1つはすべてに収束し
すべては1つを輝かせる
終わりのための始まりか 始まりのための終わりか
結果のための過程か 過程のための過程か
その問いに答えはない
だとすれば――神は一体何を望むのだというのだ?
掲示板への雑記より
マイクロソフトのウェブ認証やハードウェアキー、ソフトウェアロックなどいろいろありますが…ネットに接続できないと使えないというのはまずいのではないでしょうか? セキュリティ上ネットワークから隔離しておくということがありますし、ワークステーションなどではシステムを保全するためにもLANだけにとどめておきたいはずです。
これらがネットにつながれることによって生じうる被害をどうやって補償するつもりでしょうか? どんなに安全性を主張しても無駄です、安全は常に裏切る可能性を持ってますから。
どんなプロテクトも完璧ではありません。作られたものである以上、いつかは破られます。さらに、ハードウェアキーであればハードウェアの故障、ソフトウェアキーであればハードディスククラッシュという危険性が待ち構えています。再インストールのたびに認証コードの発行し直しと言うのもナンセンスです。さらには不正使用ユーザーであれば、前述にある通りプロテクトを破ってから使用します。それでもプロテクトを施そうというのは無駄な努力なのではないでしょうか? ……確かに気軽なコピーは駆逐できるでしょうけど…
究極のプロテクトは機能の中枢をハードウェアに詰め込んでしまうことです。こうすればハードウェアを作らない限りどうやっても不正使用はできません。ですが、それで本当にいいのでしょうか? ソフトを使おうとすれば使おうとするほどスロットやポートなどが必要となり、ハードウェアが必要となる――それはおそらくPCの汎用性の喪失を意味することになるでしょう。こうすればいいと思っている方、もう一度じっくり考えてみてください。
安いソフトのことは頭から切り離してください。ここでは高いソフトのことについて言及します。
不正使用の元凶、それはソフトの値段の高さです。アカデミックや学生版などで各社も対応してはいるものの、それでもまだ高いです。安く提供しているとは思えないくらいに。
もちろん、そういった自体を手をこまねいてただ見ているわけではありません。安くすることでこれまでの市場の範囲にはいなかったユーザーを獲得すれば、これまでと遜色無いあるいはそれ以上の収入を見込めることは分かっていますし、それによってさらに値段を下げという循環ができることも知っています。ですからキャンペーン(発売キャンペーンや同系列の別ソフトからの乗り換えキャンペーンなど)を行なったり、3D Studio maxやAfterEffectsに見られるようにそれまでプラグインであったものをバンドルしたりします。Mayaの乗り換えキャンペーンで対象ソフトがLW・Maxになっているにもかかわらず、実は商用3Dソフトなら何でもよく、しかも確認は商品の発送後でいいといういいかげんにも見える対応や、AfterEffectsにおける値段を下げずにPro版に13万相当のプラグインを同梱、ただしバージョンアップ版やアカデミック版には同梱しない(結果的にAfterEffectsのPro版を買うのが一版安い)というような方針の中に、値段を下げれないことへのジレンマが見え隠れします。3D Studio maxに学生版が復活したのも同様です。
ではなぜ値段を下げれないのでしょうか? ソフトウェア開発に多額の資金が必要となることは大きな理由ではないと思います。経営者がよほど愚かでない限り、安く広く売ることによるメリットを分かっているはずです。だいたい1〜1年半くらいの割合でバージョンアップしていることを考えると、バージョンアップ版を買うユーザーをより多く呼び込めることを期待できますし……
