日本酒は,米を発酵させて作るアルコール飲料。清酒とも呼ばれ,酒税法上ではこの呼び名が使われる。一般には単に「酒」(狭義)とも呼ばれ,英語などでは,単に"Sake"と呼ばれる。
日本酒はビールや葡萄酒とおなじく醸造酒に分類され,原料を発酵させてアルコールを得る。しかし,日本酒やビールは葡萄酒と違い,原料に糖分を含まないため,「糖化」という過程が必要である。
ビールの場合は,完全に麦汁を糖化させた後に発酵させるが,日本酒はそれら「糖化」と「発酵」を並行して行う工程があることが大きな特徴である。並行複発酵と呼ばれるこの日本酒独特の醸造方法が,他の醸造酒に比べて高いアルコール度数を得ることができる要因になっている。日本酒は,次の過程を経て醸造される。
精米
玄米から糠・胚芽を取り除き,あわせて胚乳を削る。削られた割合は精米歩合により表される。
米に含まれる蛋白質・脂肪は粒の外側でより多く含まれる。醸造の過程において,蛋白質・脂肪は雑味の原因となるため,米が砕けないよう慎重に削り落とされ,それにより洗練された味を引き出すことができる。その反面,精米歩合が高くなればなるほど米の品種の個性が生かしにくくなり,発酵を促すミネラル分やビタミン類も失われるので,後の工程での高度な技術が要求されることになる。
枯らし
からし。精米後の白米,分け後の酒母,出麹後の麹を次の工程で使用されるまで放置すること。
洗米・浸漬・蒸し
精米された米は,精米過程で表面に付いた糠・米くずを洗米で徹底的に除去される。その後,蒸しあがった際にムラができないように,浸漬(水に漬ける)され米に十分水分が行き渡ったところで,蒸されることとなる。
蒸しあがった米は,外側がパサパサとしていて,内側が柔らかいのがよいとされている。外側が融けていると,コウジカビの定着の前に腐敗が始まる恐れがあり,内側に芯が残っていると,米で一番良質のデンプン質を含んだ部分が,糖化・発酵しない可能性があるからである。
麹造り
精米した米を麹(コウジカビ)の働きで糖化させる。穀物である米は,主成分が多糖類であるデンプン質であり,そのままでは酵母がエネルギー源として利用できないために,麹の働きにより分子量が少ない糖へ分解する。
「一,麹。二,酛。三,造。」といわれ,酒造りの出発点として重要視される。
酒母造り
酵母を増やす行程であり,乳酸菌の力を借りて乳酸を造る生?(きもと)系と,乳酸を予め加える速醸系の2つに大きく分かれる。現在造られている日本酒のほとんどは速醸系である。「山廃(やまはい)」とはこの行程の一つであり,生?(きもと)系に属する。「山卸(やまおろし)廃止もと」が正式な名称である。「山卸」とは,蒸した米,麹,水を混ぜ粥状になるまですりつぶす行程である。この作業は重労働であるため,省略したのが「山廃」である。
行程の流れは以下の通り。
(生もと系)…約1か月
米,麹,水を混ぜる→山卸(山廃では省略)→温度管理→酵母添加→温度管理→酒母完成
(速醸系)…約2週間
米,麹,水,乳酸を混ぜる→酵母添加→温度管理→酒母完成
醪(もろみ)造り
酵母のはたらきで醪(もろみ)がアルコールを生成する。これと同時に麹によってデンプンが糖に変わる(並行複醗酵)。最初に仕込む際,3回に分けて米,麹を加える。
1回目を初添(はつぞえ 略称「添」),2回目を仲添(なかぞえ 略称「仲」),3回目を留添(とめぞえ 略称「留」)という。20〜30日かけて醗酵させる。
この過程で,吟醸と通常の造りを分ける大きな要素が2つある。
精米歩合
温度管理
精米歩合は米に含まれる蛋白質を取り除くために行われるが,生物の構成においてそれが重要になる以上,酵母が生きていくには精米歩合が低い麹米・掛米から造られた醪は決して,それが生きていくにはよい条件とは言えない。そのため,その環境で酵母が生存するために,それら自身がアミノ酸,クエン酸,リンゴ酸などの有機酸を生成する。これらの中で,揮発性のものが独特の吟醸香を構成する。
温度管理は,通常の造りよりも低い温度を保つために行われる。蛋白質を主構成物質としている生物は,その大半は蛋白質の凝固温度の手前の35℃前後がその活動温度といえる。 また,酵母自身がブドウ糖からエネルギーを得る際とそれ自身快適な環境を構築するために,熱を放出する。しかし,その熱は醪の中の化学成分,特に有機酸に影響を与えて, 反応を起こしてしまい,雑味となる成分を生成する一因となる。そのために,日本酒造りは冬の時期に行われることになったが,それでも通常の造りは15℃前後に熱を抑えるのに対し,吟醸造りの場合は,10℃前後を目安とされる。
上漕・火入れ・熟成
醸造した酒を加熱して腐敗を防ぐ火入れの技法が江戸時代から行われており,パスツールが発見した加熱殺菌法に先立って行われていたことになる。
