MEMORY
屯所が喧騒に包まれているのはいつもの事だけが、つい先程から屯所内は一層騒がしくなってきていた。
そんな屯所の中の副長室では、ほぼ引きこもり状態に陥りつつある土方が一人筆を取って何やら書き付けている。
要するにお仕事の真っ最中。
しかし、いくら彼が職務に集中しようとしても、外の所為で気が散るばかりだ。
一体何事だと不審に思っているところへ、土方にとっては丁度良く副長付小姓の隊士が茶を持ってやって来た。
「外で何かあたのか」
その低く無意味に威圧感のある声でそう問われ、一瞬小姓はビクッと方を震わせた。
が、すぐに慌てて答えた。
「私もよくは存じておりませんが・・・三番隊の斎藤先生が神社の石段から落ちたらしいですよ」
「落ちただァ!?」
意外な人物の意外な失態に思わず土方の声も裏返る。
一体何故、と更に突っ込むと、小姓は存じていないわりにはよく喋った。
曰く、石段を駆け上って逃げる何処ぞで遭遇したらしい浪士を追いかけていた時、慌てたあまりその浪士の一人が足を踏み外して落下。
「それで、斎藤先生も巻き込んで一緒に階段を転がり落ちたらしいですよ」
「阿呆か・・・で、それが何でこんな騒ぎになってるんだ?」
「え、ええ・・・と。何でもその時頭を打ってしまわれたらしく、今医者を呼びに行ってるところなのです」
「頭か」
「頭です」
厄介だが斎藤君なら大丈夫だろう、と土方は言って、小姓の持って来た茶で唇を湿らせた。
何やらやけにドギマギしている小姓も、大丈夫ですよねと嬉しそうに言って、部屋を出ていった。
小姓には大丈夫だろうと言ってはみたが、実際そんな事は土方に分かる筈も無い。
普段滅多に呼ぶ事の無い医者を呼ぶという辺りが、不安だった。
怪我でも病気でも自己流で治してしまう彼らが。
医者を呼ぶなんて事。
そもそも、今まで誰かが階段から転げ落ちたくらいでこんなに騒ぎになったことがあるだろうか。
いや、本当は階段から落ちた奴なんて居ないけど、居たとしてもこんなに騒ぐであろうか。
斎藤が組長だから、なんていうのも理由になりそうもない。
嫌な予感がざわざわと胸を支配し始めたが、誰も何も言ってこないのだからあくまでも予感止まりに違いない、と土方はまた書類に目を戻した。
だが、しかし。
予感的中とはまさにこの事。
斎藤の部屋では近藤以下数名の隊士が悩みに悩み、悩みぬいていた。
「おい、医者はまだか?」
「もうすぐ来ると思うのですれど・・・」
「しかし来たとしてもどうにかなるんっスかねぇ、コレは」
「申し訳無い・・・」
ある意味、長人の隠れ家に一人で乗りこんで行くよりも厄介な事態に見まわれている。
そんな悩みぬいている中、ようやく医者はやって来たものの、やはり誰かの予想した通りどうにもならないらしかった。
それは手遅れ、というワケでもなくて。
「いやぁ・・・これは・・・??これに似たような事例は聞いた事もありますが。尤も、そっちの方が症状はヒドイわけですし、これくらいなら
命に別状は無さそうですな」
とりあえず匙を投げられたようだ。
しかしその医者を誰かが責める事は無く、やっぱりなァという空気が部屋を包む。
結局医者は、ひたすら安静にして下さいとだけ言い残し、ついでに適当に薬を置いて帰って行った。
すでに日も暮れかかっている。
夕日が容赦無く差し込んでくる部屋で、医者からも見放されてしまったこの部屋の主、斎藤はただただ恐縮するばかり。
しかし、この事態がどれだけ恐ろしい事なのかと言うのは肝心の当人がよく分かっていなかった。
というより、分かる筈も無かった。
「・・・どうしましょう」
「・・・どうしましょうって言っても、どうしようもないだろう?」
「近藤サン!アンタ土方さんの親友なんだろ!?ここは一つ近藤サンが・・・」
「俺っっっ!!??」
「さんせーい!近藤先生に一票!」
「大丈夫ですよ、局長なら」
「局長!」
部屋中に局長コールが沸き起こり、行かざるを得なくなった近藤である。
そしてついに、近藤は決心したようにぱぁんと自分の頬を両手で叩き、すっくと立ち上がった。
「逝ってきます・・・」
夕日の演出も重なって、近藤の背中はいつも以上に儚く見えたと言う。
