
「生まれて初めて泣いた作品」
私は今まで映画や演劇、音楽、漫画などを見て泣いたことがなかった。そういうものは虚構の世界であって、それに深く感情移入して泣くという事は非常に馬鹿げたものだと思っていたからだ。だが、海猿5巻を読んでいて不覚にも泣いてしまった。自分で馬鹿げたことだと思っていたことをやってしまっていたのだ。気がつけば”海猿”という作品に感情移入していたわけである。
海猿には読者を感動させるための工夫が随所に見られる。海猿をぱっと見ていると、暗いかすれたような画によって構成されている。この感じは高橋ツトムの作風と良く似ている。ひょっとしたら高橋ツトムの影響が強いのかもしれない。ストーリーのクライマックスで、次のページをめくると暗いかすれた画から一転して温かみのある画へと変わっているケースがいくつもある。恐らくは暗い感じの画から明るい感じの画への急激な変化によって、その温度差を利用して読者に感動をもたらすという一つの手法なのだろう。野球の剛速球のあとのチェンジアップのようなもので、緩急をうまく利用して読者を作品へと引き込み、感情移入させるわけである。
海猿の読者に感情移入させる方法はそれだけではない。この作者は読者に感情移入させるだけのキャラクターを大量に生産する能力を持っている。つまりは特徴のある(アイディンティティ)を持っているキャラクターを次々に創っていく能力が他の漫画家よりも数段優れているのだ。ほんの数コマしか出てこないキャラクターにも妥協せずにちゃんとした特徴を持たせ、インパクトのある台詞をいわせている。つまりはキャラクター一人一人に魂が注ぎ込まれているわけである。こうして読者にキャラクターに感情移入させるのだ。
そして、読者を泣かせる最終最後の手段として、「キャラクター殺し」を使っている。やはり、人間が一番悲しむのが”人の死”であろう。自分が死ぬわけではなく他人が死んでいるのに、人間は何故か泣いてしまう。そんな人間の矛盾したこころの部分をこの作者は巧みに利用している。読者が深く感情移入したメインキャラクターを無残に殺すのだ。また、この作家はそうしたメインキャラクター以外にも人間を無残に死なせている。例えばラストファイルの事件・飛行機墜落事故にしても、最初は何とか助かりそうな方向に話が進むのだが、結局は乗客の半数が死亡という非常に凄惨な結果を出している。こうすることで”現実感”(リアル感)を生み出し、人間の無力さを読んでいる人々に痛感させるのである。
しかし、こうした残酷な結末の数々は無駄に使用されているわけではない。こうした数々の事件、身近な人々の死は主人公・大輔の成長に大きく作用している。”あしたのジョー”の最初と最後のジョーを見比べてみると、ジョーが成長していることがわかるように、大輔も1巻と12巻を比べて見ると、言動、顔つきなど全てが成長している事に気がつくはずだ。この大輔の成長はただ単純に見ていて、喜ばしい限りである。
最初に述べた画風のチェンジアップ効果+個性の強いキャラクターの大量生産+キャラクター殺しという3つをうまく使って、海猿は読者を作中に引きずりこむことに成功した。ネームもかなり独特なものを持っており、作者の佐藤秀峰氏は久々に自分のスタイルを持った作家だと言える。現在モーニングに連載中の「ブラックジャックによろしく」に期待させてもらおう。
海猿のデータ
| 著者 | 佐藤 秀峰 | ![]() |
| 連載期間 | 1998〜2001 | |
| 掲載雑誌 | 週刊ヤングサンデー | |
| 出版社 | 小学館 | |
| 巻数 | 全12巻 |
海猿と私の出会い
拾ったヤングサンデーを読んでいる時に発見し、何となく読んでみたら、面白そうだったのでそれ以来読んでいた。たしか第5話あたりだったと思う。
海猿の中古価格
だいたい300円から350円ぐらいだ。けっこう人気のようで、買取価格なども高い。連載が終わってから値段の変動はあるかもしれないが、100円で買うのは不可能に近いだろう。