生きる。ための。狂気。


余りに普通の毎日。
笑いあって。ふざけあって。
振り返ったその先に、知った顔が無くても。
あぁ、後から来るんだ
そう思えてしまう程。



深々と雪が降る。
その音なき音がかえって煩く感じられて、俺は寝間着のまま庭に出た。
深々と雪が積る。
すべてを覆い尽くす其の姿はとても美しく、
同時にある情景を思い起こさせる。
血の一滴も見逃せない程、濃く、残る。

------- ウラギリモノ ノ シニザマ



ばしゃん。
井戸端で水をかぶる。頭から。
薄く張っていた氷が砕け、流れ。体温で溶けた。

ばしゃん。
剣術で鍛えた体には、こんな事じゃ限界には足りない。
生き残る為に身に付けた事が、今では煩わしい。

ばしゃん。
凍った金具で指を切った。右手に残る傷痕に、血が伝わって落ちる。
あの時死んでだかもしれないのに。
自分も。
彼も。

「やめとけ」
手を掴まれた。
左之助だった。
こんなに近付かれたのに、気付かなかったとは。不覚。
やはり寝間着姿で。着崩してあるが。性格出てるな、こりゃ。
「…風邪ひくぞ」
思わず口走った言葉に、左之助は笑った。
「ひかねーよ、俺馬鹿だし。新ぱっつぁんこそ風邪ひくぞ」
俺も、笑った。
「俺だってひかねーよ。馬鹿だから」
まったくもって。



「俺、助けたかったんだ」
何気なく言った言葉は、正確に伝わった。馬鹿は勘が良いから。
「平助を?」
「そ。平助を」

逃したふりして逃がした。一見すると士道には背いて無いし。
藤堂も、それを察して逃げてくれた。けど。

「けど、死んじまった」

逃げたけれど、他の奴に殺された。
多分俺のした事に気付いたそいつを殺して死んだ。

「助けたかった訳じゃ無い。殺したく無かったんだ。
 仲間だったからっ…。俺が殺したく無かっただけなんだ…!」

最後、あいつはどんな表情をしてた?

「笑い話にもなんねぇよな、殺したく無いなんて!
 今まで沢山殺して来たくせに。
 でも、嫌だったんだ。あいつを斬るのだけは。
 あいつも其れが解ったんだと思う。逃げてくれた。
 でも、死んじまった。最期に俺の尻拭いして…」

シニザマははっきり覚えているのに。

「こんな事になるんだったら」

シニガオを思い出せない。

「俺が殺しておけば良かった…!!」



声が震える。肩も。
これは自分に対する怒りであって、涙なんかじゃ無い。
「泣くなよ」
「…泣いてねーよ」
水と雪に濡れた顔じゃぁ、誰にも区別なんて付かないだろうけど。


「俺は芹沢サンを殺した」
左之助の声にはっとする。
薄々知ってはいたけれど、面と向かって言われるとやっぱり違うもの。
何よりその標的には、ギリギリまで俺も入ってたから。
「そん時、俺も思ったよ。あんたは俺が殺そうって」
淡々と繋がる言葉。
「…ばーか。不意打ち喰らったとしても、俺がお前に殺られるわきゃねーだろ」
「やー、相打ちってのもいっかなー、ってね」
いや、証拠残しちゃなんねーんだけどな、と笑い飛ばす佐乃助。
其れにつられて笑う。
「ほんっと、馬鹿だな」
笑い続ける。


「こうしよう。お前が俺を裏切ったら、俺がお前を殺す」
「じゃ、あんたが俺を裏切ったら、俺があんたを殺すよ」
「約束するか?」
「おぅ。約束だ」
笑いながらの約束。お互いを殺す約束。
狂ってるのかも知れないけれど、狂ったこの時代では、これが、正常。

そう。
日常で必要なのは、常識なんかじゃ無くて。

生きる
ための
狂気。