星の贈り物

世間的な常識と学問的な常識のみならず
複数の常識はしばしば食い違う

人は自分の知りうる範囲に従って物事を理解し判断するがゆえに

より深く広く物事を知り
なおかつ 自分の現在の物事に対する見方をできるだけ正しく知ることなしに
正しい認識に近づくすべはない

2006年1月の日記

2006年01月01日

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

何か気の利いたことを書こうとしてたのですが、この場にふさわしいうまいものが思いつきませんね。このくらいにしておいて、ふさわしいときに書くことにします。


2006年01月12日

次リリースの GHC は正式に Unicode Support?

[topic:Haskell]

6日あたりのニュースなのですが、まだ扱っている人がいないようなので。CVS の commit log より :

Add support for UTF-8 source files.

GHC finally has support for full Unicode in source files. Source files are now assumed to be UTF-8 encoded, and the full range of Unicode characters can be used, with classifications recognised using the implementation from Data.Char. (後略)

Additionally, the following synonyms for keywords are now recognised:

    forall symbol   (U+2200)    forall
    right arrow   (U+2192)    ->
    left arrow   (U+2190)    <-
    horizontal ellipsis (U+22EF)    ..

there are probably more things we could add here.

This will break some source files if Latin-1 characters are being used. In most cases this should result in a UTF-8 decoding error. Later on if we want to support more encodings (perhaps with a pragma to specify the encoding), I plan to do it by recoding into UTF-8 before parsing.

Latin-1 のサポートの方針が定まれば、多言語化も同じ方針でいけると思うんだけど……。pragma でしか指定できないとなると、こっちで encoding 判別のルーチンを組み込む必要がありそう。

Software Factories を Microsoft 論法に応用する

[topic:プログラミング]

愛憎半ばする気持ちで読み進めていた Software Factories ( ソフトウェアファクトリー ) (Amazon) ( Software Factories ( ソフトウェアファクトリー ) のサイト )をようやく読み終わった。この本は、ソフトウェア工学を、標準化した人の手によって行うべきプロセスではなく、機械によって自動的に行われるべきものとして捉え、その切り口で体系的に語った本。その長い長い議論を通してようやく On Lisp で語られているような ほとんどのユーティリティは埋め込まれたパターンだ. 自分のコードの中のパターンに気付いたら,それをユーティリティに変えることを考えよう. パターンとはまさにコンピュータの得意分野だ. 代わりに仕事をしてくれるプログラムが手に入るというのに, どうして頭を悩ます必要があるのだろうか? コード内に生じたパターンは,しばしば新しい抽象化が必要であることを知らせてくれる. このルールはマクロ自身のコードについても全く同じく当てはまる. 幾つかのマクロが似た形で定義されているときは, マクロを定義するマクロを書いて,それらを生成させることができるかも知れない. などといった関数型言語界隈の常識と同じ地平に辿りつくことができたようなので、関数型言語のソフトウェア工学を語る場合にはこの本を叩き台にすると良いかもしれない。……でも、この本はこれまで醸成されてきたいわゆるオブジェクト指向技術を(改良しつつ)組み立てていく形で語られているので、まわりくどいわりに欲しいところで説明が少くて読んでいる間かなりフラストレーションが溜まるけど。

この本は Microsoft Visual Studio Team Edition のアピールとして出すことを意図されたものであり、本書に含まれている情報は、次に示すように、多くの情報源から厳選したものである。本書に含まれている情報を他の方法で手に入れるとしたら、山積みされた書物や数百種類もの専門雑誌をこつこつ読み進み、そして現場での経験を山ほど積むしかないという Complete Book という位置づけで出されたものではないので、SOA とか AOP とか Generative Programming (生成的プログラミング)など、ここの技術についての記述はあまり深くなく、利点や欠点などの概要は示したのであとは他の文献を読んで補完してくれという感じになっているのが難点。(しかも紹介されている機能うちいくつかは、現在のバージョンにはないらしい。)これを読んだ人は、ちゃんと On Lisp とか、C++ だったら Template 本とかも読もう。この辺が補強されて、開発のフィードバックを受けることでまわりくどい部分がすっきりと書き直されているであろう、10年後の第二版に期待。

テキストと図などのグラフを別の言語ではなく、ソースコード(モデル)における異なる View として扱っているところなんかは好印象。 言語内 DSLとして用意された遷移図記述言語 や(名前忘れたのでリンク張れないけど) ASCII Art でグラフを記述する言語のようにテキストとグラフの表現力のにさほど差がない言語を使用する場合であっても、グラフとして編集することの方が楽なため直接グラフとしてエディタで扱うことができた方が嬉しい、といったポイントが分かって書かれているのだということが分かる。

Software Factories の肝は、ソフトウェア開発を、一度の成果物の完成と納品で完結するものではなく、次に行う別のプロジェクトあるいは保守によって進化していくものとの間で 変種 ( バリアント ) をつくっていくものだと捉え、共通の特性と違いである可変の特性に基づいて現在行っているプロジェクトのフィードバックを受けて耐えず進化させながら DSL を作(り、その DSL を使って成果物を作)っていくというものである。これを超訳すると、みんな DHH を見習って自分の問題を解決する My Rails を作ろう、ってことで良いんだろうと思う。

