はすの花 "Die Lotusblume"

Heinlich-Heine

 この"はすの花"は私が最も敬愛する作品です。はすの花は早朝随分と早い時間、未だ辺りが暗い頃に本当に短い時間だけ花を開かせる、と聞いています。この作品では、"はす"と"月"を恋人としてとらえている恋の詩と言うことが出来、"はす"はいとしい月を待ち、その月のやわらかい光に目覚め、その想いを寄せる月へ、自分の精一杯の顔を向ける。"はす"は朝が来るともうしおれてしまい、その花の命を全うする。その短い瞬間を詩的にとらえた素晴らしい作品となっている。また、この作品にシューマンの音が出会うことにより、シューマンの想いが音となって織り込まれることにより、この歌曲は正に素晴らしい作品になっていると言うことが出来ると思う。
 楽曲の解説は、1.全体概要2.最初の部分3.中間部4.最後の部分、と解説を進め、この作品の私が好きな演奏を、5.この曲の演奏はこの人で!、ということでこの作品のおすすめの演奏を紹介し、最後に6.私ならここをこう演奏したいな!と自分がこの作品のこの部分を特にこう演奏してみたい、という事に想いを馳せながら自分のこの作品に対する想いみたいなものを書き表してみたいと思います。MIDIで音楽を聞きたい方はこちら。。

注:この原典は"F-dur"で書かれていますが、譜例には全音出版の中声部用を用いたので調性が異なります。

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1.全体概要

 まず、この"はすの花"の詩の原文及び翻訳を右の表に載せます。詩は3部構成となっています。まず第1部にて、はすの花が登場します。"うなじを垂れて夜を待つ"というところから、この詩は何を言いたいのだろう?と、読む人にちょっとした疑問を投げかけはするものの、とりあえずぼんやりとはじまるといった感じになります。そして第2部に入り、"月こそはすの恋人"と始まり、やっとこの歌が恋歌であることが見えてきます。第2部にて"月"と"はす"の関係が認識され、第3部に入り"はす"は"月"と出会い、その出会いに非常に強く揺さぶられる。
 この詩の構成に沿って、音も3部形式に沿って付けられている。第1部は穏やかなピアノ伴奏にそって始まる。ピアノ伴奏は4分音符で和音を重ねて、左手はかなり低い深めの音で音楽を進める。第2部に入り、"月"が登場し、この曲が恋歌であると分かる部分になると、ピアノ伴奏は低声部が無くなり中声部のみとなり恋というものの切なさを醸し出す。また本来のヘ長の調性に無い音を、ヘ長の同種短調の長調である変イ長から借用してくることにより第2部にちょっとした陰を与えている。第2部ではこの様に考慮され"不安定さ"や"陰"を演出することにより"月"に対する愛の切なさといったものを演出される。そして第3部に入りピアノ伴奏は低声部が次第に戻ってきて、調性的にも本来のへ長に戻り2小節の短い上昇音形のフレーズを繰り返し音楽を盛り上げ、その頂点に達し、そして音楽は終わりを迎える。
 このはすの花の"おぼろげ"な登場を演出すべく、全体の調性は♭一つのF-durにて計画されている。またこの作品の拍子には余り見かけることの少ない6/4が設定してある。この4分音符を6つ重ねるというテンポ設定がこの作品に深みを与えていることは間違いない。
Die Lotosblume angstigt はすの花は
Sich vor der Sonne Pracht 燃えさかる太陽をおそれて、
Und mid gesenktem Haupte うなじを垂れて夜を待つ、
Erwartet sie traumend die Nacht 夢見ごこちに。


Der Mond, der ist ihr Buhle 月こそはすの恋びと、
Er weckt sie mit seinem Licht その光にはすは目ざめ、
Und ihm entschleiert sie freundlich いそいそとヴェールをぬいで
Ihr frommes Blumengesicht つつましい顔をあらわす。


