■ムルデカ 17805
2001年6月1日 AMCイクスピアリ16(現:シネマイクスピアリ)

 実話の映画化。制作に10億円をかけ、インドネシア国軍の全面協力を得た歴史大作。脚本:石松愛弘。監督:藤由紀夫。音楽:国吉良一。2001年、日本=インドネシア合作(製作:東京映像製作&ラピフィルム)。カラー・ビスタ。ドルビー・デジタル。上映時間122分。2001年5月12日より全国東宝邦画系にて公開。チェーン・マスターは日劇東宝(現:日劇2)。配給:東宝。興行収入成績:5億5000万円。
 1941年、アメリカ=イギリス=中国=オランダの包囲網により戦争へとその活路を見出すしかなかった日本は、350年に渡って植民地支配を受けていたインドネシアをオランダから解放した。解放の先陣を切った日本帝国陸軍中尉・島崎(山田純大)は、インドネシア人から異常なまでの歓迎を受け驚く。通訳の山名(六平直政)が説明するに、この地には自分たちを解放してくれる北から来る黄色い肌の英雄の伝説があるらしい。島崎ら日本軍は伝説の英雄だと信じられていたのだ。彼らインドネシア人の気持ちに心打たれた島崎は、上官である片岡大尉(榎木孝明)を通じてインドネシア人によるインドネシア独立のための人材養成をする「青年道場」と呼ばれる学校を開く許可を得る。島崎の戦友である宮田中尉(保坂尚輝)や島崎の部下である塚本軍曹(塚本耕司)、栗山上等兵(阿南健冶)、黒川上等兵(山中聡)、阿部伍長(保木本竜也)、及川一等兵(堀文明)、そして、日本とインドネシア人のハーフである通訳の川村(水橋研二)が教官として、インドネシアの若者たちに独立を勝ち取るための精神や技術を伝えていった。生徒たちの中にはインドネシアの王家出身であるアセップ(アウリア・アクサン)など、ロシアを破った日本に期待する生徒もいる一方、ヌルハディ(ムハマド・イクバル)のように厳しい訓練に耐えきれなくなって逃げだす者もいた。だが、脱走したヌルハディと共に罰を受ける島崎の姿を見て、日本人教官とインドネシア青年たちの絆は日に日に深まっていった。しかし、そんなある日、今村中将(津川雅彦)によるインドネシア軍政が寛容すぎるとの批判を携えて武藤軍務局長(夏八木勲)がインドネシアに現れる。強圧的な軍政を敷くべきだとの大本営の意向を伝える武藤も心情的には今村を気づかう立場。だが、武藤の忠告をはねつけた今村に代わってやって来た唐木中佐(石田太郎)はインドネシア国旗の掲揚を禁止する。ヌルハディたちの無念を感じる島崎は唐木中佐に反抗するが叶わず、泣く泣く「青年道場」のインドネシア国旗を下ろすのだった。そして、1945年、日本敗戦。再びインドネシアを植民地化せんと連合国側のオランダがやって来た。ヌルハディたちはインドネシア軍としてオランダに抵抗するが、武器で勝るオランダ軍に苦戦を強いられる。敗軍の将として手助けすることを禁じられていた島崎たちだったが、連合国軍がインドネシア軍討伐に旧日本軍を利用するに至って、武器をヌルハディたちに渡す。ゲリラに協力したとしてオランダ軍に連行され拷問を受ける島崎。そんな島崎をヌルハディたちは助け出すが、その際、島崎をかばってパルト(ファジャール・ウンバラ)が戦死する。パルトの妹であるアユ(アユ・マハラニ)の涙を見て、インドネシア独立のために命をかけようと誓った島崎は、母・房代(藤村志保)に別れの手紙を出した。一方、島崎の行方を知るためにオランダ軍に目をつけられたのが宮田中尉。連日続いた拷問の末、銃殺刑に処された宮田の死は「もうすぐ帰る」という宮田の手紙が届いた数日後、日本で帰りを待つ妻・早苗(藤谷美紀)と娘・文子(松原智恵子)の元に伝えられた。やがて、島崎の下にかつての部下たちも集結し、約2000人の日本人がインドネシア独立のために命を投げ出していく。インドネシア人の看護婦アリヤティ(ローラ・アマリア)は、皆の先頭に立って戦う島崎に淡い想いを寄せるようになるが……。
