ある人にとってたくさんであっても
誰かにとっては少しなのかもしれない
異なる認識 すれちがい ――そして悲劇
気持ちは どうして伝わらないのだろう
心を通わせることが どうしてできないのだろう
最近弟くんに占領されていて、まともにパソコンをさわれない仕様。
野嵜さんがまだリンクを張っていないようだから
昨日の考察に訂正。xmlについてはまたも同時拡張、.NETについては技術を完全には移植しないという戦略に出るんだろうけど、最終的にそれが自分の首を締めることになる。
'當サイトは「隙間商賣」の極北を目指してゐるので、メジャーな話題には觸れなかつたのです。
野次馬の私がMS分割裁判に關して偉さうな事を言つても、仕方がないと思ふのである。'
了解。
'しかし、MS分割裁判に關して、我々は皆、所詮は野次馬でしかないのではないか。
ビル・ゲイツの惡口を言つてゐる人間に、ゲイツを理解してゐる人間はどれだけゐるのだらうか。我々は結局、雰圍氣でMicrosoftを罵つてゐるだけではないか。'
Windowsおよび.NET用のソフトを作ろうとしているので、少々過敏になっています。
正直言って私はまだMicrosoftには分割されて欲しくはありません。なぜならまだxmlと.NETを大きな遺産として残せる段階にないからです。
どんなに優れた技術でも広まらなければ意味がありません。ですから、それらの技術を広めるための素地としてWindowsやOffice、IE(は別にいいかもしれませんが…)にはもうしばらくのあいだ標準であってもらいたいのです。(分散コンポートネントという形で実装されているこれらは、業務用アプリケーションを作る際に大きな役割を果たします)
TCG氾濫の時代は続く。…フルメタルパニックTCGか…
(ここ数年のTCGが流行っている状況は「デジタルなゲームを至上とみなす見方へのアンチテーゼ」
だとか、「アナログゲームのデジタルゲームに対する逆襲」
だとか、誰かが言っていたような気がする)
TCGは私にとって理想的なゲームではなくなった。唯一望みに一番近い場所にいたモンコレが2になって、それまでのテクニカルさを大幅に減退させてしまったため。
思えば『星を掴む距離』の機能制限がその始まりだった。このカードがそれまでの戦況を一変させてしまうような切り札でなくなった結果、大きな歪みを生んだ。その歪みは強いデッキの傾向が2タイプに絞り込まれるという形で顕現し、それを押さえ込もうとしたバランス調整はかえって歪みを増大させるという結果に終わった。もしそこで『星を掴む距離』の制限解除をおこなったり、『空中庭園・王の間』をその充当としていたならば結果は変わっていただろう。
だが、もう遅い。モンコレ2はそれまでの歪みを修正するのでは切り捨て、万人向けに簡易化をはかるという方針を採ってしまったのだから。
そこにはかつてのような一気にたたみかけたり、絶対的不利な状況を一気にひっくり返してしまうようなテクニカルな醍醐味はもう存在しない(後半変にバランスとってカードを作ったり、キャンペーンカードはデッキの構成自体を変えてしまうわりにコストパフォーマンスが悪かったりしたのは、きっと陰謀に違いない)。
……やはり満足するものを遊ぶには、自分で作るしかないか……
ちなみにマジックは却下。スタンダードではそれができるときとできないときがあるし、クラシックは金がかかる上にみんなが1ターンキルか無限ターンで意味ないから。
'言語過程説、ぴんち。'
[ 闇黒日記(平成13年7月2日) より ]
'ああ、ぼくもどっちかってゆーと、思考をビズアルで考えてるフシが。いや少数派っぽいからとか右脳で思考がカッコイイっぽいとかヲタ絵描きさんだから、とかじゃなくてまじで。過去に見たものとか想像上の作劇とか、ただ色のカタマリの印象とか、ともかくなにかの映像がバラバラ〜〜っと浮かんだりするでつ。
で、ハナシ言葉ならいいんだけど、書き文字だとそれを文章に表現する翻訳や打鍵が追いつかないとかで、書いくのに手間取ってるうちにビズアルがどっか飛んじゃったり、次から次に新しいビズアルが浮かんできたりで、考えを的確簡潔に文章というカタチにできましぇん。嗚呼。'