Sie bluht und gluht und leuchtet 花ひらき、もえ立ち、光りをはなち、
Und starret stumm in die Hoh; はすは言葉もなく空を見あげる、
Sie duftet und weinet und zittert はすは匂い、はすは泣き、はすはおののく、
Vor Liebe und Liebesweh. 愛と愛の切なさゆえに。


H.Heine
翻訳:西野茂雄
この楽譜で注目したいのは6/4という拍子の設定がしてあるところ。6拍子というとやはり最もよく見かけるものは6/8だが、6/8では8分音符を基調としている分、音楽が軽やかに流れるといったイメージが強くなるが4分音符を基調にすることにより、その音楽の流れは少し穏やかになり、深みをまし、その和声の微妙なニュアンス等を伝えやすく設定されている。シューマンの作品では流されない、というのは結構どの作品でもテーマになっていることが非常に多いですネ。。
譜例1.はすの花(導入部)

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2.第1部

 第1部でまず着目したいのは出だしピアノ伴奏について考えてみましょう。穏やかな6/4拍子で4分音符を置いてゆく様に音楽が始まる話はもう理解していただいたと思います。では、次にこの冒頭の部分の音の選び方について考えてみましょう。冒頭の和声はEs-dur,トニカの和音ですが、B音(5度音)で上下からEs,G音を包み込む様な形になっている(トニカ第2展開形でドミナント音で両側から挟み込む)。この形の和音はトニカの中でもどの様な意味合いを持つのであろうか?。トニカでありながら上下からドミナント音で挟み込む、ということにより、トニカの中では最もドミナント的な要素を持ち得るとも言えるように思う。いわゆるドミナント→トニカと移行して音楽が始まるものが多々あるが、シューマンはこの"はすの花"でもこの穏やかな出だしのパターンを採用したと言える。

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3.第2部

 次に、第2部の調性について考えてみよう第2部の調性構造について、譜例2(下)に示す。。第2部自体は8小節からなる。この中間部で初めて"月"という恋人が登場するのだが、その登場の部分※1に同種短調の変ロ短調の音を借りてきて、月という恋人に対する切ない気持ちというものをうまく登場させている。この短調の音からドミナントへ戻ってくる動き※1を2度繰り返し、切なさを表現した後、再び音楽は変ロ長調にひそかに戻ってくる。そして第3部へと移ってゆくのだが、その第3部への移行の部分にもシューマン独特の工夫※2が行われている。
 第1部→第2部の所も擬終始から次の部分へとつなげていったのだが、この部分でも同じように擬終始にて第3部へと音楽をつなげている。第1部→2部の部分では通常の擬終始に留めていたのだが、この部分では今まで余り利用していなかったG音を主音とした和音の擬終始を用いてその音楽の緊張感を高めている。このG音を主音としたドミナントは、変ロ長のトニカへの移行の際には"H→B"と、"D→ES"という2つの半音という緊張感のある音の動きを内在しており、非常に強いトニカへの移行を促す様になっている。

譜例2(第2部調性構造)
参考図1(第2部調性構造)
 この第2部について、和声的にもう少し解明してゆく。左に参考図1を示す。グループαの変ロ長で書かれているこの楽譜は、第2部になり、※1の動きを見せることにより、グループβの響きを借りてきてその"月"に対する恋心の切なさといったものを描く。そうして第3部への移行の際にはグループγの音(G音)を借りてきて、擬終始によって緊張感を高く保ったまま音楽が第3部へと進行するといった仕組みが構築されている。
 またこの第2部で、"はす"ははじめて"月"への想いをうち明け(我々にですヨ。)、その月との出会いを求めて歩み始めるところまでゆきつく。
 さぁ、そして第3部は待望の"月""はす"の対面へと向かう。

