| てるみさん(銀行員)の体験記 *************************************** 私のうつ病体験をお話させていただきます。 うつの体験は人それぞれ違うと思いますので、あくまでも一つの例としてお読みいただければと思います。 ●自己紹介 私は現在一人暮らしをしながら銀行で働いています。 3年前の4月に当時勤めていた大阪支店の縮小に伴い、リストラという形で東京に転勤してきました。 東京に来て、職場のストレスなどからうつ病になり、会社を9ヵ月半休職しましたが、その後復職。現在はかなり回復して、お薬を飲みながらですが何とか仕事も続けています。 ●病気になったきっかけ 東京にやってきて環境が大きく変わったこともありましたが、何よりも新しい職場になじめなかったことが原因でした。 新しく配属された部署は、とても忙しくみんなが殺気立っていて、おまけに女性ばかり、ちょっとした事でも怒鳴られると言う感じ。 また、リストラでぽんとやってきた私には決まった仕事がなく、次から次に違う仕事をさせられ、そのつど新しいことを覚えていかなくてはいけなかった。 でもリストラでやってきたのだから多少の事は仕方がないかと我慢していました。 さらにお局の上司からは、何かにつけて攻撃されたり八つ当たりされたりしました。 そんな環境の中で次第に具合が悪くなっていったんです。 落ち込んで、ふさぎこむことが多くなりました。 食欲もなくなりすごく痩せてしまいました。 ●初めての心療内科 さすがに自分でもおかしいと思い、その年の夏に一度、勇気を振り絞って心療内科を受診。 そこで抗うつ剤を処方されました。飲めばすぐに元気になれると思っていたのに、薬は効かない上に、副作用に悩まされる。めまいがするし、眠くて仕方なかったです。 とうとう寝込んでしまい、勝手に服薬も通院も止めてしまいました。 このことで、病院に行っても何も解決しないんだと思い込んでしまったんです。 それでも、新しい環境で何とか頑張らなくちゃと思い、仕事のほうは我慢して続けていました。でも、もう限界だと感じるようにってきました。 −とにかく仕事の事で頭がいっぱいになり、他のことは何も手につかない。 −仕事中も集中できず、些細なミスを繰り返してますます落ち込む。 −家に帰っても、疲れ切っていて床にしゃがみこんで悶々としてしまい、 テレビも見なければパソコンも触れない。 −何をしていても気がまぎれず、いらいらして落ち着かない。 −休みの日も、人と会うのが億劫で出かけることもしなくなる。 −夜も眠れなくなり、朝はなんともいえない絶望的な気持ちで目が覚める。 −食べられない状態が続いて体重が10キロ以上減って、体力もなくなっていた。 ●精神科デビュー 友人に電話をかけて、とにかく辛くて、もうどうしていいかわからないと泣きながら訴えていました。 私の異変を察した友人は、とにかく病院に行けと言って私に代わって近くの大学病院を探してくれました。 病院の受付でこうこうこうなんですと言うと「じゃあ精神科に行って」とひと言。 正直、精神科を受診することには抵抗があったのですが、助けてくれるのならもう何でもいいという感じでした。 かくして私の精神科デビューとなりました。 診察を受け、医師にそれまでのことをお話しました。 すると先生が症状を紙に書き出して、 「これ全部ねぇ、うつの症状なんですよ」 「うつだって認めたほうがいいですよ、治りますから」 と言われました。 うつなんて嫌だよ〜って思いながらも、その言葉になんだか救われた気がしました。 でも一方で、薬なんか飲んだって今の環境が変わらない限り絶対治らないとも思っていました。 ●勤務評定 それからしばらくして会社で勤務評定が行われました。 お局の上司から、私はそれまでになく悪い評価をもらい、勤務態度などを批判され、身に覚えのないことで中傷されたりしました。 さらに、 「もっと頑張らないとダメよ」 と言いました。 もう頑張れない、でも頑張らなきゃ、どうしよう。 このことをきっかけにさらに具合が悪くなりました。 