[ねこめしにっき(娘娘飯店しるきぃうぇぶ内)より]
'闇黒日記経由で知ったこの話題。1から順に数字を数える時に、「いち、に、さん、し……」と聞こえる人と日めくりをめくるような映像が見える人がいると言う話を聞いたことがあります。この場合、「音」と「映像」なので「言葉」と「イメージ」とは違うとは思いますが。因みに私は聞こえる(若しくは、脳内音読する)方です。
私は、本を読むときも脳内音読していると思うのですが、他の人はどうなのだろうか。速読術とかで、文字を(見開き2頁を一気に)ビジュアルイメージとして捉えるとかなんとか言う方法があると聞いたことも有りますが、その辺も気になります。
勿論、脳内音読が言葉で思考とイコールと言う事ではないと思う。(イメージで思考の反対の意味での)言葉で思考と言う事は、どのようなことなのだろうか。'
[Pop or Die(2001年7月3日)より]
私の場合、言葉を思い浮かべるときは、独白や誰かのささやきなどの声。本を読んでいるときと、言葉を引き出そうとしているとき、実際に言葉を発しているときは脳内音読。理解しようとしているとき、否定しようとしているとき、概念を考えているときは、立体あるいは平面イメージなどのビジュアル。物語を頭の中に思い浮かべるときは映像で、台詞の部分は声、音や感触をともなうこともあります。
残念ながら音楽にはあまり親しんでいなかったため、(イメージの助けを借りずに)音のみで思考することはまだできません。辛うじて音からダイレクトにメロディーを紡ぎだすことができる程度です。
場合によって無意識に使い分けている、といったところでしょうか。
過去に見たものや想像上の作劇や色のカタマリと言った、映像イメージが頭に浮かぶかどうかと言う事ではなく、そのイメージをもって思考するという事が問題なのかと。過去に見た景色を思い浮かべその景色について思考すると言う過程に「言葉」の存在は無いのか?全てビジュアルで組み立てられているのか、そしてそのビジュアルだけで組み立てられたものを思考と呼ぶのかどうか。[ Hello Worldより ]
浮かんだイメージやムービーの断片がなんであるのかを言葉で説明しようとするわけですが、言葉はどっからともなく降ってくるとしか言いようがない状態っす。(というか説明する能力が不足。) でもって、降ってきた言葉からまたフィードバック映像があったりするし、もうゴチャゴチャ。これについての考えもゴチャゴチャ。
[ねこめしにっき(娘娘飯店しるきぃうぇぶ内)より]
ええと…昨日言ったのは…例えば何かを『否定』しようとするとイメージにバツマークをつけたり、切 り捨てたり壊したりするイメージが浮かんできてからはじめて『否定』という言葉を思い浮かべたり、 文章をそのままでは『理解』できないことがあって、図形を操作する(くっつけたり、外したりする) イメージが浮かんできて、それがうまく繰り広げられたらはじめて『理解』できたり……
あとは…何かを自発的に考え出すときに、言葉というラベル(ID)をつけた幾つかのイメージを積み木 や粘土のようにいじってみたり……。…というようなことです。
ちなみに音で思考するというのは、様々な音が頭の中で結びついていってメロディーになっていくという形をとるんですけど…今の私には音を出すもののビジュアルが頭に思い浮かばないと(名前でもいいですけど)音を出すものが変わらないので、今はまだ音のみで思考することはできないと言ったんです。
'昨日の日記で、(イメージで思考の反対の意味での)言葉で思考と言う事は、どのようなことなのだろうかと書いたのは、私は言葉以外で思考すると言う事に対して疑いを持っていると 言う事です。わかりにくかったかなあ。とまあ、このように私は、物を(ウェブ日記を)書く過程イコール思考の過程と言う事です。日記を読めば、私の下らない思考の過程が見て取れると。露出狂?'