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4.第3部

 さて、このはすの花の解説もいよいよメインの所に入ってきました。。(こうやって製作していると、実はここに辿り着く前にもうやぁ〜めたぁ〜といって面倒だなぁと思っている人も沢山いて誰も読んで無い様な気がするのですが、、、気のせいでしょうかネ?。まぁ筆を進めましょう。。)
 第3部の詳細について譜例3を下に示す。こうして"はす"はいよいよ"月"と対面することになります。この部分は20、21小節にあるG→As→Bという重心移動の中にシンコペーションのリズムを取り入れ、そして微妙に音を揺らし、そして頂点の部分では音を上に揺らすという音形を2度(18,19小節と20、21小節)重ねた後、4度上のC→D→Esという重心移動(22,23小節)により頂点に到達します。この頂点に到達する部分にもシューマンの素晴らしい細工が潜んでいるのです。

譜例3.第3部概要

 その22,23小節の部分に焦点を当てて、参考の楽譜4a〜cを見てみましょう。
譜例4a
譜例4b
譜例4c
譜例4aは22,23小節における音楽の重心の動きを示しています。譜例4aの重心の動きをもう少し動的に、そして緊張感を持った動きに、、と普通の人だと、譜例4bが思いつくでしょう。ちなみに私も譜例4bが真っ先に思いつきます。しかし、実際にシューマンが選択した楽譜は譜例4cなのです。譜例4bと4cの差は3番目の音になります。シューマンは何故この譜例4cを選んだのか、それは譜例4bだと3番目の音の部分での半音の動きが大きすぎると感じたからではないのでしょうか?。"はす"は"月"と幸福な出会いをし、そしてこの部分で"はす"は「匂い泣き、そして"おののく"」のです。その愛のエネルギーゆえに"おののく"のです。その部分にエネルギーを集約させるべく、シューマンは譜例4cを選択したのではないでしょうか?。如何にも一般人だと見過ごしそうなこういった繊細な部分にもシューマンの目は行き届いていて、、、。

 こうして音楽的な頂点を迎えた後、音楽は再び静かで、おだやかな流れに戻ってゆきます。
譜例5.終結部分
 この終結部分を右の譜例5に示す。終結部は歌もピアノ伴奏も次第に深い音へと戻ってゆく、そして今回はリズムに着目したいのだが、24小節より赤丸で重心の部分を囲んでみる。24、25小節とフレーズにおける重心とリズムの重心は一致している。
 しかし、26小節の2度目の重心の部分はシンコペーションの部分を後ろにずらすことにより音楽の流れをゆるやかにし、落ち着かせる様に設計されている。こうして、"はすの花"は冒頭のおだやかな雰囲気を取り戻し幕を閉じる。

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5.この曲の演奏はこの人で!

 私が聞いたことがあるこの曲の演奏は、フィッシャー・ディースカウとペーターシュライアーの2人だけなのですが、、、。最初ディースカウの演奏で聞いたときにもとても魅力的な作品だなぁとは感じました。その後シュライアーの演奏を耳にする機会がありました。シュライアーの演奏を聞いていると、彼がどんな詩を歌っているのか何故か妙に知りたくなり歌詞の内容を見てみました。すると、この"はすの花"は詩自体もハイネの作で、とても繊細で素晴らしい詩なんですよネ。それを知り、再びシュライアーの演奏を聴き直すと、彼の歌いたかったもの、表現したかったもの、が非常に良く見えてきました。第3部のはすが早朝に花開き、首をもたげ、光りを放ち(月の光を受けて、、、)、その美しい"月"との出会いにおののく様というのがとても劇的に、鮮明に感じられた。
 と、いうことで、私の知る最もステキな演奏はシュライアーの演奏ということになります。。

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6.私ならここをこう演奏したいな!

 さて、私ならここをこう演奏したいな!っというこの項目ですが、、、。やはりこの極を演奏するのならピアノより歌がいいですネ。やはり、はすが"匂い、泣き、おののく"この部分をやはりドラマティックに歌いたいですネ。(私自身もこの様に燃えるような恋愛をしてみたいものです。。ただし、あんまりドラマティックにやってると人間が壊れちゃうかも知れませんけどネ。

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