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1985年上期のいすゞP-LV314L(B885 小田原 元ま170)です。富士5Eボディを架装したLV314系で1995年3月に神奈中を廃車後、同年7月に小田原へ移籍して来ました。当初は箱根の山運用にも入っていましたが晩年は小田原の市内線運用で見られ2001年2月まで活躍しました。撮影 相州屋様 |
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1993年式?の三菱U-MS729SエアロクィーンMです。仕様はエアロスーパー47とのことでトイレ付です。撮影 まるお様 |
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81年下期のいすゞK-CJM500(B701 沼津 元ま77)です。富士3Eボディを架装したCJMで写真の車は88年に沼津営業所へやって来ました。撮影 相州屋様 |
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83年上期のいすゞK-CJM500(B753 小田原→湯河原 元ま→ち59)です。こちらは富士5EボディのCJMで90年に登山バスに移籍し、94年に湯河原営業所へ転属しています。99年まで活躍しました。 神奈中時代、新製当初は町田にいましたが、85年に茅ヶ崎へ転属した車です。撮影 相州屋様 |
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75年式の北村ボディいすゞBU10D(B561 沼津)です。中ドアは使用せず固定され、室内は座席が設置されています。撮影 相州屋様 |
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いすゞBU10D(B547、B548、B578)です。いずれも76年式で、B547は富士3E型ボディで仙石に所属、こどもの村表示が懐かしいです。B548も富士ボディで小田原、B578は川重ボディで小田原に所属、左に写るRC300Pも懐かしいです。撮影 藤島優哉様 |
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77年式の北村ボディいすゞBU10D(B580 小田原)です。前扉のガラス面積が変わりました。冷房改造工事を受けています。撮影 相州屋様 |
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77年式の北村ボディいすゞBU10D(B581 小田原)です。冷房改造車です。撮影 相州屋様 |
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77年式の北村ボディいすゞBU10D(B582 足柄)です。非冷房でまた前扉の窓形状に違いが見られ、フロントにも赤いラインが1本塗られています。撮影 相州屋様 |
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1977年式で85年転入の北村ボディいすゞBU10D(B602 湯河原→小田原)です。B581と仕様は同じですが冷房改造を受けていない非冷房車です。撮影 相州屋様 |
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77年式の北村ボディいすゞBU10D(B606 足柄)です。B582と同仕様ですが、こちらは冷房改造車です。95年6月に廃車となっています。撮影 相州屋様 |
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旧塗装で74年式のBU10D(B529 小田原)です。ブルーのラインが懐かしいです。左はREです。撮影 相州屋様 |
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75年式のBU10D(B541 小田原)です。74-76年式の現行塗装車は、中扉を埋め込んでおり、ドアステップも埋め込んで座席が設置されていました(3Eと北村も)。撮影 相州屋様 |
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75年式のBU10D(B576 小田原)です。前ドアのガラス面積が広くなりましたが、B541と違いリアにルーバーが付いています。撮影 相州屋様 |
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85年転入の川重ボディのBU10D(B599 小田原)です。冷房改造車で、運賃幕が左上にあるのは1978年下期までの仕様です。撮影 it様 |
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77年式のBU10D(B601 小田原)です。冷房化改造が施されており、車体中央に2個のルーバーが増設されています。中ドア上にも足下を照らすライトが付いています。撮影 相州屋様 |
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こちらは74年式で富士3EボディのBU10D(B560 小田原)です。撮影 相州屋様 |
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76年式のBU10D(B548 小田原)です。この代からは窓配置に変更が見られます。BU10Dだけでもこれだけの細かい仕様があったとはとても興味深いです。撮影 相州屋様 |
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83年上期のいすゞK-CJM500(B754 小田原→足柄→沼津 元ち72)です。ボディは富士5E型で、このバスは98年12月に廃車なっています。撮影 ユーロえぼし様 |
