「だいたいやね」:1981年 明光商会 MSハロパー

 今回見ていただくのはお久しぶり竹村センセイのCMです。このCM私はもちろん記憶にないわけですが当時とても流行ったんだそうです。このころのCMには良く竹村センセイ出てらっしゃいました。最近は何をなさっているのでしょうか?

 このCMは数ある竹村もののなかでも白眉の出来であります。ぜひとも見ていただくことにしましょう。どうか最後までお付き合いいただきます(三越顧問風)。


のっけからこのカット。お顔こそ拝見できないものの誰が見ても竹村センセイ
だとわかるのはさすがとしか申し上げようがありません。




「だいたいやね、日本の女性持ちすぎや。こう、いろいろね」
もうキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!といいたくなるほどの
竹村節。構図が高級クラブでホステスに囲まれている風なのも竹村センセイの味
を引き立てているようです。





「ああた、パリジェンヌなんかどう?」
あなた、ではなく「ああた」というのがミソ。




「ワタシ、コレダケ」
パリジェンヌが竹村センセイに吼えます。
蛇足ですがセンセイの髪型横から見るとちょっと面白。





「世界の常識はこ れ だ け。これだけ持つことですよ」
キュートなセンセイ3連発。



Na:大事なものは何でもパウチ



Na:MSハロパー。


竹村センセイ大フィーチャー

 さて、このCMの魅力は何も私が言うまでもなく竹村センセイのお人柄そのものであります。どうですか?1カット目の画はキャプションにも書いたようにお顔は拝見できないのにどっからどう見ても竹村センセイです。この一見無意味な1秒ほどのカットは非常に重要なんです。ま、真相はCM冒頭の無音部分(CMは冒頭の1秒必ず無音にしなければいけない)を埋めたい&内容は竹村センセイの噺で最初から行きたい、という案の両立の結果だとは思うんですが。ちなみにこの「一見無意味カットで冒頭の一秒を埋める」という手法は80年代の前半くらいまではどのCMにも意外とよく使われていたようです。これはその無意味カットが内容にまで重要な意味を持たせた珍しい例です。

 まるでクラブでのオジサンのぼやきのように粛々とCMは核心に近づいていきます。この静止画からはわかりにくいものの竹村センセイの「だいたいやね日本の〜」というくだりでのセンセイの手つきはハエを追い払うかのような手つきです。それに対して向かって左側の女性が最初は面白くなさそうな顔をするも、センセイからお叱りをいただいた後に微笑む、というのは不自然ではないのでしょうか。このCMはSMプレーでしょうか。

パリジェンヌ、ですか

 パリジェンヌ、ですよ。どうしてここでパリジェンヌなんでしょうか?しかも「ああた、パリジェンヌなんかどう?」ですよ。「たとえばパリジェンヌはどうなの」という意味なのになぜか予定調和のようにCMのはじめからセンセイの隣にたたずんでいるパリジェンヌ(と思わしき外国人女性)に対してこの言葉は実に不自然。ま、私の考えすぎなのかもしれないけど、そもそも何で対比にパリジェンヌなんだろうか。いろいろ考えあぐねたが結局パリジェンヌ、という言葉が一番すわりが良かったのではないかという疑惑。ニューヨーカーじゃ男だか女だかわからんし。やっぱ私の考えすぎだね。

これ、ってなんですか?

 竹村センセイはパリジェンヌの「ワタシ、コレダケ」にはコメントを返してあげません。しかもいきなり「世界の常識はこ  れ  だ  け、これだけ持つことですよ」と来ます。しかも静止画でよーく見てもらえるとわかるのですが、センセイがこのコメントで掲げているIDカード(だと思う)はどうやらパリジェンヌのもの。パリジェンヌからこのIDカードを分捕る場面はCMでは写されていませんが、センセイが持っているのは確実にこのパリジェンヌのもの。それにしても勝手にIDカードってことにしたけれどこれ、って何なんだろう。私やみなさんは静止画でじっくりと拝んでいるので「IDカードっぽくねえ?」と見当がつくし、「『これだけ』持って歩ける、それで用が済むもの」なんてIDカードかクレジットカードしか思い当たらない。しかも最後のNaからこの商品はどうやら「従来の商品より優れたパウチ機」であることがわかる。これってパウチ機売るためのCMになってるんだろうか。IDカードはパウチするもの(なのかな?)という前提で作られたのだろうか。もしやセンセイを出したかっただけかw