細かい話はしだすとそれだけでトピックを作れるのでこの辺にしておいて、最後に再度、この本は関数型言語界隈の常識を Microsoft の開発者が言っていたことにできるポール・グラハム論法ならぬ Microsoft 論法に利用できるということを主張しておく。……最後まで読む気力が続けば。


2006年01月22日

圏論勉強会RTR 読書会の時間が被っていると思って、圏論勉強会の方を午後から抜けていったら、あんまり被ってなかった罠。前回の時間と見間違えたかな? 出発直前に時間を確認するまでは、ほぼ正しい時間を認識してたのに……。


2006年01月25日

あろはさんの卒論の「等価変換プログラミングパラダイムにおける問題解決」の第一版をようやく読みました。ただし、第4章の途中からはざっと眼を通したぐらいですが……。

確かに色々と指摘したいような荒削りな部分も結構見られますが、それでもこうして1つの切り口で各パラダイムを見通した文書が読めるということは素晴らしいことだと思います。なので、自分のやったことを卑下しないで下さい。

(余談ですが関西の Haskell 同好会には、実際に「Haskell を使って仕様を満たす効率の良いアルゴリズムを自動生成させる(命令セットをもとに、全ての入力に対する答えが正しくかつ効率の良いアルゴリズムを自動生成させる)」という第3章に書いてあるのと似たようなことをやっている方がいます。仕事で使っているので、コードは公開できないようですが……。)


2006年01月27日

どういう形で出すべきか迷ったけど、時間がないのでこういう形で出しておく。

メディア批判も自省せよ

[topic:マスメディア]

メディア批判を行うのはいいけど、その批判において何も明らかにすることができないなら、メディア批判の理屈によって自らも批判される所詮同じ穴の狢であることは意識しておいた方が良いだろう。以下は人間を幸福にしない日本というシステム (Amazon) の新聞がどうあるべきか(とそうなるためにすべき行動)について述べた部分であるが、blog や web 日記での記述がどうだったかと自省・自戒する時にも参考になる意見である。

私が言っているのは、あなたの意見をいまある投書欄に載せることではない。それは、特定の問題だけにしぼって運動するグループのやりかただ。みなさんがすべきなのは、世に知られることではなく、編集者たちの心のもちようを変えることなのだ。

日本の大新聞の編集者に手紙を書くとき、かならず指摘すべきことがいくつかある。なかでも重要だと思われる点をまとめておこう。

まず、何度も指摘してはっきりさせるべきなのは、社会秩序の維持はジャーナリストや編集者の任務ではないということだ。これは、日本の新聞人がひどく勘違いしている点だ。彼らは、平和と社会の調和を維持するという儒教的な任務を、官僚とともに自分たちも受け継いでいると思っているらしい。だが、彼らの任務はそんなことではなく、自己の能力と手段のかぎりをつくして、市民の知るべきことをできるだけ正確かつ完全に読者に伝えることなのだ。社説のなかで、日本の政治経済システムのタテマエばかりを習慣的に紹介しつづけないよう、彼らはみずからを戒めるべきだ。

日本の新聞を注意深く読んでみればわかることだが、新聞は実はほとんど何も吟味していない。誰かを批判したり、何かを軽蔑したりはする。だが、軽蔑の対象は最初から明らかで、読まなくてもわかるほどだ。これは吟味ではない。権力構造の吟味を欠いた政治分析は本当の分析ではなく、したがって真摯な読者を愚弄するものである。このことを、できるだけ多くの人が、新聞をつくる人たちに繰り返し思いださせる必要がある。

大新聞の編集者が社会問題や社会の悪弊を取り上げたら、そのときこそ市民が編集者を励まし、問題を徹底的に追及させる絶好の機会だ。

日本の新聞は、社会環境をいくつか改善するのに役立ってきた。なかでも環境汚染問題が有名だ―もっとも、汚染の兆候があらわれてから新聞が騒ぎだすまでにかなりの時間がかかったが。ほかに思いだされる例としては、サラ金による被害やいじめの問題があった。世にまかりとおる非道をメディアの人間がさかんに取り上げるこのようなときこそ、市民チームは彼らを励まして、より広い視野のなかで問題をとらえるようにさせなければならない。読者には、問題の原因と結果をされにくわしく知る権利がある。

(中略 ("政争の話ばっかり書かずに、真の権力関係の探求が大規模かつ忠実に書かれるように強く求めろ"とか、"オフレコを可能にする検閲システムである記者クラブ制度が肝心の情報を奪ってしまって日本で何がおこっているかわかりにくくしてしまう、という事実を自分たちが認識していることを編集者にわからせろ"という意見など。))

日本で権力がどのように行使されているかを吟味する仕事は、週刊誌のほうがすぐれていることが多い。それに、週刊誌は重要な事実をよくすっぱぬく。しかし、欠点として、記事の娯楽性にかたよりすぎる傾向がある。スキャンダルやセンセーショナルな話題に頼るため、真の情報なのか誇張やでっちあげなのか、区別がつかない場合が多い。

