっときてしまった。
はっぴ姿に地下足袋という江戸時代の職人みたいないでたちでお囃子に乗って傘の上でマスを回したり、口にくわえた棒の上に土瓶を載せたり、もうそりゃあ無形文化財に認定されてもいいくらいの離れ業である。
こんなレベルの高い曲芸見たことない。
この国で代々受け継がれてきた伝承文化のすごさを思い知らされた。
故郷の人たちにもこういう演芸を見せられたら、と今日も思った。




「倉敷物語館」〜倉敷市阿知
美観地区の新しい観光地として生まれ変わった東大橋家住宅
GW恒例のイベント「ハートランド倉敷」は今日までだったのだが、今日は出足がかなり遅かったために美観地区に到着した時はもう瀬戸の花嫁川舟流しは終わってしまっていた。
でも、今日の本命は鬼太鼓のほうなので、それさえ見られればいいんである。
そうこうするうちに「コンチキチン コンチキチン」という威勢のいい鐘の音が柳の揺れる川面の向こうから聞こえてくる。
見れば、観光客が橋のたもとから川沿い全部を埋め尽くして、今か今かと舟の登場を待っている。
私も負けてなるものか、と舟の向ってくるほうを目指して懸命に走る。
人々が列をなして並んでいる川沿いの道からぴょんと水際まで降りて、ひとりカメラを構える。
そのうち、威勢のいい太鼓の音が水の流れに乗って聞こえてくる。
鬼太鼓というのは初めて聞いたが、これもなかなか捨てがたい。
からだの芯がびんびん熱くなるのを感じた。
やっぱり和太鼓って最高じゃあ〜!!

それと今日は大正浪漫のおもてなしと題して時代扮装をしたグループやちんどんやなんかにも遭遇した。


あと、今日行列のできていた店がここ、「金賞コロッケ」だ。
私もつられて一個食べてみたが、今まで食べたコロッケとは全然違って、中身がトロトロクリーミーなのだった。

「金賞コロッケ 倉敷店」
和の次は洋ということで、夕方からは倉敷アイビースクエアで行われたジャズのライブを聴いた。
孫らしい女の子とリズムに乗ってスイングしていたおばさんがいつまでたっても座らないのが気になったが、初夏の宵の風に吹かれて聞くジャズはすごくよかった。
広場の壁一面を覆っているつたも残照を浴びていっそう若葉が目に沁みる。
屋外で聞くジャズも雰囲気たっぷりだ。
なんでもそうだが、音楽もライブに限る。
5月3日(日)曇り
今日は朝のうちは知り合いのSちゃんがやっている写真展の取材に出かけて、ばあちゃんをサクラにして写真を撮って(今日も彼女はド派手な洋服であった)、その後原稿を書く暇もなく岡山へ向う。
先に岡山に着いていた娘と合流して、岡山ドーム隣のアクションスポーツパークでやっているフリマに行って、骨董品やら古着やらを物色。

「岡山ドーム」岡山市北長瀬表町
(JR山陽本線北長瀬駅から歩いて10分)
そのあとは、ドーム前の屋台でラーメンとおにぎり、蒜山のジャージーソフトをほうばる。
しかし、岡山ドームは初めて来たが、そこは電車だと北長瀬駅からは10分くらい歩かないといけないらしい。
だいたいドームに行くためにできた駅のようなものなんだから、もう少し近くにあればいいのにと思った。
まあ、娘は少々歩くのはなんでもないみたいだが。
お腹が膨れたもんで、今度は今日2つ目の目的地、岡山VIVRE(岡山駅東口から歩いて5分)に向った。
そこは20年くらい前まではよく来ていた(化石みたいな時代だ)、ファッションビルだが、今日行ってみたらさすがにかなり趣も変わっており、エスニック雑貨の店も相当増えていた。
しかし、さすが岡山、品物の数もハンパじゃない。
これだけ豊富に洋服や雑貨があるとなんかうきうきする。
やっぱり町はええなあ、と田舎もんの私は娘と一緒になって興奮して店内を駆け回る。
特にここには福山キャスパにもある「3びきの子ねこ」もあって、毎度のことながらキッチュな雑貨の数々に目がくぎ付けになる。
午後3時になったら店の前でライブが始まったので、それも見学に行ってみた。