会社では平静を装っていたのに、もう笑顔を作ることさえ出来ませんでした。 仕事中、泣き出したい気持ちを必死でこらえて、帰りの電車の中では人目もはばからずに泣きじゃくっていました。 ホームで電車を待っていると、飛び込んでしまいたい衝動に駆られ、死ねば楽になれるという考えが浮かびました。 もうとてもやっていけない、 会社を辞めよう。でも会社を辞めるにも一ヶ月前に言わないといけない、一ヶ月もとても持ちそうにない。 私はもうどうして良いのか判断できない状態になってしまい、友人に電話をしました。 そして、言われるまま翌日病院を受診。先生に、もう会社にいけないと話すと、しばらくお休みしましょうと言われ、診断書を書いてもらいました。 でも、上司には恐ろしくて休職のことは言い出せず、結局人事部に休職を願い出ました。 ●カミングアウトについて 医師には診断書の病名は自律神経失調症と書いてもらいました。 うつ病ということは誰にも知られたくなかったからです。 多分、私自身が偏見を持っていたのだと思います。 でも、今は知られても平気です、多分。 しょうちゃんのようなHP や、自助グループを通じて交流するうちに、特別なことじゃないんだ、恥ずかしいことじゃないんだと思えるようになってきたからです。 悩んでいるのは自分だけじゃない、そう思えるようになったんです。 こうして、少しずつカミングアウトできるようになってきました。 カミングアウトしてしまったほうが、一人で抱え込んでるよりずっと楽だと思いますよ。 ●会社の無理解 うつで何が一番辛かったかというと、周囲に理解してもらえなかったことです。 どんなに辛いんだと話しても、そんなのは気の持ちようだとか、もっと頑張ればとかいう人が必ずいるんです。 でも、自分自身が一番何とかしなくちゃと思っていたし、気の持ちようなんかではどうすることも出来なかったです。 私は、なかなか復職することが出来ず、一ヶ月ごとに会社に診断書を提出していましたが、そのたびに、 「どうして、こんなに長い間休んでいるのに良くならないんだ、本当に会社に戻るつもりがあるのか」 と言われました。 ただでさえ罪悪感を感じていた私は、自分が悪いんだ、自分が弱いからダメなんだとますます自分を責めてしまいました。 さらに、ずる休みではと疑われ、別の病院に無理やり連れて行かれました。 どうしてこんな事をされないといけないのかと悔しくて、やりきれない気持ちでした。 せっかく休んで少し良くなってきたのに一気に病気がぶり返しました。 うつ病の回復にはゆっくり休める環境が必要で、そのためにも周囲の理解は不可欠だと痛感しました。 ●休職中の私 体力がなくなっていたせいもあり、外出してもすぐに疲れてしまう上、何をするにも億劫で、ほとんど家に引きこもっていました。また、体の症状では、眠れない、食欲がないということ以外に、頭痛、肩こり、生理痛、動悸、息苦しい感じにつねに悩まされていました。 当初は、こういった身体症状が良くなれば回復するものと思っていましたが、気分はなかなか良くならず、回復には時間がかかるのだとだんだん理解するようになりました。 休職中は、自分だけが世間から取り残されている気がして、働いている人はなんてすごいんだろう、それに比べて自分はなんてダメなんだろう、生きている価値なんかないんじゃないかと思い、自信というものをまったくなくしていました。もう、自分には働くなんて無理だから、今ある貯金を使い果たして、それがなくなったら死ぬしかないなどと真剣に考えていました。 この頃の私の落ち込みや不安は、言葉では言い表せないほど苦しいものでした。 誰でも落ち込んだり不安になったりすることはあると思いますが、うつの時のそれは、本質的に違っていると思います。 落ち込みようが半端ではなく、そこから立ち直ることが出来ませんでした。 そして、言いようのない、いたたまれない不安感。 中でも一番辛かったのは、将来に何の希望も持てず、もう自分の人生は終わってしまったのではないかという絶望感でした。 