清酒の分類は,国税庁の告示である清酒の製法品質表示基準によるものと,酒造メーカーや業界団体が独自に定めるものとがある。前者においては,特定名称酒といくつかの任意記載事項が定められている。後者においては,付加価値を高めるため前者において定義されていない多様な分類が見られるが,同様の分類でも異なる用語が用いられることがあり(中取り/中汲み 等),統一がとられていない。
普通酒
普通酒は,一般に流通している日本酒の大部分を指し,特定名称酒以外の清酒です。白米,米麹で作ったもろみに醸造アルコールと水,糖類,調味料を加えて作った酒。いわゆる三倍増醸酒(三増酒)。日清戦争で戦場の兵士に送るため,酒を国策として増産させたことに始まり,第二次世界大戦の米不足にかけて製法が確立され,戦後50年近くに渡って主流を占めていた。
特定名称酒
三等米以上の白米を用い,白米の重量に対する米こうじの使用割合が15%以上の清酒。原料や精米歩合により本醸造酒・純米酒・吟醸酒に分類される。
本醸造酒
精米歩合70%以下の白米,米こうじ,水で作った酒を,醸造アルコールと水で割った清酒で,香味及び色沢が良好なもの。使用する白米1トンにつき120リットル以下のアルコールを添加してよいことになっており,そのままではアルコール度数が高いので水で割ってある。すっきりした味わいとなる。
白米,米こうじ及び水だけを原料として製造した清酒で,香味及び色沢が良好なもの。ただし,米こうじの総重量が白米の総重量にたいして15%以上なければならない。一般に吟醸酒や本醸造に比ベてコクがあり,蔵ごとの個性が強いといわれる。
純米吟醸酒・吟醸酒
精米歩合60%以下の白米,米こうじ及び水を原料とし,吟味して製造した清酒で,固有の香味及び色沢が良好なもの。低温で長時間かけて発酵させて造る。最後に吟醸香を引き出すために醸造アルコールを添加する。華やかな香りが特徴。
吟醸酒のうち,精米歩合60%以下の白米,米こうじ及び水のみを原料とするものを特に純米吟醸酒と言う。一般に,他の吟醸酒に比べて穏やかな香りである。
吟醸酒自体が一般に流通するようになったのは1980年代以降であり,まず1930年代の精米技術と1970年代の温度管理技術の進歩により大量といえなくても,一般市場に出回るだけの生産量を確保できるようになった。
精米歩合50%以下の白米,米こうじ及び水を原料とし,吟味して製造した清酒で,吟醸酒よりさらに徹底して低温長期発酵する。固有の香味及び色沢が特に良好なもの。最後に吟醸香を引き出すために醸造アルコールを添加する。フルーティで華やかな香りと,淡くサラリとした味わいが特徴。
大吟醸酒のうち,精米歩合50%以下の白米,米こうじ及び水のみを原料とするものを純米大吟醸酒と言う。一般に,他の大吟醸酒に比べて,穏やかな香りで味わい深い。
大吟醸酒は最高の酒米を極限までみがき,蔵人の力を結集して醸した日本酒の最高峰といえる。
その他の酒
国税庁の清酒の製法品質表示基準によるもの
上漕後,加水調整(アルコール分1%未満の範囲内の加水調整を除く)をしない清酒。
製成後,一切加熱処理をしない清酒。牛乳などと同様に生もので劣化しやすいので,鮮度には注意が必要であり,冷蔵保存する必要がある。
生貯蔵酒
製成後,加熱処理をしないで貯蔵し,製造場から移出する際に加熱処理した清酒。貯蔵期間については規定されていない。
生一本
単一の製造場のみで醸造した純米酒。
樽酒
木製の樽で貯蔵し,木香のついた清酒(びんその他の容器に詰め替えたものを含む)。
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それ以外のもの
生詰酒
生貯蔵酒とは逆に,製成後,加熱処理をしてから貯蔵し,製造場から移出する際には加熱処理を行わない清酒。
ひやおろし
冬季に醸造した後に春・夏の間涼しい酒蔵で貯蔵し熟成させ,気温の下がる秋に瓶詰めし出荷された清酒。
米
麹米(こうじまい)用と掛け米(かけまい)用の二種類ある。
麹米には通常酒米が使われる。掛け米には,全部または一部に一般米(うるち米)が使われるが,特定名称酒の場合,酒米のみが使われることが多い。普通酒は麹米,掛け米ともにすべて一般米で造られるのがほとんどである。
水
水は日本酒の80%を占める以上,その品質を左右する大きな要因となる。
水は,カルシウムやマグネシウムなどのミネラル分の含有濃度により,硬水と軟水に分けられる。醸造過程で硬水を使用するとそのミネラル分により酵母の働きが活発になり,逆に軟水を使用すると低調になる。そのため,硬水を使うと糖の分解(アルコール発酵)が速く進み,軟水を使用するとゆっくりと進むことになる。また,大陸とは違い,日本の水は香味を損ねる鉄分やマンガンの含有量が少ないため,醸造に適していると言える。
