あるところに、腕利きと噂の探偵がいた。彼の名は大野智。めったにやる気を出さないのだが、
いざ本気になるとどんな難事件でも解決するともっぱらの評判であった。しかし、不思議なこと
に、誰も彼の顔を見たことがないという。巷では、彼に会うことができるとしたら、それはひたす
ら運だと言われていた。彼についてちょこまかと働いている助手は、相葉雅紀という。見るから
に人の良さそうな顔をしていて、ワガママ放題の探偵を時には優しく諭す役割も兼ねているとい
う。謎が謎を呼んで、この2人、業界ではかなりの有名人であった。
「先生。先生。せーんーせーいー」
「相葉ちゃ〜ん。もうちょっと寝かせてよ…」
今日も事務所のソファーはベッド代わり。最近まったく仕事を受けていないので、今月の食事
代さえも危うい台所事情である。相葉が時々ファミレスで深夜のアルバイトをしていなければ、
今ごろ大野は食いっぱぐれているに違いない。そんな状況下であるから、ましてや自分のお給
金だなんて…!!正直者の相葉は、とてもじゃないが残り少ない運営費から自分の給料だけ
抜くなんてことは到底できなかったのである。
「…これで噂の探偵だなんて言われてるんだから、世間も信用できないな〜」
寝るか食うか。最近とみに頬の辺りがふっくらしてきた先生を、相葉は密かに心配していた。
(探偵だもん、やっぱ塀やら屋根やら飛び越えられないとダメなはずだよな。先生、体重増えた
からなあ…大丈夫かなあ…)
足かけ2年。探偵の仕事をいまだに理解できていない助手も助手であった。
そんなある日。コンコン、とノックの後、ハキハキした口調の声が響いた。
「ごめんください」
(ご、ごめんください?!)
思わずずっこけそうになってしまった。なんて丁寧な言葉づかいの人間もいるものだ。
「は、はい。何かご用ですか?」
今日も今日とて、探偵とその助手は真っ昼間からお昼寝中だった。慌てて口のまわりをぬぐい
ながら、相葉は最近立てつけの悪いドアを開けた。
「どうも」
頭をぺこりと下げたのは、自分とさほど変わらないくらいの年齢の…少年。目線が少し低いくら
いか。あ、この顔どっかで…?見覚えのある顔をしているのだが、いつどこで見たのか相葉もそ
こまでは思い出せなかった。
「先生、お客さんです!!」
ん〜?と薄目を開けて、大野は部屋を見回した。寝覚めはいいのだ、寝覚めは。
「腹減った〜」
開口一番、空腹を訴える。お客さんがいるのに…と助手は恥ずかしくなった。
「名探偵も、腹が減っては戦ができぬのじゃ。相葉ちゃん、いつもの!」
「はっ、はい!」
相葉は目にも留まらぬ速さでバナナの皮をむいていく。大野は何もかも分かりきった表情でぱか
っ、と口を開けて待っている。もぐもぐ。もぐもぐ。無心で食べる探偵・大野。相葉はポケットからハ
ンカチを取り出して、そっと手渡す。大野は手を拭いてそれを自分のポケットに突っ込んだ。
「話、聞く」
主語をまたすっ飛ばしている。相葉はてへへ、と愛想笑いで笑ってみせて、主語の足りない探偵
の言葉をかみくだいて依頼人に伝える。
「先生があなたの依頼を聞いてくださるそうなんで、どうぞ」
「あ〜、ハイ。僕は桜井翔といいます。今日おうかがいしたのは、僕の知り合いを探して欲しいと
思ったからなんですけど」
「ほう」
「この写真に映ってるのが、俺の知り合いです。松本潤って言って…」
「モデルですよね?なんだっけ…」
「うん、ファッション雑誌のスチールモデルをやってるんです。JUNって名前で」
「SHO」
大野がぽそっとつぶやいた。
「なんですか?先生」
「相葉ちゃんの持ってきた雑誌に、載ってた。SHOって名前で」
「そうなんですよ、僕もモデルやってたりするんですけど。まあ、JUNは仲間で。…だった、っていう
べきなのかな。あいつ、消えちゃったんですよ、1週間前に突然」
なるほど、見覚えのある顔のはずだ。相葉のよく買っているファッション雑誌の今月号の表紙を、目
の前の依頼人とそのJUNが飾っていたのだ。
「あいつの部屋に行ってみたんですけど、飲みかけのカップとかそのままだったし、ビデオの予約と
かもしてあって、とてもどこかに消えてしまうとは思えない」
だから、と桜井はそこで一息ついて、
「やっぱり、あいつの身に何かあったんじゃないかと思うんです」
「で、探してほしい、と」
「はい」
大野は桜井の顔をじっと見て、
「…リスに似てるね」
「はい?」
「…なんでもない。引き受けましょう。松本潤さんを探し出してみせますよ」
「ホントですか?」
「先生、こう見えても仕事はすごいですから」
「相葉ちゃん、「こう見えても」、は余計」
大野と桜井はがっちりと握手を交わした。大野は満面の笑みを浮かべている。桜井は必要以上に手
をぎゅっと握られて、少々痛そうだったが。
相葉は久々の仕事に、胸がわくわくした。助手歴2年、お金にもならない探偵助手なんてものを続けて
いるのは、ひとえに大野の人間的魅力(大野が相葉には理解できないものを持っているから)と事件解
決の糸口を見つけていく過程が楽しいからであった。
「じゃあ、まず松本さんの部屋を見せてもらいましょうか」