++2002.05++
会津です。会津。
学生の身分なので家族旅行ってのが悲しいところ。
友達と行く時もあるけど毎回毎回自費で行ってたんじゃ死にますので。
++コース++
清水屋跡→阿弥陀寺→若松城→天寧寺→会津武家屋敷→松平容保之墓→如来堂
→飯盛山→白虎隊記念館→白虎隊伝承資料館
最初に行った所は清水屋跡です。
会津に行った土方歳三達が泊まったところです。
今は建物は残っていません。
次に向かった先は阿弥陀寺。
ここには戊辰戦争殉難者の墓や新選組三番隊隊長だった斉藤一の墓があります。
ただし斉藤一は名前を何回か変えているので阿弥陀寺の墓には藤田五郎の名前で彫られています。
一件普通の墓のようですが、他の墓とは明かに違う場所にあるので分かりやすいと思われます。
墓名は藤田家代々之墓。
斎藤さんの次は若松城へ。
若松城。鶴ヶ城。
どちらでも良いみたいですけど正しくは若松城だとか。
戊辰戦争の際、ここで1ヶ月もの篭城戦が行われました。
中にはは容保公の写真や、白虎隊の肖像画等その他に資料が沢山ありました。
城自体は明治に壊されているので本物がそのまま残ってるわけではないのが残念。
維持費が大変だろいう理由で壊されたらしいです。
なんか広すぎて説明はあまり出来ませんが。
会津に行かれた際には是非。
次は天寧寺。
近藤勇の墓がある寺です。車で入れる場所から墓までは少し歩きます。
微妙な整備具合なので雨の日は靴が大変です。
それと近藤さんのお墓の横には土方さんの慰霊碑もありました。
二人揃ってるとなんか切な・・・ッ。
近藤さんのお墓がやっぱり山中だったのに疲れを覚えつつ。
次は会津武家屋敷に行ってみました。
別に史跡、ってワケではないのですが。
会津武家屋敷は会津藩家老の西郷頼母の屋敷を復元させた所です。
クイズも出来たりして。武家屋敷内を回って、クイズ用紙に書かれている問題を解けとの事。
そして全問正解者にはキーホルダーが!!
何やら男女で問題が違うようです。
弟もやったのですが、私と貰った問題が違いました。
私のもらった問題用紙の右上には「姫」と書かれており、弟の方は「侍」でしたから。
これはきっと男女で違う筈。
そして「侍」の方の問題用紙には土方さんの問題が。
何と言う組織の副長だったでしょう、とかそんな問題でした。
簡単かんた〜ん☆
もちろん新選組〜!!
で。武家屋敷の敷地内にはあの坂本竜馬を斬ったと言われている佐々木只三郎の墓が!
あと行った時には丁度白虎隊と新選組展って感じのがやってましたよ。
隊士の書簡や史跡の写真とかなんか色々資料が置いてありました。
史跡の写真見てほとんど行ってるなぁ、とか思ったり。
展示されていた会津の史跡写真見て思い出したのが、如来堂。
新選組と官軍との激戦地。
危ない危ない。忘れるところでした・・・。
如来堂の事を思い出しつつ次に行ったのは幕末当時の藩主だった、会津藩9代目藩主松平容保の墓。
会津武家屋敷から結構近いです。歩いて行けます。
近い、といっても入口が近いという話。
入口から容保公の墓までは結構距離があるので大変。
容保公のお墓は奥から2番目くらいの所。
お墓自体は大きかったですけど、あまり整備が行き届いてないのか何なのか、非常に歩きにくい場所にありました。
さて次は如来堂。
まず如来堂はどこにあるのか?
新選組展で飾られてた写真の下には「若松市内」としか書かれてなかったのですよ。調べてくるのも忘れてしまったし(痛)。
仕方ないので武家屋敷で購入した本で調べる事に!!