「歳、入るぞ?」
「どうぞ」
何も知らない土方の声を、近藤は寿命の縮まるような思いで聞いた。
一つ大きく息を吸い、音も立てずに障子を開けて、部屋に入る。
障子を閉めた時、その音がいつも以上に響いたのは気の所為か。
「どうしたんだい、勇さん」
近藤が土方を「歳」と久々に呼んだからだろう。
土方も親しげに「勇さん」と呼んだ。
近藤にしてみれば、ほぼ無意識の出来事だったが、こちらの方が打ち明けやすそうだ。
無意識万歳、と近藤が心の中で気を紛らわすために呟いたのなんて露知らずの土方は、普通に何だろうなァと目を向けてくる。
「な、なァ歳・・・斎藤の事は聞いたか?」
その言葉に眉根を寄せた土方だったが、それも一瞬の事。
「小姓に階段から落ちたって話は聞いたが・・・斎藤がどうかしたのか?」
「どうかしたと言えばどうかしすぎているんだが・・・どうしたんだろうなァ・・・」
「一体何なんだよ!」
生来気が長く無い土方は、少しイラついたようだ。
「それが・・・」
近藤は目をうろうろとさ迷わせたが、心を決めて土方と目をあわせてはっきりと言った。
「斎藤がな、物忘れ病になった」
「えっ」
「ただし、自分の事や新選組の大体の事は覚えている。忘れているのはただ一つ、歳、お前の事だけだよ」
「・・・は?」
「斎藤は、な・ぜ・か!!お前の事だけすっかりさっぱり綺麗に忘れてるんだ。斎藤君と共に巡邏していた三番隊の奴が、どうも会話の中で
不自然さを感じたらしい。それで、やはりと確信し慌てて屯所に戻った、と。お前の事だけだからお前を呼ぶのは憚られたんだよ。」
「な・・・」
ぐっと言葉を詰まらせた土方だったが。
「おい、勇さん。俺とアンタは長い付き合いだが、そんなタチの悪い冗談を信じるほど馬鹿だと思っていたのかい?」
そう言って、普段滅多に笑わない彼がカラカラと笑った。
しかしそんな土方を見て近藤の心は痛むばかりだ。
ああ冗談だよ、と笑えたらどんなに良いか。
「歳・・・冗談と思うのなら斎藤の部屋に言ってみろ」
いつになく真剣な近藤の様子に土方の笑いも引っ込んだ。
さっきまで動揺していたのは近藤だったが、今度は土方の番である。
しばしの間互いに何も言わず、部屋は静まりかえったままだったが、ふいに土方が立ち上がった。
「あとで『ドッキリ大成功vv』とかそんな看板は無しだからなっ」
そう叫ぶや否や、土方が勢い良く部屋を飛び出した。
常日頃から廊下を音立てて走るなと言っている土方だったが、今は全速力で斎藤の部屋に向かう。
途中擦れ違った隊士の挨拶なんて完全に無視して。
その隊士が妙に訳知り顔だったのが悔しかったけど。
そんな事よりも何よりも大切な。
「斎藤っっ!!??」
これまた音を立てて勢い良く障子が開かれた。
中に居るのは布団に潜ったままの斎藤のみ。
呼ばれた斎藤は布団の中に潜ったまま上体を起こして土方を見た。
こうやって面と向かうと何を言えば良いのか分からない。
入るぞ、と今更遅いがそう言って、ずかずかと斎藤の傍に腰を落ち着かせた。
「・・・お前が俺の事を忘れたと聞いた」
「それは・・・」
「本当か?」
「・・・・・・・・・申し訳無い、です」
斎藤は目を反らして、それだけ言った。
しかしそんな事を言われても、土方が納得するわけが無い。
「ふざけんなっっ!!じゃぁお前はいっつも誰から銭貰ってんだ!?誰から直接命令下されてんだ!?あ゛ぁン!?」
「だからそれが思い出せ無いんですってば・・・」
ひたすら小さくなる斎藤を見ても、土方の怒りと言うか悔しさは決しておさまらない。
「私も思い出すよう努めますから・・・」
「ったりめーだ!この馬鹿野郎っ!」
「は、はぁ・・・では何か私が貴方を思い出しそうなものや仕草や場所等はありませんか?」
「はぁ〜〜〜〜ん?・・・・・・ねぇな。いや、一つあるっちゃぁ、あるかな?仕草っつーか、動作?」
「なんですか!?」
「ああ、それはだな」
とか何とか言いながら徐に土方は斎藤の襟をグイと掴んで引き寄せた。
ヤバい雰囲気を醸し出しながら近付いてくる土方に、斎藤が慌てて待ったをかける。
「〜〜〜〜!!!???何なんですかっ!」
