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| 第10章 台風ジェネレーション |
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| 少し春めいた日曜の昼下がり。仕事が忙しいから、と彼にデートをドタキャンされてすっかりヒマになってしまったあたしは、気分転換も兼ねて、スーパーアイドルグループ"嵐"さんのシングルコレクションをBGMに、部屋の大掃除をしていた。クロゼットの棚の上を整理していたら、可愛い千代紙で飾られた小さな箱が出てきた。今は亡き祖母からもらった、懐かしい箱だ。おばあちゃん子だったあたしは、祖母の若かった頃の話を聴くのが大好きで、なかでも、ある中国人青年とのちょっぴりせつない恋の物語がお気に入りだった。祖母と同じ学校に、彼は今でいう留学生として通っていて、二人は恋仲になった。しかし、中国での恩師が亡くなったのを機に、彼は帰国。後を追いたかったものの、そんなお金などつくれなかった祖母は、同級生で、彼のことを恋人だと思い込んでいた積極的な良家のお嬢様の存在もあって、結局身を退いてしまったらしい。 「この中には、彼の写真と、彼からの手紙が入っているのよ。おじいちゃんに悪いなぁとは思いながらも、やっぱりこれだけは捨てられなくて・・・。もし良かったら、あなたが預かっていてくれる?」 そう言って手渡されたせいか何だか禁断の箱のようで、中をみることも出来ず、棚の隅にしまったまま何年も眠らせていたのだった。 最近、すっかり仕事人間になってしまっている彼の気持ちがつかめなくなり、もう別れた方がいいのかな、などと迷い始めていたあたしは、祖母がこの形見を通じて何かを伝えようとしてくれている気がして、思いきってふたをあけてみることにした。
卒業後に遠距離恋愛になり、結局は破局を迎えてしまった彼女との思い出を綴った歌だ。 ♪街を見下ろす丘から あの日僕らは何を見てた 「やっと二人きりになれた。」 照れながらあの日・・・♪ 「やっと二人きりになれたね。」 街が見渡せる丘の上で、ちょっと顔を赤くして陳真が言った。 「やっぱり決めたの?!ほんとうにあした、中国に帰っちゃうの?!」 そう訊くあたしに、彼は困ったような表情をしながらも、きっぱりと答えた。 「お世話になった先生が亡くなったんだ。もしかすると殺されたのかもしれない。 どうしても真相を確かめたいんだ。」 彼の決意はゆるぎなかった。 「光子さんには、話したの?」 陳真は首を横に振り、これからだ、と言った。 「光子さんは、絶対、後を追っていくわね。あなたの恋人だって思っているもの。」 「光子がどう思おうと、僕が一番好きなのは・・・、君だよ。」 「でも、光子さんには、そんな話はしてないわよね。それに、いつも優しく接してる。」 「光子は親切にしてくれるし、仲の良い友達だから冷たくはできないよ。自分の気持ちをちゃんと伝えたいと思うんだけど、日本語が上手じゃないからうまく言えない。」 それだけ日本語話せれば充分説明できそうじゃん!とツッコミたいところだったが、こんな状況で喧嘩になったらますますつらいから、彼女のことは、今だけ忘れることにした。
別れ際に、陳真は自分の写真と折りたたんだ手紙を、あたしの胸元に忍ばせた。 「君のことは、忘れない。一生忘れないから・・・。」 あたしは、やっとの思いで"先に行って"の一言を伝え、ひとり彼の後ろ姿を見送った。 彼の姿が見えなくなってからも、長いこと立ちすくんでいたあたしは、救いを求めるかのように彼の手紙を取り出して、広げてみた。 それには、日本語で、こう書かれていた。 ♪君に出逢った 君に恋した この体の奥にずっと 君と見つめてた 景色が今でも 残っている♪ 「あれ、いつの間にか眠っちゃったんだ。」 CDは、"台風ジェネレーション"の最後の部分、そう、ちょうど陳真の手紙に書いてあった、まさしくそれと同じフレーズを流し終えたばかりだった。 もしかして、実際の彼からの手紙にも、同じ文章が書いてあるのかしら?!そうだとしたら、今のは夢じゃなく、もしかして過去へのワープ?あたしはおばあちゃんの人生を体験したってこと?実は、あの箱には、不思議な魔力が秘められていて、あたしは超能力を与えられたのかも・・・。 そう思うと、いてもたってもいられず、あたしはベッドから飛び起きると、急いでその手紙の内容を確かめてみた。そして、絶句した。 そこに記されてあったのは、日本語のように思われる、が、全く意味の通じない日本語の単語の羅列だった。"日本語が上手じゃない・・・"と言った彼の言葉は、本当だったんだ。 「男って、そんなに上手に嘘がつけないものなのよ。だから、あたしも、光子さんにちゃんと説明できなかった陳真を、許してあげようと思ったの。」 そんな祖母の笑顔が、瞼の奥に浮かんだ。 あたしは"今は仕事を頑張りたいんだ"という彼の言葉を、もうしばらく信じてみることに決めた。 |