 「実話モノにハズレなし」の格言通りの作品。いや、この作品は大アタリである!!先日、同じ様に戦争中の実話を元にして作られた映画『スターリングラード』を鑑賞した。しかし、ソ連とドイツの攻防を描いた物語なのに、ロシア人の役にイギリス人を起用したり、全員が英語を話していたりと、物語以前の問題が多く、心から楽しむことが出来なかった。第一、アメリカ資本がフランス人の監督を使って撮っても良い内容だろうか?これが許されるのなら、アメリカ資本がアメリカの監督と俳優を使って「関ヶ原の戦い」を映画化しても良いことになる。徳川家康をアンソニー・ホプキンスが演じ、「Attack!」の掛け声とともに金髪の武者たちが草原で激突する……。日本人が観たらギャグ映画だと思うだろう。その点、『ムルデカ 17805』ではインドネシア人の役は、ちゃんとインドネシア人が演じているし、日本語、英語、インドネシア語をきちんと使い分けている(余談だが、宮田中尉役の保坂尚輝さんのインドネシア語は日本人の私が聞いても美しいと思うほど達者だった)。現地人の役には現地人を起用し彼らが使用する言語を使用する。日本人である私たちには当たり前の様なことだが、ハリウッド映画では、その様な他国の文化に対する配慮が欠けていることが多いのが残念だ。
 さて、「ムルデカ」という言葉はインドネシア語で「独立」を意味する言葉だと聞く。かつて、大学で現在の政治について学友と批判していたところ、韓国人の教授から、こんなことを言われたことがある。「君たちはなぜ政府と戦わないのか?」と。現在の政府が間違ったことをしていると感じたなら、働いていて忙しい社会人の代わりにヒマな学生である君たちがデモなどで反対の意思を表明するべきだと仰るのだ。私は教授が学生運動を通して民主化を手に入れた韓国人であることを、この時、まざまざと感じた。そして、教授から「なぜ政府と戦わないのか?」と問われ、戸惑いを覚えた。確かに私は今の政治に満足してはいない。だが、政治改革は政治家が為すべきものだとして一部の人間に期待と責任を押しつけている。韓国人の教授は日本人である私の矛盾を的確に指摘したのだ。現在、私たち日本人は、あまりにも安易に人に頼りすぎてはいないだろうか?映画の中で島崎中尉はインドネシア独立はインドネシア人自身の手で遂げなければ意味がないとし、彼らが戦う前から頼ってきた時は助けなかった。本当はすぐにでも助けたかったはずだ。なぜ、私がそう思ったか。話は変わるが、私は先日、教育実習生として母校の中学校で教壇に立った。2週間という短い間だったが、私は生徒たちが好きでたまらなくなった。そのため、つい彼らの仕事である給食の配膳を手伝った時、指導にあたって下さった先生から注意を受けた。「必ず彼らにやらせてください。自分がやったほうが早いと思ってイライラするでしょうが、彼らは家で何もやらせてもらっていないのです。もし、学校でも我々教師が全てのお膳立てをしてしまったら彼らは本当に何もできなくなってしまいます」と。子供たちは気安く大人たちに頼ってくる。私たち大人が子供可愛さから彼らが気軽に頼ってくることを許せば、子供たちは「堕落」してしまうのではないだろうか。甘やかすことが「優しさ」ではないことを、祖父たちは遠いインドネシアの地でインドネシアの青年たちに伝えていた。しかし、日本ではどうだろう?現在の日本人は簡単に誰かを頼り、その人が期待に応えられないからといって自分のことを棚に上げて批判をしてはいないだろうか。祖父たちの教えをないがしろにした結果、日本人は私も含め「独立心」を失っているように思える。
 「ムルデカ」という言葉は、他にも「万歳」や「乾杯」という意味でも使われるらしい。もし、またインドネシアの方と共に酒を酌み交わす機会があったら、自分から杯を上げて「ムルデカ!」と言いたい。なぜなら、私の目の前にいる人は、かつて私の祖父たちと共にインドネシア独立を勝ち取るために戦った「戦友」たちの子孫なのだから。

●おすすめ対象
 日本人なら一食抜いてでも観るべし!!

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●一言で言えば……
 日本版『アラビアのロレンス』!!


コラム 松下怜之佑『ムルデカ 17805』若者懸賞論文で佳作受賞!!
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