ラップ系のアダルトプリンとかいうグループだった(感想なし)。
岡山の帰りはまたまたキングファミリー白石店に寄って、その後総社の新しくできた雑貨屋「vanilla」(バニラ)を覗いてみたら、センスのいい雑貨がたくさんあった。
これは「FINEFINE」(総社)の有力なライバル店になるんではなかろうか。
今日のシメとなるこの店で、娘がちょっと早めの母の日のプレゼントを買ってくれたので嬉しかった。

「vanilla」(バニラ)
総社市駅前通り・郵便局の前
5月2日(土)晴れ
確かドラマ「青い鳥」の中のセリフじゃなかったかー人間は誰でもなにかしら贈り物を持ってこの世に生まれてくる、という言葉を今日レーモンドさんの歌を聞きながら思った。
彼の場合は歌手としての才能・・そして、ほかの誰かならそれが絵を描く才能だったり、また別の人なら人を笑わせる才能だったりする。
それぞれが持って生まれたひとつの役割というのを一生のうちにどれだけまっとうできるか、というのがその人の生き甲斐に通じるんじゃないか、と思う。
私は最近レーモンドさんの歌を聞くたびに、鶴が自らの羽を折って糸をつむぐみたいに、自分の命をすり減らしているように見えてしまって、なんだか切なくなる。
STINGもレーモンドさんと同じ年代だが、不思議と彼のコンサートに行ってもレーモンドさんのときのような切なさは感じない。
私はやっぱりレーモンドさんにどうしてもスーパーの片隅のビッグスターから日本のビッグスターになって欲しいんだと思う。
そのために残された時間が毎日確実に目減りしているようで、無力ないちファンながら、どうしようもないジレンマに陥るのだった。
それでも、今日もレーモンドさんは歌い続ける。
そして、私たちはただひたすら彼の歌に耳を傾ける。
歌いびとは神様にもらった贈り物を命の尽きるまで人々に与え続ける。
明日どうなるかなんか、いったい誰が知っているだろう(「ブレードランナー」のラストを思い出す私)。
もしかしたら、ウイルスにやられて人生が終わるかもしれない。
今日がすべて、今日がすべてと、彼の歌を聞きながら呪文のように自分に言い聞かせた。

レーモンドさんに握手までしてもらってフジグラン尾道(東尾道駅そば)を後にしてから、ご飯を食べに尾道駅に向い、ついでに骨董市を覗いてみた。
以前から、駅そばの倉庫でやっているのは知っていたが、今まで一度も行ったことがなかったのだ。
それで、実際行ってみると、これが宝の山というか、私の好きな雑貨がいっぱい並べてあったので、喜んであちこち見て回った。
和のリフォームなんかは値段もそうとう高い物が多いが、それでも見ているだけでも目の保養になる。
ヨーロッパのアンティークの食器なんかも出ていて、どれもほんとに可愛い。
やっぱり百聞は一見にしかず。来て見ないとわからないもんだ。
今度からたびたびお邪魔したいと思う。




「尾道大骨董市」
開催日:毎 月第1土曜と日曜日
場所:西御所町の2号上屋の北側広場
(尾道駅を出て2号線の海側を西へ歩く・駐車場の先)
それと、今日も松永のサボ(はきもの博物館内)でお茶をしたのだが(いつ行ってもまことに(男性)スタッフがよろしい)、そこに昔よく飲んでいたKORI CAFEがあったので、思わず注文した。

