7.復職

 11月も過ぎたある日、妻と精神科に行った。

精神科の先生が
『今は10点満点で何点位ですか?』
と私達に尋ねた。
 私は、
『8点以上はあると思います。』
と答えた。

 するとお医者様は、
『最初にここに来た時に付けた、チェックシートと同じチェックシートをもう一度、ご夫婦で付けてみてください。』
と言う。
私達は、別室でチェックシートを付けることにした。
それは倒れた時に付けたチェックシートを横に見ながら、再度その横で同じチェックシートを付ける形になっていた。
私達は以前のチェックはあまり気にせずに、最近の体調を夫婦で相談しながらチェックを付けて行った。
そうすると、一部問題がある箇所はあるが、殆どの項目は問題なしになっていた。

 ただ、以前倒れた直後の項目は全てに渡って問題ありだったので、やはりあの倒れた時の状態は最悪だったんだねと妻と顔を見合わせた。

 精神科の先生は、私達がその日につけたチェックシートを見て、
『もう殆ど問題ない状態にありますね。良かったですね。短い期間で此処まで回復して。
復職をしたいという希望はありますか?』
と尋ねてきた。

 
私は、
『今の状態で、フルに働けるかどうか自信はありません。
でも出来れば復職したい希望はあります。』
と答えた。

 私はやはり出来るだけ早く復職して、自分の居場所を会社に確保したかったのだと思う。
休職で欠勤する期間が長ければ、当然ボーナスは下がるし、復職後の昇進の話も流れる可能性が高い。
やはり焦ってはいた。

 しかし、お医者様から見て私は普通に見えたようだった。
 精神科のお医者様は、
『復職に不安があるならば、ちょっと会社のメンタルヘルスのY先生と相談してみましょうか。』
と言って、会社に電話を掛けた。

 電話の中で、休職中でもリハビリで会社に短時間だけ行って、ただ机に座る所から始めて、段々時間を延ばしていて、定時間働ける自信がついたら、会社の産業医の復職診断を受けて、そこで了解を貰って復職する手続きをとるという方法がありまから、そうしましょうかという話になったようだ。

 精神科のお医者様は、
『Y先生がリハビリ出社をしたらどうかと、言われているからそうしらたどうかしら?
一回Y先生の所に行って相談をして来て結果を聞かせてくださいね。』
と言われた。

 私は、ついに復職の話が出る時期になったのかと思うと、本当に復職できるのかという不安がある反面、以外と短い期間で復職に漕ぎ着けられるのかもしれないという期待が織り交ざって、複雑な心境であった。

 妻は、
『まだ、はっきりどうなるか決まった訳でもないし、私はもっとゆっくり休養をとってもいいと思っているから、あまり深く考えずに、まずはY先生に相談に行ってみましょう。』
と言った。

 数日後、会社にあるメンタルヘルスのY先生の所に行って、先日精神科のお医者様と相談された件について話を伺った。

 Y先生は、
『君は思ったより、早く回復したんだね〜。
私はもっと時間がかかると思っていた。
ただ、人生でこんなにゆっくり休める期間なんてそうそうないから、復職は焦らないで出来れば正月明け位までゆっくり休んでも全然問題ないと思うよ。
もっと休む気はないの?』
と尋ねてきた。
 私は、
『精神科のお医者様も、復職を考えて行動を開始しても良いと言っておられますから、若し問題がなければ、復職の方向で考えたいのですが。。。』
と答えた。

 Y先生は、
『奥さんはどう思われますか?』
と尋ねた。

 妻は、
『主人は家ではかなり元気になっているので、復職してもいいかなとも思うし、せっかくだからもっと休んで欲しいとも思うし、そんな感じです。』
と答えた。

 Y先生は、
『解りました。私個人としては後1ヶ月位はゆっくり休んだ方がいいとは思うけれど、まずはリハビリ出社をして、様子を見てみましょうか。
11月12日(月)からリハビリ出社をしてみましょうか。
まずは最初の1週間は朝が辛いでしょうから、午後から会社に行って、1日1時間位づつ増やしていって見ましょう。
そして、その段階で状況をカウンセリングをしてみましょう。
上司の方には私からリハビリ出社の件は伝えておきます。
また、職場環境も貴方に負担がかからないように再チェックを私がしておきますから。
でも12日まではとにかくゆっくり休んで下さいね。』
と言われた。