[Hello Worldより ]
誤解していました。 私が言いたかったのはテレパシーのように頭の中で 誰かが突然つぶやいたり、ささやきかけてきたり、どっかにある文章を音読しはじめるという意味で……
'最終出力が言葉という形式であるならどこかの段階で文字データに変換されてるわけだけど、その変換がどの段階で起きることが「言葉で思考している」ということなるのかなぁ…。「変換」ってことはすでに思考は完了してるのかもしれなくて、変換のタイミング以前には言葉が存在してないのかも。そうじゃなくて、その変換作業こそが「思考」なのかも。思考過程と思考出力の境目はどこなのやら。'
[ねこめしにっき(娘娘飯店しるきぃうぇぶ内)より]
ありみかさんが言っている変換・出力の過程というよりは、口述筆記に近い感じです。
で、これらの声にしろ、考えにしろ、ふっと降りてくることしかないので、人に問われても即答できなかったり、アイデアを求められても出てくるまでに時間がかかるということがしばしばおこります。随時文章が降りてくる感じなので、次の文章が降りてくるまでまつ必要がありますし、降りてきた言葉がそれまでのものにあわないものだったり…否定するものだったり…。細い回線でDLしてたらファイルが置き換わってしまってcrc(md5)があわない、というかんじでしょうか? ですから思考過程を文章としておさめるのは、私にとっては神業としか思えません。(3行書くのに1〜3時間かけたり、5時間かかってかいた文章を破棄するのはどうにかしたいところ)
もちろん、思考過程を知っていたり、思考過程(というよりは結論と仮説)が降りてきたものについては迅速に論理展開することも不可能ではありませんが……。
…ということを書いているうちに増殖してますね。
- ビジュアルで思考するということ @ [ねぎ式]
- 平成十三年七月四日 謎日記 @ [果ての領域]
理論はすでにできている。が、それを言語に翻訳するのに大変な時間がかかるというようなことをいったのはアインシュタインでしたか。私は自分が言葉で考える側だと思っていたのですが、よく考えてみると……考えている過程に言葉らしきものが出てこない。実はイメージで考える側だったのかもしれません。ごくたまに言葉を組み合わせて考えることがあるのですが、そういうときは大抵思考がうまくいっておらず、結論が出ません。しかしいずれにせよ考えを出力するのには言葉が使われるわけでして、どこかで翻訳されているはずなのですが、それがどこであるのかはさっぱりわかりません。あるいは、実は皆同じように考えていて、そのとらえ方が違うだけということもあるのでしょうか。
こういうことを専門に研究している人とかいないのかな。
- 2001年7月3日 @ [不浄に日記]
- 2001.07.03 @ [gobbledygook/Update Log+Dairy]
私の場合、イメージや言葉の斷片ではなく、文章がダイレクトに腦内から/腦内に出力されます。思考過程即言語過程であるのですが、これは意外と珍しいのでせうか。
頭の中で文章の推敲をしてゐるし。
…どうやら上に述べたことを見直さないといけないようですね。アイデアが浮かんでもそれを言葉という形に直すのに時間がかかる点では思考過程即言語過程から遠いのに、時間をかけて文章化していく時は近いという矛盾した体制なのかも…。でも、言語化の為に言語で考えるというのはちょっと違うような…
記憶がイメージと結びつくというのは記憶の仕方・引き出し方の話であり、思考過程とは違うような気がします。写真記憶や映像記憶なんかもありますが、あれは並外れた記憶力の良さ(起こったことを全て覚えているなど)とかかわっていますし。
誰か妹(義理)ください。
[回顧録(NiAOU's Laboratory内)より]
私は妹になりたかった。「お兄ちゃん!」「お姉ちゃん!」と言って、たっと駆けていきたかった。…どうせ、亞里亞と千影を足して2で割ったような人にしかなれないでしょうけど…
中学生になってもサンタを信じてたり、悪口言われただけで泣き出したり、例え痛くなくても叩かれたという事実だけでほろほろと涙をこぼしてた様子はある意味いわゆる妹として適してたかも。…でも、強すぎる感受性を覆い隠すために千影化してしまったから…
「もう戻れない…けれどそれが生きているという証」
そらまぁ、いまのご時世、クリックひとつすることさえ怯える「超ド初心者」とゆーのは減ってるし。
んでも、使いにくい、疲れるインタフェイスは確実に存在してるわけで。いあ、そういうモノも大概は「経験と操作勘」によってなんとかなるのだけど、できれば疲れたくないのが人情。
[ねこめしにっき(娘娘飯店しるきぃうぇぶ内)より]
GUIは視覚障害者にとって優しくはない。そういった意味でWindowsが標準になったのは不幸なことだ。
GNUのストールマンさんはUnixに執着しすぎる人で、マウスの操作ができないとか……
だが同時に、Windowsが成果をおさめたことを忘れてはならない。
Windowsの普及によってPCは標準化し、様々なOSを気軽にインストールすることが可能になった。Unix,BeOS,Tron,...etc.