すると神指町と書かれてるのを発見。
早速カーナビで調べて見ると神指町って結構広い。
というか「神指〜町」って感じで結構あるのですよ。
さらに本を読むと「神指高久町より南」って書かれていたり。
高久からどんどん南へとずらしていくと見事如来堂発見。
こうして如来堂を目的地に設定し、無事発進したのでした。
しかしカーナビはどんどん田んぼ方面へと誘導してくれるので少々不安気に。
そのまま走って行って、ついに「目的地周辺です」とのカーナビボイスが。
周辺です、って言われてもどこにあるんだか分からなかったですよ・・・。
そんな時、道端に立っている地図を発見!
地図通りに歩いて行くと、如来堂が。
ここでは激戦が行われ、新選組隊士も戦死しています。
とりあえず、この日はここで終了。
次の日、朝も早くから行った先は飯盛山。
白虎隊士自刃の跡や白虎隊士之墓等と色々ある所です。
スロープで山の上まで上った所にすぐあったのは他国から寄贈された白虎隊の碑。
ローマから寄贈された碑は凄いでかくて驚き。
子供ながらも彼等の武士道精神はたくさんの人々に影響を与えたって事でしょうか。
寄贈の碑の置いてある所から左へ行くとそこには戦死した白虎隊士の墓が。
勿論例の自刃した白虎隊士の墓もあります。
あと白虎隊の仲間的存在の少年武士団の墓、会津藩殉難烈婦の墓などがありました。
頂上の色々な碑が置いてある広場から右側の道を行くと白虎隊士の自刃の跡があります。
戊辰戦争の時、城が燃えていると勘違いして自刃してしまった白虎隊士達。
自刃の地には石像の白虎隊士が居り、「隊士が眺めてる方向が若松城です」と書かれていました。
コレがなかなか見つかりません。すっごい遠くですから。
これは城が燃えてると勘違いするのも仕方が無いってくらいに遠いです。
無事に城も発見し、元の広場に戻って階段を下りました。
下ったところにはお土産屋やら、白虎隊十九士霊像というものまであります。
他に言うなれば重要文化財のさざえ堂。
さざえ堂を通りすぎ、その後に現れたのが戸ノ口堰洞窟。
ここは白虎隊士が通過した所だそうです。
飯盛山を下って行く途中にあるのが白虎隊記念館。
ここに置いてあったのは白虎隊だけではなくその他の幕末人物の資料や写真もありました。
二階ではアニメで幕末がおさらい出来たりします。
あとここには沖田総司の肖像画や斉藤一の肖像画があったり。
沖田総司の肖像画は階段のところにさりげなく貼られているので頑張って見つけてください。
二階から下りてくる時なら一発発見ですが、2階へ上る時は死角なので意外と見つけられません。
それ以外にも戊辰戦争の資料が。
記念館の坂を下り、右に曲がってちょっと歩いた所には白虎隊伝承史学館があります。
ここも資料が多い!でも何が凄いって入口に入った横。
心霊写真がっ!!
どうやら幕末系史跡で撮った写真のようで、それに幽霊が。
人の顔とか靄とかが写っていたりします。
それは置いておいて、史学館の資料もまぁ戊辰戦争関連が多かった!当然ながら。
ファンには面白。
追記。
ホントにこれで終わりました・・・。
あとなんだったか。
唯一の未練、というか未練はたくさんあります。
まず伝承館に行った後、普通の観光として酒造歴史館だか何だかという所に行きました。
普通に駐車場から中へと歩いていく途中にナントカ梅(?)とかいう木がありました。
どうやら白虎隊士自刃の地から移されてきた木のようです。
写真におさめるのを忘れた、って事が第1の未練。
それと、酒造歴史館を出た後、車に乗り込みもう一度入口の前を走ったとき。
ちらっと見えました。
会津には歴史系の場所には看板みたいなのが立っているのですが。
その看板をちらっと見た時、「〜終結の地」とか書かれてたのを見ました。
一体何の終結の地なのか。気になる所。
あと最大の未練。
滝沢本陣行き忘れた!!
白虎隊が出陣したところ。
気付いたのは帰りの車の中。
・・・いかに自分が新選組に片寄った人間なのか悟りました・・・ふふ。
同じ会津藩関連なのに。