星の贈り物

概念の根拠が異なるなら
それを自覚せずに相手に意見を伝えることはできない

2003年6月の日記

2003年6月1日

この手のことは、書くと 既視感 ( デジャブ ) におそわれてしまうのですが……

絵本や漫画のもつ表現力が羨ましくなった。

別に自分の技量不足を棚に上げて、「〜〜だったらこれが表現できるのに」とかそういう意味ではない。絵の持つ優位性と、やろうやろうと思いながら絵の練習ができていない自分に対し、劣等感を感じているわけでもない。単にそれらにしかなしえないであろう表現というものに心を引かれてしまっただけだ。表現力と言えば映像とか、アドベンチャーなどのゲームとかそっちの方が増すだろうし、それでしかできないこともある。でもそうではなくて、絵本や漫画のもつ表現力そのものが羨ましくなったのだ。

具体的にそれで何をやろうというものはまだない。だけど、なんとなく羨ましい。


2003年6月3日

マナツノユメに捧ぐ

[topic:ゲーム、考察]

しのぶさんをはじめ、いくつかのサイトでこのシナリオには否定的な意見が書かれているものが多い一報、肯定派はただそれ系のシナリオとして肯定するだけだったり……。だからこそ、書いてみます。

このシナリオの背景には心残りがあるのではないでしょうか? その選択の先にあるのは偽りの安らぎか、戦いか……それを知っていたからこそ、あの世界をなり立たせるために本編では葬らざるをえなかった。でも、別の世界だったらどうだろうか? もしそれがゆるされるとしたら? (このことを考えていると、国家がイスラム教を禁じたり、国家の役人としてイスラム教徒であることを表にしてはいけない間、それを尊重してイスラム教徒としての儀礼を中止するという行動を取ったり、逆に国の制度では一人としか結婚できないが、書類上はそうでも、イスラム教の儀礼の上でこそ結婚は成立するんだから事実上複数の相手と結婚してしまう、というウィグルのイスラム教徒の話をなんとなく連想してしまうのですが……(イスラム教の話をしているときにこのことを持ち出すと、いつも「あれは特殊」とかわされてしまいます……)らしくないけど、もしかしたら、勝ち取るという可能性も考えられたかもしれません。) 例えば、それが常識的に許される世界で、彼らが彼らのままでいられたらとしたら? そういう可能性があるとしたら、どうだろうか? そうした想いがどこかで引っかかっていて、それを吐き出したものではないのでしょうか? そして、そういう「わがまま」の産物であることを理解しているからこそ、エンディング講座で「見たくない人はこのまま封印してもいい。」ことをわざわざ語らせているのではないでしょうか?

「わがまま」を書いてしまったのは創作者としては失格かもしれない。だけど私は、うまく想いを吐き出すことができたことに拍手を送りたい。

「好きです。」


2003年6月7日

先週から100質問を効率良くよくマークアップするための準備として再帰的な構造を定義しようとしていたんだけど、全然うまくいかなくて、悩みに悩んだ挙句例からそのままとってきた関数を定義して質問をぶつけてみる過程で、色んなところで()を typo (打ち間違い)しまくっていたことが発覚。

道理でメッセージ見てもエラーの個所が分からないわけだ……。

やっぱり XML 書きとたまにエディタのマクロに使うぐらいでは、全然 Lisp に慣れていないようですね。 XML 中で XML に展開するためのスクリプトを増やしていけば……どうかな?


2003年6月9日

高みを目指すとことについて書かれた文章を参照しつつ、かつてそうであり今はそうでないことについて書いてある文章について考えていた。

……だけどダメだ。やりたいことが様々な方面に渡っていることが情熱を分散させているし、私の持つ惰性がそこに立つことの傲慢を突きつける。

惰性。通常はただの停滞に過ぎないが、ある種の人間にとってそれは運動選手の薬物使用と同じような価値を持つ。「……になるまで待つ。」「……が降りてくるまでできない。」「まだその時期じゃない」それらはいずれもしないことへのいいわけに過ぎない。だが、本当にそうすることによって、そうしなければできなかったことをなし遂げたとしたら、そうしなければ辿り着けなかったところに行けたとしたら、そしてそういう経験が何度も何度も繰り返されたとしたらどうだろうか? 決めた通りにやらないことによって、価値ある偶然に何度も遭遇できたとしたらどうだろうか? それはまさに麻薬になる。

私はそれに溺れている、やろうやろうとしながら全然できないといった負の側面を抱えていることを知りつつも。

私はそこに立つことはできない。


2003年6月19-22日

Winnyの不正コピーでTVCMが成り立たなくなる理由って、このあたりの話は『広告戦略の憂鬱』として既に考察済みなんだけど……。

ということだけ書いておいてもしょうがないので、代わりにねこめしにっき閑古鳥 -> 徒然草他より、ガンダムSEED占い

shelarcyさんは【 ラウ・ル・クルーゼ 】です!