明光商会CMの怪

 東京は市ヶ谷の駅を降りてすぐの路地にあるこの会社。昔からどうにもCMがおかしいのである。このCMをはじめ、このサイトでかなり前に紹介した岡本太郎先生の恐怖ホラーCM、それに一時期は意味なくどこかの原住民の人を出しているCMなどを打っていた。まあ確かにシュレッダーやらパウチというのはオフィスユース以外にはほぼ需要のない商品であるし、そういったもののCMはどうしてもイメージCMにならざるを得ないのはわかるがいまいちその方向性がわからない。しかもこの商品やその前述の原住民がでてくるものは具体的な機種のCMである。年始CMの雄であった三田工業のCMもイメージCMなのだがいちおう具体的な機種を謳ってあったのでそういうことだろう、と解釈しておこう。しかしイメージCMにしては意味不明なのだ。到底イメージがアップしているとは思えないものばかりである。私は小学生のときにかなりのジャネットファンで、そのジャネットの出ているJALのCMを見るためにTVに釘付けな時期があったのだが、そのときに私が目安にしていたのがMSシュレッダーのCMであった。つまりスポットでえらいこと流れていたのだ。そのCMもなんか簡単なアニメが妙な歌を歌いながら踊っているだけのものでイメージアップを考えて作ったとは思えないものである。そんなCMをスポット中流していた、というのも今になってはちょっと理解不能だったりする。わけのわからなさ、というものを売りにするCMというのはいくらでもありうると思うがここの会社のわけのわからないCM,というのはそれが簡単に笑える類のものでなかったりするのでちょっと始末が悪いと思う。このCMだって何度も見ているとどうも後味が悪い類ではないかという感じがする。確信犯的に商品とは関係ない内容だったり、受けを狙うというのともこのCMはまた少し違うのである。要するに会社の言いたいこととそれを映像にするときになぜかそこに大きな乖離を生んでしまうのがこの会社のCMの特徴なのだ。岡本先生のホラーCMもシュレッダーの会社なのになぜかコピーが「明日の日本が見えますか」である。まあシュレッダーというものを作っている以上環境問題なんかについても一言あるわけでそのあたりからの発展なのだろうが一般人には理解不能だったりする。と、言うのは私の勝手な予想。

 

 とかいろいろ御託を並べてみましたが結局このCMは「竹村ワンマンショー」ということです。BGMも一切ないし、Naも最小限に抑えられています。竹村センセイを出したかっただけだと解釈しました。竹村センセイは世相を斬っている→世界についても詳しいだろう→みんなを叱ってもらおう(ここで飛躍)→日本人を叱るのだから世界の常識に詳しくて英語の出来るセンセイにはぜひ世界の常識を教えてもらおう→世界だから、う〜んパリジェンヌだな とか言う流れでCMを作ったのでしょう。このいい加減な姿勢こそが良きCMを生む大事な姿勢だったりしますw英語がペラペラでTV番組で世相を斬っている(竹村健一世相を斬るっていう題名ズバリの番組が当時存在した)センセイに世界の常識を語ってもらうといういかにも普通のCMなのにどうしてここまで面白く出来るのか謎である。これが細川隆元や森田実でうまく行ったのだろうか。そう考えると何も考えていないようで(申し訳ない)じつは明光商会は微妙な計算をして人選をしているのだろうか。それとも天賦の才か。っていうか明光商会がCM作っているわけじゃないだろうという問題はさておきにしても、実に感心である。明光商会なかなか侮れない。同じく1981年にはキッコーマンの「デリシャスじゃなくてデリ〜シャスよ奥さん」というやはり竹村健一のCMがはやったが竹村度はこちらのハロパーのほうが濃厚である。たとえて言うなら癖のあるチーズのような竹村センセイを一般人にもわかりやすく受けそうな感じでアレンジして食卓に出したのがキッコーマンなら、この臭みのかもし出すうまさがわからんやつは食わなくていいといわんばかりの男気全開のCMを打ってくる明光商会、なかなか侮れない。

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