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今回は、ロシアにおけることわざ及び成句を皆さんにご紹介しながら、ロシア人の習慣や考え方について述べていきたいと思います。
−ロシアにおけることわざ及び成句とは−
ことわざ及び成句は、昔からそれらを創った人々、民衆によって愛されてきた。そして、ロシア人たちは的確、賢明で比喩的な格言に対し、常に敬意を持って接してきた。また、ことわざや成句を用いて鮮やかに自分たちの慣習や風習を描写し、巧みに敵を嘲笑し、図々しさや嘘、背信、偽善的態度、渇望、買収されやすい体質等、そのような否定的なロシア人の特徴を非難している。:“Пословица не даром молвится. (ことわざは無益に語られない。)”
成句は誰でも知っている生き生きとした表現であり、ことわざとは違って完成した意見によって構成されている。一方、ことわざは簡潔な完成した格言であり、訓戒的意義がこもっている。:“Поговорка - цветочек пословица - ягодка.
(成句は花であり、ことわざはリンゴである。)”
−ことわざ及び成句の変遷−
ことわざと成句はかなり前の時代から存在し、長く続く普遍性の点で抜きん出ている。:“Старая пословица век не сломится. (古いことわざはいつまでも壊れない。)” しかし、ことわざや成句の構成は実際のところあまり知られていない。ことわざの大部分は前世紀には既に存在し、使用されていたと言うことは既知の事実である。しかし、その時々の時代の影響下でことわざは絶え間なく変化を続けており、例を挙げると、ソビエト時代は大祖国戦争(第二次世界大戦)時、“Один в поле не воин. (戦場では一人では戦えない。=何事も一人では出来ない。)” ということわざが、 “И один в поле воин, если это советский воин. (戦場では一人でも戦える、もしそれがソビエトの兵士なら。)” に作り直された。成句も時代と共に作り変えられ、特に今日では、マスメディアのおかげで非常に早く広がり、人々に受け入れられていく。例えば 、“Что у умного на уме, то у дурака - на языке. (賢い人は頭に留めておき、愚かな者は口に出す。)” という成句は “Что у трезвого на уме, то у пьяного на языке. (しらふの人は頭に留めておき、酔っ払いは口に出す。)” という成句に早変わりした。
−ロシア人にとっての愛と友情−
ロシア人にとって愛や友情は重要な関心事である。:“Любовь - труд души. (愛は心の労作である。)”、“Любовь не картошка - не выкинешь в окошко. (愛はジャガイモではない - 窓に放り出してはいけない。=1度人を愛したら愛想を尽かしてはいけない、愛情は知性や頭脳では管理できない。)”。今日広く知られている成句では、“Любовь зла - полюбишь и козла. (愛は悪である - 雄ヤギを愛すようなものだ。=愛は感情に支配されてしまう。※雄ヤギ=ロシアでは批判的な言葉に使う) ”というのがある。“Милые бранятся - только тешатся. (好いた者同士は口喧嘩も楽しみのうち。= 夫婦喧嘩は犬も食わぬ。)” というのはすなわち、もし男性と女性がお互いを愛し合っているのなら、喧嘩は気晴らしのようなものであるということである。男性と女性のお互いの見解や考えが、不可分一体と見なして受け入れる物事に対する関係と似ていることが頻繁にある。:“Муж и жена - одна сатана. (夫婦は一心同体。)” 。また、付き合っている者同士がお互いの意見や習慣を自分のものにする時、“С кем поведёшься, от того и наберешься. (その人から学んだことをその人とする。)”と言う。
友情においては当然ながら、信頼や困難な時に助け合う心構えという性質が敬われる。:“Друг не испытанный, что орех не расколотый. (当てにならない友人は割れていない胡桃と同じ。)”、“Не имей сто рублей, а имей сто друзей. (100ルーブル持つなら、100人の友人を持て。)”
友情は時々確認される。そのため、“Старый друг лучше новых двух. (1人の旧友は2人の新しい友に勝る。)”や“Добрый друг лучше ста родственников. (優しい友は100人の親戚に勝る。)”ということわざが存在し、親戚の人々の間に誠意や思いやり、機転がなければ、“Родни много, а пообедать не у кого. (親戚はたくさんいるが、誰のところでもお昼は取れない。)”と言われる。
