●大学生拳士の悩み
●半三郎(581) 題名:はじめまして 投稿日 : 2004年7月14日<水>12時43分
はじめましてこんにちは。大学で少林寺拳法をしているものです。少林寺はじめて二年になるのですが、試合の演武で審判の方たちが演武している人のどこを見ているのかがわからないのです。未熟者です。よく言われるのが、大きく見せろといわれます。ほかに注意する点がありましたら教えてください。
●りょう(455) 題名:>半三郎さん 投稿日 : 2004年7月14日<水>16時17分
はじめまして。静と動のメリハリがついた演武は非常に美しく優雅に見えると思いますよ。二人がピタッと止まる瞬間があるだけでも違います。最初に二人が構えただけで実力がわかりますから。もっと言えば、立ち姿だけでレベルが解ります。後はいかに本気で攻撃をしているかでしょう。攻撃レベルが低い演武は目も当てられません。踊りにならないようにしましょう。二人のリズム、息が合っているかどうかも大事です。回数をかけて身体に覚えこませるのです。後、不自然な流れ(構成)をつくらないことです。自分達が本当に闘ったらこういう流れになるというようにつくると苦労せずにすみます。僕は武術的な使える少林寺拳法を目指しているので、演武大会で賞をとるための拳法にはあまり興味がないのです。実戦で大きく見せたらやられてしまいますからね。最小最短で最大効率をあげるのが武術です。
●半三郎(037) 題名:ありがとうございます 投稿日 : 2004年7月15日<木>15時47分
とてもいい参考になりました。この前の学生大会では二位になったのですが、OBの先輩の方にダメだしをたくさんされて少し凹みました。僕は今の見せる技と実践で使える技の区別をしようと努力はしてきたのですが、実践でやるような技は演武では美しく見えないし、迫力がない、面白くない演武になってしまうという矛盾のようなものが出てきて今回の大会でそれをまざまざと感じました。いわゆる実践で行う技は、より早く、より悟られず相手の懐に飛び込むということが必要だと思うのです。単独演武も相手を想定して行うものだと思いますので先輩方や先生方が言われる大きく見せるということは、矛盾になってしまうのではという気がします。そのような質問を先輩方にぶつけてもちゃんとした答えが返ってこない場合があります。この質問はある意味タブーなのかもしれないと思うようになっています。今古武術が流行っていていろいろ目にするのですが、あの古武術の動きは無駄がなく早く悟られない動きなのでとてもいい参考になっています。ですがいままで培ってきた武術論や技などを捨てる勇気がないと取り入れられないものだとも思っています。少林寺拳法でこの動きを取り入れるとおかしくなってしまいます。いろいろと悩みが多いーーー!!
●りょう(830) 題名:>半三郎さん その2 投稿日 : 2004年7月15日<木>23時13分
その質問にきちんと答えられる人は本当に武術的なことを研究してやっている人だけですね。少林寺拳法の武術的な要素は開祖のところから弟子にはほとんど伝わっていないのだろうと想像します。開祖は武術の達人をつくりたかったわけではないからです。でも、僕はあえて武術の達人に近づくことを目指しています。そういう奴が少しはいた方が面白いと思うので。大学拳法部にいる間は、一般の人に魅せるという意味での、大きな演武でいいのではないでしょうか。大きく魅せても武術的な身体運用をその中でしっかりと表現できる人は実在しますよ。僕には無理ですが(^^;古武術に限らず、他流からは何を取り入れてもOKだと思いますよ。用は使えるかどうかです。ただ少林寺っぽく見せるのは少林寺拳士としてのマナーですけどね(^^
●半三郎(698) 題名:こんにちは 投稿日 : 2004年7月16日<金>14時44分
そうか、そうですねー。よくわかります。大学拳法部にいる間は納得はしたいのですが、先生方個人個人によって技の受けや(大会での)見せ方が少し違っているのでそれに少し困っています。いわゆる、先生によって何々先生流という感じになっているのが伺えます。昨日先生が大学に教えに来ていただいたのですが、この先生は大会向きの動きではなく武術的な、実践的な動きで教えている先生でした。上受けの時もしっかりとつぼに目掛けて受ける先生で、私の友達が負傷しました(笑)。私も一級科目の逆小手で右手負傷しました。イタイ、イタイ(笑)。割り切って考えていこうと思います。大学では大学のやり方、実践では実践のやり方という風に。でも少林寺拳法にとても魅了を感じます。理にかなった技の数々に圧倒され、奥の深さを知り、感動しています。これからもちょくちょく掲示板にお邪魔しますね(笑)今日も練習頑張ってきますーー!!