今でも一部のハイエンドソフトはそうですが、以前はハードウェアの時点で市場を狭くせざるをえない状況にありました。高いハードを必要とするソフトはいくら安く売ったところで限られた市場にしか売れません。すると高く売る以外に採算を取る方法はなかったのです。しかしながら、PCの性能は上がりました。もはやこれを理由とすることはないでしょう。現在なら特にハードウェアに制限されることもなく、安く売ることで市場を広げることができるでしょう。
アフターサービスです。仕事用のものとなると、年間いくらという具合にアフターサービスを金を支払って買うということも行なわれます。これはちょうどヘルプデスクとアップデートの配布、無償アップグレードを一体化させたものです。 これを応用すれば無保証でソフトを安く売って、中途半端なものではない完全なアフターサービスを別に売るというようなことができそうですが、この文章を見てすぐに思いつくほど理想的な運用ができるわけではありません。
まず第一に、完全なケアをするということになるのならそれだけ人手が必要となります。アフターサービスつきで幅広く売れれば売れるほど自分の首を締めることになり兼ねません。また逆にこれをソフトより高く売る場合に割高感が拭えず、アフターサービスの方が全然売れなかった場合、アフターサービス用の人件費があまりにも高くつきます。
…というわけで、なかなか舵取りの難しいシステムです。Mayaの値段を下げれないジレンマはおそらくこのサービスを行なっていることに起因するのだと思われます。
安いソフトと同じ市場に移るということで、安いソフトとの競争をおこなうことになります。同じ目的のソフトなのだから今のままの値段でも競争しているんじゃないかという意見が聞こえてきそうですが、違います。高いソフトは高くあることで、安いものとすみわけをおこなっています。現実が経済学上の常識を裏切るというのは常で、企業は特定市場での独占を得るために常に他との差別化をはかります。ソフトを高く売ることで、安いものとの区別をおこなっているのです。
仮に同じ値段でソフトが売られていたとしましょう。高くあったソフトはそれだけ高機能を備えています。ですが、その機能は万人にとって必要なものでしょうか? そんなに多くの機能はいらない、自分に必要な機能だけで十分だという意見もあることでしょう。高かったソフトは高かったものが安くなったことが大きな武器になるでしょう、ですがだからといって勝利を確信するということはできません。人間は完璧ではないのです。よいものが粗悪なものに駆逐されるということはよくあります。ソフトを安く売るということはそういう危険に足を踏み入れることです。メーカーは慎重にならざるをえないのです。
…というように、ソフトを安く売れないのは色々とジレンマがあるようです。当初、Unixやフリーウェアなどと比較して叩くつもりだったのですが、きちんと分析してみるとそうはいかないようです(保守も安く売るときの販売システムの提案として出すつもりだった…)。
ただ、不正使用を本気で防ぐ気があるのなら、マニュアルはもっときちんとした方がいいと思います。それがマニュアルが分からない→ソフトの使い方の本が出る→マニュアルは必要無い→不正使用が可能といった循環を生み出してるのだと悟った方がよいでしょう(かといって、やたらとマニュアルを参照させる解説本も困ります)。
〜常識を打ち砕こうとする割には、周りがよく見えていないようだな。
所詮、未熟者の遠吠えに過ぎないということか〜
現実との乖離は大きなものです。これに基づいて訴訟を起こす以外に、どうすれば再販の予定のない絶版品から利益をえることができるのでしょうか?
