今日も愉快な待合室



「相澤琴音さーん」
「はいはーい」

 月夜病院第三病棟一階雫眼科待合室。静かなその部屋に若い女の声が響いた。一人は看護婦で、もう一人は患者だ。
 相澤琴音、彼女こそこの物語の主人公その1である。

「それじゃあ相澤さん、しばらく此処でお待ちくださいね」
「はーい」

 綺麗な茶髪をセミロングに伸ばしている琴音は、前髪を全て上げて結っている。そしてその整った顔には痛々しい眼帯が着けられていた。それは本来の役目を果たさず、傷を隠すだけの物と化している。
 彼女は数日前、廊下でふざけていた同級生らが割ったガラスで瞳から1センチ程の所を切ってしまった。数針縫うだけで済んだからよかったものの、あと少しずれていれば失明は免れなかっただろう。そんな訳で、琴音はこの眼科に通っていた。

 琴音が待ち時間を持て余していると、新たな患者が2,3人やって来た。一人は老人、一人はサラリーマン、そしてもう一人は彼女と同い年位と思われる男子高生。彼は手近な椅子へどかりと座り込むと、暇そうに辺りを見回し、琴音を見つけた。
 徐に彼女に近づく男子高生は、金髪に、両耳合わせて5つのピアス、そしてケツパンと、いかにも軽そうな男だ。
 待合室内の全ての人の視線が彼に釘付けとなった。

「ねえ、目、どうしたの? モノモライ? 俺西川高なんだけど、君、嵐山女子だよね?」

 遠慮なく琴音の隣に腰かけると、彼女の顔を覗き込んで尋ねる。いつも明るく元気な琴音は、珍しく迷惑そうにちらと横目で軽そうな男子高生を見やると、ため息混じりに呟いた。

「そう、嵐山女子学園。ものもらいじゃなくて怪我したの。ほら、質問に答えたんだからさっさと消えて」

 綺麗な外見とは裏腹に気の強い琴音は、誰が相手だろうとハッキリものを言う。しかし、彼はこんなことじゃへこたれなかった。

「いいじゃん、暇ならオハナシしようぜ? 荒女(アラジョ)って可愛い娘多いよねー。あ、俺畠野亮介。君は?」
「うるさい。私軽い人嫌いなの。どっか行って」

 待合室内の空気が凍りつく。いつ、畠野亮介が逆上しないかと気が気ではないのだ。一方琴音は、そんな周りの患者達などお構いなしでずばずばと物を言っている。

「軽い奴嫌いなんだー? 大丈夫、俺こう見えて結構純情な奴だからぁ。じゃあさじゃあさ、どんな奴がタイプなワケ?」

 何が大丈夫なのかわからないが、とにかく亮介は引き下がる気がないらしい。しつこく琴音に質問を浴びせ続けている。彼女も我慢の限界がそろそろ近づいてきたようだった。隣にいるしつこい男を上から下まで見、そして真っ直ぐに相手の目を捉えて言い放った。

「私、可愛くて華奢な人が好き。アンタみたいな軽そうで、背が高くて、筋肉も程々にあって、その上男前な奴は専門外」
 
 それは完璧に畠野亮介という男を否定していた。彼は不細工とは程遠く、顔も良く、体つきも良かった。可愛らしさや、華奢さなど微塵も見当らない。

「うっわー。俺もしかして嫌われちゃってる?」

 もしかしなくても。と、室内の全員が心の中で突っ込んだのは言うまでもないだろう。琴音は冷ややかな眼で彼を見据える。眼帯というのは意外と迫力があるもので、しかも美人は怒ると怖い。彼女も背中が凍りつく様な迫力で、無言の訴えを発していた。
 早く何処かに行け。
 そう言っているのはこの場の全員が理解していた。だが、肝心の畠野は妙な所が鈍いらしく、何やら勘違いして嬉しそうに微笑んでいる。

「やだなぁ、そんなに見つめちゃってぇ。俺照れちゃうっ」

 頬を両手で包み、身をくねらせる男子高生には何ともいえぬ気持ち悪さがあった。そのポーズが琴音の我慢の限界をとうとう超してしまい、彼女は黙って席を立った。

「あ、ちょっとドコ行くの!? もっとお話しようぜ〜?」

 慌てて琴音の腕を掴む亮介。もちろん振り払われる。

「触んないで!」

 静かな室内に、その声は否応なしに響き渡った。小さな囁き合いまでもが掻き消される。
 そしてその反響が消えると、待合室内には凛と透き通る静かな声のみが聞こえていた。

