野間大坊
承暦年間(1077〜1081)に白河天皇の勅願寺として、大御堂と称せられました。後に源頼朝が亡父義朝の菩提を弔うために建久元年(1190)に開運延命地蔵と不動明王、毘沙門天を奉安し七堂伽藍を造営しました。
「我に小太刀の一本でもあれば討たれはせん」と家臣の謀反により殺された義朝の墓には、その霊を弔い今も木太刀が葬られています。
その他境内には平治の乱で敗れた頼朝が処刑されそうになったとき清盛に助命を嘆願した池禅尼や豊臣秀吉に敗れて当寺で自害した織田信孝の墓、鎌倉幕府五代将軍藤原頼嗣が寄進した梵鐘などがあります。
所在地:知多郡美浜町野間東畠50 交通:名鉄野間駅から徒歩10分