日本に市民社会を築きたいと思う市民がここでなすべきことは、わりと簡単なことだ。日本人の暮らしに大きな変化をもたらしている人物や組織に、新聞が定期的に質問し、彼らが何をしているか、なぜそれをしているかを明らかにさせるべき、と編集者たちに主張しつづけるのである。権力者が自分の行動を正当化しようとして機械的に提供する皮相な説明を、いわば拡大鏡で調べるようにして知的に吟味するよう、編集者にうながすのである。言いかえれば、日本の真の権力者にに 説明責任 ( アカウンタビリティ ) をはたさせるのは編集者の責務であると、市民が繰り返し編集者に思い起こさせるべきなのだ。

さらに市民は、偽りの現実をのさばらせ、日本の権力システムの核心について報道しない編集の態度を非難しなければならない。そのためには、編集者に手紙を書けばいい。もう一度言うが、この目的は手紙を新聞に載せることではなく、日本の民主主義実現のために編集者に協力を要請することだ。率直で理性的な短い手紙が効果的な場合が多い。

志を同じくする日本中の個人やチームが協力すれば、民主主義のための基本的な任務を思い出させる手紙を、編集者たちは読者から絶えず受け取ることになるだろう。

一人の人間が検証できる情報には限りがあるからその中でできるだけまでに弱められるが、メディアを批判するくらいの意識のある人なら、メディア批判やメディアに圧力をかけていると世間( web 上の世間も含む)的にメディアに圧力をかけていると目されている人々への批判等の対象の決まった批判だけで止まらずに、その背景をもう少し詳しく調べるくらいの努力はしても良いのではないだろうか?


2006年01月28日

P2P インフラストラクチャ研究会 LSE 東京セミナー 合同研究会に行ってきました。今回もやっぱり分かっていたのに本を持っていくことを忘れ、金子さんのサインを貰い損ねる。ここ二ヵ月だけでもこれで3回目……。今週あった PTT の MapReduce の発表にも参加し損ねたし、うっかりが多い……。

講演のメモに Mind Map を使ってそれを貼り付けて終わりにしようかと思っていたのですが、本の指示にそって練習するということをやらずにいてそれから時間も置いたために書き方を忘れていて、明らかに Mind Map ではないものになっていたので破棄しました。それに社会学・倫理学的考察について扱ったパネルディスカッションでは、最初にそれぞれの立場をプレゼンするまでは良かったのものの、その後のディスカッションはかなり混線した不明瞭なものになってしまったので、Mind Map をアップしても全然嬉しくないでしょうし。技術が現在の価値観ではアナーキーと見られる方向に行っていてそれを押し止めることはできないということを言うなら、ハッカーの立場からはそれが認められるよう社会をハックするという意見が述べられても良いだろうに、そういう意見が見えるようになったのは観衆の側に発言が求められてからでした。あと、なんというか、この筋での脱社会性のもてはやされようは、 抗争する人間 ( ホモ・ポレミクス ) (Amazon) を読んだ後なだけに受け入れがたい感じです。宮台真司の著書を読んでないだけに偏見かもしれませんが、聞いた感じ彼の思想は今村仁司の著書の分析を持って批判することができそうな気がします。

次開かれる会の要望としては、コミュニティから P2P に関するソフトや論考などをいくつか推薦する会をいうのを提案してみました。コミュニティの中で閉じてしまっているがゆえに、世間よりはずっと先のことをやっているんだけど一般には全く知られていない話っていうのは結構あるので、参加者にハブとしての役割を果たしてもらう会(あるいは会自体がハブ)ってのは何かしら存在する必要があるでしょうし。P2P での清算システムなんて2002年6月14日頃から公開してますよ。ただ、以後の議論の膨らませ方が、それを含めたコンテンツビジネスへの提案 - The Paradigm Shift of Copyright Buisness -という方向になってしまっていて、経済学的な根拠を持つ清算モデルの更なる精緻化にはなっていないのですが。また、もう少し劣化したアイデアなら既に世の中に出てますよね。あー、やっぱりそっちの方向の勉強及びアウトプットを復活させた方がいいかな?


2006年01月31日

日本語版 Google でも Creative Commons のライセンスにもとづいた検索が可能になったようです

[topic:著作権、Creative Commons]

知っている人はもう知っているでしょうけど、ここには書いてなかったので速報的に。去年の11月に本家 Google に追加された Creative Commons にもとづくフィルタ検索機能が20何日頃から、日本語版 Google にも実装されたようです。ただし、本家とは違いウェブに対する検索のみを対象にしていて、まだイメージ検索には使用できないようです。

検索オプションの「利用の権利」という項目でライセンスによるフィルタなし自由に利用または共有できる営利目的を含め自由に利用または共有できる自由に利用、共有または変更できる営利目的を含め自由に利用、共有、または変更できるの4つを選択できるようになっているのですが、site:* や link:* みたいに直接指定できるコマンドは用意してないのかな?


声なき言葉へ