「すいません、コンタクト度が合わなくなってきたみたいなんですケド。視力測ってもらえますか?」

 琴音の背後に、受付係と話す西川高校の制服を纏った少年がいた。振り向いた彼女も、亮介も、その男子高生を見つめて固まる。
 看護婦にしばらく待つよう言われたその少年は、フレームのない小さな眼鏡をかけていて、繊細でハリのある黒髪を顎の辺りまで伸ばし、学ランの下は開襟シャツではなくフード付きのトレーナーを着ていた。背は琴音より5センチ高いくらいでとても華奢。そしてその風貌は女の子のように整っていた。

「……理想」
「……彩芽?」

 琴音と亮介、二つの違う呟きが重なった。受付を済ませた男の子も二人に気づき、立ち止まる。

「亮介? 何やってんの……」
「え、いや……その……」

 さっきまでのしつこさが嘘のように、亮介が琴音から離れた。琴音も先ほどの冷酷な瞳とは裏腹に、キラキラと輝く瞳で目の前の理想を見つめる。

「貴方名前は!?」
「? ……彩芽」
「アヤメ!? 可愛いねっ。あ、アヤメ君こいつの知り合いなの!? どうにかしてくれない? 嫌だって言ってるのにしつこくって……」

 彼女の言葉に亮介は脂汗をかき、彩芽は眼鏡の奥の大きな瞳を冷たく細めた。

「へえ……。亮介、そんな事してたんだ?」
「いや、その……あ、彩芽! お前今日は眼鏡なんだ!? ににに似合ってるよ! すっげぇ可愛い!」
「ごまかそうったってそうはいかないよ」

 じりじりとにじり寄る彩芽。琴音と同じく、美人の怒り顔は迫力がある。亮介も必死の微笑みを浮かべながら、琴音の背後へと後退していった。

「え、何々!? もしかして二人は恋人同士!? やだ! いいねっ! そういうの! 私同性愛とか偏見しないよっ!」
「なんでソッチに飛ぶの。違うよ、コイツ僕の妹と付き合ってるんだ」
「あ、なんだそうなの? でもいいや! アヤメ君妹想いなんだね! ますます素敵っ! アド教えてくれない!?」
「うん、いいよ。で? 亮介……僕の妹は遊びだったわけ?」

 片や盛り上がり、片や流水の如く怒る。そしてもう一人は情けなく女を盾にして平謝りしていた。

「ごめんなさい! ちょっとした出来心です! マジすんません! もうしませんからっ。許してー!」
「知らないよ。彩乃に謝って。でも、僕のお前への接し方は今までと変わるから覚悟しといてよね」
「彩乃って妹!? 二人して可愛い名前だねー」

 今や待合室内の視線は、さっきとは違う意味でこの三人に釘付けとなっていた。看護婦までもが事の成り行きを見守っている。

「うわーっ。彩芽は怒ると怖いんだよォ! お姉さま助けてーっ」
「何そのお姉さまって! やめてくれない、キモイから。後ろに隠れるのもやめてくれない、キモイから」
「キ、キモイって2回も言った! 彩芽、こいつ酷いよ!」
「僕を呼び捨てするな、気持ち悪い」
「お前まで!」
「アンタ黙ってればまぁまぁの顔なのにね……」
「憐れみの目で見るなーっ!」

 既に病院内だという事など、この場の誰が覚えていようか。皆目の前で繰り広げられる若手芸人並のコントに夢中になっていた。

「もういいや、こんな奴ほっとこ。君、名前は?」
「私相澤琴音ーっ」
「琴音ちゃん? 可愛い名前だね。名前の持ち主もすっごく可愛い……」
「やっだ彩芽君口上手いっ」
「本当の事だよー」

 とうとう存在すら無視され始めた亮介を取り残し、琴音と彩芽の二人はいい雰囲気になっている。いつかこの二人は、友達以上の関係になるだろう。
 もっともその前に、この三人が雫眼科待合室での名物仲良しトリオとなるのだが。

 けれどそれは、もう少し先の話。
















「あっれー亮介じゃん! 相変らず軽そうだねー」

 今日も、雫眼科待合室では愉快な高校生らが話に花を咲かせています。











−END−

 ここまで読んでくださった方、ありがとうございました♪♪
 実はこの話、途中くらいまで実話だったりします。本当に途中までですが。
 それでは。拙い作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです☆

     
                                                                   2005.1.26 佐凪岾 捧