また、htmlの視覚化競争も多くの遺産を残した。cssによる論理構造とレイアウトの分離、xmlによるデータフォーマットの標準化。
音声による読み上げ、操作。
これらはPCを再び視覚障害者の元へと返してくれる。
さすがに引用しすぎた…このままでは死を見る
この話題に関する本を所持していたにもかかわらず、読み返さなかった自分の馬鹿さ加減にあきれる。下巻と間違えて上巻二冊買ってしまったため、下巻は持っていない…
人の思考はどうやら、幾つかの「表示」の組み合わせによって成り立つ「心的言語」によってなりたっているらしい。この「表示」は日本語や英語、その他のどのような言語にも似ている必要がない――ようするに言葉である必要などないのだ。必要なのは一貫したやり方でシンボルを使って概念を表示し、一貫したやり方でシンボル配列を使ってシンボル相互の論理的関係を表現することであるそうだ。
例え話をあげよう。貴方の前を『目の前をしゃれた服装をした金髪の美男がドイツ語で何かを独り言を言いながら通りすぎた』とする。貴方がこの男のことを言葉としてあらわす場合、『あの人』、『男』とも、『外国人』とも、『ドイツ人の男』、『金髪の人』とも、『美男』とも、『しゃれた服装』とも、『目の前を通り過ぎた人』とも、あるいはそれらの組み合わせなど、さまざまな方法を使って言葉化することができる。しかしながら、あなたの脳裏に描かれていたのはそれらの言葉ではなく、まさに目の前にいた男の姿そのものであるはずだ。言葉として定義したことによってその後は言葉をよりどころにすることになるかもしれないが、そこで作られた言葉が男のイメージと離れて独自に動き出すことはない。
逆に言葉を相手に伝えた場合、それは貴方の指し示したものと一致しているだろうか? 否、貴方が『金髪の男』と言った場合に、相手は『金髪に髪を染めている男』と思うかもしれないし、『くすんだような金髪』や『照るような金髪』、『メッシュが入っている』…など、無限の余地を残していることを忘れてはいけない。ある言葉が共通のものをさすためには、その言葉が共通のものをさすことを認識する必要があるのだ。
また、面白い事例がある。「知能にはなんら障害のない失語症患者」や逆に「(重度のものを含めて)知的障害・精神遅延の患者が言語能力は損なわれない――むしろ発達しすぎる傾向にある」、「言語を持たなかったが、自力で言語を発明した聴覚障害児」、「手話も口話も読み書きもできず、いかなる形態の言語をもたない成人がたまに見つかる(ものに名前があるという概念すらなかったそうだ)」など。あとは、「脳卒中で言語障害に陥った状態から回復した患者」の話とか…
ともかく、言語が認識を規定するという説が間違えであるとともに、人はあらゆる言語と似ていると同時にあらゆる言語に似ていない「心的言語」で思考するという話。…まるで、人間は猿であって猿でないものから進化したのだというのと同じような結末だ…
――参考文献『言語を生み出す本能(上)』
スティーブン・ピンカー著、NHKBOOKS――
きょうは…いっぱい…考えたのーー
実際に言葉を発するまでのプロセスを整理してみました。
で、これらのプロセスは個人の資質あるいは鍛錬により圧縮可能であると…
昨日の段階ではこれで満足していたものの、いくつか心残りがあります…
ピンカーが一番言いたかったのは「他の学問が幾つかの学問の集まりによって新たな発展を遂げているように、言語学にとらわれてしまってはいけないよ」ということではないのでしょうか…ということを書いてたら既にひらしょーさんが別のアプローチから述べてましたね。見ていなかった私のミスです。
たとえば日本語には「アニ」「オトウト」という概念があるけど、インド・ヨーロッパ語には brother にあたる概念しかない。
[人間城の主な日々(念彼観音力もしくは人間、自由内)<7月5日>より]
これは『文化人類学』の分野としてみるのが正しいと思います。言葉がないから概念がないのではなく、文化的に区別する習慣・必要性がないから言葉がないのではないでしょうか? あちらではわざわざ「アニ」「オトウト」というように区別するより、名前で区別するほうを選びますし…「younger-brother」「petite-soeur」のように分けて表現できることは知られていないのでしょうか……
文化や知識、肉体などの環境が人の思考を規定するというのが正解でしょう。
読書量の少なさを痛感。本好きなはずなのに…
やっぱり、小学生の頃無理矢理伝記を20冊以上も読まされてたのが悪かったんでしょうか…あれがあまり積極的に本を読めなくなった一因……
これは気にしなくてかまいません。