 こうやって、私の復職に向けての第1歩のリハビリ出社が決まった。
でも、私が復職したいと言ったのは、あくまでも『貧困妄想』があったのと、将来 自分の会社内での立場を考えると出来るだけ早く復職しなければという考えがあったからだ。

 本当はY先生が言う様に、年内一杯位は休んだ方がいいのではという考えもあった。
しかし、それよりも不安感の方が強く、内心は焦っていた私であった。

 不安な状態で12日を迎えた、当時の体調管理グラフを見ても、極端に精神状態が落ちていたのが解る。不安感に心が縮こまっていたのは、明らかだった。
それでも12日の午後がやってきた。
12日は昼食後、車を運転して1時間かかる職場に行った。
会社に近づくに従って、不安感で心臓がドキドキする。
デパスを思わず飲んだ。
会社に着いて車を降り、事務所のある半導体製造工場の2階に上がる階段を登る足取りが重かった。
とにかく怖かった。
不安だった。
皆がどんな目で私をみるか恐ろしかった。
それでも2階に上がって、事務所に入った


 心は新入社員状態である。
勝手知っている事務所とはいっても事務所の雰囲気は、私の心には刺激が強すぎた。
私が事務所に入っていくと、課長とSY主任が、
『よく来たね。
席はちゃんとあるでしょ。
何も問題はないかならね。』
と言った。

 そのまま、課長と二人で話した。
 課長は、
『どうかな?久しぶりに会社に来た気分は?』
 私は、
『ドキドキして落ち着きません。新入社員の気分です。』
 課長は笑いながら、
『まあ、最初はそんなもんさ。
Y先生から話は良く聞いているから、自分の体調に併せて来ていいんだからね。
少しずつ馴らしていこう。』
そう言った。
 私は、
『はい。』
としか答えられなかった。

 その後、私は自分の席について、パソコンを立ち上げて見た。
未処理メールが100件と言わず溜まっている。

 横に座っているSY主任が話し掛けてきた。
『君がいない間の仕事は皆で割り振って、特に支障なくやっているから、気にしなくていいよ。
でも基本的には君が倒れる前と状況はそんなに大きくは変わってはいないから、却ってがっかりしないでね。
君宛のメールも私が定期的にチェックして業務上必要なものは全部済ませているから。
君は、今はあくまでも欠勤中で、給料を貰わずに治療の為に会社に来ているだけだから、絶対に仕事をしてはいけないよ。
後輩に仕事があれば、やるからって言っていたのは知っているんだからね。
絶対に仕事は駄目!!
あくまでも会社の雰囲気に慣れることが、今の君がやることだから。
1日1時間づつしか会社にいる時間は長くしたら駄目だよ。
僕が横でチェックするからね。
わかったね。』
と言った。

 私は内心、リハビリ出社の間も多少でも仕事をやって、なんとか廻りに追いつこうと思っていたのを見透かされたと思った。
確かに、SY主任の言うように、
『今は焦って仕事をするのではなくて、あくまで出社できるかどうかの訓練が目的で、給料も交通費も出ずに、自腹で会社にいるだけだから』
、とSY主任に刺された釘はそのまま暫く自分に刺しておくことにした。

 初日は結局1時間も会社にいずに家に帰った。
正直往復運転するだけでも疲れたし、初出社だったので、気づかれして疲れた。

 2日目は1日目より長く午後1時間半程会社に居た。

 3日目は2時間半位会社に居た。

 この頃から少しづつ会社の雰囲気に慣れてきた。
私はメールの整理や、書類の整理、回覧されてくる書類に目を通すだけだった。
周りで装置がトラブルを起こして、緊急会議が開かれていても、あくまで仕事をする訳ではないので自分の机に座って、仕事にならない仕事をしていた。

