「きわめて 都会的。」:1985年 ハウス食品 スープスパゲッティ

ひさびさのBOMB更新では、CMというものの原点に立ち返ってみたい。なんてえらそうに言っては見たけれど、これも長年の懸念であった「ハウス軽視されがち」問題についてそろそろ考えなくてはいけないだろうという思いを新たにしたからである。まずはいっしょに見ていただこう。


女性がベランダでリズムを取りながらスープスパゲッティーを
たべている。BGMは1985年当時のトレンドのど真ん中を突く
打ち込みサウンド。かなりカッコイイ。 Na;スープでスパゲティを食べる。 この3つのカットが音楽に乗ってイメージビデオ風に挿入される。 Na:はっきり言って 彼女は 正しい。 Na: ハウス スープスパゲッティ。

ハウスやりすぎ問題

 ハウス食品、とくればこの話題に触れずに通るのは難しいってもんである。いつだか自分のサイトの日記にも「CM集めをするという
行為は、前後のCMとか流れで見てこそ意味のあることだ」と書いたにもかかわらずこうして一つだけを取り出して解説するスタイルを
とっている私としては非常に心苦しい面もあったりする。しかしCM収集をしていれば、いつの時代もコーワとハウスはやたらとCMを
打つ、多すぎである、と言うことくらいは熟知しておられるかと思う。
もちろんそれは現在も基本的には変わらない。スポットのCMを録画しているととくに東京圏ではハウスとコーワ、それに車のCMが多い。
そうやってハウスは常にCMを「垂れ流し続けてきた」といろんな人に思われている。そしてCM収集をしている人の多くが「ハウスは邪魔」
と言うのを挨拶代わりに言うのを聞いたりする。しかし断じておくとそれは大きな間違いであるッ!(小池一夫風) それを検証するために、そしてハウス食品の名誉回復のために私かおりんが立ち上がったというわけです。

CM収集とはなんぞや

やはりここからお話しなくてはいけないだろう。とにかくCMを集める、というと女性アイドル、女優物を集めると言う領域が大手を振って
いる。しかしあたりまえのようだけど、私とかここを覗いてくれてる人は、もちろん違った類のCMを集めているだろう。CM収集者は大きく
分けてこの二手に分かれるかと思う。ハウスのCMが厄介なのは、そのどちらからも問題視されていると言う点だと思われる。
さてここで考えたいのが後者の場合のCMを集めると言う行為の目的についてである。最近はプレミア流行なので、数が少ないCMというのが
やはりCM収集界(なんだそれ)においても重宝がられてるようなところはあるかと思う。たしかによく流れてるものよりも特定の番組でしか やってないものはぜひ見てみてたいなという気持ちが沸くって物である。 しかし、しかしである。数多いものってのはそんなにダメだろうか? たとえば最近で言うとスポットの時間に非常に日産車のCMが多い気が する(何年か前はマツダが多かった気がする)。ものすごい数が多いのだけれど、どれも非常に出来がいい。私は車のCMというフォーマット が好きではないんだけれど、ついつい録画してしまう、それほどの力を持っている。 ではハウスはどうなのか?

イメージ、に関する一命題

ゴダールのような題名にして見た。結論から言うとハウスのCMは実に優秀なものが多い。とくにここに今日紹介しているCMのように85年から
バブル崩壊にかけてのCMは実にすばらしい。そのすばらしい根拠、を少しお話していこうかと思う。
ますこのCMである。上の静止画を見ていただければわかるとおり、要するにスープスパゲッティーのイメージビデオだ。アイドルDVDに近い かもしれない。とくに3つのイメージが重なっていく部分なんてよく考えているなあと思う。食ってる人の顔が見えなかったり、信号一つで 「都会」を体現したり、非常に手法としてうまいと思う。ただ重要なのはこのCMがすばらしいCMになりえたのは、こうしたイメージビデオ 的なすばらしさを兼ね備えているからではない、という点だ。もちろんこれが前提である上での話ではあるが。
先ほど日産自動車の話をした。車もスープスパも基本的には売り方はいっしょなのである。モノじたいがどうこうというよりも、そのイメージ で勝負だ。スープスパゲッティーもかっこよく食う、というトレンドを売ることなしには成立しない。その命題のみをきっちりと守るために 作られたのがこのCMである。
さて、このすばらしいCM,例のごとくハウスなので大量に流れることになる。しかしハウスという会社はただ流してればいい位のことを、
考えているような会社ではない。きっちりとそのあたり戦略が組まれているのだ(あたしが見てる限りじゃね)。最近スポットをチェック していないので最近の事情はわからないのだが、この85から90あたりのハウスのCMが実にすばらしいのはこの戦略によるところが多い。 それは「時間別コンセプティング」戦略だ(命名は私)。いつの時代のテープを見てもハウスは多い。しかしよく見るとあることに気がつく。 それは、たしかにハウスという会社のCM自体は多いものの、時間帯別にきっちり商品が分かれているのである。 カレーを例にとって説明しよう。ゴールデンや、プライムといった時間にはバーモントカレーが中心に流れる。ところがいったん深夜にな るとこれがジャワカレー中心のプログラムに変わるのだ。そして他の商品群に関してもこのようなわけ方をきっちりとしているので、 「大人の商品」という認識がしっかりと出来上がる。もちろんそれはCMのつくりがすばらしいというのも前提なのだけれど。