たまらなく孤独で、自信がなくて、希望が無くて、この先どうやって生きていけばいいのか。とにかく、このような苦しみがずっと続きました。 そして、この苦しみから救ってほしい、楽になりたい、死んでしまいたい・・・私は、自殺を試みようとしたことはありません。 でも、毎晩のように寝る前に、このまま目が覚めなければ良いのにと思っていましたし、ガンになって死ねたらどんなに楽だろうと思っていました。 体の病気なら、少なくとも周囲には理解され、同情され、一人ぼっちではないと思ったのです。 ●闘病生活を支えてくれたもの 私は一人暮らしで、近くには友人も知り合いもほとんどいませんでしたし、離れていた家族にも病気のことは隠していました。 そんな中で、私を支えてくれたのは、主治医であり、遠く離れた友人であり、カウンセラーさんでした。 −主治医について。 ひと言で言えば、薬を処方してくれる人ですが、やはり、病気のことを一番理解してくれる人です。 私の場合、大学病院に通院していたので、大勢の患者さんであふれていて診察時間は限られていました。 5分ぐらいの診察時間では、上手く自分の状態を伝えることが出来ず、なかなか辛い気持ちを吐き出すことが出来ませんでした。 でも、あるとき主治医の先生の「肝心なことは何も言ってくれないね。」という言葉に、私は、ああ、もっと自分が辛いんだと言うことを正直に話せばいいんだと思えるようになり、少しずつ自分のことを話せるようになりました。 こうして信頼関係が出来てきたように思います。 今は、いざと言う時には、お薬や、助言、休養が必要なら診断書を書いてくれるなど、頼りになる存在です。 −友人について。 私が落ち込んでどうして良いかわからなくなってしまった時、いつも、電話などで相談に乗ってくれ、また、病院へ行くように促してくれました。 また、ときどき愚痴を聞いてくれたり、アドバイスしてくれたりしました。 私が休職中、早く復職しなくては、とあせって混乱していた時に、友人の一人が、あせらない、あわてない、あきらめないと言う三つの"あ"という言葉を教えてくれました。 「まだ、ゆっくり休んでいて良いんだよ。」そう言ってくれてとても気持ちが楽になりました。 −カウンセラーさんについて。 とはいえ、主治医とは限られた時間の中でゆっくり話は出来ないし、友人にはいつも自分の愚痴ばかり話すことは出来ませんでした。 そんな中で、カウンセラーさんの存在はとても大きかったです。 時間をかけて自分の話をゆっくり聞いてくれたのですから。 何人かのカウンセラーさんとお会いしましたが、幸い自分に合うカウンセラーさんにめぐり会うことが出来、辛いこと、苦しいこと、悩んでいることなど何でも話すことが出来ました。 そして、カウンセラーさんの前では安心して思い切り泣くことが出来ました。 その頃の私には、辛い気持ちを吐き出す場所がとても必要だったと思います。 ●回復 休職して半年ぐらい経っても、少しずつ良くはなってはいたがまだ気分は不安定で、些細な事で落ち込んでは泣いていました。 早く復職しなくてはと毎日のように思っていましたが、とても仕事をやって行く自信がなく、どうしよう、もうだめだと悪いほうへ悪いほうへ考えてしまいました。 そんな中、主治医に申し出て薬を変えてもらいました。 そうしたら、これまでこんなに辛かったのはなんだったんだろうと、うそのように気分が楽になりました。 正直言うと、それまでは薬なんて気休めぐらいにしか考えていませんでした。 でも効果を実感し、考えを改めました。 今振り返ってみても、回復した一番の理由は、やはりお薬だったと思います。 ●復職 お薬を変更してもらい、しばらく経った頃、習い事を再開したり、ボランティアに行ったりすることが出来るようになりました。 だんだん、復職しても何とかなるのではと思い始め、復職を決意しました。 そうして、翌年(2003年)の1月から9ヶ月半ぶりに職場復帰しました。 しかし、復職したものの、まだ治ったという感じではなく、何とか会社に行っているという感じで、まだ辛い状態でした。 