思い出いろいろD『先輩冥利につきる』



エピソードT

・何度も言っているように、私が3回生で主将になった96年ごろはクラブ存続のピンチでした。ちょうど、OFFが終わって春合宿前のことでした。今まで主将になりたいと言ってがんばってきた1回生の一人が突然辞めてしまったのです。その影響はもちろん他の1回生にも及びました。「俺も辞めようかな〜」「このままこのクラブを続けてて大丈夫なのかな〜」と思うのは当然のことです。

そんなことがあった後、ある土曜日の練習のことです。練習に来ていたのは、はわずか5人くらいだったと思います。

今から練習しようというときに、当時1回生で入部したてのH野が
「先輩人数少ないですねえ。」と心配そうに言ったとき、私はこう答えたそうです。
「人数の多い少ないは問題やない。やる気のあるないが問題や。先輩達がこのクラブをつくったときは、2,3人から始めたはずや。」

H野はその後、1年も経たないうちにメキメキと上達し、主将になってクラブを見事復活させてくれたのですが、
「先輩のあの言葉がなかったら、僕は辞めていました。」とずっと後で言われたときに、そうだったのかと驚くと同時に、先輩が言う言葉の影響力というのは大きいんだなあと思ったものです。

私は当時はもうすでに開き直っていましたから、例え一人になっても少林寺をやり抜いてやろうと思っていました。その信念があったからこそ、後輩がついて来てくれたのかなと思います。

「あのとき辞めんでよかったやろ?」
「はい。本当にそう思います。」
という会話ができるのは、彼のおかげです。





エピソードU

・私が4回生になって間もないころです。就職活動の合間にクラブのことが心配で、新入部員の様子はどんな具合かなと思ってちょくちょく中央芝生に顔を出して練習していました。

・新入部員の中に、こいつは少林寺をなめてるなと思うような、生意気そうな奴が一人いました。それが第34代主将のM地でした。柔道で和歌山県2位までいったという運動神経のいい奴です。

・ちょっと様子を見にきてるだけで、すぐ辞めて他の武道系クラブに行くつもりだなと思いました。そこで、ちょっと乱捕りの相手をしてやろうと、M地に防具をつけさせて乱捕りしました。私の中では運動不足で思うように体が動かず、それほどいい内容でなかったのですが、ずっと後で本人から聞いたところによると、「攻撃も全部かわせて余裕で勝てるやろ」と思っていたそうで、まったく思ったようにいかなくてショックだったそうです。それ以来、私を倒そうと思って辞めなかったと言っていました。それを聞いたときに、こいつは私の1回生のときとよく似ているなと思って、たのもしかったものです。

・もし、あの時に力で納得させられなかったら、将来の主将になろうかという逸材が他のクラブに流れてしまったかもしれません。そう思うと、やはり「強くなりたい!」という思いをバシっと受けとめてあげられる人間が1人や2人は必要なのだと思います。

・少林寺拳法の奴らは弱い、たいしたことないと思われるのは屈辱です。自分達のやっている少林寺はすごいんだ、他武道と違ってこういうところがすばらしいんだという誇りと、自分の身は自分で守れるという自信、実力をもった幹部でないと、血の気の多い1回生が入ってきたら抑えられないと思います。



以上、先輩冥利につきるエピソードでした。