●少林寺拳法 自信もってやってますか?


 少林寺拳法は弱い。演武ばっかりで乱捕りしないし、実際強くなったかどうか分からない。強くなりたくて少林寺拳法を始めたのにまったく強くなれない。なんとなく続けていて黒帯は取れたけれども、全然技ができないのに偉そうに教えている自分がいる。いざ、本当に喧嘩になったときにとても闘う自信がない。少林寺拳法をやっている自分に自信がない・・・etc。

 最近、少林寺拳法関係の掲示板、HPなどを見ていると、こういう意見があります。特に大学生、一般道院の若い男性拳士からの不満、自信喪失、疑問、不信感が多いようです。少林寺拳法を通じて自信と勇気を身につけ、それを世の中に役立てるというのが金剛禅なのに、少林寺拳法を通じて自信喪失し、いじけて不満ばかり言っていては本末転倒。非常に残念なことです。

 「少林寺拳法は勝ち負けを目的としていない、もっと目的は別なところにある!単なる武道やスポーツじゃない。そんなに乱捕りがやりたければ他武道へ行け」などと言う気は更々ありません。「思想思想というけれど、口だけで弱い少林寺拳法だ」と私も大学時代の一時期に不信感、不満をもってきたし、少林寺拳法に幻滅していた拳士の一人だったからです。

 しかし、ハッキリと断言しますが、少林寺拳法にはすばらしい思想だけでなく、すごい技術、術理が存在しますし、強い人も存在します。これは事実です。私が少林寺拳法を続けていられるのは、もう少林寺拳法はいいや、他武道やろうかなと思ってた私を少林寺拳法に止まらせてくれた、強い先輩、技のすごい先生たちがいたお陰です。要は教えてくれる先生次第です。

 問題は回りにそういう「できる人」「強い人」「自信もって少林寺拳法やっている人」がいない拳士です。これはもう不幸以外の何者でもありません(-.-) 大学拳法部では技のカタチだけは知っているがロクに使えない。乱捕りはしたいけれど、危険だとやらしてもらえない。また、自分達で勝手に乱捕りするとやり方分からないから、めちゃくちゃになってすぐに怪我する。道院支部では子供達に教えてばかりで何も習えない。全然乱捕り練習してくれないのでつまらない。・・・などなどストレスが溜まっている拳士も結構いるように思います。

 少林寺拳法はもともと喧嘩坊主とやくざに恐れられた開祖がつくった何でもありの喧嘩拳法です。他武道の道場破りをコテンパンにして、改心させ、その道場破りに来た連中が「少林寺拳法はすごい。習いたい」ということで入門しながら、増えていき、ここまで大きくなってきたのです。今のカタチにこだわった演武拳法がすべてだと思ったら大間違い。そんな熱い時代の先輩達がいたからこそ、私達は少林寺拳法をこうして平和に楽しめるわけです。

 しかし、今の少林寺拳法は「強くなりたい」という血気盛んな若い人材のニーズを満足させれるものを持っているのか?というと???「強くなりたいなら極真空手やキックボクシングやった方がいいよ」と少林寺拳法やっている人がそんなこと言ったりします。やはり、「少林寺拳法やったら強くなれるよ。しかも強さだけじゃない素晴らしいものがあるよ」とハッキリ言いたいですよね。そのためには自分に自信がないと絶対言えません。自信もって少林寺拳法やっている人を増やす!これが今の指導者の重要な役割でしょう。そうでないと金剛禅運動も何もありません。自己確立がまったくできてないってことですから。

 やはり、少林寺拳法は武道・護身術なのだから、使えない拳法では意味ないです。「批判するのは簡単、じゃあ、自分はどうするの?」というところが大切だとある人に言われました。口ばっかりで乱捕り練習しない人はずっと弱いままです。黒帯締めながら自分自身で分かっているはずです。その現状でいいのか?いや、もっと上目指してがんばるのか?はもちろん本人の自由です。

 私は少林寺拳法は大好きですし、すばらしい教えと技術がある最高の道楽だと思っています。やるからには一生死ぬまで続けます。そして、自分で道場持ったときには、「少林寺拳法はすごいぜ」って門下生が自慢してくれるようにしたいです。身をもって少林寺拳法のすごいところを体現できる指導者になりたいものです。力愛不二ですが、やはり力が最初。

 このHPが不幸にして、良い指導者、先生に出会えない人のための一助になればと思います。
未熟者が偉そうに書いてますが、私はたまたまいい先生方に出会えただけ。
それを自分の中だけで終わらせたらもったいないですからね(^_^)



 【最終更新日:2001年5月27日】