younger brother という表現は brother という概念に年齢の概念を上乗せして漸く「オトウト」にあたる概念が表現できている例 (それくらいの英語はオレでも知ってる)。逆にそうしなければならないこと自体が概念の分節にみられる恣意性の例として優れている所以。そもそも「名前で区別」するのは概念がないからだとは考えられない? 文化的に区別する習慣や必要性がないといえるのはどうして? もちろんボアズが言うように、風土や気候による強制的観察というのはある程度あって (有名なイヌイットとアズテク人の「雪」の概念の違いとか) それを全く否定できるわけではないんだけど、わざわざオレが親族名称で例を挙げたのは、そういう基礎的語彙はア・ポステリオリな「文化」の影響を受けにくいからなんで。
「必要ないから」で説明しようとする機能主義的アプローチってのは50年も前にとっくに破産してるのであって、人間の文化的習慣には機能とか要不要で説明できない一見無駄なことがたくさんある。必要ないことはしない、というのであればそういう習慣はそもそも生まれないはずだ。モースやレヴィ・ストロースを持ち出して来るまでもなく (当然それくらいはおさえたうえでそういうことを言ってるものという前提)。人間が世界をどう捉えているかということはどのように概念化してるかということとイコールで (とりあえず概念化の手段がなんであるかということは措いておくにしても) 文化や知識ってのは人間が把捉した世界の記述なわけ。文化とか知識というのは言語的概念の蓄積でしょ? そうでなかったら世代間コミュニケーションが不可能だから。で、文化や知識が思考を規定するのであれば、その文化や知識はどこから来たのだろうか、ということ。尤も「文化」と「知識」を同列に並べるのも話を混乱させてるんで、文化を「伝統」という語に置き換えた方がいいかも。文化ってのは枠組だっていう風に定義する方が普通だからね。少なくとも「文化人類学」の「文化」はそういう意味だ。
[人間城の主な日々(念彼観音力もしくは人間、自由内)<7月8日>より]
概ね了解。
「知識」は間違いです。「知っていること」とするべきでした。何かについて「知識として知る」ことだけではなく、「感覚的なものや、経験などもひっくるめた広い意味での知っている」ということを言いたかったので…
とりあえずつっこんでこない限り、かたい話は昨日までで終了。
しのぶさんのところの日記 2001/6/29 2001/7/2
もう既に実践に取り組むべき時期だが、あいかわらず弟くんがPCを占領しているために取り組めないので、パターンの本(デザインパターン(GOF)とソフトウェアアーキテクチャ(POSA))を購入。
バグのでにくいきれいなコードを書くための本(コードコンプリート、ソフトウェア作法など)や、ベターな方法論(Effective C++、More effective C++など)を書いた本にひかれたものの、良質な入門書ではそれらに触れているため、一番見入りの多そうなものとしてパターンの本を選ぶ。
Effective C++は学校の図書館から借りる予定。More effective C++はRubyの本とあわせて図書館に購入依頼。どうやら高度な本では、Effective C++、More effective C++、デザインパターンを読んでいることが前提らしいので。
ボーランドのフラッグシップ・プロダクトのエントリー版 Borland(R) DelphiTM 6 Personal 無償ダウンロードを決定
……やっぱりそう来ましたぁ。 JBuilderとDelphiの新ヴァージョン最下位版がPersonalに改められた時から……あやしいと思ってたのー。あとは…Mac版……。
やっぱり.NETはWindowsを駆逐かにゃ? 別にいいにゃ、Visual Studio.NETがでてくれさえすれば…
Windowsの勢力がある程度減少しないと、クロスプラットフォームなOfficeはでにゃいだろうし…
無謀な目標…2ヶ月あればどうにかなるでしょうと…
最重要なmath要素に注目。
<!ENTITY % math.qname "%MATHML.pfx;math">
MathML自体の調査は今回の目的ではないので、マーク区間は無視。
<!ENTITY % Misc.extra "| %math.qname;">
<!-- Extending the Model
While in some cases this module may need to be rewritten to
accommodate changes to the document model, minor extensions
may be accomplished by redeclaring any of the three *.extra;
parameter entities to contain extension element types as follows:
%Misc.extra; whose parent may be any block or
inline element.