知り合いが言っていたように、絶版から約5年で消滅するようにすべきです。 ただし、保持しつづけることを公表することによって維持できるようにはしておきましょう。その場合、登記のような確認に手間のかかるものではなく、作者のページまたは著作物そのものに分かりやすい形で明示すること。そうやって保持できるものは全著作物の3割程度に押さえること、といった条項も必要でしょうね。そうしなければ全著作物の権利を保持されることになりますから。
絶版の規定のガイドラインは通産省(経済産業省でしたっけ?)にでも決めてもらいましょう。今の案だと公開されたサイトに著作物を掲載することで著作権の消失を防ぐことができます(笑)。
そうなると、著作権を監視する団体が必要になりますが…できれば1つでない方がいいでしょう。Jasracの二の舞はごめんです…(ほんの少しを含めて)一部使用するのに全体の著作権料が必要、作者が許可したからといって使用料を払わなくていいということにはならない……などなど。
ついでに言えば、著作権を放棄できるようにもなって欲しいですね。
前回はメーカー擁護よりの立場でしたので、今度は批判よりの立場で語ってみることにしましょう。
まずは高いソフトが高くあり続けるもう一つの理由から。
高級感というものを武器にいくらすみわけを狙ったところで、やはり安いものと比較されますし、そことの競争を完全になくすことはできません。どこまでも細分化し差別化を行ったところで、大きな視点で見ればやはり同じ種類のものであることに違いはありません。特にそれがソフトである以上、同じ働きを持つものとしての同一感を拭うことはできないでしょう。安いソフトとて、現在の状況をただみているわけではありません。より高機能をより安い値段で提供することを売りに高価なソフトにより近づき、あるいは一部の機能では高いソフトを追い抜こうとするでしょう。実際、同値段程度の高価なソフトの廉価版に比べると遥かに優秀だったりします。
ではそのような危機が近づいてくるにもかかわらず、なぜ大幅に値段を安くすることに踏み切れないのでしょうか? それは短期的な収益を重視する企業経営のありかたに原因があります(ハイエンド3Dソフトはカナダが本社なので、事情が違うかもしれませんが……)。
売り買いして利益を得る印象が強いかもしれませんが、株式の制度はもともと金持ちが資金を事業に対して資金を提供し、事業が成功したならば配当を得たり高くなった株を売ることで見返りを得るというシステムでした。このシステムを日本のようになあなあでやらず厳密に適用するならば、経営者は株主の利益を考えて収益をあげなければなりませんし、それのできる経営者こそが株主にとって望ましい存在です。その結果、赤字に耐えてより大きな利益を目指す長期的な戦略よりも、目先の利益を求める短期的な戦略に傾いてしまいます。社員が株を持つストックオプションを導入している企業ならなおさら、株価の不振による企業離れをも警戒しなければなりません。それゆえソフトの値段を大幅に引き下げるという危険な試みに二の足を踏んでしまいます。改革よりも安全を。いわば株式制度が冒険的な試みに対する足かせになってしまっているのです。
これは株式だけではなく、営利団体という組織全般に対しても言えることですね。
アカデミックがそれでもなお高いというのは明らかな事実です。Microsoftと他社を比較してみれば良く分かります。Adobeにしろ、3Dソフトにしろ、値下げ額は大きいかもしれませんが、その割合や安いソフトと比較したときにその高さが目につきます。Microsoftの開発言語はアカデミックとなることで、大幅にその値段を下げます。大体3〜4分の1程度に。対して例えばAdobeならば2、大きくても2.5分の1くらいの値段にしかなりません。さらにはアカデミックを安いソフト(の非アカデミック)と比べた場合に、値段的にそのソフトと競争するようなラインには立っていません。
もはやアカデミックがなお高いというのは単なる感触ではなく、厳然たる事実として受け止めなければならないのです。
高いものが高くある理由を失ったとき、割高感だけが残ります。廉価版はその需要を満たしません。PhotshopLE然り、バンドルソフトの関係でProの方が遥かによいように見えるAfterEffectsのStandardやアカデミック然り…ソフトの連携やプラグインを含めた上で安価なソフトが、あるいはフリーソフトが完全に高価なソフトに肉薄したとき、安くしたとしても数あるソフトの中の一つでしかありえません。
そのような心配は無用なものだという意見があるかもしれません。ですが、機能の追加にいつか限界が訪れます。2D系ならばそれもおそらく近い将来に。実際、新たに追加される機能はなくても困らないものだったり、世間の流れに対する対応だったりすることが多いようです。2D系で3D系を直接扱えることが今後の課題ではありますが、そのうちそれも満たされることになるでしょう。その先はOSに対する対応くらいしか残されていないことになります。
機能がつきれば後は追いつかれるのを待つばかりです。意味があるように見えて意味のないバージョンアップでは自分の首をしめることになり兼ねません。
そういう意味でもそろそろ値段の引き下げ、マニュアルのクオリティをあげてむしろマニュアルを売るような感じにする、保守を売ることを検討し始めるべきではないでしょうか? 不正ユーザーを減らす一番の方法は不正の意味をなくすことですし、このままいけばおそらくソフトを売ることで収入を得るという方法 も行き詰まるでしょう(バージョンアップの一番の問題は連携していたはずのソフトとの互換性の喪失、プラグインが使用できなくなることです。もしかして、暗黙の協定?)。
バージョンアップが大体1〜1年半で行われるというのが、ソフト新バージョンの販売に依存しきった経営体質を告白しています。難しくともソフトの販売から保守の方向へと移行しなければ、最後まで生き残ることはできないと思います。
〜我も間違いを犯す。我の発言や姿勢もまた矛盾する
我もまたひとゆえに〜
どうやらDelphi6がでるようですね。
C++BuilderのヴァージョンアップはLinux版リリース後でしょうか?