 4日目もこのような感じで3時間程度会社に居た。

 5日目の午前中に、妻と会社のメンタルヘルスに行ってY先生のカウンセリングを受けた。
 
Y先生は、
『会社に行ってみてどうですか?』
と私に尋ねた。

 私は、
『2,3日の間は、不安感があって、落ち着きませんでしたが、昨日位からは大分慣れて来て、なんとか仕事ができるのではないかと思っています。
職場の雰囲気も体制が変わったので、私が倒れる前よりは、雰囲気が明るくなっていました。
現状では午後しか会社に行っていませんが、徐々に時間を増やして、今日の午後は定時間内の4時間は会社に居ようと思っています。』
と言った。

 Y先生は、
『奥さんから見てご主人はどうですか?』
と尋ねた。

 妻は
『やはり会社に行くと疲れるみたいなので、帰ってきてからはぐたっりとしていますけど、特に鬱症状が出ている感じはないですね。
環境に慣れなくて疲れている感じです。』
と答えた。

 Y先生は、
『そうですか。なんとかやれそうですね。
今週は午後だけ出て、来週は午前中だけでることにしましょう。
ただ、午前中は今まで寝ていた時間帯に起きて会社に行かないといけませんから、今週以上に疲れが出る怖れがあります。
来週は1日毎に12時前から1時間づつ、早く会社に行くようにしていって、最終的に8時出社が可能かどうかを判断する感じでリハビリ出社を続けて行きましょう。』
と言われた。



 11月19日(月)の週からのリハビリ出社は午前中となった。
それまでの休職期間中は、午前中は9時か10時迄寝ていることが多かったので、午前中の出社はきついだろうなと思っていた。

 しかし、気が張っていたのか、初日から特に問題なく出社できて、段々朝早くなってきても出社が出来るようになっていった。

 その週のある日、SY主任から呼び出されて、話をした。
 先に私から話を切り出した。
『私は今回このような形で倒れてしまいましたが、私は薄膜製造装置をなんとか玉成させたいと思っていたし、今でもそう思っています。
でも、仮に復職できても当分の間は定時間内勤務しか出来ないと思います。
それでも、もしも許して戴けるのならば、このまま薄膜製造装置の設計を続けさせて貰えると嬉しいです。』

 SY主任は、
『君は我々のグループでは、なくてはならない人材だよ。
そんなことは言わずに、こちらから是非一緒に仕事をしてもらうようにお願いするし、君の席がなくなるような事は絶対にないから心配しないでいいよ。』
と言った。

 またSY主任が続けて言うには、
『君が倒れたのは、君が病気だったのを知っていたのに、うまくフォロー出来なかった私の責任が大きいと思っている。
すまないと思っている。

 君も、一応1週間以上会社に出てきて、雰囲気が解ってきたとは思うが、表面上の体制は課長が言うように確かに変わった。
人間も多くなったし、一見、職場内にも観葉植物が置かれたりして和やかな雰囲気になった。

 しかし、実態は全然変わっていない。
設計と現場の間での意思疎通は未だに上手くいっていなくて、FJ君、KT君はその対応に非常に苦慮している。

 また、室長は、工場の立上げが上手く行かないので毎朝のミーティングで怒鳴りまくっている。
私も血液疾患で倒れた身だから、病気は違っても君が会社に復職したい気持ちというのは同じサラリーマンとして痛いほど良く解る。
 でも本質は3ヶ月前君が倒れた時と変わっていないんだよ。
ただ、君は薄膜製造装置の設計をこれから進めて行くに当たっては絶対に必要な人間だし、太く短く生きるのではなくて、細くてもいいから長く生きていって欲しいんだ。

 また、倒れるようなことがあれば、会社にとっても家族にとってもとても不幸なことだ。
今回はリハビリ出社ということで、一応会社に出てきて貰っているが、もう殆ど正式に出社が決まる方法で動いている。
でも、正式出社になっても無理は絶対にせずに、必ず定時で帰ってくれ。
それが、私からのお願いだ。
その期間が1年以上になってもいいじゃないか。
お互い、ゆっくりと頑張っていこう。なっ!!』
と言われた。