%Inline.extra; whose parent may be any inline element.
%Block.extra; whose parent may be any block element.
If used, these parameter entities must be an OR-separated
list beginning with an OR separator ("|"), eg., "| a | b | c"
All block and inline *.class parameter entities not part
of the *struct.class classes begin with "| " to allow for
exclusion from mixes.
-->
<!ENTITY % Misc.class
"%Edit.class;
%Script.class;
%Misc.extra;"
>
どうやらブロック要素やインライン要素として使えるもよう。
Misc.classの参照先には「ルビの中身としては使えない」などの、詳細が記述されている。
Visual Basicの筆記試験なんて、何をやるのか全くの謎だね。
さすがですね…彼にはプリティ・サミーの小説版という前科があります。
噂のあぃまぃみぃやハンドメイド・メイがいかなるものなのか見てみたいのだが、弟くんがビデオに保存しておきながら鑑賞する気はないようなので見れない。
第一話以来どんどん減速していくと話に聞いた東京ミュウミュウは、BOOK OFFで百円になったら買うらしいのだが、小遣いのほとんどを見もしないアニメを保存するためのビデオに注ぎ込んでいくので、真偽のほどは定かではない。…いや、50円や100円で買った本のあの冊数(ダンボール5箱以上)を見ると大丈夫か。
…そういえば読ませてもらってない本、たくさんあるな…
私自身は萌えがよく分からないのですが(性同一性障害の気があるせい? それとも一度感情をほとんど閉じ込めてしまったせい?)、前に聞いた話があったので書いておこうと思います。
…ええと、『萌え』は相手を対等な立場とみなしていないそうです。ですから、相手の存在そのものを全部ひっくるめた『個人』として『好き』だというのではなく、相手のある『部分』に『萌える』のだと。
これに関して、二つの話があります。一つは『相手を所有したい』という気持ちが『萌え』であるという意見で、まさに『萌え』を描いた小説があるとか。
もう一つは欠点、弱さ、かわいさなど、『まもってあげたい』という気持ち(あるいはその逆)がくすぐられるのが『萌え』であるという意見です。
P.S.『萌え』が『燃え』から派生したという話もありましたね。
とても勉強になりますね。Javaを知らない(弟くんがやるらしい)ため、結城さんの本ではなく原典をあたることにしたのですが、そのかいあったと思います。
経験を積んでいる人にはあたりまえのことなんですけど……「ありとあらゆる組み合わせが可能になるよう、機能ごとに分解して設計する」ことや「機能を追加したり中身を変更したりしても他の部分に影響を及ぼさない」こと、「だからといってそれぞれに対するさまざまな処理を個別に作成するのではなく、統一的なインターフェースを使ってアクセスすることによって実現する」ことが具体的な事例(コード)を通して語られているのでとても参考になりました。と同時に、うまく活用さえすれば容易にそれらを実現することができるオブジェクト指向の凄さを思い知らされます。
やはり、よいソフトを作り上げるにはよりよい設計が必要なんですね。企業で分散してやるのならともかく、個人で作る分には設計はいらないだろうと思っていた一年前の私が恥ずかしい……
「異性に抱きつかれると動物に変身してしまう」一族ってのは、そのモノノケが取り憑いて以来のン百年間、どうやって繁殖して子孫を残してきたのでせうか。(笑)
[ねこめしにっき(娘娘飯店しるきぃうぇぶ内)より]
……ろくなのでませんね。抱きつかれないように気をつけてやってください(……)。
別に「動物に変身するメカニズムは体の遺伝子と共に形態形成場を書き換え、体を再構築しなおすことにある」から、それを抑制するための秘薬あるいは聖地があって、それを使って繁殖する。…という、ミュートスノート戦記を真似た空想科学的あるいは伝記的アプローチをとってもいいのですが、それをはじめるときりがありませんので。