麹
酵母は,デンプンを原料にアルコール発酵を行うことはできないため,米から酒を造るには一旦デンプンを糖化しなければならない。日本酒の場合,それを行うのが米麹である。
米麹とは,蒸した米にコウジカビの胞子を振りかけて繁殖させたもので,日本で用いられる麹は米の粒そのままの形をしているため特に散麹(ばらこうじ)と呼ばれる(対して,中国などの国で用いられている麹は餅麹(もちこうじ)と呼ばれ,原料となる米・麦など穀物の粉に水を加えて練り,固めたものに,自然界に存在するクモノスカビ・ケカビの胞子が付着,繁殖してできる)。米麹はコウジカビの生産したデンプン分解酵素であるα−アミラーゼ,グルコアミラーゼを含み,これらの働きにより米のデンプンが糖化される。
米麹は,ほかにタンパク質分解酵素も含んでおり,分解により生じたアミノ酸やペプチドは,酵母の生育や出来上がった酒の風味に影響する。
酵母
厳密に言えば原料ではないが,日本酒造りの大きな要素であるため,ここに記す。
通常は出芽酵母を指し,自然界に広く存在しているが,多くの株が存在し,このことが,さまざまな酒蔵で酒質が違う一因となっている。
近代以前は,麹と水を合わせる過程において空気中に存在する酵母を取り込んだが,株が一定しないため,醸造される酒は品質自体も安定しなかった。明治時代になると微生物学の導入により有用な株の分離が行われ,それが配布されることにより品質の安定と向上の要因となった。
「魏志東夷伝」の「倭人の抄」(200年代)では倭人のことを「人性酒をたしなむ」と評し,喪に当たっては弔問客が「歌舞伎飲酒」をする風習があることも記されており,酒は古来から日本にあったものであることが伺える。米を原料とした酒に関する最も古く明らかな記述とされているのが,奈良朝時代(700年代)に編さんされたといわれる「播磨風土記」である。「神に供えた糧が枯れて,かびが生じた」ので,「すなわち酒を醸さしむ」とある。また,米麹による醸造法が一般化し,造酒司という役所が設けられ,朝廷のための酒の醸造体制が整えられた。平安時代初期には,現代の酒とほぼ変わらない製法でいろいろな酒が造られていたことが「延喜式」(900年代)に記されている。
鎌倉・室町時代になると,商業が盛んになり,米と同等の経済価値を持った商品として酒が流通するようになった。また,朝廷の酒造組織に代わって,寺院,神社が酒をつくるようになり,京都を中心につくり酒屋が隆盛し始めた。その後,奈良で大量生産の先駈けとなる十石入り仕込み桶が製造され,酒は寺院酒から地酒の時代へと移行していく。数々のローカルブランドが誕生し,地域間,酒質,製造量などの点において,多様化が促進されていった。
酒が本格的に大衆に親しまれるようになったのは,江戸時代である。慶長5年(1600年)に伊丹で清酒の製法が発見され生産が開始されたことが一因としてあげられる。明暦3年(1657年)に幕府は酒株を設定して,免許者に限って酒造を許した。生産地の中心は伊丹から水に恵まれた灘へと移り,酒は江戸で大量消費され,灘で大量生産されるようになった。江戸に入る酒は,7〜9割は下り酒といわれる近畿産の酒(主に神戸・西宮の灘五郷)であった。この下り酒は,最初は菱垣回船で木綿,醤油等と一緒に送られていたが,後に樽回船として酒荷だけで送られるようになった。つまり,酒は神戸・西宮で大量生産されて大坂に集められた後,江戸に船で届けられ,大量消費されるという構造が出来上がった。この頃は江戸以外の全国各地では,一般的に酒造家によって製造・卸の兼業が行われていたが,江戸では,人口が集中して大消費地になったために,酒についても専門問屋仲間が成立した。そして江戸についてから受荷して捌く酒問屋寄合いが結成された。大坂では従来の酒造家が問屋を兼業しているので,江戸のように専門酒問屋は出現しなかった。このように江戸時代に入り商品化された酒は,「商人の酒」といわれるようになった。
明治期前半になると,数多くのビール醸造メーカーが酒類業界に参入した。清酒メーカーと問屋は,競合品であるビールの進出を阻止しようとした。そのため従来からの問屋はビールを取り扱わず,結果,酒小売店もビールを取り扱わなかった。そこで,ビールメーカーは薬種問屋など新しい流通チャネルを構築した。
戦時中になると,酒類は配給制となった。戦後,昭和24年に酒類販売の自由化がなされた。配給制から自由化に移行するに当たって,各都道府県に指定の卸が置かれることとなった。この卸の役割を担ったのが清酒メーカーであった。そのため清酒の主な販売経路となっていたようである。