「思い出しそうな事、だろう?いつもやってる事だから気にするな」
「ええっ???いや、でも・・・きっとそんな事しても絶っっ対に思い出せない自信がありますから!!」
「っるせぇなぁ・・・ブン殴られてぇか!?さっさと脱ぎやがれ!!」
言うなり斎藤の襦袢を脱がせようとする土方。
そうはさせまいと奮闘する斎藤。
夕暮れの情事を土方が無理矢理おっぱじめようとした時、間も悪くやって来てしまったのが。
「おう、二人とも入るぞ――――・・・・って何――――!?」
「あ、勇さん」
「局長・・・っ!!」
土方によって既に上半身は脱がされてしまった哀れな三番隊隊長の姿を見て、近藤は土方をたしなめた。
「おい、歳。そういうのを性的嫌がらせって言うんだぞ?」
「だって勇さん!こいつが俺の事思い出さないからさ」
「あのなぁ・・・そんな事したら斎藤君が可哀相だろう」
「いつもの事なのに」
最後にさらりと出た土方の言葉はあえて無視するかのように、近藤は二人に命令を下した。
「お前達、明日二人で出かけて来い」
「は?」
と、返した声が二人で被る辺り、まだまだ見込みはあるようだ。
「何か二人で散歩でもしてりゃぁ、思い出すものもあるだろう」
「でも俺、仕事・・・」
「三番隊隊長の記憶を取り戻す事の方が大事だろう?隊務に差支えがあっては困るからな。局長としての命令だ」
と、いうワケで次の朝、土方と斎藤は二人並んで京洛をうろつき回るになった。
屯所から出て行く時、門番の何とも言えない視線を浴びつつ。
青々として雲一つ無い空が唯一気分を持ちなおさせてくれる。
「寒ぃよー、なぁ斎藤」
今の土方は、いつも屯所内で見せている副長という空気は全く纏っていない。
自分よりいくつも年上であり、上司である筈の土方からそんな事を言われて斎藤も当惑気味だ。
「襟巻きくらいしてくれば良いじゃないですか・・・」
「冷てぇなぁ・・・いつもの斎藤だったら自分の襟巻きとって『はい、どうぞvv』くらい言ってくれたのに」
「じゃぁどうぞ」
「今更いらねぇ」
その土方の掴みようの無さ、というよりはワガママっぷりに斎藤はこの『記憶探し』へのやる気をさらに削がれてしまった。
むしろ、思い出したくないなァという感じまでするくらいだ。
土方の事だけを忘れたのも、もしかしたら自分が心の中で「土方の存在を忘れたい」と思っていたからではないか。
そう思い始めると、ますますこの散策の意味が問われた。
それでも局長の命令だから仕方が無い。
「ところで、何処か思い出しそうな場所とか無いですかねぇ・・・?初めて会った場所とか」
「残念だが、そりゃぁ江戸だ・・・とりあえずお前が落ちた階段にでも行ってみるか」
土方の適当な提案によって、二人はそこへ向かう事になった。
要するに、土方の事を思い出すような、俗に言う『二人の思い出の場所』なんて所は無いというのが実際である。
二人でぼちぼちと歩いている間も土方が適当に話を振ってみるが、まるで思い出せそうな気配は無かった。
全く思い出せそうにない斎藤に、土方も段々苛立ってきたようで。
「さァここがお前の落ちた階段だな?」
「ええ」
「いくつ目から落ちた?」
「ええと・・・多分ここら辺だったかな・・・」
と、わざわざ自分の落ちた段まで上った斎藤。
「そうか、そこか」
言いながら土方も一緒に上がってくる。
そして土方が斎藤よりも一、二段上の所で足を止めたかと思うと。
「じゃぁもう一度落ちたら思い出すかもしれないな?」
「はい?」
斎藤がその言葉の意味を飲み込む前に、土方が掛け声と共に斎藤の背中をドンとついた。
あまりに唐突な出来事だったので、斎藤も土方の思惑通り綺麗に重力のまま落ちていく。
「どうだ?」
哀れな事に一番下まで落ちていった斎藤の傍らに土方は立って、そう問うた。
その『突き落として記憶を取り戻させよう』という、あまりにあまりな行為は斎藤の理性の糸を危うく切ってしまうところであった事にも気付かずに。
土埃と少々の血にまみれた斎藤は、傍らに立っている土方を見上げて言った。
「何を・・・」
「思い出したか?」
「ンなワケないでしょうがっっ!!また打ち所が悪かったらどうするつもりだったんですか!?ええ!?」