 私はSY主任の気遣いに、素直に有り難いとおもった。
そして、その週の午前中のリハビリ出社も特に問題なく、無事終了して、正式出社に向けて動き出すようになった。



 長期病欠の後に、正式に出社を許可されるには、会社の産業医の許可と担当医の意見書が要る。
その他に職場の受入態勢が整っているかも問題になる。

 精神科の病院の先生には、リハビリ出社の件は順調に行ったことを話したら、復職に同意する意見書を書いてくれた。

 職場の受け入れ態勢については、メンタルヘルスのY先生が、半導体製造事業室の全主任以上の管理職を集めて、以下のように説明をして私の受入に当たって注意をしたらしい。
『彼を11月末から正式に職場復帰させますが、以下の点に留意して、必ず守ってください。
  ・ 定時間勤務以外は残業、休日出社等を絶対にさせないこと。
  ・ 精神的ストレスを与えるようなことをさせないこと。
  ・ 鬱病は誰でもなる可能性がある心の風邪なので、それを理解して、
    偏見を持った目でみないこと。 
人間は精神が疲れていても肉体が疲れていなければ、なんとかやっていけます。
また、肉体が疲れていても精神が疲れていなければ、なんとかやっていけます。
しかし、精神も肉体も疲れてしまうと逃げ場がなくなって人間は体か心の病気に必ずなります。
彼は、心の病気になっただけなのです。
少なくとも来年の3月までは、絶対に定時退社を守らせて体を疲れさせないでください。
これが、彼の職場復帰を許可できる条件です。』



 11月27日に会社のメンタルヘルスの部屋で、私の職場復帰の診断会が開催された。
参加者は、私達夫婦、課長、Y先生、精神科の産業医の先生、勤労部の人事担当者2名であった。

 産業医の先生は、私の精神科の先生が書いた意見書を見ながら、私に2,3質問して問題がないか確認した。
そして、課長に対して、職場の受入態勢がどうなっているか説明を求めた。
課長は人員を強化して、私の作業負荷が上がらないように配慮して、かつ当面定時退社を守らせることを確約した。
また、Y先生は2週間に1回カウンセリングを行って行く事を告げられた。
それらのことを踏まえて、産業医の先生は私の職場復帰を正式に許可した。

 職場復帰が正式に決まって私は、11月30日から会社に定時間内出社することになった。
暫くは、現場に出ずに、事務所で技術検討をしたり、書類の取り纏め、後輩や関連会社の方への作業指示を主にするように上司から指示を貰っていた。

 また最初の頃は、私が休職していた間の工場全体の情報を集めて、浦島太郎状態を解消しようとしたりした。
 12月中旬位までは、仕事に慣れる為に必死で、精神状態も落ちたり上がったり非常に不安定だったが、12月末頃からは、定時退社することにも罪悪感を感じなくなり、精神状態も安定してきた。
但し、やはり仕事はストレスが掛かるのだろうか。

 12月末頃からは、また眠れなくなり、睡眠薬(ベンザリン)を処方してもらうようになった。
ただ、それ以外は順調で、仕事も定時間内ではそれなりに責任のある立場で後輩に指示しながら仕事ができるようになった。



 3月の末に課長から呼び出された。
『君は本来だったら、4月から主任に昇格する予定だったのだが、今回の病気の一件で、欠勤が出てしまったので、自動的に昇進が不可能になってしまった。
すまないが、昇進の話はなかったことにしてくれないか。』
と言われた。

私は、
『解りました。予想はしていましたから。』
と答えた。

 しかし、心の中では、何年もあんなに一生懸命頑張って仕事を続けて、欠勤が1ヶ月半出ただけで、この仕打ちかと思った。
正直悲しかった。
別に出世がしたい訳ではない。
自分の存在を認められなかった気がして、悔しかった。
同期で主任に昇格できなかったのは、34人中私を入れて5人だけだと言う。
あの、私を苛めたKMさんでさえ、去年主任になったのに、何故私が駄目なのだ。
私は社員表彰も2回受けたし、事業所の特許出願件数番付では4年前から20位以内に常に入っている。
3年前は2位、2年前は3位、H13年度は4位だった。
それなのに、会社の為に頑張って、頑張リ抜いて、倒れた結果がこれかと、、、悔しかった。