それとも、VistualStudio.Netリリース後でしょうか?
どちらにしろ、今は手を出さないほうが懸命でしょう。
私が妹で「お姉ちゃん!」って駆け寄っていく光景がふと思い浮かんだのですが……間違ってますね…?
千影みたいな子になりそうだし。
Simple is the Best of All?
開発環境がついてくるってあたりに、魅力を感じてしまいました。
Objective-CとRealBasic…まるでどこかの何かのようですね。
スーパーコンピューターではP(ペタ)Hzを叩き出したIBMが、2GHzのCPUを出せるといってますし、1.5Ghz超のDualマシンが出たらぜひとも手に入れたいところです。
…もしくはMacOSX for Intel…!(切望)
〜覚えておくがいい、今日というこの日を。
誰もその痕跡に気づかないかもしれない。
だが確かに、偉大なる一歩を歩み始めた、まさにその時だったのだから〜
OfficeXPもWindowsXPも魅力的だとは思いません。AccessとXML出力、学校との互換性などの理由でOfficeは買うかもしれませんが、それはそれです。
むしろ次のバージョン(仮に.NETとしておく)に期待をかけています。
Microsoftは例の二番手の原則に基づいて.NET Platformを打ち出してきました。CLRで作ったソフトはランタイム(.NET Platform)さえ用意すればどのOSでも動く上に、コンパイルするので動作速度が今までのアプリケーションとそうかわらないという、JAVAを意識した例の構想です。
さてこの構想、簡単にソフトを62bit版OSに移行するためだという口実のもと進められていますが、開発者に対するメリットよりMicrosoftにとってのメリットの方が大きいと思われます。
考えても見てください。
『なぜ、MicrosoftはMac版のIEなど作ったのでしょうか? なぜ、Microsoftはこのごにおよんでまでオープンソース陣営を批判しつづけるのでしょうか?』
全てはOffice.NETへの布石なのです。
おそらく、Office.NETはCLRによって実装され、MacOSやLinuxへの.NET Platformを収録したマルチプラットフォーム版(あるいはそれが通常版)といったパッケージか、他OS対応への追加ライセンスを用意していることでしょう。
Windowsがいつ他のものに取って代わられてもいいように、あるいは Microsoftの分割に備えてOSに代わる基本アーキテクチャのシェアを押さえようとしているのです。これが果たされれば、このさきどんなことが起きようともMicirosoftの優位は動きません。
まあ、それはどうでもいいんですけど…OfficeツールのデファクトスタンダードであるMicrosoft Officeが完全にクロスプラットフォーム化すれば――そのことによって.NET Platformが全てのOSに浸透したならば、Microsoftの言っている.NET構想が現実のものとなる――…なればいいなと思っているだけです。
ですから買う買わないは別として、Office.NETに期待を寄せています。
Visual Studio.NETとCLRを仮想プラットフォームではなく直接的なAPIとして実装しているであろうWindows.NETは、間違いなく買うと思います。
逆に言うと、そうなるまで買いたくないわけですが…
P.S. 「.NET Platformを搭載したMacOSXって何? キメラ?」
「何を言っているんだ! 見よ! まさに技術の結晶、素晴らしいではないか!」
「…だーめだ、こりゃ」
「ただの張り子にゅ」
ここ3年くらい、しばらくしてから『あれっ』て思うんですが、予知夢なのか、単なるデジャブなのかよく分かりません。
何らかの出来事ならまだしも、漫画や小説を読み終わったあとで『これ記憶の中にある』とふと思い起こされて…それもどっかで見たことあるという感じではなく、その作品として読んだことがあるという感覚。
こんなことがよくあるから夢の内容を覚えておこうと思っても、数ヶ月後にでてくるものだからメモでもしないと覚えられそうになくて……
どうしてでしょう?