これはアイスコーヒーを凍らせてクラッシュしたものにミルクを注いで飲むという暑い時期、特に冷たくて美味しいアイスカフェオレだが、なかなかビンゴではお目にかからない。
大正時代の空気のそのまま残る店で木漏れ日が揺れる窓を見ながら飲むKORI CAFEはまた格別なのだった。
この前から読んでいる恩田陸の「夜のピクニック」の中に妙に納得させられるセリフがあった。
主人公の甲田貴子という高3の女の子は千人を越える学友らと夜間歩行をしながら、色んなことを考える。
彼女は、日常生活は細々としたスケジュールに区切られていて雑念が入らないようになっているものだ、と思い、それはたぶん長時間連続して思考し続ける機会を意識的に排除しているのではないか、と考える。
それはなぜかというと、そうでないと自分の人生に疑問を感じてしまい、前に進めなくなる、というのだ。
そこで、人間は様々な儀式を詰め込んでおいて、常に意識を小刻みに切り替えられるようにしておいて、無駄な思考の入り込む隙間を与えないー
私はそのくだりを読んで、そういう考え方があるのを初めて知った。
私は常々、女の人と関わるたびに、彼女たちの小刻みに区分けされた日常というものを感じてきた。
結婚してからは女性は一日のスケジュールの割りふりというものが特に重要になるようだ。
だからかどうか、女の人にとって突発的なスケジュール変更というのはなかなかできにくい、ように思える。
もちろん、ひとつの家事が滞れば、その後の色んなことが段取りよく進まないから、ペースが狂ってしまって、結局それが自分にとってのストレスになってしまう、ということはありうるだろう。
でも、もしかしたら、女たちが毎日小刻みのスケジュールをこなしているのは、人生に疑念を抱かないようにするための防衛本能なのかもしれない、と今日初めて思い至った。
確かに毎日やることを細かく決めていれば、余計な事は考えない。
それにしても、私なんかは毎日同じ時間になにかをする、なんていうことがことがないのに、ほとんどなんも考えてない。
実際、スケジュールを決めずに動いたって、たいした思考が生まれるわけでもなさそうだ。
5月1日(金)晴れ
くさ〜い!きたな〜い!いた〜い!インドのどん底人生はハンパじゃないぞ〜
人間うじゃうじゃ、ゴミもぐじゃぐじゃ、でも逞しいぞ!スラムの少年!
そんでもって、やっぱり最後は歌って踊らにゃインドじゃない。

「スラム・ドッグ・ミリオネア」
この映画を見るまで「クイズ$ミリオネア」が外国のクイズ番組の日本版だとは全然知らなかった。
しかし、インド版の「ミリオネア」の司会者はみのもんたどころじゃない、そうとう毒気があって、スラム街出身の青年に差別的な言葉を容赦なく投げつける。
何しろ、格差社会がいまだ残るインドで下層階級の人間が100万長者になるなんてことは許されないことなのだ。
それでも、青年は人生の神様に助けられて、次々に正解を選んで行く。
さて、彼は果たしてシンデレラボーイになれるんだろうか?!
この映画の監督は「トレイン・スポッティング」のダニー・ボイル。
極貧のスラム街で怒涛の人生を生き抜いてきたジャマール(デヴ・パテル)という青年を通して、強烈なリアリティとともにインドの光と影を浮き彫りにする。
そして、人間の持つ生きるエネルギーをこれでもかと見せ付ける。
なにしろ、スラム街の子どもたちの逞しさは群を抜いている。
悲惨で痛い場面も多いこの映画が暗くならなかったのは、出演している無名の子役達の演技力によるところが大きいと思う。
成長したジャマールを演じたデヴ・パテルという青年も賢くて純なイメージそのままで適役だった。
なにはともあれ、インドパワーにやられた映画だった。
たぶん、この映画がアカデミー賞8部門も獲ったのは、俺達もどん底から這い上がろうぜ、とアメリカ人たちを奮い立たせてくれたからかもしれない。
最後のダンスシーンは「座頭市」のラストを思い出した。
☆3つ半。
今日は昼過ぎに尾道の「芙美子」に行ったら、画家のTさんがパプアニューギニアの農業研修生を二人連れて店にこられたので、みんな俄かに色めき立った。
私が日本でなにが美味しかったですか?と聞いたら、「カレーライス」だという答えだったので、「カレーは日本の食べ物じゃないんですう」というとびっくりした顔をしていた。
2週間の研修でまた祖国へ帰るという褐色の若者たち。真っ白い歯がとても印象的だった。

それと、今日は朝、尾道に行く途中、以前から一度は行ってみたいと思っていた「いこうさんのお店」にお邪魔してブルームーンのノエルさんのドンゴロスバッグコーナーを覗かせていただいた。
そこは想いやり牛乳でもすごく有名なお店だが、今日買って食べたソフトクリームはその牛乳をふんだんに使った無添加のすぐれもので、食べたとたん、今まで食べたどのソフトクリームとも違うとすぐわかった。
一瞬だけ、卵の風味がふんわりと口に広がるのだが、食べているうちにからだ全身に良質のたんぱく質が蓄積されて行く感じだった。
食べた後もなんかものすごい栄養を補給した気分になった。
値段も味も納得の一品だった。

「想いやりソフト」






















































