「北川君」
「なんだ?」
オレはいつも通りに返事をし、声のした方に振り向く。
「一緒に帰りましょ」
「香里がオレを誘っている…! ようやく、オレの思いが通じたんだ!」
思わずオレは喜びの声をあげる。
…オレらしくない行動だな。
「…なに言ってるのよ。 一緒に帰ろう、って先に誘ったのはあなたでしょ」
「…そういや、そうだったな」
ぬか喜びだったようだ。
「帰るわよ」
「…ああ」
そして二人一緒に下校する。
香里のどこにひかれたのだろう?
長くつきあううちに、いつのまにかオレは香里のことを好きになっていた。
たわいのない会話。
交わされるちょっとした冗談。
こんな時間がいつまでも続くと信じていた。
幸せな日々が終わらないと思っていた。
…だけど、現実は違った。
ある日をさかいに、明るいはずの香里が教室内で孤独になっていった。
次第に休みが増え…
『香里って誰?』
まず最初に相沢が忘れた。
次に名雪。
だんだんとクラスメート全員が忘れていき…
先生も…香里の両親も忘れて…
気がついたら、香里のことを覚えているのはオレ一人だけになっていた。
『香里って誰?』
その言葉が、オレの胸に深くつきささる。
…なんで…なんでだよ。
なんでみんな香里のことを忘れるんだ。
……あんなに香里と親しくしていたのに…
なんで忘れるんだよっ…!
オレは香里を探していた。
居場所を探すのは困難どころか、不可能に近かった。
――誰も香里のことを覚えていないのだから
それでも探しまわった。探さずにはいられなかった。
何日も何日も、探して…探して…
…そして、最後に絶望した。
いつまでも見つからないことに…いつまでも見つけられない自分に…
絶望した。
やり場のない怒りにまかせて、オレは森の中を歩きまわった。
襲いかかる空腹感や疲労がこの身を飲みこもうとしていたけど、それでも歩きまわった。
酷使されすぎた体が不調を訴えかけても、かまわず歩きまわった。
これは自分に対する罰だった。
自分が許せなかった。
苦しいときに香里を救ってやれなかった…香里の助けになってやることのできなかった…
そんな自分が許せなかった。
ずっとずっと歩き続けて…
気がついたら、木々の開けた場所にいた。
立ち止まってしばらくあたりを見まわし、そして香里を見つけた。
かつては大木だっただろう切り株のそば、そこに香里はいた。
香里は降り積もっていく雪にうもれて、ただじっと立ちつくしていた。
「香里…?」
オレはそっと呼びかける。
「こんなところで…」
「来ないで!」
拒絶。なにもかも全てを否定する、拒絶の意志表示。
…だけど、オレは拒絶を受け入れるわけにはいかなかった。
受け入れればこの先ずっと、なにもできなかった自分に絶望し続けることになるから。
「できない…!」
香里の言葉を無視して、オレはかけよる。
「来ないでっていってるでしょっ!」
「できないっ!」
オレは香里を抱き締める。
「……そんなことできるわけがない。…オレは香里が好きなんだ」
「あたしには…幸せになる資格なんてないのよ」
香里の口からもれた呟き…それをオレは否定してやりたかった。
「なに言ってるんだっ…! 幸せになるのに…資格なんて必要ないじゃないか…」
だけど、それ以上言えなかった。
それ以上言えない何かが、そこにはあった。
「…聞いて、北川君。あたしには妹がいたの」
淡々とした口調。
「あの子は生まれつき体が弱かった。だから…
あたしと一緒に、あたしと同じ学校に通って…そして、一緒にお昼ご飯を食べる――そんな、本当に些細なことを…あの子はずっと切望していたの。
…だけど、そんな些細な願いさえもかなわなかった…
あの子が長くないことを知って…日に日に弱っていくあの子を、これ以上見ていられなくなって…あたしはあの子から目を背けた。
いなくなるって…もうすぐ、あたしの前からいなくなるんだって分かってたから…普通に接することができなくなっていたの。
だからあの子を避けて…妹なんか最初からいなかったって……あの子の存在を拒否しようとした…」
まるで、自分以外の誰かのことを語るかのように。
「……あの子が死んで…ようやく、あたしは自分の過ちに気づいたの。
生きている間、もっとあの子に優しくしてやればよかった…
そうすれば…今頃、後悔せずにすんだのに…
あの子の死を、受け入れられたのに」
何も声をかけられなかった。
そんな苦しみを抱えていたことを、気づけなかった自分が許せなかった。
だが…手遅れだった。
全てはもう、終わってしまっていた。
「これはあたしの弱さ…
あたしは今でも、あの子の死を受け入れることができないから…
だから――」
最後に告げられる言葉、それは別れの言葉。
「…さようなら」
そして、香里の姿が消えた。