地蔵禅院の枝垂桜と玉川の桜並木
その1 玉川の桜と橘諸兄ゆかりの山吹
〜京都府綴喜郡井手町
玉川より井手山地を望む
| 京都府の南部に、井手町という小さな町があります。この町に、「祇園の夜桜」として有名な円山公園の枝垂桜のおじさんに当たる桜があると、今年初めて知りました。その桜は地蔵禅院というお寺にあり、そのそばを流れている玉川の堤に植えられた桜並木も名所として知られているそうです。そこでさっそく、満開の週末にらんママたちと出かけてきました。 |
まずは、国道沿いの商工会館の駐車場に車を停め、玉川を散策.。
玉川には、この国道と接するあたりから上流に向けて約1.5キロの間に、
約500本の桜が植えられています。
大きなトラックがひっきりなしに走る国道24号線とは対照的に、
美しい桜がどこまでも続き、目の前に緑の山が迫る風景に心が和みます^^
お弁当を食べる場所を確保中?
おばあさんとお孫さん
みごとな枝ぶり
この日、桜はちょうど見頃を迎えていて、私たちのような観光客や
川べりでのんびり過ごそうと出てこられた地元の方でとても賑わっていました。
下流では太鼓の演奏も
川の下を走る線路
玉川は、きれいに護岸されて家族連れがのんびりできるところがあったり、
自然のままの雰囲気が残っているところがあったり、
また天井川なので川よりずっと下のほうに線路が走っているのを見ることができたり、
長い距離を歩いていても全然飽きません。
桜と山吹
こんな風に玉川の桜並木はとってもきれいですが、
実はこの桜並木よりずっと昔から人々を惹きつけてきた花があります。
それが、この日も桜とともに咲き乱れていた山吹。

お話は、万葉集の選者の一人で井手左大臣と呼ばれた橘諸兄の時代まで遡ります。
この玉川の美しさに目を留めた諸兄は、近くに館を建てて玉川の水を引き、
また玉川の堤に山吹を植えてその美しさを愛でたといわれています。
ちなみに橘諸兄さんは、私と同じ名前を天皇から与えられた恵美押勝(えみのおしかつ)の
台頭により政治の表舞台から去ってしまった(しかも押勝は実力というより男性の魅力でのし上がったという
イメージがある)ので、何となく諸兄さんに対して後ろめたい気持ちがある私でした^^;
それ以降、「井手の玉川」は山吹の名所として知られ、なんと枕詞にもなっています。
平安時代にはたくさんの歌人が歌に詠み、
江戸時代には広重の版画にも登場しているそうです。
しかし、今の玉川の山吹も、そして桜も、当時のものではありません。
昭和28年8月15日、玉川は前夜から降り続いた豪雨により決壊。
多くの人命が失われました。
その後官民一体となって堤を築き、山吹や桜が植樹され、今の姿があるということです。
桜には短歌や俳句が掛けられていました
その橘諸兄にちなみ、桜の木に短歌や俳句、川柳が掛けられていました。
力作ぞろいで、自分のお気に入りを探して歩くのも楽しかったです。
特に私たちが気に入ったのはこちらの作品たち・・・↓
一番切なかった・・・(T-T)
でもその直後にこれを見て、思わず笑ってしまいました
一番シュールだったのがこちら・・・これは、俳句??^^;
桜がみごとなうえ、こんな楽しみもあれば、飽きるはずありませんヨネ^^
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同じような写真ばかりごめんなさいね・・・思わずたくさん撮ってしまったのです
お花が近くに見えて嬉しい^^
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上流に行くと、ちょっとしっとりとした雰囲気に・・・
空が暗いのは、ニュースになるほどだった黄砂の影響です
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