尤もな意見である。
記憶を取り戻す以前に、死んでしまっては大問題だ。
記憶が無い分、遠慮無くそう怒鳴った斎藤を見て、土方も「しまった」と思ったらしい。
「わ・・・悪ぃ・・・悪かったよ・・・っ」
「え、あ、あの・・・」
さっきからのワガママっぷりは何処へやら。
いきなり殊勝になられて斎藤もドッキリしてしまう。
「だって・・・一が俺の事を思い出さないから・・・っ!!」
「それは・・・」
「本当は俺、ずっとお前が『俺の事忘れたい』って思ってるから忘れられたんだと思ってたんだ・・・もしそうなら・・・」
「ああ!!そんな事ないですから、ね?」
絶対思い出しますから、と斎藤が慌てて宥めにかかった。
そんな斎藤を見て土方が心の中で、
「所詮記憶がなくても斎藤は斎藤。ちょろいぜ」
なんてせせら笑っている最中、また突然新たな問題が浮上したのだ。
二人が天下の公道で微妙な空気を振りまいていると、階段の上から男の声が聞こえた。
「壬生浪が!」
その叫び声にギョッとして二人が同時に階段の上へと目をやると、数名の男が素晴らしい勢いで下りて来るのが見えた。
土方と斎藤を狙っているのは言うまでも無い。
それまで座り込んでいた斎藤も慌てて立ちあがり、臨戦体勢だ。
こいつら転ばないかな、と土方は思ったけれど、あいにくそう上手く行かないのが世の常である。
人数という点では明らかに男達が有利であったが、敵は足場の悪い階段から下りて来るというのがまだ二人を有利な状況に立たせてくれた。
「こいつら、昨日取り逃がした奴らですよ」
「面倒くせー・・・」
最近実践に参加する事の無くなった土方も自慢の愛刀を抜いた。
バラバラと向かってくる男達に、これといった手練れはいないようだった。
新選組でも指折りの剣の使い手である斎藤は、当然の事ながら余裕の対応。
土方は土方で、独自の流でなんとか応戦していった。
それでも、なかなか危ういところがある。
元々剣はそう得意ではない彼だ。
「ちょっと・・・大丈夫ですか!?」
叫びながら斎藤は、土方が苦戦している相手をざっくり斬りつけた。
もうその頃になると、たとえ人数では優っていても力量が違うとみた何人かは清々しいくらい逃げて行っている。
最後にまだしぶとく残っていた相手をザク斬りして試合終了。
ぼちぼち死体が転がっているのを改めて目にし、土方がちょっと眉根を寄せた。
「大丈夫ですか?血が出てる」
言われてみれば、手の甲からドクドクと血が流れていた。
夢中で応戦していたから言われるまでは、全く気が付かなかったのだ。
「これくらい大丈夫だ」
切れた箇所をちょっと舌で舐めて、消毒完了。
しかし太い血管一本がプッツリといっていたので、すぐに血が流れ出る。つまりはそんな消毒など、あまり意味が無かった。
「舐めるくらいじゃ駄目ですよ」
と、斎藤が土方の手を取って、携帯していた晒で器用に縛った。
「すまねぇな」
「いえ、あなたが弱っちぃのはいつもの事ですからね」
言ってる事は憎らしいが、なんとも爽やかな笑顔でそう斎藤が返した。
だが、今の問題はそこではなくて。
「・・・いつもの事?」
「そうでしょ?」
「お前・・・・っ」
いつもの事、と普通にそんな科白が出た斎藤に土方は驚いた。
「まさか思い出したのか・・・!?」
「ええ、しっかりと。土方さんがあんな弱い相手にヒィヒィしてるの見てたら段々思い出してきましたヨ。そう言えば土方さんと私が初めて会ったのも、
江戸で土方さんが喧嘩して負けそうになってるところに通りすがりの私が助太刀に入った時でしたよね!」
「なんかムカつくなぁ!?やっぱりあの時階段の一番上から突き落として息の根止めてやれば良かった!」
ようやく戻っても素直に喜べない部分がある。
そう一人憤慨する土方を見、斎藤は土方を正面から抱いて囁いた。
「弱っちぃから私がしっかり守ろうと思ったんですよ」
それを聞いて土方は、こんなところで何言ってやがるとか文句をぶちぶちこぼしたけれど、満更でも無い御様子。
しっかりと斎藤の背中に手を回していた。
「ところでものは相談なのですが」
「うん?」
