椎の木屋敷
1541年、刈谷城主水野忠政の娘「於大の方」は、14才で岡崎城主松平宗家8代広忠に嫁ぎ、1542年竹千代(徳川家康)を産みました。1543年父忠政が亡くなると、水野家 は於大の兄信元が継ぎました。1544年信元は今川から織田方へ与したことで、於大は広忠と離縁することになります。刈谷へ帰った於大の方は、形原松平氏から離縁された姉於上と共に、 1547年坂部城主久松信俊と再婚するまで、刈谷城と谷を隔てた東の丘「椎木屋敷」に住んでいました。
所在地:刈谷市銀座6丁目