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83年上期のいすゞK-CJM500(B756 小田原→足柄 元つ61)です。99年3月に廃車となりました。表字幕は懐かしい「みくるべ」表示です。撮影 相州屋様 |
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83年下期のいすゞK-CJM550(B795 小田原)です。中ドアの窓ガラスが大きい最終増備のCJMです。2000年3月に全廃となりました。撮影 it様 |
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84年上期のP-LV314L(B796 元つ31)です。運賃幕の箱は撤去され、その跡はちゃんと埋められています。側面幕の枠が大きいのはこの84年上期の特徴でした。撮影 ともやっち様 |
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84年上期のいすゞP-LV314L(B800 元ま60)です。91年に転入してきた川重製キュービックボディです。足柄営業所に配置され活躍しましたが01年6月に引退となりました。撮影 横浜の恥じっ子様 |
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84年上期のいすゞP-LV314L(B801 足柄 元ま66)です。箱根登山に残った最後の元神奈中車でしたが02年3月に全廃となりました。撮影 it様 |
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85年上期のP-LV314L(B886 小田原 元ま171)です。このタイプは2001年2月に全廃しています。撮影 it様 |
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74年式の帝国ボディRE140(B537 湯河原)です。フロントガラスは4枚で、サイドウィンドーはバス窓仕様です。撮影 相州屋様 |
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帝国ボディのRE140(B533 足柄)です。同じく74年式でサイドウィンドーは2段サッシですが、フロントガラスは4枚仕様です。撮影 相州屋様 |
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こちらは湯河原の帝国ボディRE140(B536 湯河原)です。74年式で、リアではブレーキランプの形状に違いが見られ改造された様です。ルーバーにあるバックランプの周りもしっかり塗装されているのがいいです。撮影 相州屋様 |



| 00年2月に全廃となった三菱K-MP118Mです。一番上は80年式のB697です。初期型はクーラーユニットが大型タイプの物が載せられていました。 中段は82年式で、転入に際し中扉が埋められたタイプです。下段は83年式で運賃幕が埋められたタイプです。MP118は88年に初めて転入したのが最初で、幾つかのタイプが12年近くに渡り活躍しました。撮影 相州屋様 |
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83年上期の三菱K-MP118M(元さ**→や89)です。登山バスでは最後まで残ったブルドックで2000年2月に全廃されています。撮影 R.あっきい様 |
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2000年12月に全廃となったエアロスターKな三菱P-MP218M(B887 元あ166)です。投入は1985年上期で、フロントの表示幕が小さいタイプでした。車内の床は板張りで変速機はフィンガーシフトコントロールシフトです。運賃幕やドア脇の表示幕なども埋められています。箱根には96年にやって来ました。 この方向幕の小さいMP218は、84年下期と85年上期に導入されました。撮影 it様 |
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85年上期の三菱P-MP218Mで廃車直後の姿です。元厚木・相模原車が4台在籍し、00年末までに全廃となりました。撮影 相州屋様 |
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69年式の日デ4R94(179 藤沢)です。フロントの傾斜が特徴の富士R12ボディを架装した4R系です。78年の転入で80年頃まで4R95もやって来ていました。撮影 さわらび様 |

| 三菱MR410(249、229、231 鎌倉)です。85年ごろの撮影で、229、231は72年式と推測されます。江ノ電ではあまり長くは活躍していなかったのですが元神奈中車も走っていました。どちらも81年頃の転入です。撮影 富山の平島様 |
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1990年式の三菱P-MS729S改(元ま603)です。神奈中ハイヤーで活躍していた三菱自工ボディのエアロクィーンMで、01年3月から三菱重工相模原で活躍しています。撮影 綾瀬師匠様 |
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1981年式のいすゞK-CJM470改(元ま308)で、元町田の特定車だった車です。戸塚自動車学校の教習車として活躍していて、富士3E型ボディを架装し、塗装以外は神奈中時代と変化はないようです。撮影 t様 |
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1993年上期の三菱U-MP218M(元あ96)です。戸塚自動車学校の教習車として活躍している車で、2005年10月に神奈中を廃車になって間もなくして引き取られました。塗装が変わった以外に変化も殆どなく元の状態がよく残っています。指導教官用に、運転席横へ優先席座席が移設されています。撮影 t様 |