“Яблочко от яблони не далеко падает. (リンゴはリンゴの木の下に落ちる。=瓜のつるに茄子はならぬ。蛙の子は蛙。)” ということわざは、子供たちが自らの親に対して否定的な性質を強調するときによく使われる。もし、人が厳しい行動規範の集団の中にいる時は、その人はその規範に従わなければならず、さもなければその集団に留まることは出来なくなる。“С волками
жить по-волчьи выть. (狼と暮らすなら狼のように吠える事。=郷に入っては郷に従え。)”
−ことわざ及び成句にみるロシア人の慣習・考え方−
ロシアでは、祝日のパーティーやバンケットに呼ばれてもいないのにお客として訪問するのは失礼とされている。:“Незваный гость хуже татарина. (招かざる客はタタール人(侵略者)より悪い。=押しかけ客は始末が悪い。)” もし、あなたがパーティーへ行こうとするなら、手ぶらではない方が望ましい。招待者にとって高価なプレゼントが嬉しいのはもちろんのことだが、友人間や親しい人々の間では値段の高い、安いはそれほど意味を持たない。重要なのは真心のこもった贈り物をすることである。:“Мне не дорог твой подарок, дорога твоя любовь. (贈り物は高価でなくてもその気持ちが尊い。”、“Дарёному коню в зубы не смотрят. (ただで貰った馬なら歯を調べたりしない。=ただで貰ったものにけちをつけるな。” すなわち、プレゼントの値踏みはしてはならないということである。また、貰ったプレゼントを他の人へあげたり、送り主に返してはならない。:“Дарёного назад не берут. (戻って来た贈り物は受け取られない。)”
ロシアでは、判断力、察しの良さ、機転がきく等の人間性は高く評価される。そのため、愚かさを嘲笑することわざや成句が数多く作り出された。:“Дурака учить, что мёртвого лечить. (馬鹿に教えるのは死人を治療するようものだ。=馬鹿は死ななきゃ治らない。)”、“Дурная голова ногам покоя не даёт. (馬鹿な頭だと脚に平穏を与えない。)”、“Заставь дурака богу молиться, он и лоб расшибёт. (馬鹿に神を崇拝させろ、そうすれば彼は額を割るだろう。=馬鹿は簡単なことをすることでさえ問題となる。)” そして、次のことわざによって愚者を警戒している。:“Козла бойся спереди, коня сзади, а дурака со всех сторон. (雄ヤギは前から近づくな、馬は後ろから近づくな、馬鹿はどこからも近づくな。=馬鹿は何をするにも周りを巻き込む。)” もし、女性が馬鹿なことをしている場合、彼女に対してこのように言われる:“Волос долог, ум короток. (髪は長いのに知性は短い。)”
ロシアでは、長い沈黙は失礼とされている。:“Молчаньем прав не будешь. (沈黙で正しいとは思われない。)”、“Замолчал, как в рот воды набрал. (口に水を含んだように黙った。)” 人々は話が途切れぬようにしなければならず、自分の意見を述べなければならない。なぜならば、沈黙は周囲に敵意を感じさせるからである。オープンな関係や“открытая душа(気さくさ、率直さ)”、誠意ある会話はロシア人に好まれる。しかし、口が軽いことは嘲笑されてしまう。:“Язык без костей. (口にしまりがない) :
что хочет, то и лопочет. (欲しいものをすぐ口に出すのは、口にしまりがない証拠だ。)” そして、成句はおしゃべりな人やゴシップ屋を嘲笑している。:“Свинья скажет борову, а боров всему городу. (豚は去勢豚(ブタ野郎)に言い、ブタ野郎は町全体に言う。)”、“Петух скажет курице, а она всей улице. (雄鶏は雌鳥に言い、雌鳥は通り全体に言う。)”。よく知られている成句としては、:“Болтун - находка для шпиона. (おしゃべりはスパイにとって発見である。)”や“Молчи за умного сойдёшь. (黙っていれば利口として通用する。)”等があり、そういう意味では何人かのゴシップ屋は有効であったかもしれない。しかし、重要なのは話の中身である。:“В умной беседе ума набраться, а в глупой свой растерять. (賢い会話は知識を貯める、愚かな会話は知識をなくす。)” また、多くを語るが無責任で約束を果たさない人に対しては、ぐうたらな人や無駄口をたたく人といった態度で接せられてきた。“Не спеши языком, торопись делом. (事に敏にして言に慎む。)”
