感じること。
私が嬉しい時っていうと、いろいろあるけど、
「だれかが自分と同じように感じている(または感じていたと知った)時」
っていうのがあります。
例えば、こんな時。
小学生の頃、友達たくさんと、小雨の中、公園に遊びに行った時。
大きな水溜りが公園の真ん中にできてたんです。
急に風が強くなってきて、もう、息するのが大変だ〜ぐらいになってきて。
その時、水溜りの水面がものすごい速さで波立って、
きれーに波の形がたくさん、ざぁっと水溜りを通ってったんです。
滑り台の上からすごーい、と思ってみてたら、私の嫌いな男の子が、
「水溜りの波がすげー」っていうから、
うっと思ったけど、なんか可笑しかった。
私もそう思ってたんよーみたいな事を言うと、「マネすんなや」って言われた。
その時は、むか〜っときたけど。
中学生の時、文化際に出す絵を残って仕上げてたら、美術部室から、
暗い闇のなかに、金色に映し出されてぽかんと浮き上がっている雲が
もう、ほんとにすごくきれいだった。
友達も気づいていて、きれいだねーって言ったり、
帰りの廊下ですれ違った先生が、
「さっきの金色の雲、見た?きれいだったよ。」
とか言ってくれたりした時、
嬉しかった。
次の日、園芸好きの校長先生が朝礼で、
「昨日は金色の雲が見事でしたね。」
って言った時も。
つい最近だけど、部活の帰りに、暗がりの空をみて、
「なんか切ない」って、友達がいったこと。
こんなこと思ってんのは私だけかなぁと思ってたから、
すごく嬉しかった。
それから。
暗くなるまで二人で話してた時、
夜空がきれいだって、教えてくれたこと。
曇ってたみたいで、星は見えなかったけど。
黒い雲の隙間から見える夜空が、
きっと、雲の後ろに隠れているんだろう満月の、やさしい光でほんのり明るくて、
きれいだった。
その人と同じようにきれいだねーって思えるのが、
なんだか嬉しかった。
きれいだなーとか、
すごいなーとか、
同じように感じてるのってなんかいいですよね。
ほんとに「一緒にいる」って気がして。
なんというか、
空間とか、時間とか、ほんとに共有してるみたいで。
ってゆうか、それをもっと超えた、もっと精神的なとこで「一緒にいる」って感じかな?
よくわかんないけど、
例えば、この現実の世界とは別に、
心とか、精神的なものからできてる世界があったとしたら、
現実の世界で、私の知らない人が、知らない場所で、
私と同じように、「今日の夕日もきれいやなー」とか感じてたら、
私とその人は、きっと心の世界では、おんなじ村(街でも可)の住人で、
「ねーねー昨日の例のヤツ、みたー?」
って感じで、例の、とかアレさー、とかで会話が続くほどの、
仲のい〜い友達なんだろうなぁってこと。
若しくは、今まで知らなかったけど、すれ違いざまに目があって、以心伝心、
言わずとも、みんな一緒にいきなり焼き鳥屋に突入みたいな感じ。(こわい?)
とにかく、そこでは、同じ空間で、同じ速さの時間を過ごしてるんだと思う。
夕日とか、夜空とか見て、きれいだなーって思ってるとき、
きっと、世界中で一人(または一匹でも可!)ぐらいは、
同じように見てるだろうとか思うと、
現実には一人でさびしい時も、一人じゃないって思えるでしょ?
だから、私のHPに来てくださって、
「なんとなく、その感じ、わかるよー」
って言ってくれるのが、ホントに友達になったような気がして、
(ってゆーかむしろ友達!!)
本当にすごく嬉しいんです。
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