●思い出いろいろB 『30周年記念式典』


私が2回生でもうすぐ3回生になろうというとき、クラブは崩壊寸前でした。1回生は女の子一人で、次の1回生が入部しなければクラブがなくなるかもといった危機的状態でした。

クラブ滅亡のピンチでしたが、そんな状況にもかかわらず、監督とOBの先輩方の強い思いがあって、「関西学院大学 少林寺拳法会 創立30周年記念式典」を私の代でするということに決定しました。おそらく、「クラブが潰れてしまったらできないし、できるときに最後に30周年記念をやってしまいたい」という思いもあったのでしょう。OG監督は九州に転勤になり、30周年記念の前にTB先輩が新監督となりました。

3回生になってからは、11月に「30周年記念式典」をするということで、今までに面識もなかった、自分の父親くらいの年齢のOBの先輩方と接することが多くなっていきました。

正直言って、最初はかなり嫌でした。今までの先輩の話からすると、「頭の堅い、最悪のOB」というイメージしか持っていなかったからです。3回生になる前に、「お前ら勧誘ちゃんとせんかったらどうなるかわかっとんやろな!」と叱咤されたものです。

しかし、何度か飲みにつれていってもらったりしてお話を聞くと、最初のイメージとは随分違っていました。H田先輩、O山先輩をはじめ、多数のOBの方々に親身になって真剣に話を聞いていただき、色々とアドバイスしてもらいました。昔の学生紛争のときに他の武道系クラブの妨害にも負けずに、関学少林寺拳法部を命がけでつくってきた筋金入りのOB達だったのです。クラブに対する情熱は並々ならぬものでした。

式典の方は、宝塚のホテルですることになり、そのための宛名書きから、細かい事務手続き、会場の設定等は、OBの先輩方にやっていただき、私は当日本番の演武と乱捕りに集中することができました。幸い、「30周年記念式典」の前までに1回生も6人ほど入部して、なんとかもちこたえていました。

1996年11月3日が本番でした。当時4回生だったT川先輩、T中先輩のすばらしい奉納演武。なんとか練習どおりに気合の入った演武のできた団体演武。OBとの交流乱捕り・・・etc。

100人くらいのOBが集り、皆それぞれの近況報告、昔の思い出話などに花を咲かせました。最初から最後まで緊張の連続でしたが、多くのOBの先輩方、現役生の協力により、無事終了することができました。ホテルの会場で演武や乱捕りをするなんて、後にも先にもなかなか経験できないことでしょう。次の日の4日には学園祭で「演武祭」をするというハードスケジュールでした。

学園祭の次の日くらいに、「30周年記念式典」での私の乱捕りを見て気にかけてくださった、D先輩(昔めちゃ強かった先輩)が、実家の方に電話してくれました。「君は今、クラブのことが心配で大変やろうけれども、まず第一に自分がもっと強くなることを考えた方がいいよ。そうすれば、君を見て後輩はついてくるよ。私が少林寺続けたのも、少林寺拳法が最強やと思っとったからやし、憧れる強い先輩がいたからや。」とアドバイスしてもらいました。

そのときの私は、たしかに後輩の指導とクラブのことばかり考えていたので、その言葉はすごく励みになりました。それ以来努力して、3回生の秋からグングン強くなったと思います。あのときのD先輩の電話がなかったら、今の自分はなかったかもしれません。

今年、小豆島の夏合宿に行ったときに、H田先輩に言われました。
「Dがお前にしてやったことを、今度はお前が後輩にしてやるんや。」
その通りだなと思いました。私のアドバイスで、後輩が大きく成長してくれたならば、こんなにうれしいことはないでしょう。

『30周年記念式典』はバタバタしてて、適切なリーダーシップもとれませんでしたが、色んなOBの先輩方と知り合えて、人間的にも成長できたので、非常に貴重な経験をさせていただいたと思います。クラブの主将を務めるというのは、大変恵まれたことなのだなあと今さらながら思うのです。