■コラム 松下怜之佑『ムルデカ 17805』若者懸賞論文で佳作受賞!!
※以下は拙者(松下怜之佑)が映画『ムルデカ 17805』若者懸賞論文用に書き下ろした文章である。嬉しいことに佳作を受賞した。そこで、ここに全文を掲載する。

日本人と「ムルデカ」

 「ムルデカ」という言葉はインドネシア語で「独立」を意味する言葉だと聞く。
 かつて、大学で学友と現在の政治を批判し合っていたところ、韓国人の教授から「なぜ君たちは政府と戦わないのか?」と言われたことがある。今ある政府が間違ったことをしていると感じたのなら、私たちがデモや投票行動などによって反対の意思を表明するべきだと仰るのだ。教授から「なぜ戦わない?」と問われた時、私は戸惑いを感じずにはいられなかった。確かに私は今の政治に満足していない。しかし、「さて、一体何をしてくれるの?」と、いつも傍観者のように振る舞い、とりあえず「批判する」ポーズをとって政治に参加したつもりでいる。つまり、政治改革などは政治家が為すべきものだとして一部の人間に期待と責任を押しつけているのだ。韓国人の教授は日本人である私の政治に対する姿勢が「人任せ」だと指摘してくれたのだ。
 今日、私たち日本人は人に頼りすぎてはいないだろうか。先日、自閉症児を連れて行っても肩身の狭い思いをしないで済むような場所が欲しいという投書が新聞に載っていた。投書した人の気持ちは理解できるが、なぜ自分でそのような場所を作ろうとしないのだろうか。かつて、私は民営の学童保育所「つばさクラブ」を扱ったドキュメンタリー映画を観たことがある。「つばさクラブ」は保護者たちが発起人となって設立された学童保育所で、障害のある子も無い子も共に放課後を過ごしている。政治が何かをしてくれるのを待つだけが問題の解決方法ではないはずだ。
 映画『ムルデカ』の中で島崎中尉は、インドネシア独立はインドネシア人の手で遂げなければ意味がないとし、彼らが戦う前から島崎たちを頼ってきた時は助けなかった。本当はすぐにでも助けたかったはずだ。なぜ私がそのように思ったか。話は変わるが、私は先日、教育実習生として母校の中学校で教壇に立った。二週間という短い間だったが、生徒たちと共に学び、共に食事をとるうちに、私は彼らに強い愛着を持つようになった。そのため、つい彼らの仕事である給食の配膳を手伝ってしまった時、指導にあたって下さった先生から「必ず彼らにやらせて下さい。自分がやったほうが早いと思うでしょうが、彼らは家で何もやらせてもらっていないのです。もし、学校でも我々教師が全てのお膳立てをしてしまったら彼らは本当に何もできなくなってしまいます」と注意を受けた。
 甘やかすことが「優しさ」ではないことを祖父たちは遠いインドネシアの地でインドネシア青年たちに伝えていた。だが、日本ではどうだろう。今の日本人は簡単に誰かを頼ろうとしてはいないだろうか。祖父たちの教えを戦争と一緒に否定した結果、日本人は私も含め皆「独立心」を失ってしまったのではないか。


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