 12月末以降から鬱症状も順調だったので、このまま回復して行くかと思ったのだが、平成14年3月末に鬱症状が再燃した。
朝起きても会社に行きたくなくなり、自分が情けなくて、会社の周囲の人に迷惑ばかりを掛けていると思い込み、妻に抱きついてむせび泣き出してしまった。
結局、抗鬱薬を増薬することで対応した。

 増薬して暫くしたら、また鬱状態は安定したので、再度休暇を取ることなく、なんとか仕事は続けられたが、4月上旬にも気分の落ち込みがあり、更に抗鬱薬が増薬になった。
4月は睡眠障害も強くなってきて、睡眠薬もベンザリンからより強力なロヒプノールになった。

 『春先というのは気圧や気温の変動が激しくてそれがストレスになって、精神状態が非常に不安定になるものだ。』
ということをお医者様から聞き、それを自分自身で実感した。

 6月になると、睡眠障害も自律訓練法等を自分で取り入れて、なんとか克服して睡眠薬なしでも眠られるようになった。
抗鬱薬の量はそのままであったが、体調は安定してきて、仕事も迷惑にならない程度になんとか出来てはいた。

 しかし、6月の末に、とにかく体がだるく、寝ても寝ても寝たりず、1日12〜14時間も寝ているのだが朝も起きられなくなった。
起きても会社に行きたくなく、朝起きてからも、自分が情けなく感じられた。
『自分は会社の周囲の人に迷惑を掛けている。
一体自分の存在意義とはなんなのだ?
自分が会社に居なくても仕事は進んで行くではないか。
自分はこの世に不要な人間だ。』
という思いが頭をグルグル巡り、むせび泣き出してしまった。

 それで、抗鬱薬の量がそれまでの1.5倍になってしまった。

 その後、投薬の効果があり、1週間も経たずに、鬱症状は完全に収まり、思考も軽快になって、仕事も定時間内ではあるが、テキパキと処理できるようになった。
しかし、今まで寝すぎていたのが、今度は3時間も眠られなくなってしまった。
鬱症状は全くない。
ただ、眠れないのだ。
眠れなくても、昼間の仕事はテキパキ出来る。

 これはおかしいと思い、精神科に行って先生に症状を伝えた。
『鬱の症状は全くなく、やる気は非常にあるのに、夜寝ると3時間位で目が覚めて、その後が全く眠れないのです。』
 精神科の先生は顔色を変えて、
『それは躁状態になって眠れなくなっているね。
いままでにもこんなことがあった?
双極性か?
直ぐに抗鬱薬を止めて、今晩から躁を抑える薬を飲まないと、どんどん精神状態が上がって行って、眠れなくなって大変なことになる。
薬を変えるけど、いいね。』
と言われた。

 私は
『躁鬱病だったのか?』
と思うと共に、
『いきなり鬱の薬を辞めても大丈夫なのですか?』
と聞いたが、

 先生は、
『やめないと躁がどんどん酷くなって行くよ。』
と言う。
私は先生を信用して薬を替えることに同意した。

 また寝ないといけないので、睡眠薬もロヒプノール1mg×2とメレリル10mg×1が急遽処方された。
躁を抑える薬は、『炭酸リチウム』を処方された。
これでどうなるのかは解らないが、今の所は、問題はない。
また、現状では鬱に再度落ちてしまう様子もない。
ただ、どうなるかまだ解らないというのが正直な気持ちだ。
抗躁薬なんて飲んだ事はないのだから。

 ただ、思うのが、以前倒れる前に『パキシル』と『睡眠薬』を飲んで、深夜までバリバリと仕事をしていた時も今回と同じ躁状態だったのかもしれない。
そう考えると、今回の躁状態も出来るだけ抑えておかないと、一旦鬱に落ちると死ぬ寸前まで落ち込むかもしれない。



 とにかくお医者様を信じて、無理をしないことを人生の格言にして、このまま毎日定時退社でもいいから、仕事を続けて行きたいと思っている。

 また、一生平社員でもいいかなと、割り切った自分もいる。
ただ、復職して、働けるだけで有り難いと思うし、今回色々な方の御協力があったからこそ、波はあってもなんとか働けて普通の平凡な暮らしが出来ている。
それらの方々に本当に感謝をしている。








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