ラウ・ル・クルーゼさんのあなたは、誰とでも分けへだてなく付き合える、フレンドリーなタイプです。極端に嫌われることは滅多にありません。努力することはあまり好きではなく、そのためなんとなく状況に流されがちなところもありますが、敵を作らないので、結果的には何とかなってしまったりもします。年下と付きあっても、主導権は相手に握らせます。

で、裏で色々と企んでいると……。

続いて一発や(検閲)日記日々の記録より、ツキアイゲノム2

KIF-SMART

このタイプの特徴は・・・

●基本的に『文句言い』です。
●人にモノを頼まれると燃えます。
●ふやーっとモノを考えるのが好き。
●話好きだけど、お互いあまり詮索しすぎない距離が好き。
裏ゲノム
KNIGHT
仲間に頼りにされたい「いざ鎌倉系発想」
INSPECTOR
周囲に疑問を投げかけ、新しい可能性をみつける「どーなのよ系発想」
FEELING
気持ちや直感で物事をジャッジする「フィーリング系発想」
表ゲノム
SMART
軽快トークでもめ事ブロック。すりぬけ系のコミュニケーション

日記上での事を意識しすぎたかなと、もう一度やってみたらこっち。

KIF-COOL

このタイプの特徴は・・・

●どっかでヒトはヒト、自分は自分と割り切っているタイプ
COOL
ヒトはヒトカモメはカモメ。わりきり系のコミュニケーション

基本的に喋るとすればが前提みたいですね。『文句言い』ではなくて、何も思いつかなければ何も言わなくて、思いついたら『じゃあ、こうしたらどう?』って提案するような感じだと思いますが。

必要性

[topic:読書]

(不完全なテキストをここに残しておく。)

今は何も書けずにいる。忙しくしてしまっているのも一因かもしれないけど、そうではなくて、ただ書けずにいる。

『認知意味論』『<意識>とは何だろうか』『考える脳・考えない脳』読了。ようやく認知の本を読むという一昨年の課題を終えました。(正確には全く読んでなかったわけではありませんが、ユーザーインターフェースの方面ばかりで基盤となる分野を見ていなかったようなので。)

これらを読んでいて、この分野において後期ヴィトゲンシュタインの存在がいかに大きかったか見せつけられますが、正確にはロッシュの「プロトタイプ理論」および(「プロトタイプ理論」をふんだんに解説し示している……とはいえ、こっちでの解説を無視して誤解したままのケースも多いみたいですが……)最初にあげた本の著者のレイコフの意見をもとにしているような感じなので、こちらの考えの方が好ましいと考えている身としては、読んでみる必要があるかないか悩むところ。

2冊目は脳と心関係の本を良く読む人から厳しい意見を向けられてるみたいですね。『脳のなかの幽霊』を読んだ方がよかったかもしれない……。

(仮説も含めて)こうした最先端の話を知っているとアンドロイド観も変わるだろうなと一瞬思いましたが、良く考えればあまり変わらないか……。もちろん、ある種の描写はやらなくなるだろし、逆にこういう描写の可能性があるんじゃないかというところはでてきますが。こういう意味でむしろ致命的なのは、(学者に蔓延しているものも含めて)世間的な誤解のフィルターを全て取り払ったあとの遺伝子の扱いでしょうね。もちろん、そこに幻想としての嘘を持ちこんじゃダメというわけではありませんが。正確であるよりは作品であること選んだ方がいいと思います。……何が正解なのかは結局のところ最後までわかりませんし……。

…………

違う。このまま書き進めていけば、書きたいことを完全に踏み外してしまう。(それが何だか分からないけど、創作における嘘と知識の価値なんてことについて話したいわけじゃない事は分かっている)そう思って書けなくなったテキストがここにある。

それについて愚痴を言いたいわけではない。この間の言葉を繰り返したいわけじゃない。それでも不十分なままこれを書き残しておきたいのは、足掻きかもしれないけど、これを書き残しておく事が私にとって価値あることだと思っているからだ。

diary2003-06.scm

2003年6月28日

やるべきレポートはだんだん増えていくけれど、じっくり時間をかけてレポートが育ってくるのを待つ。

間に合うなら、それで構わない。


2003年6月29日

とりあえず英国発「完璧な紅茶」のレシピはマークしておいて……

それから今日もWind Reportより、哲学者占い

あなたは現代ドイツの哲学者 フッサール です。

深く本質を見極める才能に恵まれたあなたは,まわりの 人に頼られ相談されることも多いです。親しい人には強く信頼されますが,あまり親しくない人には誤解され易いです。

特徴:

本質を見極めることができる。

相性良:

プラトン,カント,ゲーデル

相性悪:

デカルト,フロイト,ラカン

ラッキーワード:

『志向性』『現象学』

精神レベル:A 思考レベル:A 実践レベル:B

哲学はあまり良く知らないので、どうコメントをつければいいのやら……。

モデルの保証

[topic:企業]

得尊さんのところで検討されていた「ビジネスモデルを保証するのは誰か?」という話t.A.T.u.問題(t.A.T.u.の話に関しては追加でこれも……あんまり深く突っ込む気はないのでこれ以上リンクを増やす気はありませんが……)は決して別物ではありません。

なんらかのモデルを保証するのは、モデルを形作っているものたちの価値観と、周りによる価値の承認だと私は思います。

企業に顧客の満足を第一とする価値観が真に浸透しているなら、顧客満足を得るためにリスクを犯してでもモデルを変えていくだろうし、顧客満足のためなら余分なコストをかけていくだろうし、逆に顧客満足を損なうような事業の拡大はしません。一方利益の最大化を取るなら、現在のモデルや慣習をできるだけ維持し、そこで最大の利益を取っていこうとします。モデルの中で提供するもの自体が一番重要であると考える場合には、その価値観をベースに、それ以外の部分ではどちらかというと保守的で周りの情勢に乗っていこうとします。大雑把ですが、企業は大体モデルに対してこのような姿勢を取ります。(ここで注意しなければならないのは、どれが短期的視点であり長期的視点であるかはまた別の問題であるということです。顧客の満足を選んだからといって、長期的な満足を選んだとは限りません。)……いえ、正確にはモデルを試してみるだけならどのタイプでも可能です。しかしながらそのモデルを維持したり、きちんと確立されるまで面倒をみるたりするための原動力となるのは(惰性的な部分を含めて)価値観に他なりません。

次に、周りによる承認が重要です。モデルに支持が集まらなかったり、周りにボイコットされたらモデルが成り立たないのは言うまでもないと思いますが、こうした承認は力に従った暗黙のものや、システム的なものでも構いません。例えばユビキタスの例として挙げられている、商品にIDタグがついていて店から持ち出すだけで自動的に清算されるシステムが広く使われている場合、万引きの概念はそのシステムに対して不正を働くことへと変わるため、特別な店でもない限り無断での商品の持ち出しを咎めるようなモデルは時代に適合しないものであり、それよりはシステムを無駄なペットボトルやビン、カンを防ぐ飲み物、調味料等の計り売りの復活に用いたり、システムを認めた上で、それでも清算の際に店員とのコミュニケーションを取ることで得られる+αを重視できるよう努めていくというやり方の方が周りに受け入れられ易いはずです。

だからブランディングやマーケティングの場合、承認を得ようという方に重心を置き過ぎなところに問題があったり……


2003年6月30日

シスプリの連載終了に寄せて

[topic:シスプリ]

シスプリの終了が他の人にとってどんなに衝撃的なものであったのか、私にはちょっと予想がつかない。

可憐の過去のエピソードが語られているという話を聞いた時点で、そうなるのかなと薄々想像していたし、作品との向き合い方は送られてきたものと語りあうという形であって、お祭りではなかったからだ。だけど、最後のエピソードが本にならなかったら嫌だなと思い、最終回収録の雑誌を買うべきかどうか迷っている。(読者のコーナーがあと一回続くらしいので、ちょっと期待しているんですが……)

私は追いかけられる限り全力で追いかけていったわけでもないけど、それでも私にとってシスプリは間違いなく人生の一部だと思う。妹達に心を重ねて、幸せな想いを感じたり、憧れたり、羨ましがったり……まるでゲームにおいて女の子を攻略しているのではなく、女の子で主人公を攻略しているんだよと言いたくなるような、そんな感じで側を追いかけていったその日のことは。…………ひょっとしたら、だからこそ全力で追いかけていってはいけなかったのかもしれない。今日 リピュア DVD キャラクターズを観て、その話を6ヵ月ぶりに観て、このことを再確認した。

だから、こういう作品に出会えたことに、いつか何らかの形でお返しをしたいと思う。

お疲れ様でした。

……って、まだ少し早いかな?


声なき言葉へ