仕事に関係したことわざや成句も多数ある。:“Сделал дело - гуляй смело. (仕事をして思いっきり遊べ。)”、“Делу время - потехе час. (仕事にも遊びにもそれぞれ時がある。=よく遊び、よく働け。)”、“Умей работать, умей и веселиться. (よく働き、よく遊べ。)”等がそうであり、その上、仕事の内容に良い質を持たなければならず、“Семь раз отмерь, один отрежь. (裁断する前に7回測れ。=念には念を入れろ。)”と言われている。“Без труда не вытянешь и рыбку из пруда. (懐手では何も出来ぬ。)”という成句は、すなわち、結果を得るためには精力を傾け、気を落としてはならず、もしすぐに好結果を得られない場合は、“Первый блин комом. (ブリン
[=ロシア風クレープ:薄く溶かした小麦粉を円形に薄焼きしたもの]
も最初の一枚は失敗する。=はじめの失敗はつきもの。)”とも言われる。
ロシア人の性格の特徴についてのことわざは、“Русский повалится - и то на врага упадёт. (ロシア人が倒れると、敵の上に落ちる。)”、“Что русскому хорошо, то немцу смерть. (ロシア人にとって良いことは、ドイツ人にとっては死である。)”等がある。
−ロシア人の死生観−
ことわざと成句は、ロシア人の死生観も反映されている。:“Двум смертям не бывать, а одной не миновать.
(2度死ぬことはありえないが、1度の死は避けられない。)”、“Смерть не спросит, придёт да скосит. (死は頼んでなくても来て刈り取っていく。)”、“Страхов много, а смерть одна. (恐怖はたくさんあるが、死は1度だ。)”等である。ことわざや成句は、スローガン的意味合いで使うこともでき、例えば、“Хочешь жить - бейся насмерть. (生きたくば必死の戦いをせよ。)”というのがそれである。
その他に以下のようなことわざもある。:
“Слово - серебро, а молчанье - золото.
(雄弁は銀なりー沈黙は金なり。)”
“Не плюй в колодец, пригодится воды напиться.
(井戸につばを吐くな、今に役に立つこともある。
=いたずらに敵を作るな、いつかは助けてもらうこともある。)”
“Не рой другому яму - сам в неё упадёшь.
(人を呪わば穴二つ。)”
“Что посеешь, то и пожнёшь.
(蒔いたものは収穫できる。
=まかぬ種は生えぬ、蒔いたからには刈らねばならぬ。
自業自得。)”
“Будешь потом локти кусать, да поздно будет.
(次に肘を噛もうとしてもそれは遅い。
=簡単に実現できそうでできない、後悔先に立たず。)”
“Лучше горькая правда, чем сладкая ложь.
(甘い嘘より辛い真実のほうが良い。)”
“У кого что болит, тот о том и говорит.
(痛いところのある人はそれを口に出すものだ。
=気になっていることはつい口に出る。)”
“В решете воду носит (означает бесполезное занятие).
(ざるに水を注ぐ。=全く無益なことをする。)”
“С паршивой овцы хоть шерсти клок.
(たった1匹の疥癬の羊が群全部をだめにする。
=たった1人のならず者が集団全体の評判を落とす。)”
“Век долог, да час дорог. (Нельзя тратить время впустую)
(一生は尊く時間も尊い。)”
“Цыплят по осени считают.
(雛は秋に数えるもの。=取らぬ狸の皮算用。)”
“На вкус и на цвет товарища нет (у всех вкусы разные).
(味や色の好みに仲間はいない。=十人十色。)”
“Мал золотник, да дорог.
(山椒は小粒でもぴりりと辛い。)”
“Одна голова хорошо, а две лучше.
(一人の知恵より二人の知恵。=3人よらば文殊の知恵。)”
“Свет не без добрых людей.
(善良な人がいる場所には光がある。)”
“Тайное всегда становиться явным.
(秘密はいつでも公然となる。)”
“Чужая душа потёмки.
(他人の心は闇。=知りがたし。)”
“Не по дням, а по часам (т.е. очень быстро).
(急速に。=一朝一夕)”
“На бога надейся, а сам
не плошай.
(神に頼るのも良いが、まずは自分がしっかりしなさい。
=天は自ら助くる者を助く。)”
“Здоровье не купишь.
(健康はお金では買えない)” |