また、部署を変わったので、新しい仕事を覚えなくてはならないのですが、すぐに気持ちがくじけてしまい、もうやっていけないと何度も思いました。 病気は回復してきているはずなのに、以前のように出来ない自分にまた落ち込んだりもしました。 うつが少し良くなってくると、周りの人はもう元気そうだから、以前のように何でも出来ると思いがちなところがあると思いますが、本人はまだまだ思うように体が動かず、辛いことが多いと思います。 なかなか一足飛びには良くならない病気なのだと実感しました。 ●再発 復職してからも、何となく調子が悪いと言う感じで何とか仕事を続けていました。 しかし、10ヶ月ぐらい経った頃、とくに理由も無く落ち込み、涙があふれてくると言う日が続きました。 会社に行くのも億劫で、朝、家をでる時には勇気を振り絞って出かけていました。 仕事中も集中することができなくなりました。 少しずつ回復していると思っていたのに、薬もちゃんと飲んでいるのにどうしてこんな風になってしまったのか。 このときは本当に絶望的な気持ちになりました。 もう治らない、薬を飲んでも意味が無い、治療なんか止めてしまいたい。 次の受診の時に具合が悪いと主治医に訴えました。 先生は、ウーンと考えて、別の薬を処方してくれました。 これで良くなるのだろうか?半信半疑で薬を飲みました。 するとまた、症状が改善され、気持ちが楽になってきました。 心の病気にお薬と言うと首をかしげてしまうのですが、お薬の威力、侮れないです。 また、ひと言で抗うつ薬と言ってもたくさんの種類があります。 主治医の先生と相談しながら自分に合ったお薬を探していくことが大切だと思います。 うつ病の回復過程には波があります。 思うように回復せずに、絶望的な気持ちになったり、もう治らないのではと思ってしまうこともあるかもしれません、でも私自身今こうして元気でやっていますし、必ず良くなるので、決してあきらめないでほしいです。 ●現在 まだ通院はしているし、お薬も飲んでいます。 今の課題はお薬を減らすことです。 昨年秋から減薬を試みているのですが、なかなか上手くいきません。 逆に言うと、お薬のおかげで元気でいられるってことなのかもしれませんが。まあ、あせらずお薬を減らしていけたらと思っています。 以前とまったく同じって訳には行きませんが、仕事もとりあえずこなせているし、テニススクールに通い、スポーツを楽しんだり出来るようにもなりました。 みんなと飲み会にも出かけます。 状態の悪い時は、旅行なんてとても無理だったし、行きたいと言う気持ちにもならなかったですが、昨年3年ぶりに大好きだった海外旅行に行ってきました。 行く前はちょっと不安でしたが、思い切り楽しんでくることが出来ました。 今年もまた旅行に出かける予定です。 再発するのではないかと言う不安ももちろんありますが、何もわからなかった発病した頃とは違い、調子が悪くなったらこうすれば良いという対策が出来ます。 主治医の先生もついているし、最悪の場合はまた休職したって良いと思っています。 気楽に、気楽にですね。 ●病気になってから変わったこと まず、無理はしなくなりました。 仕事が負担になっていれば、減らしてもらうように上司に相談しますし、友人に誘われたりしても、億劫で気が進まないときや調子の悪い時は断るようにしています。 病気になる前は、周りの人からどう思われるかをとても気にしていましたし、良い人と思われたいという気持ちが強かったように思います。 でも今はあまり人の評価を気にしないようにしています。 少しぐらい嫌なやつとか付き合いの悪いやつと思われたって、自分自身が元気でいることのほうがずっと大事ですから。 良い意味で開き直ることが大切な気がします。 私の体験談としてはだいたいこんなところなのですが、 最後に、私の経験からこれだけは申し上げておきたいと思います。 うつ病は必ず良くなります。 どんなに辛くても、必ず元気になれます。 だから、決してあきらめないでください。 |