ところで……動物になった後はテレパシーで話しているんですよね? 違わないですよね? 生物学的にみて、口(あごでしたっけ?)の形が違うと人間の言葉は発音できないのですが…
弟くんのいない時の方が読書がはかどるのに、弟くんがいる時にはパソコンが占領されるので読書するしかないというジレンマの結果、結局読書しかしないという罠。…にもかかわらず、昨日ようやく『デザインパターン』読了。…時間かかりすぎです…
デザインパターン・メーリングリストより。フレームワーク3部作。
久しぶりにネットにつないでみて、時間の蓄積(流れ)を実感してみたり……
遅い話題であることを承知で。一番恥ずかしい本は濃い絵のホモ本だと思います。私がドキドキしながらレジに持っていったのは、はじめて童話でも絵本でもなく少年漫画を買った時でした。以上、女友達からやおいの本を貸される(いつも言及しているのとは違う)弟くんを持つひとより。
明日は創作活動総合掲示板更新のタイムリミット。…一ヶ月に一つは書きこみがないと消えてしまうので…テーマはおそらく「一人を輝かせるか、二人を輝かせるか」になると思います。本当は日記で「やおい」と「エロパロ」どちらが優れているかを考察するための手段として使うつもりだったのですが、それを語るにはまだまだ読みたりないと思ってやめました。
サークルのコラムはやはり「悪役のススメ」でいきますか。
「構造を考察し、方法論を追及していくのはいいけど、あまりやりすぎると『Vガンダム』ができるわよ」
「もう手遅れです。夢オチを追求した結果、変化した未来を追体験し、知っている未来とつき合わせて延々と考察するという『電波バリバリな作品』が去年にはできあがっています」
「まともな話として成立するかもしれないリバース・サイドを書き終えてから、発表するんだっけ?」
「もう、アイデアはありますよ」
「…な〜に言ってんだか。そういう作品が5つも6つもごろごろしているじゃない。アイデアどころか、プロットやシーンも決まってる作品が」
「うっ…!」
「まあ、さすがにパーフェクト・ジャスティスは無理でしょうけど。こないだ思いついたマン・ハントなんか、前に書いた小説をリメイクするだけでしょうし」
「…えへへへへ…(…)」
「もっとも、小ネタとしては使えているようだけど」
「それはもちろん、全ての物語が回帰するための原点を書きたかったわけですから」
「で、電波な作品ができあがるわけね」
「……」
「リバース・サイドがまともになれるのかどうかもあやしいところよね」
「……」
…以下、延々と続く。
ようやく弟くんが2話だけ見せてくれました。『遥かなる時空のなかで』と『コレクターユイ』を合わせたような作品といわれても、『コレクターユイ』を見てなかった私には分からないんですけど……シリーズ構成は金巻兼一さんっ! 『ガルキーバ』の金巻さんです。小学生の時に出会って中学生の時に再会した白倉由美さんの作品と同様、彼の作品には大きな影響を受けました。…というわけで、続きがとても楽しみ。
どうしても、自分の分身がたくさんいる気分がぬぐえません。特に亞里亞と千影の姿は自分とダブらせて見てしまいます。ある意味、重症ですよね。まだまだゲームと小説には触れていないので、それらをみてどうなるかはわかりませんが…
ソフトウェアアーキテクチャ(POSA)読書中。世の中にあるいろんな仕組みが、こうやって組み立てられているんだということが詳細まで分かって非常に興味深い。ただし、一度はまり込んでしまうとなかなか先に読み進められなくなる。
「何か。」の開発版(うなぎ計画)はゴースト同士の会話をそれまでのBrokerアーキテクチャパターン
[POSA p.94]による分散処理からMaster-Slaveデザインパターン
[POSA p.241]による並列処理へと変えたようですが、Chain of Responsibility
[GOF
p.237]なのかMediator
[GOF p.291]なのか分かりません。Command
[GOF
p.249]ってことはないと思いますが……まさか、Blackboradアーキテクチャパターン
[POSA
p.69]とか……そうでないと信じたいところだね。
注:Blackboradアーキテクチャパターン
はアルゴリズムが分からなくても正しい答えを導きたい時に使われるもので、思考錯誤の過程そのものを設計します。適切に構築することで無限の可能性を発揮することできますが、普通実装に何年ものかかるほど大掛かりなものになります。