●りょう(326) 題名:>半三郎さん その3 投稿日 : 2004年7月19日<月>01時32分
先生方個人個人によって違うのは当たり前ですよ。自分自身の拳法ですからね。自分の身体が納得して使えればそれでいいわけです。これができて初めて自己確立ですよ!痛い技もあり。ふわりとした崩す技もありです。自分がどういう技術を目指すか?が大事だと思います。しかし、僕は実戦を意識しない少林寺拳法には何の意味も感じられないのです。踊りや健康体操ではないですからね〜
●半三郎(485) 題名:りょうさん 投稿日 : 2004年7月20日<火>12時18分
本当にそう思います。少林寺拳法ではまだ修行が浅いので偉そうなことを言っているといわれるかもしれませんが、やっぱりそう思います。りょうさんが言うように演武して競うことに意味がないように感じます。いずれにしろ、演武の評価をする審判方の目は皆違っていて、本当の演武というのがどれかわからないのは確かだと思います。たぶんこの先予想ですが、演武で満点を出せる人間は出てこないだろうと思います。また技に関してなのですが、先生を信じたらいいのか先輩を信じたらいいのかわからなくなってきました。みんな違うことを言うからです。先生方先輩方個人個人によって違うのは当たり前というのはわかるのですが、先生に教えていただいた技を先輩に掛けると、違うといわれて直されてしまうということが、この前おきました。同僚と共に悩んでいます。
●りょう(072) 題名:>半三郎さん その4 投稿日 : 2004年7月20日<火>13時17分
先生を信じたらいいのか?先輩を信じたらいいのか?
↑
そういう考え方だと何年やっても同じですよ(^^;知識だけ増えて自分は下手なまんま拳暦だけ重ねることに・・・まずは自分を信じてください。自分の身体が納得する技術だけを学べばいいのです。先生や先輩のコピーになる必要はないし、なろうとしてもなれませんよ!何が本当の演武なのかわかりませんが、乱捕りで闘えない人が実際に使えない技を組み合わせてつくったものは演舞であって、演武ではないと思います。ランダムに相手に自由に攻撃させて、それに対処するのを見せるのが本当の演武ではないかな。
●半三郎(584) 題名:りょう 投稿日 : 2004年7月21日<水>14時09分
わかりました。自分を信じてやってみます。とことん納得したものを自分の中に取り入れたいと思います。数々の助言本当にありがとうございます。とても救われた気持ちになりました。なんというか胸の中のモヤモヤがスーッと無くなっていく感じがします。自分だけで考えずに相談してよかったと、相談できる相手がいるということはとてもすばらしいことだなと今改めて思います。人間納得しないと前に進めないと、思いました。機会があれば一度はりょうさんにあってご教授願いたいです。←このことはあまり気にしないでください。一応願望ですー。夏休みが近づいてきたーー!!毎日の鍛錬を怠らずにしなくては・・・勝手に言ってますが・・・今後ともよろしくお願いします。
●りょう(660) 題名:>半三郎さん その5 投稿日 : 2004年7月22日<木>01時34分
いえいえ。どういたしまして。僕も少し前は半三郎さんと同じようにずっと悩んでいました。でも、素朴な疑問に答えてくれた先生のおかげで少林寺続けています。自分の身体で納得できないことは間違っていると思ってください。本当に納得できたら、「あっ!そうか!これか!」と腑に落ちますので。練習する機会はいずれあるんじゃないですか?続けていればどこかでお会いできるでしょう(^.^)上京することがあればいつでもお相手しますよー
この後、半三郎さんは実際に操体おおほり癒養院に来てくれて、操体&拳法の練習をしていきました。知られざる武術的な身体の使い方を体感してもらいました。大学生拳士が技術的に悩むことについてはほぼ全てに答えることができます。僕もあれこれ手を出してきたし、さんざん悩んで来ましたから。やる気のある学生は大歓迎です。これでもか!というぐらい練習しましょう(^。^)