「ここは寒いし、屯所じゃ局長が可哀相ですので」
「何が?」
「ちょっと行ったところに、出会い茶屋があるんです」
「は・・・?」
唐突極まりない斎藤の相談に、まさか、と思う暇も無く強制連行だった。
「何でだかな」
斎藤が適当に見つけた某密会には最適な場所。
そこに連行され、二人で落ち着いたところで土方がポツリと言った。
それに対して斎藤は、弄る手は止めずに目だけを向ける。
「何で俺だけだったんだろうな?もしやお前本当に俺の事が嫌いなんじゃ・・・」
「何言ってるんですか」
呆れたような声で斎藤が言う。
「嫌いな相手、女ならまだしも・・・男相手にこんな事してるほど暇じゃないんですけど?しかも、恐れ多くも一応は副長ですし」
こうしてるとそうは見えませんが、と斎藤が土方の肌を吸う。
それに反応して土方の体が少しだけビクリと震えたのを見て、嬉しそうだ。
そのまま土方の体をゆっくりと倒し、上から肩をおさえる。
「でも、たまに思うのですよ。あなたの事忘れられたら良いなァって」
「・・・・・・・・っ」
一人早合点している土方に、斎藤は続けて言った。
「だってホラ、あなたの事ばかり気になって隊務にも集中出来ないんですよ?ちゃんと飯は食べたかとか、また引き篭もりになってるんじゃないか
とか、腹出して寝てないかとか」
「少しは忘れてくれて構わないぞ・・・いや、むしろ忘れろ」
「それで、昨日もまたそんな事考えている最中に奴らが現れて。さすがに集中しないと、とは思ったのですが例の落ちてきた浪士ってのが
なんとな〜〜〜〜く貴方に似てて。そんな事考えていたら避けられなかったのですよ、コレが。やはり少し忘れた方が良いでしょうねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・ビョーキ???」
土方は眩暈を感じて自分の額に手を当てた。
けれども斎藤の手によって、額に当てていた手はすぐに取り払われる。
「ん・・・・・・っ?」
取り払われたかと思うと、軽く唇に触れられた。
そのまま何度か軽く口付けを交わした後、さっきまで止まっていた斎藤の手がまた土方の弱い部分を弄り始める。
それに応じて土方も甘い声をあげるわけだが。
なんとなく、いつも以上に恥ずかしいと思うのは、斎藤のビョーキっぷりが自分の事のように恥ずかしいという事もあったが、そんな事よりは
彼がどんな形であれ一応は自分を気遣っていてくれたんだなァという事から。
「・・・・ふ、・・・っ」
自分の胸の飾りに下を這わせる斎藤の頭に手を添えて、ちょっとだけ撫でてみる。
「やはりたまには怪我くらいした方が良いって事ですか」
いつもはどちらかと言えばぞんざいな扱いを受けているのに、と思ったのだろう。
妙に感心した声でそう言った。
「怪我してなくてもビョーキだって分かったから心配だぜ・・・っ、ん・・・っぁ」
一つ上に立っているような事を言ってみても、今主導権を握っているのは斎藤である。
「そういう事ばっかり言ってるとヒドくしちゃいますよ?」
「・・・っんん、本当の事じゃねーか・・・」
いつの間にやら、中心へと伸ばされていた斎藤の手に力が加わった。
「まぁ良いですけど。さて、こちらの方もしっかりと思い出させていただきますよ」
こうなるともう斎藤のなすがまま。
弄られる度に甘ったるい鼻に掛かったような声をあげて。
彼を最奥まで受け入れる。
「おい、なァ斎藤・・・流石にこれはどうかと思う」
冬なので、もうすっかり辺りは夕闇に包まれていた。
あんな事があった後だから、土方は体に力の入らないままの帰還となる。
本当は戻りたくなかったけれど、泊まりの断わりをしていなかったし、戻らなかったら戻らなかったで局長の胃痛が悪化するとみて、
仕方なく屯所に戻る事にしたのだ。
しかし、いくら暗いからと言っても。
「いい加減、手ぇ離せ」
「何言ってるんですか。フラフラしてますよ?」
「誰の所為だ、誰の」
口ではそう言いつつも、腰に回されている手を外そうとする様子はない。
「やっぱり私がいないと」
「ふん」
そう強がってはみるものの。
彼の手が自分に触れているという嬉しさを感じながら帰路につく、夕闇の中。