先々週予測を書くのをやめなかったら…と思いましたが、当たりばかりでは面白くありませんね。
ギルス…やはり体が弱りすぎて思考力低下中。
コメットさんを見る前に書き込みしなくてよかった…あやうく「ある人のそれまで見れなかったような側面を描くことで、魅力的にみせることも、逆にそれまでの魅力を失わせることもできる」ということについて触れそこなうところでした(とは言っても、まだ書いてないので書きそこなう可能性あり)。
エンジェリック・レイヤーでは戦いが中心となっているので少年漫画でいいのだろう…アニメはそうでもないが。少年漫画でなければ戦い以外のところを多く描いて戦いはおまけとなるか、戦いそのものを表現の手段としてしまう…。例えば一瞬で戦いが終わったり、『遥かなる時空の中で』のゲーム版のように愛が深まっていくところ(ようするに想いの変化)を見て取れたり。…誰か既にこのこと書いていたような気がする。
…で、テーマ性を前面に押し出してくるから、ちょびっツは青年向けと。ネタも分かる。…おそらく〜〜〜が???したとき、***は###になるに違いない(自粛)…伏せなくてもよかったかもしれない。三つあるし…
お空がきれいだと、おひさまつよいの〜
お空がくもると、雨が心配なの〜
「ひとは二つの力を持っている。力を与える、あるいは力を
「アクエリの主人公ってみんな戦いを終わらせようとしている人達だけど、そういう主人公達同士が戦う話があったら面白いのに。」という話を思い出して、なんとなく発想。ハンター*ハンターの念能力と同じく、適用範囲は広そうだけど……既に誰かがこのアイデアを出しているだろうね。
例えば、闇の末裔放映時とフルーツ・バスケット放映時の花とゆめの宣伝とか。
ソウル・テイカーの宣伝とか。宣伝間の違いどころか、熱い曲が後でかかっているのに「こむぎちゃんだよ〜。」とか「萌えもえ〜。」とか言っていること自体もギャップですし、あぃまぃみぃで宣伝が流れることも…。
弟くんはコスプレと聞くと、こむぎちゃんしか思い浮かばなくなるくらい洗脳されてしまいました。
POSA読了。PLoPDの翻訳本を書店で見かかる。どうやら、パターンの学習に終わりはないようだね。先にコードコンプリートを買った方がいいか…。
POSAは体系的にとらえた本なので、一読の価値あり。その反面、他の本で紹介されているパターンは解説せずに、名前をあげて簡単な説明をするにとどめるという方針なので、あとで参考文献を実際に読んで知識を補う必要があると思われる。少なくともGOFは先に読んでおくべき。
POSA2には、POSAの時点では手探り状態だった並列処理等のパターンについて書いているもよう。両方で一冊の本と見るべきか…。
http://st-www.cs.uiuc.edu/users/patterns/patterns.html
どうも軽くなっていないと思っていましたら、まだパフォーマンス・チューニングはおこなわれていなかったようですの。
懸念は的中ですの。どうやらWin9xは開発環境からはずされてしまったようですの。
【募集対象】
◇JBuilder(バージョンを問わず)を使用した開発の経験がない方。
◇以下のいずれかの開発者の方。(各開発者から2〜3名を選出します)
・Javaプログラミング初心者
・JBuilder以外のJava開発ツールを使っているJava開発者
・JDKを直接書いているJava開発者
◇本名(あるいはハンドル名)の公開が可能な方。
【募集対象】
◇Delphi(バージョンを問わず)を使用した開発の経験がない方。
◇以下のいずれかの開発者の方。(各開発者から2〜3名を選出します)
・Windowsプログラミング初心者
・Visual Basic開発者
・Visual C++開発者
・Webアプリケーション開発者
◇本名(あるいはハンドル名)の公開が可能な方。
Game Programinng Gemsの書評を発見! 書店の売れ行きを見ると、値段のわりには好評なよう。
Turbo Linuxに収録予定のRADツールWideStudio1.30公開
血のつながっている可能性のある妹達だから、きっちり書き分けなくてもいいのでは?
そういえばキル・ゾーンの
要約すると
一族同士…じゃなくて、呪われているもの同士では抱き合っても大丈夫な草摩家。
では呪われているのは?
ああっ、草摩家のご先祖さまの派手で背徳的な日々がいま赤裸々に〜〜っ!