臺興
3世紀の邪馬台国の女王。
生没年不詳。
卑弥呼の宗女で、わずか13歳で王となる。
卑弥呼の死後、邪馬台国では男王が立てられたが、国中が服しないで、
戦乱があり、台与が立てられてから国が安定したという。
臺興は、魏使の張政らの告喩を受け、張政らの帰国にさいして使者を魏へ派遣した。
使者たちは魏の都洛陽の中央官庁に行って男女生口30人などを献上した。
「晋書」武帝紀、「日本書紀」神功皇后66年所引の「晋起居注」によると、
臺興は、白珠5000孔、青勾珠2枚を貢上しに266年にも魏に使者を派遣した。
それ以降どうなったか記述されていない。
余談であるが、臺興は「とよ」と読み、壱与・台与と書いても同じである。
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