で、スープスパ

こいつはまごう事なき深夜帯のエースである。時代はバブリーに次第になりつつある85年。味がどうとかよりもスタイルで食う、という
コンセプトをいち早く提示したのがこのスープスパゲッティーのCMだったとおもう。泥臭いCMが軒並み多い食品CMのなかで、こうした訴求
のものはほんとうに珍しいと思う。時期的にも非常に早いのではないかなと思う。よく日本のCMに外人を出すのはコンプレクスの現われだ
とかなんとかいう人がいる。しかしこのCMは日本人がやってもダメである。下手に見知った顔の人がこんなことしていてもこっぱずかしい
だけなのだ。見知らぬ人、とことん見知らぬ人がこういうことをしてるからカッコイイのである。
スープスパゲッティーは私の把握している限りではこのCMを筆頭にこのあと90年くらいまでこういった「都会的」シリーズを手を変え、品を 変えて作っていた。そのどれもじつにコンセプティブルですばらしい作品であった。 このCMはコピーもいい。Naも貧弱な感じがアーバンスタイルの淡白さをかもし出していてわりといいと思う。「きわめて 都会的。」って いうコピーはこっぱずかしいの頂点と言う感じもするが、こういうのはどこかに照れがあるとだめなのだ。やるときは徹底してやらなければ ならない。85年と言う時期にこういったCMを明確なコンセプトともに打ち出していた会社はそれほど多くはない。まして食品のような 「とにかく告知」が必要な類の商品でこれをやるというのはなかなかのつわものである。皆さんはハウスをちょっとバカにしていませんで したか?実は練りに練られてよーく考えられたうえでのことだったのだ。

今日はひさびさの更新のわりにつまらない話であったと我ながら反省だ。しかし今日のこの一件でみなさんがCM収集の際にちょっとハウスの
ことを思い出してくれたりするとBOMBer冥利に尽きる。なんでさわやか吐息は夜中にしかやらないのか。なんでフルーチェにはアイドル
ばっかりでるのか、なんでハウスのスナック菓子にはジャニーズばかりでるのか。そんなことを考えながら画面を見つめるとまた面白さも
増すかと思う。そして、このスープスパのCMの奇跡にすこし感動してもらいたいのだ。85年と言えばちょっと前に紹介した大森屋ののりの
CMと同じ時期である。同じ食品、おなじ85年でこうも出来が違う、こうもちがうのか、ということに感動していただきたいのだ。
今のハウスのCMを見ていると「有名人」の出てるものが多いと思う。しかしこのスープスパのように「CMにおける匿名性が生み出す効果」
をもきちんとわかった作品もあるのだ。ハウスという会社はそのあたりをよーく熟知していると思う。この時期からジャワカレーのキャスト
にヒデキが使われるようになった。それまでバーモントカレーに出ていた秀樹が「オトナ」になったのを機にジャワカレーに移行する、
というのも実に考えられていると思う。そのCMも実に出来がいいものだった。ハウスはむやみにCMを打ったりむやみに誰かを人気取りの
ためにCMに出したりはしない。CMを打つこと、名前のある人間がCMにでることの意味の大きさをよくわかっている広告上手の会社なのだ。

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