ふしぎ。ふしぎ。
…って思ってれば十分なのかな?
など。
前から思っていたけど、うちの大学の図書館はとてもすごいです。
情報科がないわりにプログラミング関係の本の品揃えが結構いいです。
本当に揃えているところにはかなわないでしょうけど、APIの本があったりDelphiの本が5冊もあったりします。
このまま増やしてしまいましょう(えっ?)。
この数週間の読書で知識が結構たまりましたから、来週ぐらいにはソフト制作をスタートできそうです。OpenGLはまだですけどねっ……
知識偏重のプログラマとしては理解できないところがあると悩んでしまいます。WindowsプログラミングやSTLを知らなかったころのATLしかり、数式から導き出された高度な画像処理アルゴリズムしかり(数学学ばないと…)。
よく分からないけど望み通りの結果がでるからいいと思うことはできません。
逆に理解できるのであれば特にコードを書く必要を感じないので、どんどん別の本に進んでいきます。
批判されそうな姿勢ですけど、私には理解できないコードが存在することの方がよっぽど怖い…。
ふふっ
閑馬さん、かっわいいっ
愛らしくてたまりませんね。
'SSP を使って下さい。SSP は本当に速いです。もちろん速いだけでなくゴーストを動かすにあたって必要なファンクション一式も正しく実装してあります。現存する主要なゴーストは全て SSP で何の問題もなくしかもより高速に安定して動作するでしょう。対して sakura.exe は全く話にならないくらい遅いです。メモリも無駄に食っています。確かに sakura.exe にしかない機能もありますが、それは別に無くても困りませ ん。現状の sakura.exe は sakura.dll が乗っているという点を除けば SSP の劣化コピーに過ぎないもの です。少なくとも独立したゴーストを動かすプラットフォームとして見た場合 sakura.exe にはもう何の魅 力もありません。SSP を使って下さい。'
SSPの方がメモリを食う食わないの話はおいといて(http://www2.willy.co.jp/~s-tomo/でも見てください)、高速動作するかどうかというのはコンパイラの差によるものではないでしょうか?ソート等のアルゴリズムについてはSTLを使えるVCに軍配があがりますが、ネイティブコードコンパイラである以上それ以外ではどの言語を使ったから速くなるということはないと思います。
考えられることとしては
の二つがあげられます。
これはさすがにアセンブラのエキスパート出ない限りプログラマー個人でどうにかできるレベルではないと思います。最新版を使う以外には…
同人に大手と弱小という認識があるのが変であるように、Webに辺境が存在するというのも変なことです。
リンク張ればいいだけですし…<a href=""></a>だけですべては終わります。ここのように張れないところもありますが、そういう場合はurlを書けばいいけですから。
まえにムービーレビューをやってた頃、陰口呼ばわりされたことがあるのがどうにも納得いきませんでした。相互リンクの申し込みという体裁をとることで人の出入りの多そうな数カ所に私がそういうことをやるという姿勢を表明していましたし、リンクという手段が存在する以上、Web上で隠れて行動するということはできないと思っていましたので。
他にも変なことはたくさんありますが、うまくまとまらないのでこの辺にしておきます。